大晦日の奇祭
目次
年末も大暮れに迫ったその年の終わり──既に出航してしまったフェリーの中でラクルは途方に暮れていた。
「不味いことになったぞ……インテレオン」
搭乗口も兼ねる甲板ホールで、船の行き先を表示した電光掲示板と自身の切符とを見比べながら、ラクルは傍らに立つパートナーへと声を掛ける。
一方で話しかけられたインテレオンも、そんな行き先と搭乗システムの理解などは出来なかったが、それでも所在なげにラクルの手元を覗き込んではまた天井を見上げる同じ動きをしてはその複雑な心情に寄り添おうとする。
今現在ラクルは帰省の最中にあった。
今年は大晦日が週末に重なったことから仕事納めも早く、ラルクには例年以上に時間的余裕が生まれていた。
いつもなら飛行機を使用する帰省を、ならば今回は優雅に船で辿ろうと計画したまでは良かったが……その勝手の違いから手間取ったラクルは今、本来の行き先とは大きく異なる場所へと向かってしまっていた。
「モントベクター島? 聞いたこともないぞ」
不幸中の幸いは故郷までの交通費に料金的な差額が生じなかったことと、このフェリー内に部屋を確保できていたことから期間中の寝泊まりには困らないということではあったが……
「あーあ……貴重な休暇だったのに」
それでも目的もない場所で年越しを迎えそうになることに、ラクルは気持ちを重くせざるを得なかった。
そんなパートナーに寄り添うと、インテレオンはその背から抱くように手を回し、ラクルの頭の上にアゴを乗せてくる。
「まあ、お前が一緒だったのは不幸中の幸いか」
慰めるようじゃれついてくるインテレオンのアゴ先をラクルもまた右手を掲げては手持無沙汰に撫でてやると鼻を鳴らした。
そして塞ぎ込んでいても仕方がないと気持ちを切り替えようとする。
今の自分に出来ることは、少しでもこの場所で過ごすことに意義を見つけ出すことだ。
とりあえずはラウンジで何か飲もうと彼女を連れてラクルも歩き出す。
元はとある富豪の所有であったというこの船は中規模の割には造りが豪奢で、船内にはバー併設のラウンジや、そしてスポーツジムにプールといった豪華客船の縮図さながらといった機能が備わっていた。
その為か、今日この船に乗り込んでいる他の搭乗者達も皆中高年の裕福そうな人間ばかりで、量販店のコートにジーンズ姿でなおかつ若い客などはラクルくらいなものという有り様だった。
バーカウンターを見つけ、その端に陣取ってホールの客達を見渡したすが──先の客層に加え、その誰もが高価なドレスやスーツに身を包んでいるとあって、自身の場違い感を早々に自覚するラクル。
もはや自室で大人しくしていようとインテレオンへ声を掛けた矢先──
「──おや、珍しいですな。あなたのような若い人が」
同じカウンターにいた他の搭乗者から声を掛けられた。
振り向けばそこには、50代も半ば頃と思しき男性が両肘をカウンターに預けては流し目をラクルへと向けている。
「実は搭乗船を間違えてしまったんです。出航してから気付いたので、もう降りるにも降りられなくて……」
同じようにラクルもまたカウンターに身を預け中年紳士の会話に応えたが、そんなラクルの返事に彼は瞬間目を丸くした。
「ほほう、手違いで? そんな偶然もあるんだなあ。このクルーズには狙っていたって参加は難しいのに」
次いで返されるその独り言とともつかない返事にラクルの困惑も強くなる。
「どういうことです? これって移動の為の連絡便じゃないんですか?」
「……失礼ですがあなた、本当に何も知らないんですね?」
カウンターに方肘をつき、すっかり体の向きをラクルへと向けては、僅かにアゴを引いて上目遣いにこちらの様子を窺う中年紳士の仕草に困惑は深まるばかりだ。
「まさかこれ……世界一周ツアーとかそう言うのだったりするんですかッ? 行き先の電光掲示板にはあと少しで『モントベクター島』に着くってありましたけど」
中年紳士の鹿爪らしい物言いに思わずラクルの顔からも血の気が引く。
若い身空のラクルには時間はあっても金などは無いのだ。こんな富裕層の道楽に付き合えるような財産など、彼らの爪の先ほども持ち合わせてはいはいない。
そんなラクルの様子に初々しさを感じてか、見守る中年紳士の顔が好々爺然と綻んだ。
「お金はね、一切かかりませんよ。この企画(クルーズ)自体が有志による寄付によって成立していますから、参加者はそう言った煩わしさに振り回されることもありません」
何の企画かは分からないが、自分が幸運にも遊覧クルーズの催しに無料で参加できることを知らされ、現金にも今度は期待の色がラクルに浮かぶ。
一連の手違いにも『もしかして幸運だったのでは?』などとも考えながら、ならばその『企画』とやらの詳細を尋ねようと、再び声を発しかけたその時であった。
『──本日は『原始の楽園(モントベクター)』クルーズへのご参加をありがとうございます。本船はただいまモントベクター島の領海を越えました。これよりは皆様、どうか原始の姿へとお戻りになられ、自然への回帰をお待ちください』
妙なアナウンスだった。
最初は文字通りにツアーの参加と乗船に感謝を伝える定型の挨拶ではあったが、こと後半のそれに関しては何一つとしてラクルには理解が及ばない。
──原始の姿? 自然への回帰? なんのことだ?
遂には、怪しい宗教の啓発セミナーに参加してしまったのではと訝るラクルをよそに、事態はさらに予想外の方向へと動き出すこととなる。
目の前の紳士が手にしていたグラスをカウンターへ置いたかと思うと、やおら上着を脱ぎ出した。
その後もタイを解き、シャツの襟元と袖口のボタンもまたほぐしてそれも脱いでしまうと、その次には靴と共にスラックスすらをも脱いで──最後には文字通りの一糸纏わぬ全裸をラクルの前へ晒すのだった。
瞬間、彼の発狂すら疑ったラクルではあったが、ふとその紳士越しに望むホールの彼方においても、男女を問わぬ他の参加者達が次々と服を脱ぎ出している様子に、困惑から強い目眩を覚えた。
「少々刺激が強かったですかな? あなたも早くお脱ぎなさい。むしろこれからは、着衣の方が悪目立ちをしますよ」
脱衣前と変わらぬ落ち着いた様子でグラスのブランデーを傾ける紳士を前に、ラクルは強い喉の乾きを覚えながら辛うじて尋ねた。
「コレから……なにが起ころうって言うですかッ?」
流し目でちらりとラクルを一瞥する中年紳士の口許に、どこか得意気な微笑が浮かぶ。
やがて彼はグラスの中身を一息に煽ると、再びラクルへと体の向きを正した。
『この原始の楽園ツアーはね……男女はおろか人とポケモンの垣根すら無い、フリーセックスイベントなんだよ』
こちらを一点に凝視する紳士の視線──その眼差しがインテレオンか、はたまたラクルのどちらに結ばれているのかは定かではなかったが……
彼のペニスはその脈動する血流へうち震えるほどに、堅く勃起を果たしていた。
衝撃の展開から数分後──全裸のラクルは所在なげにホールで立ち尽くしていた。
先の中年紳士はと言えば、恙無く一杯を飲み終えると小さな会釈を一つ残して立ち去ってしまった。
そうして一人取り残されたラクルも結局──周囲の同調圧力に負け、結果として自分もまた彼らの一員と為らざるを得なかった。
しかしながら他の船客達は皆、全裸だというのに何に臆することなく胸を張っている。
その立ち振る舞いたるや服を着ていた平時とまったく変わらず、むしろ一人動揺するラクルは自分が『服の透けて見える目』を得てしまったかのような錯覚を覚えるほどだ。
バーカウンターの隅で、腰を引き股間へ両手を宛がっている自分こそが一番滑稽であることは分かってもいるのだが、どうしてこれを晒す境地には至れない。
そんな折り、斯様な自分を見つめているであろう視線に気付いてラクルも顔を上げる。
それこそは、傍らに立つインテレオンのそれに他ならなかった。
「なんだよぉ……今さら俺の裸なんて珍しくも無いだろ?」
思わず悪態をつくラクルにもしかし、当のインテレオンはと言えばいつも通りの様子で小首をかしげるばかり。
そんな彼女の変わらない様子に、なおさらこの状況を必要以上に意識してしまっている自分に気付いては更にラクルは恥ずかしくなってしまうのだった。
「もうここまで来たら開き直るしかないな……よぉーし」
覚悟を決めると背を伸ばし、遂には股間から手をどけるラクル。
両の爪先を外へと展開させて仁王立ちよろしくとなるラクルの姿はそれでもまだ硬く、やはり周囲からは滑稽に見えた事であろう。
しかし本人にとっては大きな一歩だ。
後はもう慣れるしかないと、内に込み上げる羞恥心と戦うそんなラクルを──いつの間に現れたのか、一匹のヒメグマが見上げていた。
その登場に驚いては瞬間的に股間を隠して身を屈めてしまうラクルではあったが、すぐに我へと返ると胸を張る。……どちらの感性の方が正常なのか分からないが。
おそらくはここの船客の手持ちポケモンなのだろう。
不思議そうに見上げてくるヒメグマにラクルも何か言葉を掛けようとしたその時──ヒメグマは一歩ラクルの前へと歩み出て腰元に抱き着いたかと思うと、そのまま彼のペニスを口中に咥え込んでしまった。
「ちょっ、ちょっとぉ……──!?」
その衝撃に思わず硬直してしまうラクル。
一方のヒメグマはと言えばそんなラクルにはお構いなしに小振りの頭を前後させ、咥え込んだそれへより一層に舌や口中の甲へと吸い付けさせては、中身の物を吸い出そうと躍起になっている。
しかも驚くべきはその展開だけに収まらない。
というのもこのヒメグマ……
──なんだコイツ……メチャクチャ上手いッ!?
ラクルに抵抗の暇すら与えぬほどにテクニシャンであった。
窄める口唇でしかと絞り上げつつ、亀頭へ頬の内側を張り付けさせては大量の唾液で濯ぐように口内で刺激を与えてくるその技量たるや、けっして興味本位で咥え込んでいるといった風情ではない。
ぬいぐるみ然とした愛らしい見た目のギャップに戸惑いつつも瞬く間に勃起を促されてしまうと次の瞬間には──
「んあッ? あ、あああ………ッ!」
不覚にもラクルは達してしまった。
後ろ頭を掻い繰られ、突如として口中に放たれる熱い精の飛沫を受けてようやくヒメグマの動きが止まる。
それでもしかし内頬はポンプ然として収縮を続けては、送られてくる精を吸い出す動きだけは忘れない。
やがてはそれを出し切り、最後の一滴まで吸い上げられると──ヒメグマは存分にそれを吸い付けたまま引き抜き、やがては小さく空気を弾けさせるような音を立てては窄めた口唇からラクルのペニスを介抱する。
一方でラクルもまた腰砕けてはその場に尻もちをつく傍ら、あのヒメグマはといえば目置閉じて口中に転がすラクルの精を吟味している様子。
やがてはアゴを上げてそれも飲み下すや、ヒメグマは大きくため息をついては満足げな笑顔をラクルに向けて咲かせた。
依然として乱れた呼吸を整えられぬラクルに近づき、御馳走の礼とばかりその唇へ小鳥のよう小さなキスをすると、ヒメグマは未練もなくその場を走り去っていく。
その後ろ姿を見送りながら……
「な……何だったんだ、アレ?」
思わずラクルも呟かざるを得ない。
頭の中はいまだに何の整理も付いていなかった。
ただ同時、先ほどの中年紳士の言葉が思い出される。
──『男女はおろかポケモンの垣根すら無い、フリーセックスイベントなんだよ』
「それにしたってフリーダム過ぎるだろ」……思わず毒づくように漏らすラクルの傍らに、インテレオンもまた屈みこんだ。
そうしてつい先ほどまでヒメグマが吸い付いていたペニスに掌を被せると、まるで痛みを散らしてくれるかのよう、そっと彼女はラクルのそこを撫でた。
その気遣いと力加減に不思議とラクルは気分の落ち着く思いがした。
平素日頃であったのなら、パートナーのペニスに直で触れてくるなど非常識もこの上ない行動であろうに、この時ばかりはそんな彼女からの労りがラクルには素直に嬉しく思えた。
「ありがとな、インテレオン……すごくホッとしたよ」
素直に礼を言うラクルと目が合うとインテレオンは小さく微笑む。
そうして鼻先を僅かに寄せたかと思うと、彼女はそんなラクルの上唇に触れる程度のキスをした。
おそらくは母親が幼児をあやす行為の延長線上にあるキスだったのだろうがそれでもしかし……──
行為後の熱も手伝ってか、ラクルはそんなインテレオンに好意以上の感情を覚えずにはいられなかった。
あの事件から一時間後、船は件の『モントベクター島』へと着港した。
その間際に甲板から望んだ島の遠景は、岩肌の剥きだされた山がひとつと原生林に砂浜という絵に描いたような無人島の様を擁していて、こんな場所へと全裸で降りることの不安をラクルは覚えずにはいられなかった。
ちなみに今現在は12月31日の大晦日となるが、気温・気候的な問題はない。
そもそもがこの場所こそが赤道に近い場所にあり、12月も暮れの現在においても太陽高度の高いこの近辺は夏同然の装備で過ごすことが可能なのだった。
とはいえしかし問題はそこではない。
あの野生然とした島で全裸の人間が無事に過ごせるのかという不安がラクルにはある。
同時に裸一貫の今の自分は、ポケモンと同じであることにも気付く。
一生物として並び立った時、彼らに比べていかに人間という存在が頼りなく、そして脆弱であるのかにもまた想いを馳せては、ラクルの隣のインテレオンを一瞥するのだった。
しばしして船は島への着船を果たすが──船が停められたそこは、港でも何でもない砂浜の一角であった。
それでも参加者達は誰一人不満を述べるでもなく、むしろ嬉々として大型タラップからの降船を始める。
その矢先、思わぬ人の流動に巻き込まれたラクルはインテレオンと離されることとなった。
その人並みの中で必死に彼女の名を呼んでは引き戻そうと躍起になるも、たちどころに流されては降船させられ──数分後には、ラクルは島上の人となった。
しばし砂浜に留まり、後続して降船してくる客達の中にインテレオンを探すも……
「どこだ、インテレオン……もしかしてもう島の中に行っちゃったのか?」
ついには最後の一人を見届け、砂浜に人々の影がまばらになってもそこにインテレオンを見つけ出すことは叶わずラクルは途方に暮れた。
しばしその場に立ち尽くすも、やがては入れ違いから彼女が森の中へと入っていってしまった事を確信すると、ラクルもまた意を決して森の中へと足を踏み出す。
船から見た時の原生林めいた見た目とは裏腹に島内は整備が行き届いていた。
足元に敷き詰められた芝は裸足に心地良く、このままここで寝そべって就寝することも問題は無いと思える。
不快な蟲や動物の気配も無いことからその実、この島は見た目以上に人間の手が加えられているだろうことが窺えた。
そんな森の中を芝生の経路に従って歩むラクルは不安げに周囲を窺いながら、時折り心許なげにインテレオンなどを呼びながら進んでいく。
そうして幾度目かのその名を呼んだその時、ふいに前方の茂みで何者かの気配が動いた。
突然のそれにインテレオンの出現を期待する反面、それでも未知の野生における予期せぬエンカウントに警戒をするラクル。
そしてその結果は……不幸にも後者となってしまった。
前方の草むらから立ち上がってきたのは──一匹のサーナイトであった。
とりわけ珍しい種でもないが、やはり場所が場所であることと、そして丸腰である不安からもその鉢合わせには緊張をしてしまう。
一方で先方もまた立ち上がってからは微動だにせずラクルを観察していた。
種独特の上目遣いの大きな瞳の視線からはそれが友好的なものなのか、はたまたラクル同様に強い警戒を宿したものであるのか判断に難しい。
そもそもがこのサーナイト自体、先の降りて行った客達の手持ちかそれともこの島固有のポケモンであるのかも分からない。
もし野生のそれであるというのなら下手に刺激してしまうことは危ないと、内心でラクルも判断する。
そうしてしばし見つめ合っていた二人ではあったが、ラクルは依然として視線は合わせたままゆっくりと後退を始める。
──急に動き出さないでくれよ……
そう願いつつ数歩を後ずさったその時であった。
ふいに、背が何かに触れてラクルの足は止められてしまう。
辿って来た道を戻ってきたわけであるから障害物の類に当たってしまった事は考えられない。
背後から迫ってきていた新たな第三者に触れてしまったのだと気付き、反射的に振り返るラクルの目に入って来た者は──これまたこちらを見下ろしている、自分よりも頭一つ大きいサーナイトであった。
──ど、どうして後ろにいる? そんな一瞬で移動したのかッ?
思わぬその登場に驚いて視線を前方に戻せば、そこには依然としてラクルを見据えたまま茂みから歩み出てくるサーナイトの姿が窺えた。
その様子に驚いて再び背後を振り返ればそこにもやはりサーナイトがいて、掲げた両手をラクルの肩に置いてきた。
そう……この場にはサーナイトが二匹いて、ラクルはそれらに挟まれる形となっていたのだ。
「あ……あぁ……ッ」
その状況にもはやラクルは足がすくんで動き出すこと叶わなかった。
両肩に置かれているサーナイトの手には拘束するような力は込められていなかったが、それだってラクルの行動次第ではどう動くか分かったものではない。
やがては前方に控えていた一匹もこの元へと辿り着き──ついにはまさしく文字通り、ラクルは肌を触れ合わせて二匹のサーナイトに挟まれる形となってしまった。
無防備の背中や尻が、そして胸板やペニスがサーナイト達の肌に触れ合ってはその柔らか気な感触をラクルに伝えていた。おそらくは相手方もまた同じ触感を感じている事だろう。
このままいたずらに嬲られてしまうのか、はたまた突如として噛みつかれるものか──もはや覚悟を決め、体を硬直させてはサーナイト達に身を委ねたラクルではあったが、事態は更に思わぬ方向へと展開していくこととなる。
ふいに前方の一匹が身を沈めたかと思うと、屈みこんだそれは一切の躊躇もなくラクルのペニスを咥え込んだ。
突如としてそこに生じた生暖かい粘膜と熱の出現に思わずラクルも息を漏らしては目を見開く。
頬を吸い付かせ、仲介させた唾液の中にペニスからの腺液を溶かし込んでは嚥下しているその様は、明らかに『ラクルのペニスをしゃぶる』ことを前提とした動きであった。
それにラクルが戸惑っていると、さらに背後からも同じような粘膜の滑りが発生しては、それが肛門へと潜り進んでくる感触に前屈みだった背をバネ仕掛けよろしくに伸ばす。
何事かと思い顧みれば、視線の下には臀部の割れ目に鼻先を埋め込んだ背後のサーナイトが、そこからラクルの肛門をしゃぶっている様が見て取れた。
双方が屈みこんでは前後から局部を舐め溶かして貪られるその感覚に、ラクルも悲鳴に近い声を上げる。
ペニスに生じる感触に反応して肛門が痙攣すれば、無意識に締め付けられたそれは背後からのサーナイトの舌先を敏感に締め上げてはそこに置いても生暖かい快感を生じさせる。
斯様にしてペニスと肛門という快感が、交互に前後のサーナイトから繰り出され翻弄される様は、キャッチボールの球にされてしまったかのような感覚をラクルへと覚えさせた。
一方でサーナイト達の責めもまた激しさを増していく。
前方のサーナイトから施されるフェラチオは亀頭の先端がむず痒くなるほどに吸い付きを強くし、後方からのアナル舐めにおいてはもはや舌の中頃までが直腸内へと侵入しては縦横無尽にラクルの内部を舐め尽くしているといった具合であった。
「あ、あぁ……溶ける……溶けるぅ……ッ」
その感触双方に晒されてラクルの頭にも靄が掛かる。
そしてそれが一瞬にして鮮明になり、もはや自身では制御不能の快感が肉体を走り抜けたその瞬間──
「ダメ、出る! うわあああぁぁッッ‼」
ラクルはあっけないほどに絶頂へと達した。
それを受け前方のサーナイトは動きを止めるも、後方の一匹はなおもアナルへの侵入を深くしていく。
やがては直腸内において、硬い舌先がピンポイントに前立腺を突き上げるや──ラクルは更なる悲鳴を上げては射精の圧を強めた。
生涯で初となるそこへの刺激によって促される射精は、その衝撃ゆえにもはや、それが快感であるのかすらラクルには判断がつかない。
尿道内を激しく擦り上げて送精される感触はもう、射精か放尿かの区別すら分からなくなるほどの放出感であった。
実際はその双方が果たされていたわけではあるが、それでもそれを受け止めるサーナイトは一切の拒否も嫌悪も無ければ、ただ口中に注がれてくるそれらを諾々と飲み下し続けた。
ついにはその精巣と膀胱にあった全てを吐き尽くして、ラクルは激しく身を痙攣させる。
そうしてもはや出すものが一滴として無くなってもなお吸いつけてくるサーナイトの口中によって尿道内が真空状態となり、今度はへその奥底を突き穿たれるような痛痒感に苛まれてはラクルも情けなく腰を引く。
やがてはそんな後戯にすっかり疲弊してしまうと、ラクルもまた前方のサーナイトへもたれかかってはその頭を搔い繰っては身を預けてしまう。
やがては自立していることも困難となって、脱力するに任せたまま体を沈めれば──その直腸内に収められていた後方サーナイトの舌先も自然と抜け落ちた。
後は芝の上に仰向けとなっては呼吸を荒らげ続けるそんなラクル……
そんな彼を、先の二匹は並んで見下ろしては──満足げに彼の粘膜と陰毛の付着した口元を綻ばせて見せるのだった。
漠然とした危機感がこの時のラクルにはあった。
何が危ういのかという具体的なことは分からなかったが、一刻も早くこの場を立ち去らなければという思いに駆られ、未だ快感の余韻に痺れる体に鞭を打つ。
上体を起こし、どうにか僅かに後退るラクルではあったがしかし──無情にもそんな彼の思惑は踏みにじられることとなる。
その瞬間、突如として発生した重みが下腹を直撃する。
もっともそれは苦痛や苦しみを生じさせるものではなかったが、それでもその新たな展開にラクルは恐怖を覚えた。
視線をそれの起きた下腹へ転じれば、そこには茶褐色の毛並みが見て取れる。
明らかに人ではない何かが自の上に鎮座している──しかもそれは先のサーナイト達ではないのだ。
そこからゆっくりと視線を上げ、いま自分の上に陣取るそれを確認するラクルは、その新たなプレデターの出現に大きく息を飲んだ。
騎乗位然としてラクルの上に居た者は──一匹ミミロップであった。
両膝を折り、内腿を地に着けるような姿勢で座り込んではそこからラクル一点を見つめるその視線──。
小首をかしげながら何かを問うようなその仕草は、明らかに子が親に対して餌をねだるそれだ。
そして今の場合、ミミロップがラクルに求めているものとは……──
「あ、あぁ……やめて……」
依然として怯えるラクルを見据えたまま、ミミロップの手は腰の下に組み敷いたペニスへと伸びる。
彼女が求めているものはラクルの肉体に他ならなかった。
臆することなく一点にこちらを見つめてくるミミロップのその赤い瞳──濡れるような光彩の下に沈む黒い瞳孔を見つめ続けていると、やがてはそこから『瞳』の概念が薄れ、さながら催眠の為の照明でも中てられているかのような心地にされた。
事実ラクルからの抵抗も消え失せ、身を寄せてくるミミロップの口唇が舌同士を絡ませるようなキスを施してきても、ラクルはただ為されるがままにそれを受け入れるばかりだった。
斯様にしてラクルの舌先を一方的に味わいながら、ミミロップの腰は別個に生物のよう前後に臀部をしならせては自身の股間を組み敷くペニスへと擦り付ける。
裏筋に生暖かさと濡れる感触が広がると同時、たちどころにそれは溢れさせるほどにその量を増してはラクルのペニス全体を粘液にまみれさせていった。
言わずもがなの愛液を介することで互いの表面の感覚は敏感となり、ペニス越しにミミロップの陰唇の感触がダイレクトに伝わる。
肉厚のそれが自重の圧に任せてラクルのペニスを挟み込み、そしてクリトリスが裏筋から鈴口をくすぐるに至って──ラクルはそこに完全に勃起を果たしていた。
その状態変化に初めてミミロップは視線を外すと、それを自身の股間へと転じた。
すっかりそそり立っては、その上に乗るミミロップの膣との狭間でクリトリスを押しつぶしている眺めは、種の違いなど無くともそれが淫靡なものであることを自覚させる眺めであった。
斯様にして興奮を煽られたミミロップはやがて、為るべくして次なるステージへと展開する。
僅かに腰を浮かせてはペニスの根元に手を添えると、そこから亀頭の先端を自身の膣へと誘導し──次の瞬間には、驚くほどあっけなくそれの挿入を果たしてしまうのだった。
「ああッ……ああああッ!」
瞬時にしてペニス全体包み込む熱と粘膜の感覚にラクルは声を上げたが、それが意味するところは何も肉体的な快感によるものだけではなかった
事この瞬間、ついにラクルはポケモンとのセックスを……いわば獣姦にも通じるタブーを犯してしまった事実に狼狽と激しい困惑とを覚えていたのだ。
とはいえそんなことなどは所詮、人の理屈に過ぎない。
一方の動物(ミミロップ)はと言えば、同種では味わえない人のペニスの感触を全身を使っては感じ取り、そして悦び貪るばかりであった。
軽量の体躯からは信じられない圧力と激しさでミミロップは尻を打ち下ろし、そして互いの腰をぶつけ合う。
一方のラクルはと言えば、ただ地面の芝へ後ろ頭を擦り付けては身を仰け反らせ、腰元か生じる快感に耐えるばかりだ。
そんなラクルの視界に新たな影が差した。
陽の光が遮られるそれに、固く閉じていた瞼をうっすらと開くも……その瞬間目の前の光景が何を意味する眺めであるのかを判じかねてラクルは困惑する。
眼前に迫っていたものは、谷合いに肉の凝縮された皺の光景──その奥窄まったそこには大量の液体を滴らせた穴と肉の襞とが蠢いている。
そしてその景色越しにこちらを覗き込んできたのは、誰でもない逆さづりにされたサーナイトの顔であった。
一連の状況からラクルは、自分がサーナイトに馬乗りにされていることにようやく気付く。
だからと言ってその何故を問うても、根本的に言葉の通じないポケモンに対しては詮無いことだった。
そしてその行動が意味するところの答えもすぐに明かされることとなる。
目の前にあの肉の谷が迫り始める。
言わずもがなサーナイトが腰を下ろし始めていることは明確で、そして瞬きのその次には──彼女は完全にラクルの顔面へと騎乗し、己の膣を彼の鼻先や口唇へと触れ合わせていた。
そこからサーナイトもまた独自の腰の動きを展開する。
ミミロップが上下に腰を打ち付けるのとは対照的に、サーナイトは前後に体を揺すってはラクルの顔へ激しく局部を擦り付けるように体をスライドさせる。
その様はさながらラクルの鼻頭をペニスに見立ててのセックスに他ならなかった。
しとどに溢れる愛液は容赦なくラクルの鼻孔や口唇に流れ込んではその呼吸を塞いだ。
凹凸に富んだ人の顔の感触に快感を覚えてか、よりいっそうにスライドを激化させるサーナイトの局部は、しまいにはその肛門にすらをも鼻頭へと宛がい、さらにはそこの味わいもまたラクルに吟味させた。
生物独特の生理臭と排泄臭……口中と鼻腔に満ちるそれら多種多様な体液に苛まれ、ラクルにはもはや満足な呼吸すらもままならない。
肉体は酸欠からくる生命維持への危機を痙攣や硬直に変えさせてはラクルに伝えるも、そんな不規律な動きはその上に跨る獣達を悦ばせるばかりであった。
そして最後の瞬間は訪れる。
一足先に絶頂へと導かれたミミロップとサーナイトが二人──合わせ鏡のよう背を仰け反らせては胸を突き上げる動作をシンクロさせた。
乳房の膨らみの浅い痩躯を絶頂の力みに合わせては小刻みに痙攣させるその様は、傍から見ればまるで一個の芸術作品の様な親和性をそこに生み出していた。
しかしながら、その作品の台座とされているラクルにはそんな感傷に浸る余裕などは餅わせていない。
特に顔面に騎乗するサーナイトに至っては、絶頂からそのリミッターが解除されるあまり、もはや無遠慮に膣口全体でラクルの呼吸器を塞いでは、彼に息継ぎをさせる暇すら許さなかった。
そして身を駆け巡る硬直が解かれ、液状化の錯覚をボ得させるほどに脱力を果たした二匹からは──大量の放尿もまたラクルの上にて果たされた。
腰の上のミミロップはまだしも呼吸器上に陣取られたサーナイトからのそれは洒落にならない。
どうにか気道を守るべく口中に満ちるそれを飲み下してみせるも、ラクルの嚥下よりも放出される量こそがそのキャパシティを圧倒した。
たちどころに溢れたそれは気道を埋め尽くしては食堂にまで循環し、ラクルを灼熱の尿の海に溺れさせるが如き錯覚へと誘った。
この時、ラクルは大袈裟でもなく死を予感した。
瞬間的に鼻を突き抜ける異物の痛みや苦しみが遠退き、記憶の底には過去の光景が再生される。
磯楽はこれが走馬灯化などと眺めていると、その光景はすぐに最近のものへと直結し、そこに船上で談笑するインテレオンの笑顔を映し出した。
──あぁ……しばらく会ってない気分だなぁ……またお前の顔が見たいよ……
ぼんやりとそんなことを考えたのが最後の記憶となった。
楽の意識そのまま闇の中に沈み、後は空を揺蕩うかのような浮遊感の中で曖昧模糊と全ての感覚が消えていった……──。
緩やかに覚醒を果たすラクルの目に飛び込んできた物は、漆黒に散りばめられた眩い輝き達であった。
目覚めたといえそれでもまだ意識の朦朧とするラクルではあったが、それでも目の前に広がるそれが、満天の星空を仰臥して仰いでいることを本能的に察する。
美しいと思った──おそらくこの感性は、原初の本能に直結するそれだ。
人がまだ人ならざる存在であった太古の昔より、連綿と見上げ続けてきた星々の変わらない姿は、幾星霜の時を経た今であっても変わらぬその姿をラクルの頭上にて煌めかせている。
人が星に想いを馳せる行為は、人間ゆえの知的活動などではない。
この世に生けとし生きる者達は皆、夜空の星を飽くなく見つめ、やがてそれはどんな姿になっても変わらない記憶となって魂に刻まれる……そして様々な旅の最中でそれを思い出した時に皆は夜空を見上げ、悠久不変のその存在に安らぎを覚えるのだろう。
そんな星々を寝そべりながらに見上げるラクルはしかし、そこに別の存在もまた思い描いていた。
今宵のラクルはそこに……
──インテレオン……どうしてるかな……会いたいな……
離れ離れになってしまったインテレオンに想いを馳せては胸の内に切なさを募らせる。
思えば今日は大晦日だ──まだ幼かった頃に、ジメレオンの状態で家へと遣わされた彼女とラクルは一目会うなり意気投合し、それ以降は何処へ行くにも何をするにも二人は一緒だった。
彼女がインテレオンへ進化してからもその友情は変わらず、もはや二人の関係は単なるポケモンパートナーというよりは、一種の夫婦にも近い間柄として今日まで幾度となく大晦日を共に過ごしてきた。
そんなインテレオンが今年は傍らにいない……そのことが、未だ意識の定まらぬ状況と合わさっては無性に悲しくなり思わずその名を呟いてしまったラクルの眼前に──その星空のスクリーンを遮るよう突然にインテレオンが顔を覗かせた。
「ッうわぁ!?」
そのあまりに唐突な状況に、ラクルの意識は一気に覚醒へと導かれる。
なんてことは無い──今までラクルは、このインテレオンの膝枕の上で星空を仰いでいたのだ。
そして改めて彼女の存在を確認するや、
「お前……どこいってたんだよぉ」
依然として寝そべったその状態からラクルは両腕を伸ばしインテレオンの首根を抱き寄せる。
インテレオンもまた嬉し気に瞳を細めると上体を沈ませてはそんなラクルの抱擁に応えるのであった。
しばしそうして邂逅を堪能した後、ようやくにラクルも身を起こす。
辺りを見渡せばそこは広い草原の一角で、周囲には自分達以外は誰の姿も見受けられなかった。
同時に意識が途絶える瞬間のことも思い起こされ、その中で感じた浮遊感こそは彼女が自分をそこから救い出してくれた時の体感だったのだとラクルは知るに至る。
そしてそれを知るということは同時に、
「お、お前は大丈夫なのかッ? 酷いことされてないかッ?」
一変してインテレオンの身を案じるものへと変わった。
自分があれだけの目に遭っているだけに、なまじ雌の身のインテレオンに対してはなおさらに不安が付き纏ったのだ。
そんなラクルからの思いやりにインテレオンもどこか照れたよう小さく微笑む。
そうしてラクルの手を取ると──それを自分の胸元へと誘導し、触れさせた。
掌に広がる彼女の肌の質感と体温にラクルの胸も高鳴る。
なだらかな表皮へ僅かに筋肉や脂肪の隆起を宿しただけのスレンダーな彼女の痩躯ではあるが、それゆえに均整の取れた美しさもまたラクルはそこに感じていた。
元より憎からず思っていた相手であるだけに、その肌に触れるラクルの意識は徐々に興奮を覚えてはぼやけていく。
意識してかそれとも無意識か──いつしかラクルの手は彼女の胸元を万遍なく撫でまわしていた。
乳房と思しき隆起をより実感しよう無遠慮に手の平を押し付けてしまう無礼を分かりつつも、もはやラクルはその行為を止めることが出来ない。
一方でインテレオンもまた抵抗はしなかった。
顔を伏せ、我が身に施されるラクルからの愛撫に耐えている様子ではあったが、そこに湛えられているものは嫌悪などではなく肯定的な快感に身を浴しているからこその余韻に由来する反応であった。
そんないじらし気なインテレオンの表情に、もはやラクルは自分を抑えらえない感情に支配される。
小さく彼女の名を呼んでその意識と視線とを向けさせると、ラクルは自分でも驚くほどに落ち着いた仕草で彼女の唇を奪う。
そして突然のキスに対してインテレオンもまた取り乱すことは無い。
まるでそうなることを知っていたかのよう、二人は互いの上唇をついばみ合う抱擁を繰り返した。
依然としてそんなキスを続けたまま僅かにラクルが身を預けると、インテレオンもまた背を倒しては芝生の上へと身を横たえる。
組み敷いたインテレオンの頭の脇に両手をついて見下ろしてくるラクルの表情は、今宵二人に降りそそぐ星々の光のように柔らかでそして優しげだった。
そんなラクルを受け入れるようインテレオンは両腕を伸ばすと彼の首根を絡めとり、そして抱き寄せる。
いつしか夜空の星々は、流星群へとその眺めを変えていた。
光が尾を引いて幾層にも重なり合っては地上へと降り注ぐ光の群れの元で二人は結ばれる──。
不思議と初めての行為のはずなのに、二人はそこに懐かしさの様な感情を抱いた。
それこそはきっと魂に刻まれた記憶がこの星々によって呼び起こされたものなのだろう。
自分達が自分である前より続けられてきたその行為を悠久の星空の下で思い出しては今、長い旅を終えたような安らぎのもとで二人は互いを抱きしめ合っていた。
そしてそれは、きっとこれからも変わらない──
これからラクルとインテレオンは共に年を越えてそして迎え、いつかその肉体が朽ちてもまた魂は星々のもとで記憶を受け継いではめぐり逢いを繰り返す。
そんな当たり前のことがなんだかとても嬉しくて、見つめ合う二人はつい微笑み合ってしまうのだった。
「──君のインテレオンについて聞かせてもらえないだろうか?」
あの島での年越しも無事に終えた帰りの話である。
フェリー内で再び声を掛けてきたのは、初めてこの船に乗り込んだ時にバーカウンタで語らったあの中年紳士であった。
もはや一連の祭りも終わり、帰路につく船内の乗客達は自分も目の前の紳士も始め、皆が服を着ていた。同時にその姿にラクルは、再びに人のしがらみを纏ったような気がしてなんだか少し寂しい思いにも駆られる。
そんな想いに囚われてはしばし呆然としてしまうラクルではあったが、再度その名を呼び掛けられては我に返る。
「えっとぉ……彼女に何かあったんですか?」
そして再び現世の人に戻ると同時、意味ありげにそんなことを尋ねて来た紳士の意図を測りかねては途端に不安に駆られるラクル。
あの島でインテレオンに何かあったのだろうか? あるいは何か騒動の発端になるようなトラブルに巻き込まれたのかと心配するラクルをよそに、紳士は新たな人物を紹介してきた。
「こちらはマーシュ博士。……大きな声では言えないが、今回のイベント主催者の一人だ」
紳士の紹介に歩み出してきたその人物は、簡単な名乗りと共に挨拶をしながら握手を求めてくる。
マーシュは年の頃は50代と思しき女性であった。
しかしながらベージュのタイトスカートに包みこんだ体躯はメリハリが利いて肉感的で、その上に纏った白衣が無ければ、さぞかし官能的な印象を周囲に与えることだろう。
半面、肩ほどまでのウェーブ掛かった髪型にやや垂れがちの目元から覚える柔和な雰囲気は、その肉感的な体躯とは対照的に母性に満ちた印象を抱かせた。
それゆえに彼女もまた今回のイベントに参加していたのかなどと不謹慎なことを想像しては、必要以上にラクルをドギマギとさせてしまうのだった。
「別にあなたのインテレオンが何か起こしたわけじゃないの。私達が不思議に思っているのは、なぜラクル君も含めた『あなた達』がこの船乗っているかの方なのよ」
鹿爪らしいマーシュ女史の言葉にラクルは状況が飲み込めず困惑する。
つい今しがたまでインテレオンの話をしていたはずが、なぜ急に自分へもの話題の矛先が向いたものか……しかし女史はそのことも含め、順を追って説明をしてくれた。
「今回あなたは『モントベクター』に参加してくれた訳だけど、御存じの通りこの催しに部外者は一切参加できないようになってるの。参加者はそのポケモンに至るまでコンピューターチェックされて、作為的に侵入しようとしても排除されるようセキュリティされているわ」
当初ラクルは乗船手続きの手違いからこの船に乗り込んだと思い込んでいた。
しかしながらそうした乗船はどんな天文学的な確率の偶然を以てしても、それこそ意図して侵入を画策しようとも、イベントは鉄壁のセキュリティにより守られ、外部へも一連の内容が流出されることはない。
よしんば船への潜入までは出来ても、その後の調査において侵入者は即座に排除されるという仕組みだ。
そしてそのセキュリティを成立させるための鍵こそが──
「参加者のDNA 登録……それが為されたポケモンとトレーナーしかこのイベントには参加できないの」
マーシュはそう纏めた。
故に今回、なし崩し的に参加をしてしまったラクルとインテレオンに彼女は興味を持ったのだ。
二人がこの船に乗り込めた理由こそは、
「あなた達は過去に、私達が組する組織にDNA登録をしている……その経緯を知りたいの」
ようやくに要領を得たマーシュの質問にもしかし、新たに生じた疑問にラクルは困惑するばかりだった。
組織? DNA登録? ──そんなスパイ映画の中でしか聞いたことのないような単語の登場に、しがない一般人たるラクルはただ振り回されるばかりだ。
当然ながらマーシュを納得させられるであろう答えも持ち合わせていないラクルはゆえに、自身の家庭環境や生い立ちについて語り聞かせることにした。
「このインテレオンは、母さんの形見なんです」
ラクルのとっては取るに足らない昔話のつもりではあったが、それを聞くマーシュ女史の表情は緊張を孕んだ険しい物へと変化した。
母子家庭のラクルは1年前まで母と共に暮らしていた。
彼女の詳しい仕事までは知らなかったが、確か薬剤師を名乗っていたように思う。それゆえに収入は安定していたようで、幼少期にラクルが貧困にあえぐようなことは無かった。
別段、記憶に残る母の面影や仕草にも怪しい印象のものは思い起こされず、唯一不可解な点はと言えば、ラクル達一家は頻繁に引っ越しを繰り返していたということだけだった。
それだって仕事の都合なのだと幼くして理解していたし、そもそもそれが常態であったラクルにはそこに疑問を持つことさえ、今に至るまで抱きはしなかった。
そしてラクルが10歳の頃、母は一匹のポケモンを彼に与えることとなる。
それこそがジメレオンであり、後のインテレオンであるわけだ。
しかしながらと……このこと一点だけについては、ラクルもまた疑問に感じることが確かにあった。
なぜ母は第一進化形態のメッソンではなく、中間進化であるジメレオンを与えて来たのかということ……。
それでもしかし初のパートナーということもあり、また当時は幼さも手伝ってかラクルはそんなことなど一切、意には介さなかった。
事実インテレオンは公私に渡る最高のパートナーとなり、更に今回のイベントを経てからはより親密な存在とすらなっていた。
「……失礼だけど、お母様のお名前を窺ってもいいかしら?」
一方でその話を聞いていたマーシュ女史の表情はどんどんと暗いものへとなっていた。
話し始めこそは目を合わせていたその顔も今では何か物思いに耽っているのか、視線を伏しては独り言のように尋ねてくる有り様ですらある。
「えっとぉ……エヂンです。エヂン・サイモンと言いますが」
その瞬間──伏されていたマーシュ女史の顔がバネ仕掛けに跳ね上がる。
同時にラクルへと向けられるその表情は目を皿のように剝く驚愕を宿したものへと変わっていた。
その表情に、なにやら今の状況がきな臭いものに代わってきたことを流石のラクルも感じずにはいられない。
いつしか鳴り始めていた不整脈は一呼吸ごとに大きくなっていくのが感じられる。
「そのインテレオンは形見とおっしゃられたけど……お母様はいつお亡くなりに」
「い、一年前です。膵臓の病気でした」
「あなた以外に付き添われた方はいたのかしら?」
「いえ、身内は僕とインテレオンだけでしたから特には。……あの、いったい何なんですか?」
繰り返される質問とざわつく心中に煽られては、そこに覚える恐怖ゆえにラクルは苛立ちを混じらせた強い口調で聞き返してしまう。
そんなラルクの返事に対し、
「あなた達は、そうプログラムされたのね……」
僅かに顎を引き、観察するよう一点に見つめてくるマーシュ女史の視線に──ラクルは途端に意気を挫かれては言いようのない不安と恐怖とを再認識する。
そしてそれは背後に控えるインテレオンもまた同様で彼女は守る様に、しかし反面ではすがる様に不安げにその背中からラクルを抱きしめていた。
この時二人が感じた恐怖の正体……それこそは、いま目の前のマーシュが見せたその表情を、二人は以前から記憶していたということに他ならなかった。
言わずもがな初対面のはずである。
それにも拘らず、二人は彼女のことを知っている──その意味するところを知ることが、今の二人には何よりも恐ろしいことのように思えた。
そしてそれを知ってか知らずか……
「この『モントベクター』は数回限りの限られたイベントなんかじゃないの……それこそその始まりは、25年にも前に遡る『大きなプロジェクト』の一部なのよ」
マーシュはその真相を──
そして、ラクルとインテレオンに科された役割と、その『正体』について語り出すのであった。
モントベクター──この名称は、生命の宿る場所を意味する『モント(mondo)』と、そして遺伝子の運び手を意味する『ベクター(vehere)』とを合わせた造語である。
そのプロジェクトの内容とは、とある一匹のポケモンに大量の情報と経験とを蓄積させることによって、一種の『生体量子コンピューター』を造りだそうとした試みであった。
そしてその始まりとして、一匹の『メタモン』が人造される──。
そのメタモンもまた計画名称をそのままに冠されては『モントベクター』と名付けられ、以降は様々な情報と経験の収集を目的として世界に放たれようとしていた。
しかしながら効率よく多種多様の経験を学ばせる為には到底、体一つでは足りない。
そこで考案された方法こそは、かのモントベクターを分裂させてはそれぞれに旅立たせるという方法だった。
モントベクターの成長に合わせてその肉体の一部が切り離されると、分離したそれはいわば別人格のメタモンとして旅を始める。
その行き先で分離したメタモンは独自の人生を歩み、やがては一個の個体へと変身を遂げる。
「──その形態はメタモンだけに留まらない。それは時に別種のポケモンに変わる時もあれば、まったく無関係の動植物であることもあったし、そして……『人間』になることもあったわ」
変身を遂げたメタモンは完全にそれへ為り切ることでモントベクターの記憶は元より、さらには自身がメタモンであることの自覚もまた忘却してしまう。
その後は、それぞれの人生を過ごしながら当初の目的である多種多様な学習と経験とを得ていき──やがて定期的にそれらは一堂に介すると、個体同士が集めた情報のすり合わせを行う。
その行為こそが、
「……原始の楽園クルーズ」
集められたメタモン達は、『性行為』という一種の同調作業を経てそれぞれの情報を共感し、より高密度の知的生命体へと『進化』していく。
そしてこの研究の提唱者であり中心人物であった者こそが、
「エヂン・サイモン博士……あなたのお母様よ」
しかしながら順調な経緯を辿っていたこの実験の最中、突如として彼女は全てを放棄しては研究所を去ることとなる。
否──もしかしたらそれは『放棄』なのではなく、その行動もまた予定調和のひとつであったのかもしれない。
ともあれ研究所を去る直前、彼女は研究者一同を集めたミーティングにおいてこんな発言を残す。
──『モントベクターの終了は、「冠石(シンボロン)」となるメタモンの帰還を以て終了となります。それが情報のすり合わせ場所へと帰還した時、全ての個体の『集合』を行ってください』
「さらに彼女は続けたわ──『時が来たならば、シンボロンは必ずこの場所へと集う様にプログラミングされている』……とね」
もはや告げられるそれらを聞くラクルの脳裏は真っ白となっていた。
考えることはおろかそこには既に不安や『ラクル』であった頃の個すらも薄い。
そしてそれはラクルに留まらず背後のインテレオンを始め──この船のホールに集められた全ての船客達が同様に共鳴をしては、ある『一つの意思』へと集合しつつある証拠でもあった。
そしてそれを促す最後の一押しとして、マーシュは右手にしたとある物体を掲げる。
そこにあったものは万年筆然とした小さな鉄塊だった。
「分離したメタモン達は一定の周波数によって胎内振動を同調し、元の『モントベクター』へと還ることが出来る……」
もはやマーシュがこれより何を行おうとしているかは明白だった。
それに気付いた瞬間、やにわにラクルは意識を取り戻しては彼女へと手を伸ばす。
「やめ、て……僕は、僕だ……インテレオンも、彼女だ……望んで、いない……!」
もはや人間と思い込んでいた自分が大いなるメタモンの──『モントベクター』の一部であったことを察したラクルは、必死にマーシュの行う『集合』を止めさせようとする。
全てが一つになるとはすなわち、ラクルやインテレオンという個の『死』もまた意味していた。
ラクルはそれが嫌で必死の抵抗を試みるもしかし……その心の奥底では、ついに迎えたこの瞬間を表しようもない興奮の中で待ち受けている自分もいた。
もはやどちらが本心であるのかすら分からなくなり、斯様な不条理に翻弄される自身とインテレオンを哀れんでは熱い涙がラクルの頬を伝う。
しかしその時──そんなラクルを優しい力が背後から抱いた。
その感触に瞬間、冷静さを取り戻すとラクルは首を振り返させる。
そこにはモントベクターでも誰でもない、ラクルの愛したインテレオンが優しく自分を抱きしめてくれていた。
もはや人やポケモンの垣根など無く、今のラクルには彼女の伝えようとしている全てが手に取るように理解できていた。
個の存続や消滅などはもはや眼中には無い。
インテレオンは──……
彼女は、誰でもないラクルと一つになれることを望んだのだ。
それを知った瞬間、ラクルの心からも一切の執着が消えた。
生への渇望も、死の恐怖も、個の消滅も……それらは全て、しがないしがらみ程度の些末なことのよう──一瞬にしてラクルを他人事の如き諦観へと至らしめてしてしまった。
だからこそ首元に絡められる彼女の手を握り返した時、ラクルの心もまた決定してしまう。
「……仕方、ないかあ……いいよね……一緒に、なれるもんね……」
小さく頷いては苦笑い気に自嘲するラクルに、インテレオンもまた静かに頷く。
そうして背後の彼女へと首だけを返してはアゴ先を上げ、示し合わせたよう口づけを交わした瞬間──ラクルとインテレオンの個の境界は崩壊し、爆発然として交じり合った。
そしてそれを契機に、ホールに満ちていた老若男女を問わぬ人間やポケモン達は悲鳴のような……はたまた汽笛や、ともすれば歌うかのような音階のそれらを奏でながら爆散し、磁力によって連鎖する液体金属よろしくに隣同士で集合を果たしていった。
それらはやがて液状化した肉体を嵐のように渦巻かせながら天へと立ち上がり、やがては最初のラクルを中心に次々と集結していく。
その様を──この場におけるただ一人の人間であるマーシュは、半ば無感動に見つめていた。
研究の集大成を迎えた今、彼女の胸に去来するものは達成感よりもしかし、生涯を掛けた研究の終焉を見届ける喪失感の方が大きかったからだ。
そんな関係者の想いすらをも取り込んでメタモンは──モントベクターはついに今、その完成を迎える。
文字通りに嵐が過ぎ去り……抜け殻然と多数の衣類が散乱する客船ホール上の中心において、その全長7メートル以上はくだらないメタモンが一匹、そこには鎮座をしていた。
穏やかに瞳を閉じて一切の感情を消しているモントベクターではあるがしかし──同時にどこか微笑みの趣すらも伺えるその表情には、全ての生物を超越した神々しさすらをも感じさせる気配があった。
そしてその中にマーシュは思わぬものを発見しては息を飲む。
それこそは、
「あなたもそこに居るの……エヂン?」
かのプロジェクトの発起人でもあったエヂン・サイモンの面影であった。
そんな独り言とも語り掛けとも取れない声を受け、モントベクターはうっすらとその瞼を開く。
そうして眠たげなその瞳に今度こそは明確な微笑みを綻ばせると、
『そうでもあるよ、マーシュ。久しぶりだね』
穏やかにモントベクターは応えた。
この瞬間にマーシュもまたこの研究の、そしてエヂンの真意を知るに至る。
彼女が目指したものは、謂わば『究極のポケモン』の製造などではなかった。
それこそはいま目の前にいる存在──森羅万象の理を司る『大いなる意思の一部』にこそ変身したいという極めて個人的な願いを叶えるべくに彼女は盛大に、全ての事象を相手取ったペテンを仕掛けたのである。
研究が進み、やがてはその計画にいよいよ達成の見込みが得られたことを確信した彼女はある時、最終段階へと秘密裏に計画の調整を進める。
それこそは件のモントベクターへ自身を同調させるべく作業だ。
その為の準備としてシンボロンとなるメタモンを人間の子供へと変態させ、更にももう一体の分離体をジメレオンへと変態させると──その成長を見計らっては、その中へ自身の精神と知性とを移し変えたのだ。
そして『集合』の時期を確信した彼女は、シンボロンであるラクルをこのイベントへ参加させるべくに工作を果たす。
それこそが運航会社の手違いを装ったこのクルーズへの参加であった。
自分達にはモントベクターのDNAが組み込まれていることから乗船時の検査で弾かれてしまうことは無い。
後はそのタイミングを見計らっては、マーシュへと最後の仕上げをさせるばかり……彼女へとこのことを報告させた中年紳士の行動でさえもがその実、エヂンが無意識化で彼に同調し働きかけたが故の行動であった。
──それら真相を聞かされて、しばしマーシュは言葉を失う。
一方でエヂンも……モントベクターもその先を促そうとはしない。
ただ流れる時に任せたまま、泰然自若とマーシュが語り出すのを持った。
やがては、
「……ひどい人。私が人生を捧げた研究はすべて、あなたの願いを叶える為にあったのね」
鼻を鳴らすようなため息と共にマーシュはそう漏らすとその顔を上げた。
再び視線の合うそこにはもう、今までの思いつめた気配も怒りの感情すらも無かった。
諦観の果てに受け入れられた皮肉の微笑みだけがただマーシュの顔には満ちているばかりである。
「ならばエヂン……いえ、モントベクター。今度は私の為に骨を折ってくれないかしら?」
一変して軽快な口調で語りかけてくるマーシュに対し、モントベクターもまた一切動じることもなく頷く。
『ふふふ……あなたも、私と同じになりたいんだね?』
そして語り掛けられるモントベクターの言葉にマーシュもまた、子供のように大きく頷いてみせるのだった。
『私と同調するにはまずはあなた自身が少なくとも私と同格の……同質量の存在になることが必要だよ? つまりはこのモントベクターをもう一体作らなければね』
言いながらその身を波立たせると、モントベクターの裾から数キログラムのメタモンが分離しては切り出される。
赤子のように眠るそれを受け取ると、マーシュは我が子のようにそのメタモンを胸に抱き上げた。
『その子をシンボロンにして増やしていきなさいな。そして最終的には、私がしたように同調を果たせばいいと思うよ?』
「ありがとう、モントベクター。今のあなたがアドバイスをしてくれれば、今回の計画はずっと早く達成できそうね」
この二体がこれより行おうとしていることは……否、モントベクターにおいては既に済ませてしまったこれこそは神の領域へと接続を果たす行為に他ならない。
それでもしかしそれを行った者と、今またそれを行おうとしている者の表情は何処までも穏やかで優しげだった。
「ならばこの子にも名前つけてあげなければね……」
依然としてマーシュの腕の中において眠り続けるメタモンへと二人は視線を注ぐ。
そんな期待と愛情とを受けたシンボロンは、それを察してか寝顔の眉元を僅かに蠢かせた。
『ならば、その名はあの子と同じものにしてあげてほしいな……』
モントベクターからの提案は既にマーシュが予想していた通りの物であった。
それ以前に彼女もまた、次なるシンボロンには『その名』こそが相応しいと思っていたのだ。
この計画を成功へと導いてくれた人物の名前を──……
彼の持ち得た希望と幸運とに期待を乗せ、新たなるシンボロンはいま再び──
「おかえりなさい……そして初めまして、ラクル」
かつての人間であった頃の名を授かり、『ラクル』は現世への再誕を果たしたのであった。
【 大晦日の奇祭・完 】
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