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【19】元カレのゲンガー の履歴(No.1)


【19】元カレのゲンガー

たつおか




 この作品には以下の要素が含まれます。


【登場ポケモン】  
ゲンガー(♂)
【ジャンル】    
ガチホモ・中年男性同士の恋愛・ハードゲイ
【カップリング】  
中年男性(♂) × ゲンガー(♂)・リバ有り
【話のノリ】    
重め







目次




第1話・炎天下の幽霊



 幽霊や怪談の類は夏の定番だ。
 しかしながら……目が灼けるほどに眩い炎天下の元に現れたゲンガーなどは、おおよそ夏の定番には当てはまらないだろう。

 その日──ブザーに呼び出されて玄関を開けた俺の目の前には、一匹のゲンガーが立ち尽くしていた。
 その出現にさして驚きもしなかった。
 コイツがここへ来る予感があった訳でもないが、どうにもこの頃の俺は不安定で、この身の周囲に起きる全ての現象において俺は無関心な……いうなれば捨て鉢な気持ちでいた。

 だから今も、初対面のゲンガーと対峙していても俺の心が動くことはまったく無かった。
 ただ無言で目の前のそれを見下ろし、そしてゲンガーもまた俺を見上げるという状態が数分続いた。

 しばしして、ゲンガーから何の申し出も無いことからさしたる用事もないと判断すると、俺は玄関ドアを閉じて居室へと帰る。
 リビングに戻ると、ソファーの端に沈み込んでは再び……俺は何も映っていない壁掛けテレビの鏡面に自分を見つめる作業を繰り返すのだった。

 そうして無為に過ごしていると、ふと視界の端に見慣れぬ影が蠢くのを感じて俺はそこへ焦点を結ぶ。
 視線の先にあったものは──部屋の隅に佇むあのゲンガーであった。
 何処から侵入してきたものか、観葉植物の陰からこちらの様子を上目遣いに見つめるその視線はただ俺一点に注がれていた。

 古来よりゲンガーは人の生命を奪うものだと聞く。
 それがこうして俺の前に居るのだから、いよいよ以て俺も死神に見染められたものかとも考えて自嘲した。
 もはや焦りや恐怖といった感情の類など、微塵として今の俺の中には残されていない。

 こうした虚無や自己を顧みない感情の原因は、二年前に恋人と別れたことに起因する。
『恋人』と言ってもそれは異性ではない。同性の、そして俺よりも二つ年長の男性だった。

 知り合ったのは肉体の快感のみを交換する場所でのことだ。
 不特定多数の同士が集まり、そしてただ肉欲の発散だけを目的とする掃き溜めの中で俺達は出会った。
 むろん最初は単に性的交渉のみが目的だった。
 熱を持った俺の体は同じくに欲を持った彼の肉体を慰め、そしてそんな相手の欲情の滾りを体内に取り込んでは、俺もまた飢えた我が身の獣性を慰めるといったありきたりな関係だ。

 同性愛に起因するからでもなく、すでにこの時45歳を超えていた俺にとって、『愛情』なんてものは心の中に影すら見つけることも出来ない感情だった。
 生殖にも根差さず、ただ欲望のみを慰めるばかりのそんな生活は動物以下の日常だったといえる。

 その中で同じように肉欲を慰め合ったのが彼だ。
 ひとえに『ハッテン場』とは言っても、俺達を取り巻くコミュニティはひどく狭くて限定的な物だった。
 皆が同じ目的で集まる以上、何処に行っても同じ顔ぶれとすれ違うのはざらだ。

 俺達の仲も最初はそんな顔見知り程度の友人関係から始まった。
 ある時気まぐれに体を重ね、次回も別の場所で適当な相手が見つからない時には互い『コイツでいいか』程度に再び情を交わすを繰り返していると──何度目かには自然と言葉も交わすようになった。

 そして、むしろ彼との触れ合いは単純な肉体関係よりもそうした何気ない会話の方が心安らぐことに気付いた。
 それはきっと向こうも同じだったのだろう。
 特に示し合わせた訳でもなくハッテン場を訪れると俺達は互いを探した。そうして巡り合うと、もはやセックスなど二の次で俺達は色んな事を語り合って過ごしたのだった。

 初めての感覚だった。
 世間一般でゲイと呼ばれる俺は、自分でも自覚しつつも周囲の同士に対して嫌悪を抱くことがあった。
 性欲に浮かされて興奮しきりの時には蠱惑的に見える他者の胸板もペニスも、こと射精が済んでその欲情が胸を過ぎ去ると──途端にそんな同性の肉体は嫌悪の対象となって、俺は逃げるようにハッテン場を後にするのが常だった。

 そんな俺にもしかし、彼だけは射精後の冷めた肉体の中にあっても心地良くこの胸を満たしてくれていた。

 自然と俺達は日常生活もシェアするようになる。
 この同棲を最初に言い出したのがどちらかは分からない。それでも最初の頃は、これでセックスの相手に困らなくて済む程度の気持ちで俺はいた。……否、そう照れ隠しを自分自身の心にしていたのだ。

 彼と生活を共にするようになり、俺の日常はまさに新生と呼ぶにふさわしい精彩とそして輝きとを放つようになる。
 今までは食事の記憶ですら曖昧だった日常が、そこに彼を取り込むことによっては数多の眩い記憶と記録とを伴う生活へと一変したのだ。
 物を食べる時、何かを観る時、その記憶のこと如くに彼が付随しては、過ぎ去りし時を懐かしんでは噛みしめられるような日常を俺は手に入れたのだった。

 この時俺は──初めて人間になれた気がした。

 そして願わくば、いつまでもこの時が続いてくれることを願った。
 子供なんて要らない。自分の遺伝子を世に残そうだなんて意思も無い。
 ただ、彼と過ごすこの日々の中で一生を終えられること俺はささやかに願ったのだった。

 それでもしかし、その時間も長くは続かなかった。

 ある時に彼は人が変わったよう、俺に病気の疑念を持ち出した。
 性病の類に俺が罹患していないかと執拗に尋ねるようになったのだ。
 今までの生活が生活であったから心当たりが無い訳でもなかったが、肉体的な不調や変化は感じない。そのことを告げるもしかし彼は納得しなかった。

 頑なに俺に検査を受けるよう要求し、遂には一切の情交を交わすことさえも拒否した。
 それはセックスに留まらず、食事も別ならば洗濯物であっても分けて処理をし、しまいには排泄においてでさえ、彼はこの部屋のトイレを使用しなくなった。

 その態度が示すところは俺が何らかの病気を持っていると疑う行為に他ならず、その延長線上にあるものは、俺が第三者の恋人と不貞を働いていることへの疑念であった。
 当然ながら今の彼と暮らし始めてからはもう、そんな場所へ赴いたりはしていない。しかし口でいくらそれを説明したところで彼は納得をしようとはしなかった。

 やがては正式に検査を受けることを、半ば強制的に約束させられる。
 同時に俺達にとってそれは単なる検査ではなく、互いの不信を決定づける行為……いわば、愛の終焉を意味するものでもあった。

 そして彼と共に検査受け、俺の陰性が確認された直後──彼はこの部屋を捨てて姿を消した。
 以降は一人で此処にいる。
 毎日こうしてただ座り続けては、脳内で彼との日々を繰り返すばかりの毎日だった。

 そうして今もそんなことを考えていると、ふと部屋の隅に居た筈のゲンガーが目の前にいた。
 膝を開き、もはや座面に背を預けるようにしてだらしなく座る俺の膝元に跪いては、短パンごしの俺の股間を凝視していた。
 やがて躊躇も無くそこのジッパーへ手を掛けたかと思うと、ゲンガーは手慣れた様子で俺のペニスを取り出し──その厚く大きな舌でそれを舐め上げるのだった。

 舌先で穿つように裏筋をなぞり、ポケモン特有のその長さに任せては巻きつかせると一気にそこから引き抜いては粘膜とざらついた表皮の感触を与えてくる。
 そんな突然の行為にもしかし、俺は制止することもなく無感動にただそれを見守った。
 それでも肉体は血流を促進されてやがてはペニスを勃起させる。

 生理現象以外で勃起したのなんていつぐらいだろう?
 ふとそんな肉体の変化に心がざわめきたつのを感じた。
 
 その後もゲンガーはそこを舌で舐める行為を続けた。
 やがては口先を窄めてはその冷たい口中に俺のペニスを咥え込んでは、激しく吸いつけながら上下に扱く様しゃぶり始める。

 久しぶりの外的な刺激に筒身の背がむず痒くなるのを感じた。
 それに対して射精も予期したが、今さらこのゲンガーを振り払ってティッシュを取りに行くのも煩わしく感じた俺は……このままコイツの中で射精することを決めた。

 そして俺は──一切の遠慮も無くにゲンガーの口中に射精を果たす。
 しばらくこうした行為は自慰であっても行っていなかったせいか、久方ぶりの射精はもはや放尿と疑わんばかりの勢いと量とを以て果たされた。
 それを受け止めるゲンガーも、その一時は瞼を閉じては恍惚と俺の精を口中にて受け止める。

 射精によってもたらされ過度な快感にその一瞬、俺の意識が明瞭になった。
 その瞬間、まるで白昼夢のよう目の前には身に覚えのない光景が展開される。
 どこか部屋の一室を俺と変わらぬ高さの視線で見渡すそれ……がしかし、刹那のそれが何を示したものであるのか判断は叶わなかった。


 そんなまったくに身に覚えのない記憶であったのに──久方の射精の余韻に浸りながら、俺はそれをひどく懐かしく感じていた。




第2話・ソファ上の魍魎



 とうに陽は暮れても、ゲンガーが家から出ていく気配は無かった。
 それどころか俺の座るソファの隣に腰かけてはこれまでの数時間を共に過ごしていた。

 何か喋ることもなければ互いを顧みることもない──ただ二人、目の前の壁掛けテレビの暗闇に写る自分達を見つめては時を過ごしたのだった。
 しかしながら、存外に俺にはこの一時が心地良いものとなった。

 彼が居てくれた時にも、こうしてこのソファに二人で腰かけては映画や食事を楽しんだものだ。……時にはこの上で愛し合ったこともある。
 そんな場所だけに、ここに一人で座り続けることは寂しさを紛らわせるどころかより一層に喪失の悲しみを助長させてしまうだけの行為だったことに、今になって俺は気付くのだった。

 彼との思い出を惜しむべく此処に座り続けることはその実、俺の中に在るありとあらゆるものを消費してしまう行動だった。
 時間、体力、そして未来──心の大半を占める優しいはずの彼の思い出こそが、俺から全ての可能性を奪ってしまっていたのだった。

 このままではいけないのかもしれない……ふとそのことに気付くと、俺は強く目をつぶっては瞼を引き絞り、それから大きく開いた。
 その瞬間、ここ数年間には覚えたこともない覚醒感に頭の靄が晴れるような気がした。
 全てとはいかないが、ようやく少しだけ傷心から立ち直れたのは確かだ。
 そして今の俺をそんな気持ちにしてくれたのは、誰でもないこの隣に座るゲンガーだった。

 動物やポケモンを使ったセラピーがあることは知っていたが、こうまで効果があるものとは思いもよらなかった。……結局のところ、誰も一人では生きられないということか。

 ふと隣のゲンガーへと視線を向ける。
 しばし思惑も無くただ見つめていると、向こうも俺の気配に気づいたのかこちらを見返してきた。

 そのまましばらく見つめ合う──今までのイメージにあった『ゲンガー』は、卵状の体から手足が生えている程度の適当な姿でしかなかったが、いま目の前にいるコイツは腿や両肩の筋肉が盛り上がってと、なかなかにいい体をしている。

 個体差はあるのだろうが、たぶんコイツは同種の中でもモテる部類に属するのではないかと思う反面、ポケモンの世界にもゲイが居るのかとも思うと、俺は思わず吹き出してしまうのだった。
 突然の俺の笑顔にもしかし、その思惑を知らないゲンガーは小首をかしげるばかりだ。
 
 やがて大きくため息をついて気持ちを落ち着かせると、ソファ上で俺はゲンガーへと向き直った。
 それから奴の上に覆い被さってソファ上に抱き上げてしまうと、俺は赤子のオムツでも替えるような仕草でゲンガーの両足を天へと向けさせた。

 そうしてコイツの股間に鼻を着地させては数度、深呼吸をする。
 僅かに潮の香りを含んだ甘い体臭は、人間のそれと大差は無いように思えた。そしてこの香りを持つということは、間違いなくコイツはオスだ。
 俺は何も無いゲンガーの股間へと唇を吸いつけては、幾度となくそこを舐めなぞる行為を開始した。

 別段、欲情していたわけではない。
 ただ久方ぶりに人間らしい感情を思い出すと、自然と体は隣の誰かを愛撫せずにはいられなかったのだ。……彼がここに居てくれた時と同じように。

 しばしそこを舌で舐め穿つなどしていると、その皮膚の下で肉のうねりが生じ、たちどころにペニスの陰影が屹立してきてはそこにて勃起した。
 亀頭のカリ首が開いたその形状は人間の物と大差はない。何ともしゃぶりがいのある大きさだった。
 そんなペニスを右手で扱きつつ、俺の舌先はさらにその下へとスライドしていく。

 強く舌先を押し付けながら会陰のラインを辿ると、それに反応してはコイツのペニスも幾度となく跳ね上がる。
 そして俺の舌は、奴のアナルへと到着していた。

 肛門その器官があったことに驚くと同時、ならば愛撫も出来るだろうと俺はそこへと舌先を侵入させる。
 舌先に感じる僅かな塩気と苦み走った味わいもまた人のものと変わらない。俺は幾度となく角度を変えながらそこを舐め穿ちつつ、ゲンガーのペニスをしごき上げる行為に集中した。

 そこからのそんな責めに、幾度となくゲンガーは呻き声を漏らしては天を仰ぎそして息を殺す。
 この責めが快感であることは違いないが、同時にウィークポイントでもあることからもそこには激しい苦悶もまた伴っているようだった。

 主導権を完全に俺に握られたまま、抵抗も叶わずにその過度な快感に晒されていると──やがてはゲンガーも達した。
 一際強く声を上げては身を仰け反らせると、黒い体表のゲンガーとは正反対の、純白の精液が糸のように射精された。

 続く第二射を俺は咥え込んで口にて受け止めてやる。
 その体温こそは人と違い冷感を帯びたものではあったが、味わいたるや紛う方なき精液のそれだ。久方ぶりに味わうそれを堪能していると──ふと思いもかけない景色が脳内に広がった。

 それは無機質な青白い天井を見上げる視界──左右には点滴を垂らしたアルミパイプの支柱と、そして心電図と思しき蛍光表示をきらめかせた機械が設置されたその景色は、どこか病室を思わせるものだった。
 そしてその光景のなか、その人物は何かを掴むよう天井へと片腕を伸ばした。

 その瞬間、見覚えのあるそれに俺の意識は激しくかき乱される。……そんな心中の動揺に散らされてその映像も消え果てると、目の前には現実の──すっかり射精を終えては、腹の上へ腺液にぬめらせたぺニスを横たえるゲンガーが寝そべるばかりだった。

 あの映像は何だったのだろう……。
 あそこに見えていた誰かの手それこそは──間違いなく俺を捨てた彼の物であった。
 幾度となく握り合い、そして俺を抱きしめてくれたあの手だ。

 そのことに気付くと俺の意識は自然とこのゲンガーへと向かった。
 コイツからフェラチオを受けた時に垣間見えた映像もまた彼のものなのだろうか? だとしたらコイツはいったい何者で、そして何を伝えに俺の元へと来たのだろう。

 目蓋を閉じては余韻に浸るゲンガーの顔を股座から見つめていると、向こうも俺の視線に気付いては片目をうっすらと開ける。

 やがては互いの視線が絡み合うとせ──奴は強がりもひとつにアカンベェと舌先を見せては、健気に微笑んでみせるのだった。




第3話・キッチンモンスター



 夕食の準備にまでゲンガーは着いてきた。
 しかしながら、少し遅れてキッチンに入ってきた奴の姿に思わず俺は吹き出してしまう。
 どこから見つけてきたものか、ご丁寧にもコイツはエプロンを付けてキッチンへと入ってきたのだ。

 そのエプロンにも見覚えがあった。
 それは俺にとってはひどく懐かしく、そして大切な物の一つ……誰でもない、以前の彼が身に着けていたエプロンだった。

 彼がいた当時、食事は当番制で担当する取り決めとなっていたが、この作業がまったく出来ない俺との同棲とあっては自然、彼が炊事を取り纏めるようになっていた。
 そんな彼がいつも料理の際に身に着けていたものがこのエプロンであった。
 彼が居なくなってからはそれに袖を通す者も無く、この家の主である俺自身、今までこれが何処にあったのかも分からない代物ではったが、まったくよく見つけてきたものだ。

 それにしても……最初こそは笑ってしまったが、このゲンガーのエプロン姿には得も言えぬ妖艶さもまた俺は感じていた。
 身を翻すたびにエプロンの裾が風を孕んでひらめくと、その下にあるゲンガーの股座や尻がチラチラと俺の視界に入った。
 さながら『裸エプロン』的なチラリズムではあるのだろうが、そもそもは全裸が常態であるポケモンに裸もクソも無いだろう。
 そんな考えに帰結すると、今度は自嘲して鼻を鳴らしてしまうのだった。

 そうして二人並んでキッチンに立つ。

 会話などは無い。そもそもゲンガーが喋れるものかも怪しい。
 それでもサラダの準備などしていると横に着けたゲンガーはそれを入れるボウルを用意してくれたり、はたまたレタスをちぎったりと、手伝う気持ちはあるようだ。
 思い返すに彼が居てくれた時は、食事の準備にはいつも二人でキッチンに立ったものだった。
 なんて事の会話を楽しむ一時ではあったが、それがとてつもなく大切な時間であったことを俺は無くしてから気付いた。
 あの時交わした会話をもっと覚えていれば……もっと真剣に話していれば……そんな後悔だけが、無くしてしまった後から付きまとっては、いつまでも俺を苦しめるのだ。

 クルトンもまぶし、ようやくこのサラダも完成間近となった時、俺は仕上げに付け合わせようと思っていたミニトマトが無くなっていることに気付く。
 その場で大柄な体を右往左往させてそれを探す俺はゲンガーの視線を受けてふと気付く。

「……お前か?」

 尋ねる俺の声に、普段から笑いの形にせり上がっているゲンガーの口角がさらに楽しげに吊り上がった。
 そうしてエプロンの裾をはためかせて背を向けたかと思うと……そこから両膝に手を突いて腰を突き出してくるポーズを前にして俺も大きくため息をつく。
 恐竜然とした尻尾を跳ね上げたその下……探していたミニトマト達は、ゲンガーの尻の割れ目に縦1列に挟み込まれていた。

「食い物で遊ぶなまったく……」

 言いながらその尻の前に屈みこむと俺はそこに挟み込まれたミニトマトを取っていく。
 そうして数個取ったところで、最後のひとつがその割れ目のさらに奥に埋め込まれていることにも気付く。
 それを取ろうと指を埋め込ませると、そんな俺の動きに反応してゲンガーは尻の両房を締めつけて挟み込んでしまう。
 それでもどうにか取り出してやろうと躍起になっていると、そんな指先に弾かれたトマトはゲンガーのアナルの中へと飲み込まれてしまった。

「つまみ食いしやがって……返せ、この」

 その跡を追うように俺もその中へと指を埋める。
 そうして中指の先端にトマトの弾力を感じると、どうにかそれを指の節に引っかけて取れないかと俺は幾度となく手の甲を反転させては内部をえぐり、さらには掻き出すべくに前後の浅い挿入を繰り返す。

 いつしかゲンガーの動きがすっかり沈静化していることにも気付く。
 依然として膝に両手を突いた前屈みの姿勢ではあるのだが、その両肩が荒い呼吸に連動して上下していた。
 
 背後からでは表情は見えぬものの、その頬が群青の表皮からも分かるくらいに赤く充血していることから、俺の愛撫に反応してしまっている様子が窺えた。
 そうして同時に俺もまた、いつしかこの行為にスキンシップ以上の感情を持ち始めていることに気付く。
 俺自身もまた強く勃起していることに気付いたからだ。

 お互い無言のまま、俺は立ち上がるとそんなペニスをジッパーから取り出しては先端をゲンガーのアナルに宛がう。
 亀頭の先端が僅かに肛門の淵に埋められた瞬間、チラリとゲンガーは視線だけ振り返らせたが、すぐにそれも振り切ると……後は為されるがままと言った具合に頭を項垂らせた。

 OKの返事とみていいのだろう。
 そこから俺はゆっくりと挿入をする。

 節の隆起にメリハリの富んだゲンガーの直腸は、その一節進むごとにカリ首を刺激しては咀嚼するかのごとく蠕動しては絞めつけてきた。
 おおよそ体温というものは無く、冷感がペニスにまとわりついてはさながら凍らせられるかのようでもあるが、幸いにも猛暑の今と相成ってはそれが心地いい。
 そんなゲンガーのアナルを味わうようゆっくりと挿入していていくと……ついに互いの腰と尻とがぶつかるまで侵入して、ようやくに俺も動きを止めた。

 お互いに大きくため息をつく。
 しかし次の瞬間には獣のように激しく、急激なストロークを俺は敢行するのだった。

 固定された互いの肉体がぶつかり合う衝撃と体重の実感は、今までに忘れていた充実感を俺に思い出させてくれていた。
 久方ぶりのセックスに我を忘れて腰を打ち付けるのと同時、一抹の虚しさもまた胸には去来する。
 
 つい先刻に顔を合わせたばかりの、素性も知らない自分達が肉体を慰め合うという行為はハッテン場での出会いと大差がない。
 ただ肉欲のみが存在するエゴの掃き溜めに愛などは微塵も無いものの、それゆえの身勝手で無責任な快感は、これ以上にも無い愉悦となって俺達の一時を燃え上がらせてくれるのだ。

 その形が変わってしまうほどにゲンガーの尻肉を握りつぶし、さらには性欲すら超越した破壊衝動のまま腰をぶち当て続けていると、やがては射精の高揚感を体に覚えては俺も身を震わせる。
 そのままラストスパートをかけて、

「このまま中に出すからな……!」

 そして一切の遠慮も無くゲンガーの胎(はら)へとありたけの精液をぶちまけた瞬間──射精による快感の忘我の中に、俺は再び何者かの記憶を垣間見た。

 それは何かの書類を両手にして見下ろす映像だった。

 同時にその両手がまたしても彼の物だと気付く。
 彼はいったい何を見ているのだろう?
 白地の紙面にはその所々に淡いブルーのラインが項目を区別するべくに走っていて、そこには様々な数値やアルファベットが羅列されていた。
 そして彼と連動した俺の視線は、そこに『The result of my HIV test was 【positive】.』の一文を見つけ激しく震えた。
 同時に震える両手は、見えない何かにしがみ付くかのよう……その紙片を握り潰してしまうのだった。

 その刹那──再び視界は今この瞬間に戻った。

 気付けば俺のペニスは既に委縮して抜け落ち、目の前にあるゲンガーのアナルからは俺の精液と、そして内部で潰されてしまったであろうミニトマトとで撹拌されたサウザンドドレッシングよろしくの体液が流れ出ていた。

 見れば項垂れて耐えるゲンガーのエプロンもその前面がペニスの形に盛り上がりそこの先端に大きな染みを黒く作り出している。……奴もまた俺と同じくにして絶頂をして果たしたらしい。
 やがてはゆっくりとその顔が上げられると、ゲンガーは首だけを振り返らせては俺の体と、そして自分のアナルから漏れ出しては内腿を伝っている精液を見遣る。

 そしてゲンガー特有の大きな舌を伸ばしたかと思うと腿のそれを舐め取り、さらには上昇して自身のアナルもまた舐め上げると──そんな内部に残る精液もまた、全て舌の上へとひり出してしまうのだった。

 舌上にぶちまけられた俺達のドレッシングをこぼさぬよう舌で巻き上げると、それを口中に含んでしばし咀嚼する。
 やがてはすっかりそれを味わいつくして飲み込んでしまうと、再び振り返った視線は俺の顔へと結ばれた。


 そうして互いの視線を絡ませるとゲンガーは……間違いなく『ごちそうさま』と口を動かして見せては、天真爛漫に瞳を細めてみせるのだった。





第4話・LOVE PHANTOM



 就寝を前にしてもゲンガーは同じベッドに潜り込んできた。
 そうして顔を寄せてきてはキスをねだるあたり、もはや何の遠慮をする気も無いようだ。

 もっともこの頃には俺ももうどうでもいい気分になっていた。相手がポケモンとはいえ、こうして久方ぶりに他者と触れ合うのは悪い気分ではなかったからだ。

 それどころか、こうして体を重ねるごとに自分の中の人間性が再生されていく感覚に、所詮は彼への思いも第三者の代替行為で慰められてしまうものなのかとも思い、僅かな自己嫌悪を感じないでもなかったが。

 そんな考えに忘我していた頭は突如として現実に戻された。
 体に電流が走るような刺激に我に返れば、そこには俺の乳首に唇を吸いつけさせては愛撫しているゲンガーの姿があった。
 
 同時に、動物めいた短い指で残る片方の乳首もまた摘まみ上げると、幾度となく親指の腹を擦り付けてはその表面を擦るように刺激していく。
 反面、口唇で咥えている乳首へは強く吸い上げて前歯で噛むといったような荒々しさでメリハリをつけてくるあたり、このゲンガーは相当なテクニシャンだ。

 やがて乳首を弄んでいた右手はそこを離れ、その爪の先を表皮に突き立てながら下降していく。
 胸筋の隆起を乗り越え、そして下降しては腹筋の溝をなぞりながら降りていくとやがては──ペニスの根元である恥丘にてそれが止まる。
 既に勃起しては痛いくらいに屹立している俺のそれを握りしめてくれるものかと期待していると、ゲンガーの指先は更なる予想外の行動を取った。

 鋭い爪を宿した指の先端は、ペニスの背をなぞり上げた後に鈴口へと僅かに挿入された。
 そこから尿道に走る鋭い痛みに俺も呻きを上げては喉を仰け反らせる。
 尿道そこに生じているものは紛う方なき痛みではあったが、それこそが性においては快感の一ファクターでもあることを俺も理解していた。

 斯様な尿道責めの快感と痛みから、もはや俺はゲンガーの一挙手一投足に反応しては身を蠢かせるマリオネットと化す。
 やがては搾乳される家畜のよう四つん這いにされたかと思うと、依然として尿道を爪を突き立てられたまま、次なるはアナルの淵をゲンガーの長く太い舌先はねぶってくるのだった。

 たっぷりと唾液を含ませ、幾度となく角度を変えながら突き穿いてくる舌先に最初こそは体をこわばらせて強く括約筋を締めつけていた俺の体も──いつしか硬軟織り交ぜたゲンガーの舌先に翻弄されてはそのガードを緩ませ始めていた。

 そして呼吸を整えるべくに息を吸うその瞬間に合わせ、括約筋が緩む瞬間を逃さずにゲンガーの舌は俺の胎内へと侵入を果たした。
 直腸内に他者の体温が生じる感覚に慌てて力を込めるも、既に体内に侵入された後となっては後の祭りだ。

 ゲンガーの舌は拒む俺の体などおかまいなしに侵入を進めては、存分にその直腸内で舌先を暴れさせた。
 人間には決してマネの出来ないアクロバティックなその動きに晒され徐々に、他者へ犯されることへの意識に強い興奮と高揚を覚えては俺の心もまた支配されていく。

 いつしか括約筋の余分な力も抜け、直腸は幾度となく蠕動してはゲンガーの舌を絞り上げるというセックスの為の肉体へと作り上げられていった。
 そうしてゲンガーの舌が抜き取られた後には、うっすらと間口を広げたアナルを引くつかせる豚(オレ)がゲンガーの前にはいるばかりだった。

 それを前にしてゲンガーも体をにじり寄らせる。
 左手を俺の尻の上に置き、残る右手で自身のペニスの根元を握りしめてはブレる亀頭の標準を俺のアナルそこへと定める。
 亀頭の柔らかい先端が肛門の淵に宛がわれると、俺の期待は否が応にも昂ってはこの見ず知らずのゲンガーにレイプされることを確信した。

 そして次の瞬間──氷のような冷感が肉体を貫くと同時、ゲンガーのペニスを根元まで受け入れては俺も強く吠えた。
 筒身の全てを挿入してしまうと、腰を打ち付けたその姿勢のままゲンガーも硬直しては身を震わせる。
 おそらくは俺の直腸から伝わる灼熱感にペニスを焼かれては、その感覚と快感から来る絶頂に耐えているのだろう。

 しばしそうして肉体が互いの体温に馴染むのを堪能した後、改めてゲンガーは動きだした。
 長さよりも太さが自慢のゲンガーのペニスはピストンの毎にアナルの淵を拡張してはひりついた感覚を俺に刻んでくる。
 加えて大振りのカリ首が引き抜かれる際に直腸壁を刮ぐと、その痒みを掻きむしるような快感に俺は頭を白くさせた。

 けっしてハードではないがペニスの形状からもたらされる快感と、そして肉体同士をぶつけた時に生じる体重の実感は、久方ぶりとなるセックスの悦びを俺の体に思い出させてくれていた。
 いつしかゲンガーは背後から抱き包むよう俺の背中に乗り上げては腰を打ち付け始める。
 残る手で俺の乳首を摘まみ上げながら荒い呼吸で腰を打ち続けるゲンガーの必死なスタイルは、いつしか快感よりも強い郷愁を俺の中に呼び覚ましていった。
 
 これこそは、あの彼が俺にしてくれた愛し方と同じだったからだ。

 ならばキスが来る──と思うと、その通りにゲンガーは俺を振り返らせては唇を奪う。
 似ているなどではなく、今のゲンガーは再び俺の元へと帰ってきてくれた『彼』そのものだった。

 その歓びに感情が高ぶると、それは肉体にも表れては直腸を強く蠕動させてゲンガーのペニスを締め上げる。
 その刺激を受けてはゲンガーもまた苦しげな呻きを上げた……お互いに限界が近いのだ。

 きつく瞼を閉じ、口角もへの字に食いしばっては鼻息荒く腰を振ってラストスパートをかけるゲンガー──それに追従して俺もまた最高最後の瞬間へと昂っていく。
 そして一際強くその腰同士が打ちあったその瞬間、俺の絶頂と同じくしてゲンガーもまた射精を果たした。

 冷水のようなゲンガーの精液が胎内で爆発すると、その冷感ゆえ雫の一滴に至るまで彼の精液の律動全てが俺には感じられた。
 一方でゲンガーは完全に力尽きて俺の背に体を預けているにもかかわらず、ペニスだけは別個の生物のように射精を続ける。

 俺の直腸内を自分の体液で満たしてくるその様は、今日までの互いの空白を埋めるかのような意思すら感じられた。

 精液と想い──やがては体の中にあるそれら全てを出し尽くしては、完全にゲンガーは事切れる。
 そんな彼に敷き圧されては俺もまたうつ伏せにベッドへと沈み、絶頂の余韻に身を委ねた。


 その中で俺は右手の甲に何かが蠢く感触を覚えた。
 見れば伸ばされたゲンガーの掌がそこを覆い、俺の右手を包み込んでくれていた。
 そして指々の隙間に自分の指も差し入れてはそこから組み合う様に俺の手を握りしめてくれるゲンガーに……俺もまた指々を窄めては、そんな彼からの抱擁を握り返すのだった。




エピローグ



……────

 最初の違和感は長引く風邪だった。

 ことあるごとに体調を崩しては寝込み、そして一度そうなってしまうとなかなかそれも治らない……。
 それこそ最初は悪性の風邪やインフルエンザ、あるいは肝臓が疲れているのかと思い込んでは自分を誤魔化しても来たが……体中に発疹が浮き上がるに至り、俺はそれまであえて目を逸らし続けていた現実を直視せずにはいられなくなった。

 検査の結果は【陽性】──俺は悪性のウィルスに感染していたのだ。

 しかも現実から逃げ続けていたツケはこの期に及んで俺に後戻りはおろか、もはや立ち止まることすら許さない領域にまでこの体を蝕んでいた。
 自分の特性が特性だけに、いつかこうなる覚悟は出来ていた。
 しかしながらここにおいて心配するべきは自身の体などではなく、むしろパートナーのことだった。

 この時の俺にはすでに愛してやまない人がいた。
 その人にこんな自分の醜い業までも背負わせるわけにはいかない。

 まずは彼にもまた、件のウィルスの検査を受けさせた。
 結果は陰性であったが、このウィルスには数年にも渡る潜伏期間がある。一概にこれだけで安心はできないが、それでも俺には今後とも彼が発症してしまわないことを祈り続けるしかない。

 ともあれ彼の陰性が判明してから以降は、俺は彼との距離を取るべく……そして彼から嫌われるべくに行動を徹底した。
 当然ながら接触は必要最低限に抑えた。
 キスやセックスはおろか、会話や日常生活での直接間接を問わぬ接触にもまた俺は気を遣った。

 洗濯物は分けて行い食事も別、トイレは俺の使用後には必ず清掃をし、そして一切の会話を絶った。
 思えば、この時期こそが闘病生活などよりもよほどに辛く苦しい期間だった。

 ならば早々にこの家を出て彼と別れてしまえばいいと思うかもしれないが、そうは分かりつつも離れたくないと考えてしまったのが俺の弱さでもあり、そして残酷性だった。
 幾度となく自分の病を打ち明けて理解を求めようかとも悩んだが、それを知って彼の心が俺より離れてしまうことこそが俺は怖かったのだ。

 嫌われていても構わない……どんな形であれギリギリの瞬間まで彼と過ごせることを俺は望んだ。

 ──しかし、最後の時は来てしまった。
 いよいよ以て体は融通が利かなくなり、そして表面上の症状を隠しているのにも限界が訪れた。
 ついに俺は……彼との別れを決意する。
 別れのキスも挨拶も無く、俺は一切彼に知らせることなく人知れずに家を出たのだった。

 心の支えを失くしてからは、病の進行もまた早かった。
 数日後には身動きを取ることすら出来なくなり、俺はただ朽ちるのを待つばかりとなった。
 死の足音が聞こえるどころか、死神は既に枕元に立っては俺を見下ろしているような状態だ。

 その段に至ってはもう身動きすらとれなくなっていたから俺はただ脳内で一人、これまでの人生を振り返るばかりの毎日を送った。
 ゲイの身上では後悔や悲しみばかりが思い起こされたが、それでもそんな全てをかき消して余りある喜びは、あの最後の期間に彼と出会いそして共に過ごせたことだった。

 何気なく一緒に生活していたが、そのなんて事の無い瞬間がどれだけ大切でそして尊いものであったかが今になって分かるのだ。
 故にいま望むものは、『彼』だたそれだけだった──……

 また一緒にキッチンに立って夕食の準備をしたい……何気ない会話で笑いあったり、そして体を重ねたり……ただ何も言わずに一緒に座っているだけでもいいんだ……
 また彼と一緒に……その時には今度こそ、死が二人を分かつまで共に………

 ささやかなる願いを胸に………俺は旅立つのだった。

■    ■    ■


 
 涙で目覚めた──
 あの夢の一部始終は彼の最後に依るものだった。

 どれだけの寂しさの中で亡くなったのだろう……そしてなぜ打ち明けてくれなかったのか?
 しかしながらそれを思う時、もし同じ立場であったのならばやはり俺もまた彼の元を離れたであろうことにも気付いてなおさらにため息を深くさせた。

 同時にふと思い出したことがある。
 それは、いま俺の腕の中で眠るゲンガーのことだ。

 ゲンガーに纏わるゴシップに、無念を残してて死亡した魂が道連れを求めて変化した姿──というのを聞いたことがある。
 思うに『無念』とはけっして憎しみや恨みといった負の感情だけに依るものではないだろう。
 強い愛情もまた、死に際しての強い心残りとして『無念』を生み出すことだってある……その証拠こそが、今この腕の中に戻ってきてくれたゲンガーではないだろうか。

 このゲンガーからは生前の彼の記憶はほとんどといっていいほど失われていた。
 それでもしかし、俺への愛だけは忘れていなかった。それだけは覚えていてくれていた。そして、帰ってきてくれたのだ。

 寝返りを打ってゲンガーに向き直ると、俺は改めて彼を抱きなおした。
 それを受けて、眠るゲンガーもまた俺の胸板に顔を押し付けては身を寄せた。

 ようやく、帰ってきてくれた。
 ならばもう離れることは無いだろう。
 もしいつか俺が死に迎えられた時には、今度は俺がゲンガーになろう。
 そうすればもう永久に離れることもない……。
 人の世のしがらみに傷つけられることもなく、俺達は数あるポケモンのつがいとして生きていけるのだ。
 そんな未来がとてつもなく尊くて愛しいものに思えた。


 その安堵と、そして今日までの疲れを癒すかのよう俺達は眠り続ける。
 これからはもう時間なんて気にすることはない──何時いつまでだって、俺達は共に在れるのだから。









【 元カレのゲンガー・完 】


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