|&color(#00baff){&size(35){Reach For The Sky};};| Written by [[SKYLINE]] 目次は[[こちら>Reach For The Sky]] キャラ紹介は[[こちら>Reach For The Sky 世界観とキャラ紹介]] &color(red){※本話には流血表現が含まれております。苦手な方はご注意ください。}; ---- ''Episode 3 救いを求めて'' 状況は二人の人生の中で間違いなく最悪だった。陽は沈み始め、直に世界は闇に飲み込まれる。そうなれば視界は零となり、暗闇の中では身動きが取れなくなってしまう。さらに、コモルーの希龍が持つ天性の才能――メテオスコール(隕石群)を察知する能力がそれを察知しているのだ。二人を隕石から身を守ってくれる物、それは大自然の気まぐれで作り出された洞窟。中でも頑丈な物ならば、連火を纏い、大気を射抜く隕石から身を守ってくれるのだ。しかし、それを見つける事が出来なければ、希龍もエアームドの斬空も所々に転がるポケモン達の風化した骨と同じ末路を歩む事になる。 希龍の能力のお陰で数時間……遅くとも一時間前にはメテオスコールの&ruby(らいこう){来寇};を察知できるが、二人に残された時間は日の入りまでの数十分と言って過言ではなかった。青が尽き、変わりに砂でも撒いたかのような空は日光を遮り、その為暗くなるのも速く、太陽が西に沈むのを闇は東から今か今かと伺っているのだ。そんな闇が世界に染みるのは時間の問題。 だから二人は走り続ける。自分を信じ、神意を信じ、そして救いを求めて。互いに足は悲鳴を上げていた。それでも、疲労に屈せず希龍も斬空も安全な洞窟を探して岩場を駆け抜ける。二人の背後に見える太陽は既にその力を失いつつあった。時間が無い。そんな現実が二人の背中に美を捨てた夕日と共に突き立てられ、いつの間にか二人を包んでいた和やかな雰囲気は消え去っていた。と、その時だ。希龍が落ちていた小石に&ruby(つまず){躓};いて転んでしまった。 「うわっ」 体が丸いだけに、彼の体は岩場を派手に転がり、薄い灰色の肌は土で汚れていく。種族柄、硬い殻のような皮膚に覆われているが、岩の地表にぶつかる体は傷付き、痛みが疲弊した彼を襲う。ようやく止まった頃には彼の体は傷だらけで、響くような痛みが全身から伝わってくる。希龍の転倒に斬空は直ぐに気が付き、素早く振り向くと地に伏せる彼の元まで駆け寄っていく。 「大丈夫か?」 「な、なんとか……それより早く洞窟を見つけないと」 「そうだな。立てるか?」 「あぁ」 相棒や師匠とも言える斬空の優しい気遣いの言葉を糧に、希龍は疲れと痛みで重くなった体を精一杯の力を振り絞って持ち上げる。斬空から見ればとても痛々しい姿だが、それを心配して手当てなんてしている猶予は無く、二人は直ぐに駆け出した。何時の間にか焦りの色は二人の体の芯まで染み込み、希望を蝕んでいく。洞窟が見つからない以上、二人はもう朝日を&ruby(おが){拝};めず、人生の終焉を迎えてしまうのかもしれない。なんとしても見つけなければならない避難場所を探求する二人は仕切りに周辺を睨み続ける。 幾ら走ってもただ荒涼とした大地が広がるだけで、希龍は神に縋りたい気持ちだった。もはや自力では来るべき死の時を待つしかないような絶望の現実に、彼の辞書に無い筈の諦めがそこに刻み込まれようとしていたのだ。冷静沈着で、生き抜く為の知識も豊富である斬空も彼と同様に諦めの焼印が脳に押し付けられようとしていた。 昔から消えた事の無かった希望が二人の中で絶望に塗り変わろうとしたその時だ。神は二人に希望を与えた。それは少し大きな岩を揃って飛び越えた瞬間だった。荒れた大地を見慣れた二人の瞳に真新しい“者”が飛び込んできたのだ。若干遠くではあるが、何とか視認出来る距離で、二人の視線の先にその者は居た。 暗くなりつつ周囲にまるで溶け込むかのような黒い体毛に後頭部から尻尾までを覆われ、胸部から腹部にかけては灰色。細身の体を支える四本の足も黒く、そこに並ぶ対照的な白に塗られた爪は鋭い。そして尖った耳が特徴的。それは噛み付きポケモン――グラエナだった。また、そのグラエナは首に一つのポーチを下げていて、形相からして性別は雄のようであった。 確かなのは、二人の視線の先に居るグラエナは生存者だという事で、彼は鼻先を動かし、尻尾を揺らしながら希龍と斬空の二人に背中を向けて大地を歩いていた。二人は空かさず隠れる場所を知っているかもしれないそのグラエナに駆け寄ろうとしたが、突然共に足を止めてしまった。先程のドラピオン――ドクの率いる集団とのやり取りが、ふと頭の中を雷光の如く過ぎったのだ。 また和平をしらない奴かも知れない。そんな疑念を二人は抱いていて、もしそうなれば、二人とは言え&ruby(まんしんそうい){満身創痍};の状態で戦闘に突入してしまうかもしれないのだ。けれど、あのグラエナが友好的で尚且つ隠れる場所を知っていれば、それは二人にとって絶望の海から救ってくれる助け舟だった。 接触を試みるか。それともこのまま自分達で洞窟を捜索するか。同じ葛藤を心に宿していた希龍と斬空は互いに顔を合わせると、まるで以心伝心したかのように同時に頷いた。 「斬空さん。話し掛けてみよう!」 「同感だ!」 意を決した二人は前方に見えるグラエナの元に向かって、底を突きかけた力を振り絞って駆け出した。二人がグラエナの風下に居た事もあり、存在はまだ気付かれてなく、二人に背中を向ける彼は無表情で歩き続けていた。希龍も斬空も、彼が友好的な性格だと信じて鎖が巻かれたように重い足を動かし、距離を縮めていく。二人共疲弊した足は痛い。それでも大地を強く蹴り、連続的な足音が乾いた空気を振動させる。 傾斜の緩い若干の下り坂は二人の体を加速させ、共に小さな起伏に足を取られそうになりながらも、二人は彼が――グラエナが助け舟だと信じながら、視界の中心に捉える彼に向かい、走り続けた。そして、声が届きそうな距離まで接近した所で、希龍がグラエナに向かって高らかと声を上げた。 「おーい!」 「……ん!?」 背後から響いてきた久しぶりに聞く声と言う音に、グラエナは尖った耳をピクリと動かした。彼は一瞬自分の耳を疑ったが、声のした方向に振り返ったその時には、疑いの霧は晴れていた。自分の方に向かって走ってくるのは紛れも無い生存者。声も、足音もする。決して&ruby(しんきろう){蜃気楼};などではない。彼はそう確信していたものの、四股を開いて身構え、鋭い目付きで向かってくる二人――希龍と斬空を睨み付けた。希龍と斬空が彼を警戒するように、彼もまた二人を警戒していのだ。 グラエナとの距離は縮めが、一定の間合いを取りながら希龍と斬空は立ち止まった。息は上がり、疲れの溜まった体は立っているのも辛い。そんな満身創痍の状態で希龍は息を整えつつ、苦しそうに目を細めながら、鋭い目で睨みを利かせてくるグラエナに瞳を合わせた。斬空もさすがに溜まった疲れを隠す事が出来ず、口を開いて息を切らしている。 一方、疑心を抱いていたグラエナはそんな二人の姿に警戒心が緩んだのか、彼の目は次第に鋭さを失っていった。グラエナはそっと前足を動かして二人の方に向かってゆっくりと歩みを進めていく。目付きからは殺意などは感じられない。しかし、歩み寄ってくるその姿は疲れた二人を助けようとも、それとは逆で二人を油断させて襲おうとも見える姿であった。走りに走り、疲れきった希龍は遂に冷たい地面に倒れ込んでしまい、斬空も動こうにも体が重く、体は脳からの命令を素直に聞いてくれない状態。 この状況では二人の運命はグラエナに握られていると言って間違いは無かった。生かすも殺すも彼の自由。希望と絶望。そんな二つの感情が心の中でぶつかり合いながら、疲れと痛みから地に伏せる希龍は、弱々しい目でグラエナを見上げた。 「よぉ、大丈夫か?」 「…………あ、あぁ」 だらしなく伏せる希龍に降ってきた言葉は優しい言葉だった。突然掛けられたその一言に希龍は目を見開き、先の葛藤の影響もあって、応答しようにも直ぐには声が出なかった。隣に居る斬空もグラエナの一言に一安心と言った感じで、体の力が抜けて崩れるように足を曲げるとその場に座り込む。 「見るからに疲れてるけどよ、なんかあったのか?」 「……えと、その……あ、そうだ! は、早く逃げないと! メテスコールが来るんだ!」 グラエナの質問に、検討も付かない程遠い別世界から向かってくるメテオスコールの脅威を口にした希龍であったが、その声を聞き止めたグラエナは耳を垂らして不思議そうに首を傾げた。 「は? メテオスコール? なんだそりゃ?」 「なんだそりゃって、メテオスコールだって! メ・テ・オ・ス・コ・ー・ル」 「だ・か・ら、メテオスコールってなんなんだよ!?」 グラエナが、希龍の言うメテオスコールを知らないのは当たり前だった。絶望を象徴するような空から降り注ぐ隕石群を、メテオスコールと称しているのはおそらくこの世界で希龍と斬空ぐらいなのだから。それでも、慌てる希龍の精神がそんな事を考慮出来る筈もなく、彼は目の前のグラエナにメテオスコールと言う固有名詞を口から“種マシンガン”の如く連発していた。 それに対しグラエナは首を傾げ、ただメテオスコールは何かと希龍に尋ねるばかり。両者共、まるで一歩も引かないかのような態度で声を張り上げていた。そんな二人のやり取りを隣から見守る斬空の顔は……半分は焦りで、半分は呆れていた。太陽がその身を地平線に沈めようとしている事などもはやお構いなし。希龍とグラエナは下手な漫才でもしているかのように口論を繰り広げていた。それは正にエンドレス。放っておけばエターナル。とにかく、終る気配はなかった。 どこにそんな元気が残っていたのだか。そう思いながら斬空は重い腰を上げ、二人の間を銀の鋭翼で遮った。 「はい、そこまで。お互い少し冷静になれって。……グラエナ。メテオスコールってのは、隕石の事だよ。俺達は隕石の事を昔からそう呼んでいるんだ」 「隕石なんてどうでもいい! そんな事より俺はグラエナじゃなぇ! ロイスって名前があるんだ!」 「どうでも良くないだろ!」 優先する順位を明らかに間違って大声で名乗ったグラエナ――ロイスに希龍が素早くツッコミの一撃を入れる。彼の一言でロイスはようやく事態の深刻さに気が付いたのか、何かを思い出したかのように目を見開く。その顔に希龍と斬空はようやく事の深刻さに気が付いたか……と、彼に向かって言うような少し呆れた感じの目付きでロイスを眺めていた。 無駄な口論を続けていたせいか、気が付けば辺りは暗くなっていて、闇夜へのカウントダウンは刻々と進んでいた。昼間の喧しい風は夜になると姿を変え、体温を奪う冷たい風となる。斬空の仲裁でようやく事の深刻さに気が付き我に返ったロイスと、希龍と斬空の間を冷やかな風が抜け、細かな砂と一緒に三人の肌を掠めて行った。 微かな風の鳴き声が止んだ後、目を見開いて硬直していたロイスは我に返ると少し震えた声で言った。 「……い、隕石が? あの隕石がまた降ってくるのか?」 「そうだ。それも近い内にな。信じられないと思うが、こっちはメテ……隕石群が降ってくるのを察知出来るんだ」 「察知だって!? ……う~ん、確かに信じ難いが俺は信じるぜ。俺の鼻があんたに間違いはねぇって言ってるからな!」 自慢の鼻先を斬空に向けながら、自身満々にそう言ったロイスであったが、それを聞いた斬空は先鋭な嘴の先を希龍に向けると、それを開いた。 「あ、いや、察知出来るのは俺じゃなくて、そこのコモルー、希龍な」 「え、えぇ? そうだったの?」 「あぁ」 ロイスの顔は&ruby(しゅうち){羞恥};で固まっていた。そんな彼が恐る恐る斬空の指す希龍に目を合わせると、希龍は疲れからか地に伏せるように座っていて、拍子抜けした表情で三本の古傷が入った額の下にある両の目をロイスに向けてきた。そして、希龍は小さく呟く。 「鼻、間違ってたな」 「う、うるせぇ! ヒコザルも木から落ちるって言うだろ!」 「……ロイスだっけ? 鼻の事はもういいからさ、安全な洞窟とか知らない? もうすぐメテオスコールが来るから急いで避難しないと」 気を取り直したかのように、一気に表情を真剣な物に変えた希龍は、冷静にロイスに言った。とにかく今は一刻も早く避難する必要があったのだ。一変して真剣な態度になった希龍と斬空の顔にロイスは少しばかりたじろいだ様子だったが、顔を左右に振って気を取り直すと、目付きを変えて鋭い牙の並ぶ口を開いた。 「知ってるぜ。それも大豪邸みたいな洞窟だぜ! 丁度俺もそこに向かおうとしてたんだ」 「本当か!? 助かる!」 ロイスの自信満々な一言に希龍も斬空も感じた事の無いような安心感を覚えた。これで助かる。そう思うと、体から力が抜けて倒れてしまいそうだったが、先ずはロイスが知っているという洞窟に向かう必要がある。二人は疲れが圧し掛かる体を持ち上げると、走る体勢を取った。ロイスもそんな二人を見ながら、準備体操でもするかのように足を軽く動かし出すとその状態で再度口を開いた。 「もし本当に隕石が降ってくるなら急いだ方がいいな。二人共疲れてるみていだけど、走れるか?」 「あぁ」 「走れなくたって走るさ」 「そっか、なら付いてきてくれ」 ロイスの誘導の下、希龍と斬空は再び大地を力強く蹴った。所々に僅かに積もる砂を巻き上げ、小石を跳ね飛ばし、三人は救いを求めて走り続ける。ロイスはまだしも希龍と斬空は無意識に息が上がり、動かす足は&ruby(もつ){縺};れそうになるが、二人共ロイスの背中をひたすらに追い掛けていく。自慢(?)の鼻を利かせて洞窟の位置を確かめるロイスも、険しい表情の二人に気を遣いながらゆっくりと、けれども急いで足を動かした。 太陽の姿はもはや見えないと言ってよかった。世界は限りなく夜へと近付き、漆黒は東から万物を飲み込んでいた。もはや希龍や斬空の視力では遠くまでは目視が出来ず、種族柄匂いに鋭敏なロイスの鼻が二人の命綱のようだった。周りには枯れた木や砕けた岩などが散乱しており、そこは不毛と言う言葉お似合いで、夜ともなれば雰囲気はとても不気味なもの。そんな景観が三人の視界を流れる。そして、絶望の&ruby(はびこ){蔓延};る世界に逞しく存在する三つの影は、いつしか闇に紛れるように彼方へと消えて行ったのだった。 闇に対し劣勢な太陽が遂に地平線に沈もうとしていたその頃だ。“元”希龍と斬空の棲家であった洞窟内には二人を追い出し、この場を我が物としたドクとその仲間達が移動で疲れた体を休めていた。希龍と斬空が居た時と同じように、&ruby(こうこう){煌々};と輝く光りの珠が空間と彼等の体を照らし、中心で白光を放ち続けていた。 ドク率いる数人で構成された群の皆は、希龍と斬空が丹精込めて育てた木に生っていた木の実を根こそぎ摘み取り、それで飢えた腹からくる食に対する欲求を満たしていた。山積みになっていた木の実はみるみる減って行き、何時しか大量に積まれていた木の実はその殆どが姿を消し、変わりに群の皆の満足げな顔がそこにはあった。 「ふぅ、こんなに木の実を喰えたのは久しぶりっすね」 「あぁ、最近はろくな物喰ってなかったからな」 仲間であるザングースから満足そうな声を掛けられたドクは、最後の一つである小さな木の実を手に取るとそれを口へと運んだ。大きな口には不釣合いな小さな木の実は彼の口に納まり、飲み込まれたそれは食道を通って胃に送られていく。ならず者と言って良い彼等であるが、さすがに食物に関する礼儀と言う物は&ruby(わきま){弁};えているようで、食べ終わると同時に、岩に囲まれた空洞に“ご馳走様”の一言が木霊した。 食後の和やかな空気と柔らかな光に包まれ、ドク達は&ruby(くつろ){寛};ぎながら雑談を交わしていた。彼等にとって希龍と斬空が暮らしていたこの場所は宝箱のようで、二人によって集められ、乱雑に積み上げられた様々な道具――文明の遺産をあの幼いロコンは一人で嬉しそうに漁っている。 全く、やんちゃな奴だ。そう思いながら、ドクは揺れる彼女の六尾を見詰めていた。まだ幼い彼女からすれば、目の前に積み上げられたそれはおもちゃの山にでも見えているのだろう。彼女の瞳は輝いていた。 幼い彼女は大人の集団――ドクの率いる群にとっては正直な所、足手纏いな時もある。しかし、彼女の明るい性格と俗に言う癒し系の顔付きは、荒んだ心を和ませてくれるのには十分過ぎる程だった。さらに、リーダーであるドクが何故か彼女を大切にしているので、彼に従う群の皆も同様に彼女には優しくしていた。 話しさえしなければ驚くほどの静寂を保つ洞窟の中で、移動で疲れた体を休めていたドク達であったが、ふと仲間の一人――鍛え抜かれた強固な肉体を持つゴーリキーがゆっくりと立ち上がる。 「さてと……ドクさん。一応見回りに行ってきますね。あの二人が反撃してくるかもしれないですし。ほら、良く言うじゃないすか。災害は忘れた頃にやってくるって。そんな訳で行ってきます」 「確かにあいつ等が俺達の隙を突いてくる可能性は十分あるな。こんな住み易い場所をそう簡単に諦めるとも思えん。……とにかく頼んだぞ。もし何かあったら一人でなんとかしようとせず、直ぐに俺を呼べよ」 「了解っす! 行ってきますね」 ドクと簡単なやり取りを終えると、ゴーリキーは燃える木の枝を太い腕で掴んで早足で外に向かって行く。そんな逞しい体付きの後姿が暗闇に溶け込むまでそれを見ていたドクは、ドラピオンの特徴と言える回転する頭部をゆっくり回すと、再びロコンに視線を戻した。相変わらず彼女は楽しそう。大人のドクからすれば、何がそんなに楽しいのだかと疑問符を頭に浮かばせる姿ではあったが、同時に見ているだけでどこか気持ちを癒してくれるその姿に彼は無意識に見入っていた。 ロコンの姿を普段は絶対に見せないような優しい目で見詰めていたドクは移動で疲れていたのか、いつしか彼の中には睡魔が姿を現していた。集団を統率する者として、仲間達に弱き姿は見せられまいとポーカーフェイスを維持していたが、それも睡魔の前には焼き石に水。既にドクの瞼は重石のように圧し掛かってきていた。ドクがウトウトとしていたその時だった。突如として洞窟内に断末魔の叫びが響き渡った。 「ぐあぁぁ!」 「なんだ!?」 響き渡った叫び声はドクの瞼に乗る重石を軽石の如く吹き飛ばした。突然の叫号にドクを含め、仲間達全員が&ruby(きっきょう){喫驚};し、目付きは瞬間的に変わる。その場に座り込んでいたドクは空かさず立ち上がると、仲間であるザングースとハブネークの二人と共にゴーリキーが向かっていった洞窟の先を鋭く睨む。そして、三人は幼いロコンを守るように身構えた。 先の見えぬ暗所と、そこから響いた仲間の叫びにドク達は揃って神経を尖らせる。まるで時の流れが遅くなったかのように和やかだったそこは、叫び声を筆頭に戦場のような緊迫感に包まれ、両隣で爪を立てるザングースと刃物のような尻尾の先端を立たせるハブネークに、リーダーであるドクは交互に目を合わせる。 ドクは一度深く息を吸ってから巨体を支える強靭な足を一歩前に踏み出し、岩肌の硬い地面に爪を突き立て、威嚇にも聞える地鳴りを響かせた。その剛健な音は閉鎖的な洞窟内に反響し、四人の鼓膜を何度も振るわせる。しかし、ゴーリキーが向かったそこからは何の反応も無く、反響音が静まればそこは三度静寂が広がった。 呼吸音や心臓の鼓動すらも聞えるかのようにドク達の居るこの場所は静かで、まるでそこは異世界のよう。緊迫は空間一杯に膨れ上がっていた。ドクとその仲間であるハブネークとザングースの後ろに居るロコンも、既にその瞳からは先の輝きは消えていて、彼女の耳は恐怖を訴え無意識に垂れ下がっている。 何も反応が無い。それがドクには恐ろしかった。ふざけるような事がなく、普段から真面目な性格であるゴーリキーの叫び声からして、暗がりの向こうに自分達にとっての敵が居るのはもはや確実。しかし、待ち伏せしているのかそれとも暗中からこちらの動きを観察し、殺すタイミングを計っているのか。様々な憶測がドクの脳裏を飛び交い、彼の輪郭に沿って僅かに汗が流れる。 「ドクさん。俺が確かめてくるぜ」 先が二つに割れた舌を口から出しながら、ハブネークがドクに向かってそう言い放つ。自信満々と言った感じのハブネークであったが、経験豊富なドクはそれに待ったを掛けた。 「待て、先は暗闇。それにどんな奴が潜んでるか分からないんだぞ」 「なぁに、ノープロブレムですよ。見ての通り俺はハブネーク、ハブネークやアーボなどの種族は熱探知((現実世界の一部の蛇は、ピット器官と呼ばれるものを備えていて、これによって獲物の体温(赤外線)を感知し、暗闇で狩りを行う。簡単に言えばサーモグラフィ。))出来るんですから」 「詰まる所、暗闇での戦闘はお手の物って事か?」 「その通りですぜ。敵の死体を土産として持ち帰ってきますよ!」 「分かった。だが気をつけろよ」 舌を左右に揺らしながら、行方不明……いや、状況的には既に殺されたと判断した方が正しいゴーリキーの仇に燃えるハブネークがドク達を残し、出入り口に続く道先に向かって進み始めたその瞬間だ。 淀んだ空気が突然流れた。 それと同時に、ドクとザングースの眼前で真っ赤な鮮血が踊るように弾けた。その一瞬はまるで時が止まったようで、ドクとザングース、それにロコンも目は大きく見開き、鼻孔は広がる。止まった時を動かしたのは、流れる真っ赤な血液と一緒に倒れ込むハブネークの体が無骨な地面にぶつかった鈍い音だった。 「&ruby(おろち){大蛇};!」 目の前で倒れ込んだハブネークの名前を叫びながら、ドクは彼に向かって長い腕を伸ばす。血塗れの彼を抱え、ザングースに護衛される形で素早く後退したドクは、赤に染まった彼の体を抱えながら傷口に目をやった。そこには三本の深い傷があって、傷口を押えても白い爪が真紅に染まっていくだけで、流れる血が止まらない。 ハブネークは目を閉じ、必死で苦痛に耐えていた。たったの一撃、しかも見切れない程の速度で何者かに切り裂かれた彼は苦しそうに息を上げる。滴る血液の一滴一滴がまるで命の灯火が消えるまでの秒読みのようで、彼の生暖かな血はドクの腕を伝う。そんな彼を震える腕で抱えながら、ドクは全身に力を入れると、傍らで身構えるザングースと共に外へと通じる暗闇を鬼のような形相で睨み付けた。 「出て来い! 誰だか知らねぇがぶっ殺してやる!」 仲間を傷付けられた怒り。それをぶつけるようにドクは怒号を放った。その轟きは、洞窟は愚かその外にまでも響き渡る勢いで空気を貫く。ドクは目を釣り上がらせ、歯を食い縛り四本の足を開いて身構える。けれど、闇はそんな彼を嘲笑うかのように沈黙を保っていた。一体この先に何者が潜んでいるのか。&ruby(しんい){瞋恚};に駆られる中でも冷静に考えていた彼は、ある程度敵の検討は付いていた。 襲撃してきたのはおそらく自分達が追い払ったあのコモルーとエアームド。奴等がここを取り戻しに来たと考えるのが妥当だった。しかし、妙な事にハブネークの傷口を見る限りでは三本の爪か何かで切り裂かれている。当然エアームドもコモルーも、三本爪など持っていないのだ。だとすればまた別の放浪者か。全身の血液が沸騰するような&ruby(ふんぬ){憤怒};に我を忘れそうになりながらも、ドクはハブネークを抱えて身構えながら憶測を立てていた。 そんなドクに抱えられ、苦しそうにするハブネークがふと長い牙の生えた口を開く。 「くそ……み、見切れなかった……ドクさん。敵……やり手です」 「無理に喋るな。今は休んでろ。仇は俺達が取ってやる」 「き、気をつけてくだ……さい」 ハブネークをロコンの居る後ろにそっと寝かせ、それから振り返ったドクは、血に染まった腕を広げ、そこに並ぶ爪を立たせると再び大きく身構える。 情勢は一触即発。瞬きの一つが、呼吸の一つが、戦いの火蓋を切るかのような緊迫感が空間を我が物としていた。臨戦態勢であるドクとザングースの背後では、ロコンが小さな前足で必死になってハブネークの傷口を押えていて、彼女の顔はさぞ不安そうな表情であった。幼いながら血には慣れている。けれど仲間を失う恐怖には慣れていない。そんな彼女の前足は幾ら力を入れても震えが止まらなかった。 ドクもザングースも脅えるロコンに気を遣う余裕など無く、また敵がいつ仕掛けてくるか分からない故に漆黒を睨みつけ、正体も分からない敵に対して異常なまでに殺気を募らせていた。たった数分で二人も戦闘不能にされた。一人は行方不明と言うのが正しいが、やはり殺されたと判断した方が&ruby(そうめい){聡明};。そんな現実に、ドクは今までに抱いた事がない憤りと緊張で心身を染めていた。 「いい加減に出て来い! 次は俺達が相手になってやる! カス野郎が!」 「ビルドと大蛇の仇討ちだ!」 ほぼ同時に叫んだ二人であったが、その次の瞬間。二人の間を疾風の如く何かが通り抜けた。身構えていた二人の瞳は……まるでその動きに追い付いていなかった。瞬きすらも許さないかのような刹那の間に背後を奪われ、巻き起こった風を肌で感じてからようやく振り返ったその頃には、二人共既に手遅れと言って良かった。 見せ付けられた実力の差。それは雲泥の差をも&ruby(りょうが){陵駕};していて、振り返ったドクとザングースは怒りすら忘れ、驚きで目を最大限に見開いてしまっていた。そして、ようやく目にした敵の姿にドクは声を震わせた。 「ば、馬鹿な……こんな短時間で!?」 「…………」 ドクの言葉に、意図も簡単に彼等の背後を奪ったその“敵”は沈黙を貫き、まるで殺しに何も感じないかのような、そして目を合わせただけで、その者に恐怖を覚えさせるような冷徹な瞳でドクを睨んだ。 To be continued... ---- [[Reach For The Sky 4 ‐夢と希望‐]] ---- あとがき ドクが大ピンチ! ……え? 希龍と斬空を追い出した悪人なのだから、いい気味ですと? まぁまぁ、そう仰らずに。(笑) 希龍達には希龍達の生き方。ドク達にはドク達の生き方があるのです。法も秩序も無い故に、誰が悪人かと一概に決め付けられないのがこの世界なのです。 さて、なんだか意味不明な事を語ってしまいましたが、上記の通りでドク達が大ピンチ。希龍達は新たな仲間に出会って安全な洞窟に向かい、ドク達はこの通り。二話とはまるで逆の展開になりました。そして、彼等を襲撃した犯人は一体……!? まぁ、あまりここで語りすぎてもネタバレに繋がりますので程々に。 後、豆情報でドクの仲間達の名前を紹介。頭の隅の隅の隅辺りに保管して置いて頂ければ幸いです。ザングース――グース。ハブネーク――&ruby(おろち){大蛇};。カイリキー――ビルドです。(ロコンは名前が無い) 貴重なお時間を割いてまで、お読みくださり誠にありがとうございました。 感想、誤字脱字の指摘などありましたらお気軽にどうぞ。 ※コメントページは全話共通です。 #pcomment(コメント/Reach For The Sky,5,below) IP:220.109.28.39 TIME:"2012-01-02 (月) 14:19:21" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=Reach%20For%20The%20Sky%203%20%E2%80%90%E6%95%91%E3%81%84%E3%82%92%E6%B1%82%E3%82%81%E3%81%A6%E2%80%90" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/535.7 (KHTML, like Gecko) Chrome/16.0.912.63 Safari/535.7"