ポケモン小説wiki
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&size(22){&color(#215DC6){Fragment -7- 奪われたもの};};  written by [[ウルラ]]
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 海面上にふと白い背が浮かぶ。その背の上には気を失ったアブソルと火傷を負ったカイリューの姿。
 微かに見える深海色の風受けがゆっくりと上下をしつつ、その大きな白い背は二人を運んでいく。
 霧深い島々の間を縫うようにして。



   ◇



 ――&ruby(やくびょうがみ){疫病神};。
 そう言われるのは何もこれが初めてじゃない。前から言われてきたことだ。もうとっくに慣れている。目の前で街の住民たちが自分をそう罵り、忌み嫌う。この街に初め来た時の住民の歓迎がまるで嘘のように、なかったことかのように。住民たちの表情には嫌悪しかなかった。
 それは俺が何か悪いことをしたからじゃない。俺はただ"警告した"だけだったのだから。
 フラットのはずれにある山脈へ出かけて行った者に。大雨の降った翌日に海を眺める崖へ行った者に。
 俺はそう、ただ警告しただけ。他には何もやってはいない……。

 街の中を歩く。それだけで周囲からは鋭い監視の目が向けられる。
 白い体も、赤い目も、鎌のような黒い角も。全てはこの街の住民たち嫌悪の対象となるだけだった。街長の住む家へと出向く足取りは、重かった。軽いはずなどあるわけがない。
 大方予想はついていた。それを頭のどこかで否定はしつつも、街に流れるこの不穏な空気からはそんな希望など通るはずもなかった。長の娘であるフィアスでさえも、それは覆すことはできないだろう。それに彼女に頼りすぎるのも良くない。俺と常に一緒だったフィアスも、この街の住民から嫌われてしまうことになるのなら、いっそのこと余所者である俺だけがそうなるほうが望ましい。

 街長の玄関の戸を叩く。静かに、ただ淡々と。

「ルフです。用件があるとのことで伺いました」
「……入りなさい」

 中から街長の声がするのと同時に、ドアがゆっくりと開かれる。開けたのはこの家にいる従者だろうか。
 足を踏み入れる。今は街はずれにある小屋に住んでいるために、久々に感じるこの家のにおいが鼻に入ってきた。入ってすぐ左の場所に、エネコロロの姿――街長はいた。そしてその隣には、俯いたフィアスの姿。
 しばらく流れた沈黙の時。フィアスの母と街長が目を合わせたのち、彼はゆっくりと話し出す。

「言いにくいことなんだが……君にはこの街から出ていってもらうことが、先日決定した」

 街からの追放。予想はしていたことだった。街長の個人の感情としては俺に対して出て行ってほしいとは思っていないだろうことは、今まで親身になって接してくれたことからもよく分かっている。しかし街の長という立場上、住民の意見を無視出来ない。だからこそ、俺自身としては今まで世話になった彼らに迷惑を掛けたくはない。むしろ、この決定は俺にとっても好都合だった。
 その決定に対して、俺は何も返事をすることもなく、ゆっくりと踵を返してその場を後にする。背後から呼び止めてくるフィアスの声を聞きながら。



   ◇



 ――波の音が耳に入る。足に掛かる冷たい水飛沫の感覚に、ハッと目を覚ました。
 白いはずの砂浜には夕焼けが差し込み、橙色に染まっている。ミーディアに向かうためにヒースとリュミエスの翼を借りて、さきほど空を飛んでいたはず。
 そう思って周りを見渡そうとして体を起こそうとするが、途端に体中を激痛が襲った。微かに呻き声をあげてその痛みに耐える。
 その痛みで、飛んでいる最中に何者かに上空から襲撃され、ヒースと共に海へと落とされたのを思い出した。落ちて、そのまま気を失って。流されたのだろう。
 痛みで閉じられてしまう瞼を開けて、周りを見回した。自分が無事であるのなら、ヒースも無事であるはず。そう思って右の方向へ視線を向けて思わず息を飲む。
 ヒースの翼は炎に焼かれ、翼膜は焼けただれてもうほとんどない状態だった。見るも無残な光景に、一時は彼が死んだのかと思っていた。よく見ると彼の体が若干上下している。だが、早く病院につれていかなければ危ない状態なのに変わりはない。
 ふと彼の倒れている向こう側に、薄らと建物の影が見えて微かな希望が湧く。あそこまで何とかヒースを運ばなければ……。
 四肢に力を込めてゆっくりと立ち上がろうとするが、それは足に走った激痛で抑え込まれてしまう。

「ぐっ……」

 海面に叩きつけられた時の衝撃で打撲でもしているのか、それとも骨が折れてしまっているのか。鋭く刺すような痛みと脈打つような鈍痛に耐えながらも、なんとか立ち上がる。
 足が思うように動かず、ふらついた足取りでヒースの元へと向かう。果たして自分がカイリューという種族の重い体重を支えて運べるかどうかは分からないが、今はとにかく運ぶしかない。多少引きずる形にはなってでも、あの街まで行けばなんとかなる。
 ヒースの元までたどり着くと、倒れている彼の腕の下に潜り込んで強引に背中の上に彼の上半身だけを乗せる。これでも結構な重さが体に掛かっているというのに、尻尾や足は地面についたままだ。体が軋むように悲鳴を上げて、痛みとなって抗うがそんなことは気にしてられなかった。
 一歩、また一歩と、前へと進みだす。足を動かすたびに身体中に激痛が走るが、それに耐えつつも進んでいく。ヒースの足が地面を擦る音が聞こえるが、彼の上半身を持ち上げることでやっとだ。気を失ってる彼には悪いかもしれないが、このままで運ばせてもらうことにする。
 痛みと重さで押しつぶされそうな感覚を味わいながらも、夕焼けに映る建物の影を見つめながら足を動かしていく。普通ならばそんなに遠くはない距離なのかもしれないが、今の状況だと街につくのはきっと日が落ちてからになってしまうだろう。
 そう思いつつも痛みに慣れてきた足は段々と速度を上げていく。割とそこまで時間は掛からないかもしれない。
 時々後左足に走る強烈な痛みに耐えながら、ただひたすらに街へと歩を進めていった。



 どのくらい歩いたのだろうか。ヒースを支えている自分の四肢はすでに限界に近づきつつあるのを感じていた。それは確かな痛みとなって、歩む足取りを邪魔している。もう街はすぐそこにある。その安堵感からくる疲労もあるのだろうが、だからといってここで倒れるわけにもいかない。せめて他のポケモンがいればいいんだが、見えてきた公道には誰も通る様子はない。

「着いた……か」

 街の入り口が目の前にある。もうあと数十歩も歩けばつきそうなくらいに近づいたところで、近くにある騎士団の詰所のような小屋から一匹のポケモンが出てくるのが目に入った。それと同時に向こうもこちらの存在に気づいてくれたようで、背中に担いだヒースの姿を見てすぐに駆け寄ってくる。夕焼けを反射して輝いている青色の滑らかな肌を見るに、恐らく水タイプだろう。目の上あたりからヒレのようなものが生えているような容姿が特徴的な水ポケモン……ラグラージだろうか。少なくともそれなりに力のあるポケモンだというのは聞いたことがある。それなら、ヒースを任せるのなら丁度いいかもしれない。

「おい、大丈夫か?」

 ラグラージは右腕につけた青と白のスカーフをひらひらとさせながらこちらへと早足で近づいてくる。俺の背の上にいる傷だらけで焼け焦げた翼のヒースを見て、言葉を失っていた。

「何があったんだ」
「詳しいことは後でいいか……。とにかく今は彼を病院に連れて行ってくれないか」

 驚いているラグラージを余所に俺はヒースをゆっくりと地面に降ろす。途中バランスが崩れて落としそうにはなったものの、痛む四肢で踏ん張ったためにそうなることはなかったが。俺の言葉に戸惑いながらも頷いたラグラージは、ヒースを容易く自身の背中へと持ち上げた。種族的な違いもあるだろうが、さすがに訓練を受けている騎士団は違うと感じた。それと同時に、ここまで運ぶのに体が悲鳴を上げてしまっている自分自身の体の脆さを痛感していた。

「見てるとあんたもかなり重症だぞ。病院まで俺が担ぐか?」

 荒い息を吐いて足を少しばかり震わせていたのを見たのか、ラグラージはそう俺に声をかけてくる。ヒースを運んできた足はもう限界に近づいていることを、その言葉で気が付く。
 その言葉に甘えさせてもらおうかとも思ったが、ふとアセシアとリュミエスの姿を思い浮かべる。そもそも俺はアセシアの護衛を任されている。こうしている場合ではないだろう。

「いや、いい。自分で歩ける。あんたは彼を担いで病院まで連れてってやってくれ」

 「おい、ちょっと」と、背後からそう制止する声が聞こえたが、俺は街中へと駆け足で進み始めていた。アセシアとリュミエスが無事にこの大陸についているかどうかは分からないが、まずは街中で彼らを探すほうが早いだろう。無事にこのミーディアにたどり着いていたとしたら、俺たちと同じようにまずはこの街へと向かうだろうから。



 おぼつかない足取りで街中を進んでいく。道ですれ違うポケモンたちに怪訝な視線を向けられるが、気にせず進む。こういう視線は慣れているから問題はない。ただ、どうにもおぼつかない足取りも手伝ってか、苛立ちは次第に増してくる。
 家の外壁に使うような淡い赤色の煉瓦が地面に埋め込まれて舗装されている道の凹凸に足を取られないように歩いていくと、波止場の方に集まるポケモンたちの姿が目に入る。集まっている割にはあまりがやがやと騒いでいないところを見ると騎士団たちのポケモンが集まっているのだろうか。近づいていくにつれて、案の定集まっているポケモン達の腕や足には青と白の騎士団員を証明するスカーフがつけられているのがはっきりとわかってくる。

「このカイリュー。やつらの一味か……?」

 その言葉を聞いて、リュミエスのことを思い浮かべる。まさかと思ってそのポケモンたちの集まっている間を縫うようにしてその場所へと出ると、騎士団に囲まれた中心に倒れ込んだリュミエスの姿があった。体中に傷跡があり、ヒースほどではないものの翼膜が焼けているのを見ると同じように襲撃を受けて落ちてしまったのか、それともこの港近くになんとかついたのか。ゆっくりではあるものの、肩が上下しているのを見るに息はあるようだ。

「飛行部隊が上空を警戒中に二匹のカイリューが飛行をしていたために【火炎放射】で撃ち落としたと聞いてるが、籠の中身が何もないな。一体何を運んでたんだ?」

 その言葉にふと奥歯に力が込められる。騎士団員は民間人かそうでないかを確認もしないで攻撃をするのだろうか。上空にいたからといって警告するくらいはするだろう。俺は思わず倒れ込んでいるリュミエスの前へと飛び出していた。

「誰だ、お前は」
「ただの民間人にそこまでするのか、騎士団は」

 声を荒げてこちらを睨みつけてきたガブリアスを睨み返すと、そいつはこちらへと段々と歩を進めてくる。首元には他の団員と同じ青と白のスカーフが巻かれてはいるが、青いラインが三本引かれた模様になっている。他の団員を押しのけてわざわざ目の前まで出てきたあたり、この中では位が高いのだろう。
 そのガブリアスはヒレのついた細い腕を組みながらこちらを睨み返してきている。その気迫はさすが騎士団にいるポケモンといったところだろうか。

「民間人だからこそ&ruby(シフティ・ファング){狡猾なる牙};の可能性があるからな。念のために騎士団で身柄を拘束する」

 ガブリアスは俺の方ではなくリュミエスの方に視線を向けつつ、徐々に距離を縮めていく。ガブリアスを阻むようにリュミエスの前に立っている俺を意にも介さず、彼はこちらへと歩を進めてくる。

「邪魔をするつもりなら、お前もまとめて拘束せざるを得なくなるが」
「俺は構わない。だけどリュミエスはただ俺たちをこの大陸に運ぶために手を貸してくれただけだ。捕まるような&ruby(いわ){謂};れは無い」

 ガブリアスは一旦足を止め、俺の方をじっと見た。睨みつけるでもなく、かといって優しさを含んだ目でもなく。こちらの腹の内を探るかのようなその目つきでしばらくの間無言を貫くと、彼はやがてリュミエスの方へと視線を移して口を開く。

「今現状では俺の一存だけでは決め難い。とりあえずはついてきてもらうぞ」
「……分かった」

 今ここで騎士団に逆らったところで意味がないことくらい、俺も分かっていた。少なくともこの隊の長であろうガブリアスに事の大まかなことだけは伝わったのだから、ここで抵抗をしようものなら逆に疑われることは目に見えている。ここではおとなしくこちらが引き下がる方が何かと面倒が無くていい。
 ガブリアスは小柄なリュミエスを近くにいたゴーリキーに担がせると、俺の方を見て先に行くように促す。リュミエスを担ぎ上げたゴーリキーの後に続いて、歩き出す。後ろからガブリアスもこちらを監視するように歩いてきているのが、見なくても背後から感じる視線で分かる。俺が手負いをしているのは見て分かることだが、それであっても俺に対する警戒を怠らないところを見ると、彼はかなり用心深いのだろう。

「おい、どうした?」

 ふと目の前が揺らいで足がもつれたと思ったら、背後からガブリアスの声が聞こえた。そのまま態勢を立て直す暇もなく、再びめまいが襲ってくる。無理をしすぎたのかもしれないと思いながらも、視界がだんだんと閉ざされていく感覚に身を任せる他なかった。呼びかけてくるガブリアスの声が遠ざかっていく。そこで自分は、意識を手放した。



   ◇



 ラッキーやタブンネたちの忙しなく往復するような足音を耳に入れつつも、外界の喧騒から遮断された空間にいるのは彼にとっては落ち着く空間だった。
 病室の純白のベッドの上で眠っている白い毛並みは、どこかくすんでいる。毛についた多少の血は看護師によって拭き取られてはいるが、毛並みだけは洗わなければどうにもならないだろうと、ルイスは薄汚れたアブソルの姿を見て考え込む。
 彼の隊の部下であるラグラージからアブソルが背負ってきたカイリューを病院で保護したという情報が入ってきているのを踏まえて考えれば、このアブソルがそうであることは誰であっても容易に想像がつく。そもそもアブソルはそこまで姿を見かけることのない希少な種族と、彼は過去にそんなことを聞いた覚えがあった。

(だとすると、恐らく保護したカイリューとこのアブソルが庇おうとしたカイリューは関係がある)

 しかしこのアブソルも保護された二人のカイリューも意識を失っていて、どうにも事情を聴くことすら出来ない現状に彼は面倒なことだと眉をひそめた。

(いや……もうとっくに面倒なことになってるだろうな)

 このアブソルやカイリューたちが奴らの一員か否かはともかくして、忠告無しに攻撃を仕掛けたのは確実に騎士団側の過失になる。
 攻撃を仕掛けたリザードンはルイスの部隊の一員だ。先日から飛行部隊と合同で任を受けていたため、攻撃命令はルイスのものではないが、空中作戦の指揮を執っていたリュウがそんなことを命令することはまずないだろうと彼は考える。そうすると考え付く先は一つしかない。
 そのリザードンの独断での攻撃。そう考えるしかなかった。少なくとも今は。前々からあのリザードンは何かと素行が悪い。隊を乱すような行為が散見されると他の隊からの忠告を受けたばかりで、ルイスもそのことについてはそのリザードンに対して注意をしていた。だが今回の事も重ねれば、リザードンは辞めざるを得なくなるだろう。

「色々と面倒なことだ……」

 いつの間にか彼の口から不意に出された言葉。頭の中だけで悪態をつくつもりだった彼は思わず口に出てきてしまっていた言葉に、自身がどれだけ今疲弊しているかをまざまざと彼に感じさせた。
 ふと、廊下の方から足音が聞こえる。恐らくラッキーのものであろうそれは、この部屋の前で立ち止まった。

「ルイスさん。カイリューの方が目を覚ましました」
「どっちの方だ」
「えと……小さめのカイリューの方です」

 小さめ、という言葉に若干のためらいを見せつつも、名前を知らないためにそう言うしかなかったラッキーを見て、ルイスは質問しない方がよかったかと思うも、もうそれは遅い。
 椅子を長い尻尾で倒さないよう注意しながら立ち上がると、ルイスはラッキーの後について部屋を出ていった。



   ◇



 暗闇が急に明るくなり、そっと目を開けてみる。左には白いシーツのかかった壁のような何か。右には少し離れたところに見える一面白の世界。
 しばらくしてから、自分がようやく白い部屋の中、白いベッドの上で寝ていたことに気がついた。騎士団であるガブリアスと共に歩いていたはずだが、途中で気を失ったらしかった。思えば、あんな高さから海面に体を叩きつけられて、その上でヒースを運んできたのに今まで何もない方がおかしかったはずだ。その証拠に、軽く血のにじんだ包帯が、自分の足に巻きつけられていた。とはいえ、ヒースを背負って歩けていたあたり、そこまで深い傷ではないとは思いたい。……もしかすると、気づかないうちに重症になっているかもしれないが。
 ふと深く息を吸うような音が聞こえて、そちらのほうへと視線を向ける。そこにはガブリアスが腕組みをしながら椅子に座ったままで、ややうつむき加減で目を閉じている。どうやら舟をこいでいるようで、前へと倒れ込みそうで倒れないその光景はなかなか見れないだろう。
 だが、彼にいつまでも寝ていられると俺としても困る。リュミエスや、ヒースがどうなったのかも気になるし、なによりアセシアがどうしているのか、どこにいるのか全く分からない。護衛として仕事を受け持ったからアセシアの行方を気にしているのか。それともフィアスに似ているから、行方が気になるのか。今の自分自身にとってそれはどうでもよかった。とにかくどうなっているのか、いち早く知りたいという気持ちがあったのは確かだった。

「おい。起きてくれ」

 ベッドの上を前足だけで移動し、ガブリアスの肩に前足を乗せて揺さぶる。彼は軽く体全体をぴくりとさせてから、その後ゆっくりと瞼を開けた。黒い眼球から覗く黄色い虹彩は、それを見るだけでも威嚇されているように感じる。だが、寝ぼけ眼が微かながらにそれを相殺していた。

「起きたか……」
「それはこっちの台詞だ」

 起きた第一声にそう言った彼に対して、俺はため息混じりに返した。確かに彼にとっては俺が今まで寝ていたためにそうなるのかもしれないが、俺にとっては今起きたのはこのガブリアスの方だ。彼はこちらを見つつも椅子に座る体勢を直すと、俺の方を見て少しばかり黙り込む。しばらくして口を開いたのは、意外にも別のポケモンだった。

「あ、アブソルの方、目を覚ましたんですね。ちょっと先生呼んできます」

 看護師であるタブンネが、こちらの様子を見るや否や再び病室から出て言ってしまう。その速さの余り、しばらくタブンネが出て行ったドアをガブリアスと共に無言で眺めていた。やがて視線をこちらへと戻した彼は、少しばかり出す言葉を選びながら、話をし始める。

「まあ、その、なんだ。いきなりお前が倒れたから病院に一応運ばれてきたが。念のため言っておくが、事情を聴くまでお前は名目上、身柄拘束だ」

 身柄拘束か……。まるでこちらが、犯罪者か何かのような扱いを受けているような感じもするが、少なくともここは普通の病院らしいことは見て取れるあたり、相手側もそこまで疑っちゃいないらしい。ガブリアスはそのまま話を続ける。

「とはいえ、先に目が覚めたリュミエスというカイリューから大方話は聞いている。警告もせずに攻撃をしたのはこちらのミスだった。すまない。医療費は騎士団が全額負担することになった」

 警告も無しにこちらへと攻撃をしてきたのは単に確認不足だったというわけか。それともデモをしていた狡猾なる牙に一矢報いるために、手当たり次第に上空と海上を捜索していたのか。どちらにしても、俺たちは騎士団に攻撃を受けたという事か。

「だが、一つ聞きたい。なぜそこまで急いでミーディアに渡ってくる必要性があった? それだけはリュミエスも知らなかったみたいでな」

 急いでミーディアに渡ってくる必要性と今ここで問われても、逆に聞きたいのはこちらの方だった。このガブリアスではなくアセシアに。何故彼女はそこまでミーディア大陸に渡ることを急いでいたのだろう。追われているという理由もあるかもしれないが、詳しいことは一切俺に対して話してはくれなかった。ただ、お互いのことについて詮索はなしと言った以上、きっと彼女に聞いたところで答えてはもらえはしなかっただろう。

「アセシアというエネコロロに王都レジスタまでの道中、護衛をしてくれと頼まれた。急いでいたのは彼女だが、俺も理由は知らない」
「おいおい。護衛を請け負う側が依頼者に詳細も話されないで良くそんな仕事請け負ったな……」

 ガブリアスの手ともいえる鉤爪で、こちらを指差すようにしてそう呆れたように言った。
 確かに、何も詳細について知らされない上に、なぜ狙われているのかも全く語らない。そんな彼女の頼みごとを良くも請け負ったものだと自分でも改めて思う。だが、もう請けたものは仕方ないと考えてここまでやってはきたが……。
 ふと、ガブリアスが目を閉じる。

「……アセシアか。そうなると少々厄介なことになったな」
「なにがだ」

 深刻そうな表情と口調ぶりから、なにかアセシアに関して何かあったのだろうか。

「実は、リュミエスからお前に言伝を頼まれていてな。アセシアがキュウコンに連れ去られた、とな」
「お前、なんでそれを早く言わないんだっ!」

 リュミエスからの言伝をそう淡々と伝えてくるこの目の前のガブリアスに腹が立ったが、それよりも先にまずはアセシアの行方を探すことが先決だ。そう思い立つや否やベッドから身を起こして立ち上がろうとするが、それは病室のドアから聞こえた声で制止されてしまう。

「ちょっと、何をされているんですか! 安静にしてください!」

 タブンネと共に駆け寄ってきた医者であろうプクリンにそう止められて、病室から駆け出す暇もなく渋々と再びベッドの上へと力なく倒れ込む。ガブリアスはその様子を表情を変えることなく見ていた。その様子に憤りを感じながらも、結局何も出来ない自分にそれは反ってくる。

「少し落ち着け。アセシアの一件についてはこちらもリュミエスから聞いた時から既に手は打ってある。情報が集まる間、それまでお前は休んでろ」

 そうガブリアスに言い放たれ、唇を噛みしめる。タブンネとプクリンが少しばかり顔を見合わせるも、すぐに俺の脚に巻かれている包帯を解いて傷の様子を見始めていた。傷は思ったよりも浅かったらしく、軽く湿った布を交換してから再び包帯を巻いてプクリン達はその場を後にした。
 病室に残ったのは、ガブリアスと俺だけだった。

「……本来なら騎士団が撃ち落さなければ、お前たちは無事にこちらへとこれていたはずだ。アセシアも、さらわれずに済んだかもしれん。その分の責任は、当然負うつもりだ」

 ガブリアスはプクリンたちがいなくなってからしばらくして、口を開いた。ガブリアスとは反対の方向に向いて横になっているため、彼の表情は見えないが、先ほどよりも声の調子が落ちているように感じた。

「捜索と情報の収集はこちらも念入りに行う。だからお前は、今は休むんだ」

 どうにも釈然としないのは、自身が請け負った依頼を騎士団に代行されているように感じることだった。
 報酬をもらえないかもしれないということではない、もっと別の釈然としない感情がぐるぐると胸の中を回っている。それがなんなのか分からずに、小さな苛立ちだけが自分の中に積もっていくのをただ黙って感じていた。

「……あんたの名前は」
「ルイス・ナートルだ。騎士団では大隊長を任されてる」

 大隊長か。首元に巻いてあるスカーフも周りの団員とは明らかに違った。それなりに位は高いのだろう。

「俺は一旦騎士団の支部に戻ることにする。……勝手に病室を出るようなことはするんじゃないぞ」
「分かってる」

 最後に釘を刺されて少しばかり癪に障ったが、彼が部屋を出て行ってしばらくもすると、段々と今度は睡魔が襲ってくる。知らないうちに自分は疲弊していたことに気付いて、思わず嘲笑した。
 一人になった部屋で時計の秒針の音を耳に入れつつ、そっと瞼の力を抜く。やがて時計の秒針は聞こえなくなった。





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