&size(22){&color(#215DC6){Fragment -3- 竜の運び屋};}; written by [[ウルラ]] RIGHT:[[BACK>Fragment-2-]] <<< [[INDEX>Fragment]] >>> [[NEXT>Fragment-4-]] LEFT: #clear ――何もない草原の踏み開けられた道から、地に石畳を敷いた道へと変わってくる。街との境界線がそろそろ近いのだろう。 ここ北方の大地『フリジッド』と、大陸の中心地とも言われる王都のある大陸『ミーディア』とを結ぶ、唯一の在来船。それが発着するここフリジッド側の港が、ミナミム港。大抵は"港"を抜かしてミナミムと呼ばれることが多い。海の向こう側にあるもう一つの対になる港、キタム港は王都から近いこともあり、フリジッド大陸の物流などは全てここに集まる。そうして発展していった街でもあるため、ここは王都の城下町にも負けず劣らず賑わっている……らしいのだが。 「静かね……」 賑わっているはずのミナミム港は、賑わいとは程遠い姿だった。誰一人として街中にいない……というわけではなく通行人や行商人は一応居る。ただそれは賑やかというよりかはざわざわとした喧噪に近い。すれ違う者たちにも、あまり笑顔がない。何かあったんだろうか。 「行ってみるしかなさそうね」 立ち止まっていたのを動かすように、何が起こったのか確かめるために、エネコロロはそう言ってミナミムの入口の方へと足を踏み出していった。いつもは賑わっているとフィアスから幾分か聞いたことはあるものの、今の状況ではそれも当てはまらないだろう。 とにかく、ミナミムの活気がここまで落ちている疑問も、街の中に入ってみない事には分からないことだろう。エネコロロの後に続き、俺もミナミムへと足を踏み出した。 白に統一された町並みは整然としていて、流通の一拠点だと思わせる。足元も石畳がより細かいものとなり、街に入ったと分かるようになる。鼻を掠めていく風には仄かに潮のにおいがする。耳を澄ませば、街の奥から微かに波の音も聞こえる。その潮風の影響なのか毛先が段々と湿っていくような感覚がするが、まだこれくらいなら気になる程度じゃない。 それよりも気になるのは周りのこの妙に活気のない街の様子だった。道行くポケモンの姿も港町という割には大分少なく感じる。街に並ぶ数々の商店も太陽が真上に昇りかけているというのに全くその看板を上げようとしない。きっと何かがあったのだろう、活気とは程遠い不気味な雰囲気に自然と四肢に力が入る。それを見ていたのか見ていないにしろ感じたのか。彼女は口を開いた。 「警戒してくれてるのは護衛としてありがたいけれど、表情まで警戒心丸出しじゃ意味ないわね」 指摘されて、自身の顔まで強張っていたことに気付く。いくら様子が違うからと言って、さすがに街の中で警戒心丸出しではあまり良くない。表情が顔に出てしまうのは、レイタスクで務めていた時もフェイに指摘されたことがあったというのに。どうやら、このやっかいな癖はそうそう治ってはくれそうにないようだった。 今は街がどうのこうのではなく、船でミーディア大陸までいくことそれだけだ。後はそのままキタム港から道に沿って歩いていけば王都に着くことが出来る。そう道筋立てて考えれば、彼女の依頼はそう難しくもない。だが、だからといって気を抜いていたらあっさり彼女の身に危険が及ぶ。なんてことも考えられる。 ……いや、そうだとしてもあそこまでの強さを持ってる彼女ならそこまで心配することもないような気がしないでもないが、念のため。護衛として依頼されたのだからそれなりには動かないといけないだろうし。 波止場に向かって歩いていると、妙なことに気付く。波止場の方から街の方に向かって歩くポケモンたちの数が多い。そして皆が皆口々に愚痴を並べていた。 「最近やたらと目に付くようになってきたな」 「反王政府を掲げて抗議するのは構わないんだけど、さすがに一般市民の邪魔になるようなことだけは止めてほしいよね」 何か妙な胸騒ぎがする。いつもの甲高い音が頭の中に響くような予感ではないが、さきほどのポケモンたちの言葉が引っかかった。隣にいるエネコロロも気になってはいたようで、過ぎ去っていくポケモンの姿をしばらく眺めていた。何やら口を動かして何かつぶやいてはいるようだったが、周囲のポケモンたちの声でそれはかき消されて、彼女が何を言っているのかまでは聞き取ることが出来なかった。 エネコロロはそのまま黙ったままで波止場の方へと歩いていく。波止場に近づくにつれて街の道は段々と開けてきて、やがて波止場の向こうにある青々とした景色が目の前に姿を現した。丁度真上に上がった太陽の光を反射して、輝いている水面。小さな波が波止場と船の間に打ち付ける音が聞こえてくる。この客船に乗れば、ミーディア大陸にあるキタム港へと行くことが出来る。そのはずではあるが。 「運航……してるのか? これ」 「してないみたいね。あそこにある張り紙に何か書いてあるみたい」 他のポケモン達が乗船する気配は全くなく、更に動いてる気配もない。さらには周りの大きな荷物を背負い込んだポケモンたちも何やら立ち往生しているようだった。 波止場にある小さな掲示板に何やら紙が貼っているらしく、そこに少しばかりポケモンの溜まりが出来ていた。彼女の言うとおり、あの紙に何やら書いてあるみたいだ。その溜まりの隙間を縫うようにして通り抜けて、紙に目をやった。目に飛び込んできたのは、予感の的中した"当たりくじ"だった。 『ミーディア大陸への客船欠航のお知らせとお詫び』 その紙の大見出しともいえるように、大きな文字ではっきりと書かれた客船欠航の四文字。それを見て彼女も眉間に皺を寄せる。続きにはこう記されていた。 『現在、ここミナミム港とミーディア大陸キタム港との中間海域で、過激派による反王政デモが行われており、船舶の運航が困難かつ危険な状態となっております。 この為、現時点で運航再開の見通しはたっておりません。定期客船を利用する方々にはこの度ご迷惑をお掛けしてしてしまい、誠に申し訳ございません』 その内容を見てこの街の活気のなさの原因が分かる。王都からの物流も、情報も、客足も入ってこない。逆もまた然りだ。 そして何よりも現状況で考えると王都へと彼女を護衛することが出来なくなってしまったこと。これでは立ち往生になるだけで、定期客船が動かないのであればミーディア大陸に行く手立てはない。このミナミム港が唯一、ミーディア大陸に渡る手段となっている。それ以外の方法を俺は知らない。 「行きましょ」 そんな状況下で先に動いたのは彼女の方だった。俺のように考えあぐねている様子もなく、特に迷った様子もなく彼女の口から出た言葉。 ここに来た時のようにポケモンとポケモンの間を縫うようにして何処かへ行こうとする彼女の後についていく。どこに向かうかも言わぬまま、ただポケモン達の間をかき分けて進んでいく。エネコロロは身のこなしが上手い。すらすらと間を通って行く彼女の後を追うのが精いっぱいで、彼女が今どこに向かっているのか。それすら考える余裕なんてない。 「一体……どこいくんだっ」 かき分けて進んだ先には酒場。看板を見なくとも、店の風貌を見なくとも、微かに鼻に付くアルコールの臭いでそれは分かった。 何故かは知らないが、俺は昔から酒が嫌いだった。臭いを嗅ぐことですらキツく感じるほどに嫌いだ。今、俺はその臭いの元となっている檻の目の前にいる。 多分。今の自分の顔を鏡に映したらきっと酷い顔だろう。 「行くわよ」 やっぱり酒場に入るのか。護衛だから彼女の後について行くしかないが、個人的には絶対に入りたくない場所なんだが。 彼女はこちらの気持ちなど分かる由もなく、すたすたとそのまま店の中へと二つ扉を押し開けて入って行ってしまう。渋々とその後についていくも、鼻をつく臭いに顔をしかめるばかりだった。 慣れないといけないのかもしれないだろうが……ダメだ。酒場だから当たり前だが臭いが充満しすぎてて口で息してても微かに鼻にくる。目の前をいくエネコロロは平然として店の奥、カウンターの方へと進んでいく。むしろ平然と歩いて行けることが普通なのだが、そうではない自分が今はただ恨めしい。 臭いに顔をしかめつつ、店の中を見回す。昼間だっていうのに、ぽつぽつと木で作られた丸椅子に座りこみ酒を飲んでいるポケモンたちがいる。酒樽から漂ってくる臭いもあるかもしれないが、多分、お客が入って酒を飲んでいるのも臭いの原因だと思いつつ、鼻からなるべく息を吸わないようにしてエネコロロの後ろを歩く。 「真昼間からあんたらも酒?」 橙色の細く小さい手の指をカウンターにかつかつと当てつつ、退屈そうにそう話しかけてくる。きっとこのポケモンがこの酒場の経営者なのだろう。 翡翠色の目を俺の方に向けながらもそのリザードンの顔はエネコロロの方に向いていた。 エネコロロは首を横に振ると、右前足につけた小さく、そして歩行するときに邪魔にならないような細長い、ポシェットのようなものから5フィルほど取り出すとカウンターへと出した。 「ミーディア大陸に渡る方法が、定期船だけじゃないでしょうから……」 「情報を売れってことね。はいはい」 リザードンはそう言って面倒臭そうにカウンターの下に何かあるのか、何やらしゃがみ込んで探していた。 目の前で交わされた何かの交渉事。俺にも、それがミーディア大陸に渡るための情報を貰うための交渉事だってことは分かる。だがミーディア大陸に渡る方法が他にあるのであれば、旅慣れた行商たちはとっくにそんなことなど知っていそうな。むしろその手段がないからこそ、あの場で行商たちや一般者たちが足止めを食らっていて街の活気が悪くなっているのだろうことは容易に想像がつく。 「これだよ」 何やら呟きながらやがてにゅっとカウンターの裏から顔を出すリザードン。その手に持っているものは何やら丸められた洋紙。 それを丸められた状態でエネコロロに渡されて、それ以上何も言うことはないと言わんばかりにリザードンはそっぽを向いてわざとらしく奥の酒樽の列へと向かって歩いて行ってしまった。 エネコロロは特にそれを気に止める様子もなく、丸められた洋紙を床に広げる。そこに描かれていたのはミナミム港の周辺。海岸線沿いに矢印が引かれ、その先にある赤いバツ印が目的地なのだろうか。縮尺まで記載されている精巧な地図ではないので距離自体は分からないものの、海岸線に沿って歩いていけばいいということは分かる。そこにミーディア大陸に渡るための、何かしらの手段があるということなのだろうか。リザードンの方に再度視線を送ると、またわざとらしく視線を外された。……信用していいんだろうか。 「行きましょ。この場所に」 エネコロロは床の上を転がすようにして洋紙を丸めると、口にくわえこんでカウンターの上に放り投げるようにして置く。リザードンのいる方から何やら舌打ちのようなものが聞こえたが、彼女はそれを意にも介さず出入り口の方へと踵を返した。 彼女がしようとしていること、彼女の考えていることが全く分からないのが少しだけ癪に障るが、お互いについて詮索はなしという口約束の下で、俺自身が護衛の依頼を請け負ったのだから仕方ないと思いつつも、釈然としない状況にただ苛立ちが募っていくばかりだった。 ◇ 湿った岩肌から滴る水が地面に貯まった水の中に落ちて、不気味か幻想的か、そのどちらともつかない音を洞窟の中にこだまさせる。 その中に佇む、鈍く光を反射させる赤い甲殻に身を包んだポケモンが黙って目を瞑り、岩肌に背を持たれかけて鋏の手を交差させて、丁度腕を組むようにしている。横には壁に立てかけてある&ruby(つるはし){鶴嘴};が見える。仕事の休憩中なのだろうか、そのハッサムは手を休めたまま一向に動こうとはしない。 「呼び出したのはそっちだろう。そちらから声を掛けるのが筋じゃないか?」 そのハッサムは目を瞑ったまま、暗闇の中へと声を発した。一切の感情を込めていないその淡々とした言葉に、だが返事はない。少しだけ反響した自身の声が戻ってくる音だけしか聞こえるものはなかった。それを不快に思ったのか、ハッサムは閉じていた目を開けて眉間に皺を寄せる。 「ふざけているのなら私は仕事に戻るが。長く空けていると何かと面倒だからな」 「相も変わらずフェイはせっかちさんだネ。ま、入ってきたばかりの割には、よく働いてくれてるから問題ないケド」 おちゃらけたようにそう言いながら、暗闇の中から跳ねながら現れたのは一匹の草ポケモン。黄緑色の細い胴体をもち、黄色く丸い目が光って見える。頭の両側から花の生えた耳のようなものがあり、額の黄色いトゲには何故か洋紙が刺さっている。見慣れない種族だと思いつつハッサム、フェイは目を細めながらも、洞窟の中がやけに明るくなったことに気付く。それを察してか、その"サボテン"のようなポケモンは後ろの方に振り返って言った。 「あまりにもここ暗いからネ。ヒトモシのムンクイ連れてきたんだヨ」 その後ろには青白い炎を出しながらよたよたと歩いているロウソクのようなポケモンが小さな手をこちらへ振ってくる。 フェイはそのヒトモシ、ムンクイを見て眉をひそめた。 「……あ、そうだそうだ」 サボテンの容姿をしたポケモン、マラカッチは何かを思い出したようにぽむっと両の手を叩くと、さきほどみた額に刺してある洋紙を取ろうとして手を伸ばした。だが手の長さゆえか、それとも指先が器用でないのか、取るのに悪戦苦闘をしている様子。 ――瞬間。空気を震わせ、虚しい音が洞窟に響き渡った。 「……あ」と、マラカッチ。 「やぶけちゃったね」と、ムンクイ。 「…………」 フェイはその様子を見て、出す言葉もなかった。ただ冷めたような目つきで二匹の光景を眺めるだけ。マラカッチは頭の横をポリポリと掻きながら困ったような表情を浮かべる。ムンクイの頭の上にある火の揺れが、微妙に大きくなった。 「……貸せ」 マラカッチがその洋紙をフェイに渡そうとしていたことは伝わったのか、フェイはそう言ってマラカッチの額のトゲに刺さっている洋紙を引っぺがした。刺した部分からさっくりと縦に一本線の切れ込みが入ってはいるものの、それを気にせず彼は二つ折りにされていたそれを開いた。 フェイが目を左右に動かして内容を黙り込んでみているその様子を、マラカッチとムンクイはただ黙ってみていた。さきほどの和やかなムードとは一変して、周囲の空気は重たさを増す。そして一通り目を通したのか、彼はそれを自分の鋏の中の裏に仕舞い込んだ。 「用件は分かった」 マラカッチはフェイの言葉を聞いてほっとしたような表情を見せるが、それは次の彼の一言で急変する。 「だがすぐには向かえない。と、伝えてくれ」 「ちょ、ちょっと待ってくださいヨ!」 フェイの返答で両腕を上下にバタバタと振って慌てふためくマラカッチ。ムンクイもそれに同調して慌て始める。 「僕たち、すぐにフェイを連れて来いってお叱りみたいな感じでヴォリス様に言われちゃったんですヨー? そんな伝言したら僕ら確実に"おしおき"されちゃうヨ!」 身振り手振りでくねくねと訳のわからないボディランゲージで説明し始めるマラカッチを白い目で見つつも、フェイはため息をついて宥めるように言った。 「大丈夫だ、問題ない。俺が説得をしておく。……だがこればかりはどうしようもないんだ。召集に遅れると伝えておいてくれ」 マラカッチはまだ何か言いたそうに口をもごもごを動かしていたが、やがて大きなため息をつくと観念したように踵を返した。それを心配そうに見つめるムンクイ。フェイは少々困ったような顔をしながらも、二匹が暗闇に消えるのを見送っていた。 ◇ ――波の音と潮風に揺れる草木の音が隣接する奇妙なこの海岸線を、目の前のエネコロロについて歩いていた。 あの酒場の店主に渡された地図を頼りにしてとはいえ、本当にあのバツ印の付いた場所に何か手立てがあるのだろうか。もしなかったとしたら、あの酒場に戻るのだろうか。だが、決めるのは目の前にいるエネコロロだ。俺に選択権はそもそもないが。 「ねえ……」 彼女は突然こちらの方に振り向いてきて話しかけてくる。目的地につくまではてっきり無言を通すと思っていただけに予想外だ。 「名前だけでも明かしておかないかしら。便宜上、お互いの名前くらいは知っても問題ないでしょう?」 名前、か。確かにエネコロロと種族名で呼ぶわけにもいかないだろうし、依頼主に向かって"お前"や"あんた"というのも気が引ける。いくらお互いの事について詮索はなしといったとはいえ、名前を知らないと不便なことがあるのもまた事実。別に名前くらいなら教えても構わないだろうし、どちらかというと教えて困るのは何で狙われているのか分からない彼女の方だろうし。それでもお互いに名前を明かすということを提案してきているのだから、彼女自身もまた名前を明かすことに別段、問題はないのだろう。 「……ルフ・アストラル。ルフでいい」 「ルフ、ね。私はアセシア。アセシア・ローゼルト」 ローゼルト……? ふとその名前が頭の中を飛び交う。何処かで聞いたことのある名だった。だがどこで聞いたのかが全く思い出せない。首を微妙に傾げていたからなのか、それとも彼女の言葉に何も返さなかったからなのか、彼女もまた眉をひそめて首をかしげた。 「名前が気になるのかしら? 似たような名前なんていくらでもあるわ」 「いや、なんでもない。気にしないでくれ」 あくまでも自分の勘違いかもしれないし、ただ聞いたことのある名前がローゼルトって言葉の響きに似ているだけかもしれない。詮索をすれば彼女との依頼を打ち切られると思ってそれ以上は口出しはしなかった。これでいいんだ。そもそも今更不審がるのであれば、そもそもキュウコンに何故狙われているか分からない状況下で依頼をされたときに断わればよかった話だ。今更ごたごたと考えたところで状況が状況だ。断われるはずもないだろう。断るつもりも、今のところはないが。 俺からそれ以降の返答がないのを察すると、アセシアはまた目的の場所へ向かって歩き出す。俺としてもそうしてもらった方がありがたい。慣れないポケモンとの会話はどうも苦手だ。特にアセシアみたいに何を考えているのか分からないのと話をしてもなかなか話すこともないだろうし、そもそも彼女は依頼主。あまり多く話す必要性すらない。何よりも、フィアスに似ているというだけで、妙な錯覚を起こしてしまいそうで更に複雑な心境になるだけだ。 今はただ、何も考えずに依頼をこなせばいい。そうすればその後にレイタスクにいたときのように、ある程度の生活も出来るようになるだろう。そう考えて、目的地へと足を進める原動力にしていた。 ――いつの間にか横にあった海岸は崖となり、段々と見える草木の量が増えていく。アセシアはふと立ち止まると、目を凝らすようにじっと一点を見ていた。俺もその方向に目を向けると、微かにだが見えるものがある。家か小屋かも分からないが、とりあえず何かが立っていることだけは分かった。 「誰かあの建物の前にいるみたいね」 彼女の言うとおり、建物の前に誰かがいる。強靭な二本足と、二メートルもありそうな巨大な身体。蛇腹や小麦色の鱗で、そのポケモンがドラゴンタイプであることが伺える。どうやら大きいのと小さいのが隣同士並んでいるようで、段々と近づいていくとその容姿がはっきりとしてくる。やがてこちらの存在に気付いたのか、黒い瞳をこちらに向けた。頭からは二本の黄色い触角があり、そして中心には小さな角があった。 そしてそれがはっきりと、カイリューというドラゴンタイプということが分かった。それにしてもこの寒い地方にドラゴンタイプがくるといるというのもなかなか無い話だ。どちらかというと温暖な気候でもあるミーディア大陸を好むはずだし、このフリジッド大陸の冬の厳しい寒さは、ドラゴンタイプにとっては脅威になりかねない。フラットにいた時も、観光にきたドラゴンタイプを見かけて皆が珍しがったくらいだ。 「こんな辺境にわざわざご苦労様だな」 そう言いながら近づいてきたのは大きな方のカイリュー。潮風で喉を少し痛めているのか、ややガラガラとしたしわがれた低い声だった。小さい方のカイリューは小屋の近くにいて様子を見ているだけみたいだ。 「ミナミム港の定期船が止まってるから、急ぎでミーディア大陸に渡りたくてここまできたのだけれど」 「ああ。一応ここで配達物と一緒に、たまにポケモンを運ぶことがあるが……」 アセシアの言葉の返答には確かにポケモンを運ぶことがあると答えがあった。だが、そういうカイリューの表情には迷っているような、決めかねている顔があった。その視線の先は小屋の前にいる小さな方のカイリューだった。 「悪いな。今は訳あって休業中なんだ」 「どうして……?」 「息子の飛行練習で生憎そんな暇がなくてな」 その言葉に疑問符を浮かべたのは、アセシアの方だった。 「おかしいわね……確かハクリューの時にはもう飛べるはず」 「少し事情があってな……」 確かに、奥にいるのは身体は一回り小さいがカイリューなのには間違いはない。しかしハクリューの頃に飛べるようになるだなんていうのは俺は聞いたことがない。何しろドラゴンタイプのなかなかいない環境で育っているし、そもそも身近にカイリューでもいない限り、知る機会すらないだろう。彼女の身近にカイリューでもいたんだろうか。 何があったにせよ、あまりこのカイリューはそれを話したくはないらしい。どうも口噤んでしまっていて、なかなかそれを口に出そうとはしない。俺はそれはそれでも構わないのだが、ミーディア大陸に急ぎたいアセシアにとって今の状況はどうにかしたいのだろう。どちらも黙り込んでいる最中、先にその沈黙を破ったのはアセシアの方だった。 「よければその事情、詳しく教えてくれない?」 彼女の問いかけに、彼は渋々といった感じで頷いた。 ――彼が言うにはこうだった。 息子のリュミエスは、彼が養子として引き取った子で、引き取ったときには既にハクリューだったらしく、なぜ飛べないのかという直接的な原因は分からないらしい。 だが彼はリュミエスにこの"運び屋"の仕事を継いでもらいたいとのことで、飛べないのは彼としても困ったことだった。もしリュミエスが家業を継ぐのが嫌なのであればそれはそれで構わないが、カイリューとして飛べないのは損だと思っているらしい。少なくともカイリューでは定期船には重量制限で乗せてもらえない為に、ミーディア大陸には渡れない。色々と不便があるとのことだった。 俺たちはリュミエスが飛びたいかどうかの直接的な気持ちは分からないし、本人もいまだに小屋の近くにいて、こちらに近寄ってこようともしないので話しかけようもないのではあるが。 「なるほどねぇ……」 「まあ、そういうわけだ。すまんな」 そのカイリューはそう手を振って、小屋の方に戻ろうとして踵を返した。ミーディア大陸に渡る手段を探してここまで来たものの、やはりこちらも特別な事情で駄目か。となると、ミナミム港に一旦戻ってどうするか考えることになるのだろうか。とは言っても定期船はいつ運航を再会するかも分からない状況。一体これからどうするのか。 アセシアはしばらく考え込むように顔をうつむかせていたが、やがて顔を上げた。 「ちょっと待って」 彼女はそう言ってカイリューの元へと近づくと、しゃがむよう前足で合図をする。訳が分からないと言ったように首を傾げたカイリューだったが、それにしたがってしゃがみこんで背を低くすると、アセシアは彼に寄りかかりながらも立ち上がり、彼に対して耳打ちをする。こちらからでは距離が少しあって何を話しているのかは聞き取れないが、きっと飛んでもらえるように何かの交渉をしているのかもしれない。本当に諦めが悪いな、と思いつつも、その様子を見ていることにした。 耳打ちをしている最中、そのカイリューは頷いたり、目を見開いていたりしたが、何を話しているかさっぱり分からない俺にはそれが滑稽に見えた。やがてカイリューの顔は考え込むかのような難しい顔になると、アセシアは彼の耳から口元を離した。 「これなら、悪くない交渉でしょう?」 交渉事ってのは当たっていたらしい。だがカイリューが相当悩んでいるのを見ると、それ相応のことを引き換えにしたんだろうか。俺が依頼されたように、お金か何かで釣ったのか。それとも何か他の事を、だろうか。俺が色々と憶測を立てたところで、彼女が一体どんな交渉をしたのかは俺には分からないが、こちらが負担になることをされると困る。護衛しろっていう依頼だから面倒事になるのは少々仕方ないのかもしれないが、許容範囲ってものがある。何かと面倒なことをしてこっちが引き回されるってのは止めてほしい。 カイリューの方はいまだに悩んでいて、微かにだが息子であるリュミエスの方を見る。何か後ろめたいことでもあるのだろうか。それとも息子の事を考えてリュミエスの方を見たのだろうか。よく分からないが、彼の意は決したようで、やがて頷いてアセシアにこう返答した。 「分かった。お前らに任せよう。それでリュミエスが本当に飛べるようになるのかは分からないがな」 ……嫌な予感が、どうやら本当に当たったようだった。 ---- CENTER:[[BACK>Fragment-2-]] >>> [[HOME>Fragment]] >>> [[NEXT>Fragment-4-]] ---- #pcomment(below) IP:123.225.68.3 TIME:"2013-04-02 (火) 01:41:30" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?guid=ON" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/537.22 (KHTML, like Gecko) Iron/25.0.1400.0 Chrome/25.0.1400.0 Safari/537.22"