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CENTER:─Inside─
──初めは彼女に似ているからという理由だった――
LEFT:

 トレーナーの頼みで暫くの間預かり屋に身を寄せていたのだが、予定の時刻を過ぎても迎えは一向に来ず、次に連絡があったのは暮れ泥む日の去り際であった。
 傍らに伸びる三本の手足の影のひとつが蜥蜴の背に触れ、事務的な会話が挟まれる。
 どうもトラブルが発生した模様でその対処に追われており、それが解決するまでは迎えには来れないという主人からの言伝に蜥蜴は深く項垂れた。
 その落胆ぶりを見て気の毒に感じたのだろうか。
 老人が蜥蜴に一時の番を紹介するものの、蜥蜴にはこの場所自体が精神的苦痛にしかならず、どれだけ相手を勧められようが首を横に振るのみだった。
 こうしたケースは別段珍しい事でもなく、心に決めた者が居る利用者程頑なに設備の利用を拒む傾向にある。
 蜥蜴もその例に漏れず、そうした者等は原則として主人の強い希望が無ければ放任しておくのが望ましいが、時と場合に依りけりで介入を挟むこともある。
 老人の見立てによれば蜥蜴の欲求不満はかなり重篤化しており、引き取りの採算のずれが大きくなるほど容認できるものではない。
 放任しておけば自己を抑えきれず暴動に走る危惧もあり、過去にも同様の件により辛酸を舐めさせられたこともあった。
 その経験が活かされたのが蜥蜴にとって幸いであったかどうかは兎も角。
 老人の勧めにより、番ではなく器具を介した発散を促す措置を紹介された蜥蜴はそれならばとようやく首を縦に振るのであった。
 施設より離れた場所に点在する数々の家屋はそれぞれ利用者に適した調整を施してあるのか、どれもが内装も外装も異なり、端から眺める分には普通の民家と変わらないノスタルジアな佇まいを有している。
 その内の一つから見えたそれに蜥蜴は目を奪われた。
 一種のホームシックでもあったのだろう。
 蜥蜴が住まう内装によく似た雰囲気に惹かれ、直感に従う蜥蜴はそこを借宿として老人に申し入れる。
 特に利用者もなく要請は二つ返事で受け入れられ、目当ての器具もおおよその場所の確認と説明を聞くのみで後はお流れとなった。
 この後はまっすぐ器具のある部屋へ向かうのもいいのだが、どうせなら内装の作りを拝見しようと一匹探索を始める。
 手始めに近い方から扉を潜るとダイニングはリビングと繋がっており、中央には二階へと繋がる螺旋階段、幅広い中で規則的に配置された家具が生活感を演出している。
 テーブルクロスの上には木の実やリンゴ等がバスケットの中に詰め込まれ、空腹に困ることはなさそうだ。
 赤青緑とそれぞれのソファーも連結すればベッド代わりになる。
 とはいえ、これから致す物を思うと流石にここでは解放感がありすぎる。
 無難に寝室で励むべきだろう。
 その寝室もおそらく螺旋階段を登った先にあると思われる。
 大体の目安はついたので次の部屋へ向かうべくリビングを後にした。
 廊下の途中にある個室が老人の言っていた部屋らしく、そこは最後に回すとして突き当たりまで進むとトイレの個室、すぐ傍らでは浴室へと繋がる。
 端から端まで連なる石造りの浴槽は体格の大きな個体にも耐えうる頑強さを醸し出し、あらゆるニーズに応えようとする匠の意匠が見てとれた。
 飛び石の間隔も子供心を擽り、別世界に足を踏み入れた時の高揚感をこれでもかと煽り立てる、実に素晴らしい浴室だった。
 何ならここでゆったりと湯に浸かりながら時間を忘れても良いだろう。
 探索が終わって満足した後で候補に入れるのも悪くないなと踵を返して浴室を出る。
 他に個室が見当たらなければ残るは二階のみ。
 リビングへと戻り、螺旋階段の奥へと歩を進めていく。
 三部屋の内一つは多目的な用途を含む大広間になっており、ここでも体格の配慮が隅々に行き届いている。
 残る二部屋は寝室でどちらを使うかは気分次第といった所か。
 それぞれを見比べた上で天窓のある方を選ぶ。
 やがて窓から射すであろう月明かりが、後の雰囲気を調えてくれるだろうという目論見だ。
 利用者が自分一匹しか居なくても蜥蜴はそういう面に関してかなり拘る質であり、場の空気の清廉さを是とする嫌いがある。
 水に属する種族特有も絡んでいるが、概ねは真面目な性格からの起因によるものが大きく、故に彼がここに馴染めない最大の理由でもあった。
 自分の欠点を自覚はしているものの、そう易々とは変えられない。
 変えられないが、切っ掛けさえあればそれは粉々に砕けうる脆さを抱えている。
 水は流れやすく器がなければ形を留めることもできない。
 自身という器が砕かれればそこに居るのは別人の自分になる。
 考えすぎだと他は笑うかもしれない。
 だが確実に。
 そいつは蜥蜴の心の奥底に隠れ潜み、鋭き刃を突き立てる隙を窺っている。
 その相手はきっと誰だって良いのだろう。
 施設の周囲で番う相手を見定めようと淫猥な痕跡を振り撒く彼女達と擦れ違う度、腹膜を包むむず痒さがとても不愉快だった。
 しかし彼女達に非はない。
 場違いなのはその気もないのにここへ足を踏み入れた自身にあり、彼女達は至極真っ当である。
 強いて言えば我が主人の過ぎ足るお節介のせいであるが、それを理由に主人を責めるつもりもない。
 発情期による体色の変化を主人なりに解消したかっただけのこと。
 恋心をひた隠したまま日常を繰りた自分の頑固さが事態をややこしい展開に運んでしまったに過ぎない。
 長考の内に夕日を吸いきってしまったのか、影に満ちた窓には朱に染まった蜥蜴の姿が写っている。
 心なしか最初よりも色が濃くなったのではなかろうかと、それだけ秘めた内情に掻き乱されている自分に嘆息しつつ階段を降りた。
 天井に取り付けられた赤外線センサーが反応し、連なる照明の道から戸口前へと辿り着く。
 少しの一拍を置いてから覚悟を決めた顔で戸を軽く押し入ると、既に照明の点いた広間が見え、その中で等間隔に立ち並ぶ異様な光景に息を飲む。
「……人形……か?」
 確かに器具と言えば器具なのだろうが、ここまで想定外だと乾いた笑いしか出てこない。
 多少の後込みを抑えてとりあえず手近な所から一体一体を観察していく。
 同じものは一つとて無く、種族も豊富に取り揃えられたレパートリーの広さもそうだが、これを陳列する空間を確保する為にあの長い廊下が形成された事の方に意識を割かれ、大胆不敵な間取りへ妙に感心してしまった。
 やや外へ流れた興味が本命へ戻ってくるといつもの調子が目を走らせる。
 最初は精巧な人形が取り揃えられているものだと関心を寄せたが、数台目で慣れてくると粗さが目立つようになってきた。
 幾ら本物に近付けようと対象は人形なのだからそれはそうだろう。
 人形は何処までいっても人形でしかない。
 人形らしさを消してしまったら果たしてそれは人形と呼べるのか。
「……駄目だな、また悪い癖が出始めている」
 そもそも恋慕う相手がいるからと一夜限りの関係を拒否していたのではないか。
 相手が人形だと分かっていればそれは唯の処理だ。
 それなのに今の自分は人形には見えない完璧さを求めている。
 自我の崩壊を無意識に望んで品定めをしている。
「いっそ手で抜くか……?」
 以前に主人が暗い部屋の中、自身で手慰めていたのを思い出す。
 モンスターボール越しに見えていたその光景を参考にすればやってやれない事もない。
 熟考を重ね、思考を切り替えるタイミングを模索しながら歩を進める。
 あの突き当たりまで進んだら部屋を出よう。
 突き当たった。脳内のスイッチがカチリと切り替わる。
 だが次に起こす行動は事前に画策したそれではなく、動揺から来る混乱の硬直だった。
 突き当たりの最後を飾っていたのは蜥蜴がよく知る存在に似ていたのである。
 似ているどころか瓜二つではないかと錯覚をも起こしていた。
「……エースバーン」
 抑揚の無い呼び掛けが自分にどれほど余裕が無いかを痛感させられる。
 人形とはいえ恋慕う相手と同じ造形を、どうして余裕でいられようか。
「……いや、駄目だろう。幾ら俺がエースバーンの事を好いていても……これは……駄目だろう。でも……」
 同じ質疑応答をぐるぐると繰り返すばかりか、隠しきれない動揺が口から零れていく。
 それは好意の再認識であると同時に懺悔を呈する様でもあった。
 一頻り繰り言を吐いて冷静になったのか、改めて人形を観察する。
 これまでの人形もそうだったが、彼女と言ったらどうだろう。
 人形特有の間接の継ぎ目など何処にも見られない。
 毛並みに隠れているのだろうかと恐る恐る指先で掻き分けると柔らかな肌触りが擽った。
 それがまずかった。
 継ぎ目の確認等本当はどうでもよく、蜥蜴はそれを抱く為の口実を探していた。
 その口実も実に何でもよく、ただただ。

――彼女に似ているから―─

 たったそれだけのシンプルな理由だけで蜥蜴の自我は崩壊寸前にまで迫っていた。
 傍らで見ていた人形達が今の蜥蜴を見れば皆が口を揃えて証言するだろう。
『彼の全身は双眸をも含めて赤く、紅く染まっていった』
 紅玉石の眼を持つ人形が『私の様にね』と付け加えた。
『それにしても羨ましいわねあの娘。だってそうでしょう?』
『これからあの娘はあの蜥蜴に永遠の愛を、余すことなき寵愛を刻まれるのだから』
『ほら、ご覧なさいな。あんな風に御姫様を抱えて、私達には目もくれず、二匹だけの愛の牢獄へ進んでいく様を』
『嗚呼、本当に羨ましいこと、妬ましいこと』
 音無き人形達の会話を蜥蜴は知ることもなく、扉が閉じる音と共に広間の照明が一斉に潰え、後には数多の人形の、妖しき四季色の双眸に残る輝きだけが取り残される。
 微量の赤外線を吸収した束の間の視力は次に訪れる寵愛を夢見ながら。
 ひとつ、ひとつまたひとつと。
 輝きを閉ざして眠りにつく。

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 全身が焼け付くように熱い。
 彼女に触れた箇所からじわじわと広がっていく感覚の暴走で肌が炭化していくのではないかと思う程だ。
 それならそれも良いかもしれない。
 全身が炭化し、やがて灰化し、彼女の白銀に降り積もる。
 白に溶け、混ざり合い、灰色の毛並みを持つ兎が誕生する。
 そんな彼女もまた素敵で、惜しむらくは自分が形を留めていないことだろう。
 月光のカーテンを潜り抜けてベッドの上に彼女をそっと降ろす。
 自由になった腕や掌を確かめると炭化はしていなかったが、未だに熱を帯びており今にも燃え出しかねない熱量だった。
 視線を兎へ戻すと月光を浴びた白銀の被毛が煌めき、僅かにそよぐ風に揺られた毛先が誘うような魔力を放つ。
 自然と指先が吸われ、被毛が押し潰されて皮下の色が露になると小さな突起物が顔を覗かせる。
 指腹で触れるとやや硬さを残した弾力が主張として伝わってくる。
 他にもあるか周辺をまさぐる内に蜥蜴の劣情も肥大化し、尖端が体外へと溢れ出していた。
 先程までの葛藤に悩んでいた自分が嘘のように蜥蜴は人形遊びへ随分と積極的になっている。
 恋は盲目に加えて堪りに兼ねた欲望に乱され、あまりにも精巧過ぎる人形の違和感に疑問符を抱く隙間は無かった。
 隅から隅まで彼女を自分の物にしたいという想いはいつしか狂気へと変質し、どちらかが壊れるまで皹の浸食は止まらない。
 見よ。
 人形が戦慄いて声を圧し殺すものか。
 快楽に染まる乳頭を反り勃たせるか。
 陰裂から香る蜜をしとどに垂れ流すか。
 それすらも蜥蜴には興奮を煽り勃たせる要素としか映らない。
 耳鼻は自らの内なる声で掻き消され、手指は発熱で正常さを見失い、目口は零れる蜜を啜り尽くす。
 完全に体外へと剥き出された牙は双頭の蛇として巣穴に潜む獲物を求めて徘徊する。
 長舌が膣内を舐り尽くす度、鎌首を擡げた蛇が涎を垂れ流す。
 貪欲に名を呼ぶ蜥蜴が上半身を起こし、人形の手を自らの口へ運ぶと固く閉じられた蕾を花開かせるべく鼻先を捩じ込ませ、鼻孔が兎の残り香に満たされたと同時にもうひとつの蕾も同じく開花する。
 焦がれた快楽の衝撃が脳を焼き、蕾の中で兎を呼ぶ。
 過呼吸気味に途切れる連呼、恋慕う告白、赦しを乞う懺悔。
 繰り言の周期が早くなり、頂点に達する刹那に蜥蜴が一際大きく嘶いた。
 吐き出された欲望が溢れ出ないよう人形の腰を浮かせ、両足を交差させて自ら離れないよう拘束する。
 数瞬、数秒、数分。
 無限にも感じる長い時の間を蜥蜴は人形に搾り取られるかの如く吐き出していく。
 蠕動に合わせて押し引く回数の動きが止まると蜥蜴は人形を抱き潰してベッドの横に崩折れた。
 荒い呼気、心拍音、熱に浮かされ酸欠した視界に胸元の人形の頭が映る。
 行為中に度々人形の声を聞いた気がするのだが、正直よく分からない。
 粗方を吐き出して冷静になった頭が弾き出す解は、求めすぎる余りに聞こえた幻聴であると固定され、それ以上は考えるのを野暮だからと思考を停止してしまった。
 両足だけでなく両腕も使って針金の様な細身を抱く人形に再び熱が込み上げ、人形の耳裏に口先を伸ばす。
 心地好く擽る毛束の波を下り、なだらかな首筋を這う。
 鼻孔を満たす幸福に満足し、次いでに食んだ。
 最初は浅く、二度三度と食み直す度に広がり、無数の歯形があちこちに残る。
 咥内に広がる血の味に惹かれてか、肉食の側面が蜥蜴の意識を再び白く染め上げる。
 頭上の月は太陽を求めて淡く儚げに瞬きを繰り返していた。

----

CENTER:─outside─
──行って戻ってくるだけだから──
LEFT:

「えっ、インテレオンは別行動なの?」
 キャンプの設立後に兎がいつものの様に蜥蜴の姿を探していた頃である。
 姿の見えない相棒を訝しんでいると同行していた仲間から事の経緯の説明を受ける。
 しょんぼりしている兎を大型の犬が頬同士を擦り寄わせて慰めた。
「ん、大丈夫。ありがとパルスワン」
「良いのよエースバーン。けれど何処で何してるのかしらね、貴女の彼氏」
「べっ、別にそういう関係じゃ……!」
 動揺で慌てふためく兎が急に頬の動きに反発した為か、頬の毛が静電気に釣られてボリューミーになっている。
 毛繕いで心を落ち着けてる間に軽く雑談を交わしていると、頭上から会話を盗み聞きしていた大柄な栗鼠が枝葉の隙間から横槍をさしてきた。
「なんだ、お前ら知らねーのか?」
「ヨクバリスは何か知ってるの?」
「おう、バッチリ知ってるぜ。情報が欲しけりゃ──」
 小さな手指の何本かを折り曲げて情報の交渉に入る。
「今夜のカレーのリンゴ半分」
「はーん? そこは全部寄越しな話になんねぇよ」
「相変わらず強突張りだなぁ」
「へっ、それがオレ様のアイデンティティーよ」
 小憎たらしい笑顔に渋い顔を返す兎だが、大栗鼠が持ち寄る情報はそれだけの価値があり、特に博打仲間から絶大な信頼を得ている。
 ここでごねるよりは今後も頼れる情報屋として仲良くしておくのが兎にとっても得策であった。
「分かったよ。リンゴ全部あげるから教えて」
「よーしよしよし話の分かる子兎ちゃんで助かるぜ」
 子兎扱いしないでと文句を突き付けたくなる衝動を堪えて続く言葉を待つと、話題の彼はどうやら想定外の所に居ることが分かった。
「預かり屋って……何」
「あん? 預かり屋ったら預かり屋以外に何かあんのかよ」
「そうじゃなくて、そこで何してるのさ」
「何ってお前そりゃ──ぎゃっ!」
 大栗鼠が口を滑らせるより早く電流が宙を走り、手足をもがかせながら巨体が地へと落下した。
 下敷きにされるのを避けるべく牝達は無言でその場から素早く離れ、硬い包容が巨体を受け止める振動が響く。
「パルスワン、何で邪魔したのさ」
「貴女の耳を腐らせたくなかったからかしら」
「……やっぱりそういうトコだよね」
 察した兎の表情がみるみる翳り、無言で傍に擦り寄る友に抱き着くと胸中に秘めた言葉を噛み締める。
「なんだお前、アイツの事好きなのか」
「ヨクバリス」
「いいよ、パルスワン。ボクがインテレオンを好いてるのは事実だもの」
 涙を見せまいと手の甲で拭うが、潤む瞳は止まらず何度も手の甲が交差する。
 見兼ねた大犬が取り繕うも大栗鼠の態度は特に変わらずいつも通りの調子を返す。
 一頻り泣いて発散したのか、泣き腫らした瞳も隠さず意を決した顔で兎が大栗鼠に話を持ちかけた。
「ヨクバリス、ボクのお願い聞いてくれる?」
「内容次第だがとりあえず聞くだけ聞いてやらぁ」
「ボクが戻ってくるまでの間、マスターの足止めをお願いしたいんだ。報酬はボクの夕食一夜分」
「乗った。何なら丸一日戻ってこなくていいぞ」
 即断即決であったが、それに異を唱えた大犬が兎を引き留める。
 だが兎の決心は固く、何を言おうが揺らがぬ決心にとうとう折れ、去り行く後ろ姿を二匹は眺めていた。
「行って戻ってくるだけってあの子言ってたけれど……ここから向こうまで何れくらい掛かるか分かってるのかしら」
「何だ? まだ気にしてんのか? どうってことねぇだろ」
「あんたはただ自分の取り分増やしたかっただけでしょ」
「まぁな。でも今回は割りと真面目に送り出したかった方の気持ちが強いぜ」
「あら、どうして?」
「雄ってのはどんなに取り繕うが最終的には自分が気持ちよくなれればそれでいいどうしようもねぇ生き物さ。オレみたいなチャラチャラしてる奴なら兎も角、優等生ポジションを演じるアイツがそういうことしてみろ。一生引きずるぞああいうタイプは」
「あんた本当にそういう目は確かよね」
「情報屋だからな。さーて、今夜の夕飯が楽しみだなー」
「そうそう今夜の夕飯だけど、あんたの嫌いな木の実入ってたわよ」
「……それは何処情報だ?」
「私の鼻。それじゃ頑張ってねdarling」
「助けてくれmy wife」

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 線路を走る機関車の窓から顔を覗かせる子供が一人。
 傍らには対面して雑談を交わす親が二人。
 大人の話はつまらないからと次々と移り変わる景色に興味を寄せていると、夕陽を背景に地平線を踊る黒い影が見えた。
 影は時折大きく跳ね飛び、急加速をしたりと忙しなく揺れ、目を惹く不思議の共有化をせがんだ子供が両親の話を遮る。
 指差した方角を確認する直前で機関車はトンネルの中に入り、何もかもが闇に包まれる。
 残念そうに声を荒げる子供をあやしながら次の展望を待つ頃には目当ての影は何処にも見当たらず、黄昏時の濃さだけが世界を満たしていた。

 どれ程走っただろうか。
 高く掲げていた陽は気付けば月に翳り、やがて見えなくなる手前まで来ている。
 目的地には辿り着いたものの、肝心の蜥蜴の居場所が分からない。
 それでも兎は足を止めず、目につく場所を手当たり次第に駆けていく。
 最中の場面に出会すこともあればまだ相手の決まっていない牡にも出会い、強引に迫ってくる奴には必殺の技をお見舞いすることもあった。
 そうこうを繰り返している内に木陰の下でゆるりと雑談を交わす牝達の話が耳を打ち、茂みに隠れて話を伺う。
「昼間のあの牡、カッコ良かったな~」
「あ、もしかして蜥蜴の牡?」
「そうそう! 好みだったからちょっと色かけたんだけどさ」
「あ~アンタもか。アタシもやったけど引っ掛かんなかったな~」
「あれ他に好きな子が居るわね。間違いないわよ」
「そういう牡は珍しくもないけど、ここでそんな高潔を貫き通せるのかしら」
「それなんだけどさ、どうも御一人様ハウスに行くみたいよ」
「えー、勿体無い……」
 それ以上は有益な情報は無く、彼女達が目線を向けた方角に当たりをつけて進んでいくと所々に立ち並ぶ家屋が見えた。
 何件目かを過ぎた辺りで人影が見え、目視できる距離まで近づいて行くと杖をつく老人と蜥蜴の姿だと分かる。
 しかしあれは果たして兎の知る蜥蜴なのだろうか。
 記憶に住まう蜥蜴とは似ても似つかぬ色彩に包まれ、別人の疑惑も浮かんでくる。
 一定の距離を保って尾行を続けていくとやがて建物の一部に入り、軽く対談を交わした後は老人だけがその場を立ち去った。
 蜥蜴の後を追おうと家屋の中へ侵入するとやたらと長い廊下が目に入り、異質な空間に戸惑う。
 廊下の途中では幾つかの入り口が点在し、その内の半ばから蜥蜴がぬるりと生えてきた。
 幸い距離があるのでこちらの姿には気付いていないらしく、そのまま廊下の奥へと突き進んでいく蜥蜴をそっと兎が追う。
 突き当たりが見えた所で立ち止まり、兎も手近にある部屋の中に隠れて様子を伺う。
 程なくして蜥蜴が入室し姿が見えなくなるものの、足音はそこまで遠ざかっていない。
 このまま後を追えば鉢合わせる危険性からもうしばらく様子を見ようと一旦上半身を引き戻し、壁に背中を預けて座り込む。
 蓄積した疲労感を自覚したのか、今頃になって足先が覚束無く震えている。
 瞼も重く、少しの間だけ視界を閉ざすと心地好い微睡みが兎の意識を遮断し、壁一枚向こうの蜥蜴が通りすぎるのも気付かず、瞼を突き刺す光の視認でようやく覚醒に至る。
 瞬時に眠ってしまった事を後悔してか体が飛び跳ね、廊下の様子を聞き耳する。
 足音は遠いが二階から降りてくる事が分かり、次第にこちらへと近付いてくる足音を警戒して身を隠そうと部屋中を見回す。
 それまで視認していなかった存在に気付き、思わず漏れた悲鳴を慌てて塞ぐ。
 数拍置いてすぐにそれが人形だと理解すると奥へと駆け出し、人形の影に隠れる。
 間を置かずに部屋の扉が開かれ、中へ と入ってきた蜥蜴を確認するがやはり赤い。
 あれが兎の知る蜥蜴なのか別人なのかは話し掛けてみれば分かることなのだが、何処か余裕のない雰囲気に後込みして距離を置いてしまう。
 蜥蜴の動きに合わせて兎も人形の影から影へと移動するが、壁際へと追い込まれ、最後の台座は何故か空で隠れる場所が尽きる。
 どうすべきか考えあぐねている間にも蜥蜴は距離を詰めてくる。
 台座が空になっているならば取るべき方法は一つしかなかった。
 足音が近付いてくる。
 息を潜め、視線をなるべく動かさないよう前方だけを見続ける。
 音、音、音、無音。
「……エースバーン?」
 名前を呼ばれて反応しかけた体をぐっと堪えるが、全てを抑えるのは無理があったのか尻尾がぶるりと大きく震えた。
 幸い蜥蜴からは死角になっているので気付かれてはいないだろう。
 ちらりと視界の端に映る蜥蜴は頭を抱え、何処か様子がおかしい状態でうわ言を繰り返している。
 それでも兎を突き刺す視線は途絶えず、緊張を強いられながらも堪えていると、視線だけでは満足できなかったのか蜥蜴の指先が伸びてきた。
 震える指先が毛肌に触れ、地肌にじんわりと伝わる蜥蜴の熱に全身が毛羽立つ反応を先と同じく尻尾に集中させる。
 次いで蜥蜴と兎の眼が、太陽と月が交差した。
 充血した瞳の中に僅かに残る面影を兎が見出だすも、腰に手を回され、唐突に抱き抱えられた反動で確信が転げ落ちてしまった。
 人形で無いことを看破されたのかどうかの判断も働かず、兎は全身を凍らせて揺られるがまま、部屋から部屋へと移送されていく。
 広間から居間へ、居間から二階へ、二階から先は月の降り立つ寝室が視界に広がり、幻想的な世界にそれまでの緊張による硬直ではなく、純粋な感動によって声を失っていた。
 さざなむ光の中に優しく降ろされ、兎が幻想の果てから我に戻ると蜥蜴はまだ上の空で、こんなにも近いのに遠い隔たりの有無を感じてしまう。
 不意に視線が合い、思い出したかのように全身が緊張を取り戻して硬直する。
 腹を這う蜥蜴の指先の感触は触れる部位を変える度に兎の感度を昂らせ、時折零れる吐息に気付いては噛み殺していく。
 手を用いて口を抑えたくなるが、蜥蜴を刺激したくないのかベッドシーツを掴んで堪えた。
 頭上の天窓から顔を覗かせる月に意識を割いていると、下腹部の内側を這い廻る感触が蠢き、続く耳鼻の刺激が姦淫の入口に立たされた事実を物語る。
 気持ち好いのか悪いのか甲乙付けがたい未知の快感が兎の胸中を掻き乱し、徐々に膨れ上がる期待と不安による恐怖感すらも綯交ぜにされ、混沌の渦を照らす月が一つ。
 否、二つあると気づいた時には儀式は既に中断不可の段階まで狭まり、陰唇の奥を貫かれる痛みが内臓に残る空気を圧縮させ、形を成さぬ苦鳴は過呼吸をするかの如く零れ、脳髄を走る痛覚すらも焼き切られ、ただただ二つが一つに、一つが二つに。
 同化と分裂を繰り返した先で新たな命の循環が廻る光景を兎は全身を眼として透し見た。
 何時しか耳元で欹てられる兎を呼ぶ蜥蜴を、壊れ果てそうな儚げな存在を、求められれば求め返す終の姿を。
 掴んで引き寄せて離すまいと両脚が蜥蜴の腰に絡み付く。
 命が全身を駆け巡り、退いては寄せ、又、又、又。
 押し寄せる間隔が縮み、倦怠感が物理的に伸し掛かる重さの実感に切り替わった。
 熱に浮かされた頭は多幸感に溺れ、耳元で打つ対の心音が呼気をしろと早鐘に警鐘を鳴らす。
 その強弱をもっと貪欲に感じたく、両腕で抱き締めた。
 心音が一つ、更に一つ。
 蜥蜴と、兎と。
 更に一つ、胎内に響く産声を。
 ばらばらの音が一つに重なる瞬間を探り当て、より深海へ溺れようとする兎を鋭い痛覚が地上へ引き戻す。
 頚筋を食み噛まれ、所々から滲む血の香りを一心不乱に舐り啜る蜥蜴はただただ愛おしく。
 狂おしいまでの求愛へいつしか兎は蜥蜴に生命ごと貪られたい願望が芽生え始めていた。
「ボクの事、好き?」
「好き」
 背筋が毛羽立つ。
「食べちゃいたいくらい、好き?」
「食べたい、好き」
 ひとつひとつの好きを抱き締める度に全身が快楽に打ち震える。
「うん、いいよ。ボクの全部、インテレオンにあげる」
 快楽に化けた苦痛が、命の片鱗に触れる、音がした。
「大、好き……イ……オン」
 瞬く月に明滅する太陽が微笑む。
 意識は雲間に隠れ、昏い夜想曲が流れる。
 とく、とく、とく、り。

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CENTER:─one side─
LEFT:

 怖い夢を見た。
 自分が自分でなくなる夢に、現実味を感じられない夢に、人形だと最後まで思い込む夢に。
 全て悪い夢だったのかと、渇いた喉が呼気を欲する。
 鼻腔を空気が通り抜け、咥内に残る血の香りに心が凍りついた。
「エースバーン……」
 体に掛けられた白磁のカバーにも血痕が染み付き、その下を確認するのが恐ろしくなった。
 昨夜の出来事を何処から何処までが真実で捏造なのか判別もつけられない。
「……エースバーン」
 目線を下ろすと蜥蜴の腹部に僅かな膨らみが見える。
 存在の堪えられない軽さが蜥蜴に伸し掛かり、心臓を吐き出したくなる気持ち悪さを手で塞ぎ、カバーの先を確めるべく指先を伸ばす。
 視界が歪み、目頭が熱く焼け、嘔吐感が胃液を押し上げる。
 整わない呼吸が指の合間から漏れ、冷静を取り戻したくても震える指先の動きは止まらない。
 カバーが捲られ、中に密閉された空気が一気に出口から吹き出す。
 湿っぽく生暖かい微風が指先に絡み付く感覚に嫌悪感を煽られ、嘔吐感がそれに便乗して転がってきた。
 頭が見えた。
 頚筋は赤黒く染まり、そこから先は隠れて見えない。見たくなかった。
「エース、バーン……?」
 最悪の気分に心が壊れそうだった。否、もう、壊れてしまっているのか。
 繰り言、繰り言、繰り言。
 名を呼ぶ毎に頭の中が彼女の白に染まり、赤く染まり、闇に染まっていく。
 限界が訪れ、何かが切れそうになる刹那で頬を強く叩かれた。
 衝撃が脳を揺さぶり、耳から耳へと突き抜ける破裂音に雑音も巻き込まれ、全てが白紙に戻される感覚だけが広がっていく。
 何が起きたのか分からず、呆けていると両頬を掴まれ、頭部を真正面に固定される。
 兎がいた。
 心配そうに口許を動かす、兎が。
 何を喋っているのか分からない。
 分からないが、白紙の中でたった一つだけ残った名前を呼んだ。
 反応を返した事に安堵したのか大粒の涙を零す兎を、また自分は何かしてしまったのだと恥じ、そっと抱き寄せる。
 ちゃんと兎がそこにいる。
 手も、腹も、脚も残っている。
 様々な感情が急速に退いていき、最後に残った感情だけが心を染み渡らせていく。
 感情は伝播する。
 兎から蜥蜴へ、蜥蜴から兎へ。
 月から太陽へ。
 天窓から射す晴れ日までの間、雨は降り続けていた。

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 それからの二匹はお互いの経緯を語り合った。
 蜥蜴がここに残された理由。
 兎がここに居る理由。
 互いの空白を互いに埋め合い、呆れては笑うの繰り返し。
 人形に情欲した事を後悔すれば、人形だからこそ普段ならば絶対に見せない顔を見れたと茶化され。
 途中から人形ではないと分かっていたのかもしれない事を悔いると、暴走を煽ったのは御互い様だと慰め。
 正気を失っていた蜥蜴が恐ろしくて蹴りを入れた事を詫びると、蹴りだったのかと逆に驚かれ。
 そろそろ皆の所に帰ると立ち上がる兎を、ここにいてくれと引き留める蜥蜴。

「昨夜の事、正直を言うと熱に浮かされすぎていたからか、おぼろ気にしか思い出せないんだ」
「うん。分かるよ。ボクも途中からそんな感じだった」
「だからその……お詫びって言うのは変な言い方かもしれないんだけれど……」
「うん」
 
「もう一度、ここで確認しないか。ちゃんと、お互いに解るように」
「……えっち」
「い、嫌ならいいんだ……! 流石に虫の良い事を言ってるとは自分でも分かってる……」
「……ボクが帰ろうとした理由、分かる?」

「いや……皆が心配だから?」
「もっとインテレオンとしたいなって思ってた」
「……え?」
「知ってた? 兎のお腹はね、赤ちゃんのお部屋が二つあるんだよ」

「……え?」
「インテレオンも二つついてるよね。ボクそこは知らなかったな」
「あ、う、はい……」
「ボク達相性抜群だね」

「……うん」
「今度はこっちのお部屋も埋めてねパパ」
「……パパ?」
「こっちのお部屋はもう満席だから、ね?」

 妖しく笑う兎の色気に蜥蜴は再び赤く、紅く染まっていく。
 天窓から覗く陽光がベッドの上から降りた。
 二匹の邪魔をしてはならぬと、偽りの夜を作り出して。

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 後書

 今回色んなアクシデントが重なって締切日に間に合わなかったり
 久々の短編小説大会参加もあってかルールの1万文字以内を忘れてたり
 冒頭の注意事項を記入し忘れたり

 余裕のない時こそ外堀をしっかり固める姿勢って大事だと思いましたね。
 遅れてても完成だけはさせるという意気込みを保てたのはひとえに兎ちゃんのおかげ。
 兎ちゃんパワーすごいと思った。今後もまだまだ兎ちゃん書きますよ。

>インエスは言うまでも無く大好きなのですが、ヨクバリスがすごくいい味出してました。こういうキャラ好き。
 ところで兎ちゃん沼にはまりすぎているのでは?(? (2020/02/29(土) 22:11)

 ヨクバリスはこういうポッと出で美味しいとこかっさらう脇役がとても似合うんじゃないかと思って出したので実際ちょっとしか出番無いのに存在感出し過ぎ案件。
 兎ちゃん以外のキャラクターに手を出すにはもうちょっと時間が必要かな……気長にお待ちください。コメントと一票ありがとうございます。

 最後に管理人様と参加の方々様、読者の皆様方へ。
 お疲れ様でした。また次回もよろしくお願いします。
#pcomment

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