作者:[[リング]] [[まとめページ>BCWF物語]] #contents イッシュ地方。そこは、夢と現実が混ざり合う場所、ハイリンクと呼ばれる空間がある。その空間では、夢が現実に。現実が夢に大きな影響を与えるため、それによって起こる様々な害が併発するのだ。 例えば、突然人間やポケモンの性格が変わってしまったりする。夢の世界では別の街に住んでいたパラレルワールドの自分の魂が、現実世界の自分の体に入り込む。そうすることで性格や味の好み、ポケモンならば特性までもが変わり、周りの人は戸惑う。 だがそれ以上に、脳に刻まれた記憶と魂に刻まれた記憶がチグハグになってしまうため、特に野生のポケモンが言い様のない不安感や恐怖感に襲われてしまう。そういったポケモンは、群れを離れて隠し穴と呼ばれる場所に引きこもるか、そのストレスに身を任せるままに人里で暴れる。 そんな現象が最も起こりやすいのは、今現在ブラックシティ・ホワイトフォレストと呼ばれる場所であった。ポケモンが暴れ、人が魂を入れ替えられて戸惑うという、混沌を極めたその町の原型となる場所を治めたのはダークライ、そしてビリジオンであった。 二種のポケモンは、自身が陰気もしくは陽気となり街の二か所に居を構え、そうすることで気の流れをうまくコントロールし、この地域には平和が訪れた。 しかし、前述のように安寧を得る事が出来た街だが、その影響で光と闇が二極化。ダークライが緑豊かなホワイトフォレストに。ビリジオンが闇市や花魁、違法薬物で賑わうブラックシティという、それぞれのイメージとは対極の街として別れてしまい、、そこに生きるものたちの魂は、人の魂もポケモンの魂も関係なく、それどころか土地や物体に宿る魂にいたるまで、陰と陽における極端な力を得る事が多くなる。 白に、黒に、極端に染められた魂たちは時折世の中に悪影響を及ぼしてしまう。それを、大事になる前に防ぐ者。陰と陽を制御するものの名を、人は陰陽師と呼んだ。 「ここが……陰陽師の住処か」 アブソルの顔に例えられるブラックシティとホワイトシティの丁度境目あたり。アブソルの左眼と呼ばれる場所に、陰陽師は居を構えていた。 この一帯だけ俗世から開放されたような、そんな静けさが辺りを包んでいる場所である。と言うのも、周りはドーナツ型の防風林のようなもので囲まれて、その内部に広大なドーナツ型の砂利。その中心にはさらにドーナツ型の池があり、さらにその中心にやっと館がある。朱色に塗られたその館は、ウタンの実のような、鏡餅を三段にしたような、そんな感じの外見に、丸い小窓がついている。 しかも、この館には電線やクーラーの室外機のようなものもついておらず、なんとも俗世離れしている場所である。いや、静かにすごせそうでいい場所ではないか。ホワイトフォレストでもここまで静かな場所はそうそうあるまい。 その館のてっぺんには天文台なのだろうか、ガラス張りの360度見渡せる天窓。星が綺麗な日は星の観察が進みそうだ。 表には『ポケモンにアレルギーのある方はご一報ください。予約の上で対応させていただきます』との張り紙がでかでかと張られている。そんなにポケモンがいるのであろうか? 「すみません」 その厳かな雰囲気を感じながら館の門をくぐり、受付へと行く。受付には真っ白な和装の礼服のようなものに、朱色の烏帽子を被った男性が待ち構えていた。袖がひらひらしていて優雅な感じだなぁ……。 「いらっしゃいませ。ご用命をお伺いいたします」 その男性のさわやかな声に促されるまま、僕はここに来た要件を口にする。 「……すみません。御祓いをお願いしたいのです」 「御祓いですね。この場で行える場合は五千円。出張の場合は二万円と交通費になりますがよろしいでしょうか?」 「はい、それでよろしくお願いします」 「では、こちらにお名前と電話番号をお願いします」 ここの陰陽師の値段は驚くほど安い。御祓いなんていうと、自分のイメージではたくさんの御香とかを焚いて、一時間とか二時間とかかけてみっちり行って、数十万とかそういうのをイメージするのだが。そんなに御祓いの依頼なんて来るものでも無いので、この陰陽師は街で行われる祭事を取り仕切ることでお金を得ているらしく、それが主な収入なのだとか。 だから、ここで行われる御祓いというのも、ほとんどは趣味のようなもので、別に収入の当てにはしていないのだとか。高額の依頼量が発生するお仕事もあるにはあるのだが、御祓いに関しての口コミ情報はこんなところであった。 「はい、それでは受付の準備が終わりましたので、二階へどうぞ。当主様がお待ちです」 「ありがとうございます」 料金は一応後払いである。理由は、失敗するかもしれないから。また、依頼人が思ったよりも事態が悪い方向に進んでいるので、料金が高くなる可能性があるため、受付での値段と異なる場合があるとの事だが、口コミの中に失敗したという体験談は聞かなかった。自戒のためにでもそんな記述を用意しているのだろうか? 恐らく、自戒が主な理由なのだろう。 階段を上ってゆく。壁面に沿って取り付けられた階段は、一段一段よほど丁寧に作られているのか、まるで靴の底に吸い付くかのような感触だ。足音も全くと言っていいほどしないし、すごい作りである。 二十段ほどのその階段を上りきると、そこに陰陽師はいた。なんというか、ゆったりとしたデザインの和装礼服の装いは変わらないものの烏帽子なんかの色は、先程の受付の男性の朱色ではなく黒である。手元では、ボールペンを使って何か書き物をしており、野外でレポート用紙などに記入をするためのボードを手に、熱心に手を動かしていた。 それにしてもものすごい匂いで、陰陽師の周りを見れば表に張り出されていたアレルギーの方への対応云々の意味がよくわかるというものだ。ファイアー、アバゴーラ、ボーマンダ、ウインディ、メロエッタ、ゴチルゼル、アブソル、ムシャーナ。伝説のポケモンも含めて、ポケモンがずらりと揃っていて獣臭い。 この夏に大型の炎タイプが密室に二匹。室内はクソ暑いかと思いきや、氷タイプの技でも使われているのか室内は存外に涼しく、快適そうだ。それでも、ムシャーナの体をクッション代わりにウインディの体を背もたれ代わりにもたれかかっている陰陽師の男はどうかと思うが、気にしてはいけないところか。 「こ、こんにちは……今日は依頼に……」 「あら、いらっしゃい」 と、陰陽師らしき青年の声。 「こんにちは」 「どうも、いらっしゃい。きゃ、若くて可愛い子!」 透き通った女性の声。頭に直接響く老人風の声。若い青年の声。僕の挨拶に応じて三つの声が聞こえてくる。 「い、今の声はどこから……? 人間は一人しかいないのに」 「アブソルとメロエッタだよ」 今度は若い青年の声であった。 「メロエッタの&ruby(ハヤシ){囃子};は、ボイスフォルムの時だけ喋られるんだ」 「どうもー。ご指名よろしくねー」 「キャバクラじゃねーんだ、自重しろハヤシ」 メロエッタがおどけて冗談を言うと、陰陽師はそれを諌める。 「それで、アブソル、&ruby(コクビャク){黒白};は……なんか百歳越えているらしくてなんか知らないけれどしゃべるんだ」 「なんかとはなんじゃ」 陰陽師の発言にアブソルが突っ込みを入れる。腹話術じゃない、本当にしゃべってる……。 「アブソルのほうは……適当ですね」 当人のアブソルは、適当に紹介されているのは気に食わない様子。 「まぁ。実際ワシだって知らないうちに喋られるようになっていたからな。適当になるのも仕方が無い部分はあるのじゃが……」 またもや、脳内に直接届くような声が響く。テレパシーで会話しているのか、このアブソル。アブソルは、ちょこんとお座りの体勢を取っている子が一匹いるだけ、とても100歳を越えているようには見えないような若々しい見た目で毛並みもまるで一歳の子供の個体だといわれても信じられるような、艶やかさだ。 またもや、脳内に直接届くような声が響く。テレパシーで会話しているのか、このアブソル。アブソルは、ちょこんとお座りの体勢を取っている子が一匹いるだけ、とても百歳を越えているようには見えないような若々しい見た目で毛並みもまるで一歳の子供の個体だといわれても信じられるような、艶やかさだ。 「で、依頼は……御祓いだって? あぁ、こちらへとどうぞ。&ruby(ミナカミ){水守};はここへ」 言いながら、陰陽師らしき青年はアバゴーラを手招きして、その甲羅の上に僕が座るように促す。ポケモンの上に座れと……家具なんてまったくない室内とはいえ、これは流石に酷いのでは。 「そいつ、人にかまってもらうのが好きだから、乗ってあげると喜ぶよ」 「そ、そうですか……」 いかにも乗ってくれと言わんばかりの上目遣いをしているアバゴーラを見て、僕は恐る恐る甲羅の上に乗る。そういえばラプラスも乗られるのが好きだったっけなどと考えながら座ってみると、これがひんやりしていて気持ちが良い。夏にはいい感じだ。 「それで御祓いって言うのは……えーと。後ろにいる母親? 強い念を放っている。だけど、母親の霊は……本体じゃないな。分体か何かか? 形状がはっきりしないな……人間のようだが人間じゃないような」 僕が座ってから、始めの言葉はそんな質問であった。どうでもいいが、お兄さんが何か書いていると思ったら楽譜だ。しかも、かなり細かく色々書き込まれていて、ごちゃごちゃしている。静かだから確かに作曲にはもってこいの環境だけれど、何をやっておるのやら。暇なのかな、仕事……? 「母親……何が憑いているか分かるんですか?」 「分かるさ。分からなきゃ商売にならない」 ふふ、と陰陽師は不敵に笑う 「あと、無害なものも憑いているな。弟かな?」 気味が悪いほど当たっている……これが、陰陽師? 「なんにせよこりゃ、出張しないと祓えないなぁ……2万ほどかかるけれど、大丈夫?」 気付けば、陰陽師の言葉遣いは非常に砕けたものとなっている。仕事が趣味のようなものだと聞いていたが、この程度で気分を害す客ならいらないというわけなのだろうか? 「大丈夫です、問題ありません……」 「そう……まぁ、ウチの御祓いは安いものね。ところで」 「はい、なんでしょう?」 思わせぶりに尋ねる陰陽師に、僕は答える。 「母親を祓っちゃっていいのかな? 仮にも親だよ」 「いえ……それは……大丈夫です」 「ふぅん……まぁ、それについては、現地に向かいながらでも話しましょうか。いまから、大丈夫?」 「あぁ……大丈夫ですけれど。そんなに気軽に出かけちゃって大丈夫なのでしょうか?」 「何、めったに客なんて来ないし、客が来たときに俺がいなかったら、予約していなかった客が悪い」 「なるほど」 陰陽師はぶっきらぼうな受け答えしかしなかったが、その口調からは不安とか、懸念とかといった類はまったく窺えない。恐らく、よほどの自信があるのか、もしくは単に適当なだけなのか。 「ここまでの交通手段は?」 陰陽師はボーマンダとムシャーナ、アバゴーラを手招きして後ろに引き連れる。 「私は、バスで……」 「そう、ならボーマンダみたいな飛行できるポケモンの免許は取得している……?」 「あ……残念ながら持っていないんです。ポケモンは、エモンガとアイアントしかもっていないもので……」 「ふむ……済まないな、&ruby(クウガ){空牙};。それと、&ruby(ビャクエン){白炎};、こっちに」 言って、陰陽師はボーマンダではなくウインディを連れて行く。乗れ、ということなのか。造りのいい階段を、恐る恐る下るウインディの速度にあわせるように、僕達はゆっくりと、一段一歩ずつ噛み締めるように降りる。 「そうそう、自己紹介がまだだったね。俺の名前&ruby(あべの){安倍}; &ruby(ワヅキ){輪月};。君は?」 「あぁ、笑わないで下さいよ&ruby(カイヤ){海谷};っていう苗字だったんで親が&ruby(ナイト){騎士};なんて名前をつけてしまいまして。カイヤナイトって言う宝石みたいな名前に……」 「へぇ、なんと言うか……まぁ、まだ『ナイト』ならいいほうなんじゃない? 語呂もいいし」 「絶対笑う人がいるんですよ……これが」 「ま、そんな名前でも強く生きていくしかないさ」 一つの悩みでもあるけれど、それはこの人に言っても仕方が無いか。 「あ、行ってくる。留守番は頼むぞ」 「はい」 階段を降り終えたところで、ワヅキさんは受付の男性に挨拶をすると、個室に入る前に礼服を脱ぎ始めて、そのままスタッフオンリーの更衣室へと入っていった。出てきたときには、いかにも丈夫そうなレザーのライダーズジャケットを装着している。 「で、なんだっけ?」 「……それで、まぁ。今回の依頼の件ですけれど」 「うん、何かな?」 ワヅキさんは歩いて先導し、館の入り口に置いてある小箱から、つれているポケモンのボールを手にとってムシャーナとアバゴーラを中に回収する。ウインディはやはり移動手段なのか、そのままだ。 「俺、ポケモントレーナーを目指しているんですけれど……なんというか、霊感の強い人が言うには、それを母親が邪魔しているそうなんです」 「まぁ、確かに母親が何か問題ありな感じだったけれど。どうして気味の事を邪魔するの? 心当たりとかある? あ、ビャクエンは伏せて」 ワヅキさんは、ウインディに伏せを指示して上に乗る。軽々とジャンプして飛び乗ったが、あの巨体にそのアクションはかなか凄い。 「君も乗って」 「あ、はい……」 巨大なポケモンに乗る感覚にドギマギしながら、僕は巨体にしがみついて上り、豊かな体毛を指の間に挟んで握り締める。 「君の家はどこにあるの?」 「アブソルの額……市役所と白の樹洞の間にある住宅街です……近くまで行けば案内出来ますけれど」 「了解、北の方だね頼むよ、ビャクエン。北へゴー!」 ワヅキさんが指示を出すと、ビャクエンは北のホワイトフォレストへと駆け出してゆく。目指すは僕の家へ……しかし、なんて速さだ。時速100kmは出ているだろうが、ウインディの最高速度を考えるとこれでも恐らく本気じゃないのだろう。 ワヅキさんが指示を出すと、ビャクエンは北のホワイトフォレストへと駆け出してゆく。目指すは僕の家へ……しかし、なんて速さだ。時速百キロメートルは出ているだろうが、ウインディの最高速度を考えるとこれでも恐らく本気じゃないのだろう。 「俺の弟、ポケモンに殺されてしまったんです。子供が生まれたばかりで気が立っていたガルーラに……。母さんも、弟を守ろうとして一緒に殺されて」しまいまして。だから、なのかな……俺がポケモントレーナーになるのを反対しているらしいのです」 「子供を守るってのは具体的にどうしたんだ?」 「母さんが見つかったときは弟を抱きしめていたらしく……まぁ、なんというか、頭が悪いですよね。抱きしめたくらいじゃポケモンから守れるわけも無いし……かと言って、急に逃げようとしても刺激しちゃうから、敵意が無い事を示すように。目を合わせないように相手の方を見るとか。そういう対処法をすればよかったのに。 ……昔から、そうなんですよ。母さんは、勝手もわからない事によくでしゃばってきましてね。おせっかい焼きで、面倒くさくって……でも、いい母さんでした」 「御祓いって言うよりかは、母親ときちんとお話をしたほうがいいんじゃないのか? お前をポケモンから遠ざけたいっていうのも、分からないことではないぞ? まぁ、冷静に話すためには、いろいろ手段を講じなきゃいかんけれど……死者は正気を失っている場合が多いからなぁ」 「そうかもしれませんね……母さんは毎日夢に出てくるくらいですし……医者にもかかったのですが、これが治らなくって……こういうお祓いに頼ることになってしまって」 ため息が漏れる。 「具体的に、母親にはどんな悪事を働かれているんだ?」 「よく夢に母親が出てきて『トレーナーをやめろ』って延々と言ってくるんです。それで、毎晩のように冷や汗をかいて飛び起きるってことをくり返したりなんかして……。それだけじゃなく、ポケモンが懐かないんです……特に、大きなポケモンや、大きく進化するポケモンはどう頑張っても僕の方に敵意を向けて威嚇してくる。人に飼われていて、人に慣れたポケモンでさえも……威嚇をしてくる子がほとんどです」 そう言って僕は、腰につけたモンスターボールを撫でる。 「この子達も、育て屋の里親募集でもらったのですが、僕に慣らすまでには優秀なブリーダーに相当苦労かけましたし、今もまだほとんど懐いてもらっていなくって……そういえば、この子は……ウインディは大丈夫ですね」 「あぁ、俺のポケモン達は得体の知れないモノに慣れているから。人でも、ポケモンでもない何者かを相手にするのはね。幽霊とかの類ですらない『何か』を相手にすることもある俺達にとっては、少しくらい幽霊が騒いだぐらいじゃなんともないからさ。 ともかく、今回の例だと……母親は、多分だけれど、少しホワイトフォレストの陽気に当てられている」 「陽気、ですか……?」 「ホワイトフォレストに流れる気は、安寧と停滞を象徴する。安寧とは、いわゆる平和。保守的な流れなので、良くも悪くもならない状態、現状維持が得意だ。それゆえ、今の生活を変えようという意欲に乏しいため、平和だけれどその反面で退屈。意志が強いけれど、その反面で頑固で保守的。 捉えかたによって悪くも良くも取れるが……極端すぎるのはなんだって良くない」 そう言って、ワヅキさんは一度ため息をつく。 「ならば、俺がその陽気を取り除き、君の母親を本来の状態に戻そうと思う。お祓いまでする必要はないと思う。まぁ、それだけで大丈夫だと思うけれど……もしも、それでダメだったら……本格的に除霊をするか、お金は返すよ」 「良いんですか?」 「これまで、料金を返してきた人なんて一人もいなかったからね。それについては返させない自信があるよ」 ワヅキさんは自信満々に笑みを見せた。ウインディの上は結構揺れるというのに、後ろを振り返る余裕がある辺り、乗りなれている。 「しかしまぁ……なんと言うか。小型のポケモンばかりしか仲間に出来ないってなったら辛いよなぁ」 「えぇ……小さくても強いポケモンはいますけれど、やっぱり大型のポケモンを仲間に出来ないのは、大きな壁になってしまって……それを何とかしないことには、ね」 「だな。まぁ、母親の気持ちも少しは理解できるがなぁ。子供が危ないポケモンに近寄らないで欲しいというのは、分からないでも無い……だからお前も、理解してやるといい。危険な行為はしないほうが、母親の理解も求められるだろう」 「……ポケモンは、きちんと接すれば怖くないって事を、理解していないんです、母さんは。弟の件に関係なく、昔からポケモン嫌いでしたから」 「そりゃ難儀なこったなぁ……まぁ、いいさ。お前さんの真摯な気持ちをぶつけてやれば、幽霊だろうがなんだろうが、理解してくれるはずさ」 「そうだといいんですがね……」 僕はため息をついた。 「へぇ、中々良い家に住んでいるんだな」 僕の家は木製のテラス付きのお洒落なおうち。真っ白いプラスチックで作られた喫茶店風の椅子やテーブルを置けば、何気ない食事もお洒落になるような、そんな木製のテラスも、今は家族が二人いなくなってしまったせいで寂れてしまっている。 「借家ですよ」 そう、借家なんだから引き払えばいいのにと僕は思うのだが、父親はかたくなにそうしようとは思わない。執着しているのだろう、母親や弟の暮らした家に。 「あらら……」 ウチには家を買うほどのお金はないのだ。だから、当然借家である。そんなことはどうでも良くて、重要なのはここにいるという母親の霊である。 「あぁ、いたいた……うわ、こりゃ酷い」 ワヅキさんは、何も見えないところに視線をやっては、何かを見つけたと言っている。 「まぁ、見えないよな……ちょっと待っていろ。見えるようにしてやるから。出てこい、ユメマクラ」 言って、ワヅキさんはムシャーナを繰り出した。 「……さて、ユメマクラ。俺の足元に」 ワヅキさんは、ムシャーナのユメマクラを足元に寄せると、静かに呼吸を整え足元に神経を集中する。そして、呼吸を数秒止めたかと思うほど静かになると、瞬間人が変わったように目を見開いて、足を振り上げ―― 「おら、夢の煙、出せ!」 威勢の良い大声とともに蹴っ飛ばした。ムシャーナを蹴り飛ばす事により、桃色の夢の煙は物凄い勢いで噴出し、ワヅキさんがそれをつかみ取って家の二階の窓。僕の部屋あたりへと投げ飛ばす。 「ちょちょちょ、ちょっと!! 何でムシャーナを蹴り飛ばしているんですか!?」 「あぁ、あれ?」 ワヅキさんは悪びれることもなく、まるで当然といった風にこちらを振り返る。 「あぁすると夢の煙が勢いよく出るから……素人がやるとムシャーナが危険だけれど。そんなことよりも、ほら、アレだ……」 「……母さん。じゃない!? いや……」 吐き出された夢の煙は、家の二階の窓あたりから実体化して母親の形を取ったかと思えば、次いでガルーラの形を取る。と、思いきや、正確に言うと母親がガルーラの袋の部分で、本来子供がいるべき場所にくっついている、というべきか。まるで縫い付けたかのように一体化している二人は、なんともいびつでグロテスクである。 「ふむぅ……本体を見るとよーく分かるが。これはアレだ。きっとさっき言っていたガルーラだな……危険とみなされて殺されちゃったんだな?」 「あ、はい……ポケモンレンジャーに駆除されてしまって……」 「そのガルーラの霊が発する、『子供に近づくな』と言う念と、母親の『ポケモンに近づくな』と言う念。それらの利害が一致したのを、ホワイトフォレストの陽気に当てられて融合しちまったのか……いびつな怪物だねぇ。 まぁいい。ああいう手合いはさっさとぶっ潰してしまうに限る。行くぞ!! ビャクエン、立て」 ワヅキさんはビャクエンを立ち上がらせる。ウインディの威風堂々とした立ち姿の上に、ワヅキさんは跳躍一つで直立して、それを踏み台に家の壁へ向かってジャンプ。壁を蹴り飛ばし、その反動で鋭く機動を変えたワヅキさんは、夢の煙で実体化した幽霊に掴みかかり、地面に叩き付けた。地面に土ぼこりが舞ったり、凄まじい轟音を立てているあたり、恐らくは元のガルーラと同じだけの質量はあるのだろう。 除霊や御祓いの方法は個性的という口コミであったが、まさしく個性的というか、個性的過ぎて言葉を失う。 「このガルーラ……ママから離れるんだな!!」 そして、地面に落とした幽霊から一歩離れると、今度は先程のムシャーナに対する蹴りよりもはるかに鋭く蹴り飛ばす。サッカー選手なのかと思うくらいに鋭い蹴りだが、それを幽霊にやってよいものなのだろうか? というか、ビャクエン……ウインディはただの踏み台なのか、静観している。どうしたんだ…… その凄まじい蹴りが、ガルーラと母親を分離させる。しかし、夢の煙と言うのはすごい。出現した母親は、お気に入りの服を着ていた生前の姿そのものだし、ガルーラもそこらへんの草むらにいるのと見た目はなんら変わらない。 「ホワイトフォレストの気に当てられて現世に留まりし哀れな魂よ。我、アベノワヅキの名の下に、救済を与えん!」 ワヅキさんは勇ましく名乗りを上げて、救済(物理)に取り掛かかる。 「この世にあまねく五行の火の力よ。我に力を」 ガルーラの尻尾が振りぬかれた。ブオン、と風を切る音が聞こえ、凄まじい威力とスピードで、尻尾の先端に触れた草が千切れ飛ぶ。それをジャンプでかわしたワヅキさんが、腹へ向かっての小さな飛び蹴りから、袋を踏み台にして体を駆け上がり、ガルーラの下あごに靴の踵を叩き込んでとんぼ返り。 その際、足には炎が灯っていた。まさしく木、火、地、金、水、五つの力を操る陰陽師の力。どちらかと言うとバシャーモも真っ青な力押しな気がするけれど、気にしたら負けだ。ガルーラは顎を押さえているものの、夢の煙で構成された体だからか、ガルーラから血は出ていないし、怯まない。アレだけやって怯まないのはすごいな……。 「勝手に縄張りに侵入された挙句に人間に殺されたのか? それには同情するが、悪いがこっちも仕事なんでね、体で祓わせてもらうぜ」 なんか今、ワヅキさんが物凄くいやらしい事を言った気がしたが、気のせいだ。に、してもこの人はポケモンを使わないのか? ガルーラは夢の煙で作られた存在であるが、きちんと技を使えるらしく、電気の流れる右腕でワヅキさんに殴りかかる。ただの張り手のような無造作な殴り方だが、ガルーラの巨体から放たれるそれは、人間が喰らえば致命傷になりかねない。 ワヅキさんはそれを左手首の底で押し上げるようにいなすと、その手をそのまま顔まで伸ばして眼を抉るように引っ掻き回す。あまりの痛みにガルーラが咆哮するも、それにワヅキさんがひるむことはない。 暴れだしたガルーラの裏拳を、体を引いて避けたワヅキさんは、地面に転がっている枯れた植物が入った植木鉢を野球の投手の如く投げ飛ばす。それ、もう使っていないし安物だからいいけれど、ウチのなんですけれど。勝手に使わないでよ…… 結構な質量を伴った植木鉢は、割れて中身が飛び出すと共に相手の視界を塞ぐ。これ幸いにと、ワヅキさんは接近し、暴れるままに任せ手振りぬかれたガルーラの腕をさらに振りぬいた方向へと押しながら掴んで、足払いから尻餅をつかせる。体勢が崩れたところで懐にしまいこんでいたサバイバル用のナイフを右手に逆手で持ち、肉厚な肌の薄い部分。よく伸び縮みする、たるんだ首の皮へと突き入れる。 鈍く地味な音と共に、ナイフが深々とガルーラの首にめり込んで、そのままガルーラは元の桃色の煙となって空へと消える。刺さっていたナイフはそのまま地面に落ちてしまった。 「ふぅ……あのガルーラ、よっぽど憎しみが強かったのかな、手ごわかった」 汗だくになってワヅキさんは言った。無傷なのに手ごわいとは一体どういうことだというのか。手ごわいの意味を辞書で引いてほしいものである。 「よし、ミナカミ」 最後にワヅキさんはアバゴーラを出して…… 「弱めに吹雪だ、頼むぞ」 といって、冷気を浴びて涼んでいた。……そのためのポケモンで、戦うには必要ないのですか、そうですか。結局この人、戦わせるためにポケモンを所持しているわけではないのだろうなぁ……。。 「で、そっちの母さんなわけだが……さて」 ガルーラから引き剥がされたまま倒れている母親を見て、ワヅキさんは髪の毛を掴む。肩までの長さの髪の毛を掴み、母さんの背中を踏みつけたかと思うと……こらこら! ワヅキさんはそのまま髪の毛を引っ張り、魂に取り付いていたホワイトフォレストの陽気をバリバリと(音はしなかったが)引っぺがす。ガムテープじゃないんだから……この人の御祓いって乱暴すぎないかな?」 「この、真っ白い陽気。これがお前さんを邪魔したホワイトフォレストの陽気だ」 まるで水にぬれたティッシュのようなそれを見せつけて、ワヅキさんが言う。 「現状維持や秩序を望む反面で、束縛や制限を無尽蔵に強めてしまうきらいがある。これが、お前のお母さんがあんたの成長を決して認めようとせずに……自分が生きていたころの教育方針に執着していた原因の一つだ。 こいつが消えたからと言って、お前が成功するとは限らない。むしろ、お前がポケモン関連の事故にあって、母親の判断が正解という事もありうる。それでも、だ……お前の母さんが作っちまった壁、破壊したいなら攻撃してみろ。そこにナイフがあるだろ?」 ワヅキさんは、真っ白な布状になったホワイトフォレストの陽気とやらを闘牛士のように構える。 「そいつを手に取って、この陽気をぶっ刺して、自分の手で壁を壊してみろ。夢の煙で実体化したものは、訓練とかをしなくっても、一般人でも触れられるはずだからな」 「わ、分かりました……行きます」 僕は、落ちていたナイフを拾い上げると、それを両手でぐっと構えて、体ごとぶつかるように、陽気へと突き刺した。すると、布のようだったそれは、ガルーラの体と同じように桃色の煙となって消えてゆく。これで、あの悪夢は見なくなるのだろうか……。 「うんうん、いい太刀筋だねぇ。動きは素人だけれど、迷いが全くない」 ワヅキさんは満足そうにうなりながら、顎をしゃくりあげて死んだように(死んでるけれど)横たわる母親のほうを指し示す。 「夢の煙の寿命は短い。そろそろお別れの準備をしてやりな。死ぬ前に言ってやれなかった言葉をかけてみるとか」 「あ、そうだった……母さん……」 生前と変わらぬ姿で死んだように眠っている母親の手を掴み、その顔をじっと見つめる。決して美人とは言えないが、まぎれもない母親の顔だちを見て、僕は息をのみながら伝えられなかった言葉を口にする。 「お母さん、今までありがとう。それで、これからもよろしく」 何ともありきたりで面白味のない言葉だけれど、それ以上に今の気持ちを有効に伝える言葉を僕は持っていない。消えるまでの数秒間の間に、じっと見守ってみれば母さんは声こそ出さなかったものの、消える瞬間かすかに微笑んでくれた。 「……ところで、バッジは今いくつ?」 母親が消えてしまった感傷に浸っている最中だというのに、無神経なのか計算づくなのか、ワヅキさんは 「二つです。二匹だけじゃそれが限界なんですが……エモンガもアイアントも弱いポケモンじゃないですが……俺のためにはあんまり力を発揮してくれなくって。だからと言って他人からもらったポケモンでどうこうするわけにもいきませんからね」 「ふぅん、頑張れよ。母親はまだ、応援する気分になったわけじゃないからな。俺は、きっかけは与えただけだが、その先にある壁を破り、山を登れるかどうかはお前の頑張り次第だ。ポケモンはもうお前に無条件の警戒なんてしないだろうが……それだけじゃダメなのはわかるよな?」 「わかってます。障害がなくなった程度じゃ、大成は出来ないと……」 「わかっているならいい。仕事は終わりだ。即金で払うならここでお別れでも構わんが……」 「それでお願いします……なんか、疲れちゃって……えぇと、2万円でしたっけ?」 「毎度あり」 財布を取り出せば、ワヅキさんは上機嫌になった。 ◇ あれから数ヶ月その日も、運気がないことで開運のために相談してきた中年男性が尋ねてきていた。 「さぁ、元気よく足を上げて、ワンツー、ワンツー!!」 その男性の応対はステップフォルムにフォルムチェンジしたメロエッタのハヤシが行っており&ruby(うほ){禹歩};と呼ばれる歩法で魔よけと、招福の儀式を行っていた。ちなみに、ステップフォルムの最中は喋れないのでテレパシーであり、口元も動いていない。 「あ、あの……これ本当に運気が上がる歩法なんですか? エアロビみたいなんですが……!?」 応対を受けている男性は息切れをしながら尋ねる。もう息が上がっているとは、運動不足な……。彼のポケモンらしい、少々肥満が気になるザングースはさすがにまだ大丈夫そうで、腐ってもポケモンという事を感じさせる。ただし踊りはかなり下手なのが珠に傷。 「もちろん、健康運が(物理的に)上がりますよ!!」 まぁ、運気を上げるのは、自分の体が元気になることそのものが魔よけ以上に重要だからと、どちらかと言えば運動の意味が強いのはあの男性のお察しの通りだ。 「ワヅキさん、お手紙です!」 そんな光景を見ていると、従者の一人が手紙を持って上がって来る。 「へぇ、あいつから……」 届いた手紙はカイヤナイトからのもの。内容はこうだ。 『結局、野生のポケモンをいくつか捕まえて、ある程度は突き進めたのだが、バッジ6つから先が壁になってどうしても越えられず、今は実家に戻ってバイトに汗を流す毎日です。ポケモンの選別余りの譲ってもらった育て屋にて、ジムさながらの育成指導を受けています。 そこには、働いている過程で見る見るうちにポケモンが育ち、バトルの腕が上達していく化け物みたいなトレーナーもいるので、きっと自分にはその人のような才能がないのだろうと思う。 ただ、ここにいる意味はある。いざというとき、学んでいた知識や鍛えていた体が何らかの形で役に立つこともあるだろう、そうすれば弟や母親を守ることもできただろう。そして、ここで育てたポケモンたちが、自分の主人やその周りの人を守ることもあるだろう。 弟と母親の事は今でも後悔してやまない事故だったけれど、それを再び起こさないためにも、ポケモンと仲良くなり、鍛えていこうと思います』と。 「ふむ……なかなか良いところに収まったみたいだね、彼も」 感慨にふけりながら、今回も良い結果に導けたと俺は満足する。この中年のおっさんも、、満足できる結果になるかなと考える。 楽天的な俺は、なんとかなるっしょと思う。依頼人たちがプラス思考を持ち始めたことで成功できたように、何事も前向きであることが、何よりの武器である。 それは今のこの手紙が証明している。壊せない壁は、執着せずに迂回するのも手だってね。 *あとがき [#g007145c] *あとがき [#x6be37d7] 別所の大会のようなもので投稿した作品。テーマは壁、必須ポケモンに『ブレイククローを覚えるポケモン』でした。 このカイヤナイト君はBCローテーションバトル奮闘記にも登場しますね。 *コメント [#zc03f90c] *コメント [#i19e24b6] #pcomment(,5,below); IP:1.72.6.141 TIME:"2013-09-08 (日) 18:52:42" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E9%99%B0%E9%99%BD%E5%B8%AB%E3%80%81%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%90%8D%E3%81%AF%E3%83%AF%E3%83%85%E3%82%AD" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 10.0; Windows NT 6.2; WOW64; Trident/6.0; MALNJS)"