[[時渡りの英雄]] [[作者ページへ>リング]] [[前回へジャンプ>時渡りの英雄第7話:初めての冒険・前編]] **92:死体畑を訪れて [#ja72d17b] #contents **92:死体畑を訪れて [#y60a4a9a] 十一月二十三日 ――ミステリージャングルの時間が止まっただって? どういう意味だ!? コリンがやってしまったキザキの森の歯車の回収による影響。その情報を聞きつけたアーカードは、仕入れも行わず軽い荷物を背負って、ただひたすら路銀を消費しながら故郷のミステリージャングルまで舞い戻った。 何時殺そうかと悩んでいたエッサは、せめて故郷の土を踏んでからにしようと心に決め、アーカードが先をゆくに任せてミステリージャングルへと行く。ミステリージャングルとは、同名のダンジョンのすぐそばに拓かれた街であり、エッサが良質なタバコを仕入れる場所である。 同名のダンジョンには、古くよりダンジョンの中心に巨大な台風の目、空間の安定した場所があると言われ、その中にはミュウが住むと語り継がれている。それは、アルセウス信仰の者たちが侵略するまでは土着信仰としてこの地に根付いてきている信仰であった。 女性そのものを穢れとして扱う(そのため神官は全員が男である)アルセウス信仰でありながら女性が働くことに対して寛容なアーカードの思考も、ミュウが子作りによって世界を創造したという伝説で、ミュウが母親であったという信仰の影響を受けていたのだ。 ここは、ミュウ信仰とアルセウス信仰が混在する街。信仰の違いによってちょっとした喧嘩はあっても、目立つほどの争いこそなかったが、熱心な信者同士の間で火種はいつでも燻っていた。それだけに、アーカードの故郷の状態はまずい。現在はアルセウス信仰が主流を占めるようになったミステリージャングルだが、ある日突然時間が停止などというわけのわからない事態になってしまえば、ディアルガ神の怒りだなんだと騒ぎたてられる事は必至。 時間の停止は、まず最初に世界が灰色に塗りつぶされていった。時の歯車付近のような勢いは無く、大抵のポケモンは走ればその停止現象からの逃走も可能だし、それに近づいても動作が停止するような問題がない。しかし魂の弱い者や、そもそも殆ど魂の無い無機物は、時間の停止により凍てついてしまう。 未だにミュウを信仰している者も少なくない中、そんな事が起こってしまえば……血を見る争いになってしまう結末は容易に想像できた。 病気の者や老人が凍りつく光景を見て、人々は恐怖に戦いた、熱心な宗教家は神に祈った、マイナス思考の人は世界を嘆いて頭を垂れた、子供が母親に助けを求めた、誰かが『ディアルガ様のお怒りだと言った』、誰かが『ミュウ信仰の奴らのせいだ』と言った。 誰かが、『何を言う!! 我々の聖域を犯したアルセウス信仰の者達のせいだ』といった。太陽が爆発したように憎悪が肥大した。 「ひっでぇ……」 エッサの言葉が、それ以外の何物でもない。 時が止まったその森の中では、凄惨な殺し合いが行われたようだ。何があったかなんて分かりきっている。ディアルガを信仰しないからどうのこうのというアルセウス信仰の言い分と、ミュウの怒りだと言う言い分が衝突したのだろう。 どっちが先に牙を剥いたのかは分からない。しかし、争いのきっかけはそれで充分だ。どちらかが牙を剥けば、それは油に火を落としたように燃え広がって周囲に伝染するだろう。そうなれば、原因が神の怒りんぬんではなく『誰かが時の歯車を盗んでしまったからだ』と判明してからも収まりがつかない。殺されたから殺す! 殺されたから殺す!! 殺されたから殺す!!! 殺されたから殺す!! 殺されたから殺す!!!! 殺し合いの連鎖が継続する。 その結果が無残な死骸畑だ。現在は、よく熟れた収穫物を家族がせっせと収穫の真っ最中だ。小さな果実も、しなびた果実も、より取り見取りに。収穫しないでと、大きな目をいっぱいに開けたまま、&ruby(ザクロ){柘榴};のようにぱっくり割れて、真っ赤な中身を晒している果実もあれば、焼けて黒くなった物も点々と。 収穫してくださいとばかりに、自ら&ruby(セフィロト){生命の樹};から降り立った果実もあるが、果実のいずれもが収穫を困難にさせるが如く固く凍りついていた。 「うっ……」 エッサには未来世界で見慣れた光景で、ただ『ひどい』とだけ思った。だが、アーカードは小競り合いこそあれど本格的な対立もない平和な森に暮らしていたおかげか、こんなものを見る機会などあるはずもない。あまりの臭気と凄惨な光景に心をやられたアーカードは、口から更なる異臭をばらまいた。 胃袋が空っぽになるまで、ばら撒いた。そして、アーカードの体を離れたそれは、魂を失って時間を止め、灰色の彫像と化す。 吐瀉物さえも、凍りつく。腐ることもなく蟻の餌になることもなく、悠久の時をこのままの形で過ごすのだ。何かのジオラマのように、箱庭のように。 その光景を見て、エッサは酷いもんだと唾を飲む。今までの時間が流れる世界があまりにも素晴らしかったから、いつの間にか忘れていた時間の停止した世界の様子。あんな世界になって欲しくは無いと思うし、過去の世界の住人には同情するしコリンがやっていることも不本意ながら正しい事に思えてしまう。 目の前の時間が止まった光景を見て揺らぐ意思を、エッサはかぶりを振って振り払う。コリンのやっていることに同意などしてたまるものかと。奴は悪だ、未来世界を消滅させようとしている悪魔だ!! そう、思いこもうとエッサは必死に言葉を反芻する。 そして、そのためにもアーカードを殺さなければならない。クシャナに殺してもらわなければならない。 「大丈夫かアーカード? こういうのに慣れていないならあまり見ない方がいい……」 一瞬その光景を見ただけでこれだ。このまま長いことこの場所に居続ければ、骨と皮だけになってしまう気すらする。それでは、意味がない。コリンか、シデンに殺されなければ意味がないのだ。 だから、出来るだけ早い段階で連れ出そう。早くアーカードを殺さないと、きっとチャンスを失ってしまう。 「ほら、乗れ」 「な、なんだ?」 震える声でアーカードは聞き返す。 「いいから」 エッサは答えを聞く前に、アーカードを背中に乗せてその場を飛び去った。殺すために。アーカードを殺すために。そのために、アーカードと仲良くなったのだから。 **93:自棄糞 [#p5b9257a] **93:自棄糞 [#wd0e4647] ミステリージャングルの集落を離れ、森のギャップで一息ついた所で、アーカードは閉じ込めていた感情が爆発した。 「あれはなんだ……?」 アーカードが木の幹を引っ掻く。 「何なんだあれは?」 引っ掻く。 「あれは俺の故郷なのか?」 引っ掻く。爪が剥がれるが、激痛が走るはずだが、全く気にしていない。 「あれに俺が住んでいたのか!?」 剥がれた爪から大量の血が出たのだが、それでも全く気にしていない。 「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」 叫びながらアーカードは思いっきり爪を振りかざした。 「なんだよ!」 木に向かってアイアンテール。 「なんだよ!」 木の幹に向かって頭突き。ゴツンと鈍い音がして、アーカードの額の珠には傷が付く。 「なんだよ!!」 また頭突き。 「なんだよ!!」 頭突き。額の珠の表面にひびが入った。 「何なんだよぉぉぉ……みぃんなぁ……いい奴だったのに!!」 ひび割れた珠からサイケ光線を放つ。木の幹の表面が爆ぜた。 「ミュウ信仰の奴らだって好きだったのに……」 再びサイケ光線。木の幹が抉れる。 「どうして……殺しあわなきゃならなかったんだよ!!」 シャドーボールで木の幹が悲鳴を上げ始める。 「なんで、なんで、なんで……あんなことが出来るんだよ……」 サイコショック、巨大な剣となった念の結晶が木を薙いだ。樹齢十年前後と思われるまだ若い木は幹を折られ、倒れて行った。 「こんなの絶対におかしい」 その数回の攻撃でハァハァと息切れしたアーカードは、疲れ果てたのか折れた幹に額の珠を押しつけながら項垂れ、涙を流す。 うめき声を上げながら、しかしアーカードは相変わらず痛みを感じていなかった。今は脳が痛みなんてどうでもよくなっている。 「なんだも何も……殺し合いだろう。見ての通りとしか言いようもない……恐怖にかられただけじゃないさ。人は誰だって誰かを殺してみたいって思ってる。興味はあるけれど、取り返しがつかないからみんな抑えているだけでさ……時間を巻き戻す能力でもあるのなら、誰だって人を殺してみることくらいしてみたいだろう。 そういう、人を殺してみたい願望があの機会に燃え上がったとして、なにも不思議じゃないさ……だからお前が気に病む事は無いさ。お前じゃ止められない……俺だって止められない……歯車を盗んだ奴のせいなんだよ。その屑のせいで、こんなにも多くの者が苦しんでる……酷い話さ」 エッサは未来世界で小さい頃から仲間が敵を殺し、敵に仲間が殺されるのを見て、憧れとも復讐心ともつかない殺意はいつだってあった。力が欲しい、力を振るいたい。戦争が日常ではないミステリージャングルの住人は違うのであろうが、きっと、有ったはずだ。誰かを殺してみたいという願望は。 この世界でも、蟻を叩き殺している子供がいるように、本能的に殺してみたいと言う感情は誰もが持っているはずだ。だから気に病む事は無いなんて言葉に偽りはなかったが、思えば馬鹿な励ましだったのかもしれない。 アーカードがすっかり黙ってしまったので、いったんそこで言葉を切ったエッサは、それにしたってアレは酷いよなと心を曇らせる。 「無残に踏みつぶされていた卵もあったな。妊婦が腹を切り裂かれていた死体も……幼いポケモンが無理矢理犯されて死んでいた死体もあったな。父親が子供を守ろうとして背中に傷つけられて死んでいたのもある。なんだって有った……博物館が出来るくらいあったよな。 全部……腐ることもなくそのままずっと、だとしたら……放っておけないよ……」 「もうそれ以上言わないでくれ……言わないでくれよ……思いだしたくないんだ……思い出すだけで息もできなくなる」 だってあまりにもむごいことじゃないかと、エッサが言おうとしてそれはアーカードに止められた。子供のような涙声が、エッサの心にしみて胸が痛む。 ミステリージャングルの大虐殺。コリンが歯車を盗んだために史実よりもかなり早い時期に起こってしまったが、まさしく史実通りの結末であった。予想していたとはいえ、あれほどの殺し合いは未来世界ですら見た事はない。流石のエッサも吐き気こそこみ上げなかったが目をそむけたくなる。 「そんな酷い状態で死んでいる死体が山ほどあるんだぞ? 落ち着いたら埋葬を手伝わないか?」 「俺には無理だ……」 結局考え抜いた結果、アーカードを殺すのは埋葬を手伝った後でいい、とエッサは思った。しかし、アーカードはもう心が折れてしまっていて、街に行くことすら不可能だと言う。先程倒したあの木は、まるで彼の心情そのものだ。 過去の世界に来たことによる心境の変化もあるとは思うが、それを補って余りあるインパクトの光景。アレは、本当に畑か果樹園であった。暴徒と化した住民たちが、血を血で洗ったのだろう。今まで類を見ない異常事態に、混乱した人々の心はどこへ向かったのか? 生存者は冷静な者か戦いが嫌いな者、ただただ怖くて上手く隠れていた者。もしくは、強者。そして、いずれもがそれでいて生き残れるほど運が良かったか容量が良かったか、足が早かったか。 絶望に塗れながら、それでも遺体を埋葬しなければと思っているのだろう。目の前の者がアルセウスとミュウ、どちらを信仰しているのかは、物いわぬ死体を前にすると分からない者もたくさんあったが、もう生き残りたちに戦う気力なんてものは残っていないようだ。 目の前の死体がどっちでも関係ない、とにかく埋葬しようと、それだけで心は一つにまとまっていた。 あとはただ、畑に実った収穫物を持ち帰り埋めるだけ。一般人であるアーカードがそんな光景を見てまともで居られるわけがない。彼は虚ろな目で震えている。 「もういい、何処かへ行こう……エッサ……いや、しばらく仕事を休もう」 「おい、いいのかよ? 家族は? 取引相手は? 知り合いは……? そいつらの安否を確認しなくっていいのか? あんたに憧れていたチャームズとかいう奴だってさ……お前の安否を……」 「わからない……わからないけれど怖いんだ!!」 エッサがその先を言おうとして、アーカードが大声で遮る。 「確認するのが怖いんだ……どうせ、俺らみたいな商人は二度と会えなくなることも覚悟の上だ……探検隊ほどではないにしても……危険な仕事だし……だから……みんな、みんな……居なかった事になってしまえばいい……みんなどっかで生きてる、きっとそうだ。一生会えなくたってそうだろ。どこかで生きてる……」 また吐きそうになってアーカードは嗚咽を漏らす。でも、もう吐く物は胃液すら残ってはいない。 「じゃないと俺……もう、あんなの悲しすぎて……どうにも、整理が付けられなくて……死ん、死ん……死んでいるなんてもう考えたくないんだ。みんないい人だったのにどうして……信じている神なんて関係ないじゃないか……」 アーカードは身ぶるいして目を泳がせる。 「ダメだ……エッサ。もう、俺はここに居たくないよ……エッサ。どこか、どこでもいい……お前の翼で何処へでも連れてってくれ」 地面を見たまま、彼は震えて思考を停止した。いつもは、『強く賢く美しく生きよ』と言うミュウ信仰の教義をアルセウス信仰ながらそつなく体現している彼の美しさは、ここには無い。 「分かった……アーカード……しばらくあの街に近づくのをよそう……また、気ままに行商でも何でもして、ほとぼりが冷めたら戻ってこよう……弔うのも、その時でいいさ。どうせあの状況じゃ死体は腐らないしさ……」 「あ、あぁ……すまない……ごめん……エッサ……」 生気のない口調でアーカードは言った。あとはもう何も喋らなかった。商人らしく彼のよく回る口はもう、言葉を紡ぐ事すらままならなくない。 **94:取り返しがつかない [#y97bae50] **94:取り返しがつかない [#bcbb691b] 幸い、ひと夏は働くことなく生活していても困らない程度の蓄えがあったので、アーカードは商売を忘れてゆったりと過ごせる場所を目指していた。あの時見た光景が余程心に突き刺さったのであろう、街を歩く時にホームレスなど何かの理由で道端に横たわっていたり、遊んでいる最中の子供が身を低くしている姿を見るだけで、彼は怯えるような仕草を見せていた。 死体畑の光景が、彼の脳裏に瞼の裏に焼きついて離れない。 アーカードは荷車を捨て、景色は良いが険しい山道を下り歩く。もう、彼の体毛はどれくらい毛づくろいして居ないのだろう。 物も殆ど食べていないせいか、全身から感じる覇気も無い。荷物を軽々と運んだサイコパワーも、木に無茶な頭突きを加えた一件以来、半分ほどの出力に落ち込んだ。 放っておいても死にそうな彼に、空を飛ばないと到底いけないような絶壁から景色を見せて、少しはアーカードも心が癒されたか? こうして見せた美しい景色はせめてもの&ruby(はなむけ){贐};になっただろうか? 例えなっていたとして、それも…… 「いや、考えちゃダメだ」 かぶりを振ってエッサは嗚咽を押さえる。それも、偽善以下の唾棄すべき行為なんじゃないかと、エッサの良心が告げる。出来ることならアーカードを殺さずに、コリンとシデンだけを抹殺したい。 悔しいが、自分の力ではそれが無理だから、姑息な手段に頼るしかない。エッサは、アーカードとは違う要因で思考を停止する。二人の生気の無い目は、死人が白昼堂々歩いているような、そう見えるかもしれない。 もっとも、景色を見るためだけに訪れたこんな場所で旅人に出会うことなど滅多にないのだが、珍しいこともあるものだ。 「こんにちは……最近は暑くなってきてやんなっちゃうねぇ……」 旅の途中で出会ったジュプトルにアーカードは生気の抜けた声で挨拶をした。正常な彼なら切れのあるはきはきした口調であったろう。いまや乾燥させたタバコの葉のようにしなびたアーカードの声は、彼の毛皮のくすみと同じくらいみすぼらしい。 「あぁ、こんにちは……」 挨拶を返したジュプトルが怖気づいたような不思議な面持ちをしている。 「……クシャナ。やってくれ」 エッサはクシャナの名前を呟き、頼みごと。ジュプトルはおずおずと頷いた。 「ん、エッサ。あのジュプトルと知り合いか?」 生気のない眼で後ろを振り向いてアーカードは問いかける。最後に揺れた頬の下の飾り毛が、残酷なほどに優雅であった。 「知り合いも何も……ごめん、アーカード」 「じゃあ、なんだって……? いきなり謝ってどうし……」 クシャナが走りだした事に空気の流れで気づいた時にはもう、クシャナの腕の葉は首筋に当てられていた。まるで、雑草を切り裂くように無慈悲に、腕の葉が剃刀となってアーカードの首を切り裂いた。エッサの足元には、咄嗟にアーカードを庇ってあげようと、飛び出そうとした跡があった。しかし、エッサはそれをこらえた。見殺しにした。 痛かった、のだろうか。前脚から崩れ落ちたアーカードは、一瞬で形成された血だまりの中に飾り毛を浸して血液を吸いあげている。 「……」 アーカードの口がパクパクと動いて、止まる。エッサは、一瞬アーカードを庇おうとして体が動いてしまった事を信じられない面持ちで現実逃避をしていた。深々と切り裂かれたアーカードの喉笛。頸動脈をひと思いに切り裂かれたその姿は赤黒い血液に塗れて、表情は驚いたまま時間を止めている。 ダンジョンを越える時のエッサは、先頭に立ってアーカードを護り、アーカードはサイコキネシスやシャドーボールによる補助程度の立ち位置であった。だが、今回のエッサは前に出たかと思えばそのまま棒立ちでジュプトルの素通りを許し、リーフブレードをアーカードに放つことを許し、その身の軽さから繰り出される一撃の元に、アーカードの命はあっけなく断たれてしまった。 なぜ、エッサは助けてくれなかったのか? 「死んだよな?」 アーカードの死体はそう言っているような気がした。死んでからも意思を持っているような気がした。 「冗談じゃない……これで起き上がったら悪い夢だ。現実だったら起きあがらないはずだ」 死んでいるアーカードの顔は、生々しい表情を残している。 「……ごめん」 最初は、利用して早々に切り捨てる予定だったアーカードの死を、エッサは酷く悲しんで&ruby(くずお){頽};れた。 「ごめん……ごめん、兄貴……」 シノやフリアが殺された時とは比べ物にならない悲しみが襲いかかって、ひたすらにエッサは嗚咽する。貰い泣きというわけではないが、クシャナもまた辛そうに歯を食いしばっていた。 「……大丈夫か? エッサ」 自然と涙を流すに任せて、クシャナは問いかける。どう見ても大丈夫ではないのは、クシャナにだって分かっている。だが、彼には掛けられる言葉が見つからないからそれしか言えない。 「奴らのせいだ……」 地面を抉るように爪を立てて、エッサは嗚咽を漏らす。 「コリンとシデン……奴らを倒すためにやった事なんだよな、これは!? そのための名誉の犠牲だよな、そうだよな? なぁ、クシャナ」 充血した目を向けて、涙でぐずぐずになった顔をエッサが向ける。 「……もちろんだろ」 そう答えてあげる事しか、クシャナには出来なかった。もちろんエッサの言う通りなのだが、それでも『名誉の犠牲』なんて偽善的な言い方をするのは憚られる。それでも、それでも、それでも……死者であるアーカードよりも今生きているエッサに優しい言葉をかけてあげたかった。 「ここまでやったんだ。俺達のこの計画でコリンを殺せないのなら……死んでいったアーカードのためにも申し訳が立たない!! 奴らを殺す……殺さなきゃ……」 「だが、計画を進めるとなると、俺がもっと多くの旅人を殺す必要があるのだが……とにもかくにも、こいつはコリンがやった事にして保安官と探検隊連盟に報告して……暫く様子を見なければ……それはきちんと把握しているな? 余計なことを言うんじゃないぞ……コリンの名前を出したりすれば不自然になるからな」 クシャナが言い終えると、エッサは震えていた。世界そのものを破壊しかねないくらいの膨大な怒り、彼の身には不相応なほどの怒りが、彼の眼に滾っている。 「そんな事は言われなくても分かっている!! 俺達がコリンを殺すために全力を尽くすぞ!!」 強く地面を踏みしめる。立てた爪が地面を抉り、その爪はもう凶器なのか狂気なのか分からない。 「でも……その前に……ごめん、アーカード……」 エッサそう言って、再びアーカードの死体に向き直る。アーカードにはアルセウス信仰の教えに従って、故郷の土で土葬するべく、死体を担いで彼は飛び去った。凍りついた土でも土葬くらいなら出来る。 「故郷へ帰ろう……アーカード」 エッサが何度もしゃくりあげながらの空路に、血と涙が滴り落ちるのを、クシャナは直視できなかった。ただ、歯噛みしてかぶりを振ること。それだけをひたすら繰り返して、クシャナは一人山道から逸れた場所で自己嫌悪に浸る。 コリンの行いは悲しみしか生まない。コリンが具体的なキザキの森及びミステリージャングルの顛末を知ったのは、彼が船着き場の街で暖流の流れ込む暖かな海を臨む港町を絵に描き留めていた時のことであった。 **95:帰還報告!! [#q6c0b3e8] **95:帰還報告!! [#x1f27def] 温泉での出会いを果たしてから翌日、大急ぎで走ってギルドに戻り、八つ時ごろに帰還して事の顛末を報告すると、チャットは翼でくちばしをさすりながらシデン達の話を整理する。 「ふむふむなるほど……つまり、滝の裏には洞窟があり、そこからダンジョンを抜けると……ガラス玉で溢れた部屋があるわけだね」 持って帰った小さな破片をガラス玉、と断定出来たのは、ギルドに帰る前に二人がネイティオの鑑定屋へ寄って行ったためである。期待はしていなかったが、事実を突き付けられると笑ってしまうしかなかった。 「しかし何だ……かなり長い事流されて、必死の思いでシデンが助けたそうじゃないか。いやぁ、二人ってのはいいものだな……アグニ一人だったら死んでたかもしれないぞ」 縁起でもない事を言ってチャットは笑うが、アグニは即答する。 「いいえ、それはあり得ませんよ」 「おやおや……てっきり肯定するかと思ったのに……」 自信過剰じゃないだろうかと感じ、チャットはアグニを諌めようと思ったが、その後のアグニの言葉を聞くにその必要はないようである。 「いえ、確かにあの時シデンが居なかったら死んでいたかもしれませんが……でも、一人じゃオイラは、このギルドの門すら叩いていなかったと思います……ギルドに入っていなきゃあんな場所には行きませんよ」 「なるほどね……」 自信満々に言うことではないと思うのだが、アグニは自信満々に言い放つ。あまりにはっきりとした物言いに、チャットは納得して微笑んだ。 「ミツヤ、君はいい仲間を持ったね。こんなに君を思ってくれる子なんて後にも先にもそうそういるもんじゃないからね」 「あ……はい。恐縮です」 黙っていた所に突然話しかけられて、少々慌ててシデンは応える。 「さて、今回の君達の成果だが……遠くまで行って、来た割に……成果はガラス玉一つ。そんなんじゃダメ」 「……」 アグニはあまりのショックに言葉を失う。 「なーんてね、そんなわけないだろ? 未登録のダンジョンの発見、誰かが何かしかけをした跡の発見。そして、君たち自身の絆も深まったようだし……収穫だらけじゃないか。今日はなんというのかね、100点満点って奴だよ、ミツヤにアグニ」 「ホント?」 「意地の悪い嘘はつかないと、三日ほど前に言ったばかりだよ、アグニ。大丈夫、君たち自身が大したことないと思っている事でも、大きく評価してくれる人はいる。その逆もしかりで、君たちがどんなに頑張っても評価されない理不尽なことだってあるだろう。 そう言う風に、評価というのは時に残酷で時に甘すぎるものだ……けれど、忘れちゃいけないのはね……確率論で言うならば、頑張った方が評価される可能性は高いよ、二人とも。まぁ、努力している君たちにこれを言うのは、ヒコザルに木のぼりを教えるようなものだがね…… さて、新しいダンジョンを発見したという事は、まず探検隊連盟に書状を送って新ダンジョン発見の申請を行わなくっちゃね。この場合、報酬の方は……」 「い、一割? もしかして……」 「ん、大丈夫。君達名義で出せば、君達の元に直接謝礼金が届くから。ギルドを通して報酬清算がさせられた場合はまぁ、アグニが心配する通り九割むしり取らせてもらうけれど」 自分で『むしり』というのもどうかと思うが、敢えて自虐的に酷さを強調するようにチャットは言う。 「だから、悪い事は言わないよ。私でも良いし先輩でも良いし、誰かに手続きの方法と書類の書き方を教わっておきなさい。こう言う事は今後何度も必要になってくるからね。ここで慣れておきなさい……いいね、二人とも!!」 「はい!!」 「了解です」 激励するようにチャットが力強く問いかけると、答える二人の声も力強い。 「ふむ……」 そして、力強く答えたシデンだが、彼女は何か納得のいかない事がある様子。 「さて、この発見は親方にも報告してあげなければね……って、ミツヤはどうしたんだい?」 「いや、ね……私、ちょっとした勘なんだけれど……あの滝の情報って親方がよこしたものだよね?」 「あ、あぁ……確かにそうだけれど、それがどうかしたかい?」 「ちょっとした勘なんだけれど、あそこの滝つぼって……実は昔ソレイス親方が行った事があるんじゃないかな?」 と、言うのももちろんシデンの言葉は勘などではない。夢とも眩暈ともつかない意識の中でおぼろげながらに見えたポケモンの影。今思えばあれは、プクリンだったのではないかと。そして、そのプクリンである親方が情報提供。 偶然にしては出来過ぎているような気がしないでもない。 「いやいやいやいやいやいや!! それはありえないよ。それだったら親方様があそこを調べてこいなんて言わないはずでしょ?」 「そうだよね。そうなんだけれど……なんだか猛烈に親方様が訪れていた気がするんだ」 シデンの物言いに、チャットは首をひねる。 「うーん……そこまで言うのなら、親方様に確認してみるけれど……自分の手柄にしなくっていいのかい?」 「お金にも名声にも興味ないから……」 「え……お金はともかく、オイラ名声は欲しいのにぃ……」 シデンの無欲さに、アグニは呆然、口をぽかんとあける。 「ふぅ……今更だけれど、変な奴を弟子にしちゃったな……」 「私は、アグニが喜ぶならそれでいいから……」 「じゃ、じゃあミツヤ……そこはオイラ達の手がらにしない? ……はは」 アグニはシデンの手柄に対する無頓着ぶりに苦笑しながら溜め息をついた。やっぱりシデンは何かがおかしい。 「まぁ、いいか。とにかく今から親方様に聞いてくるから……一緒に来てくれ、二人とも」 **96:適材適所と自分の仕事 [#k33618e0] **96:適材適所と自分の仕事 [#ted4533b] 「親方様、ちょっと良いですか?」 チャットは事務処理を行っている部屋から出て、親方の部屋へと赴くと、後ろに連れている二人、特にシデンの言い分をソレイスに伝える。あの場所に行った事がないのかと聞かれると、ソレイスは少々悩んだが、最終的にはこう答える。 「思い出、思い出、たぁーーーーーーーーっ!!」 わけが分からない以上に、『たぁーーー』の大声に全員が肩をすくめて驚くばかり。 「……ふむ、良く考えたら行った事あるかもしれない。ただ、忘れちゃうこともよくあるんだよねー、僕ってもの忘れ激しいから―」 「はぁ……」 あんまりと言えばあんまりなソレイスの物言いに、アグニは気の抜けた溜め息をつく。 「でもまぁ、忘れていたわけだし、報酬その他もろもろは君達ディスカベラーに譲ることにする」 「はぁ~~……でもなぁ、オイラ達が一番乗りじゃなかったのかぁ……」 「いや、それが大事なんだよ、アグニ」 気を明らせるアグニに対してソレイスは励ますように、諭すように。 「誰もが知っている周知の噂話。不確かな記憶……それらを証明するというのはとても大変なことだし、大事な事なんだ。例えば、それが得意なのはサニーだ。口伝や伝説を事細かに調べ上げて、それをまとめる。時には、実際に噂話を証明するために、幻の泉だとか、翠に輝く蝶だとか、そういうものの存在を調べまわったり、場合によっては花や虫の標本を作ったりもしている。 更に、それを元にしたショートストーリーを書く腕は探検隊の才能とはまた別だけれど……サニーのような才能。更に、探検隊じゃなくってもそう言ったジャンルで活躍する事はとても大事だ。君達は、まだそんな大発見はしていないけれど、いつかはそう言う事をするときもあるはずだ…… その時にね、君達は言われるんだよ。『すげぇ、あの噂は本当だったのか!!』とか、『俺の頭がおかしくなったわけじゃなかったんだな……ありがとよ!!』ってね。それってすっごく誇らしいことじゃないのかな? チャットだって、探検も得意だけれど調べものも得意だからね。」 「ふむ、そう言えば今私も思い出したけれど、腕はいいがとても神経質なガラス細工師の童話を昔どこかで聞いたっけなぁ……」 チャットはくちばしをしゃくりあげながら続ける。 「しかも工房が魔改造されて罠の家になっており、それで街に訪れた悪党を撃退したとか言う話だったな……聞きかじりだがね。もしかしたらそれと関係があるのかもしれない。場合によってはモデルになった人物の作った部屋かもしれないし……調べてみる価値はありそうだ」 独り言を言い終え、チャットは顔を上げてディスカベラーを見る。 「うん、ディスカベラー。私はちょっとこの童話の出所を調べたいと思う。君たちの報告を、『不思議な部屋を見つけた』だけで終わらせないよう、私も頑張るよ」 「うんうん、探索だけが探検隊の仕事じゃない。チャットのようにこう言う時に調べものが得意なら、こうやって適材適所で活用していくことが大事なものさ。だから、今回の事……君達がしょげる必要なんて全くない。誇るといいよ、ディスカベラー……僕の友達!!」 機嫌が好さそうに、眼をアーチ状にしてソレイスは笑う。 「でも、なんだかなぁ……それならそれで最初から言ってくれればよかったのに」 「はっは、親方は妖精のようなお方だ。私にも何を考えているのかいまいちわからないのだ」 「えー、それは酷いなぁチャット」 真ん丸としたターコイズブルーの眼をパチクリして、微笑んだ表情を崩さないままソレイスは言う。 「はっは、それなら親方は私が予想できる行動をもう少ししてくださいな。思慮深いのはいい事ですが、振り回される方はたまった方じゃないのですよ」 そこまで言ってチャットは二人に振り返る。 「まぁ、今回は残念なところもあると思うが……それでも、親方様が言った事もまた真理だ。今回の冒険の結果は大事じゃない事もたくさんあるが、大事な事もまたたくさんあるものだってな……それを胸に刻んだら、明日からもまた頑張ってくれ」 「はぁ……」 励ますようにチャットは言ったが、意気消沈したアグニの顔は浮かない顔であった。 「大事なことは、一番乗りかどうかじゃない。得て来た情報がどれだけ優れているかだと思うよ、アグニ。だからさ……なんていうの? 前向きに行こうよ。今すぐ前向きになれないなら。休もう……疲れが取れれば、苦労よりも達成感が勝ることだってあるでしょ?」 そんなアグニの背中を叩いて、今日は休もうとシデンは促す。 「そうだね……疲れているのも忘れちゃっていたよ」 ふー、と溜め息をついてアグニは頷く。 「そうだね、休もう。オイラ疲れちゃった」 肩をすくめて微笑んで、アグニは二人の上司に挨拶をする。ゆっくりお休みと言われて自分の部屋へと帰る。藁のベッドに飛び込んだ二人は、天井を見ながらとりとめのない会話を続けて、くたくたに疲れていると言うのに意外にも眼が冴えて眠れない。 **97:夜の怪談大会 [#h1930ff1] **97:夜の怪談大会 [#n5320db5] 夜、仮眠を終えたディスカベラーが夕食から帰って来たころ、ギルドでは誰の提案だかわからないが(恐らくはトラスティ、ハンス、トーマの誰かと思われる)突如開催された怪談の発表会を行う事になっていた。まだ疲れの残る体だが、一度寝てしまったがためにまだ目は冴えている。そのため二人も半ば強引にそれに参加させられた。 いきなり話を振られたアグニが出来たのはありがちで稚拙な話であり、正直なところ盛り上がりはいま一つ。その点、いきなり怖い話を披露しろと言う無茶振り持ちかけられると言うトーマは凄かった。 危険予知の特性を持つグレッグルならではというべきか、日常に潜む危険性と怪奇現象を絡め合わせた怪談話は目のつけどころが違う。直接『死ぬ』とか『呪われる』とかそう言った表現は使わない。ただ、日常を知らず知らずのうちにむしばんでいく様子を、何を考えているのか分からない不気味な無表情のまま淡々と話す様子は如何にもという程怖く、皆の寒気を誘った。 レナの話もそれなりに、すっかり体が冷めたところで次はシデン。 「では、次はミツヤさんですわー!!」 丁度トーマが話を終え、途中休憩を挟んでレナの話から再開する時に途中参加してきたサニーがハイテンションでシデンの名を呼んだ。 今宵、ラウドは不死身のお尋ね者を追って行ったサニーの身を案じ、彼女を助けるために仕事を抜けだすと言う重大な規則違反を犯したそうだ。おかげで、せっかくお尋ね者を捕まえて凱旋帰還したというのに休む間もなくリンゴの森という場所へ行かされている。 色々あって仲直りしたサニーは怪談に途中参加してからというもの、非常にご機嫌な様子でキャーキャ五月蠅くその場を囃し立てている。まったく、なんだか知らないが怪談をするには少々はしゃぎ過ぎである、 「では、僭越ながら私の怖い話を……」 そんなサニーの様子に苦笑しながら、シデンは咳払いから怪談を始める。 「みんなは、神と呼ばれるポケモンに愛され、いつも見守ってもらえるって言われたらどうかな? ちょっと誇らしいと感じない? これはね、とある大陸で信心深い子ほど、そういう経験を出来たっていうお話なんだ」 シデンが問いかけると、何人かの先輩たちはおずおずと頷いた。 「これはね、ホエルオー暖流高速便に乗ってこの大陸にたどり着いた行商人から聞いた、北にある大陸のゼクロムとレシラムを信仰する宗教に伝わる与太話なんだ。 とあるポケモンはとっても変態でね。誰かを監禁しては、その者を異常な状況の中で暮らさせて、心を壊してゆく様を見るのが大好きで……その異常な環境って言うのがね。白い部屋。 子供を白い部屋に閉じ込めるの。真っ白な部屋。真っ白な部屋でね、立つには低すぎる天井。走り回るにも狭すぎる狭さ。食料と水だけは与えられるんだけれど、それだけ。後は覗き穴が幾つかあってね……覗かれている事だけは分かるんだけれど、誰が覗いているのか。 そもそも、その壁の先に何が居るのか、それすらも分からないように出来ている。 ずっと、そのままどれだけ叫んでも声は帰ってこないし、壁は叩いても引っ掻いても壊れる気配すら見せない。攫われるのは決まって子供なんだ……なんでだか分かるかな?」 含みを持たせた笑顔で、シデンはサニーに投げかける。何故って、こう言う事に一番館勘の良さそうなのが彼女だと判断したからである。 「いえ、分かりませんわね……」 「そう、分からないよね。大人はね、そこまで絶望的に退屈になってしまったら、諦めが早いんだ……それが監視する者にとっては面白くない。でも、子供は自慰することすら知らないんだ……だから、結果的にする事の選択肢が増えるんだよ。増えるから、頭を延々と壁にぶつける子供もいれば、指しゃぶりを無限にして指をふやけさせる子供もいる。 お母さんやお父さんを呼ぶ声もやがて尽きる。無為な日々を何日も何十日も過ごして、そこ永久の退屈を過ごすんだ……やがて、変化の無い日常の中で、苦痛ですら構わず刺激を求めるようになったら、後は死ぬのを待つだけ。運が良ければ、本当に人形のように何もしなくなって、食事を取る時以外は動かない……なんて事になると解放される。 それを行っていたのはね……サニーと同じく、噂話や伝承の調査を行っている学者さんなんだ。それまで、その学者の所業は、子供を攫い寵愛を与える神、氷龍キュレムの所業だと思われていたんだ。 なぜなら、学者さんがその地に訪れる遥か前から、その地では神隠しの伝説があったから。 トレジャータウンとは違って、そこでは夜になったらすぐに家に帰るというのが習慣なんだ。もし神隠しにあったら……二度と戻ってこれないか、心を失って帰ってくるという悲惨な目に合うからね。 さて、ね……子供からの手痛い反撃と偶然が重なって学者が逮捕された時、学者は悪魔として裁かれる事になったんだけれど……その時に言い放った言葉はこうだ。 『見ろ、キュレムは私と同じ方法で子供たちの心を砕いたのだ!! 誰でも良い、私のしたことを伝説として語れ!! 私は神と同じ崇高な行為をしたと!!』ってね。さて、トレジャータウンにも昔は神隠しや不自然な迷子であふれていたわけだけれど……ここで皆にさっきと同じ質問をするよ。 みんなは、神と呼ばれるポケモンに愛され、いつも見守ってもらえるって言われたらどうかな? ちょっと誇らしいと感じない?」 シデンが再度尋ねると、今度は誰も同意しなかった。 「ゴウカザルの手……それは、サニーはもちろんこのギルドの皆ならば大抵知っているとは思う。願いをかなえる代わりに、それ以上の災厄を引き起こす魔性のアイテムを。今回話したお話も、それと同じだ……神に見守られたいと思い、さらに信心深いという条件を満たす者を誘い、見守る。 神と呼ばれるポケモンキュレムは、そんな純粋な子供たちの願いをきちんとかなえるんだ。その願いをかなえるし、子供をきちんと愛してくれる。でも、幸せにはしてくれない……みんなも、都合の良い願いばかり願わない方がいい。キュレムに、攫われたくなければね……」 そこまで言って、シデンは語り終えたしたり顔。じわじわとくる恐怖に、みんなは肩をすくめて苦笑していた。 「なるほどですわー。ゼクロムとレシラムを信仰する黒白神教と言えば遠い大陸のお話ですし……機会があってもこの大陸に戻らない覚悟がなきゃ探検出来ないのは残念ですが……そういう伝説があるのなら、いつかは旅立って取材してみたいものですわねー」 「ミツヤさんもなかなか渋いお話を話するのね……」 シデンの怖いお話を聞き終えると、主だった反応と言えばこんな感じ。サニーが褒めて、レナが苦し紛れのコメント。サニーが褒めるのは、民間信仰に上手く絡めた恐怖を演出する学者の気味の悪さや、なまじ現実的な表現があるだけにそこにある恐怖のように思わせるお話の内容を気に行ったおかげのようである。 賞金首のゴーストとやらを逮捕する過程で、ラウド=ドゴームとの不仲が解消されたおかげで機嫌が良かったことも、べた褒めのささやかな一助となっていることは間違いないだろう。 「はは、こんな上手く話をされちゃうとオイラの下手さが身にしみるなぁ……」 そして、シデンがサニーにべた褒めされたおかげで、アグニは自分よりも遥かに話が上手いじゃないかとシデンを褒めるのであった。ただし、シデンのお話は怖いと言っても、お化けに襲われるとかそう言った類ではない異質な怖さをテーマとしている。一般受けしない彼女のお話は今一つ盛り上がりが足りず、結局その日のトリを務めたサニーに、話の上手さで王冠を譲る事になる。 彼女にしか出来ない怖い話は非常に生々しい表現も多用され、詩的な表現や美しい比喩表現。ひたひたと忍び寄るような文章構成。やっぱり、探検隊でありながら小説家でもあるサニーの話は一味違うのであった。 **98:お休みで火を消して、恋の炎は燃え上がれ [#abff5db4] **98:お休みで火を消して、恋の炎は燃え上がれ [#qd504db9] 「はー……今日は本当に色々あって疲れたねぇ。背筋が凍り過ぎて痛い」 「ミツヤは全然怖がってなかったくせに……」 軽く苦笑して、アグニは続ける。 「まぁ、帰宅に報告に、怪談話と色々あったからねぇ……でもさ、そんな事よりも今回の旅だよ。なんだかんだでチャットさんに褒められたし……収穫のある旅だったじゃない? 結局、親方が行った事があるっていうオチはいただけなかったけれど……それでも、親方の記憶の正しさを証明したと言われれば、なんだか嬉しくなってくるじゃない…… それに、結果はどうあれ過程は……ドキドキワクワクって感じで、もう興奮しちゃってさ」 「まあね、アグニってば物凄くはしゃいじゃって子供みたいで……可愛かったよ」 「オイラ……子供扱いか」 「うん、子供。でも、それでいいと思うよ……アグニはまだ、自分が居ないとダメだから。自分がどれだけ世話を焼けばいいのか分かる指標になる……アグニが子供じゃなくなればね」 「否定は出来ないけれどさ……きっぱり言うことないじゃない」 アグニは苦笑する。 「エヘヘ、だってアグニ可愛いんだもん」 シデンは舌を出して笑う。アグニはむっと来ると同時に、シデンになら何を言われてもいいかと顔がふやける。 「とにかく、オイラ探検隊になってよかったって思えたよ……こうやって、経験を積んで……いつかはこの遺跡の欠片の秘密を解けたらいいなぁ……もし、本当に夢がかなったら……オイラ嬉しすぎて、口から心臓が飛び出て死んじゃうかもね。アハハハハハ!!」 アグニは笑う。シデンも笑ったが、アグニより先に笑い終えると、神妙な口調になる。 「その時は自分が口ん中に指突っ込んで心臓を飲みこませるよ。寂しい想いなんて御免だからね」 「……うん、お願いするよ」 なんだか、実質告白のようなシデンの宣言を受け、アグニは照れながらも無難に返す。 「でも、ありがとう……こうして探検が出来るのも、ミツヤのおかげだよ……あの時、夢を見たこともそうだけれど……それ以外の所でも、何度も何度も、君はオイラをサポートしてくれた……二の足を踏んでばかりのオイラの背中を押してくれるのは、ミツヤ以外には出来ないよ……」 「どういたしまして。でも、気にしなくっても良いんだよ? 自分も、なんだかんだで探検隊稼業を楽しんでいるから。だから、こっちとしても誘ってくれてありがたかったんだよねー」 「そう……オイラ達、いいコンビだね」 うん、とミツヤは頷いた。 「でさ、ミツヤ……オイラ思ったんだけれど、ミツヤの眩暈というか予知夢というか……そういうのが起きる時って、何かに触れた時が基本だよね。アリルの落したリンゴを拾った時、サライとぶつかった時。今回の冒険では二回とも石を拾った時だったし……」 「言われてみれば……いずれもなにかに触れた後にあの眩暈が起こっているね……それも、触れた物に関係する何かを」 シデンの発言に、アグニはうん、と頷いて続ける。 「後もう一つ、アリルを助けた時には未来が見えたけれど……今回は過去が見えたはずなんだよね? それも、かなり前の……」 「……そう言えば、そうだね」 アグニは中々鋭かった。シデンはあまり自分で考えるような事をしないがために気付ず、それをアグニが代弁してしまうというのは、シデンは何とも呑気なことである。 「つまるところ、何かに触ることでその過去や未来が見える……そういう能力を持っているってことなんじゃないかな? これって、もしかしなくってもすごいことだよ……人助けとか、探検とかだけじゃなくって……それ以外にもいろいろ役に立ちそうだし……すごいよ、ミツヤ」 「ふむ……」 アグニに言われて、シデンは考える。 「た、確かにそうなんだけれど……でも、何かに触ったら自由に見られるってわけでもないからなぁ……」 「まぁ、確かにそうだけれど……今まで役に立たなかったためしもないわけだしさ。もっと多くの回数予知夢を見られるとしても、しょっちゅう眩暈が起こっても辛いだけだし、これくらいがちょうどいいんじゃない?」 「そうだね……重要な時にだけ夢を見られれば」 シデンはそこで言葉を切って、もじもじしながら唐突に思ったことを口にしてみる。 「アグニ……君を触れば」 「ん?」 シデンがポツリと口にした事を、アグニは聞き返す。 「君と関係ある者の未来が見えるのかな?」 シデンは冗談交じりの口調でそう言った。それでも、顔がフレアドライブしそうなセリフだった。 「え……それってどういう?」 「さて、寝よう寝よう」 シデンは話をはぐらかす。アグニが話しかけても寝た振りをしてはぐらかす。 (その未来に、自分がいるといいな……) 何度も何度もその言葉を繰り返しながら、シデンはアグニをひたすら無視した。やがてアグニがお尻の火を消して、寝静まったところを見計らいシデンは彼の頬にそっと口付けを交わした。 「お休み。私の天使ちゃん」 彼の顔の前で微笑むと、シデンは静かに寝息をたてて眠り始めた。満足げに微笑んだ彼女の寝顔は、闇夜に隠れて誰にも見えない。 ◇ 「しかし、親方様……本当にあのダンジョンの事は忘れていたのですか?」 ソレイスの行動に疑問を持ったチャットは、深夜に事務仕事を終えて書類を届けに来たついでにそんな事を訪ねてみる。 「親方様……?」 また目を開けて眠っているのかと、チャットソレイスの顔を 覗きこむ。 「覚えていたよ」 一度表情を柔らかなものに変えてから、きっぱりとソレイスは宣言する。 「……ではなぜ?」 「ギャンブルはね……最初に勝つと、やめられなくなるんだ。初めてギャンブルをやった日に大負けすれば、すっぱりと辞められる……カモを作るには、最初に大きく勝たせてあげるんだよ」 ソレイスは微笑んだ。 「なるほど」 チャットは微笑む。 「探検隊は、気の長いギャンブルのような物ですからね。確かに、有望な新人には早いうちにギャンブルに嵌まってもらった方が、良いですものね」 「うん、そして……あの子達がギャンブラーとして大成するように僕は願っているんだ。だからこそ……あの秘蔵のダンジョンを、僕はあの子達に見せた。きっと、あの子達がやる気を見せてくれることを信じてね」 「大した親心ですね」 やっぱり、親方様は偉大なお方だと、チャットはしみじみ思って尊敬を深める。 「でも、なんでばれたのかなぁ……僕の毛でも落ちていたのだろうか」 「ミツヤは良くも悪くも特別な子なのですよ。初日から蠅を食べたような子だ」 「そうだね。僕は、あの子のほかにもう一組似たような子を知っている……ヒート=アクセル=ヒトカゲと青葉=&ruby(もゆる){萌};=フシギダネ。北の大陸に生きた伝説の救助隊……きっと、ミツヤ君もアグニ君も、きっとあの子のように……」 ソレイスはそこで言葉を切り、壁に阻まれて見えないシデン達を透視するように視線を向ける。 「頑張るんだよ。ディスカベラー」 **99:嬉しくない逆ナンパ [#zabdbf6f] **99:嬉しくない逆ナンパ [#sbe18228] 気難しいアルセウス信仰のグレンの料理を堪能し、サニーの著作である『素数ゼミのきゃーっ!! 』に書かれた出来事を身を以って体験したドゥーンは、新たな宝を求めて、過去の世界の探検日誌を片手に次の街、次の手柄を目指す。パク達はしばらくこの街に滞在するそうだがドゥーンはそうも行かない。 住民を扇動するためにはそれなりの実績を残した有名な探検隊にならねばいけない。特に、エッサ達の頑張りによってコリンの悪評が高まれば高まるほど、自分へ求められるスペックは上がってしまう。エッサとクシャナが頑張り過ぎな今、中途半端な名声では『どうせ無理だ』と一笑に付されることもありえなくは無い。 皆の信頼と協力を得るためには、やはり実績を上げるのが一番の近道だった。 そうして、有名になろうとがむしゃらに手がらを上げているドゥーンは行く先々で自分の雄姿を歌にしてもらえたり、商人に感謝されて割引されたりといいことづくめである。 だが、その途中に起こったこの出来事を考えれば、有名になって得られるものは必ずしも幸運ばかりではないと、記述ではなく実感で理解することになる。 「探検隊、グレイル=ヨノワールさんでしょうか?」 街を歩いていると、後から小走りで走ってきたミミロップの女性に追い抜かれ、前から道をふさがれる格好でドゥーンは話しかけられた。微かに香るメロメロボディの芳香がドゥーンの心を妖しく躍らせるが、当のミミロップの表情は逆ナンパをしにきた様子ではない。 「ええ、そうですが……貴方は?」 「セセリ=ミミロップ。探検隊チャームズのリーダーといえばお分かりですかね? 以後、お見知りおきを」 「はい……存じております」 ミミロップはセセリと名乗り、喉に左手を当て礼をする。この所作は『嘘偽りなく貴方と話します』と声帯を押さえる事でアピールする、アルセウス信仰特有の挨拶方法だ。初対面の時にはよく使う挨拶で、逆に言えばコレは『貴方とお話をさせて貰います』という、半ば有無を言わせない意思表示でもある。 アルセウス信仰の所作であるが、しかして彼女は白いリボンを巻いた青銅の輪をつりさげてはいない。噂を信じるならばミステリージャングル出身と言う彼女は、僅かにアルセウス信仰の影響を受けているミュウ信仰なのかもしれない。 「そう、チャームズを知っているのであれば話が早くってよ。少し、話したい事がありますので、私達の奢りでちょっと飲食店にでも寄らないかしら?」 少しばかり高圧的な態度であった。慢心とかそういうことではなく敵視しているような、侮蔑を含んだ高圧的な態度。それを隠そうともしないのは、やっぱり少し高慢なのか。 「ええ、かまいませんよ。私も、貴方達のような高名な探検隊と話す機会が得られて嬉しい限りです。若手美しい女性とゆっくり話すのも久しぶりですしね」 その高慢な態度に気づかないふりして、ドゥーンがその辺のおじさんと変わらない、 美しい女性に対してそれなりのお世辞をこめた言葉を返す。すると、セセリは一瞬ニコリと笑って、それはすぐに冷たい笑みに変わる。 「ごめんなさいね。私達、あなたに文句を言いに来たのよ。わざわざね」 それを冷たい笑みで言いえた後は、セセリはいつもの笑顔に戻っていた。彼女は、それを言い終えると 屋根に跳び上って、指をくわえて指笛を吹く。ぴぃぴぴ――すると、彼女の周りには軽い足取りで屋根を飛び越えるようにして仲間が集まり、瞬く間にチャームズのメンバーが勢揃いした。 「強く」 チャーレムが力強く名乗りを上げた。 「賢く」 サーナイトがおしとやかに名乗りを上げる。 「美しく」 セセリ=ミミロップが自信満々に名乗りを上げる。 「狙った獲物は逃さない!! チャームズ参上!!」 とは言っても、天下の往来である。あまり騒音をたてて迷惑にならないよう、控えめな音量に加えて、ポーズをつけるような馬鹿な真似はしない。 「……と、御決まりの名乗りを上げましたが、今日は貴方にサービスする気は無くってよ。ちょっと、顔を貸しなさい」 セセリはドゥーンの荷物を掴んで強引に引き寄せる。まぁまぁ落ち着いてとなだめすかすサーナイトとチャーレムの言い分を認めて手を離す時も、舌打ちが混じる程度にはドゥーンに対して頭に来ているらしい。 この悪い雰囲気を打破するためにサーナイトのエヴァッカとチャーレムのアキもそれぞれ自己紹介を終えると、その頃にはセセリもかろうじて平静を保つくらいのことはしていた。 「さ、行きましょう。グレイルさん」 ニコニコとした彼女の笑顔は、先程の冷たい笑みが嘘のようだ。ファンに対して笑顔を向けるべく、相当笑いなれているのだろう彼女はごく自然な笑顔をしていた。 **100:チャームズ脅迫!! [#q59c6eed] **100:チャームズ脅迫!! [#tce69298] 喫茶店でミックスベジタブルサラダを頼んだセセリは、色とりどりの野菜をスプーンですくって一口食べた後、耳に生えたクリーム色の体毛をおしとやかに繕いながら口を開く。 「さて、今日貴方をここにお呼びした理由は、他でもありません。貴方のやり方に文句を言いに来ました」 「り、リーダー!? イライラしているのは分かるけれど、もうちょっとやわらかい言い方をしなよ」 全く包み隠さないセセリの物言いを、アキがいさめてはみるが、セセリは聞き入れようとせず、首を横に振る。エヴァッカは、他人の感情を読み取る角で周囲の感情に気を配っているようで、ただならないこの雰囲気の中少々そわそわした様子が見受けられる。 「ちょっと待ってください。私が貴方に何をしたというのですか!?」 当然、ドゥーンはこの無礼な物言いに反論を返す。 「『多くの者の目に触れるように』って、宝を現地の住人に渡したらしいわね」 セセリはため息をついて質問する。 「ええ、まぁ……」 「『多くの者の目に触れるように』……か。私達も一応そういった目的はあるし、それを第一に考える貴方は探検隊としては立派な心構えだし、尊敬できるわ。でもね、あんたのやった事は愚か過ぎるのよ。ヘドが出るほど甘いのよ」 言いながら、セセリはスプーンに山盛りの野菜を一口静に噛み解して心を落ち着ける。 「貴方が見つけた宝は、私達が狙っていたものの一つだから、それでイライラしているって言うのもあるのかもしれない。だから……必要以上に言葉がきつくなってしまうこと……それは、最初に謝ってきます。 でもね、グレイルさん。貴方、自分がしたことをもう一度よく考えて見なさい。貴方が住民に宝物や出土品を譲ったという土地は、現在宗派の間で対立が盛んなパルキア福音派と聖女派の争う土地の真っ只中でしょう? あの村自体に……侵攻価値はないけれど、あの村自体が福音派で、なおかつ福音派の大きな教会と大きな軍隊がある街がその奥に控えているという地理的関係上を考慮すると……聖女派の軍が補給や休息のためにあそこを訪れ、あの村が何らかの被害をこうむる……そういう可能性は理解できなくって? あのアルセウス信仰の一部の馬鹿が行うヴァンダリズム((美しいものや尊ぶべきものを、破壊もしくは汚染する行為のこと))で、無意味な破壊を行われた例がどれだけあるのか知ってる?」 戦争、というものが過去の世界にはあった。過去の世界に来てからというもの、万が一情勢の不安定なところにて殺意に満ちた罠に掛かったり、戦いに巻き込まれないよう気をつけてきたおかげで、戦争を書物の上でしか知らないドゥーンには、戦争の話題はひどく現実味のない話。 それでも、書物の上でも知れることはあった。軍隊の通り道になった場所は、略奪と虐殺、放火や陵辱といった思いつく限りの暴虐の限りを尽くされるのだと書物は語るのだから、それを意識する事も出来たはずだ。 セセリの言う事が全てであった。あんな場所に預けておいては、焼き討ちにでもあってしまえばそれはすなわち二度と取り返しがつかないと言う事になる。そこまで考えて、ドゥーンは素直に自分の軽率な行いを恥じた。 「申し訳……ありません。軽率でした」 「あなたのやっている事をみているとね。ただの人気取りにしか見えなくてよ。本当に皆の目に触れるようにしたいのなら、まずは探検隊連盟の支部でも本部でもいいからにその手柄を報告するべきだわ。 あそこなら、歴史的に価値のあるものは専用の博物館や資料館に保管してくれるし、歴史的、考古学的に価値の薄い宝石や貴金属なら転売してくれる。私達は実際にそうしている……金のためじゃない。歴史を守るために!!」 熱弁をふるって、セセリは憎々しげにテーブルを叩いて型の力を抜く。大きくため息をついた後は、サラダをスプーンに掬って食べていた。 「宝物の取得は早い者勝ちです……一応、後から眺めているだけの私たちに、宝物をどう扱おうとそれに口出す権利は無いのかもしれませんが……」 おずおずとエヴァッカは話を始める。 「しかし、貴方の行動はまるで子供のようです。ただ、目立つためだけにやっているような……いえ、それが悪いことではないのですが、それでこういったやり方になってしまうのはどうにも……確かにその土地で出土した物はその土地の物として扱うというのはいいことですが……リーダーの言う通り、現地住民に渡す事が必ずしも正義ではないと思います」 そこまで言い終えると、息継ぎを終えたセセリが言葉を継ぐ。 「それに、シードハンターの真似ごともしていたようだけれど、レイダーズの奴らも憤慨していた……『なんて事をするんだってね』」 「なっ……それはどういう事ですか?」 ドゥーンがとある集落に持ちよった種は、数ヵ月後にレイダーズと呼ばれる最高峰の探検隊が持ちよったものだと探検隊連盟の年表にはきちんと書いてあったはず。持って行く予定の種を先取りされただけで、何故非難されなければならないのか。ドゥーンには理解できなかった。 「学の無い奴ね……そんなんでシードハンターなんてやるんじゃなくってよ」 苛立たしげにセセリは吐き捨てる。 「優秀な力を持つ種は、確かにそれ一つで貧困にあえぐ村が救われるかもしれないわ……でも、綺麗な花を持ち帰ったらそれが野生化して、次第に何かの病気の薬草が中々取れずに近所の医者が困ったお話。 その植物を持って来た翌年、翌々年に、見た事の無い虫が発生したお話……そもそも持ち帰った場所では育たなかったということもある。私はシードハンターじゃないから詳しくは知らないけれど、そうやって更に貧困に陥った場所だってある。 植物の病気だって怖い。草一本持って来て、それだけで他の畑が全滅することだってあるのよ?」 流石に喉が渇くのか、セセリは水を飲む。 「今回はレイダーズも観察を重ねてOKサインを出そうとした作物だから良かったけれど……もしも変な病気、変な虫でもはやっていたらどうなっていた事か……いや、レイダーズの種が持っていない病気が伝染ることもあるのよね……そうなるともう、どうなるのか予想もつかない。 私はね、探検隊同士で争いたくはないし、貴方の才能は認める。でもね……今の貴方に宝物をみすみす渡すくらいなら、知り合いの盗賊に渡した方がまだまともに出土品を扱ってくれる。だから、これ以上貴方が貴重な代物を粗末に扱うなら……軽薄な行為で歴史的財産を無碍に扱うのなら…… 私達チャームズは、貴方を容赦なく潰す!! その時は……覚悟なさい……このコバルオン野郎((独りよがりの考えで、酷い結果を生み出す者のことを言う。ただし、コバルオンを正義とみなす地域もあるので、使う場所には注意が必要))!!」 激しく罵倒してから大きくため息を吐いて、セセリは肩を落とす。 「ねぇ、アタイからも質問……グレイルさん……あんたは、何のためにレジャーハンターをやっているのさ?」 アキはセセリが黙ったところで話を続ける。ドゥーンは答えられなかった。 「貴方は何も考えずに……探検隊をやっているのですか?」 皆の思いを代弁するようにエヴァッカはドゥーンに尋ねる。 「私は……」 セセリが言ったような事は、この先の未来には訪れない。万が一、歴史をいじくった事が原因で戦争などが起こったとして、そのあとすぐに星の停止が起これば、どうせ大して変わりはしない。そんな気持ちで軽薄な行動をしていた事を、今更ながらに気づく。 「戦いが嫌なら……非難されるのが嫌なら……ちゃんと勉強するか、もしくは何もしないのが一番無難だよ。正直、今回はアタイもムカついたね……村に譲渡された出土品をわざわざ買い取って探検隊連盟に寄贈しなきゃならなかったんだからね。あんた名義でさ」 溜め息をつきながらアキがドゥーンをさげすんだ。 「これ以上、話す事は無いわ……お金は置いておくから、後は自由に食べなさい」 セセリは、皿に残ったサラダを下品に口に掻き込み、立ちあがってその場を去って行った。知らず知らずのうちに逆鱗に触れていたチャームズの言いがかりとも説教ともつかない言葉攻めを受け、ドゥーンは気持ちが沈み込む。 作戦への支障よりも、プライドよりも、歴史を馬鹿にしていたコリンと自分が同じレベルである事が彼には何よりもショックであった。 ---- ---- [[次回へ>時渡りの英雄第8話:とりあえず、奴らを殺す!!・前編]] ---- **コメント [#gf1bdf67] #pcomment(時渡りの英雄のコメントページ,12,below);