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時渡りの英雄第5話:成長する二人・後編 の変更点




[[時渡りの英雄]]
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**52:手配書を持って行こう [#m0839cc1]

「昼食も済ませたことだし……いい加減仕事受注しに行こう、ミツヤ」
「うん。今日はいい仕事あるかなぁ」
 昼を過ぎた辺りは、発注に来たギルドの客達の依頼が最もたまっている時間帯である。そう言う時にこそ美味しい依頼が流れてくるので、二人は足取りも軽やかに依頼を受けるべくギルドへと戻る。
 そうして、ギルドの前の十字路の手前までたどり着いたところで目に付いた光景。
「あ、あれは……」
 アグニが指差した先には先程の蒼い兄弟。どうやらスリープの男性とお話しているようである。
「やったぁ、お兄ちゃん!!」
「やったな、アリル。あ、あと……その、ありがとうございます」
「いやいや、お安いご用ですよ」
 木漏れ日のように優しい笑顔を浮かべて、そのスリープは兄弟に微笑みかける。
「どしたの、二人とも?」
「あ、アグニさん!!」
 アグニが話しかければ、ソウロは嬉しそうに声を上げる。
「いえ、ね。僕達、前に大切な物を落しちゃって……それでずっと探していたんですが、なかなか見つからなくって……でも、そしたらこのサライさんが……あぁ、このスリープの人の事なんですがね、その落し物ならどこかで見た事があるかもしれないって。
 それで、一緒に探してくれるって言うんです……それで、僕たちもう嬉しくって、小躍りしていたんですよ……」
 嬉々として話す兄、ソウロの表情を見て、アグニも思わず微笑み返す。
「そっか、それはよかったね」
 アグニはサライの横を通り過ぎ、腰をかがめた体勢でアリルの頭をなでる。目を瞑りながら照れ笑いをしていたソウロはこれまた可愛らしい。
「ありがとう、サライさん!!」
 アグニの愛撫が終わると、アリルはサライを見上げて改めてお礼を言う。
「いやいや、君たちみたいな幼い子が困っているのを見たら放っておけないですよ。早く探しに行きましょう」
 街の外へと歩き出そうとするサライ。兄弟二人を追い越そうとするその時に、彼はシデンと肩をぶつけた。
「おっと、これは失礼」
 &ruby(てがたな){手刀};を切りながらスリープは言い、その場を去る。後をついて行く二人。計三人を見て、アグニは微笑んだ。
「サライさんって親切なポケモンだよね。感心しちゃうなぁ……世の中悪いポケモンが増えているって言うのに、こういうのはなかなか出来ないよね」
「でも、良い顔している人ほど本当は……悪い奴だったり……」
 言いながら、シデンは唐突に眩暈を感じて俯く。

 まただ。またあの眩暈だ……その眩暈の最中に見えたのは、スリープとルリリ。不鮮明なおかげでよくわからないが、つまるところサライとアリルだろう。刺々しい岩の転がる荒野で、二人はどうやら穏やかではない雰囲気の様子。
『言う事を聞かないつもりなら痛い目に合わせるぞ!?』
『た、助け……助けてお兄ちゃん!!』
 脅している。サライがアリルを……今のはなんだ?

「落しもの、早く見つかるといいよね……って、ミツヤはどしたの? なんだか神妙な顔をしちゃってさ」
「いや、なんというかね……その……さっき眩暈が起こった時に、アリルがサライに襲われているというかなんというか……何か命令を強要されているような夢を見たんだけれど……まぁ、いいか」
 シデンがそっけなく言ってから二秒。
「いや、それはよくないから!! よくないけれど……うーん、でもミツヤの事信用していないわけではないけれど……オイラは信じられないなぁ……だって、サライさんはすごく親切なポケモンだったじゃん」
「さっきも言ったでしょ? 見た目の良いポケモンほど、本当は悪人だったりするってさ。
「なるほど……確かにその通りだね……でもなぁ……ミツヤは疲れているんじゃない? だから、そんな悪い夢を見たのかもしれないよ?」
 アグニに言われてシデンは考える。あれは夢だったのだろうか? 夢と言われればそうかもしれないが、それにしては何だか現実感があった。
「それに、オイラ達修行中の身だから勝手なことは出来ないよ。ちょっとは気になるけれどさ……でも、今はとにかくギルドに与えられた仕事をしなくっちゃね。いつも通り、掲示板でも調べて……さ。行こうよ、ミツヤ」

 二人はギルドの梯子を降りる。梯子を降りると、トラスティと共に掃除をしているソレイス親方が目ざとく二人を見つけ、ニコニコ笑顔で二人に話しかける。
「買い物は終わりかい、ディスカベラーさん?」
「ええ、安く買えるのは嬉しいですね……まぁ、強いて言えば給料の取り分をもうちょ――」
「そういえば、聞きそびれていたけれどギルドの暮らしはどう、楽しいかい?」
 アグニの給料値上げの要求をさえぎるようにソレイスは話題を変える。給料の値上げの交渉は無駄だと悟ったアグニは、素直に従う事にして話題に乗る。
「ええ、大変だけれど楽しいです……サニーさんや親方のような方にご指導いただける事は何より光栄ですし……それに、サニーさんって文章の書き方を教えるのが本当に上手で……」
「そう、ミツヤ君は?」
「戸惑いは多い……けれど、アグニと一緒に仕事が出来るなら……乗り越えられると思う」
「そう。まだギルドの皆とは打ち解けられていないもんね……ともかく、ミツヤ君はもう少し友達を作った方が良いかな。友達は良いよ……君にとってのアグニ君のように大切な存在になるから」
「……はい」
 そんな事出来るわけないじゃないかとでも言いたげに、大きな間を持たせてシデンは頷いた。そんなシデンの様子に、力ない笑みを浮かべてソレイスは小さくため息をつく。
「お尋ね者掲示板はついさっき更新されたよ。チャットから聞いたけれど、今日からお尋ね者も許可したんだから……頑張るんだよ。二人とも」
「はい、親方様!!」
「……はい」
 シデンの小さな声に、まだ心を開かれていない事を感じてソレイスは寂しげな雰囲気を醸し出してその場を去る。

 親方が去って行ったのを確認すると、シデンとアグニは掲示板へと向かった。お尋ね者掲示板は、お尋ね者が何処に潜伏しているのかもわからないため、殆どの依頼は受注の必要もなく、手配書の写しを勝手に持って行けばよい。
 盗賊のアジトや出没場所がある程度割れている場合など、相当危険な星付きランクの依頼には、30人からなる盗賊の討伐依頼なんて物騒なものもある。この依頼は相当前から壁に張られっぱなしなのか、用紙はほこりをかぶっていた。
 当然、そんな依頼を受けるのは無理なので、他のお尋ね者を覗いてみればビブラーバ、ウソハチ、ドンメル――なんとなく癖がある。
「なーんかさ、人口の比率のわりに砂漠出身の犯罪者多くない? いや、ホウオウ信仰の人が一番多い感じではあるんだけれどさ」
「あぁ、そりゃ仕方ないよ……砂漠のグラードン信仰は、異教徒の異性と話しちゃいけない戒律があるから。それって、結構仕事にも影響があるから、出稼ぎに来て仕事がない人は……やるしかないんだよね。異教徒だもん、異教徒相手からならなにを盗んだっていいさって感じでさ。
 でも、良心の呵責があるというか、まっとうに稼ぎたい人はね……あ、あれ?」
 得意げに話しながら掲示板を目にして、アグニは目を疑い細めてみる。そこに記された情報が見間違いであるはずもなく、アグニはそれを指さしてみた。

**53:どうして君は進んで損するの? [#ye7211d2]

「……ミツヤ、あれ」
 アグニの指の先、そこにはスリープの似顔絵がくっきりと掘り抜かれていた『&ruby(ゆうか){優華};=&ruby(サライ){杷};=スリープ』の文字。名前から察するに北の大陸から来た移民のようである。
「サライの奴……お尋ね者だったんだよ……罪状は人身売買って……それ不味くない?」
「ん、まぁ……でも、Aランクみたいだし、チャットの言う通り無理に挑まない方がいいよね……」
「んなこたどうでもいいでしょ、ミツヤ!! きっとだけれど、早くしないとアリルが危ない……でも仕事をしないと……あぁ、もう依頼の受付なんてしている場合じゃない!!」
「ええ!? でも、チャットに怒られるよ?」
「そんな事はもうどうでもいい!! 行くよ、ミツヤ!!」
「……どうして」
 小さな声で呟く。アグニには聞こえないように言ったつもりだし、実際に聞こえてはいないだろう。
「どうして君達は進んで損するのさ……」
 歯を食いしばりながら、今にも泣きそうな声でシデンは吐き捨てる。
「親方!! 急用が出来たから、依頼は受けられません!! すみません!!」
「え、どうしたのアグニ―――」
 親方の声は後ろへ駆け抜け聞こえなくなった。

 探す、といっても行く当ては無い。アグニはサライの手配書を見せつつ、シデンと口笛を使った連絡手段で互いに情報をやり取りし、サライの目撃情報から街の外に行く所まではたどり着けたが、そこから先が分からない。
「シデン……君、鼻は利くよね? ソウロのあの雑巾みたいな匂い……嗅ぎ分けられる」
「出来る……けれど、アグニ。なんで?」
「なんでって、何が?」
「分かんないの!? どうしてアグニはそうやって進んで損するの!? ソウロとアリルは出会って一日、まだ家も口癖も……本性だって知らない相手よ!! なんで、そんな奴のためにこうやって飛び出すの!? いきなりAランクに挑むとか、依頼も受けずに飛び出すとか……そんなことして、チャットやソレイスに怒られるよ!? 
 それは嫌じゃないの? なんで、アグニは……」
「逆に聞くけれど、ミツヤはオイラとソウロ君の仲が良かったら、今回の行動も理解できるの?」
 ついに涙を流したシデンの目を、アグニはじっと見据える。シデンはを食いしばったまま顔をぐしゃぐしゃに歪め、俯いたまま首を振る。
「当然でしょ!! アグニが攫われたなら同じ事するよ!! それが何よ!? 自分は間違っているの!? アグニが正しいの!? ……私、アグニが分からないよ……理解できない」
 大声で叫び散らしてシデンは泣く。手がつけられないサンドパンのような心になったシデンを見て、アグニは戸惑わなかった。
「なんて言葉をかけていいか分からないんだけれど……ミツヤ」
 アグニは、口は上手くない。そんな不器用な彼が選んだシデンを落ち着かせる方法というのは抱きしめるという事。何も言わず、安心して――と。
「オイラは、仲良くなるのがミツヤより速いだけ……それと、オイラだって損得計算をしないわけじゃない。けれど、ミツヤよりも損を軽く見るし、得を重く見るだけ。オイラはね……ミツヤだって、本当は優しい心を持っていると思うんだ。……君がどんな所に住んでいたのかは分からないけれど、記憶を失う前に住んでいた場所のせいで、君の優しさが隠れているだけだと思うんだ。
 ……いつか分かる。だから、騙されたと思ってオイラに付いてきてよ……それで、報酬が少ないと思ったらオイラに言って。分け合ったお小遣いはきちんと貯金しているから、その分だけでもミツヤに得をさせる……だから、お願い。
 Aランクとか言うのがどれくらい強いのかは分からないけれど……ミツヤの力はきっと必要になるから」
「……自分勝手な奴め!!」
 アグニの物言いは、自分勝手だ。自分の常識をシデンにあてはめて強要している。そんな風に言う事で、シデンはアグニを論破したい、突っぱねたい。けれど、アグニの言い分を分かってしまう自分が居た。アグニは今まで間違った事を一回も言った事がないから、次もきっとそうなのだろう。
 分かりやす過ぎる帰納法。頭ではアグニの言う事を認めていても、今までの自分が異常だと罵られているような気がして嫌になるのだ。
「でも、付き合ってって言わなくっても、ミツヤ。君はオイラに付き合ってくれるんでしょ? そういう感情がある君だから……」
 異常だと罵られた気分になって、小さくなって震える自分は酷く情けない。それでもアグニは自分を抱きしめてくれる。そして、図星をついてくる。

 もう、どうにでもなれ。

「勝手にしろ。地面の匂いを嗅げばいいんでしょ!?」
 子供を励ます父親のように笑うアグニと目を合わせるのが恥ずかしくて、苦しくて、眼を逸らしたくて。シデンは地面に伏せて誰とも眼を合わせないで済む体制を取る。地面の匂いを嗅ぐシデンは、アグニに気づかれないように涙をこらえて流れ出そうになる鼻をすする。
 自分が、この土地に於いて異常な習慣や価値観を持っていることくらいわかっている。でも、こんな自分でも見捨てないアグニはもっと異常だ。でも、それが逆に嬉しくて涙が出る。

 こんな時だけれど、アグニへの恩返しはまだまともな事が出来ていなかったなぁと、シデンはアリルの匂いをたどりながら考える。その分、今日恩返しを出来たらいい。アグニのような損得計算はまだできないが、そのために頑張るのも悪くないと思えるし、アグニのためだと思えば今の行動も誇らしく思える。
 雑巾臭のような特徴的なマリルの匂いを追って、シデンは街の外れまで赴いた。その内、彼らは道から外れた場所へ行き、そうなると僅かな踏み跡からも、アグニなら探索は容易だ。そうして、道を外れてわけ行った草むらの中。もうシデンの迷いも涙も、きれいさっぱり消えていた。

「あ、あそこにソウロが!!」
 すでに昼も終わりかけの時間帯の中草むらの中に動く影を見て、アグニはいち早くソウロを見つける。兄のマリルは慌てた様子で少し涙目、明らかに何かあったような様子だ。
「……ソウロ、アリルは一緒じゃないの?」
「そう、そうなんです!! あのあと僕らで落しものを探していたんだけれど……気が付いたらアリルもサライさんもどこかに行っちゃって、そのままどれだけ呼んでも戻って来なくって……不安になって、とにかく街へ戻った方がいいのかって……あぁ、もうどうすればいいの!?」
「……とにかく、どこに向かったかだけでもおぼろげに覚えていない?」
「山の方に……っていうか、アグニさん達はどうしてここへ?」
「サライの奴……誘拐犯で指名手配されていたんだ。それで気になって来てみたんだけれど……」
「つまりそれって……」
「つまりアリルが危ないってことだよ。急がなきゃ!! あっちは、たしかトゲトゲ山……刺々しい岩が立ち並ぶ険しい山だし、迷っていた時間を差し引いても、子供に無理させられる場所じゃない。ミツヤ、早い所追いかけるよ!!
 ソウロはギルドと保安官にこの事を連絡して」
「分かりました……えと、弟をお願いします」
 ソウロはアグニの方を見ながら後ずさりをする。その様子がじれったいので、早くしてとアグニは振り払うように手を動かした。
「刺々しい山。夢で見たのと同じ……アグニ、自分が見た夢でも険しい山で、荒れた場所に刺々しい岩があったよ……もしかしたら予知無なのかもしれない……」
「刺々しい山。夢で見たのと同じ……アグニ、自分が見た夢でも険しい山で、荒れた場所に刺々しい岩があったよ……もしかしたら予知夢なのかもしれない……」
「そう……よくわからないけれど、ここまで来たらもう信じる事にするよ。とにかく行こう……ミツヤ」
「分かった……行こう」
 二人はトゲトゲ山へと走り出した。自分を守ってくれたアグニの想いに報いたい一心のシデンの走りに、もう迷いはない。

**54:弱くて悪いか [#e49e0701]

 道を進む間の二人は、走り続けられるギリギリの速度を維持し続けた。ポケモンの体は、当然人間のそれとは違う。アグニは元々二足歩行が殆どだが、長い道を走る時は手も使うし、上り坂ならば重心の関係上なおさらに四足歩行にも対応しやすい。
 ダンジョンを進む間も、彼らは殆どノンストップで敵を掻き分け、蹴り飛ばし、殴り倒して突破する。まるでマッスグマのような猪突猛進。修行の仕方も分からずに、走り込みばかり鍛えていたアグニにとってはそれほど難しい事ではない。なんだかんだで、持久力の無い探検家なんて価値は無く、そう考えればアグニは何とも理にかなった能力を持っていると言えた。
 トゲトゲ山は決して高い山ではない。しかし、アグニの聞きこみ調査も、シデンの鼻による追跡も、足跡からの追跡も時間を食い過ぎた。果たして、アリルは無事なのかどうか?
 心配だけが募っても、呼吸がつまるだけで意味の無い事なので、そのうちアグニは考える事を止めた。ただ走ってたどり着く事だけを考えた。



「あれ、行き止まり……ねぇ、サライさん、落し物は? 落し物はどこにあるの? お兄ちゃんとも離れて随分たつし……僕、そろそろ帰りたいよ……」
 か細い、不安に満ちた声であった。お母さんが心配しているんじゃないだろうかと、不安になっている。
「ごめんね、アリルちゃん。落し物はここには無い」
「え?」
 いきなりの告白に、アリルは身をすくめた。不安そうな目はあちこちに泳ぎ、今にも泣きそうなほど潤んでいる。
「……お兄ちゃんは? お兄ちゃんはあとからすぐに来るんでしょ?」
「いや、お兄ちゃんも来ないんだ。実は君の事を騙していたんだよ」
「え、え?」
 目が泳ぐだけでは物足りない恐怖にかられ、アリルは無意識のうちに逃げ場所を探して視線を左右に回した。しかし、逃げ場なんて無くて、あるのはサライの背後にある小さな横穴くらいか。
「それよりもちょっと頼みがあるんだ。お前の後ろに小さな穴があるだろ? あの穴の奥には……実はある盗賊団が財宝を隠したんじゃないかという噂があるんだ。ただ、俺の体じゃ大きすぎて穴の中には入れねぇ。だから、小さなお前をここに連れて来たというわけさ」
 と、サライは言う。彼は、そんな与太話を信じているわけではなく、無論のこと全ては作り話。
 『俺の体じゃ入れない』というのは、『逃げ場はサライが入れないこの穴しかない』という意味である。上手くお宝の話を信じてくれたならば、その時は岩で穴を塞いでやる。
 アリルは何日も前から目を付けていた獲物だ。穴の反対側にはもう一つの穴。その穴の先には依頼人。依頼人の顔や種族など余計な詮索をせずに取引をするには、この方法が一番だった。おまけに、今日の天気は嵐になるだろう。見つからなければ水に攫われ行方不明になった事にでもすればいい。

「大丈夫。言う事さえ聞いてくれれば……ちゃんと返してあげるから。さあ、行くんだ」
「い、いや……怖いよ……」
 どの道、穴の中に入ってしまえばアリルの運命は決定づけられていたのだが、アリルは穴の中に入る事を拒む。
「お、お兄ちゃーん!!」
 大声で叫び、時間稼ぎ。サライが嘘をついている以上、最も正解の判断であった。
「こ、こらっ!! ちゃんと返してやるって言っているだろ? だから……な?」
「やだ!! 暗い所嫌い!! 怖い!!」
 少々年齢が幼すぎたか、全く依頼人の趣味にも困ったものだとサライは頭を掻く。
「言う事を聞かないつもりなら痛い目に合わせるぞ!?」
 乱暴な手段を使って商品に傷でもつけたら大変なので使いたくはなかったが、サライは実力行使に出る。
「た、助け……助けてお兄ちゃん!!」
 サイコキネシスで捉えられ、為すすべなく空中に浮かされた。

 そこに、巨大な飛礫が襲いかかる。リンゴ大の石が後頭部に投げ付けられ、クリーンヒットこそしなかったものの強かに打ちつけられたダメージは計り知れない。景色を白黒させながらサライは膝をつき、アリルも地面に落ちた。
「待てよ!! そんな事はさせないぞ……お尋ね者、ユウカ=サライ=スリープ!!」
「な、何故ここが」
 肩で息をしているアグニを見て、痛みに顔をしかめながらサライはありったけの怒りを込めて睨みつける。
「オイラはディスカベラー!! 探検隊だ! 悪い奴は見逃さないぞ!!」

 ハァハァと、苦しそうに呼吸を挟みながらアグニは名乗りを上げる。
「探検隊だと……? じゃあ、俺を捕まえに……だが、お前震えているじゃないか」
 言葉通り震えているアグニを見て、サライは笑う。
「そうか、分かったぞ。お前、探検隊といってもまだ新米なんだな。ふん、確かに俺はお尋ね者だがよ……お前に出来るのかな、そのお尋ね者を捕まえる事なんてさ……」
 嘲笑うような視線。それに見下ろされると、心臓が握りつぶされたような気分になる。
「怖いさ……でも、出来る、出来るよ!! お前みたいな悪人に負けるわけにはいかない!!」
 嘲笑うような視線の主は嘲笑った。
「今まで色んな探検隊に追われてきたが……こんな弱そうな探検隊は初めて見たよ!!」
「ううっ……」

 そう、アグニは弱い。弱いくせに考える事もしないから、無謀に突っ込もうとしたところをシデンに止められたのだ。
 挨拶代わりに飛礫を投げるのだってシデンの入れ知恵だ。不意打ちくらい使うのを恐れて、何が探検隊かと諭された揚句に、アグニはシデンから一人で戦う事を強要された。危なくなったら助けてあげるからとは言われたものの、不安はぬぐえなかった。
「そうだよ……弱いよ。でも、このトレジャータウンは迷子と神隠しを乗り越えた街!! この街で人浚いなんて許してたまるか!!」
 それでも、アグニは自身を奮い立たせるために大声を出す。そんなの、サライにとっては屁のツッパリにもならないようだが。
「あのピカチュウの女の子のおっぱいでも吸いに帰った方がいいんじゃないのかい? まあいい、お前も14歳くらいか……丁度依頼人の趣味の範疇にギリギリ入りそうだ。俺の財布を潤わせに来てくれたんなら歓迎するぜ。来いよ、俺を倒してみろよな」
 挑発的に誘う手で、サライはサイコキネシスを発動する。アグニの体が、空中に浮いた。

**55:卑怯万歳 [#r982265a]

 シデンに言われたとおり、アグニは張り巡らされたサイコキネシスの網を振り払う事だけを考える。体の奥にため込んでいた気合いを、腹に力を込めた大声と共に解放する。サイコキネシスの力は殆ど拡散した。いきなり振り払われてしまって驚くサライを見据えに、アグニは空中に浮かされた体を受け身を取って背中から落ち、でんぐり返しから&ruby(れき){礫};を拾ってそれを投げる。
 エスパータイプ。特にサイコキネシス使いとの戦いの基本は、相手の集中を乱す事。そして、自身の集中は決して乱さない事。掴まれなければ投げ技を打てないように、サイコキネシスも網に捕まらなければ効果がない。サイコパワーの網に掴まれても気合いで振り払えるが、その気合いは突然出せと言われても出るものじゃないから、常に相手から眼を離すなと。
 シデンがレナと戦う際は、それを念頭に置いてい常に勝利を得ているのだ。

 そして、大技は使わない。大技を使えばその隙をついてくるエスパータイプもいる。シデンから口酸っぱくそう聞かされたアグニは小技で攻めるべく拾った礫を投げ付ける。のけぞる事でかわされる。もう片方の手に持った方を投げる。上体を逸らして簡単にかわされる。
 口から火の粉を放つ。体勢を崩しそうになりながらもサライはかわす。守ってばかりではいけないと判断したのか、サライは攻めに転じた。
 地面の石を、念力で上前方に向かって射出。さながら地面から石の雨が降るような光景の中、アグニはトレジャーバッグを顔の前にかざして防御する。丈夫な革張りのバッグが飛礫を防いだところで、体中を守れるわけではないが、眼球と瞼が傷つかない事は何より大事だ。
 バッグは投げ捨てるように腰元の位置に戻し、念力使用後に再度集中するまでの僅かな隙を縫うようにしてアグニは接近。
 攻撃ではなく防御の事を考えながらで、距離を離してやろうと苦し紛れに使ったサライのサイコキネシスを、アグニは転びながらも一瞬で振り払う。
 転ぶ時も前のめりで、とにかく最短距離を進んでサライにたどり着こうと。前に進む事はやめない。しかし、転んだ隙にサライはアグニの頭を踏みつぶそうと接近。アグニは踏み込もうとしたサライの脚を、上体を逸らしながら振り払い、寝がえりを打ちながら立ち上がる。
 しゃがんだ体制まで立ち上がってから、アグニはクラウチングスタートの要領でサライに飛び掛かり、掴みかかった。
 なんとか足に抱きつけたはいいものの、体重差と体格差ゆえか押し倒せない。
「それでタックルのつもりか?」
 自分の足元で背中を晒すアグニ向けて、余裕の表情でサライはシャドーボールアグニの尻辺りを狙って、それを放つ。
「弱くて悪かったな!!」
 シャドーボールを発射するその前に、アグニは中指の第一関節を立てて足の甲を殴り、サライの足を破壊する。痛みで暴発したサライのシャドーボールはアグニの頭頂部と、自身の男の弱点を同時に攻撃。よりにもよってゴーストタイプは効果は抜群だ。悶絶するような、焼けつくような下腹部の痛みに足の痛み。
 アグニと一緒に思わず前かがみになったところで、サライはアグニへ覆いかぶさる形となってしまった。



「くっ……この野郎……」
 シャドーボールをぶつけられたアグニは、脳が揺らされ全身に力がはいらず起きあがる事も出来ないでいた。頼みの綱の猛火の特性も平衡感覚までは補助してくれず、立ちあがることすら今のアグニには容易ではなかった。なんとか仰向けになり炎を吐いて反撃するも、狙いも上手く定まらず、ダメージは微々たるものだ。だからと言って、万事休すというわけでもなく――
「ぐぁっ!!」
 シデンが岩陰から放った電撃波は、正確に敵の顔面を射抜くく。顔面の激痛にもだえるサライは顔を抱えながら地面に倒れ込んだ。
「無茶言ってごめんね、アグニ……でも、一人でよく頑張ったじゃない」
 物陰から見守っていたシデンが飛び出し、アグニの助けに入る。子供の成長を嬉しく思うような笑顔に混ざって、大事なアグニを傷つけた(そうするように仕向けておいてなんだが)サライに対する怒りが焔を上げている。
「このアマ……てめぇ、てめぇもこっちに来ていたのかよ!?」
 顔面の痛みが僅かだが落ち着いてきて、サライは顔面を押さえながらもシデンを激しい憎悪で睨みつける。
「うん。悪い? ウチの子が、きちんと一人でも戦えるかどうかを見ていたんだ……取るに足らない相手みたいだからね」
 まともに会話する気など毛頭ないシデンは、悪びれることなく答えてサライを挑発する。
「後ろから襲いかかるとか、ニ対一とか、卑怯って言いたい? うん、卑怯だよ。卑怯だから許さない? うん、許さなくてもいいから……もうくたばれ」
 言いながらシデンは角ばった石ころの転がる荒野を四足歩行で駆け抜ける。足の痛みと顔面の痛み、挑発の効果。そして何よりシデンの足捌きはひらりひらりと木の葉のよう。サイコキネシスで掴み取ろうとしようにも掴もうとしたそばから水に濡れた魚のようにするりとすり抜け、振り払う振り払わない以前の問題だ。
 素早いだけでなく、直線的な動きなどしないシデンの動きは、所詮街の喧嘩自慢レベルのサライには、サイコキネシスにかけることすらできない程鋭い。アグニとシデン、身体能力ならばアグニ方がはるかに上。強さの格差は、体に刻まれた歴戦の経験の差ゆえか、シデンの戦闘センスの高さを伺わせる。
 まずは電光石火のスピードで尻尾をサライの右わき腹へ掠らせる。鞭のように派手な衝撃音のあと、振り返って見ればシデンは雷のパンチでアッパーカット。狙いは、睾丸。男の弱点であり、まず狙われたくはない場所。ここに向かう途中もアグニから何度も『殺しちゃダメ』と言われているので、殺さないための手加減として紫電を纏う右手で平手打ち。パチィン、と乾いた破裂音が紫電の閃光と共に響き、内臓がせり上がるような寒気のする激痛がサライを見舞う。
 振り上げたシデンの右手と跳躍した体は空中で切り返され、鋭い爪でサライの体を袈裟がけに切り裂いた。今度の傷は、引き裂かれた瞬間氷のように冷たくて、後は焼けた鉄棒を押しつけられたような熱さを伴った。
 その瞬間に、散る鮮血。先程のアグニのそれ以上に悶絶ものの痛みに耐えきれず膝を折るサライの足に、薪割りのような力任せのアイアンテールで追撃、機動力を奪う。血液が水銀になったような重く鈍い痛みがふくらはぎに走る。
 かすれた叫び声をあげたサライは仰向けに横たわって、恐怖を湛えた瞳でシデンを見る。
「……その口でアリルを騙したんなら、その口はいらない」
 シデンはその辺に転がっていた岩を持ちだし、サライの元にゆっくりと近寄る。だが、その歩みはアグニがシデンの足首を掴む事で止められる。
「アグニ? 歯を折ってもダメなの?」
 大分アグニの言いたい事が分かるようになったシデンに、アグニは目を回しながらも頷いて見せる。
「あんまり他人を傷つけていると……恨まれるよ?」
「恨まれても手を出したいと思えないくらい痛めつければいい話じゃない……」
「ねぇ、ミツヤ……この世界はそういう風に出来ていないの。それにね……アリルが怖がっちゃう……」
 シデンは哀しいような、納得いかないような視線でアグニを一瞥して手に持っていた岩を投げ捨てる。
「この国の習慣って面倒!!」
 投げやりにそんな言葉を吐いて、シデンは溜め息をついた。立ち上がる事も出来なくなったサライは呻いたままもはや抵抗する気力もない。その様子を見て安全を確信したアグニは、まだくらくらする頭を休めるために大の字に寝転がった。

**56:お家に帰ろう! [#qcea06af]

「……アリル、助けに来たけれど大丈夫?」
 思い出したようにシデンはアリルの方を見る。








「大丈夫です……二人がとっても強いから……僕は……怖かったけれど、大丈夫……」
 強がろうとしたアリルだが、やっぱり抑え込んできた恐怖には粗がえないらしい。たまらず涙ぐんだその後に抱きつく対象として選んだのはシデンであった。シデンは言葉を失ったまま、仕方なくアリルを落ち着かせようと撫でる。
 気づかないうちに彼女の顔は微笑んでいて、それがアグニには嬉しかった。ようやく立ち上がれたアグニも膝を屈めてアリルの頭を撫で、彼に微笑みかける。
「さぁ、お兄ちゃんとお母さんが待っているよ。オイラ達と一緒にお家へ帰ろう!」
 アグニはアリルをそっと抱きあげると、彼の顔を胸に押しつけて思う存分泣かせてあげる。
「シデン……縄は持っているよね? 縛っておい……仕事の早い事で」
 言う前に、登山用の縄でサライを縛っていたシデンを見てアグニは苦笑する。思いがけないタイミングで迎えてしまった初のお尋ね物退治の仕事は、こうしてめでたく大団円で終了するのであった。


 捕縛したサライからは、少しだけ闇の気配がした。闇の力によって心が壊され、自制心がまず最初に破壊される……すると、人は自分本位になってしまうのだ。
 心がないから、欲望に忠実に。サライもまた、闇の被害者。昔はここまで闇の気配が濃くなる事は滅多になかったのだが、やはり最近は異常という他ないのだろう。だからこそ、『殺さずに更生させないといけない』とアグニはシデンに説明した。闇が無くなれば、彼もきっといい人だったのだろうと。
 ただ、ズバットとドガースの二人組の場合はちょっと違う。心が無くなると言う事は、欲求も単純に、『睡眠、食事、性交』と動物的になる。だから、他人を甚振って楽しむなんて思考は湧きにくくなってしまうのだ。つまり、そう言う節のあるあの二人組は闇にとらわれてなどいない。むしろ二人組は闇にとらわれた人間よりも圧倒的に性質が悪いと言えた。
 アグニがその気になれば、シデンがドガースの歯を折るのを止める事は出来た。出来たのにそうしなかったのは、アグニなりに考えがあるのだ。

 シデンの恐怖とアグニの慈悲のはざまに挟まれながら保安官の駐在所に連れて行かれたサライは、シデンとアグニに両足をやられたおかげで足が上手く動かず何度も転んでいた。そのおかげか、膝小僧はボロボロにすりむけていた。二人のつけた足や胸の傷も相まって可哀想な見た目をしている。
 最も来たくなかった場所に連れて来られて、シュンとして小さくなっているサライの仕草はまるで小動物で、これから先の暗雲たちこめる未来に対する恐怖が肌を通して感じられる。

「私は、ガウス。ガウス=ジバコイルと申します。この度はおかげさまで……お尋ね者を逮捕する事が出来ました、ご協力感謝致します」
 全身が金属で構成された円盤状の体。その左右に小さなU字磁石のユニットを備えたポケモンジバコイル。この街の平和のために日夜働いている保安官は、ハキハキとした声で自己紹介と感謝を述べる。体ごと傾けてお辞儀をした後、ガウスは顔を起こして感謝の笑み。
「懸賞金は後ほどギルドに送って置きます、ありがとうございました」
 もう一度二人に会釈をすると、ガウスはUの字磁石をピンセットのように曲げて縄を掴み、足を引きずりながら歩くサライを引っ張って行った。
「さあ、来るんだ」
 正式な裁きが下されるまでは、とりあえず留置所に入れておくつもりだろう。どんよりと暗く恨めしい顔で二人を睨みながら、サライはとぼとぼとジバコイルの後をついていった。

 それを見送って、皆それぞれ思い思いの感情で溜め息をついた。肩の荷が一つ降りたアグニとシデンは、嵐が来る前に二人でアリルを家まで送る。正確な家の場所は分からないので危うく迷子になりそうだが、この街ではその心配はない。いつも母親の薬を買っているのだというドレディアの薬局屋さん近くにある彼の家を探す方法をとても簡単だ。そのドレディアの薬局の周りでこう尋ねるだけ。
「この子のお家知りませんか?」
 家の主を模すのが一般的とは言っても、子供が家に帰れなければ意味がないから。彼らの父親であったらしいチェリムの横に寄り添うように建てられたマリルリの意匠。段々とアリルの家が近くなり、見覚えのある光景が増えて来るに従って、喜びの感情が湧きあがるアリルの顔。見ておれば、道を照らせそうに暖かい笑顔は、家の前の通りに出た時爆発した。
 彼の兄ソウロは、真っ暗になった今なお心配そうに待ちかまえていた。アリルは嬉しくて夢中で駆け寄って、そして声をかけられる。
「アリル!!」
「お兄ちゃん!!」
 抱きついて、怖かった事を思い出してまた泣いて、あるいて追いついたシデン達も話しかけられずに立ちつくすしかなかった。
「何処にも、怪我は無いようですね……ディスカベラーのお二人さん……」
 抱きしめているとどんどん胸の毛が濡れてくるアリルの存在を感じながら、ソウロは目からハイドロポンプを流さん限りの潤んだ目で二人を見る。
「情けない話ですが、お金も技能も暇もない私達は……感謝するしかお礼を表す方法はありません……それでも、受け取って欲しいんです……ありがとうございます!!」
 涙で地面を濡らしながらのお礼にアグニも貰い泣きして、目から僅かに涙が漏れてしまった。
「ほら、アリルも言うんだ……」
「うん」
 すでにしてぐしゃぐしゃになった顔を向け、アリルは精いっぱいに声を出す。
「ありぃがとぉう……ござい、ます」
 泣いている最中なので仕方がないというべきか、所々詰まった彼のお礼は非常に不器用であった。それでも気持ちは伝わる。
「どういたしまし……」
「どういたしまして」
 アグニが言っている途中にシデンが割り込む形で『どういたしまして』の言葉を紡ぐ。思えば、ありがとうと言われた時にシデンがアグニ以外の誰かに対してそう返したのはこれが初めてであった。シデンが思いがけす口走った『どういたしまして』の言葉を聞いて、アグニは一瞬言葉を失った。
「どうしたの、アグニ……?」
 そして、自分が口走った言葉の意味を分かっていないシデンは首をかしげてアグニへ尋ねる。
「何でもないよ。お家へ帰ろう……オイラ達のギルドへ。それじゃあ、またいつかね……アリル君、ソウロちゃん」
 アグニは最後まで微笑んで兄弟二人に手を振った。シデンも一度だけ彼らに振り返って、笑顔で頷いて見せ別れのあいさつの代わりとするのだ。

「ねぇ、ミツヤ」
 本当にお礼を言う事しか出来なかったマリル兄弟の家からの帰り道、アグニはふと思いついてこう切り出した。
「今日やった事はね……うん、損した事がなかったとは思わないよ。でも、本当に損だけだった? お礼を言われて、嬉しくなかった? それは得じゃなかった?」
「……嬉しかった、けれど」
 シデンは躊躇いがちに言葉を紡ぐ。
「でも、割に合わないよ。自分はまだ損している……損の方が大きい」
 シデンのそれは、痩せ我慢するような詰まった口調で。目を逸らしながら言うその様子が愛らしくて、アグニは笑う。
「いつか慣れるよ。慣れれば、割に会う計算式が成り立つようになる。君はまだ算数でしか物を見られていないだけさ」
 確信を持ってアグニは断言する。
「ミツヤは優しいからね。きっと、君の計算式ももっといいものがある」
 横目でちらりとシデンを一瞥しながらアグニはどや顔で笑って見せた。
「……勝手なこと言いやがって」
 語気を荒げることなくシデンはそう言った。
「でも、それも悪くないかも」
 自分自身に言い聞かせるようにシデンは頷いた。二人で歩く夜道は暗かったけれど、シデンはアグニの炎に導かれ、躓くことなく道を歩く。遠くを照らせる光じゃないけれど、その炎のぬくもりが何よりも嬉しくて、夜も悪くない。
 『君が居てくれるならどんな暗い場所で歩けるよ』と、次第に強く吹きすさんできた雨交じりの風に言葉を託して、シデンはギルドへの帰り道を急いだ。

**57:ゆっくりお休み [#ha62ca43]

「全く、仕事ほっぽり出して勝手に依頼に出かけたり、Aランクに挑んだり……色々といいたい事はあるが……」
 頭痛でもしているかのように頭を押さえて、チャットは溜め息をついた。
「今回は場合が場合だ。良しとしよう……だが、これからも無茶は慎んでくれ。お前らはギルドの一員なんだ」
 ギルドにたどり着けば、チャットはネガティブな口調から始まった。しかしそれは、声色も字面も表情も親が子を思うようなそれであって、まずは褒めてもらいたいと思った二人も甘んじて受け入れるしかない説教であった。
「ともかく、お前たちよくやったな。これは今回の仕事の報酬だ……3000ポケ、の一割。取っておいてくれ」
 小ぢんまりとした袋に包まれた銀貨の群れは非常に小規模。金貨の家族が顔を見せる3000ポケには程遠い。足元にも及ばないとは言えないが、膝もとまでは確実に行けないその取り分、一割。
「やっぱりこうなっちゃうのか……」
「まぁ、例によって例の如くというかなんと言いますか……」
 たった三百ポケの賃金を受け取って二人は苦笑する。
「まぁ、取り分に関しては例によって例の如くなんだけれど……はは。ところで、初めてのお尋ね物退治依頼はどうだったかい、ミツヤ、アグニ?」
 これ以上愚痴を展開されるのも嫌なので、チャットは話を転換する。
「えーと……怖かったけれど、結構頑張れたつもりだよ。二人でなら乗り越えられるって……」
「そうか、楽な戦いじゃなかったみたいだね……それで、戦い以外に関してはなにかあったかい?」
「うん、あったよ。とっても嬉しい事が……ミツヤ、君にもあったよね?」

「まあね」
 少し考えてシデンはそう断言する。
「なんだか、目から鱗が落ちたような気分だよ」
 そう言ったシデンの目線は何だか泳いでいて、どうにも恥ずかしい様子。
「お金以外の……収穫があったようだね。それが報酬の代わりになるとなんて綺麗事は言えないけれど、探検隊になってよかったと思える瞬間はね、お金だけじゃないんだ。だから、良く覚えておくように。それと、パートナーを大事にね。一番大事な物を失ってしまえば、楽しめるものも楽しめないよ」
「はい」
「了解!!」
 二人は力強くうなずいてから、ようやく今日の全ての工程を終えたと溜め息をつく。
「そうだ、二人とも。今日はお前らが帰ってくるのかどうかわからなかったから……夕食の方なんだが……ない……わけじゃなく、実はあるよ。冷めちゃっているけれどね」
 チャットと話をしているうちに、外は本格的な嵐。もうどこの店も開いているかどうかわからない時に思わせぶりなチャットの言い方で、二人は一瞬気分を落ち込ませかけたが、冗談めかして言った『あるよ』の言葉に二人は目を輝かせる。
「あぁ~、良かったぁ!! オイラそう言えば無茶苦茶お腹すいてたんだよ」
「昼食からずっと食べていないもんね」
「うん、食べて行きなさい。でも、何度も念を押すようだけれど、今回のような無茶はしない事……いいね? それが分かったら行きなさい。冷めてはいるけれど、美味しいはずだよ」
「ありがとうございます、チャットさん!!」
「同じく、ありがとうチャット」
 挨拶もいい加減に済ませて、二人は食卓へと駆けだした。まだまだやんちゃな二人の忙しさに手を焼きながら、チャットは今回のお尋ね者の件を帳簿に記入しに事務室へと歩いて行った。


 寮の自室の中で、明りを消した二人は天井を見上げながら雨の音を聞いていた。
「すごい雷……明日は気持ちよく晴れると思えば良いけれど……こうやって嵐が来ると、オイラの家ってむき出しだから色々大変だったんだよね……」
「確かに、風をもろに受けるよね、あのサメ肌岩は……」
 アグニの言葉に応えて、シデンは笑う。
「そう言えば、オイラがミツヤと出会った日も、こうやって嵐だったなぁ……どう、ミツヤ? こんな嵐のおかげで、何か思い出せる事とかないの?」
 尋ねられて考え込むが、やがて無駄だと悟ってシデンは否定の声を漏らす。
「そう、やっぱり難しいのかな……でさ、ミツヤ。朝方見たの予知夢の話なんだけれどさ……あれって不思議だよね?」
「う、うん……」
「あれのおかげでアリルを見つけられたわけだけれど……色々考えて思ったんだ。ミツヤが見た不思議な夢は、ミツヤ自身の事と深くかかわっているんじゃないかなってさ」
「夢と自分自身が? それってどういう事?」
「うん、なんとなくなんだけれどね。いや、夢の内容自体は何の関係もないと思うけれどさ……ポケモンになったとか言う理由と予知夢……そう言うのが何か関係があるんじゃないかって思うんだ。
 なんとなくだけれどね……」
「そっか……なるほど。予知夢とかそこらへんの方面から調べていっても何か見つかるかもしれない……そんなこと考えた事もなかったや」
「でも、記憶を失う前のミツヤはどんななのかなって、いつも思う。最近は、いい人だったんじゃないかって思っているけれどね」
「まさか……」
 アグニの物言いに、シデンは否定する。
「ミツヤの言いたい事は分かるよ……オイラに発見された当初のミツヤは、なんというかお世辞にもいい人とは言えなかったけれどね。って言うか、あの時の性格そのままなんじゃないかって思う……でもさ、最近のミツヤを見ているとね……もし悪い奴だったとしてもそれは環境のせいなんじゃないかって思うんだ。
 それなら、仕方ないじゃん。この平和ボケしているトレジャータウンに住んでいれば、ミツヤもきっと平和ボケするよ」
「環境のせい……か。そう言えば、前にチャットが言っていた、悪いポケモンが増えて来たとか言う話……あれって時が狂い始めた影響だとかなんだとか言っていたけれど……それってどういう事なのかな? 帰る時に少しだけ教えてもらったけれど……詳しく教えてもらえないかな?」
「この世界には、空間と時間、そして世界の境界、心を司るポケモンが居ると言われているんだ……その内の一つでも狂ってしまうと、他の三つも連動して狂うと言われているんだ……これは、大陸の東のアルセウス信仰の伝説。そして、ただの伝説じゃなくって……本当にその通りになって来てる。
 心を失うって言うのはどういう事かって言うとね。喜びや悲しみを失ってしまう。そして、一番大事なのは良心を失ってしまうってこと……良心さえなければ、出来る事って色々あるはずなんだ。強盗で生計を立てるもよし、美しい女性を好き勝手犯すもよし……まぁ、傍から見れば悪いポケモンだよね……これはさっき説明した通り。
 そのまま完全に心を失ってしまうと、心を求めるあまり気絶させて心を食おうと集まってくる。ダンジョンのポケモンがオイラ達に襲いかかってくるのはそれが原因なんだよ……」
「そうなんだ……」
「何故狂い始めているのかはよく分からないんだけれどね……みんなが言うには、時の歯車が何かしら影響を受けているんじゃないかと言われているよ」
「時の歯車……?」
「うん、そう言うのがあるらしいんだ……秘境と呼ばれる場所に保管されていて……人目にさらされないようにひっそりとあるんだ……この時の歯車がある事で、それぞれの地域の時間が守られていると言われているんだよ」
「それが無くなったらどうなるの?」
「どうなるかって……時間が正常に流れなくなる事は避けられないだろうね。だから、みんな絶対に触らないようにしているんだよ……とにかく大変な事になっちゃうと思うから、みんな怖がって時の歯車にだけは触ろうともしないんだ。
 たとえどんな悪人でも、死ぬのは怖いだろうからね……ごめん、ミツヤ。オイラ眠くなってきちゃった……自分から話しかけておいてなんだけれど、寝ても良いかな?」
 言いながら欠伸を一つ。アグニは全身から力を抜いた。
「うん、お休み」
 そう言って、溜め息をついたシデンも体から力を抜く。嵐の吹きすさぶ夜、二人の寝息は静かに時を刻んでいる。

**58:親方の古い知り合い? [#u321f015]

 数日後――

「お前達……」
 街を歩いていると、ここら辺では見かけないマニューラの女性と、アーボック、ドラピオンの男性三人組に出会う。不躾に話しかけて来たのはマニューラの女性で、指には火のついた紙巻きの刻みタバコ。ロクな香料も使われていないのか、そのタバコからは無骨な匂いがした。
「何でしょう……?」
「いや、お前らこの街の探検隊かと思ってな。街の住人に挨拶しているところだったようだから……」
「あ、うん……昔から街に住んでいたから……」
「そうか、じゃあ一つ聞きたい事がある。ここらにゼロの領域というダンジョン群があるかもしれないのだが……知らないか? 何でも、近づいた者を攫う最強最悪のダンジョンらしくってね。この街に昔あった呪いと何か関係があるんじゃないかと思ったんだ」
「いや……オイラは聞いたこともないなぁ」
 マニューラの問いかけに、アグニは首を振る。
「そうか……ありがとよ」
「ははぁ……物騒なダンジョンだね……近づいた者を攫うというと、昔このトレジャータウンにあった神隠しの噂の?」
 アグニは恐ろしい物もある物だと思いながらマニューラに尋ね返す。
「まぁ、そんな所だ。やっぱり、こういう事はもうちょっとベテランさんに聞いた方がよさそうだね……」
 独り言を言って、マニューラは考える。
「リーダー、どうします?」
「そうだね、スコール……まだ聞き込みは始まったばかりだし、街歩いている奴らに聞いてダメなら……とりあえずギルドに顔を出してみりゃいいさ。ソレイスの奴なら知っているかもしれないし、ギルドに所属しているサニーとかいう女についても情報を持っているかもしれない」
「ソレイスの奴って……あれ、親方とは知り合い?」
 スコールという名前らしいドラピオンの問いかけに答えたマニューラの言葉を拾って、アグニは質問する。
「まぁ、知り合いさ。古いね……古すぎてあっちは覚えているかどうかは知らないけれどさ」
 それだけ言って、力なく笑いながらマニューラはタバコをふかした。

「あんたらこそ、あのプクリンとは知り合いかい?」
「知り合いも何も……弟子だから……サニーさんとも先輩と後輩の関係」
「ほう、そいつは都合がいい」
 アグニの言葉に納得してマニューラは頷く。
「じゃあ、聞きたいんだが……今日はサニーってキマワリとソレイスは……どうしている?」
「えっと……今日はどんな感じだったっけ? ミツヤ」
「サニーさんは仕事で出かけています。親方は恐らくギルドに居ますから……よければ話を通しておきましょうか?」
「あぁ、頼むよ。私の名前はリアラ。こっちのドラピオンがスコール、アーボックがジャダって言うんだ……そんじゃ、手間取らせて悪かったな。
 ありがとよ、駆けだしの探検隊さん」
 マニューラは優しく微笑んで二人とすれ違い、お供の二人も無愛想にありがとうと言ってその場を去ろうとする。
「おっと、そうだ……忘れるところだったな……」
 と、思ったが、彼女は振り向いて再び問いかけた。
「このへんにタバコを売っている所は無いか? もう手持ちが切れかけなんだ、ここらで仕入れておこうと思ってね」
 タバコを爪弾いてマニューラは苦笑する。答えたのはアグニだ。
「えーっと……この街は、港の市場で火山島のタバコが売っているのと……ここら辺の商店街では、ヘラクロスの屋根のお店がそうですね。こっちも火山島の安物です……えっとヘラクロスのお店は三つ先の交差点を左に曲がれば右手にあります。
 あと、内陸の方からの高いタバコは、あちらの行商用の通りでたまに行商人が売っていますが……先日エーフィの行商と話して以降行っていないからなぁ……」
「あー、それはいい。私はタバコだったら安物が好みなんだ。変わっているって言われるけれどね、私は無骨な味が好きなもんでさ」
 リアラは肩をすくめて苦笑する。
「そうなんですかー……でも、たまに売れ残りを投げ売りすることもあるみたいですから、お得な内に行ってみては?」
「確かに、それも良いかもな」
 一度リアラは大きくタバコを吸って、満足そうに息を吐く。
「何度もありがとよ……えーと、ヒコザルのお坊ちゃん? すまん、お前らは名乗って無かったよな?」
「ア・グ・ニです。お坊ちゃんは無いでしょー、これでもオイラ立派な社会人なんだよ」
「ミツヤです。よろしくお願いします」
 リアラはタバコを爪弾いて灰を落とす。
「そうか、覚えておくよ。さて……今度は別の客さんが来ているようだから相手してやんな」
 そう言って微笑んで、リアラと名乗るマニューラは手を振って去ってゆく。しかしその微笑む視線はアグニやシデンではなくもっと奥の何かに向かっていて――

「ミツヤさん、アグニさん、こんにちは!!」
 ん、と小さな声を上げてシデンが振り返ってみればそこには花の冠を携えたアリルの声が。

**59:割に合わない? [#f3f6e2ee]

「おやおや、アリルにソウロじゃない。どうしたの?」
 早速アグニはしゃがんでアリルの顔を覗きこみ、笑顔で語りかける。
「どしたの?」
 遅れてシデンはソウロへ向かって話しかける。ソウロはアリルの後頭部を軽く小突いて促し、背中を押されたアリルは恥ずかしそうに眼を逸らしながらもじもじと手に持った花の冠を差し出す。
「あ、あの……僕達、こんな年齢だから仕事も最低限しかなくって……お金もないので本当に『ありがとう』って言う事しか出来ないんですけれど……僕、お母さんから教わって一生懸命作りました……受け取ってください。それと、本当にありがとうございました」
 春先、色々な草花が芽吹くこの季節である。黄色系統の花と白の花をバランスよく配分し、それでいて綺麗に編み込まれた花の冠はシデンの頭にちょこんと乗せるとなんとも愛らしい。生憎、十五に差し掛かろうという男のアグニにはあまりにも似合わない代物だが、それでも感謝の気持ちを思えばありがたい。
 迷子にならないために人里離れていない所から取って来たのであろうその花は、地味なものばかりであった。だが、貰う方としても背伸びしない等身大の感謝が、一番気を使う必要が無くてあり難い。
 二人から暖かい言葉をかけてもらうのを期待してむずがゆい顔をしているアリルの顔は思わず顔の筋肉が弛緩するほど視姦するに値する。期待の籠る顔をアグニが撫でれば、もっと乱暴に撫でてくださいとばかりにアリルは嬉しそうに眼を瞑って頭を差し出した。
「どういたしまして、アリル」
「どういたしまして」
 アグニの言葉に追従してシデンも精いっぱいのお礼に良い顔をした。
「そ、それじゃあ……ちゃんとしたお礼はこの後必ずしますので……」
「私からも……出世払いなんて言える身分じゃないのは分かっておりますが……どうか、この恩は……」
「いや、出世してくれるだけで十分だよ」
 柔和な笑みを見せながら、アグニはソウロへとデコピンを加える。
「オイラ達、明確な報酬をもらう事を目的にしていたわけじゃないし……その、感謝の気持ちと君達が元気に生きてくれている光景さえあれば十分だよ」
「そう、ですか。あの、でも……貴方達が困っている時は、何があっても全力でサポートさせてもらいますからね。出来る限り、何があっても……」
「うん、ありがとう。ホウオウを信じる者同士、そうやって友好の炎を広げて行こうね」
 アグニはそっと右手を差し出した。突然握手を要求され、戸惑いながらソウロはアグニの手を掴む。ギュッと固く握りあう事で生まれた絆を感じて、アグニは笑顔で頷いた。
「あ、あの……僕とミツヤさんも……」
 手持無沙汰なアリルは、シデンに対して握手を要求した。しばらく戸惑っていたシデンだが、何も考える事はないとその握手の要求に答える。
「お兄さんと同じく、一生分の恩を……これからいつでも返せるように努力していきます。頑張りますので……どうか……」
「うん、それで良いよアリル。自分はそれで構わない……頑張って生きて立派になる事。それが何よりの恩返しだから……」
 曲がりなりにも三十四年生きたシデンは、そう言った年長者の貫録無しでは作れない笑顔でアリルに微笑みかける。体は十四そこいらの小娘(この年でも早い者は子供を生んでいるが)にしか見えないシデンだが、その笑顔の中に母親のような安心感を内包出来ている。
 繋ぐ手から伝わるそのぬくもりに、アリルはただただ感謝した。自分が母親のように暖かいと思われている事を知りもせずにシデンは手を離すと、少しばかり腰を屈めてアリルの頭をなでる。
「それじゃ、いこっか。アグニ。お二人さんも元気でね」
「はい、シデンさんもアグニさんも、ホウオウの加護がありますよう!!」

 手を振って別れると、アグニは真横にいるシデンをおもむろに凝視する。
「……シデン。これでも、割に合わない? サライを逮捕した事……無駄だったと思う?」
「少し、満足したかな」
 仰角三十度ほど何処を見上げているのか適当に目を逸らしてシデンは言う。まだアグニの眼を見て正直に物言いは出来ないらしい。
「ねえ、シデン。辛い事ってのはさ……ある程度の辛さだったら過ぎに忘れちゃうものなんだよ。でも、感謝ってのは時に一生続く……ま、大して辛くもなかった仕事で、一生感謝してもらえる事件に出会えたってのは……こういういい方もなんだけれど幸福なのかもしれないけれどさ……
 でも、分かるでしょ? これから一生感謝してもらえるってさ、貴重な事だよ?」
「ふん、そんなこと言われなくっても分かってるよ」
 シデンは顔をそむけてアグニを視界から外す。
「だからもう、これ以上自分を辱めないでよ」
「……そうする」
 アグニは満足そうに唸り、安堵のため息をつく。
「ミツヤ。君は、やっぱり優しい子だったんだね」
 満足そうなしたり顔で、アグニはシデンの顔を見ずに口にする。こう言う時、どうせシデンは目を合わせてくれない。
「……そうだね」
 案の定シデンは顔をそむけたままだったけれど横顔くらいは見せられる余裕も出て来たようで、今度は前を向いたまま答えた。
「そう言えば、さっきの三人組むちゃくちゃ強そうだったね……特にリアラさん。あの人たち何者なんだろ?」
「探検隊でもなかった感じだしねー……」
 再び歩き始めた二人は、ちょっとだけ黙って、アグニの一言からまた雑談を始まる。そうして、二人の生活はとても甘い物として、これからつつがなく進んでゆく――


 事もなく……


十一月十日
「え~……今日は皆に伝えたい事がある」

 朝礼中、チャットが改まった様子で皆を見渡す。
「ここから遠く、北東に行ったその奥に……キザキの森という場所があるのだが……そのキザキの森の時が……どうやら止まってしまったらしいのだ」
 それがコリンの行いだとは知りもせず。
「誰がやったんだか知らないけれど……」
 それを自分もやろうとしていたことだなんて思いだせもせず。
「たいそれたことをする奴もいるもんだね……」
 シデンのコリンに対する第一印象は、悪として刻みつけられてしまうのであった。
「なんにせよシデン……そんなことする悪い奴がいるなら……オイラ達戦える人たちがなんとかしなくっちゃ……」
「そうだね。アグニがそう言うのなら」

**60:鏖はコバルオンのように [#l45c99fa]

 シデンが甘い生活の始まりを告げている頃、未来世界ではシャロットが戦いを始める。
「上司も部下も同僚も……皆出かけちまって、すっかり寂しくなっちまったな―」
 見回りの最中、シャンデラのアスナは愚痴とも感想ともつかない言葉を漏らしていた。コリンの追撃、星の調査団の残党狩り、更にはケビンが抜けた穴の補完のためのスカウトなど、やるべき事は沢山あって、詰め所に居る人数はごくわずか。
「サボるにはもってこいとはいえ……なんか胸に穴が開いた気分だな……」
 アスナはその状況に愚痴を垂れながら見回りを続行する。サボるには、と明言しておきながらも一応見回りに責任は持っているらしく彼の勤務態度は真面目であった。さて、そのアスナだが、食料庫の周りを担当する見回り三人の内の一人あり、倉庫の扉の前の二人と共に食料の勝手な消費を未然に防ぐために働いているものである。
「じゃあ、気分じゃなくって実際に胸に穴を開けてみません?」
 その声と共に、ふわりと不穏な空気が流れてくる。大声を出そうと思った時には、シャロットの料理はすでに完成していた。
 シャンデラと言えば、顔の周りに四肢がついてこそいるが胴体の無い一頭身。胸なんて無いから顔を狙い、シャロットはたった一発のスピードスターで的となったアスナの口に風穴をあけた。
 何が起こったかもわからないうちにアスナは息絶えた。

 殺せ、殺せ……部下が一人もいない世界ならきっと、ドゥーンも生きる意味が無いと悟ってくれるはず。そうすれば……そうすれば、私達の行動だって理解してくれるはず。
 食料庫は、時限の塔と呼ばれるディアルガの住処のふもとにあるドゥーンたちの住処の中では他の建物から離れた場所に設置されている。その食料庫は、側面から回り込めば門番が二人並んでいる場所があった。

 シャロットは気づいていなかった。今まで瞑想によって特攻を上げていた彼女だが、今となっては本来セレビィが使えないはずの悪巧みによって無尽蔵に特攻を上げている事を。良く言えば効率よく攻撃能力を上げられるようになったが、悪く言えば大分精神が闇に汚染されていると言っても良い。

 ただ、今のシャロットには悪巧みを使える方が都合が良かった。その分防御能力は劣ってしまうが、潜入して誰にも見つからないように目的を達成するにはむしろ防御を捨てて攻撃能力を効率的にあげられるこちらの方が理にかなっている。
 そしてその攻撃力は悪巧みの考えが最高潮まで発揮した時に、彼女の放つスピードスターは敵の体を枯れ葉のように軽く貫く威力を得る。だから。二人並んで居ようものなら――二人同時に、何が起こったのかもわからないうちに殺せる。

 痛みも恐怖も無く死ねるなんて……なんて幸せなの? 私は……こんなに哀しくって、辛くって、死にたいのにまだ生きているのに。
 貴方達は……何も感じることなく死ぬ事が出来る。幸福者よね、とっても……私に感謝して死んでよ、二人とも。私は……父さんが酷い方法で殺され、コリンさんとももう会えない。愛する者と離れ離れで暮さなきゃいけない。のうのうと生きているお前らは死ね。
 私は目の前で最愛の父を酷い方法で失ったから、そんな事無くのうのうと生きているお前らは死ね!! 死ね、死ね死ね死ね死ね死ね!!

 親の死を目の当たりにしたシャロットは、大切な誰かを失うのも、コリンに嫌われるのも、死ぬのも、殺されるのも、痛いのも、そして生きる事さえ嫌になった。生きることすら嫌だけれど、痛いのは嫌だし、怖いし、殺されるのはもっと嫌だし怖いし、でも生きていると辛い目に合うばっかりだから死にたいし、だからいつまでたっても死ねない。でも、死んでしまって楽になりたい。楽になる方法は一つではなく、全ての苦痛が取り除かれればいいので、やっぱりみんな殺せばいい。でも、殺すのは嫌だ。
 殺すのは楽しいけれど命乞いの声が寝ている時に聞こえるのは怖いし、物音一つで飛び起きてしまう生活もなんとかしたいから殺したくない。けれど殺さなきゃ怖い。でも、夢が怖いから殺したくない。
 殺したくない殺したい殺したくない殺したい殺したくない殺したい殺したくない殺したい殺したくない殺したい殺したくない殺したい殺したくない殺したい殺したくない殺したい殺したくない殺したい殺したくない殺したい殺したくない殺したい殺したくない殺したい



 もうどうすればいいの?

 前門のライコウ、後門のスイクンという言葉があるが、もはや彼女にとってはホウオウとルギアに挟み打ちをされているような気分といったところだろう。それでも、生きる目的を失えば死ぬ事が怖くなくなるかもしれないし、他の皆も生きる意味を見失ってコリンの考えに賛同してくれるかもしれない。
 そう、これは正義のためなの。かつて悪しき思想を持った国を、正義の名の元にたった一人で&ruby(みなごろし){鏖};にしたと伝えられる金鹿、コバルオンと同じように。そう思って、とにかくシャロットは殺し続ける。

 殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して、後はもう、痛みも恐怖も悲しみも怒りも苦しみも、希望すら何も残らないくらいがちょうどいい。
 希望が無ければ、この世界を消し去ってしまいたいというコリンの行動に共感してくれるはずだから……。
 だから、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して……

 何百回も滝のように流れ続ける殺意の言霊に乗せて、シャロットは三十を優に超えるであろう、既成からお手製まで様々なクロスボウをサイコキネシスで操作して、自身の渾身のスピードスターと共に一斉に発射する。避けようもない飽和攻撃の濁流は、的となった二人の体をやすやすと貫いて、何も分からぬままにハチの巣にして絶命させた。
 そうして、シャロットは食料庫の見張りを葬ってから食料を奪った。盗んだ食料は僅かではあるが、そのために見張りを殺された方がむしろ重大な問題だ。無論、シャロットも食料を奪う事よりも殺す事の方が目的で、ついでとばかりにシャロットは警告を残す。
 先程まで生きていた肉塊から抉り取った小腸を使って『シャロット参上、貴方達を全員召します』と、文字を作った。シャンデラの死体には『胸に穴があいたような気分だったそうですから、穴を開けて差し上げました。''感謝してください''。シャロットより』と血の文字を添えて。
 一連の作業を終えたシャロットは悠々と何処かへ消えてゆく。敵の戦意を折り、殺害や逃亡により実質的な戦力を減らし、全滅へと仕向けるための彼女の孤軍奮闘はまだ始まったばかりだ。







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アグニ「ねぇ、シデン……」
シデン「ん、なに?」
アグニ「もうちょっと電気使おうよ……」
シデン「……」

[[次回へ>時渡りの英雄第6話:一つ目の歯車、コリンの旅路・前編]]

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