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時渡りの英雄第1話:出会い・前編 の変更点


[[時渡りの英雄]]
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**1:こうして二人は出会いました [#z28e72ac]
**1:こうして二人は出会いました [#m085fb29]
 ふらふら暗い大地を歩く少年。ただ歩き続けても行く当てはどこにもない。
 母親が唯一の道しるべだった少年にとっては。世界のすべてが深い霧に包まれたような。五里霧中の気分だった。お腹が鳴る……これで何回目だろう? 本当ならばもう五回くらいは食事をとってもおかしくない時間がたっていると思う。
 母親は病魔にやられて、伝染する前にコミュニティを追い出され、そして何処とも知れない場所で命を失った。これから少年は一人で生きていかなければならないが、今の年齢ではとても無理だ。

  一人で生きるなんてそんなことできるのかなぁ? まだボクは母さんの後ろに隠れているだけで一度も戦ったことがないのに。一人で……一体どこに行けばいいんだろう?
 道しるべを求めて、少年は天を仰ぐ。これも何回目かわからないくらいにやった気がする。道標などあるわけがないのだと薄々感づいてはいる。
それでも、少年は天を仰がずにはいられなかった。しかし、空に浮かぶのは動かない月、動かない雲、動かない風。
 その時不意に、黄金の鳥が七色の光を残して……大空を舞う。まるで、少年の思いに答えるかのように。少年はそれを、目で追える限り追い続けた。視界から消えてもさっきまでいたと思われる方向に走り続ける。そこにはさっきの鳥と同じくらい黄金に輝く髪をした、何物かが倒れていた。
 ルージュラのような色と長さの髪だが、サーナイトのようにスラっとした体型だ。胸も大きいし、腰はくびれ、いわゆるナイスバディと口をそろえて言いそうな人間の見本のような。
 しかし、少年にはそれに唾を飲み込むような成長段階に至っておらず、また成長しても彼の好みにの女性にはならないだろう。
「ねえ……大丈夫?」
 "何者か"は、少年が話しかけるとゆっくり目を開けて目覚める。しかし、何が起こったのかいまいちよくわかっていないようで、もう一度目を閉じて寝入ろうとする。
「いや、起きてよ。寝ないでよ」
 語気を強めた物言いで少年が言うと、何者かはあわてて目をあける。

「xxxxxxx」
 何者かは訳の分からない言葉を口走る。少年は何事かと身構える。しかし、敵意があるわけではないとわかると、少年は少し落ち着いた様子で呼吸を整えた。
「ねぇ、落ち着いて」
 何者かの肩に手をあてて落ち着くように諭す。
「ポケモンが……喋った?」
 何者かは今度は少年に意味の分かる言葉で少年の言葉に反応する。
「何言っているのさ? この年齢なら誰でも喋るでしょ」
 少年には疑問だった。けして大人ではないが、どう見ても喋られる年齢の自分を見て、喋ることに疑問を持つ何者かはいったい何に驚いているのだろう……と。
「そ、そう。喋るのね……ねぇ、ここはどこ?」
 問われた少年も状況はよくわからないが、相手が困っていることだけはわかった。
「ここ? 知らない……当てもなく歩いてきたから……ねえ、君はなんてポケモン? なんて名前?」
「自分はポケモンじゃなくて……ニンゲンなの。名前は……シデン。&ruby(みつやいん){光矢院}; &ruby(しでん){紫電};」
 少年はニンゲンと聞いて、首をかしげる。しかし、不安にまみれた彼の心にはそんな疑問など瑣末なことだ。
「ふぅん……変わったポケモンだね。ねえ、ボクはコリン。コリン=キモリ……お母さんが死んじゃって、寂しいんだ。僕のお母さんになってよ……」
 少年は全身黄緑色で、腹の部分は深紅。正直なところ色合いは目に痛い。尻には、葉緑体をたっぷり含んでいると見受けられる肉厚な尻尾がぶら下がり、大きな双眸には琥珀色を呈する虹彩が。紛れもなく、キモリ。彼はポケモンである。
 喋ることも驚きなら、喋った言葉が通じる事も驚きである。ともかく、シデンもあまり長く考えていては不安を与えてしまうと思ったのか、考える事は後回しに唾を飲み込む。

「そんな……お母さんとか突然言われても……」
 少年はその一瞬悲しそうな顔をしていた。これで見捨てるとあっては、あまりに申し訳ない気分がして――また、この世界の事情を知らない自分にとってはある意味、唯一頼れる者だと感じて、シデンは仕方なしに頷く。
「分かったわ。その代わり、この世界のこと、案内してくれる?」
 シデンはそう言って初めて体を起こしてみる。起き上がってみると、そのポケモンの小ささが分かった。自分の身長が170cmと、女性としてはかなり大きめであるせいもあるが、座高と身長を比べてもコリンは3分の2ほどの大きさしかない。
 思わず、雛鳥か小動物を抱くようにな気分でコリンを抱いて、シデンはコリンの頭をぽんぽんと優しく触れる。
「よろしく……コリン」
「うん、よろしくシデン」
 答えたコリンの声は、今までの心細さが一気にあふれ出たかのように泣きじゃくった。

 ◇

 この世界で、コリンは絵を描いていた。
 この世界には風は吹かない。そのため風に揺れる木々や散りゆく花々を描くには適していない。
 この世界には水も流れず、葉っぱについた水滴も落ちることなくただそこにたたずむのみ。
 川も海の波も動くことなく、水に関する絵を描くのには適していない。
 この世界では太陽が動かない。これだけ聞けば察しのよいものならば普通はわかる。
 要するに、まともな絵を描くことなどには、徹底的に向いていないのだ。風景がそのまま切り取られたように静止しているだけなら、絵を描くにはもってこいと思えるかもしれない。しかし、性質の悪い事に、この世界では生長を含め一切の動きを止めた木々はその葉を余すところなく食われ、散っている途中で空中に静止した木の葉さえも犠牲になった。
 無論、草も喰われれば、岩を食糧をする者のせいで、岸壁すらもえぐり取られ、寂しく岩が浮いている場所もある。
 世界の破滅と言っても過言ではない風景であるこの世界で描くことに適した絵など、世界の終わりを描く絵だけであろう。
 この世界ではすべてが灰色だった。
 それでもコリンの描く絵には色が宿っていた。世界が生きていた頃の美しさがあった。


 彼の持っている手帳に書かれているメモ書きにはこのような記述がされている。
 夕日:バシャーモの脚の色を上部分1、下部分2で混ぜ合わせた様な色。
 葉っぱ:基本的に自分の体とほとんど同じいろ。ただし紅葉するとバシャーモの脚のような色になるらしい。
 青空:チルタリスの体色と似たような色。雲のかかり具合で白味がかかるようである。
 桜:チェリムの花弁の色。

 このように色に関する記述をメモして、そこから彼は想像して風景を色つきで描いているのだ。この世界で色を持っているのは、生きている者のみ。
 すなわち、この世界に適応して逞しく生き抜くポケモンには色があった。少年は本に書かれた記述と、動き回るポケモンの色を参考にただ絵を描き続けていた。
「ふう、今までで一番きれいに描けたかな?」
「う~ん、どうかな。自分としてはもう少し白を加えた方がいいと思うけど」
 絵を評価してくれるのはシデン。コリンの母親代わりだった存在は、コリンの成長に合わせてその役割を変え、今ではパートナーと言える関係になっている。
 この世界に来た当初は、乾いた砂のようにサラサラをした髪、新鮮なマトマの実のようにみずみずしく柔らかで艶やかな肌、そして着ていた服からはほのかに石鹸の匂いが香り、胸も形・大きさ共に文句無しの、いわゆるナイスバディと言える見た目だが、年を食っただけではない変化が否応なしにシデンに襲いかかっている。
 こんな色も無く、普通の世界以上に生きるのに精いっぱいな世界では、容姿を気にしている者など圧倒的に少数派であるので、彼女自身その気も無くなりお洒落は全くと言っていいほどしていない。
 脂っ気のないパサ付いた金髪の頭髪をなめしたポケモンの腸で無造作に縛り、元々白かった肌は暗黒の世界の名に恥じない日照量の少なさから、蒼白と言うべき病的な白さへ。
 肌も、紫外線こそないもののかなり荒れてしまっている。
 ただ、全くオシャレをしていないかと聞けばそうでもない。みんなが裸なのだから別に自分を裸でいいじゃないかと何度言っても聞かず、彼女はポケモンの脳漿((脳みそのこと。一番手軽な皮なめしの方法である))でなめし、腸で編んだ毛皮をまとっているが、本人曰くそれはお洒落ではないらしく、羞恥心と皮膚の保護から来るものだと苦笑していた。人間は体毛も薄く皮が薄いのだから、ある意味当然なのかもしれない。
 匂いも、革の匂いと汗の匂いが目立ち、たまに獣脂と灰でせっけんを作るには作るが、人間界の石鹸のようないい匂いが出るはずも無く、また出来も粗悪なので髪のパサつきや肌の荒れを加速させる要因となっている。
 結局、風も無いのに常に&ruby(そよ){戦};いでいる黄金の鳥の羽飾りが唯一のお洒落だ。

「グラデーションはきれいに描けているんだけど、肝心の色味自体は正しく描けていないと思う……」
 評価をお願いしたシデンにそんな事を言われたが、コリンには難しい。何せモデルとなる色の見本はことごとく灰色なのだ。
 だから、色を持っている存在であるポケモンをはじめとする動物や一部のダンジョンで見受けられる木の実や樹木の色を参考に描いてはいるが、どう頑張っても本物の色は想像するしかなかった。
 もともと青空とか、紅葉とか、夕日とか花畑とか桜吹雪など、他にも色々あるが、コリンはとにかく、色で美しさを際立たせるものに憧れていた。
 ただし、それをどれだけ見たいと思っても、この世界に居る以上を見ることが出来ないのがコリンには悔しかった。
 だから、それを自分で描いてみて、実際の風景はこんな感じなんだろうなぁと、想像力を膨らませるための触媒とするのが目的で、絵を描き始めたのだ。
 色のない世界で色(平たく言えば絵の具)を手に入れるためにダンジョンに潜入し、ダンジョンの中で自分達理性あるポケモンの総称『ナカマ』((便宜上、計数には『人』と表記される))に襲い掛かる理性を失ったポケモンの総称『ヤセイ』((便宜上、計数には『匹』と表記される))を殺して、その体の一部から絵の具を作るという乱暴なこともやってのけたし、現在進行形でやっている。

 そんな事をも辞さないほどに色のある世界に強く興味を持ったのは、このシデンが語ってくれたニンゲンとポケモンが暮らす世界の話を聞いた事によるのが大きい。その世界には四季があるという。
 花が色づき、水が流れる……見たいと思ったのだ。それが例え絵という仮初の景色でも、ただひたすらにコリンは憧れた。
 だが、結局どれだけ描いても本物には届かないのだろうし、本物を見ることは叶わない。そう思うと空しかった。
 それでもコリンは書き続ける。どれだけ世界が灰色でも、色に対する憧れはいつになっても消えることはない。時間の止まったこの世界でシデンと二人きり、ただ絵を描く日々を続けていた。
 互いに、二人で生き続けて行く時間の中、シデンは本当の親になった気分で、コリンのために尽くして生き、コリンはシデンに対して僅かながら恋心を覚えつつも、それより確かに光ある世界への憧れを優先させていた。

 月日が流れるうちに二人きりで無い事ももちろんあった。この世界の荒廃具合を考えれば、弱い者同士寄り集まらなければやっていけない事なんて沢山あるのだ。
 例えば、女性だけのコミュニティ。貞操観念も社会契約も無いこの世界では、男性が集団で女性に襲いかかる事など当たり前で、そのため疑心暗鬼になってしまった女性たちが女性だけで作ったコミュニティに一時期入った事もある。
 子供であるうちは男の子であるコリンもそこに所属する事を許されていたものの、コミュニティの中には病的なほどに男嫌いな女性もいたわけだ。
 まだ幼いコリンにすら、激しい拒否反応を起こしてしまったその女性の手により、危うくコリンを毒で殺されかけた。その時、コミュニティが信用できないと疑心暗鬼になった二人は慌ててそのコミュニティを逃げた経緯がある。
 また、男二人組が仲間を申し出て来た時は、シデン、コリン共々強姦されかけた事もあった。シデンは為すがままに身を任せるふりをして、犯される寸前で顔面の急所と下半身の急所を同時に攻撃して悶絶させてから殺して難をのがれたが、その後結局二人は二人きり。
 その後も何度か裏切られながら月日が経ち、コリンが成長するに従い精通するようになってからは、シデンですら不安に駆られるがままにコリンと強引に性交を結んだ事もある。最初こそ気持ち悪くて嫌がっていたコリンも、性交が快感を得られる事に気づくと大人しく身を任せるようになって、今でも不安や寂しさに襲われた時は体格差を気にしながらもそれとなく体を重ね合わせている。
 二人は、そうして互いの絆を強めて来た。二人でなら生きていけるし、二人で居れば何も怖くないと言い聞かせるようにして。

 そんなシデンたちにも、ようやく仲間が出来てからいくらかの年月がたったころから、物語は始まる。

**2:星の調査団 [#lc82d2c5]
**2:星の調査団 [#lc6a4374]

「コリン……上手いじゃないか。スゲー綺麗だよこの絵……」
 そこでは、クチートの青年が、コリンの絵を見て絶賛していた。つまり、月日が進むうちに二人きりであったシデンとコリンに、仲間が出来たのだ。
「そうか、ワイル? 上手いかどうかなんて、シデンの裁量によるものだしなぁ。俺は……よくわからない」
「お~い……みんなぁ!! すごいぞ、見に来いよ」
 未来のすさんだ世界の中で形成されるコミュニティ。それは、利害の一致だけで纏まっているものもあれば家族の様なつながりを持つものもある。
 時間の概念が無いこの世界では、いつとも知れない過去。過去に出会ったコリンとシデンは放浪の末に、とあるコミュニティ『リベラル・ユニオン』に所属していた。
 所属といっても、明確な出入りがあるわけでなく、与えられた役割を果たせなければ追い出され、酷い時にはその日の糧――つまり、理性あるポケモンの総称『ナカマ』の内ではタブー視されている&ruby(共食い){キャニバリズム};の対象となりかねない。
 そんなコミュニティの中で、コリンが与えられた役割とは食料の調達。ダンジョンに潜入し、ダンジョンの中で自分達に襲い掛かる『ヤセイ』を返り討ちにし、命を刈り取り食料として持ち帰る役目。
 といっても、ほとんどのポケモンが普段はその仕事についており、後はコミュニティ間の奪い合いや殺し合いなどに対する対策としての護衛と水汲み。
 軽い病人の世話や子育てくらいしか役割は無い。老衰した者や、酷い病気にかかったりなど、役に立つ見込みが無くなったものもまた、&ruby(キャニバリズム){共食い};の対象となるが、逆にダンジョンでの戦いの実力に優れ、役割を十分すぎるほど果たせている者――例えばコリンやシデンは趣味に走ることも許されている。
 その趣味と言うのが、絵画であった。
「すごい……」
 ロゼリアの壮年が感嘆する。
「相変わらず見事だなぁ……」
 ベトベターの中年も似たような反応で感心した。
「憧れるなぁ……」
 キモリの少年が羨望の眼差しで、コリンを見る。
「はは……こんなの、シデンが居なきゃ描くことなんて出来やしないさ」
 そんな風にコミュニティの仲間に謙遜しながら、コリンは日々を満喫していた。

 ところで、ポケモンには、進化という概念があるが、この集落には進化したポケモンが居ない。ロゼリアの壮年もスボミーから進化したわけではなく、元からロゼリアとして生まれて来たというだけである。
 進化とは身体のゆったりとした成長とは違い、ある程度の精神的な成長や強さを獲得すると急速な成長を迎え、全く別の個体とも思えるような変態を遂げることを言う。
 ただし、それが起こるのは時が正常に流れていれば……の話である。進化を行う時は通常の時の流れを無視して当人のみに異常なスピードで時間が流れる事によって起こるが、この世界のように時が停止したその状態では、当人のみの加速は起こらないのだ。
 進化する事が出来るとすれば、時間と空間の乱れが生じている不思議のダンジョンのみであるが、『心もまた空間なり』とはよく言ったもの。不思議のダンジョンで進化するためには、心を失う代償まで必要となる。
 それゆえ、コリンはキモリというポケモンから、ジュプトル・ジュカインという進化のプロセスを得られるだけの実力を持ちながら、この世界という制約のせいで進化出来ないでいた。それは時に毒にも薬もなるが、それについては後述しよう。
 コミュニティに入ってから更に月日がたち、コリンがジュカインに進化するには十分であろうほどの強さを得た頃のことだ。
「シデン……俺たちの仕事が回ってくるかもしれないな。深呼吸の準備は良いか?」

 アブソルやミルタンクといったように、最初から進化せずともそれなりに強力な力を持った種もいる。そう言ったポケモンにとっては他のポケモンよりも優位に立つチャンスが増えると言う事である。これはコリンにとって毒となること。
 しかし、進化というのは強さを推し量るバロメーターとしてある程度の信頼性がある。キモリという見た目にそういった進化しない相手が油断してくれればもらいものといえるだろう。これがコリンにとって薬となること。
 コリンはまさに、薬を活かす事に最高の逸材で、このコミュニティの中では二番目に強いという、半ばイレギュラーな存在である。戦いを前にして、シデンに深呼吸の準備を聞くというこの余裕な態度も、十分な強さがあればこそと言うものだ。
「了解」
 コリンに話しかけられ。シデンは頷いた。他のコミュニティ接近。奪い合いになる可能性も考えて、コリンとシデン、そのほか大勢は身構えた。大柄なクリムガンやアブソルガ居るこのコミュニティの中で、誰もこの中でコリンが二番目に強いとは思うまい。
 コリンに話しかけられ、シデンは頷いた。他のコミュニティ接近。奪い合いになる可能性も考えて、コリンとシデン、そのほか大勢は身構えた。大柄なクリムガンやアブソルが居るこのコミュニティの中で、誰もこの中でコリンが二番目に強いとは思うまい。
 油断しているところを蹴散らしてやろうと、コリンはほくそ笑んだ。ナカマのポケモンは、ヤセイのポケモンと比べると美味しい事も多いため、ある意味では抗争と言うのは食事のたしになるのだ。
「……相手は、特に戦おうって様子も無いんだな。ふん、そうなると交渉かな?」
 身構えたことが馬鹿らしくなるくらい平然と、相手は近寄ってきた。コミュニティの仲間同士でそうするように近づいてきたため、コリンのコミュニティの仲間は敵意を解くようにして、各々の体の凶器となる部分の構えを解く。
 基本、コリンが属しているコミュニティは平和主義、戦いを避けられるなら避けるのが決まりだ。
「ジャックさん……相手が望んでいるのは交渉でしょうか?」
 コリンはジャック――このコミュニティを治めるリーダーのスバメに意見を求める。
「……いいだろう。お前達はそこで待っていてくれ。何かあったら、すぐに戦える準備を」
 交渉で行われるのは、コミュニティ内での人員の交換。例えばお見合いのようなものを行ったりして配偶者を見つけたり、タイプの関係で戦闘要員に難があるときなどの戦闘要員のトレード。
 まれに、コミュニティの統合や、食料の交換などということもある。食料と人員を交換する事もあるのが、この厳しい世界ならではと言ったところか。
 一応、何回か交渉を体験したことがあるコミュニティのメンバーは特に戸惑うこともなくその様子を見送った……のであるが、今回は様子が違った。相手のコミュニティのリーダーは、コリンと似たような色をしていて、目にはくま取りのような黒い模様があり、触角や翅が付いている虫のような体の構造。
 しかし、頭部は百合の球根のような形をしていてこう言っては何だが可愛らしいポケモンだ。見た目からすると虫・草タイプだろうか? 雰囲気と声と匂いを嗅いだ感じでは男性のようだが、コミュニティのメンバーはこんなポケモンは見たことがなく、その姿をマジマジを見つめた。
 しかし、頭部は百合の球根のような形をしていてこう言っては何だが可愛らしいポケモンだ。見た目からすると虫・草タイプだろうか? 雰囲気と声と匂いを嗅いだ感じでは男性のようだが、コミュニティのメンバーはこんなポケモンは見たことがなく、その姿をマジマジと見つめた。

「ふむ、ジャックさんと言うのですか。私はエリックと申します……とりあえず、よろしくお願いします。……と、まずは交渉に入る前に、貴方のコミュニティのメンバーを全員把握させてもらってもよろしいでしょうか?」
「かまわない……が、メンバーのトレードならば、今の私たちは受け付けていないぞ? &ruby(つがい){番};探しのためにお見合いでもするか?」
 ジャックの言葉に、波風立てるような事はせずエリックは愛想笑いを浮かべる。
「えぇ、とりあえずはそれで構いません」
 交換でも無いならばなんなのだろうかと、不思議に思いながらジャックはエリックの行動を見おくる。
「……ふむ、この者たちはディアルガの匂いがしない……安全そうだな」
 ひとしきり見回った後そうつぶやいて、エリックは交渉を始めるためにジャックの前へ座った。


 坐したエリックが語る内容に、ジャックは耳を疑った。
「過去の世界に行く?」
 ジャックが、エリックに聞き返す。
「ええ、この世界……風も吹かない……朝日も昇らない……そんな世界とは大違い。それはもう素晴らしいですよ! 私も、縁があって一回だけ過去へと行ったことがあるのですが……その美しさは、言葉じゃ伝えられくらいなんです」
 相手のコミュニティの仲間から聞けば、エリックはセレビィという種族らしく、色違いの桃色をした子供もいるのだとか。ちなみに、タイプ構成に虫は入っておらず、草とエスパーの複合タイプでむしろ虫タイプには弱いとのこと。
 ただし、それだけではただの珍しいだけのポケモンであり、驚くべき内容ではない。驚くべきは、ここから先の彼のセリフである。
「しかし、時間を遡ると言っても、にわかには信じ難いな……」
 ジャックの言葉に、エリックは得意げになる。

「はは、それは当然の疑問ですね。しかし何といいますか、私たちセレビィは別名『時渡りポケモン』と言って、その力を使えば……まぁ実際の所、私たち単独では歴史を変えるほど過去へ行くのは不可能ですが、時の回廊と言うものを使えばそれも可能なのですよ」
 エリックのこの言葉に。全員が耳を澄ませる。
 エリックのこの言葉に、全員が耳を澄ませる。
「しかし、ただで連れて行ってくれるってわけじゃないのだろう? 要求はなんだ……木の実か、女か?」
「歴史を変える協力です」
「お前の言う事はよくわからないな」
 怪訝な面持ちで聞き返すジャックの声色には、警戒の色と期待の色が綯い交ぜになっていた。
「もちろん……信用できないと言うのならば断ってくれてかまわないですが、そう言うことです。私を信用してくれないのならば、過去へ送る意味はありませんので……」
「そうか……だが、信用させるにもそれなりの行為が必要だろう? まず、時渡りが出来ると言う証拠は……?」
「「これでいいですか?」」
 声が二重になっているから何事かと思ってジャックは辺りを見回した……傍らで見守っていたリベラル・ユニオンの者たちはとっくのとうに気がついていたのだが、なんと後ろに、二人目のエリックがいた。
 ジャックが手を伸ばして見ると、そのどちらにも体が触れられるから実体である事は間違いない。ひいては、影分身でないことは間違いではない。
 面食らうコミュニティの仲間たちをよそに、エリックは続ける。
「「ちょっとだけ過去に戻っただけですよ」」
「それでは」
 と言って、最初から存在していた一人が数秒前の過去へと消えていった。
「信用してくれましたか?」
 ジャックはあっけにとられながらも、こくりと頷いた。

「さて……話を続けます。世界がこのように、風も吹かない暗黒の世界となってしまったのは原因があるのです。どうやら、この幻の大地にある、『時限の塔』と呼ばれる施設が壊れたことにより、この世界は『星の停止』を迎えてしまったという事までは調べました。
 そして、その施設の崩壊が進む事で、昨今のように時が停止した世界となってしまったようなのです。かつての世界は四季がめぐり、昼夜が繰り返し訪れ、暖かいときも寒い時もある、変化に満ちた、厳しくも美しい世界でした……私はその世界を取り戻すために歴史を変えたいのですよ」
 エリックの話を聞いたコリンはシデンの方を見る。エリックの話は本当である……という風に、シデンは頷いた。
「しかし、その過去の世界に戻って、時を正常に戻すとして……私たちはどこで何をすればいいのか、具体的なことがわかっていないのです。
 時限の塔の崩壊を防ぐために必要な代物……時の歯車というモノを集めて時限の塔へ嵌めることまではわかったのですが、その歯車の入手方法と場所が未だに不明な点が多いのです。つきましては、その件に関してのご協力をお願いしたく思っております。
 協力の詳しい内容は、仲間になった後で教えますね」
「この世界に……光が戻ると言うのか?」
 思わずジャックが尋ねる。
「えぇ……そうです。まぁ、それだけではありませんが……それについては後ほど」
 エリックの言葉に、ジャックは言葉を数秒間詰まらせた。
「みんな……聞いていなかったものはいないよな?」
 ジャックは全員を振り返って、訪ねる。全員が聞いていたと言う風に頷くのを見て、続ける。
「じゃあ、聞こう……この者たちに協力することで過去の世界へ連れてってもらうご褒美を得たい、と言う意見に……反対の者はいるか? 」
 誰も異論があるものはいなかったのか、皆は近くにいるものと顔を見合わせてから互いの意見を確認しあった。
 決めかねている者もいるようではあった。死の危険が付きまとうのではないかとか、色々面倒そうだとか。そういう反対意見ももちろんあるだろうが、彼らはコリンの絵を見て、シデンの話を聞いて、想像も欲求も膨らみ続けていた。
 コリンの絵のような世界を見ることが出来るという夢のような話は、驚くほどに早く決断を下させた。その決断の速さに、交渉相手のエリックは文字通り驚いている。
 コリンの絵がそれほどまでに、コリンたちのコミュニティに影響していたのだと言う事だが、そういった事情を知らないエリックには異様な集団として映ってしまうばかりである。
 
 全員が見守るその視線を感じながら、ジャックは一度咳払いをした後、皆にはっきりと聞こえるよう宣言した。
「協力したいと皆が申し出ている……とりあえず説明だけでもお願いしたい」
 ジャックの宣言に、リベラル・ユニオンの全員が湧いた。微笑んでその様子を見守り、エリックがもう一つ口を開く。
「ありがとうございます……では、我らの活動について詳しく説明いたします」
 その説明を聞いても、コミュニティの仲間は判断を変えなかった。こうして、リベラル・ユニオンはエリック達星の調査団の仲間入りを果たすことになるのである。

**3:私の名前はシャロット [#k81873d1]
**3:私の名前はシャロット [#wed3d18e]

「ふむ……とはいえ、何から始めればいいものやら……」
 歴史を変える行為には、反対派がいるために、『歴史を変える』という言葉を不用意に口にしてはいけないと注意を受けた後コリン達のコミュニティ、リベラルユニオンは戸惑っていた。
 エリック、先程のセレビィのコミュニティである『星の調査団』の一人がリベラル・ユニオンに入り、その活動を補佐することになったのだが、その当初は前途多難であった。
 まず、『時の狭間』と言うなんだか良くわからない場所に存在する幻の大地から、エリックの力によって近くの大陸に渡る必要がある。この段階は滞り無く行われた。そして、今はゴーストタウンとなっている町や村に赴き、その文献を片っ端から調べるということなのだが、いかんせん文字を読むことすら出来ないものが多すぎる。と言うより、コリンのコミュニティは、シデンを除いて文字の読めない者が全員だった。
 まずは、この世界で使われている足型文字を覚えることから始めなければならない。

 それが終わったら、古代に使われていたと言うアンノーン文字や、ちょっとした数学や科学の勉強なども含め、勉強をするわけだ。
 数日が経った頃には、この段階で頭の弱い者や年齢で物覚えが悪くなっているものは次々と脱落して行った。
 しかし、最初からものすごい成績の良さを見せたのがコリンであった。シデンは人間だったことが原因か、何故かアンノーン文字を解読することが出来、アンノーン文字から足型文字を学ぶという逆の動きをたどることになる。
 コリンは、色のある世界や四季が移り変わる世界というものに異常なまでの執着を見せ、他の者が限界を迎えて寝入ろうとも寝る間も惜しんで勉強に励み、それが終わってからは時の歯車に関係していそうな資料を読みふけった。

「コリン……そんなに、頑張らなくっても」
「シデン。みなまで言うな。俺は……絵を描いているだけじゃ満たされないんだ。お前の言う時間の流れる世界や、エリックの言う時間の流れる世界……それを見れるかもしれないって言われて、俺が頑張ることでそれを見れるっていうなら……やらないわけには行かないだろう?
「シデン。みなまで言うな。俺は……絵を描いているだけじゃ満たされないんだ。お前の言う時間の流れる世界や、エリックの言う時間の流れる世界……それを見れるかもしれないって言われて、俺が頑張ることでそれを見れるっていうなら……やらないわけにはいかないだろう?
 過去の世界に連れて行ってもらえるのは優秀な成績を持つ者だけなんだから……」
「でも……体を壊したら元も子もないんだから。自分を心配させるのはやめて? いつだって自分は……コリンのことを心配しているんだから。ね? コミュニティに所属するまでも、そしてそれから今までも……ずっと私たちパートナーでしょ?」
 三倍近くの身長差があるシデンに後ろから抱かれ、コリンは暗闇でもわかるくらい顔を赤らめる。振り向くことが出来ず、精一杯視線を前方に固定しての返答は、妙に可愛らしくもあった。
「はは、照れてる照れてる」
 シデンの冷やかしでコリンの鼓動が珍しく速くなった。顔も、どこか赤みを増している。
「う、うるさいぞシデン……普通異性に抱かれたら誰だって照れるだろ」
「ふふ……」
 からかう悦に浸ってシデンは笑う。いつだってコリンの事を心配しているシデンはこうして健康状態を確認しているのだ。抱かれる本人は気が付いていないようだが、体から漂う匂い、鱗のさわり心地、口の匂いなどなど。今日も正常、問題無しとシデンは安心してコリンを見守ることにした。


 そうして月日は流れる……と言っても、正確な日にちがわかるわけでもないこの世界においては、食事の回数や睡眠の回数だけが時間の概念だった。それでは、決まった時間に集まることなど不可能だから……と、時間を測るためのゼンマイ式懐中時計を『星の調査団』から渡されて、やっと月日と言う概念が芽生え始めたわけだが――ともかく、そういった基準での月日が流れて、シンポジウムが開かれる日にちになった。
 そうして月日は流れる……と言っても、正確な日にちがわかるわけでもないこの世界においては、食事の回数や睡眠の回数だけが時間の概念だった。それでは、決まった時間に集まることなど不可能だから……と、時間を測るためのゼンマイ式懐中時計を『星の調査団』から渡されて、やっと月日という概念が芽生え始めたわけだが――ともかく、そういった基準での月日が流れて、シンポジウムが開かれる日にちになった。
「俺たち、リベラル・ユニオンは闇の火口と呼ばれるダンジョンで、歯車のある場所を一つ見つけた。それを調べ上げたのはこの……コリンという名のキモリだ」
 ジャックの報告に、シンポジウムに参加していた者たちはわきあがった。全員がコリンへと称賛の声を送り、コリンは視線に耐えきれずに、顔を赤らめながら顔を伏せる。
「これで……キザキの森、濃霧の森、流砂の砂漠、水晶の洞窟、大鍾乳洞に加えて……6つめの歯車か……しかし、そのうちの4つの入手法が、未だにわからないということだが……どうしたものか」
 この会合で一番の焦点となったのは謎解きであった。キザキの森の歯車の入手は、過去へ行けば容易である。しかし、湖にあると言われている三つと、大鍾乳洞の歯車の入手法が、ちんぷんかんぷんなのである。それも、ずいぶん前から。
 時限の塔の崩壊を防ぐために必要な歯車は、5つ。これでは、後3つ足りない。
「それで……なんだが、コリン。君たちの所属するコミュニティ……リベラル・ユニオンにも、その調査をお願いして良いだろうか?」
 エリックの言葉と共に、膨大な数の視線が、コリンに降り注ぐ。
「俺達が、ですか?」
「ああ、無理にとは言わないが……でも、お前さんの努力はコミュニティの誰にも信頼されている。まずはコリン……君がリーダーとしてどうにか出来ないであろうか?」
 そう言われて、コリンは自分のコミュニティの仲間を見る。シデンを見てもジャックを見ても、その他の仲間を見ても、明らかに誰もそれを断る理由はないと言った風な表情をしている。誰に対してでもなく、コリンはその表情に頷く。
 そう言われて、コリンは自分のコミュニティの仲間を見る。シデンを見てもジャックを見ても、その他の仲間を見ても、明らかに誰もそれを断る理由はないといった風な表情をしている。誰に対してでもなく、コリンはその表情に頷く。
「やる、是非やらせてくれ」
 迷うことなどなかった。リベラル・ユニオン以外のコミュニティからも異論が漏れることなく、シンポジウムは終了した。


「ねぇ、あなたコリンって言うの?」
 シンポジウムが終わってすぐ、コリンとシデンに話しかけてきたのは、エリックの娘だとか言う桃色のセレビィだった。
 黄緑色の部分が全て桃色になったような――そういう色合いで、少年のようなかわいらしさがエリックの魅力なら、こちらは顔立ちこそあまり変わらないものの少女らしい可愛らしさという印象を受ける。
 絵を描いているとよく分かるが、色の偉大さがよくわかる対比だな――なんて、コリンはそっけない第一印象でその娘を見る。
「あら、こんにちは」
「あぁ、こんにちは……一応俺がコリンだが、お前はエリックの娘の……」
 シデンは軽く礼をし、コリンは質問を返す。
「えぇ、シャロットです。どうぞお見知りおきを」
 シャロットと名乗ったセレビィは、&ruby(うやうやしく){恭しく};礼をすると、そっと微笑みかける。
「ところで俺に……何の用だ?」
 首をかしげるコリンに対し、シャロットは少し恥ずかしそうに、もじもじとした仕草をした後、意を決する。
「……君の描く絵を……見てみたいんだけれど、いいかな? 君のコミュニティの人たちから聞いたんだけれど……凄く絵が上手いんでしょ? それで……その上、頭も良くて強いだなんて、まさに万能だから……ちょっと気になっちゃって」

「そんなの、どれも大したものじゃない。シデンが言うには、絵も勉強もまだまだらしくってな」
 コミュニティの仲間からは、褒めちぎられていることを知ってコリンは照れ気味に顔を伏せる。
「けれどまぁ……見たいなら見てもかまわん。シデン……この子に見せてやってくれ」
 コリンの小柄な体型ではたくさんの絵を持ち運ぶには向いておらず、代わりにシデンが持ち運んでいる。シデンはその一つを筒から取り出し、丸められた絵を広げて差し出した。
 コリンの小柄な体形ではたくさんの絵を持ち運ぶには向いておらず、代わりにシデンが持ち運んでいる。シデンはその一つを筒から取り出し、丸められた絵を広げて差し出した。
「上手いですね……すごくきれい」
 シャロットがコリンの描いた絵を一目見て、それに見とれられて、コリンはご多分に漏れずに照れた。
「いや、だからシデンが言うにはまだまだらしい……って言ってるじゃないか。なんどもさ」
 そう言ってコリンは謙遜した。しかし、シデンは首を横に振る。
「違うよ、下手なんじゃなくて完璧ではないだけ。十分上手いと思うよ……自分には、とても真似できないし。自分がダメ出しする理由は、コリンが完璧なものを書きたいって言うからだよ。
 もし、そんな事言わなかったら、自分も皆と同じように褒めていたと思うよ? 真剣だからこそ、自分はコリンの事を批評するんだよ。
 だから、コリンよりうまい画家なんてドーブルだってそうはいないよ。光ある世界を知っている自分が言うんだから間違いないよ」
 シデンはそう言ってコリンを褒めるのだ。女性二人に褒められては、照れを隠すことはできず、黄緑色の頬に赤色が灯る。

「まったく……褒めても何もでないぞ」
「はは、照れてる照れてる」
 シデンの冷やかしでコリンの頬に灯る赤みはさらに増し、顔の熱もすでに平手打ちをされたような熱さになっている。
「からかっても何も出ないからな?」
(全く……シデンの奴……俺をからかう事が好きなやつだ)
 精神的な優位に立たれることを悔しく思いながらもコリンは悪い気はせずに、二人にばれないように口元を綻ばせた。
「……貴方は、本当に時間の流れる世界を渇望しているのですね」
 コリンの絵を見ながら、シャロットは自分と同じようにこの世界に嫌気が差している者を見つけた嬉しさや、その情熱に対する感心。そしてこの世界に対する嫌気など、色々な感情を綯い交ぜにして、しみじみと呟く。
「一緒に……頑張ろうね。コリンさん、シデンさん。私……こんな世界もう嫌ですから。父さんから夢のような話を聞かされるばっかりで……この時代はポケモンたちは殆どが『ヤセイ』だけれど……過去の世界は『ナカマ』が多く素晴らしい場所だって聞き飽きていまして。
 だから、コリンさん……貴方のように絵を描いてくれる父さんだったらどんなにか素晴らしいことか……」
 雰囲気が暗くなったことを感じ取ったのか、シャロットは言葉を切った。
「ふふ、しんみりしてしまいましたね。要はアレです。もっと貴方に早く出会いたかったなって……これからも、よろしくね、コリンさん」
 ぺらぺらとよく回る口に、あっけにとられていたシデンとコリンだが、その言葉で我に帰ったように、口を開く。
「あ、あぁ……よろしく」
「自分のこともよろしくね、シャロット」
「あ、すみません……シデンさんでしたっけ?」
 シデンは軽く頷いた。
「よろしくお願いします、シデンさん」
 シャロットは微笑みながらそれに応え、微笑んですぐにシャロットはすぐに神妙な顔をする。


「どうした?」
 突然の態度の変わりように、コリンは首をかしげて見せる。
「あの事は知っていますよね……歴史を変えれば……私達が消滅するお話。父さんは貴方のように、必死で頑張っている人にはきちんと教えましたが……」
 過去へ行かせてもらえるという報酬の代わりに突き付けられた条件は歴史の改編。しかし、歴史を変えれば自分たちの存在は消滅する。
 エリックは過去の世界に恋焦がれている者達のみに、その事実を伝えていた。
 最後まで言うまでもなく二人は理解して、シデンは『みなまで言わないの』とばかりにシャロットの頭に手を置いた。
「わかってる……お前の親御さん自ら、俺とシデンに話してくれたよ……そんな重要な話、忘れるわけもないだろう。俺はまだ……みんなに伝えられなかったけれど……俺はそれでも納得している。
 過去の世界へ行ける。消滅に対してだって、それだけで十分な報酬だよ……一日でも光ある世界を見られるなら、死んだっていいとさえ思っているんだ……」
 コリンが寂しげな笑みで、シャロットに笑いかけた。
「例え消えても、自分達が……何かを残せるならね。だって、生きていれば皆必ず死ぬ……子供を残すかそれとも想いを残すか。その違いだけだよ。
 自分、この世界じゃ子供残せないし、丁度いいわよ。光ある世界を残せるし、消える前にその世界を見る事が出来る……それで一石二鳥って奴……」
 シデンも形こそ違えど同じ表情で、シャロットに言う。
「……どうやら、貴方達も気持は同じようですね。私もです……こうして心は荒み、奪い合いを繰り返す。ひどい時には闇に心を奪われてしまうこともある。周りの景色はずっと変わらない……特にそれが、寿命の長い私には苦痛でしかない。
 ですから……きっと、皆さんで過去に行きましょう……そして、つかの間だけでも季節の移り変わりを……感じましょう」
 先程までの微笑みと違い、光が漏れそうなくらいに嬉しそうな表情を浮かべ、シャロットは二人に笑いかける。
 そうだ、と言うように二人は頷いた。

 ◇

 噂には聞いていた彼の絵。それを見て、シャロットは表面上では平静を装っていたものの、内心では心穏やかでは無い。
 彼の絵を見て――否、彼の絵に魅せられて、どうしようもなく思ってしまった。
――私は、コリンが好き。

 コリンの描く絵は、ポケモンの死体から絵具を作るという、なんとも乱暴な方法で色を作り、それでいてそれを数多の死の上に成り立っているのを感じさせないほど美しく見せる。希望に満ちあふれている絵であった。
 セレビィは長寿だ。場合によっては神の気まぐれ一つで永遠に生きられるのだ。だからこそ、自殺に等しい結果を呼び寄せる''歴史を変えるという行為''は正直言って乗り気ではなかった。
 私は歴史を変えて消えることがどうしようもなく恐かったのが本音だ。

  でも、どうだ? 私の脆弱な『死にたくない』という欲求は、(こう言っては失礼かもしれないけれど)"たかがキモリ"の描いた絵一つで見事に瓦解した。
 過去のように鉱石や植物から絵の具の材料を取り出すことが出来なくなり、結果ポケモンの死体から作り上げた、キャンバスと言う形のどうしようもなく薄っぺらい墓標のような絵画だけれど。
 その物理的な薄っぺらさに、不釣合いすぎるほどの荘厳、壮大、羨望。光ある過去の世界への憧れを刺激して止まないコリンの絵は、思わず、見た瞬間に眼がうるみ、涙を流したい気分になる。首を垂れて跪きたくなるような。 死ななければ到達できない光ある世界を渇望させるに充分過ぎる。
 シャロットはコリンと別れた後、思わず泣き出してしまった。寿命の長さにかまけてあさましく生きようとしていた自分がとても情けない気分になって頬を濡らさずにはいられなかった。
 シャロットの、『世界を変える事によって必然的に訪れるであろう死』への漠然とした恐怖が薄れたのもこの時だ。生憎、『それ以外の死』についてを恐れなくなったわけではないのだが。

**4:時空の叫び? [#m8796e00]
**4:時空の叫び? [#tee2c12f]

 時の歯車があると思しきダンジョンの周辺、流砂の砂漠と呼ばれる場所についた一行は、早速そこの調査を始める。その調査を始めて数日(時計の進みを見たうえでの便宜上の時間)がたった頃……
「うっ……」
 シデンが周囲の捜索作業の途中、岩に触れた際に、突然眩暈が走って、ふらりと前のめりによろけた。口の中に広がる砂の味……態勢を立て直すことも出来ず数秒の間横たわったまま、無言であった。
「どうした……シデン?」
 突然の眩暈に、コリンは肝を冷やしてシデンに近寄り、その体を仰向けにする。
「……流砂の中。流砂の中に、空間が……ある?」
 あわてているコリンをよそに、口に入った砂を吐き出したシデンはわけの分からないことを口走り、コリンを困惑させた。
「何を言っているんだシデン? いや、兎に角休め……シデン。お前が俺を心配しているように……俺だってお前を心配しているんだぞ?」
 コリンの言葉に、シデンは首を横に振った。
「私は大丈夫……それよりも、コリン……穴を掘って攻撃とかできるよね?」
「……あ、あぁ」
「あの固まった流砂の中を掘り進んでみて……その中に、空間があって……湖に繋がっているはずだから」
 シデンの言っている事はわけの分からない支離滅裂なことだった。しかし、なぜか真に迫るものを感じたコリンは、仕方ないとばかりに流砂が群れを成している場所へと赴いた。
「今回だけだぞ……シデン」
「うん、お願い」
 シデンは息を呑んでコリンが地面に潜るのを見送った。眩暈を感じていた時に、シデンはリアルな夢を見た。
 それは流砂の下にある空間に、コリンが足を踏み入れるという、まさに今行われているこの光景で。そして、その後に空間があるという夢の続きは、この次の瞬間に彼の身に起こるであろう出来事にしか感じられなかった。
 その予知夢らしきものが、本当に予知無なのかどうかを確かめたい衝動に駆られたシデンは、無理を言ってコリンを行かせてからは夢の余韻のせいか心臓が高鳴り続けていた。


「おいシデン……あったぞ」
 砂からはい出たコリンは動く死人でも見るような驚きの表情でシデンに駆け寄り、シデンの腕を引く。
「こっちだシデン」
 はやる気持ちを抑え切れないコリンは、意味なくシデンを流砂へと導く。
「いや、方向は分かってるから。自分が貴方をあっちに向かわせたのよ? 方向分からないって自分はおばあさんですかい?」
「良いから」
 手を引かれたシデンは腰をかがめながら困り顔で従いついていく。
「ほら、ここ」
「いや、だから分かっているってば……さっき夢で見てたって言ってるでしょ……だから、そこにあるのは……知っていたって言うとおかしいかもしれないけれど……なんとなくわかっていたんだよ。コリンは本当にせっかちだね」
「あ、そういえばシデンがここにあるって教えてくれたんだっけ……」
 ようやく自分のやっていたことの無意味さに気がついたコリンは恥ずかしからか、笑ってごまかした。
「全く、せっかちもいい加減にね、なんにせよ……ここの事を皆に伝えないわけにはいかないでしょ? 早い者勝ちしようとして失敗するよりも……皆で行こうよ」
「……ああ、これで大きな前進になるだろうよ。シデン……ありがとうな。流石だ……流石俺のパートナーだ」
 褒められるとすぐ照れるコリンに対し、シデンはコリンと違って褒められても照れるようなことはせず微笑み返す。
「ふふ、夢で見ただけでお役に立てるなら安いものよ。兎に角、皆に伝えましょう?」
「あぁ、行こう」
 二人は、足場の悪い砂の上を駆け出し、嬉々として皆に伝え合った。二人が伝えた情報を、チルットの青年が大急ぎで伝え、それを他の鳥ポケモンが……と、瞬く間にその報告は砂漠を掛けめぐる。


「……と言うわけでな。シデンが眩暈を起こした時にここの夢を見たとか言って……半信半疑で潜ってみたらあったんだ。不思議なこともあるもんだな……けれど今回の最大の功績になるだろうよ」
 穴を掘れるポケモン達が、次々とその中に入り空間を確認し、最初に発見したコリンを皆が褒め称えたがコリンはその賞賛を受け取らず、シデンの予知夢を褒め称えた。
 すると、今度はシデンの方へ歓声が沸きあがり、&ruby(はやし){囃し};立てるように口笛の音や求愛のときに使う声が鳴り響いた。
「いやぁ……偶然だってば。自分はそんな大層なものじゃ……」
 謙遜するシデンを、珍しいものを見る目でエリックが睨んでいた。
「なんでしょう……エリックさん?」
 その視線に気づいたシデンはそっと訪ねる。
「『時空の叫び』……だな。恐らくは」
「時空の叫び……?」
 聞いたことのない単語を唐突に突きつけられたシデンはオウム返しの言葉を吐いて首を傾げた。
「物に触れることで、その物に関わる過去や未来を覗き見ることが出来るという能力だ。それは、気分の問題なのか……信頼できるパートナーが近くに居ないと出来ないという代物だが……まぁ、納得か。お前らが信頼し合っていないわけがない」
 『信頼できるパートナーが近くに居ないと出来ない』と言う前提条件は、如何にも胡散臭い。しかし、『条件を満たしているということ』は、いつも一緒に居るコリンとシデンを見れば誰もが納得いく情報で、その場の全員が似たような視線で二人を見るものだから、シデンとコリンは互いに顔を見合わせてそれと分かるように顔を赤らめる。
「まぁ、その発動条件とかそう言った類の伝説の真偽はともかくとしても……その空洞のことを探らない手は無いだろう。我こそはと思う者は、手を上げてくれ!」
 十数人が手を上げるなか、勿論コリンとシデンも手を上げ、その中にはエリックの娘であるシャロットもまた含まれていた。
「よろしい……それでは、三人から四人のチームを組んで、ダンジョンの捜索に当たってくれ。
 残りの者達は、他に怪しい場所が無いかを引き続き調査をしてくれ。帰還はまず一日以内に行ってくれ。一応その前にここの名簿に記入しておいて、チームごとに出発時間を明記しておくように」
 皆があわただしく動き始める中、コリンとシデンは申し合わせたようにシャロットの元へ向かう。
「シャロット。自分たちと一緒に行こう?」
「えぇ、私もそう思っていたところです。ふふ、今日はずっと一緒に居られますね」
 シャロットは嬉々としてコリンの元へ寄り添う。シデンほど親密な関係になっていないからなのか、コリンは顔を赤らめることもない。
「さぁ、行くぞ」
 コリンは大きく深呼吸をすると、流砂の中に率先して入っていく。
「もう、コリンさんてばせっかちなんですね」
「アレはもう昔っからだから、治りそうもないね」
 コリンについて、二人はぼやくと、コリンに続くように流砂の中へ入っていった。一行はひんやりと冷たい砂を泳ぐように掻きわけ、下へ下へ。希望目指して進んでいった。


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コリン「僕と契約してお母さんになってよ(ドヤ」
シデン「こんなの絶対におかしいよ……」

[[後編へ>時渡りの英雄第1話:出会い・後編]]

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**コメント [#d967f579]
**コメント [#ncdf189a]

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IP:223.134.161.171 TIME:"2012-06-13 (水) 23:36:58" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E6%99%82%E6%B8%A1%E3%82%8A%E3%81%AE%E8%8B%B1%E9%9B%84%E7%AC%AC1%E8%A9%B1%EF%BC%9A%E5%87%BA%E4%BC%9A%E3%81%84%E3%83%BB%E5%89%8D%E7%B7%A8" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"

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