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悪夢に夢中 ~エムリットの呪いってこんな感じ?~ の変更点


CENTER:&size(30){&color(blue){悪夢に夢中 ~エムリットの呪いってこんな感じ?~};};

#contents
**起 [#b6592abf]
 私には恋人がいる。ちょっとはっきり物事を言えない気弱なところはあるし恥ずかしがりやなところは物足りないけれど、いい彼なんだ。

 その彼がダークライの悪夢に魅せられた。そんな風に聞いて心配しない者がいよう者か。
 この島国では悲しい結末を迎えた夫婦がダークライとクレセリアになったという言い伝えが残り、私たちみたいな幸せな&ruby(だん){牡};&ruby(じょ){牝};の&ruby(おとこ){牡};に限って標的になるとは言い伝えられているが、まさか本当にそんなことになるなんて。

 この街ではよくあることだし、彼の親だって同じ目にあったらしい。死ぬ心配は滅多なことじゃ無いとは言うものの、私は心配なので彼に会いたいと親に行ったのだが、両親の顔は曇っている。
「どうしてダメなんですか? 別に、眠っている間に何かイタズラしようと思っているわけでもないですってば」
 そう突っかかって見せる私に対し、父親はあくまで辛い思いをするかもしれないから――の一点張りだ。
「そうは言っても……どれだけ酷い見た目になっていたって悪夢から覚めれば元に戻るんだろうし……それだけで嫌いになったりしないから」
 食い下がってみると、私も夢に魅せられたことがあって、妻にも少し辛い思いをさせたのだ……と、父親は言う。母親の方を見てみればくすくすと笑っていた。
「でもね……」
 母親は、辛い思いをしたということについては否定するつもりはないようで、それを踏まえた上で付け加える。
「結構面白かったわ」
 なんて言って笑うから、父親は少し戸惑っていた。
「本当に、自分が大丈夫だと思うのならば、看病してあげなさい。息子は部屋にいるわ」
 少しためらいながらも母親はそう言って笑う。父親は止めたいようだったが、母親が押さえつけていた。
「ありがとうございます……行ってきます」
 私は彼が隔離されている部屋の引き戸を開ける。口で開けようと四苦八苦していたところを、彼の母親が開けてくれた。手からは蜂蜜の甘い匂いがした。

 起きてた……まず、それが感想なのかな。彼の種族はキリンリキ。彼の脳は二つあるとされ、一つは普通の生物を同じく本体の頭にあり、もう一つは黒い球体に適当な顔を掻いたような尻尾が小さな脳を持っているのだとか。
 それで、彼は4つの足で立ったまま何かをしているという訳だ。いつもの彼ならば、本体側にある山吹色の毛並みとそこにある茶色い模様を。尻尾側にあるアンチカラーの毛並みに、桃色の鬣をいつも気にしていて、良く私に毛づくろいを求めてきたりする。私がいないときはお得意の念力を使って櫛を使って毛を解いている。
 エスパータイプとノーマルタイプを併せ持つ彼は、つぶらな瞳の上にある真っ白い角を光らせながらそんな風にファッションを気にしているというのに、今日は全くの無頓着だ。
 まあ、本体は寝ているのだから仕方ない。
「この程度で嫌いになるわけなんてないのにな……」
 軽く呟きながら、私は彼に近づいた。不用意に後ろから近づくと尻尾に噛まれちゃうから、近づき方には注意しなければいけないけれど横からそっと近づいてやれば大丈夫よね。

 横顔ではわかりにくかったけれど、ウンウンとうなされながら眠っている彼の顔はとても険しい。額にしわが寄っていてとても苦しそうなイメージを持つ。
 それは、いつもの彼から考える見紛うくらい不格好で不健康で見にくい顔。でも、彼の父さんは今でも惚れてしまいそうなくらい格好いいのだ。彼は父親の血が色濃く受け継がれた同族のキリンリキ。
 父親も夢を見たうえで&ruby(ヽヽ){ああ};なるんだから、色濃く特徴を受け継いだ彼ならこの後も格好いいことだろうし……なんだろう、辛い思いをする要素が無い。
 別に、寝言で私のことを嫌いという事があってもそれは何か色々あったんだろうなと理解できるし、父親は何を心配していたんだろうなぁ……
「わかるかなぁ、シーク君?」
 なんとなく、夢を見ている彼に届くかなぁなんて思って話しかけたつもりだ。
「わからないね。だって、肝心の質問が無いんだもの。質問のない問題は答えられないよ」
 喋った!? これが2回目の感想なのかな。話しかけられてもまともな答えが返ってくるなんて露ほども思わなかったって言うのに。
「あと、シークって呼ぶと紛らわしいから別の名前を考えたらどうかな? 間違えて言いなおしては時間の無駄だろうし」
 流暢に喋っていたのは、『シークと呼ばれるのが紛らわしいから別の名前を考えたらよいと思っている誰か』である。
「あの、君……誰なの?」
 戸惑いがちに私は尋ねた。
「俺かい? 俺は、シークの尻尾かな。特に名前はないけれどなんて呼びたいのかな?」
 尻尾の脳はモノを考えられるほど大きくないと聞いた。それなのに彼が喋っているという事実が、私にはたまらず不思議だった。
「突然言われても……あ、そうだ。&ruby(Seek){シーク};君の逆さ読みで&ruby(Kees){キース};君なんてどうかな?」
「なんでもいいよ。俺は感情なんてないから」
 感情なんてないと言ったにも関わらず、その笑顔は眩しいくらいに輝いていた。

 しばらく、何も言えなかった。さっきまでシーク君は眠っていたはずなのに突然彼の尻尾を名乗るキース君が現れて何か喋り出して、その笑顔が思いもかけず素敵で……
 しかも、何も喋ってくれないんだもの!! つれない子だよ、キース君。
「もう、何か喋ってよぉ!!」
 いたたまれず私がそう叫ぶと、キース君は目覚めて一言。
「何かといわれても、話す必要もないのに話す必要もないからなぁ」
 ひどく面倒そうに、彼はそう言った。そして、続ける。
「俺は、本能も学習能力も知能もあるけれど感情はないから、生きるために必要なこと以外はしたくないんだよね」
 なんて言って、キースはまたもや眠ってしまう。
「もう、それは裏を返せば生きるために必要なことはやるってことでしょ? じゃあ、野良仕事は? 糸紡ぎは? 布折りは?」
「親に外へ出るなって言われているから。この俺の今の状態を見せたら今後になにか影響が出るかもしれないって言ってね。布と糸は、綿花の収穫できる季節じゃないから。
 大体、糸紡ぎや布折りは&ruby(おんな){牝};の仕事だろう」
 ぐ、どうせ私の家ではまだ綿花が残ってますよ。怠け者ではないです、収穫する&ruby(おとこ){牡};と糸紡ぎをする&ruby(おんな){牝};の比率がここの家と違うだけよ。
 こっちは親含めて&ruby(おとこ){牡};二人で、&ruby(おんな){牝};は三人の家族なんだから。
「でも、報酬をくれるのなら仕事をしてもいいぞ。たまには念力を使わないと健康に悪い」
 淡々とした喋り方だった。表情だけは確かに眩しいくらいの笑顔であることは変わっていないものの、何か違う。

「ねぇ、キース君って本当に感情ないの?」
「あぁ、ないよ。だって、シークの奴はいつも君を見るたびにムラムラしていたみたいだけれど、俺は発情期でもない限りそんなことないし。
 ちょっとした色欲に惑わされないのは、一重に感情が無いおかげだね」
 思わず私は、唾を吹き出してしまった。なるほど、羞恥心の欠片もないからこういう危ないセリフまで億すことなく言ってのけるという訳か。それでも、私は辛い思いをするどころかむしろ嬉しかった。
 裏を返せば、感情が無いという事は美しい物を美しいと感じることもできないという訳だ。感情があればムラムラしてくれるという事は、それってつまり私が美しいってことじゃない。
 そんなこと、シーク君は恥ずかしがりだからはっきり言ってくれない。
「ふぅん……シーク君はそんな風に思っていたんだぁ」
「あぁ、お前を子孫を残すべき雌だと考えて、お前の体の準備が整えばいつでも交尾したいと思っているぞ」
 私の開いた口がふさがらず、唖然とした表情を見せていてもキースは平然と喋り続けた。
「あぁ、俺は子孫を残すなら誰でもいいんだけれどね。お前なら大した抵抗もなく俺の子種を受け取ってくれると思うから、第一候補といえばそうかもな」
 歯の浮くようなセリフというか、熱に浮かされて魂が抜けてしまうような恥ずかしいことを全くの平熱でキース君は言うのだ。顔が体毛に隠れていない種族なら、思わず赤くなっていたことだろう。
 まぁ、その前に私の尻尾がそれなりの反応を見せていて、まるで電気を放つ時のようにピンと立っているし、鬣もなんだか逆立っている。やだ、まるで威嚇しているみたいじゃない。
「もう、牝の子の前でそんなこと言わないで!!」
「あぁ、こういう話ダメなのか? それなら、嫌われでもして配偶者の第一候補を失ったら子孫が残せなくなるかもしれないから、好かれるためにもそうするよ」
 駄目だキース君。こいつ本能のままにしか動いていないどころか、常識すらも疑わせる発言ばかりしている。こいつの言葉は顔がフレアドライブしそうである
 私のことを配偶者だなんて……配偶者だなんて……ちょっと嬉しいじゃない。でも、それとこれとは話が別。
「もうちょっとデリカシーってものを考えてよ」
「仕方がないだろう、俺はモノを考えることが出来るほどの賢さがないから、知識はシークから借りているんだ。まだ慣れていない借り物の脳なんかにデリカシーを期待する方が間違っている。
 そんなにデリカシーを期待したいなら、努力はするがもうなるべく来るな」
 感情が無いのだから仕方がないだなんて……なんて勝手な。
「わかったよ、もう知らない」
 プイっと振り返り、私は部屋を後にした。両親にも不機嫌な様子が丸わかりな感じで、母親は「ほらね」と笑っていた。

 でも、思ったより辛い思いはしなかったし……何より明日また来いって言われたから……はぁ。悪夢が覚めるまで行くのは嫌な感じだけれど、なんだか嬉しいこともあった気がするし、また行ってみたいという気もするのだ。
 それはそうと、朝のお仕事に行かなくっちゃ。大して時間は食っていないけれど、午前中の作業は少し急ぎ目にやらないとダメそうだな。

**承 [#v8b1afaa]
 今朝のシーク君との面会は色々むかつくこともあったけれど、嬉しいことがあった気がするけれどそれってなんでだろう? え~……っと。
 そうだ、シーク君が私を見るとムラムラするという事よね。本能のままに動くだけなら相手は誰でもいいけれど、きーす君の見立てでは私が最も彼を受け入れてあげられる存在だからって私が一番の配偶者候補だとも言ってくれた。
 本能のままに動いたら、男はみんな強姦でもするのかとも思っちゃったけれど、そんなことはないみたい。確実に子孫を残すためには、確実に自分を受け入れてくれる相手を――それが私ということか。
「くすっ」
 なんだかおかしくて笑っちゃう。
「感情が無いから恥ずかしいことも臆面なく言えて、それが本音なのね」
 もし起きた時にこのことを教えてあげたら、シーク君はどんな顔をするだろうか。きっと顔がフレアドライブ((顔がフレアドライブ:『顔から火が出る』の意))するだろうな――なんて考えるだけでなんだか面白い。
 デリカシーが無いのは、まだ脳を借りることに慣れていないからだ……なんて言っていたな。それじゃあ、明日になって脳を借りるのに慣れてしまえば、もう少しまともに話すことも出来るのだろうか?
 もしそうならば、また話してみるのも悪くないように思えた。まぁ、そんなことばっかり考えていたら作業中に何度も手が止まっちゃって、結局作業が夜まで終わらなかったんだけれど。

 翌日。今日は昨日と違って朝ではなく夕方にキースの元に会いに行く。母親は「やっぱり来たわね」なんて言って笑う。ノーマルタイプ一色の割にエスパータイプ持ちの夫を差し置いて勘はいいらしい。
 さて、今日はどうしているのか……寝てる。寝ることしかやることが無いのであろうか、尻尾は起きているんだけれど借り物だとかいう本体の脳はとりあえず眠っているようだ。
「キース君、起きてる? 昨日の夜は作業が遅れちゃったから迷惑かなって思って来なかったけれど、
 今日は早起きしたから早めに切り上げられたんだ」
「起きてるよ。というかお前、生きるためにも生殖のためにも必要のないお見舞いなんてよくやるな?
 感情のある奴の行動って言うのはそんなものなのか?」
「そういうものだと思うよ。こうやって関係を深めていくことで、私を大事にしてくれるかどうか、子供を残すにふさわしいかどうかを見極めるの。
 まぁ、&ruby(おとこ){牡};は自分の子供が残せるなら誰でもいいと考えているみたいだけれど」
「そうだね、だって&ruby(おんな){牝};は一度に孕める量は限界があるけれど、&ruby(おとこ){牡};は孕ませる量には限界はないから。
 まぁ、記録に挑戦する競技でもあれば限界ってものもあるだろうけれど、いくらなんだってそんな競技は行われないだろうよ。
 だから限界は無いって言い切っても問題はないよね」
 またも相変わらずの、この減らず口。このキースとか言うのは本当に恥が無い厚顔無恥な奴である。
「相変わらずデリカシーが無いのね」
「そうなのか? これでも昨日よりも慣れたつもりなんだけれどな。でもまぁ、あれだ……どうせ俺の言葉なんて大した意味を持たないんだから俺が何を言ったところで大してシークの評価は落ちないだろう?
 結局、デリカシーがあろうが無かろうが、今後お前と生殖出来るかどうかはほとんど変わらないと思うんだ。それとも、お前は俺のせいでシークを嫌いになるのかな?」
「そんなんじゃシーク君を嫌いにはならないよ。キース君を嫌いになることはあるのかもしれないけれど」
「なら安心だ。だが、今思えば心の調子が悪いと体まで調子が悪くなることだってあるんだよな。俺の子孫を残すかもしれない&ruby(おんな){牝};がそうなってしまったら困るから、一応デリカシーについては気をつけてやるよ」
 臆面もなく、顔がフレアドライブしてしまいそうなほど恥ずかしいセリフ。子孫を残すなんてストレートなセリフはどうも体に悪そうだ。デリカシーについて気をつけると言いながら、デリカシーのない発言をするとは、このキース、なかなかの大物である。

 そういえば、昨日も似たようなことを言われたような気がするけれど、なんだっけ? あぁ、そうだ……昨日は『嫌われると子孫が残せない→だから気をつける』と言ったのだ。
 でも今日は、『嫌われることはないだろうけれど、心が体に与える影響を無視することは出来ない→だから気をつける』と、そんな流れなのだ。
 感情が無いと言いつつも、感情を理解している節がある。そんな風に思えてこれからどんどん賢くなっていくんじゃないかな――なんて、私はちょっと期待した。
「しかし、殺気は相変わらずって言っちゃったけれど言われてみれば昨日よりちょっと成長しているじゃん。その調子でいけば本体より賢くなっちゃうんじゃないの?」
「それはない、ダークライは新月と呼べる三日間しか悪夢を見せないからな。したがって、一昨日の夜に夢を見せられた俺は今日の夜でその役目を終える」
 あぁ、なるほど。
「それが辛い思いをするってことなんだ」
「何がだ?」
「あぁ、貴方の母さんが、お見舞いに来ると辛い思いをすると言っていたのよ。それは、あなたとの別れがつらいという事なんだなって」
「何を言っているんだ、お前は? 感情のない奴が感情のある奴を幸福にできるわけもなかろうに。逆もそう、例えば俺が誰かを喰い殺しでもすれば別だけど、お前に悲しみを与えることだって出来やしないさ」
「でも、私はちょっとキース君のこと好きだなぁ」
「そうなのか? 感情があればこそ、無意味に守ってやろうと思ったり強さや賢さ以外の一面にも引かれるのだろう?
 お前が、俺の子孫を残したいと思っている以上は俺もお前を守ろうと思うけれど、俺は他人の子供が危ない目に逢っていても無視するような奴だぞ?」
 淡々と語るキースに対し、オニゴーリの首を取ったように私は反撃の言葉を用意している。
「じゃあ、私が『危ない目に逢っている他人の子供を助けないと貴方の子供を残してあげない』って言ったらどうするの?」
「場合による。俺が大怪我したり死ぬようなことはしない。割に合わないからな。だが、簡単に助けられそうな場合はそりゃ助ける。
 それに、お前に頼まれなくてもその子の親から何かもらえるとするならば、助けるぞ。
 でも、全くの無償で助けるなんて無理だ。そんなことはシークに頼め」
 さばさばとしたキースの口調は、確かにむかつくが、感情が無いのだから仕方がないと割り切ってしまえば案外楽しいことに気が付く。

「じゃあね、キスしてくれなきゃもう金輪際貴方の子供なんて宿してあげな~い」
 一応シーク君とキスをしたことはあるけれど、その時はシーク君が照れてしまって、ぎこちないし短い非常に淡白なキスだった。流石に、いくら格好いいシーク君の体だからって感情のないまま童貞を奪うのはかわいそうだし、私自身納得もいかないからそれはやらない。
 けれど、あの時もしシーク君が積極的だったらどうなっていたのか……なんて考えてみると少し想像が付かないから。
「だから、キスしてよね?」
 と、頼んでみたくなる。

「ふむ、キスか。別に病気と言う訳でもないだろうし、危険はないだろうからそれぐらい構わないぞ。どんなキスがいい?」
 シーク君だったらとても繰り出されないような積極的なセリフ。
「積極的なのね」
「こういう方が好みなんじゃないのか? キスを嫌がった方がいいならそうするが」
 感情が無いというのはここまで便利な物なのか。いいように操り人形にしているみたいで罪悪感が沸く上に、盗み聞きでもされているんじゃないかと周囲の目は気になる。
 いくら小声で話しているから、よもや家の人たちには聞こえることもないだろうとは思っても後ろめたい気分だけはどうにもならないのだ。
 ……ええい、気にしてなるものか。とにかく、楽しんでやろうじゃない。
「いや、シーク君がそう言う性格じゃないから、少し驚いただけ」
「そうか。で、もう初めていいのかな」
 照れる様子もなく、真顔でキースは言う。
「うん、じゃあどんなキスがいいのかって質問の答えだけれど……深く濃厚な大人のキスで」
「ふむ、よく分からないが努力してみる」
 キリンリキの舌は長くて、高い所にある葉っぱにも届くようになっている。それなのにシーク君はその舌を有効利用しようだなんて殊勝な心掛けは欠片もなく、本当につまらないキスだった。
 でも今はあれだ。要望をどこまで理解してくれるかはわからないが、努力してくれるようだし、悪いことにはならないだろう。あぁ、緊張する
「じゃあ、遠慮なく」

 私は唇を合わせた。なんというか……キース君はいろいろ勘違いしているような気がする。長い舌をぐいぐいと突っ込んで喉の奥まで刺激するような。確かに深くて濃厚だけれど、そう言う事じゃないでしょうよう。
 私が言っている深くて濃厚って言うのは、もっとこう……舌を絡め合うようなので、決してこう……喉の奥を小突かれることで吐き気を催すようなものじゃ……おぇ。
 私の舌のザラザラを感じてくれるのが理想であって、そんな乱暴なんじゃないのよ。それなのにキースはそんなことを欠片も理解してくれないようだ。
 積極的かつ濃厚なのはリクエスト通りだからそこら辺はシーク君より上だけれど、こうまで不快なんじゃプラスマイナスゼロじゃないのよ。もう!!
「ちょっと、喉の奥小突くのやめて……吐き気がしてきた……」
「深いのがいいんじゃなかったのか?」
「何言っているのよ。あれじゃ深いじゃなくって不快よ!!」
 私は声を荒げて、ダジャレみたいなことを言ってしまう。まぁ、相手は感情が無いから笑われはしないのだろうけれど……
「誰がうまいことを言えと……って返せば満足なのか?」
 こうやって返されると無性に腹が立つ。
 ええい、こうなりゃいくところまで言ってやらぁ。
「つまりね、大人のキスって言うのは舌を絡め合ったりお互いの歯ぐきや歯を舌で愛撫し合ったり、唾液を交換し合ったりとかそういう事を言うのよ。
 口の中をマッサージするような感覚で……ね?」
 このセリフばっかりは、さすがに私といえども顔がフレアドライブしそうな気もしたが、相手は感情が無いので恥ずかしがる必要ない……盗み聞きされていなければね。
「なるほど、わかった。やってみる」
 これは、説明するのが疲れるかもしれない。

「じゃあ、今度こそ」
 感情が無い相手を誘導するのは、存外に疲れそうだ。
「ん、ん……?」
 けれど、今度は悪くない。最低限の動きは出来ているというかそういう感じだ。口の中に入り込んだキースの細長くよく伸びる舌が、私の歯列をなぞるようにして口の中をまさぐり、奥歯まで到達してはそこをいじくりまわす。
 私のアゴはゆるゆるとキースの舌の侵入を許して、互いの舌を絡め合った。その瞬間が、どんな木の実よりも甘く溶けてしまいそうだった。口の端や鼻から空気を取り込んで、休むことなく味わいつくす私はいつしか吐息が漏れ出す。
 キースは獲物の肌に喰い込ませて、首を絞めるための牙が外れないようにするための牙が気に入ったのか、そこら辺を重点的に弄る。もう、どれほど時間がたったかなんて覚えていない。
 空気を読まないくしゃみが私の鼻からもれそうになって。それが、切っ掛けとなって永い永いキスは終わりを告げた。
**転 [#da55e5ef]
「満足したか?」
 こうまで、あっさりと言われると&ruby(おんな){牝};を金で買った&ruby(おとこ){牡};よりも空しいんじゃないだろうか。
 私はどちらかと言うと買われる立場だが、この土地は飢饉に陥るような場所ではなく、出稼ぎに行く必要もない。
 だから幸運にもそういう商売はしたことが無いので分からない。
 だというのに、よもやこんなところで逆の性別の立場を経験してしまうとは……ダークライの悪夢おそるべし。

「したわよ~。まぁ、ちょっと体は疼いちゃったけれど、だからって童貞を奪っちゃうのは忍びないからね、今日はこんなところでいいわ」
「ふむ、今日は……と言っても、明日には俺はもう本体の意識に押されて意識を表面に出せなくなるからな……んまぁ、そうすればやっと俺も親から働いていいと許可を出されるわけだ。
 全く、体が動きたいって疼いているのがよく分かる。生きるためにはやっぱりそう言うことも必要なんだな」
 淡々と、キースは語った。
「シーク君は、悪夢を見ているのよね? 内容は分かるかしら?」
 そう。なんだか知らないけれど、調子に乗って私は楽しんでしまったが、シーク君は苦しんでいるのだ。
 なんだか、自分だけ楽しんで悪いことしたなぁ――なんて私は思って、そんなことで何が変わるわけでもないけれど心配してあげようと思った。
「そうだね食べられてしまう夢を見ている。君にね……今、ハラワタを引きずり出されているところだよ」
 どんな夢かと思ってみれば、なかなかにハードな夢を見ているようだった。
「あちゃ~……私のこと嫌いになったり、起きたらおびえたりしていなければ良いけれど……」
「まぁ、大丈夫じゃないか? 俺はお前のこと怖くないし、夢は夢って割り切るだろうよ。ま、最初はぎこちなくなる可能性もあるけれどな」
 なんだか、本当に客観的な意見なのでなんだか逆に安心する。この上なく冷静で、この上なく正直。
 キース君自体が夢を見ていないわけだから、そういう意味では現実味と言うか実感にかけた意見ではあるけれど……そこまで追及しても結果は変わらないか。

「そう言えば、今日でもう悪夢は覚めるんだっけね」
 何でかな、ちょっとばかしシーク君じゃなくってキース君が好きになっちゃった。もうすぐ会えなくなるだろうって言う考えが、名残惜しさと相まって勘違いさせるだけなのかもしれないけれど……
「あぁ、俺の意識もそろそろ薄くなっていくだろうよ」
 ううん……違う。シーク君はとってもいい人なんだけれど積極性が無かったし、いつも言いたいことも言えずに口をモゴモゴさせていた。
 そんなイメージがある。だから……
「ちょっと寂しいなぁ」
 私が、生まれつき威圧感の強い種族であることが問題なのかもしれないけれど、私の眼光はシーク君を脅すためにあるんじゃなくって、
 むしろお互いを包み隠すことのない灯台の明かりのようであってほしい。
「なんだ、感情のない奴と別れるのが寂しいのか? 変わり者……なのかな?」
 包み隠さない、物おじしない、そして正直に物を言う。キース君は感情が無い分それがあまりに極端すぎて、ストレートに物を言われた時はむかつくと言えばそうだけれど、それはそれで嬉しいことだってある。
 だって、シーク君には無い物を持っているから。
「かもしれないわ。でも、シーク君はズバズバと私に何かを言うような人じゃないから……貴方がそうしてくれたのがちょっと嬉しかったみたい。
 シーク君ももうちょっと正直に物事を言ってくれると嬉しいんだけれどなぁ」
「ふむ、だったらそれをシーク本人に言ったらどうだ? 俺はシークの脳を借りて喋っているだけの尻尾だ。それを伝えることはあいにく出来そうにない」
 うん、わかっている。だから……
「そうするわ」
 そう言って私は笑う。
「ありがとう、キース君……君と話した二日間、少し楽しかったわ、また明日来るけれど……その時はきっとシーク君に戻っているのよね」
 笑顔は崩さない。
「あぁ、多分な。だから明日からはまたいつも通りの日常だよ」
「そう、良かった」
「でも、俺も変わらずにこの尻尾の中で生きている……だから、寂しがる必要はないぞ」
 言われて私は、唖然として何も言い返せなかった。
「なんだ、こういう事を言ってやれば好感度でも上がると思ったのに。これじゃ、次の繁殖期が来ても交わってくれるかどうか……」
 全く、このキースとか言う&ruby(おとこ){牡};は……本当にしょうがない&ruby(おとこ){牡};だ。今の一言がなければ本当にドキュンと来ちゃったかもしれないのに。
 打算だけで動くというのはいいのだが……そう言う事を口にするのか普通? まぁ、感情が無いのだから仕方がない……のかな?
「そうね、キース君がもう一度気の利くことを言ってくれたなら、考えてあげる」
「そうか……」
 キース君は少し考えて、そして口を開く。

「シークの奴に、いろいろ伝えるんだろ? もっとお前好みの配偶者になってもらうために」
「うん」
「じゃあ、頑張れよ」
 眩しいくらいの笑顔と共に言ったそれは、気の利いた一言だと認めざるを得なかった。
「よし、今のは気の利いた一言だったわ。合格」
「そうか。次の繁殖期を首を長くして待っているぞ」
 首長ポケモンと言う二つ名を持つキリンリキの首がこれ以上長くなってどうするのか。またもや気の利いた一言のように感じられて、私は思わず微笑んでしまった。
「じゃあね、また明日」
「あぁ、また明日」
 私は引き戸を開いて彼が隔離された部屋を後にする。
 感情もなく、打算だけで生きているなんて冷たい奴だと思うかもしれないが、その打算と言う行為自体が少し面白いと感じた。多分、冷徹と呼ばれる人種よりかはよっぽど暖かい、平熱のキース君はちょっと素敵だ。
 エムリットに触れた者は三日にしてあらゆる感情がなくなるというが、エムリットの呪いを喰らうとあんな感じになるのであろうか? 流石にそれを確かめてみる気はないけれど、ちょっと興味深い。

 悪夢を見ているシーク君には悪いけれど、やっぱり少し面白かった。
 もうキース君に会えないとなると少し寂しいけれども、言うほど辛い思いはしなかったけれどなぁ……なんて、シーク君の母親に漏らしたら、なんとびっくり母親も今の夫に同じようなことをやらせたらしい。
「寝ている間にイタズラなんてしませんって言ったのにね」
 と、首に手をまわしてから、ヒソヒソ声で彼の母親は言う。顔の左に置かれた手からは蜂蜜の甘い匂いがした。
 それで父親は、顔がフレアドライブしそうなくらい恥ずかしい思いをして、それを息子に味あわせたくないからあんなことを言ったのだという。
 母親は、夫に足りない部分を見つけることが出来たから、夫が悪夢を見ている手前悪いけれど楽しかった――なんて言いながら笑っていた。そして、私に向かって『息子の顔をフレアドライブさせてやりなさい』なんて言って、親指を立ててみせる。
 昔のことを思い出したのか、彼の父親の顔は今すぐにでもフレアドライブしそうだ。
 まったく、母親は根性の特性があるから火傷してもそれほど支障はないんだろうけれど、私は火傷なんて負ったら結構死活問題だというのに。
 帰り道にて、そんな風に自問自答していたらあまりにくだらな過ぎて笑えてしまう。
 今の私は、自分の考えたことですら笑えてしまうほど上機嫌なのだ。

**結 [#d5f88a4a]
 これは今でも議論が分かれていることで、私達のような幸せな&ruby(だん){牡};&ruby(じょ){牝};が悪夢の標的に選ばれる理由の説が二つある。
 この島に住むダークライだが、元々は心優しいニドリーノだったといわれている。その妻であった同種の雌の第一形態に当たるニドランは、ニドリーナへ進化をすることで同時に閉経を迎えてしまう。
 そのため子供のいなかったその夫婦は、進化を恐れて夫婦共に進化を止めるために必要な物がある場所へと旅立とうとしたが、島国の掟や恐ろしい言い伝えに阻まれて間に会う事なくニドリーナに進化してしまった。
 その後、ニドリーノは自分たちに子供が出来ない体になったことを絶望して、口論になり村の祈祷師をはずみで殺してしまった。
 そうして、二人は捕まる前に心中したというのは有名な話である。
 その後、夫は『掟や常識を打ち破るだけの力があれば……』と、ダークライになったといわれている。ニドリーナは『私に翼があればよかったのに……』と、クレセリアになったというのが神話である。

 だから嫉妬して、幸せな二人を妨害しようなんて考えているから悪夢を見せるという説。
 もう一つは、悪夢をきっかけに絆を深めたり、ふさわしくない縁談を破たんさせるために、クレセリアと共に夢を見せているという説がある。
 私の場合は、後者かな? いや、後者だと言い切れるように……
「明日から頑張らなくっちゃ」

 そうして言ってみて気が付いた。明日私が頑張ってみて、シーク君に足りないものをうまく教えることが出来たなら、私はシーク君がもっと好きになるだろう。
 そしたら、次の繁殖期までに結ばれている可能性は高くなるという訳だ。
 キース君はそんなところも打算していたのだろうか……なんて考えたけれどどっちでもいい。
 
 キース君はキース君で素敵なところもあったけれど、シーク君はもっと素敵だし、明日から頑張ってこれまでより素敵な存在にしてやるんだもの。
 だから、感情のない奴の言ったことなんかに心を惑わされる必要なんてないさ。
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&color(blue){【作品名】 悪夢に夢中~エムリットの呪いってこんな感じ?~ &br;【原稿用紙(20×20行)】 38.2(枚) &br;【総文字数】 12422(字) &br;【行数】 267(行) &br;【台詞:地の文】 35:64(%)|4461:7961(字) &br;【漢字:かな:カナ:他】 31:62:4:1(%)|3872:7773:551:226(字) };

 ダークライとキリンリキが好きなのに誰も書かないので自給自足しちゃいました。

 物語のコンセプトは、「感情をなくした知能の高い生物はどんな反応を見せるのか?」という事です。
 最初はエムリットを出そうとも思ったのですが、それではあまりにもつまらないので、私の好きなポケモンを起用してみたらうまく纏まったという感じです。
 ただ、一時的に感情をなくすきっかけにダークライの悪夢を採用したのはいいのですが、肝心の悪夢を見せる理由が思い浮かばない。もちろん、ただ目についたから悪夢を見せました……なんて理由でも構わないのですがね。

 そんなとき、とある変わらずの石を題材にした話を見て、昔話のインスピレーションが沸き上がってきました。
 昔話では人間が鶴になったり竜になったりするので、普通のポケモンがダークライやクレセリアになっちゃってもいいよなぁ的なノリですが、それなりに納得のいく理由と思ってもらえたら幸運です。

 このお話では、彼と彼の父親以外の種族は明らかにされていませんが……母親と主人公の種族はわかりますよね?

**米 [#sf970ff3]
 感想などあれば、ぜひ聞かせてくださいませ。


#pcomment

 


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IP:125.198.70.102 TIME:"2013-11-22 (金) 17:21:24" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E6%82%AA%E5%A4%A2%E3%81%AB%E5%A4%A2%E4%B8%AD%E3%80%80%EF%BD%9E%E3%82%A8%E3%83%A0%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%AE%E5%91%AA%E3%81%84%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%93%E3%82%93%E3%81%AA%E6%84%9F%E3%81%98%3F%EF%BD%9E" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 10.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/6.0)"

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