ポケモン小説wiki
常春の園にて の変更点


#include(第十七回短編小説大会情報窓,notitle)

&size(36){&color(pink){常春};の園にて};


[[水のミドリ]]





「このお花を枯らしていただきたいのです」

 庭師として雇われたキノガッサのノギに課せられたのは、その真逆ともとれる仕事内容だった。この広大な庭園の管理者で、彼の雇い主でもあるドレディアを前にして、ノギは「はあ」と返すしかなかった。
 パイン材のガーデンテーブルを挟んで紅茶を嗜むドレディアのルルナリアは、流麗な手つきでその後頭部へ&ruby(いただ){戴};いた大輪を指した。口許を大きな葉の手で覆って、悪戯好きなエルフーンを彷彿とさせるように小さく笑う。

「ドレディアは意中の殿方とつがいになると、頭の花をたたんでしまうと、聞いたことはございませんか」
「まあ、教養として」
「ですから、ノギさん。貴方には、&ruby(わたくし){私};の花を見事に枯らしていただきたいのです。それはもう木枯らしのように」
「……なるほど」

 曖昧に頷いて、ノギは少しぬるくなった紅茶を飲んだ。メイドのキュワワーがカタカタと音を立てて運んできたそれは深紅に透き通っていて、知らないハーブの味がする。腹へ流れていく初めての味に喉のあたりがガサガサする違和感。キノガッサの傘の下で、彼は眉を曇らせた。

 4月も後半に入った頃。旅の探検家として渡った先の大陸、補給と休養を目的とした町で彼女を見かけた。メブキジカの&ruby(ひ){輓};く幌馬車へ乗りこんだドレディアのポシェットから、折り畳まれた紙きれがひらりと舞ったのだ。
 ノギが爪を伸ばして捕まえたそれは20年以上前に描かれたもののようだった。折り目は薄茶け、すっかり色褪せたそれに現れる幼いチュリネ――落とし主だろう――と、チョボマキのスケッチ。『命に代えてもあなたにお仕えします』なんて拙い足形文字が添えられていて、まるでままごとで書かれた誓約書のよう。
 それがなんだか印象的で見入ってしまい、ノギが落とし主を呼び止める頃には、馬車は土煙を巻き上げ遠くへ去っていくところだった。
 どうせただの子供のお遊びだ、と、破り捨ててもよかったものなのに。ノギはどうにも気がかりで、町のポケモンにあのドレディアの所在を聞いて回った。すぐに素性は知れ、彼女はこの領土を治める伯爵家のひとり娘で、&ruby(かき){花卉};園芸家としても腕が立つのだそう。案内された城下町の外れには、ぐるりと高木で囲まれた立派な屋敷があった。
 旅の者だと伝えると、路銀にはお困りないですか? 大切な手紙を拾ってくださったお礼に、ぜひ雇いたいのですが。と返ってきた。
 無難なダンジョンに潜って資金繰りでもするか、と悩んでいた貧乏旅のノギに断る理由もない。のこのこやってきた勤務地で、頭の花を枯らすように、と&ruby(からか){揶揄};われたわけである。

「&ruby(わたくし){私};、春が大好き。桜の咲いている間は嘘をついても許されるって、ご存知ないかしら。ほら、チェリムはたいてい裏表のある性格をしているでしょう? ですから、嘘に寛容なの」
「エイプリルフールのことですか。ええと……」

 正確には4月の初日、それも午前中にだけなら嘘をついてふざけようという風習。地域差はあれど、桜の開花時期は嘘をつき放題、だとすれば小さくない混乱をきたしそうだ。彼女の勘違いをそれとなく訂正しようとも、嘘がお上手ね、とはぐらかされた。冗談なのか本気で言っているのか。毎日がエイプリルフールだと信じる者に、そうでないと説得するのは難しいものなのかもしれない。

「お庭はどう? 気に入っていただけたかしら。特別な育て方をしていまして、ここのお花……実は全く枯れないの」
「はあ」

 あからさまと分かる嘘を受け流し、ノギはぐるりとあたりを見回す。タンポポ、ペチュニア、視線をあげれば木立ち性のモダンローズ……、あちこちで春の花が咲き誇っている。噴水のある池を挟んで向こうには、この大陸では珍しい桜の木が等間隔に並んでいた。

「甘い匂いで酔いそうです。キノガッサの僕には華やかすぎて」
「すぐに慣れると思います。4月の終わりまで働いてくだされば、これくらいは」ルルナリアはお茶菓子のビスケットを3枚手に取ってノギの前の皿へ置く。これが金貨とすれば、探検家ギルドの特級依頼の報酬と同じくらい、2ヶ月は暮らすに困らない額だ。「それとは別途、私の花を枯らしていただけたのなら……、このお屋敷ごと、差し上げますわ」
「……それも嘘、ですか」
「うふふ、まさか。お給料は必ずお支払いします。では、本日から10日間、お願いしますね。詳しいことは、私の騎士でもあるモルスに聞いてください。彼、なんでも知っていますから」

 咲きがけのツツジの生垣に目をやると、シュバルゴが黙って両腕の2本槍を振るっていた。余分に伸びた&ruby(そくし){側枝};を切り戻し&ruby(そうし){草姿};を整えている。手際良く&ruby(せんてい){剪定};する彼は、ルルナリアがまだチュリネだった頃からのお目付役兼、伯爵令嬢を護る騎士だそう。
 よろしくお願いします、とノギが頭を下げても、「……分かった」とぎこちなく返されただけだった。





「嘘だな」
「――ああやっぱり! 危うく本気にするところでしたよ!」
「本気にしたところで、身分違いの恋がお前を苦しめるだけだ」
「えと、まあ……そうですけど」

 次の次の日、つまり花園での労働3日目。ノギがどうにか打ち解けた庭師のシュバルゴにおそるおそる尋ねれば、案の定の返答があった。目深に被った&ruby(かっちゅう){甲冑};と愛想のないせいで老いて見えるが、鎧の光沢を考えれば年齢はノギとそう変わらないかもしれない。

 キノガッサという種族柄か、仕事は主に水辺の苔類の世話を任された。&ruby(はんも){繁茂};しすぎている群生をつまみ、別の岩場へと移し変える。うまく根付けば、岩肌に新たなコロニーができるはずだ。
 多少浮遊できるモルスは、庭園の縁、屋敷を隠すようにぐるりと囲いこむコニファーの天頂を刈りそろえていた。ノギもある程度の高さなら爪を伸ばして高枝を捌くことができるが、それを任されるには経験が浅い。落ちた枝葉を回収する。
 庭師としての技術なら、長年勤めてきたモルスに及ぶべくもない。が、ノギはこの花園の&ruby(あるじ){主};であるルルナリアと同じ植物グループだ。そういった点で、庭木とは親しみが深かった。

「あの、ビオラ、&ruby(てきしん){摘芯};しすぎじゃないですか? 花数が多すぎて風通しが悪そうですけど」
「……」
「このままでは株が弱りますよ」
「これでいい」
「でも」
「いいから」

 煩わしげなしゃがれ声。モルスは背にしたままノギへ水をやるように指示する。ホエルコを模したジョウロから放射状に散る水は、オーロラベールのような色合いをしたビオラの花弁に弾かれ、根元の土を湿らせることはない。効果は半減だ。
 3日通い詰めるうち気づいたことがある。落ち葉は積もるのだが、本当に花が枯れないのだ。ルルナリアの嘘が脳裏をよぎる。――そんなまさか。ノギは身震いした。お屋敷には町のポケモンも買い付けや見物に訪れるが、手入れの行き届きすぎた庭はどこか部外者を寄せ付けない気配があった。

「それにしても広いですね。これをおひとりで管理しているんですか」
「まあな」
「花を枯らさない育て方、僕とても興味あります」
「口よりも手を動かせ。日が暮れる」

 やはりすげない返答。彼らは何かを隠している、と探検家としての勘が囁いていた。聞き出して情報を掴め、と。

「ルルナリアさんに気に入られるために、彼女についてもっと知っておきたいんですけど」
「無駄だとは思うがな」
「そう言わずに教えてくださいよ。ずっとお仕えしてきたんでしょ?」

 モルスは槍を止めず、&ruby(かぶと){兜};の穴から値踏みする目つきで旅のキノガッサを見る。果たしてフッと鼻を鳴らして言った。

「……よく飲まれる紅茶はローズ。1日に3時間は日光浴を欠かさない。春をこよなく愛し、4月の花を保つよう俺へ言いつけられた。旅の話を聞くのがお好きだから、お茶会に招かれたら聞かせて差し上げるといい」
「嘘じゃないですよね」
「主について嘘をつくのは不義理だ」
「忠誠心の堅いことで」

 モルスの言葉の隅々からルルナリアのハートを射止めるのは無理だと決めつけている雰囲気があって。今に鼻を明かしてやる、とノギはたやすく焚きつけられるのだった。





 別の日、モルスの予見通りノギはルルナリアに呼びつけられお茶の席の話相手になった。深紅の紅茶はローズのハーブティだろう、ノギはまだこの味に慣れず喉奥が&ruby(ただ){爛};れた気分になる。
 給仕のキュワワーが下がって、ルルナリアがたおやかな笑顔を見せた。

「お仕事はいかがです。お気に召したお花はございました?」
「ええまあ。とにかく敷地が広大で、まだ周りきれてないですが」
「遠くに見えるピンクの花が素敵でしょう? 桜という種類なのです」
「知ってます。僕の故郷にも咲いていました。この時期になると一斉に散り始めて、川面が花びらで覆われるんです」
「それも素敵ですね」

 ルルナリアはティーカップを置き、その手で口許を隠した。口許へ手をやる仕草は、彼女が嘘をつくときに見せることが多い。ノギはそう睨んでいる。

「お尋ねしたいのですけれど」
「どうぞ」
「モルスさんって、ずっと昔から一緒に暮らしているんですか?」
「彼が従騎士の頃からお屋敷に出入りしていたから、もう20年になるかしら。貴方が拾ってくださったスケッチにも、私とともに描かれていたでしょう?」
「ええ、まあ……」

 あれも私が嘘を言ってドーブルに描かせたのですけれど、と冗談めかし、令嬢は懐かしむように青空を仰ぐ。

「思い出はたくさんあります。今でこそ頼りがいがあるけれど、進化する前は自分の殻に引きこもった、私の冗談を真に受けてオドオドするような子だったのです」
「え、そうなんですか?」
「嘘ではございません」

 寡黙でいかめしい雰囲気のモルスからは想像しえないエピソードで、ノギは声をあげた。進化のタイミングでお目付役のチョボマキに何があったか気がかりだ、とても。
 先を促すノギの雰囲気を察して、あれもちょうど4月のことだったかしら、とルルナリアは話し始めた。

「以前はこの町も治安がよろしくなくて、私はずっとお屋敷で暮らしていました。でもどうしてもお祭りへ行ってみたいって、モルスに駄々をこねたことがありましたの。彼、引き留めなければなりませんのに流されて、ふたりで街を散策したのです。そうしたら案の定ひと攫いに襲われて、その時に彼が進化して、お尋ね者の方たちをひとりでやっつけてしまいました」
「えぇ!? ……って、それも嘘なんでしょう?」
「さぁ、どうかしら。私も気絶してしまっていて、うまく覚えておりませんの」

 ノギがこの町を訪れた時、4月頭に開催される復活祭はすでに終わっていた。石など専用の道具を使って、もしくは他者との交流を育むことで進化する行事が催されたばかりで、露天をたたんでいる行商とよくすれ違った。城下町は祭りの後のうら寂しさで、ノギは泊まった宿屋のモロバレルの亭主から、もう少し早くくればよかったのにねえ、と残念がられたのを思い出す。
 ノギがこの町を訪れた時、4月頭に開催される復活祭はすでに終わっていた。石など専用の道具を使って、もしくは他者との交流を育むことで進化する行事が催されたばかりで、露店をたたんでいる行商とよくすれ違った。城下町は祭りの後のうら寂しさで、ノギは泊まった宿屋のモロバレルの亭主から、もう少し早くくればよかったのにねえ、と残念がられたのを思い出す。
 周辺諸国からポケモンの多く集まる祭りはそういった犯罪の温床でもある。ルルナリアの話もあながち絵空事ではないかもしれない。

 ひと通り話し終え満足したのか、ルルナリアは紅茶で喉を潤して、考えこむノギへと目を向けた。

「次は貴方の旅のお話を伺いたいわ」
「えと、そうですね……」

 ノギはモルスの耳打ち通り、ダンジョンで味わった苦い体験や依頼者のエピソードなどを潤色して披露した。初めて依頼を達成したときの感慨、モンスターハウスをキノコの胞子で切り抜けた武勇伝、誤ってカクレオンの商品を持ち出してピンチに陥ったこと……。終始ルルナリアは笑顔で聞いてくれ、感触も悪くない。ノギは探りを入れる当初の目的も忘れ、これはひょっとしたらひょっとするかも、と内心浮わついていた。





 さらに数日。モルスに連れられ、ノギは正方形に区切られた広大な池の向こう、等間隔に並んだ桜並木にまで足を伸ばしていた。

「お前、キノコの胞子は使えるか」
「ええまあ」
「桜へ向けて、それを撃て」
「なぜです」
「よく見ろ」

 傘の下から目を細め、槍の先を認めたノギはあっと声をあげた。遠目に眺めただけでは分からなかった、桜の枝を伝う宿り木めいて細長い蔦が張り付いている。それは粘液を纏って潤み、どうやら花が散らないよう栄養を送っているらしい。
 あの家政婦のキュワワーだ。彼女たちは頭から伸びる蔓へ摘んだ花をくっつけると聞いた。そうして着飾った花は枯れなくなるそうだ。それに似たものを体から生み出し桜の幹へ巻きつけることで、花が散るのを留めているらしい。
 こんなの。

「騙してる、じゃないですか」
「手入れと言え」
「ともかく光合成の妨げになってます。いつかは枯れますよ」
「花が咲いていればそれでいい」
「な……」

 ぶっきらぼうに言うモルスは槍の先で花をそっと持ち上げる。本来落ちて風通しの良くなる花がらの裏から、窮屈そうに若葉が芽生えていた。やはり植物と虫とでは、草花に対する心構えが違うのだ。分かり合えない。

「新芽を摘めば樹が弱る。さりとて緑に見えるのも困る」
「だから、若葉をピンク色のキノコの胞子で覆うってことですか」
「そうだ」
「これ、ルルナリアさんは知っているんですよね?」
「…………」

 モルスは返事をしなかった。寡黙なわりに嘘が下手だ。これだけ美しく整えられた花園も、途端に安っぽい造花のようにノギの目に映った。嘘に嘘を重ねて見てくれを整えられた庭に眩暈がするようだった。

「『可能な限り春を保つように』、と、仰せつかっている」

 ノギの脳裏に、春をこよなく愛していると笑うルルナリアの顔が浮かぶ。お屋敷の方に視線をやったが、日光浴を終えた彼女は自室に戻ったらしい。

「ご令嬢が嘘つきだから、嘘をついてもいいってことですか」
「ルルナリア様のご要望だ。お前の雇い主でもある。いいから技を放て」
「……分かりました、でも離れていた方がいいですよ。眠ってしまったあなたに、僕が1発くれてやるかもしれない。雇い主じゃないんでね」
「構わない」
「言いましたね」

 すぐさまノギは大きく息を吸い、頭の傘へと力をこめる。ばふっ! と吹き散らかされた桃色の粉塵は、桜の木もろともモルスを呑みこんだ。至近距離からまともに食らって、立っていられるはずもない。
 ノギの思惑に反して、立ちこめた桃色のもやが烈風に切り開かれる。身を丸めるようにして甲冑で顔を覆ったモルスが、眉根ひとつ動かさずに鮮やかな槍さばきで胞子を退けていた。
 ――防塵だ。

「手合わせなら受けて立とう。今じゃすっかり庭師だが、騎士としての腕も鈍っちゃいない」
「……僕も、探検家の端くれですよ。プライドがあります。それと僕が勝ったら後日、あなたに聞きたいことがあるんですけど」
「なんでも答えてやる」
「絶対ですよ」

 ルルナリアの話が嘘でないならば、モルスは凶賊相手に大立ち回りをやってのけた英傑だ。が、ノギは引くに引けなくなっていた。

 襲いくる槍を弾くように、爪を伸ばす。





 10日目の昼下がり、つまりノギの退職日。いつものテーブルに腰掛けるルルナリアと並んで紅茶を飲んだ。独特な芳香のするローズティは、いつの間にか彼の喉に馴染んでいた。

「あら、もうこんな時間。お給料をお渡ししなければ、ですね」

 ルルナリアはメイドを急き立てて屋敷へ引っこんだ。慌てていたあたり、これから勘定をするのだろう。しばらく戻らないらしい。
 残されたノギは、近寄ってきたモルスへ向かって荒々しく立ち上がった。

「先日の約束です、答えてください」ノギは爪を突きつけ、寡黙なシュバルゴに詰め寄る。「箱入り娘として育てられてきたルルナリアさんならいざ知らず、少し教養のある者なら嘘を見抜けるはずだ。あなたはご令嬢のお目付役なんかじゃない。あなたは……、誰なんだ」

 シュバルゴはチョボマキから進化するポケモンではない。カブルモという、全く別の種族だ。彼らは互いに電気エネルギーを浴びることでカブルモはシュバルゴへ、チョボマキはアギルダーへと姿を変える。あの紙切れにチュリネと描かれていたチョボマキは、少なくとも目の前のシュバルゴである筈がない。どこかですり替わっているのだ。
 外部の者が伯爵家に取り入っている。話を切り出すと同時、熾烈な戦闘もノギは覚悟していた。キノコの胞子も利かない相手だ、先日のバトルでは辛くも勝利を収めたが、モルスが本気になれば結果は覆っていただろう。

 モルスはじっと見据えていたが、2本槍をそっと下ろし、ルルナリアが座っていた椅子を引いた。そこへ腰を収め、対面にノギも座るように促す。

「……どうせ今日で最後だ。話す」





 モルスという名のチョボマキは、伯爵家に生まれたルルナリアのお目付役として、屋敷の奥まで入ることを許された数少ないポケモンのうちのひとりだった。ゆくゆくは伯爵家を裏で支え、貴族社会で暗躍するはずだったという。
 幼少期から多忙な父とは離れて暮らし、&ruby(しんそう){深窓};を抜け出し街へ出かけることさえ許されなかったルルナリアは性根を曲げ、よく嘘をつくようになった。兄妹ほどの歳の差しかないモルスは、常々振り回されていたらしい。
 ある年の4月、どうしても駄々をこねるルルナリアに根負けして、お忍びで城下町の祭りへと繰り出すことになった。嘘をついてモルスを撒いた一瞬のうちに、あろうことか彼女は誘拐されてしまった。

 そのひと攫いの一員にいたのが、彼、名をハスタという。

 探検家稼業に行き詰まっていたカブルモは、放浪の果てにたどり着いたこの町で犯罪に手を染めた。探検家バッジに泥をつけ、いつも追い回しているお尋ね者へと身を落とすのだ。ずっと葛藤があった。しかしアジトへ運びこまれたチュリネを見て、そのわだかまりも吹き飛んだ。
 ひと目惚れだったという。
 催眠術で眠らされた彼女の、恐怖に流した汗の跡が見える&ruby(すずしろ){清白};の肌。力強く太陽を賛歌する緑の麗しさ。これから咲く大輪を思わせる頭の3枚葉はハーブの香りがほのかにする。それは虫としての本能なのかもしれなかったが、ともかくハスタを改心させるほどの何かが秘められていた。
 運命だと思った。この娘をこんな奴らに渡してなるものか。
 その時アジトへ見知らぬチョボマキが飛びこんできて、どうすべきかハスタは瞬時に理解した。迎え撃とうと構える仲間――だった悪党の背中めがけ、ツノを突き立てる。捨て身タックルで飛んでくるチョボマキの殻と彼のツノがかち合った瞬間、猛烈な光に包まれた。
 奇しくも街は感謝祭、メインイベントである進化の儀式が行われている真っ最中だった。
 不意をつかれた悪党どもは体勢を崩したが、ふたりに対して頭数が多すぎた。眠るチュリネを護りながらの戦闘は摩耗する。どうにか敵は気絶させたが、シュバルゴを言葉通り命懸けで庇ったアギルダーは胸を焼かれ、息をするのもやっとだった。

「おれの代わりに、ルルナリア様を、頼む」
「――分かった」

 初対面で、しかも悪党の一味であるハスタが託されたのは、信頼に勝る種族的なつながりが彼らにあったからだろう。
 死にゆくモルスから令嬢の仕草や癖、好みを教わった。それからお目付役自身のこと。礼儀作法は彼の帳面に書きつけてあるから、よく覚えて身につけろ、と。血&ruby(まみ){塗};れた槍に抱えられたまま、彼は息を引き取った。

 事件のショックで記憶が混濁したのか、そもそも嘘ばかりついて疑うことを知らないのか。ルルナリアからの指摘はついになかった。ごくたまに娘へ会いにくる伯爵は庭師にまで気を配らないし、給仕のキュワワーは幸いなことに学が浅かった。唯一彼女の母親だけは気づいた素振りもあったのだが、公にすることなく数年後に病で亡くなった。もしかしたら全てを見抜いていたのかもしれない。

 真相を知るのはシュバルゴだけになった。





 語り終え、ハスタは――モルスは、静かに目を閉じた。鮮やかな&ruby(とさか){鶏冠};が庭園の花に&ruby(なら){倣};って風に揺れる。

「いくら俺が惚れていようと、ルルナリア様は振り向かない。何も覚えちゃいないからな。伝えるつもりもない。が、それでいい。側にお仕えできれば、それでいい」
「……。いつかは、ご令嬢もつがいを迎えることになるはずです。もし、僕が、花を枯らしていたら、どうしたんですか」
「そんなことは起こらんさ」モルスはスタンドに残されたスポンジケーキを槍で刺し、得意げにひと口で食べた。「この庭の花は&ruby(・・){全て};、俺が管理している」
「……どうして、そんな秘密を教えてくれるんです」
「さあ。全て嘘かもな」
「あなたが嘘をつけない方だってのは、知ってます」
「……」モルスはきまり悪げに兜を下ろし、視線を逸らして言う。「俺も元は探検家だった。ひとり旅ってのは常に孤独だから、昔話を誰かと無性に分かち合いたくなるものだろう?」

 バトルを通して認められた部分もあるのだろう、とノギは最後の紅茶を飲んだ。ローズの香りがすっと喉を下っていく。

「あら! 随分と仲良くなられたのね」

 遠くからルルナリアの声がして、モルスがスッと席を立った。槍の先でそそくさと口許を拭う。あれだけ無愛想だった騎士にも可愛げがあるんだな、とノギは小さく吹き出した。

「ノギさん、どうぞご確認ください」
「わわっ」

 キュワワーの妖精の風に乗せられて麻の袋が渡され、それを受け取ったノギの爪がぐんと下へ伸ばされ飛び出した。ずしりと重い。口紐を緩めて中を覗けば、10日の労働分にしては有り余るほどのポケが詰まっている。

「こんなにいいんですか?」
「熱心な仕事ぶりだったと、モルスから聞いています。それに、私の話相手にもなってもらいましたから」
「ありがたくいただきます」
「とても楽しい10日間でした。ごきげんよう。貴方の旅路に祝福のあらんことを」

 いつまでもみずみずしく咲き続けるドレディアと、側で無愛想に佇むシュバルゴを背にして、ノギは豪奢な門扉をくぐって花園を後にした。





 城下町に出てすぐメブキジカの馬車を拾った。嘘に塗れた庭園の秘密を知ってしまい、しばらく歩く気にはなれなかった。宿はもう引き払っている。次の町まで、行けるとこまで行ってしまおう。
 幌付きの荷台へ腰を下ろし、受け取った包みを改めて開く。

「ん?」

 二又に分かれた爪の先に、カサリと乾いた感触があった。手紙だ。
 手紙には、育ちの良さがわかる整った足形文字で、こう綴られていた。





 '''''まずは、10日間のお仕事を引き受けてくださったこと、心より感謝しております。旅のお話、とても心躍りました。また近くまでいらしたら、ぜひ披露してくださいね。'''''
 '''''それから、謝らなければならないことがあります。聡明な貴方ならお気づきかと思いますが、私が嘘をついたこと。'''''
 '''''頭の花を枯らしてくださる殿方を探している、というのは、私がよく使う方便です。こう伝えると旅の皆様は張り切ってくださるので、つい嘘を言ってしまいました。伯爵の娘に恋愛は許されておりません。いつかはどこかの貴族へ嫁ぐことになりますから。'''''
 '''''モルスから聞かされているかと存じますが、彼はあの誓約書のチョボマキではありません。複雑な経緯があって、ともに進化を遂げたカブルモと入れ替わっています。そしてそのことを、私に黙っています。'''''

「……まさか」
 便箋は次に移り、ノギは焦れるように目を走らせる。

 '''''チョボマキとは兄妹同然でしたし、彼を&ruby(うしな){喪};った衝撃に気が狂いそうでした。そんな私に寄り添い、嘘を突き通してでも私を傷つけまいとするシュバルゴ。元お尋ね者とはいえ、命を&ruby(と){賭};して助け、チョボマキの遺志を継ぎ、心より支えてくださる殿方に、いつしか惹かれておりました。'''''
 '''''種族も身分も相応しくない、好きですと囁くことさえ許されない暮らし。それが束の間の、嘘に満ち満ちたものだとしても、今が少しでも長く続けばいい。私はそう願っています。あの日私は誘拐され、お目付役がシュバルゴへと進化して助けてくれた、それだけ。そう思いこみ、私は私自身さえも騙すことで、いつまでもみずみずしく保っているのです。頭の花を、そして、決して実ることのないこの恋を。'''''





 広げた手紙を爪に挟んだまま、ノギは荷台のシートへ背を投げ、埃っぽい幌の天井を見上げていた。

「そうか……。ルルナリアさんは、自分に嘘をつき続けるために、庭園を4月に保っていたのか……」

 嘘で彩られた花園は、ノギに痛烈な印象を残してくれた。すっかり騙されていた憤りが全くないといえば嘘になる。だが、それよりも、まるでよくできたオペラを見終わった後の達成感のような。
 おそらく、ルルナリアが大事に持っていたあの誓約書のように、しわが深々と刻まれるまで何度も読み直すことになるんだろうな、と、ノギはたたんだ手紙を鞄へしまいこんだ。

 馬車は街道を新緑へと走ってゆく。


 


----

あとがき

シュバルゴ×ドレディアがwikiに1作品もないのはおかしい! と思ったので書きました。ポケモンで騎士×姫モノを書きたいならこのペア、みたいな雰囲気がありますよね。BW時代、初見でチョボマキの進化がシュバルゴだと思いませんでしたか? そこから思いついたミステリーでした。私は殿堂入りしても勘違いしたまま……というかカブルモ×チョボマキのペア限定通信交換て進化方法特殊すぎん? 気づかんて。
主人公をキノガッサにしたのはこのお話のモチーフがキノの旅だからです(某氏へのリップサービスでもありますが)。草案は名前もキノで書いてました。確か7巻だったですかね、嘘をつきあって幸せに暮らす夫婦の話を参考に。あときのこポケモンのよしみですかね。
ドレディア、キュワワーも出したことだし、体に花のあるポケモンは全員主役級で登場させましたねえ……メガニウムを除いて。彼は新スナップで実質主役だし文句も言われんでしょ(ずっと考えているが思いつかない顔)。剣盾世代のポケモン一切登場しないの逆に新鮮なのでは。

ちなみにノベルチェッカーでカウントした文字数はきっかり10000字。前回大会のてるてるさんの[[こちら>片道ロケット]]リスペクトです。




大会時にもらったコメントへ返信をば。嘘はつきません。


・こういう関係もよいなあと。 (2021/04/29(木) 20:54)

誰が言い出したか分かりませんがシュバルゴとドレディアのペアって絵になりますよねえ。植物のお姫様を虫の騎兵が守るってのもなんかイイ。シュバルゴはかじりたくなる虫の本能に抗いながら、姫が好いてくれているとは知らないまま悶々と草木の手入れをするが良いさ……。
と言うかドレディアもシュバルゴもデザイン的に官能描写難易度☆4はあるのでプラトニックに好き合ってもらわねばならなかった。君らどこについているの……。


・「常春」のところだけ、ピンク色になってたけど「キノコの胞子」とかでてきたから、これを書いたのって、もしや……?
推測が間違ってたらごめんなさい。 (2021/04/30(金) 13:31)

どんな推測をされたか私にはさっぱり分かりませんがたぶん合ってます。ノギくんに胞子で文字をピンク色にしてもらいました。文字修飾はwikiならではだなあ、と思うのでタイトルだけでも積極的に使っていきたいですよね。あと手紙のところもそれっぽい書き方できたかなって満足しています。投稿前日に編集テストページで悩んでいたの、私でした。おはずかし。


・こういう、互いに優しい嘘をつきあって切ない世界を形成してる話にめっぽう弱いです (2021/04/30(金) 22:48)

大会期間が4月後半だったことも手伝って遅めのエイプリルフールネタでした。自分を虚飾するのではなく、相手を傷つけないために突き通す嘘は創作のタネになるものですねえ。
お互いに嘘をつきあっている設定はわりかし早い段階から決まったのですが、それを旅人のノギへ伝える理由づけが最後まで決まりませんでした。ルルナリアが手紙で真実を伝えたのは、10日間で彼が告発したりしない性格だと見抜き、嘘に巻き込んでしまった贖罪と、彼女たちが幸せであることを確かめるためだったんじゃないかと思います。


・何もかもが偽りの花園でルルナリアは何を思うのでしょう。これも歪んだ幸せの形、といえばそうなのでしょうけれど。 (2021/05/01(土) 20:49)

多忙で家を空ける父親と病がちだった母親からはあまり愛情をもらえず、入れ替わりの激しいメイドたちに育てられ、ルルナリアは嘘をつくようになってしまいました。嘘をついてもすぐにばれてしまう。ならばこの庭園のように美しい嘘をつき続けましょう……と、そんな心境の変化があったかはいざ知らず。嘘をつき続けるのは精神的にキツそうですから、こうやって手紙で真実を暴露したりして息抜きしないとですね。なんせルルナリアはシュバルゴの本当の名前すら知らないのですから。


・嘘を嘘とわかって受け入れる覚悟がとても悲しくも美しい物語でした。 (2021/05/01(土) 22:35)

悲しくも美しい雰囲気を出したかったための設定なのですが、伯爵自ら仕事に奔走する程度の力のない地方伯で御子息も性格に難のあるひとり娘……コレもう伯爵家は没落寸前なのでは? 嘘で着飾ったとて花はいつか枯れるもの。手紙には『今が少しでも長く続けばいい』とありましたが、それは裏を返せば現状が続かないと覚悟していると同義です。きたるべき時宜に彼女は何か対策を講じているのでしょうか。そう考えるともっと悲しく美しくなりますねえ。えへへ……。


・優しい嘘が、彼女たちに本当の春を運んでくれますように。 (2021/05/01(土) 22:58)

嘘をつきあって一緒に暮らすのは本当の幸せなのかどうか……。これから先追い詰められるであろうルルナリアが窮地に陥った時、モルスはその槍で本当の幸せを掴むことはできるのか。
斜陽する伯爵家が領地に高い税金を敷き、領民の反乱から逃れるためにルルナリアが真実を明かしてモルスと駆け落ちするIF未来の妄想で私はグッスリ眠れました。




読んでくださった方、投票してくれたひと、主催者様、ありがとうございました。

----
#pcomment






トップページ   編集 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.