[[コミカル]] ---- 1/11 大きく荘厳な城がそびえたっている。広い庭は美しい花と緑に彩られ、まだ早い朝の日差しを受けて輝いていた。 庭の中には、人だけ、動くものの姿があった。肌は黄色・背に茶色の縞模様があるはずだが、背負われたリュックサックで確認できない。 優しい朝の日差しが、そのピカチュウの体を包み込んでいく。寒い日であることは間違いないのだが、それを忘れさせるほど、太陽が暖めてくれる。 「いやぁーっ、今日も太陽は元気で結構! 気持ちも晴れ渡る最高の朝だぁーっ! 自由、いいねぇこの響き、最高じゃないか! そうは思わないか、ガリアル君!?」 「いつもよりハイテンションでございますなぁ、テイル様……。元気なのはよろしいですが、あまり浮かれている訳にもいかないのでございますよ」 テイルは、今までで最も大きく長いであろう伸びを1つしてみる。体中を巡る快感が心地よい。 雲ひとつない青い空。眼前に広がる草原。いつもと変わりない。が、テイルには周りの緑がいつもより美しく見える。 深呼吸。空気も澄んでいる。最高だ。 「今日で俺は成人なのだ! 親父からの束縛からも解放されるんだ、テンションも上がるさ! 自由だぁーっ!」 「しかし、自由、自由とおっしゃりますが、テイル様……あなたはもうすぐ、この国を取り仕切る者になるのですよ……」 雲が見たけりゃ、下を見ろ。そんな世界が彼らの生活の場だ。 ここは……いうなれば‘天空界’。簡単に言えば浮いた島である。 大きな1つの王国。主に炎、草、電気、エスパーのポケモンが生息している。 そして特徴的なのは、地上の世界とは全く接点がないこと。この国の王が、それが戦争にならない最良の方法だと考えているからである。 テイルは子供のころ、地上の話を聞くたびに胸を躍らせていたものだった。いつも行ってみたい、見てみたいと思っていたが、王の言う「天空と地上とは接してはならない」という言葉を理由も分からないまま信じ込んでいた。 テイルは、せめて1度でいいから地上の世界がどのようなものか見てみたいと思っていた。しかし、その望みが叶ったことは一度もなかった。 ――全く雲のヤツめ、たまには仕事サボれよな―― テイルはそんなことを考えていた。 「どうしました、テイル様。急に黙り込んで……。体調がよろしくないのですか?」 こちらは、最近テイルの護衛兼召使を務めるようになったガリアル。紫の体に長い尾と羽を備えた、グライオンという名のサソリのようなポケモンである。 テイルは、初めて会った時からずっと、ここでは見られないタイプのポケモンであることに疑問を感じていた。しかし、きちんと仕事をこなすガリアルに失礼だと思ったのか、はたまた面倒なのかは分からないが、そのことについて問うたことはなかった。 「テイル様……どうされました? 大丈夫ですか? お城に戻ったほうがよいのでは……」 「ごめん、なんかテンション高すぎて自分でも良くわかんねぇんだ。さぁて、気を取り直して、自由への旅の始まりだ! ……っとその前に、寄りたい場所が……」 テイルは上機嫌に草原に向かって歩き出した。 ここに立つと、テイルはいつも自分が偉くなったように感じる。青1色の空、輝く太陽、広がる雲の絨毯が一望できる。絶景の一言だ。 断崖絶壁、という言葉がふさわしいだろうか。そういう場所である。 危険極まりないのは確かだが、落ちるようなヘマはしでかさない。 「耳ふさぐなら今のうちだぜ……」 テイルは、背中に背負ったリュックサックを下ろし、お目当てのものを手にとった。少し大きな植物の種である。彼はそれを……青空に向かって放り投げた。 「それじゃ、1発大きいの!」 一呼吸置いて、凄まじい炸裂音が響き渡る。光りを出しながら爆発した種は、まるで第二の太陽が出来たようだ。近所に住宅があれば間違いなく苦情が来るだろうが、その心配がないのも、テイルがここに目をつけた理由だ。 「いいねぇ、シビレるねぇ! 電気タイプをシビレさせるとはねぇ!」 「テイル様! そのような物騒な遊びはおやめください!」 ガリアルが甲高い声を上げた。流石に、彼のこんな趣味を見て動じない者はいないだろう。 裏腹に、テイルは頬をほころばせていた。 「まーまー、そうカリカリしなさんな。今日はお祝いの花火さ」 呆れたようにため息をつくガリアルをみると、テイルは思わず笑いが浮かんできた。悪いな、コイツはやめられないんだ。 「それ、一体どこから手に入れてくるんですか!?」 「倉庫の中。忍び込んだらいくらでもあるよ。ちょくちょくくすねるのも俺の楽しみの1つなんだよな」 この‘タネばくだん’は、天空界に生息している草ポケモンが作っている。彼らの主力武器でもあるため、ここでは割とたくさんみかけるのだ。 「立派な泥棒ではありませんか! いくら城の者といえど……」 「戦争嫌いな王さんが、こんなものため込んどくほうが悪いの。炎ポケモンだっているんだ、あやまって発火しちゃったらどうするよ? 僕はその被害を抑えてやってるの、感謝されてもいいくらいなんだぜ。ほらたいちょー、今回はこれだけ被害を縮小することに成功しました!」 そういって、テイルは見せ付けるようにリュックの中を開いた。中身は10割方がタネであった。 ガリアルは頭をおさえながら、ヒステリックな声で「もしテイル様の背中で大爆発したらどうなさるおつもりですか! 私にも責任、いや、テイル様をお守りできなければ、私は、私は……」と叫んだ。それを聞いて、テイルは心底愉快な気分になり、小さな笑みをこぼした。 「まー、細かいことは気にすんな! さて、そろそろ行くか……っとと、つまずいた」 絶景には別れを告げ、テイルが他の絶好ポイントを探しに行こうと足を踏み出したときだった。段差があったことに気付かず、前のめりになる。しかし、すぐに足に力をいれて踏ん張ったおかげで、倒れずにすんだ。 ガリアルが「ひっ……」なんて情けない声を出しているのが聞こえた。別にそんなに怯えなくても、誤爆しないってのに……。 彼が体勢を立て直したときだった。彼の懐から金色の何かが飛び出した。金属のぶつかる音が聞こえ、‘それ’は彼がさっきまでいた崖の方へと転がっていき……投身自殺した。 「あー……。100ギル落としちまった」 金貨は雲の中にまっすぐ突っ込んで……見えなくなった。 「あらら、もったいないですな」 って、お前飛べるんだったら取りに行ってくれよ。そう文句を言おうとしたが、どうせ今からでは到底レスキューできまい。 いつものテイルならガリアルに愚痴の1つでもこぼしていただろうが、今日のテイルはそうではなかった。 「よし、仕方ない。今日という日だ、許してやろうぞ100ギルよ! お前も空の旅を楽しみたかろう!」 「むぅ……。心が広いというべきなのかなんというか……」 「アレだ、きっと、俺が落ちる身代わりになってくれたんだよ。うん、きっと投身自殺なんかじゃないな。よぉし、気を取り直して、今度こそ行くぞ!」 「なんだか今日のテイル様は疲れますな……」 ガリアルは、鼻歌混じりに歩くテイルにしぶしぶといった感じでついていく。 ――悪いけど、今日の俺は止められないんだ。 テイルの喜びは、全く収まる気配がなかった。 テイルが自由への旅に歩みを進めてすぐに、テイル達の後方――先ほどまでいた城の庭から、別の影が見えた。何やら話しながら、こちらの方に来るのが見える。幸い広く自然も多いせいか、まだこちらに気付いてはいないようだった。 テイルは舌打ちをしてガリアルに言った。 「……あれ、誰だっけ」 「ブレスさんとフォードさんです。同じ城の者ですよ。キュウコンとフーディン、見たことないですか? さっきの爆音が気になって来たのかも知れません。何せ、今日は大切な日ですから、テイル様に何かあっては大変ですから……」 「メンドくせぇなぁ……」 テイルは、近くにあった木の陰に隠れて様子を見ることにした。ガリアルには口で言う前に無理やり引っ張って。 「いたたた痛いです痛いです、羽は掴んだらいけません……」 「分かったから静かにしろって!」 せっかく自由の身になって飛び出してきたのに、早々に連れ戻されてはたまるまいと息を殺していなくなるのを待つ。そうすると、否が応でも2人の会話が耳に入ってくる。その声は徐々に近づいてきていた。陰から見つからないように、片目だけ出して様子を伺う。 その2人は、会話を交わしながらゆっくりと歩いていた。 「今日でもう、王子は成人だろ? じゃあ、式の準備やらなんやらでまた忙しいんだろうな……」 キュウコンの方がため息をついたのが見えた。 「喜ばしいことではないか。今日からは王子も、世界情勢について知ることになり、現在の状態を好転させるために話し合うのだから」 「そういや、王子ってまだ今の状況について教えられてないんだっけ。王様も厳格に決めてるよなー。別に早いうちから話くらいしたっていいのに」 「話したところで王子が重く受け止めるとは思えないからな。とにかく、成人した次世代の王に期待しよう。 ……このあたりにはいないようだぞ」 2人はテイルの前を通り過ぎたあと、一旦立ち止まって辺りを見回した。テイルは咄嗟に身を引く。 「そうみたいだな。じゃあ、もう戻ろうぜ。式の準備に勤しんだほうがいいだろ。にしても、じゃあさっきの音はなんだったんだろうな? 鳥ポケがマッハ8で城壁にぶつかったんじゃね?」 「……見るに堪えない惨状だな。むしろ城壁が大破しないかが心配だ」 そういって笑いながら、2人はまた城のほうへ戻っていった。 テイルは安心して息を吐く。そして、後ろで忍び笑いをしている紫の生物をにらみつけた。 「ふふ、いや、その、ごめんなさい。だって、マッハ8って……」 「お前、もし見つかってたら、俺の目の前でマッハ8で城壁にぶつからせてたぞ。……まぁいいや、もう大丈夫だろ。さぁて、行くかね。旅には障害は付き物ってわけか。まぁ、俺の前には無力だがな」 テイルはもとのテンションに戻ってそう言った。 「テイル様……彼らも言ってましたが、今日は大事な日ですよ。ご自身に関わってるんですから、参加しなければ話になりません。お戻りになられたほうがよいのでは……」 「いいじゃねぇか。どうせまだ準備もできてないみたいだったし。午後までは最低大丈夫だろ」 そういうが早いが、ガリアルに制止させる隙も与えずにテイルは歩き出した。 「もう、知りませんからね……」 ガリアルは仕方なくついていくことにした。テイルは、「そういえばあの2人が言ってた、俺の知らない世界情勢って何なんだろう」と考えかけた。しかし、どうせ面白みのない話だろうと思ってその意識はマッハ8で消え去った。 時折風が木々を揺らす音が聞こえるだけで、とても静かだ。 木漏れ日のおかげで随分温かい。この森で昼寝するのもいいかもな……。テイルはそう思った。 「うーん、ここもちょっと覚えてるかも」 「テイル様は以前ここに来たことがおありで?」 「ガキのころに、ちょっとな。最近は親父に閉じ込められてたしな……」 ガリアルも、この森の雰囲気は気に入ったらしい。体を伸ばし、リラックスしているようだ。 「ちょっと俺、木の実食ってくるわ。これ、みててくれ」 ふと昔を思い出して、木登りでもしてみようかという考えが彼の頭をよぎる。 リュックを下ろして、体を少し曲げ伸ばしする。 「木の実なら、私が採ってまいりますが?」 「いや、いい。久しぶりに木の上でゆっくり食べるのも悪くないと思ってな」 「分かりましたが、あまり遠くまで行かないでくださいよ。というより、それならこんな危険なもの、持ってこなかったら良かったのに……」 不服そうなガリアルの言うことを無視して、テイルは1人深い森の中へ入っていった。 「やっぱモモンだよなー」 うっそうとした森の中には、たくさんの種類の木の実があった。 その中の1つ、甘くてやわらかい、そして解毒作用もあるというモモンの実をつけた木の幹に手をかけた。昔の感覚を思い出しながら登り始める。徐々に体が慣れ、実のある場所まで登るのにそう時間はかからなかった。 「今まで閉じ込められてたんだし、体に毒も溜まりますわな……」 テイルは手ごろな太さの枝に腰かけ、優しい桃色の木の実をもぎとった。かじると、甘い果汁が口の中に広がっていく。風で葉が擦れる音が心地よい。 これでもう少し景色がよければ、最高なんだがな……。 そんなことを考えながら、ゆったりと時間を過ごそうとした。 ……妙に落ち着かない。何なんだ、これは……。 奇妙な違和感が、彼の手を止めた。 俺は今、自由なはずだ。望んでいたものを手に入れている。なのに。 何かがおかしい……体が、何かを訴えているような。 ……危険? そんなはずは…… 辺りは風が吹き抜ける音のみ。そのため、彼には居心地の悪さが際立って感じられた。 答えを出そうと周りを見回してみる。 突如、目の前の木々が全て、テイルの目の前でぶれはじめた。 視界がガクガクと振動する。頭が痛い……! 「ど、どうなってんだよ……!?」 とにかく、ここから降りなければ。このままでは、地面に叩きつけられてしまう―― 彼は、片方の手で頭をおさえつけ、狂い出した世界を止めようとした。それは全くの無意味だったが、構っていられない。もう片方の手で幹に手をかけ、下を向いた。 ――白かった。 彼が確かに踏んできたはずの緑の中に、白が出来始めていた。まるで、絵の具が侵食していくかのように。それは、急激に広がって行き、彼のいるモモンの木をも飲み込もうとしていた。 次の瞬間、体が宙に浮く感覚を覚えた。突如として現れた大穴に吸い込まれ落下していく。強烈に死を意識した彼は、大声で叫ぶでもなく、走馬灯がよぎるでもなく、ただ目を瞑ってこんなことを考えていた。 ――あの100ギルは、身代わりなんかじゃなかったんだな―― ---- 1/13 草の上で寝るのは、何年ぶりだろう。懐かしい……心地よい。 彼は、ゆっくりと目を開けた。緑の天井が、少し揺れている。時折顔をみせる太陽の光は、赤みを帯びていた。 彼は、自分でも驚くほど勢いよく跳ね起きた。そして、自分の体をまじまじと見つめる。黄色い手、ギザギザのしっぽも健在だ。 ――生きている。 俺、確か落ちたんだよな……雲より上の高さから……。 彼は辺りを見回した。木の数も少ない、さっきとは微妙に違っている景色。 やっぱりここは、あの森じゃない。 さらに、もう1つ目に付いたものがあった。それは、彼のすぐ隣にあるものだった。 大穴が開いている。草の生えた大地に、底が全く見えないほどの深さの穴がある様は明らかに異様だった。 「もうちょっとで2段落ちするところだったのかよ……」 1人呟いた声は、あたりの静寂にかき消された。それが少し彼を不安にさせた。 ここが何処なのか、何故生きているのか――とにかく何か手がかりを得ようと、彼は森の中を歩き出した。 辺りは夕暮れだった。 オレンジ色に輝く太陽が照らし出しているのは、巨大な水溜りだった。 時折水が押し寄せてくる音だけが静かに聞こえてくる。 水面が光を放つ様子は、今までに見た景色のどれよりも美しかった。 ――コレが海ってやつか―― 天空にはないもの。聞いたことはあったが、見るのは勿論はじめてである。テイルは息をのんだ。 しかし、美しさを感じると共に、テイルにとってそれよりも大きなこと――ここは天空ではないという予想が確信へ、そして事実へと変わった。 もう一度大いなる海を見回したとき、黒い影がテイルの目に映った。 漆黒の体躯に黄色の輪が輝いている。自分より4、5ほど幼い女の子のようだ。彼女の表情はしずんでいて、ただ海の向こうを眺めている。彼女からは、惹きつけられるような優しい雰囲気が感じられた。 どうやら、他にポケモンはいなさそうだ。住居も見当たらない。ここがどこなのか、そして自分が帰るための方法の手がかりをつかむために、テイルはそのポケモン――ブラッキーに近づいていった。 テイルが声をかける前に、ブラッキーが足音に気付いて顔を上げた。怪訝そうにテイルを見つめた。そして、彼女の口から小さく声が発せられた。 「……珍しいわね、こんな所にポケモンが来るなんて」 「あぁ、ちょっと迷っちまって……。俺はテイルって言うんだ。悪いんだけど、ここがどこなのか教えてくれないか?」 そこで、ブラッキーは少し困ったような表情をして首を傾げた。 「私はフリーダ。……ここは名もない過疎地域よ。ポケモンもほとんどいないの。役に立つような情報はありそうにないわ。ごめんなさい」 それを聞いて、テイルは愕然とした。これでは情報が得られそうにない。 「そうか、ありがとう。 ――ところで、なんかあったのかい? さっきから暗い表情だし……」 親切なフリーダの前で明らかな落胆の表情を浮かべるわけにも行かず、テイルは何かできる事がないかと思って尋ねてみた。彼女の悲しい顔にいたたまれなくなったのだ。 彼女はゆっくりと顔を下げた。俯いたまま、小さな声で言った。 「……友達を、亡くしたの……」 「……! ごっ、ごめんよ……。無神経な質問しちまって……」 「ううん、大丈夫」 ショッキングな内容に、テイルは動揺した。 切なげなフリーダの声を最期に、辺りに気まずい雰囲気が流れる。テイルは自分自身に激しく悪態をつく。 「テイル様!」 その空気を断ち切る者が現れた。 夕焼け空から飛来する、紫の影。その突然の飛来者に、テイルは見覚えがあった。風が少し吹いた。 「ガリアル……!? お前、どうやってここに?」 問いかけると同時に、激しい違和感がテイルを襲った。 ガリアルは感極まったような声で、堰を切ったように話した。 「テイル様、よくぞご無事で……。テイル様の身に何かございましたら、私は……私は……! 国でも、テイル様が見当たらないと大問題になっています。2日間ずっと、国中総出で島中を探し回りましたが見つからないので、まさかと思い降りて参りました。お怪我はございませんか!?」 「あぁ、いや、ねーけどよ……」 胸になにかが引っかかってるような気味悪さ。テイルはガリアルを見る。長い尾、紫の身体。間違いなく一緒にいたグライオンなのだが……。なんだ、これ……。何か変だぞ……。 羽を閉じたままこちらを見るガリアルから彼は視線をはずした。 そこで、テイルは困惑顔のフリーダに気付いた。彼女をおいて話を進めるわけにもいかない。 「えーっと、こいつは俺と一緒に……その」 天空ト地上ハ接シテハナラナイ。 「ガリアルって言って……い、一緒に居たんだけど、はぐれちまってな」 「どうも、ガリアルと申します。テイル様を見つけていただいて本当に……」 「よろしく。それはいいんだけど……。なんだかよく分からないわ。島中、だとか降りてきた、だとか」 テイルは自分の額を冷や汗が流れたのを感じた。気が付けば風も止んでおり、辺りを静寂が包んでいた。 「それは……」 「テイル様、隠しきれませんよ。フリーダさんには、本当のことを話すほかないでしょう」 「いいのかよ。禁忌じゃ……」 「やむをえません」 ガリアルはゆっくりと首を振る。テイルはため息をついた。 ---- 「本当にそんなことが……。信じられない。……ウォルトが聞いたら、きっと大喜びするわ。彼がいたら、もっと知りたがるでしょうね」 テイルには、地上の民も天空の存在に気付いていたことが意外だった。といっても、空想したり神と崇めたりという程度だったようだが。 天空世界について話してしまったことで、なにか良からぬことが起こらなければいいが。 テイルはそう念じていた。気が付くと、風が止んでいて辺りが静寂に包まれていた。 「ウォルトってのは、その……友達だよな? 残念だ……」 こういうときに、気の利いた言葉が思い浮かばない自分を恨む。 「えぇ……ありがとう、気を使ってくれて。 ……とっても優しくて、いつも私と一緒にいてくれた。2人で、天空のことを想像して、楽しかった……」 思い出……フリーダにとって辛いはずの思い出が、彼女の口から止め処なくあふれ出した。 まるで、話をやめてしまえば、言葉の代わりに涙となってあふれ出しそうな様子だった。 「この前も、空から落ちてきた金貨を見て、きっとこれは天空世界の物だって言って。嬉しそうな顔を今でも覚えてる」 それを聞いて、テイルとガリアルは顔を見合わせた。身に覚えがあるからだ。 「な、なぁ……、その金貨ってこんな奴じゃ、ないか?」 テイルは、自分の懐から別に持っていた100ギル金貨を取り出した。 フリーダはそれをまじまじと見つめる。それは確かに彼女の記憶の中に存在した。 「……間違いないわ」 そして、フリーダは不意に大きな声を出した。何かに気付いた、そんな様子で。 「ねぇ、もしかしてあなた達の世界で、誰かがいなくなったり、現れたり……なんて事件がよくおこってない?」 「ありません」 テイルにはその突拍子もない質問に心当たりはなかった。なぜそんなことを聞くのかと問おうとしたとき、ガリアルが全く表情を変えず、間髪入れずに答えた。 テイルはますます不可解に思った。ガリアルの無表情のなかに、何か不気味なものを感じた。 「そう……。地上では、最近よく起こってるの、そういうことが。もし天空でも起こってるなら……まさか、天空と地上でポケモンが入れ替わったり……なんて、考えちゃうんだけど、やっぱり有り得ないわよね。まさか、まさかウォルトが生きてるなんて」 フリーダは俯き、何も話さなくなった。再び静寂が浮き彫りになる。 テイルはますます焦りを感じ、何かかけてあげられる言葉はないかと思案をめぐらせた。 その時、ガリアルがふと声を漏らした。 「……もしかして、ウォルトさんは……ブースターではないですか?」 「えぇ、そうよ……。どうして、分かったの?」 テイルも驚いた。どこに根拠がある発言なのかが分からなかった。 フリーダの返事を聞いて、ガリアルの表情が少し明るくなった。 「そうですか。本当かどうか、断定はできませんが……ウォルトさんは生きているかもしれません。いや、大丈夫、きっと生きていますよ」 「お前なぁ……根拠もなくそんなこといっても、またフリーダを悲しませるだけだぜ」 「根拠ならあります。私がテイル様を探しているとき、そうだ、あれはテイル様のお姿が見当たらなくなったその日です。木の実を取りにいって、あまりに帰ってくるのが遅く、見つからないので、王様に連絡して、その後もずっとテイル様のことを探していたんです。その時……なんだか、辺りの風景を初めて見るような、そんな様子のブースターを見たんです」 「もしかして」 ガリアルが話し終わると、今度はテイルが素っ頓狂な声を上げた。2人の視線を浴びる。 「あっちの森の方に、でかい穴があるのは知ってるか? 俺が目覚めたとき、そこの近くにいたんだ。もしかして、ウォルトはそこに落ちて、それで、亡くなった、って言ったのか?」 「えぇ、その通りよ。あそこで、私を護るために、ウォルトは落ちてしまった……。でも、どうして、どうして分かるの?」 そこでウォルトは、ニヤリと笑みを浮かべた。 「たぶん、フリーダの言った通りだよ。天空でも、人が消えたり現れたり、っていう事件が起こったんだ。たとえば、ピカチュウがいなくなって、ブースターが現れた、とかね」 「じゃあ……あの大穴を通して、あなたとウォルトが入れ替わったってこと?」 「実を言うと、恥ずかしい話だが……俺も、上の世界で落ちたんだよ。あんな感じの穴に。絶対死んだと思ったら、あの森で寝てたって訳だ」 テイルは照れ笑いを浮かべながら言う。 そして、再びガリアルが口を開いた。 「そうか、分かりました。消えたお二人に共通するもの……それは、ギルです」 ガリアルは力を込めて言い放った。テイルとフリーダは、意外だと言わんばかりの表情で彼を見る。 ガリアルは続けた。 「ギルには、天空のエスパーポケモンが微弱な念力を加えて造られています。偽金防止とか、魔除けと言われていますが……とにかく、何故かは分かりませんが、その力が反応してお互いの空間移動が行われたのではないかと」 「じゃあ、ウォルトは生きているかもしれないの……?」 フリーダは疑うように言う。しかし先ほどまでよりも確実に表情が明るくなっていた。一筋の希望の光に賭ける、そんな強い望みが感じられた。 「おそらくは、です。ともかく今日はもう遅い。彼が戻ってくることが出来ると信じて、ここで彼を待ってみましょう」 完全に日は沈み、辺りには広く闇が立ち込めていた。まるで波の音さえもが吸い込まれてしまいそうなほどに。その中で、1つの明かりだけがかろうじて残っていた。 ずっと黙り込み、険悪な表情でテイルは座っていた。彼の心の中を支配していたのは、1人のグライオン――彼に次々と異常を植え付けた張本人だった。強い不信感が彼を苛んでいた。 「……寒いわね」 砂浜で熾した小さな焚き火の前で、フリーダは小さくこぼした。 「まったくです。あぁ、温かい土の中が恋しい……」 ガリアルはため息をついて言う。 その時、テイルが虚空を見据えたまま言った。 「なぁ、ガリアル」 2人は一斉に彼のほうを向いた。 「どうされました?」 「お前、今日変だな」 テイルは遠慮気兼ねなくそう言った。視線の先は、ただぼぅっと空の一点を見据えたままだった。 「何をいきなり。何かあったのですか?」 「寒くねぇんだよ」 テイルがそれを言うと、しばらく会話に穴が空いた。波の音が聞こえる。そして、彼は再び口を開いた。 「お前も、そうなはずなんだよ。ここより、天空の方が明らかに寒いんだ」 「はぁ……、いや、これは失礼。私は種族柄、寝るときは土の中ですので。それに比べて、夜だけあって冷え込んでますし……」 「俺、腹が減ってねぇんだよ」 テイルが、まるで脈絡のない発言をした。 「お前さっき、俺を2日ほど探してたとか言ってたよな。――俺が落ちて、目が覚めて、今にいたるまでに2日経ってるとしたら……腹がおかしいんだよ。俺がちょっと前に、夜中にこっそり抜け出して親父に1日メシ抜きにされたときに比べて、腹が減ってなさ過ぎるんだよ」 ガリアルもフリーダも、黙ったままテイルを不思議そうに見ていた。暫しの沈黙のなかで、焚き火の火が爆ぜた。 テイルがまた口を開く。今度は、ガリアルのほうへ向き直って。 「お前、太った?」 真剣な目つきで発せられたテイルの不意の質問にガリアルはたじろいだ。 「いいえ、そんなことはないように存じますが……」 「へっ、そうか。俺の目の錯覚か……」 テイルは吐き捨てるように言い、長いため息をついて下を向いた。彼の言葉がなくなると、水を打ったように辺りが静まった。 「テイル様、大変な思いをなさってお疲れになっているのでしょう。もうお休みになっては?」 「そうする」 テイルは砂浜に身体を横たえて目を閉じた。 彼は、不可解な事件の真相のすべてを解き明かすことはできなかった。 ---- [[天空へのトラベラー]]へ [[解決編>地下からのトラベラーズ]]へ [[そしてこの日の真夜中>地下からのトラベラーズ]]へ…… ---- コメントよろしくお願いします。 #pcomment