作者:[[DIRI]] **一歩進んで半歩下がる 2 [#m6d41c08] ---- ***四歩目 [#m059dbd9] 「……これは一体どういう事だ?」 「僕に聞かれてもねぇ……」 あれからお縄につき、今いるのは町の端にある邸宅の中だ。どうやら例の坑道を所有している者の屋敷らしい。ここに連れてこられるまでの間に手荒なことをされたと言うことも無し、実に丁寧にここに連れてこられたのだ。全く意図が掴めない。秘密を知られたからには……というのが常套ではないのだろうか? 辺りのハトウシラカネで作られた置物を眺めつつ、これからどうなるのかを待った。しばらくして、辺りの光景にも飽きてきた辺りにこの屋敷の主と思しき人物が現れた。最初は疑ったものの、服を着ているので位の高い立場にいるというのが分かる。疑った理由というのが、彼がピチューだったからである。 「お待たせしてすいません、ちょっと所用があったんで」 「はぁ……」 ピチューはシャツの上から着た少し大きめのベストの着崩れを直しながら言う。服を着ているか着ていないかは文化によって違ってくるのだが、ほとんどの文化は服を着ることがない。着たとしても中流階級以上の者達が自分の威厳や経済力を示すために着ているのがほとんどである。我が文化では“戦”の時に甲冑を身に着ける程度だ。 「えっと、僕がこの屋敷の主でアルトラ・ルナル坑道の所有者、アンドリュー・ネクタール・アリーシア四世と言います。お見知りおきを」 「こちらこそ……」 「そちらのお名前を伺ってもよろしいですか?」 礼儀作法はきちんと出来ている。誠幼少の身とは思えない。名乗られたならば名乗り返すのが礼儀だ。私達もそれぞれ名乗り、アンドリューの出方を待つ。 「えっとですね……単刀直入にお聞きします。アルトラ・ルナル坑道の真実、気付いちゃいましたか?」 時々言葉の形が崩れるのだが、それはまだ仕方がないと目を瞑っておくことにしよう。相手はまだ子供なのだ。 「真実かは分かりかねるが、見学者用に保存してあるハトウシラカネ鉱、あれは紛い物だな?」 「……触ったんですね。あれは完璧に本物のハトウシラカネ鉱を真似て作られたものなのに。触らなければあれが偽物だなんてばれるはずがないんです」 アンドリューは少し悲しそうに言った。何か理由があるらしい。 「触らずとも、私にはあれが紛い物であるとわかっていた。あれには力が感じられん」 「力? 触らずに分かったって……」 次の瞬間には、触れてしまいそうになる程に彼の鼻面が眼前に迫っていた。その目には興味と希望という名の光が見て取れる。突然のことに私は少したじろいでしまったがそれでも理解できるほどに彼の目に意思がこもっているのである。 「どういう事です? 一度詳しくお話を伺いたいのですが」 その時のアンドリューの顔は興味があると言うことを包みも隠しもせずにさらけだしていた。私はその事を少し疑問に思った。ラーサーも同様であるようだ。 「私はハトウシラカネから発せられる“力のようなもの”を見分けることが出来る。現に、今私は“見て”はいないが“感じて”いる。この屋敷の中にはハトウシラカネで作られた物品が数多くあるようだ」 アンドリューが少し驚いたように目を見開く。しかし、その瞳には驚き以上に他の感情が一番多く含まれているようだった。言わずとも分かるであろう、興味と希望である。 何故その様な感情が含まれているのかは私にとっては謎でしかない。しかし今聞いた所でアンドリューは答えてはくれぬであろう。今彼は何か考え込むようにして一匹ぶつぶつと何か呟いている。しばらくしてからアンドリューは使用人を呼び、何かを指示してから私達を別の部屋へと案内した。廊下にもハトウシラカネと鉄を混ぜて合金にしたもので作られた甲冑が幾つも並んでいる。ラーサーはその甲冑を見て、夜中に動き出しそうだと言う。何やらその様なことが事実起きた事例があるそうだ。我が故郷の怪談にも鎧兜が妖怪へと変化し、人々を襲うというものがあったが、その類であろう。そしてアンドリュー曰く、時々動いているとのことである。しかしそれは私には何となく察知出来た。そして甲冑の眼差しが交わされている廊下を通り過ぎた先に、何やら大仰な錠前が掛けられた部屋があり、アンドリューはその中に私達を案内した。その中は私達の目を疑うような光景が広がっていた。まさしく、金銀財宝の山、そう表現するのが正しいと言わんばかりの品々がこの中に並べられているのである。 「ここは貴重品を保管している倉庫です。ここにあなた方をお連れしたのは他でもありません」 アンドリューは近くにある天使を模した像に触れると、一度間を空けてから私を見つめて言った。 「夜刀さん、あなたの力を確かめるためです」 何を言い出すかと思えば、予想だにしていないことである。突然のことに少し驚いたが、ラーサーが私の代わりに質問を汲み取り発言する。 「どうしてその様なことをなさるのです? &ruby(Sir Andrew Nakutaru Arishia){アンドリュー・N・アリーシア卿};?」 「呼び捨てで結構です。貴族の前に僕は子供ですから。ではお話しします、事の顛末」 アンドリューは一度天使像を撫でてから重々しく口を開いた。 「我がアリーシア家は、平民から成り上がった男爵位の田舎貴族です。と言うのも、アリーシア家はこのハトウシラカネを採掘出来るアルトラ・ルナル坑道の所有権をアリーシア家の始祖、エイビス・ネクタール・アリーシアが偶然手にしたからです。元々勤勉であった彼はハトウシラカネ鉱石の採掘に力を注ぎ、富を手にして男爵という爵位を手に入れました。元々爵位が欲しかった訳ではなかったと、僕は聞いていますが。このアルトラ・ソルムの街が繁栄出来たのはアリーシア家の管理するアルトラ・ルナル坑道があったからだと僕は断言することが出来ます。ハトウシラカネ鉱石が採取出来る限り、この街が枯れることはないのですから。そう、ハトウシラカネ鉱石が“採取出来る限り”。こう話した時点で、現在何が起きているかはお分かりでしょう?」 無論のことであった。その採取が出来なくなってしまっているのだろう。ラーサーはアンドリューに話を促した。 「そう、お察しの通り、僕の曾祖父、祖父、そして父と三世代に渡り一度掘り当てた鉱脈は尽きることを知らないかのようにアリーシア家に恵みをもたらしていた。しかし、僕の父が病で早くに亡くなってしまい、僕がアリーシア家四代目当主に就いた途端に……今まで恵みをもたらしてくれていたアルトラ・ソルム坑道はハトウシラカネ鉱石を出さなくなってしまいました。無論、わずかにだけは採取することは出来ますが、純度が低く量も少ないため輸出するための基準を満たしていません。今までは溜め込んでいたものに新しく採取した鉱石を混ぜて輸出することで繋いでいましたが、もう限界なんです。今ではほとんど、欠片程しか採掘することが出来なくなってしまった……。それで苦汁の決断を迫られ、公開していた高純度のハトウシラカネ鉱石を偽物とすり替えて輸出しました。でももう、輸出するためのものが無いんです」 若くして当主となったアンドリューは泣く暇も与えられないのであろう。このままでは爵位を剥奪され、負債に潰され野垂れ死んでしまうであろう。まだ15にもならないアンドリューには少し荷が重すぎたのかも知れない。 「……それで、私の力をどうしたい?」 アンドリューに対し、私はわずかな同情に似た感情を覚えてきた。面倒事が嫌いな私にはその感情がなければ全く協力する気になれなかったに違いない。 「ここにはハトウシラカネ鉱で作られた物品が数多くあります。夜刀さんには“この部屋の中にあるもののうち一番ハトウシラカネ鉱の純度が高いものを探してもらいたい”んです」 力がどの程度のものであるかと言うことを確かめたいのであろう。純度までわかるのであれば利用出来るかも知れないと考えているに違いない。 「……出来なかった場合、どうするつもりだ? 私達を闇に葬るか?」 「ま、まさかそんな! とんでもないですよ!」 アンドリューは慌てて私が言ったことを否定している。 「エイビス・ネクタール・アリーシア男爵の時代から守られていることが一つあります。“人を誅すべからず”、エイビスは誰かを傷つけたり、悪人であっても裁きを与えることを禁じていたんです。彼は罪を憎み人を憎まない御方でした。その教えを破ることは僕には出来ません……」 「わ、分かったからしゅんとしないでもらいたい、こちらが悪いことをしたような気分になる」 まだ幼気な子供がしゅんと俯いているのを直視出来ないのだ。ラーサーは含み笑いを漏らしていた。 そして、仕方なく言われた通りにすることにしたのだ。この部屋にある中で最もハトウシラカネ鉱の純度が高い品を探し当てる。出来るかどうかは正直に言えば分からない。ただやってみるだけだ。目を閉じ、神経を集中させ、目に力を集める。そうすれば“竜の眼”が発動するのだ。 「……目が……へぇ……」 アンドリューは興味津々と言った様子で私の瞳を覗き込んでいる。少し邪魔だと思ったが、口には出さない。そして辺りをぐるりと見渡してみた。各品々に力が宿っているというのが分かる。色で言えば、青だ。中には黄色い力が宿っているものもあった。それをしげしげと眺めてみると、おそらくその像を造った職人が魂を込めて作ったのだろうと言うのが分かった。そう言うものには力が宿るものなのである。そう言えば我が父の刀には赤い力が宿っていた。それは怒りや、戦いの情念である。つまりあの刀は誰かを斬ったことがあったということだ。 ぐるりと辺りを見終えたあとに、私はすぐにどれが純度の高いものか分かったとアンドリューに告げた。 「では、どれが一番純度の高いものか教えて下さい」 「簡単だった」 私は周囲に並べられたものには目もくれずにアンドリューの所へと歩み寄った。ラーサーは首を傾げているが、アンドリューは特に動じない様子である。そして私はかがみ込み、アンドリューが着ているシャツの一番上のボタンを外した。さすがにアンドリューはわずかにたじろいだが、目は今まで以上に輝いていた。 「この首飾り、これだろう?」 アンドリューの首には小さな十字の首飾りが掛かっていた。シャツの下にしまい込んでいたためラーサーは全く気付いていないようだったが、竜の眼を使っている私には周りのものとは比べものにならない程の濃厚な“気”がどこを向こうが目の端に映っていた。アンドリューはしばらくじっと私を見つめていたが、突然クスクスと笑い始めた。 「騙そうと思ってたんですが、無駄だったようですね。それに、これがわかったと言うことはいくらか遮蔽物があってもそれがわかると言うことだ。そうですね?」 そこまで理解していてこの力試しをさせたというのならば、アンドリューは大した知能を持っている。私は肯定する頷きを返し、彼から離れた。 「あなたの力は少し把握しました。素晴らしいですよ。そこで折り入ってお頼みしたいことがあるんです」 アンドリューはシャツのボタンを留めて着崩れを直してから言った。 「夜刀さんにハトウシラカネ鉱石の鉱脈を探る手伝いをして頂きたいんです」 案の定の言葉に私はしばらく考えていた。情に流されてはいと答えれば面倒なことをやる羽目になる。面倒を回避するためにいいえと答えればアンドリューは野垂れ死ぬ。普通ならば答えは二つに一つであろうが、結局私にとってアンドリューは赤の他人でしかないと言うことも忘れてはならない事実である。 「……断る、と言いたい所だが……私は困った子供に手を差し伸べない程悪人ではない」 「じゃあ手伝って貰えるんですね!」 「ああ、ただし」 私が続けた言葉にアンドリューはビクリと反応した。何か報酬を要求されると思ったらしい。ちょうど貴重品を管理する倉庫にいるためそう思うのも当然だろう。ラーサーも私を見て何を要求するのか知りたそうな顔をしていたが、私はそれらに反する言葉を紡ぎ出した。 「私も子供だ、同じ事ばかりでは飽きてしまう。猶予は一週間、それを過ぎれば飽きてしまって私は動かないぞ。採掘作業は早く行うことだ」 「一週間……わかりました、こちらの優秀な作業員を動員させます。ご協力感謝します!」 深く礼をするアンドリューに頭を上げさせてから、私達はアリーシア邸をあとにし、宿泊している宿へと向かった。アンドリューからは客室で宿泊しても良いと言われたのだが、あの屋敷の中はハトウシラカネが発する力に満ちていて居心地が悪いために断った。ラーサーはそれに不満そうだったが有無は言わせなかった。 「それにしても、夜刀が彼のシャツのボタンを外した時は分からなかったから襲って誤魔化すのかと思ったよ」 返る道中いきなりそれである。私はラーサーの横腹を小突いた。 「彼も私も子供だ、そんなことをしてもどうしようもないだろう。それとも、そう言うことしか考えられないのか、お前の頭は」 「さあね? でも僕だったらシャツのボタンを外された時点で逆に襲いそう」 皮肉を言ったつもりがとんでもない返事が返ってきてしまい困惑した。ラーサーは想像していたよりも軽い雄なのかも知れない。 「大人の雄ってそういうもんだよ。夜刀には分からないかもね」 「わかりたくない」 ラーサーはくつくつと笑っていた。その顔は腹立たしいが、路上で殴る訳にも行かない。帰ってから締め上げることに決めたのだった。 ---- ***五歩目 [#h4507135] 翌日の早朝、私が目覚めてラーサーと挨拶を交わしている最中、部屋の戸を叩く音がした。そして戸を開けた先にいたのはアンドリューであった。私達を呼ぶために、使用人を使わずわざわざ出向いてきたのである。なんでも、自分の客であり頼みの綱である私達を、使用人を使って召喚するのはあまり褒められることではないと思ったからだそうだ。私達がどう思うかよりも、自分がどう思うかを優先しているらしい。そして彼の価値観は徹底的に高潔である。大人になれば偉大な人物に変わりそうな予感さえする。 「朝食は済ませましたか?」 「いや、まだだが」 「えっと……大したものではないんですが、こちらが軽い朝食を用意しましたのでよろしければ召し上がって頂いても……」 「是非ごちそうになります」 ラーサーはアンドリューの申し出にとてつもない早さで飛びついた。おそらく今までの粗悪な――と言っても、私が洋風の料理をあまり知らないため何とも評価しがたいのではあるが――料理より質の良いものを食べたいのだろう。誰であっても楽なことにはすがりたいものである。 アリーシア邸での食事は何とも不快だった。まあ私にとって、ではあるが。作法を根本から知らない私はどうして良いのやらわからず、満足に食事が出来なかった。アンドリューは作法など気にしなくていいとは言うものの、周囲を漂う雰囲気がそれを意味のない戯れ言にしてしまっていたのである。ラーサーは可笑しそうに笑っていたが、私としてはその場で奴の顔面にパイだかとか言うものを投げつけてしまいたかった。無論そんなことはせずにただ若干の殺意を込めた視線を送るに留めた。 「そんなに怒らなくてもさ。&ruby(Child Baron){アンドリューくん};もああ言ってたんだし」 「貴様いつか首を取るぞ。ただでさえ田舎者の私がそんな言葉で素直に順応出来るとでも思ったか」 なんだかんだと言えど、私は田舎者の田舎武者に過ぎない。それが異文化の中に来てしまえば右も左も分からなくて当然である。 まだ不満足ではあるが、アンドリューは時間が惜しいだろうと配慮し、私はアンドリューの指示に従い坑道の採掘現場へと向かった。昨日来た場所より回り込んだ場所に入り口があり、そこからかなり奥の方へと穴が空いていた。あちこち木で壁や天井が崩れ落ちてこないように補強がされ、明かりが天井に一定の間隔でぶら下がっている。お世辞にも居心地が良いとは言いがたい場所である。いざ奥に進もうと足を踏み入れた刹那、肩を叩かれた。 「刀は持って行っちゃダメ、湿気てるから錆びるよ」 振り返ると、そこにはブイゼルの少年がいた。薄汚れたなりだが精悍な表情を絶やさず、好少年という印象を受ける。私より二つか三つ年上のようだ。 「忠告感謝する」 「堅苦しい話し方するね。俺はリヤン、話は聞いてるよ、夜刀っていうんだよね、よろしく」 「よろしく頼み申す」 「刀貸して、置いてくるから」 リヤンは私から刀を受け取ろうとしたが、私は断った。自分の得物を他人に軽々しく預けてはならない。なぜならその相手は盗人かも知れない。刀を持たない剣士は力量を半分も出せないのだ。そもそも刀を所持せず行動するのが嫌だと感じていた。結局刀はそばにある作業員の荷物の中に紛れさせておいた。 「盗まれなきゃ良いね」 「治安が悪いとは聞いていない」 「まあね。案内するからついてきて」 私がリヤンに連れられて奥へと進む道中に、竜の眼など使わずに分かる程に力の波が発せられている場所が幾つかあった。だがおそらくそこを掘れば辺りが崩れるだろう。何となくだが力の伝わり方がおかしい、岩の中に紛れているならばもっと控えめに伝わるだろうが、自己顕示しようとしているようにさえ感じる。そう言うものをいずれ掘るべきだろうかと考えるが、早めに飽きてしまいそうなのでやめた。奥へと進むうち、壁や天井から水滴が流れていることに気が付いた。湿気ているとはこの事だったのだろう。 「夜刀、ここが今掘ってる所」 「随分とやかましいんだな」 「まあ岩を崩してる訳だし」 確かにその通りである。坑道を掘り進めているのは主にバンギラスやカイリキーなど、力にものを言わせる輩や、リヤンのようにブイゼルであったりフローゼルであったりと、あまり力仕事という印象のない者まで居る。しかしそう言う連中は水を勢いよく吐きだして岩を削り取っているようだ。掘る速度はつるはしなどよりも速いが、やはり疲れるらしい。 「正直今は適当に掘ってるだけだから。みんな、アリーシア坊ちゃんの言ってた夜刀って人連れてきたよ、一旦休憩しよう」 どうやら私が場所を指示しなければ動くことはないようだ。猶予は一週間、そして私はアンドリューに出来れば協力したいと言う意志は持っていた。ならば早めに行動するに限る。広範囲を探るとなると、竜の眼では力不足かも知れない。こう言う時は“波紋”をたどるのがいい。リオルには波紋を感じる力があるのだ。ハトウシラカネから発せられる波紋をたどればすぐにどこにあるのかが分かるだろう。 精神を集中させ、波紋を全身で感じ取る。ハトウシラカネの波紋というのは実に感じやすい代物だ。そもそも微弱なものではよく見なければ竜の眼では察知出来ないものが多いのにかかわらず、ハトウシラカネはごくわずかな波紋、力を私に感じさせていたのだ。それ故に、場所を察知するのは大きな鉱脈にかかわらずものの数分で終わった。 「ここからおおよそ……六十七尺下、そこに大きな波紋を感じた。そこにハトウシラカネがあるはずだ」 「下? また面倒な……」 フローゼルが一匹ため息を吐く。しかし私にはなんの事やらさっぱり分からないためにただのものぐさにしか見えないのである。 「あのね夜刀、下って言うと足場を崩して掘っていくか螺旋状とかそう言う風に掘っていくしかない訳だろ? 足場崩していったら採掘しても戻る時が大変だし遠回りして掘るにしても時間がかかる。キミは一週間しか協力してくれないんだから時間が足りないんだよ」 リヤンは面倒そうな顔をしつつ私に説明をする。時間がない、となると私も一度言ったことを取り消すような気はないため手の打ちようがない。 「リヤン。下に直接掘るとなると如何ほどの時間がかかる?」 「えっと、六十七尺だろ? 大体20メートル……一週間ギリギリかな。この辺の岩盤が固いしもっとかかるかも知れないけど」 「それでやるしかあるまい。私とてアンドリューに協力してやりたいという意思はある。私も出来るだけ協力しよう、採掘の後のことは後で考えれば足りる。今は現物を拝むことが先決だ」 しばらく顔を見合わせていた作業員達は思案して私の言葉に合理性があると判断し、行動を始めた。時間の猶予はない。私がいなくなっても地下に掘り続け、その周囲を掘り起こせば鉱石は見つかるだろう。しかしそれまでにアルトラ・ソルムの街が凶行に陥ってはそれもまた無意味なことになるのだ。それ故に、彼等はほぼ無駄口をたたくこともなく、ひたすらに地下へ掘り進めていった。 「今日で一週間目……もう時間がないね……」 三日は快調に掘り進んでいた。しかし四日目からは鉄が多い地盤に突入したために、つるはしが思うように食い込まないまでに固い地面になってしまっていた。怪力自慢の作業員達は素手で硬い岩を砕き、その他は高圧の水やらで掘り進んでいった。しかしまだ二十尺以上掘らなければ肝心な所へたどり着かない。リヤンが懐中時計を照らして時間を見た所、作業時間は残り一時間強しか残っていないそうである。もはや時間切れと言って差し支えなかった。 「……何か、無いのか? ここを一気に掘り進むことが出来るような代物は」 「んな上等なもんあるならとっくに使ってるって……」 バンギラスがどすりと音を立ててへたり込んだ。半ば諦めているのだろう。 「ダイナマイト……この前使い切っちゃったよね……」 「発破も出来ねぇな……」 リヤンすら諦めかけている。専門家達がその様子ならば、私がどうしようと無駄なのだろう。私にものを爆発させるような力はない。 '''いつもあなたを見ている いつか復讐してあ・げ・る 恋はダイナマイト 火を付けたらもう止まらない、やめさせようたって無駄よ もう私、爆発する程愛してるのよ 恋はダイナマイト この気持ちもう止まらない、吹き飛ばしたい程愛してる もう私……バ・ク・ハ・ツ 寸前''' 奇っ怪な歌声が行動の中に響き、私を含めた全員が辺りを見回し何事かと捜索する。どうやら梯子の上から聞こえたようだが、フローゼルが上って確認しても誰も居ないようだった。しかしその代わりに爆薬が置いてあったそうだ。これで発破が可能になった。 「……おいこれ……&ruby(けいそうど){珪藻土};ダイナマイトでも&ruby(にかわしつ){膠質};ダイナマイトでもないぞ。粘土……?」 「何でも良い、それが頼みの綱だ。全部ぶちこんどけ!」 カイリキーの荒々しい言葉に誰も反論することもなく、いくつかのダイナマイトが掘り込まれた穴へ投げ込まれる。導火線を延ばし、梯子を登った所で起爆ボタンを設置する。 「頼むぞ……頼みの綱なんだからな……。発破!」 ボタンを押した次の瞬間に、大地震が起きたと錯覚するような揺れを感じた。そして目の前の大穴から吹き出してくる爆風。吹き飛ばされないように私は四つん這いになって踏ん張っていた。リヤンが転けそうになったため私の腕を掴んだが、いちいち気にしていられるような状態でもなかった。 爆風が収まったかと思った次の瞬間、今度は大穴に吸い込まれる。今まで踏ん張っていた方と逆に動かされるのだから抵抗のしようがなかった。体が小さく、体重の軽い私とリヤンは飲み込まれるようにして大穴に落ちていってしまったのだった。 「やった! 発破して鉱脈にたどり着いてる!」 「その鉱脈が空洞になっていたせいで今落ちているだろうが! 暗くてどこに地面があるか分からんぞ!」 「とにかくかなり高いね、骨折は覚悟してた方が良い……」 とリヤンが言った時には既に地面にたどり着き、四肢を着いても勢いを殺しきれずに額を強かに地面に打ち付けて意識が朦朧としていた。そしてそのまま気を失ってしまったのだ。 ---- ***六歩目 [#eb5537f0] 「夜刀……大丈夫? おーい」 「うぅ……大丈夫なら気絶はしていない……」 どの位経ったのかは分からないが、私は目を覚ました。辺りは目が慣れていても大して視界が利く程に見える訳ではない。すぐ近くにいるリヤンの顔すらも見えない程に真っ暗であった。 「お前の方は怪我はないだろうな?」 「落ちた所が砂が積もった所だったからね。キミももう少し左側に落ちれば怪我しなかっただろうけど」 「憑きが無いな昔から」 自分に対し毒突くと、出口はないかと辺りを見た。光が若干でもあればいいのだがそれもない。上を見上げて、やっと落ちてきた穴にわずかな明かりが見えるだけだ。 「助けが来るのを待つしかないね……。幸いバカみたいに落ちた訳じゃなさそうだから一時間待たなくても助かりそうだよ」 「それまでに手土産になる鉱石でも確保しておこうか。そこら中から波紋を感じる」 波紋を感じているだけでは確かな場所まではわからない。私は竜の眼を使うことにした。竜の眼を発動させ、目を開いた瞬間に、私は驚愕する。辺りにはハトウシラカネの原石が星空を作るように辺り一面に分布していた。畏敬すら感じる周囲の光景に私は息を呑む他無かった。 「……ここにいることすらおこがましい程に……美しい光景だ……」 「え? 何が?」 リヤンはこの光景を見ることが出来ないのだと思うと、何となく不憫に思えた。よくよく考えてみれば、彼等に今必要なのは街を潤す資金源だ。観光名所という訳ではないこの街、頼るのは輸出だ。つまりこの光景など彼等にとっては全く価値はないし、この美しさを堪能して心が満たされるよりも温かい食事で腹が満たされることの方が重要なのだ。まさしく花より団子と言った所であろう。これは壊されてしまうのだ。ならば今見ているこの光景を心に刻み込むことにしよう。いつか我が故郷に帰った時に土産話としてここの話をするのだ。しかし私の乏しい語彙力ではこの光景を比喩することなど到底不可能なのだろう。俳聖でも読むことの出来ぬ美しさやもしれない。 「……まあ、何だか知らないけど、落ちてから結構時間が経ってるみたいだし急いで手土産探しとこう。見えるんだろ?」 「ああ」 綱を垂らされるとして、片手で縄を、もう片手に手土産の鉱石を持つというのが一番妥当であろう。リヤンは肉体労働をしている身だ、多少重かろうと大きさが適度なものであれば片手で支えきれるはずだ。私も筋力にはそれなりに自身がある。リヤンにはおそらく発破時に崩れ落ちた部分であろう瓦礫に含まれた一尺ばかりの鉱石を渡し、自分には空洞壁面に薄く張り付いた棒状の塊をあてがった。持ちやすい私のものはともかくだが、おそらくリヤンに渡したものは軽く抱え込まなければならないだろう。 「まぁ、割と軽いのが救いかな。ハトウシラカネは軽いんだ、鉄と比べると三分の二ぐらいの重さだよ」 「軽ければ良いという事ばかりでは無いがな」 リヤンは苦笑気味に肯定の返事を返し、ふと渡しの含み笑いを遮った。綱が垂らされていると言うことらしい。ここから抜けることが出来るのだ。 「どれほど時間が経ったかは知らんが、光が眩しいだろうな」 「カンテラで目がくらむね、多分」 軽口を叩くリヤンは私を先に綱に掴まらせ、引き上げるように合図を出した。大した荷物を持っていないために、私達にも引き上げる側にも大した苦はなく円滑に救出作業は終わった。そして案の定、&ruby(カンテラ){洋風提灯};の明かりで頭痛を感じたのだった。 しばらくの間、暗闇に慣れた目が光を浴びるとうめいてしまい、移動するまでに数分の時間を要する羽目となった。そしてその間に感じたが、先の空洞になっている鉱脈は酷く冷えていたらしい。何となく麻痺でもしていたのか、そこまで寒さを感じると言うことはなかったものの、今上部の採掘現場に来てみれば気温が歴然と違っているというのが分かった。冷えていると暖かい空気が吸い込まれていくらしく、そのせいで私とリヤンは穴に飲み込まれてしまったらしかった。 「戻るような暇無かったぞ、爆発が思いの外強かったとかあって動揺してたしだな。幸いロープはあったから良かったが……」 「憑いているな、まったく」 先程の言葉を翻し、それに対して自嘲するとリヤンは苦笑していた。 「さぁ、勤務時間を超えて作業してたことになるな、残業代もらおう」 「&ruby(こす){狡};いな……」 「そうでもしなきゃ貴族様程良い暮らし出来ないんでね。幸いここの坊ちゃんは善人だから黙認してくれる」 経済的なあれこれがあったのではないのかと言いたくなるのだが、今更言った所で何になると言うのか。彼等は長い間そうしてきたはずである。 土産話をしながら、とでも言いたい所ではあるが、土産となりそうな話はない。私はともかく、辺りが全く見えなかったリヤンはだ。私が土産話をしないのは、恩人とは言え名前を覚えもしていない相手だと言うことが大きい。そもそも私は饒舌な方ではない。話はないが、物品は所有しているのだ。ハトウシラカネの塊。リヤンや他の作業員達が言うには、それなりに上物の鉱石で、不純物はほとんど入っていないようだ。私の力も捨てたものではないと今更ながら実感した。私の力でアンドリューが、ひいては街が一つ救えたのだから。我が故郷へ持ち帰る土産話がまた一つ。 作業員達は各々、給料が支払われたらどうするかなどを自慢しあっていた。私からしてみればそんなことはどうだって良いし、ましてや娼婦屋へ行くなどと鼻息を荒くして話しているのだから聞きたくもなかった。もっと生活に必要なものを買いそろえておこうなどとは考えないのか。雄というものが実質謎でしかなくなった。私は雄のふりはしているものの、雄のことなど表面的にしか知らないのだ。かといって、雌らしくしたこともないので私はどっちつかずの状況にいる。妄想逞しくする彼の雄達に、私が雌であるとばれた日にはどのような反応を示すであろう。間違っても試したくはない。 湿気た坑道の道を抜け、しっとりと濡れた体毛を若干気にしつつ、私と他作業員達はネクタール邸へ向かう。アンドリューもさぞ歓喜するに違いないだろう。私はそれを想像しただけで何となくため息が洩れた。彼の代でこの街に恐慌が訪れる心配ももう無いはずだ。あの幼気な少年にはとてつもない重荷だったはずである。彼の荷を軽くすることが出来るならば、私は喜んで働いていただろう。しかし、私の気性がそれを素直にさせてくれないのだ。今更ながら、私はどこかへそ曲がりでものぐさなのだ。 ふと、辺りから何か焦げるにおいが漂ってきた。もはや街も見え、ネクタールの屋敷も間近だというのに火を熾している者がいるとは思えない。もしや。私は何か悪寒を感じて駆けた。こう言うものを虫の知らせ、第六感などというのだろう。そして私の感じた悪寒は無意味なものではなかったのだ。 「屋敷が燃えている……!」 「火事……だね」 私の後を追いかけてきていたリヤンは炎へ包まれたネクタール邸を見上げた。 大惨事の大火事、と言う訳ではない。しかしそうなるのも時間の問題であろう。火消し組はどこだと辺りを見るが、彼等の姿はどこにも見あたらないのである。街には必ず火事の際に火災を止める団体が組織されるはずなのだが、彼等は屋敷へと近づいてすらいないのだ。 「どういう事だ!? ラーサーはどこへ? アンドリューは!?」 「みんな捕まってるんじゃないかな」 突如、私は背後から首を絞められた。かなり強力に絞められ、意識が一瞬でなくなりそうになるものの、必死の抵抗でそれは逃れた。誰が絞めたか、などというのは腕を見れば一目瞭然であった。リヤン、彼だ。彼が一体何の目的で私を絞め落とそうとしているのか、彼の言葉の意味が一体何なのか。それを問う暇も考える暇もないうちに、私の意識は闇へと沈んでいった。 ---- あとがき どうも、DIRIです やはりこの小説、息抜き用ですね、この小説を真面目に書こうとするとぐだぐだになりますもん(爆 息抜きにちょこちょこっと書いてくのが良いみたいですね さてさて、息抜きなんで手抜きなのは勘弁して下さいね 続きを期待せずにお待ち下さい…… ---- #pcomment(コメント/一歩進んで半歩下がる 2,10)