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レポートNo.6「贈り物はベーコンエッグ?」 の変更点


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2009/10/31 ・投稿
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 早朝というには遅く、昼前というには早い朝の時間。すでに多くの人とポケモンは食事を済ませ、それぞれの仕事に就いています。ケンタロス達は今日も「ぶもー、ぶもー((訳 今日も畑。明日も畑。おれたちゃずーっと野良仕事。))」と健康的に鳴きながら畑を耕し、ペリッパー達は首から郵便袋をぶら下げながら呑気に空を飛んで民家を回っています。
 そんな平和で穏やかな空気の中、街の一角にある大きな道場の門前に、一人の少女と一匹の小さなポケモン、そして屈強な体つきをした大きな男の人が立っていました。アンバランス極まりない面子にしか見えません。
 その少し変わった組み合わせの内、うららかな陽気にはピッタリな白の半袖のシャツを上に着て、下には動きやすそうな薄手の黒のパンツを履いている人間の少女は、名をキョウカと言います。この若干12歳の少女であるキョウカは、見た目こそただの可愛らしい子どもですが、実は全国の絶景を見て回るというなかなかに壮大な野望・・・もとい、夢をもって現在進行形で行動しているたくましい子どもなのです。とはいえ、その見た目は年齢に違わず華奢であり、いくら旅をする人のサポート体制が万全であるこの世界であっても、長旅をするのにはとてもとても不安です。ましてや、白く柔らかそうな肌に長くしなやかな赤髪を持ち、細長い手足に端整な顔立ちをしているとあっては、道中の危険も一層高まるというものです。((ポケモンなら5年。人間なら10年。))
 しかしながらこの少女、普通の子どもではございません。例えば、彼女が着ている衣服。一見すると普通の服ですが、実はその一着一着が、一般的な家庭の一年分の被服費に相当する代物だったりします。((一体何をどうすればそこまで値段が高くなるのか疑問である。))それに加えて、彼女が背に背負っているリュックはとんでもない物の宝庫です。どれがどれくらいの値段なのかは最早馬鹿らしいですが、有り体に言って、彼女の身ぐるみを剥がせば優に5年は遊んで暮らせます。
 それもそのはず、実はキョウカはこの世界においては有数の資産家の娘なのです。その資産は莫大で、およそほとんどの企業や国が彼女の家と関係を持っているほどです。そしてまた、彼女の両親が彼女を溺愛していることもあり、もしも彼女が一言望みさえすれば、この世の大抵のモノは彼女のモノとなったりもします。
 普通であれば、それは極めて異常なことであり、まるでウソのような話であると言えますが、彼女に限ってはそれが現実でした。

「そうかなぁ?」

 そうなんです。普通はそんな環境は望んでも到底得られないようなものなのです。だというのにこの人ときたら、その環境を全く無視するようなことしかしないのです。コック((様々な食材に魔法をかけて素晴らしい味と見た目を誇る料理を生み出せる人。頭に被る帽子の高さは地位の高さを表している。))に作ってもらうよりも、自分で作った方が楽しそうだからといって料理を始めたり、道場の跡取り娘である幼馴染がカッコイイと思ったから道場に通い始めたり・・・。

「だって楽しいことをしないのは損じゃない?」

 ・・・と、このようにして、キョウカは普通のお嬢様ではしないようなことをたくさんしてきたのでした。ちなみに今旅をしている理由も、幼馴染から本を借りて読んだらワクワクしたから、という単純なものだったりします。一般的な子どもよりも遥かに悪い人達に狙われる要素があるのに許可した親も親ですが、そんなことを全く意にも介さない子も子です。何度も繰り返すように、いくら平和な世の中とはいえ、旅というのは大変なのです。

「でも、とっても楽しいわよ。こうやって、」

「わっ!? わっ!?」

「グレイちゃんとも会えたしね」

 そんな奔放極まりない少女に、ムギュッと抱っこされて若干恥ずかしい格好になっているのはポケモンのポチエナ。キョウカに呼ばれた通り、”彼”の名前はグレイと言います。ただ抱っこされているだけなのに、「ふぇ、ふぇ・・・」と何だか泣きそうになっていますが、これでもちゃんと男の子です。やれる時はやる男の子です。それを証明するように、ギラリと鋭く光る黄色い目に埋め込まれた赤い瞳はあちらこちらに泳いでおり、何でも噛み千切れそうな鋭い歯は一度も使われたことがないほど綺麗な白色を保っています。そしてまた、どんな獲物の臭いも嗅ぎ分けられそうなポチッとした赤い鼻は細かくスンスンと動いており、ふにふにと柔らかく敏感そうな灰色の肉球のついた足はぷらぷらと揺れています。さらにさらに闇夜に溶け込めそうな立派な灰色と黒色の毛皮を纏ってるとあってはもう誰がどう見ても立派な男の子です。油断した相手はガブリとイチコロです。

「んー、グレイちゃんってば、何だかいつもよりきれいねー。昨日体洗ったからかなぁ?」

「きょ、キョウカさん。そそそそんなにギュッてしないでください」

「だってグレイちゃんの体、柔らかくて温かくて気持ちいいんだもん。うふふふ」

「でででででも! あ、あうー」
 
 情けない姿を晒し続けているように見えるかもしれませんが、こう見えてもグレイはそれはそれは強・・・いのです。向かう所敵無しなのです。きっと。たぶん。
 ちなみに、彼は実は最初からキョウカの護衛として、果ては仲間として旅に同行してきたわけではありません。旅の初日、つまり現在より二日前にプラムタウン近郊の森で彼女と出会い、スピアーに襲われている所を助けられ、そのまま一緒に行かないかと誘われた結果、こうして一緒になっているわけです。――彼を捨てたであろうご主人様を一緒に探すという、希望と重さを兼ね備えた目的をもって。

「いやいや、なかなか幸せそうだな、グレイ君は。はっはっは!」

「ふ、ふぇ・・・」

 この豪快な笑い声をあげている屈強な人間の男、――カズユキ師範代からは、どうやらグレイの目が歓喜のあまり潤んでいるようにしか見えないようです。事実、それは間違っていないのかもしれませんが、師範代の発言によって、グレイの目が一層潤んだところを見ると・・・なんとも言い難いところです。
 と、それはさておき、いつまでもキョウカはグレイを抱っこしている場合ではありません。彼女はここ、つまり道場に遊びに来ていたわけではないのです。昨日遊びすぎてしまったがために((むきむきまっちょを自信喪失させるまでボコボコに投げ飛ばしたこと。No.5参照。))本来の目的を果たせず、否応なしに泊まっていただけなのです。

「よいしょ、っと。――それじゃあカズユキ師範代、私達行きますね。色々ありがとうございました」

「うむ、オダマキ博士の研究所への行き方はさっき言ったとおりだから、間違えないようにね」

「はい、わかりました」

 ようやく解放されて安堵しているグレイをよそに、キョウカと師範代は挨拶をてきぱきと済ませていきます。リュックも背負いなおし、いよいよ本来の目的である、オダマキ博士の研究所へのお使いを済ませるべく、意気揚々と出発・・・かと思いきや、どうも何かが足りないようです。荷物のチェックはすでに済んでいますし、朝食もバッチリとっています。服装に乱れはありませんし、致命的な寝癖もついていません。唯一不安なのはグレイの鼻が少し乾いていることくらいですが・・・。

「あ、あの、キョウカさん。ゴーリキーさんとリードさんの姿が見当たらないんですが」

「え?・・・あ、確かにいないわね。朝ご飯までは一緒だったのに、どこにいったのかしら?」

 どうやら違和感の元は残り二人の仲間である、ゴーリキーとリードだったようです。ゴーリキーは昨日キョウカが試合をして勝った結果、暑苦しいほどに熱く旅に同行したいと申し出てきて仲間にしたポケモンです。まだ名前はついていません。そしてリードは自称天才を名乗る頭がツルツルのゼニガメです。この旅が始まる際に、キョウカが世間知らずなこともあって色々と不安だけど((この世界の常識がすっぽりと抜けているため。))、このポケモンがいればだいじょーぶとまで言われた”優秀であろう”ポケモンです。実際、彼が最初からついてきてくれていなければ、キョウカはこのミシロタウン((子どもの足でも出発点のプラムタウンから一日かからない距離である。道中も極めて安全。))まですら辿り着けなかったかもしれません。
 そんな重要な仲間の存在を忘れて意気揚々と出発しようとしていたのには疑問を持たざるを得ませんが、何にせよグレイの言葉でキョウカはそのことに気づいたようです。そしてそのまま近くにいないか探すべく、右手を水平に自身のおでこに当て、辺りをキョロキョロと見回しましたが、二人の姿は確認することができませんでした。

「うーん、いないわね。何か忘れ物でもしたのかしら?」

「忘れ物・・・? ――ああ、そうだったそうだった! ウッカリ忘れていた。実は朝食の後、リード君と相談して色々と旅に必要そうなものを集めていてね。今、それを取りにいってもらっているんだよ」

「えー、そうだったんですか。何から何まで気遣っていただいて、本当にすいません」

「なに、久しぶりにキョウカ君の稽古姿を見させてもらったのと、うまい夕飯のお礼だよ。気にしないでくれたまえ」

 キョウカが師範代の心遣いに感謝して頭を下げると、グレイもしなければいけないのかと思ったのか、おすわり((後ろ足とお尻でバランスをとり、前足を突っ張るようにして地面に立てることで上体を起こしている状態。四足歩行の生き物の一般的に行儀の良いポーズと言ったらコレ。自発的にこうした行動ができるグレイはおりこうさんである。))の姿勢になって頭を下に向けています。それを見て、師範代もキョウカもクスクスと笑っていましたが・・・。

ドスン! ズズズズズズッ! ドスン! ズズズズズズッ!

 何やら道場の方から凄まじく重い物が地面に落とされる音と、それを引きずっているかのような音が聞こえてきました。それのおまけなのか、地震警報が出そうなくらいに地面も揺れています。師範代やキョウカはともかくとして、グレイは思いっきりその影響を受けてぐらぐらしています。

「どうやら間に合ったようだな。しかし・・・ふむん、やはり少々重かったのかもしれんな」

「えっ? もしかして、この音と揺れって」

「ああ。リード君とゴーリキーだ」

「・・・」

 さしものキョウカもこれには絶句せざるを得ないようです。それも無理はありません。おそらく、一歩進むごとに豪快極まりない音を生み、この地盤のしっかりとしているであろう地面が揺れるほどの荷物を抱えたゴーリキーが、これから仲間としてついてくるというのですから。同様に絶句しているグレイなどは立っていることもままならずに伏せています。
 しかし、そんな彼女達に構うことなく、いよいよリードとゴーリキーが姿を見せて・・・

「あっ、リード、ゴーリキー、わざわざ荷物を持ってきてもらっ・・・って、えええええええええええええええええええ!?」

 キョウカの目の前に姿を現したリードは、いつもと特に変わりない姿でしたが、ゴーリキーの方はというと、案の定その背中にすさまじく巨大な荷物を抱えていました。いえ、それはもう荷物などという生易しいものではありません。なにせその大きさたるや、まるで世界一周旅行でもするのかと言わんばかりで、ただでさえ体が大きいと言われているはずのゴーリキーが、豆粒のような大きさに見えてしまう程なのです。ゴーリキーがそれを支えているというのも驚きですが、それ以上にこれだけの荷物を積み込めるだけのリュックサック(?)があるというのも驚くべきことでありました((加えて言うのならどこで詰め込んだのかも謎である。))。
 そんな異常な光景を師範代は全く違和感が無いといった感じで見ていましたが、キョウカとグレイはそういうわけにもいかず、ただあんぐりと口を開けて見ているばかりでした。もちろん目は点になっています。

「・・・・・・・・・はっ! あ、あの師範代? 一体何を入れたらこんなに大きな荷物になるんですか? な、なんだか家ごと引越せそうな量ですけど・・・」

「いやいや、リード君と相談しているうちに、あれもいるんじゃないか? これもいるんじゃないか? という具合に物が増えていってしまってね。まったく、リード君の的確な指摘には驚かされたよ。はっはっは!」

「ええ? リードが? ――そうなの? リード」

「いや、確かにおいらは色々必要そうな物を言ったけど、まさか本当に全部つめるとは思ってなくて・・・」

 妙に楽しそうに語る師範代の横で、ちょっと申し訳なさそうな表情をしてリードが言います。それはリードにしては珍しく殊勝な態度でしたが、キョウカはそれに突っ込めないほど巨大な荷物に目を奪われていました。

「け、けど、これじゃあゴーリキーが潰れちゃいそうじゃないですか? いくら力持ちだからって・・・!!!」

 ずももももん! とそびえる荷物を抱えているゴーリキーの方を見ながら言うと、キョウカは彼が真っ赤になった顔をビキビキと引きつらせていることに気づきました。その名の通り、強力の持ち主であるゴーリキーが、顔を引きつらせるほどの重さの荷物((優にリード100人分以上はありそうである。))とは一体なんなんでしょうか・・・。

「ちょ、ちょっとゴーリキー? すごく辛そうな顔してるけど、大丈夫?」

「お、オレのことは気にしなくていい。こ、これも修行のいっか・・・ん・・・だ」

 気にしなくていいと言われても、山のような荷物を抱え、顔を真っ赤にして全身汗びっしょりの大男を前にしたら、誰だって気になって仕方がないというものです。しかもこれからずっと一緒に旅をするというのですから、ここで気にせずにいるなという方が無理があります。森を歩く時も ずももももん! 街を歩く時も ずももももん! 山を登る時も ずももももん! では落ち着かないこと極まりないです((街を歩いて居いたら間違いなく補導の対象である。))。

「で、でも、体中汗びっしょりよ? 荷物を持ってくれるのは嬉しいけど、その・・・そこまでしてもらわなくても」

「そ、そうですよゴーリキーさん。無理は体に良くないです」

「おいらもそう言ったんだけどさー・・・」

 3人が心配の眼差しを向ける中((師範代は笑いっぱなしである。))、ゴーリキーの顔は赤くなるのを通り越して蒼白になっていっており、体も荷物に圧される形でどんどん傾いていっています。依然として全身にはおびただしい量の汗が噴き出ていていますし、このまま30秒も放っておけば、その場で絶命してしまいそうです。そして・・・

「ぬ、ぬおおおおおおおっ!!!」

「きゃっ!? ご、ゴーリキー?」

 一体どうしたものかと師範代以外の3人が悩んでいると、ゴーリキーが大声と共に突然奮い立って、荷物に押しつぶされそうになっていた体をまっすぐに起こしました。それはまさに巨大な岩をも動かさんばかりの“かいりき”といった感じでしたが・・・

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぐはっ!」

ズズゥゥゥゥゥン!!! ガラガラガッシャアアアアン!!

 あまりに重すぎた荷物によって力尽きたのか、ゴーリキーは地面に膝をついて倒れてしまい、凄まじい音と共に巨大な荷物の下敷きになってしまいました。すでにその姿は完全に荷物に埋まってしまっていて、生きているのかどうかすらわかりません。何とも不幸な事故でした。

「きゃーっ!? た、大変!!!」

 キョウカは悲鳴をあげて、倒れたゴーリキーの所に慌てて駆け寄ると急いで荷物をどかし始めました。しかし、荷物は“ゴーリキーが支えきれずに潰されるほど”の重さであるがために、キョウカの細い腕ではビクともしません。逆にひょいっと助けでもしたら怖いです。化け物です。もっとも、どこかの12歳の女の子なら余裕でやってのけるかもしれませんが。

「み、みんなも手伝って!」

「は、はい!」

「お、おお!」

 キョウカに促され、流石に笑っていられなくなった師範代と、顔に色があったら間違いなく真っ青になっているであろうグレイもそれに続きます。ですが、リードだけはすぐにそこに加わろうとはせず、その場でぽりぽりと頭をかきながら

「・・・いくらどこでも稽古ができるようにとはいっても、やっぱり“タタミ”((イグサという草を編みこんで作った敷物。丈夫な芯材によってちょっとやそっとの衝撃では壊れないようになっている。大きさは910mm×1820mmの物が基本形だが、今回ゴーリキーが持ってきている物は特注品なのでさらにでかい。つまり重い。そして旅にもっていくような物では断じてない。))は無理があったんじゃないかなぁ」

 と呟いて、ゴーリキー救出を手伝うのでした。


 ・・・15分後・・・


 苦労の末にどうにかゴーリキーを助けることができたキョウカ達は、早速巨大な荷物をバラしにかかり、ゴーリキーが背負うことができる範囲で必要そうなものを、改めて”普通に”大きめのリュックに詰めなおしました。師範代は少し残念そうな顔をしていましたが、あのまま旅をしていたらミシロタウンを出ることはおろか、オダマキ博士の研究所に行くだけで1日かかりかねませんし、なによりもゴーリキーが行き倒れること必死でしたので仕方ありません。荷物が荷物によって倒れるなど本末転倒((大事なこととどうでもいいことを取り違えること。言われるとかなりショックな言葉である。))もいいところです。

「はぁ~・・・せっかく選んだのになぁ」

 師範代は道場の前にそそり立つ”いらないもの”の山を見てため息をついています。どこまでもどこまでも未練があるようです。果たしてそれがゴーリキーの修行のためなのかどうかは神のみぞ知る((よーするにだれもわからないってこと。))です。

「あ、あのー・・・」

 そんな師範代にはキョウカも声を掛けづらかったのでしょうが、ここで声を掛けずにいたらいつまでたっても先に進めません。もちろん声を掛けても師範代が全く反応を示してくれなかったら、それはそれで同じことになってしまうのですが、幸いにも師範代はキョウカのおずおずとした声に反応して、キョウカ達の方に振り返ってくれました。

「じゃあ師範代。今度こそ私達行きますね。荷物の方、どうもありがとうございました」

「・・・うむ。――ゴーリキー、達者でな」

「はい、師範代・・・」

 朝のうららかな陽気のもと、沈黙して見つめあう二人の大男。見ようによってはそれは怪しげにも見えたかもしれませんが、二人の顔を見れば、到底そのようなことが言えるはずもありませんでした。送る側の目も送られる側の目も静かであり、そこにはハッキリとした別れの意味が込められています。いつかまた、とは言えても、それが果たされるまでには途方もない時間がかかるということ、そして果たされた時にどうなるかというのは、十分に二人にはわかっているのでしょう。

「いってきまーす」

 師範代は目に光が入っても眩しげにすることもなく、挨拶を終え、手を振りながら離れていくキョウカ達に黙って手を振り続けました。そしてゴーリキーは一人振り返ることなく、荷物を背負って、日の光りがやってくる方向へと、顔を上げて進んでいました。

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 キョウカ達は道場を後にして、ようやく本来の目的地であるオダマキ博士の研究所へと向かい始めました。カズユキ師範代から教えられた行き方によると、オダマキ博士の研究所は同じミシロタウンの中にあるとはいえ、道場からはそれなりに距離があるようです。そのため、キョウカは道すがらグレイの質問――あの建物は? 研究所とは?――に答えつつ、ゴーリキーの名前を考えることにしました。

「うーん・・・・・・・・・・・・ねぇねぇゴーリキー、何か名前のリクエストとかない? こういう名前がいい! とか」

「リクエストだと? オレにか?」

 キョウカからの質問に、ゴーリキーは若干顔をしかめてさらに質問で返しました。キョウカはまさかそんな風に返事が来るとは思っていなかったのか、かなり意外そうな顔をしています。そんなキョウカを見かねて、リードが やれやれ といった感じで溜息をつきつつ、いつものポーズをしてぼやきました。

「あのねキョウカ、普通はポケモンに名前のリクエストなんて聞かないの」

「えぇ? そうなの?」

「そうなんだよ。っていうか普通に考えればわかるだろ? 自分の名前は何がいい? って聞かれてさ、これがいいなんていうポケモンがいると思うかい? 大体ポケモンに限らず人間にだってそんなこと聞かないだろ。まったく・・・これだからさぁ」

「ま、まぁそこがキョウカさんらしいってことで」

 キョウカの発言に対するリードのつっこみ、そしてグレイのフォローという一連の流れを、ゴーリキーは興味深そうに見ていました。新参者ということもあって、まずは一行の雰囲気を観察しているようです。その様子から察するに、師範代とのお別れに心を引きずられている気配はないようですが・・・。

「とにかく、何か思いつくのはないのかい? ほら、グレイの時はパッと思いついてたじゃないか、ああいう感じでさ」

「確かにそうだったけど・・・うーん」

「むぅ・・・」

「え、えっと、えっと・・・」

 リードに聞かれたキョウカは、何かいい名前はないかと歩き続けながら考えを巡らせていましたが、グレイの時のようにはうまくいかないようです。一方で、当の本人であるグレイは、名前を考えてくれたキョウカを気遣うべきか、はたまた自分を話題に出したリードに対して、もしくはゴーリキーに対して・・・と悩んでいるうちに

「あっそうだ」

「あう・・・」

 結局グレイは何も言えないままおろおろして終わってしまうのでした。いつものことながら情けないですが、悲しいことにそんなグレイの様子に気づいているのは誰一人としていないのでした。ある意味、それがグレイにとっては救いであるともいえなくもないのですが・・・。
 と、それはさておき、名前を考える迷人、もとい名人が何か思いついたようです。若干その顔は苦々しいように見えますが、果たして名人が出す答えとは

「やっぱり後り・・・」

「いやそれはやめてくれ」「やめたほうがいいよ」「ち、違う名前のほうが」

「うっ・・・・そ、そんなみんなして言わなくても」

 3人から一斉につっこまれるほどの禁断の答えだったようです((意見者であるリードはともかくとして、新参者であるゴーリキー、フォロー役のグレイにまで突っ込まれるところからして致命的である。))。流石にこれではいけません。キョウカもそれを十分にわかっているのか、笑顔で場を濁しつつそれ以上禁断の名前を口にするのをやめました。
 しかし、こうなってはどう名前をつけていいかわかりません。うーん うーんと先ほどよりも深く悩みながらキョウカがゴーリキーの方を見やると、その背中の荷物に目が留まりました。

「大きな荷物・・・運ぶ・・・あ、そうだわ! ――ねぇ、“ボッカ”っていうのはどう?」

「ボッカ?」

 キョウカの思いつきの発言に、トコトコと歩いているグレイとドシドシと歩いているゴーリキーが首を傾げました。一方で、リードはその言葉に心当たりがあるようですが、すぐには思い当たらないのか、自分のアゴに手を当てて考え込んでいます。そして

「ボッカ・・・あーっ、そうか! 大きな荷物だからか。なるほどなるほど」

「流石リード、よく知ってるわね」

 言葉の意味を思い出したリードに対して、キョウカは素直に賞賛しました。それに対してリードは腰に手を当て、当然だろ と言わんばかりに胸を張っています。しかし、グレイとゴーリキーは聞いたことが無いといった感じで、キョウカに対して言葉の意味を聞いてきました。

「あ、あの、ボッカってどういう意味なんですか? きょ、キョウカさん」

「オレも聞いたことがないな。教えてくれないか? キョウカ」

「えっと、ボッカっていうのはね、山荘とか、山小屋とかに色々な荷物を届けることを言うのよ。すんごく大きな荷台を背負ってね。それで・・・」

「・・・」

 キョウカは二人の質問に対して、右手の人差し指を一本立てながら顔の横で振りつつ、まるでいつものリードのような感じで説明しました。その様子にグレイもゴーリキーも ふんふんと頷いています。そして指名されず、お株を奪われているリードは面白く無さそうな顔をしてムスっとしていました。本当にわかりやすいですね。情けないですね。

「うるさいなっ! おいらは敢えて譲ってるんだよっ!」

「何一人で怒鳴ってるのよリード。そっちには誰もいないじゃない」

「くっ・・・」

 お腹が空いているのか、リードの機嫌はあまりよろしくないようです。まだお昼には程遠いというのに、もうこれです。流石は昨晩の夕食を台無しにしただけはあるというべきでしょうか。

「いつか・・・いつか・・・」

 無理です。

 さて、リードがなにやらぶつくさと呟いている間に、キョウカは”ボッカ”の説明の大半を終えたようです。二人もそれに納得がいっているのか、なるほどーと頷いています。
 しかし、決して誰もが知っているというようなことではないだけに、どうしてキョウカがそんなことを知っているのかは謎です。生活するうえにおいて必要なことがスッポリと抜け落ちているだけに。

「――っていうことなの。ほら、さっきゴーリキーがすごい大きな荷物を背負ってたでしょ? だから合うんじゃないかな、と思ったの」

「呼びやすいし、響きも悪くないからいいかもね。それにボッカを専業にしている人のことを強力って言ったりもするし、ある意味これ以上ピッタリな名前はないよなー。うんうん」

 キョウカの説明に負けじといつのまにか復活したリードも追加で説明をしました。グレイの時は「キョウカにしては~」とか「こういうのだけは~」などと皮肉を言っていたのに、どうやら今回はそういうことはないようです。
 一方で、肝心のゴーリキーの方は、説明に納得していたこともあってか、一回小さく頷いてキョウカに承諾の合図をしました。

「わかった。オレはその名に恥じないように、立派な荷物番としてキョウカについていこう」

「ありがとう! それじゃあボッカ、これからもよろしくね」

 ボッカの言うそれはどこかズレた認識であるような気もしますが、特にそれについては誰も突っ込もうとはしませんでした。そしてキョウカは足を止めて、ボッカに向かって手を差し伸べ、ボッカはその小さな手を握りつぶさないように、慎重に握手を返しました。

「おいらの方からもよろしくー」

「ぼ、ボクもよろしくおねがいします」

 リードとグレイも、ボッカに対して挨拶をしました。リードはともかくとして、グレイはキョウカのように挨拶はできないので、あくまでも言葉だけです。ボッカもそれぞれに応じて、「よろしく頼む」と一言返しました。
 
 旅の3日目にして3人目の仲間。この調子でいくと明日には4人になっているのでしょうか。この世界では、特別の場合を除いて、基本的に連れて歩けるポケモンは6体までと決まっていますから、仮にそのようにして増えていくとなると、6日目には限界まで連れて歩いていることになります。キョウカの建前上の目的を考えるなら、それはこれ以上にないくらいに順調にことが運んでいると言えますが、モンスターボールにポケモンを入れずに旅をしている関係上、限界まで連れ歩くというのはなかなかに厳しそうです。もっとも、そうなるかどうかは明日になってみなければわからないのですが・・・。

 と、そうこうしているうちにキョウカ達の前方に、ぽつんと建っている大きな建物が見えてきました。目的地のオダマキ博士の研究所でしょうか。

「うーん、ここがオダマキ博士の研究所かしら。見た目は立派だけど、ドーナツ博士の研究所と比べると少し小さいわね」

 研究所の外観はドーナツ博士の研究所と比べると一回り小さく感じられるものの、建物自体はかなり新しいように見えます。周囲にはこれといった民家もなく、ただただ森が広がっているばかりです。それはまさに、果たして本当にミシロタウンの中なのかと言っていいほどの町外れっぷりでした。
 キョウカとグレイは興味深そうにあちらこちらを見ていますが、残りの二人は特に関心もなくキョウカの横についていました。ボッカからすれば見慣れたものですし、リードにとってもそれは大して感銘を受けるようなものではないのでしょう。

「ぼ、ボク研究所って初めて見ました。研究所ってどこもこんなに立派なんですか?」

「私はドーナツ博士の所しか見てないからわからないけど・・・どうなの?リード」

 グレイ→キョウカ→自分という質問の流れが嬉しかったのかどうかはわかりませんが、キョウカからの質問を受けたリードは、妙にウキウキとした調子でいつものポーズを取り、口を開き始めました。さっきまでの不機嫌さはどこへやら、です。

「基本的にはポケモンの研究所っていうのはどこもこれくらいの大きさだよ。研究所には色んな機材を置くスペース、それから観察するポケモンのための環境も必要とされているし、研究者自身の――場合によっては何人分かの住居としての機能も果たさないといけないからね。普通の民家くらいの大きさじゃやってけないのさ。だから、どうしたってこれくらいの大きさになるわけ」

「へぇーそうなんだ。研究って大変なのね。研究すること以外にも気を使わないといけないなんて。知らなかったー」

 まるで自分はそういったこととは無関係、といった感じでキョウカは普通に感心していますが、彼女が数多くのポケモン事業――もちろん研究事業にも――に出資している家の娘であることを忘れてはいけません。グレイは今の説明に感心し、ボッカもなるほどなという感じでしたが、それがわかっているリードなんかは妙に渋い顔をしてこめかみの辺りに汗を垂らしています。

「ま、まぁそうは言っても、オダマキ博士はフィールドワークを中心とした研究をしているみたいだからね、あんまりこの研究所自体は使っていないのかもしれない。研究者によっては、足の踏み場もないくらいに機材を詰め込んだりしてるけど、多分ここにはそんなに機材もないはずだよ。建物の状態からして、実験もそんなにしてないんじゃないかな。全部の実験が危ないってわけじゃないけど、やっぱりたくさん実験してると、それなりに建物にダメージがいくからね」

「何だかもったいないわね。せっかく立派な研究所なのに、あんまり使ってないだなんて」

 キョウカが洩らした言葉に対し、リードは自分の口の前で指を振って見せて「チッチッチッ」と舌を鳴らしました。リードの場合、説明するときといい、こういったポーズが似合うというか、妙に形になって見えるから不思議なものです。何もせずに黙っていると、ただの大きな亀にしか見えないのですが。

「大事なのは研究所よりも研究そのものさ。所詮、研究所は機材と一緒で、研究のためのツールの一つに過ぎないからね。必要であるには違いないけど、だからといってそこが肝心ってわけじゃない。立派な研究所や高い機材があっても、それを使うに値する研究をしていなきゃ意味がないのさ」

「なるほど。じゃあオダマキ博士は、ちゃんとその辺のところをわかってる研究者ってことね。フィールドワークが中心だから、研究所は小規模で十分だって」

「おいらもオダマキ博士のことを詳しく知っているわけじゃないからそうとは言い切れないけど、でも、無名の研究者じゃないし、その可能性は高いんじゃないかな」

「どうして無名の研究者じゃないとその可能性が高いの?」

「そんなの決まってるじゃないか。無名じゃないってことは、それなりにパトロンがついてるはずだから、お金にはそんなには困らないだろ? つまり、研究所とか設備を立派にしようと思えば、普通の研究者よりもよっぽどそうできるわけ。でも、ここはそうなってない。もちろん外から見る限りでは、だけどさ」

「ふーん・・・じゃあ、オダマキ博士に会って中を見てみれば、その辺の所がハッキリするわけね」

「そーゆーこと。――って、そういわれると、おいらがこれだけ説明した意味がほとんどなくなるんだけど・・・」

 リードが最後にぼやいているのも構うことなく、キョウカはズンズンと研究所の玄関へと進んでいってしまいました。そのすぐ後をグレイが慌てて追いかけ、やれやれといった感じでリード、そして寡黙を保っているボッカが続きます。そして、決して立派とは言えない普通の作りの玄関の前まで来ると、キョウカは呼び鈴を探すために周りをキョロキョロと見回し始めましたが、

「あ、あのー、きょ、キョウカさん」

「ん? なあに? グレイちゃん」

「その、さっきから気になっていたんですけど、ふぃ、ふぃーるどわーくってなんですか?」

 キョウカとリードのオダマキ博士論議が一旦収まったかと思いきや、グレイがおずおずとしてキョウカに質問を出してきました。ここでリードではなく、キョウカに質問をするあたりがグレイらしいといったところでしょうか。元々は自分が説明した部分についての質問だっただけに、リードはそんなグレイの態度に少し不満そうです。同じことでつっかかるのは流石に自重しているようですが。

「えーっと、フィールドワークっていうのはね、直接現地に行って、色々なモノを見たり聞いたりする調査のことを言うのよ。ポケモンの研究ではどんな風にするのかわからないけれど、多分色々な場所に行って、どこにどんなポケモンがいるのかとかを調べるんじゃないかしら」

「じゃ、じゃあオダマキ博士は色んな所を旅してるんですね。すごいなぁ・・・」

「ふふふ、そうかもしれないわね」

 キョウカの説明がまたしても的を射ていたのか、リードは不満そうな顔をしつつも自分を抑えているようでした。自分の手柄をキョウカに奪われたと思っていると見て間違い無さそうです。口に出さない辺り立派ですが、さらっと流すことはできないようです。
 そんなリードの様子に気づいたのか・・・どうかはわかりませんが、今まで黙っていたボッカがキョウカの横にやってきて口を開きました。

「とりあえず、中に入らないか? 本来なら昨日訪ねていたはずなんだろう?」

「そーそー、本当なら昨日来ていたハズなんだからさ。あーあ、博士もきっと予定が狂って色々と困って・・・」

「わーっ! もう、わかったわよ!」

 ボッカとリードの両方から促され、キョウカはグレイの質問に答えている間に呼び鈴のボタンを押しました。ぴんぽーん、と間の抜けたお決まりの音が響き渡ったのを確認し、キョウカは自分がドーナツ博士の使いの者であることを言いました。

「うーん、返事がないわね」

「もう一度押してみたら? 聞こえなかったのかもしれないし」

「そうね」

 リードに再度促され、キョウカは今と同じように呼び鈴を押して呼びかけましたが、やはり返事がありませんでした。ひょっとしたらとても忙しくて手が離せないのかもしれませんが、こうなると留守の可能性も高そうです。

「おかしいわね。師範代が連絡してくれていたはずなんだけど・・・」

「まだ寝ていたりしてね」

「ええ? でも、今はもう10時くらいよ? 相当の朝寝坊さんじゃない限りは起きてると思うんだけど」

「うーん、研究者って不規則な生活していることが多いからね。ほら、ドーナツ博士なんて完全に昼夜逆転していたこともあったしね。本人の不摂生っていうのもあるけどさ、研究の関係上そうなっちゃうってことも珍しくないんだよ」

 ドーナツ博士の研究所にいたリードが言うくらいですから、オダマキ博士もその例に漏れないのかもしれません。だとするとここでオダマキ博士が起きてくるまで待つしかないのでしょうか。もちろんそれは、昨日まっすぐにここにやってこなかったキョウカが悪いと言えば悪いのですが、今更そんなことを言っても仕方ありません。

「どうしよう・・・本当に寝ているとしたら、起きてくるまで待つしかないのかな」

「そうだねー。だけど、寝ているとは限らないし、とりあえず窓か何かから中の様子見てみようよ。二階とか三階にいるんだったらどうしようもないけどさ、一階の様子を見れば、何となくはわかるでしょ」

「なるほどー。じゃあ、えっと・・・」

 リードの提案を受け、キョウカは振り返って自分の仲間達を見てみました。窓から見てみると言う以上、それなりに身長が高くなければできません。キョウカとボッカはともかくとして、リードはギリギリですし、グレイに至っては・・・。

「あ、あの、ぼ、ボクはここで待ってますね。もしかしたら、博士はおでかけしてるのかもしれないですし」

 キョウカの視線が自分のところで止まった意味を悟ったのか、グレイは自ら残ることを申し出ました。どこかの大食らいの亀とは違って大変に空気の読める子です。

「そうね・・・。じゃあ、悪いけどグレイちゃんはここで待っててね。すぐに戻るから」

「は、はい」

「よし、それじゃボッカはそっちから見て回ってよ。おいらとキョウカがこっちから見て回るからさ」

「わかった」

 パッと出たリードの指示により、正面から向かって右にキョウカとリード、そしてその反対側をボッカが見て回ることになりました。それぞれが別れて動いている間、グレイは番犬のように玄関の前で、ちょこんっと座って誰もこなさそうな道の先を見つめていました。とても寂しそうに見えますが、仕方ありません。
 
 そんなグレイはさておき、博士の行方を捜しているキョウカとリードはというと、

「どうー? 何か見える?」

「んー、何かデコボコしていてぐるぐる回りそうな椅子がある。それから、色んな大きさのタイヤが転がってる。なんなのかしら、あれ」

「いや、そういうんじゃなくてさ・・・人はいそうかって聞いてんの!」

「いないみたい。静かだし。――あっ! なにかしら、あれ? 何だかバチバチ光ってるけど・・・」

「だーっもう! 何しにきたのかわかってるのかい!? ほら、次行くよ!」

「えーっ・・・」

 ボッカの提案により、いざ外からの研究所の探索が始まったはいいものの、身長の関係で中をよくみることができないリードに代わり、キョウカが窓に顔を近づけて中を見ていることもあり、決して順調にことが運んでいるとは言えないようです。反対側を調べているボッカは、おそらく今頃は淡々と中を調べているに違いありません。

「ここにも誰もいない?」

「いないわねー。本当に留守なのかしら? ――あ、ボッカ。そっちはどうだった?」

「だめだな。裏も見てみたが、博士がいそうな気配は無かったぞ」

「そう・・・。困ったわね。どこに行っちゃったのかしら」

 やはりキョウカとリードよりも仕事が速かったらしく、ボッカ研究所の裏手の方からやってきて報告してきました。反対側からも裏手からも確認できないとなると、いよいよもって研究所に博士はいなさそうです。となると、一体博士はどこへいってしまったのでしょうか。

「・・・そうだとは言い切れないが、ひょっとしたら博士はフィールドワークに出ているのかもしれないぞ」

「えっ? フィールドワーク? じゃあ、博士はどこかに旅にでちゃったってこと? そんなぁ」

 ボッカの言葉にキョウカは打ちひしがれた様子で聞き返します。それもそのはず、遠回りに遠回りをしてようやく研究所にたどり着いたのに、目的の人物が旅に出てしまったのかもしれないのですから。一方で、それとは対照的に、リードは落ち着いた様子で表情に疑問を浮かべています。

「でもさ、カズユキ師範代から連絡はいってたんだろ? だったらフィールドワークになんかでないんじゃないの?」

「ああ。それはそうだろう。オレが行った方向には車も止めてあったからな。遠くへいったということはなさそうだ」

「??? じゃあなんでフィールドワークにいったかもしれないなんて、」

「この研究所の裏にはポケモン達が住んでいる小さな森があるんだ。だから博士はそこにいるかもしれん」

「そうなの? だったら、グレイちゃんも連れてそこに行ってみた方がよさそうね」

「そうだね。とりあえず玄関まで戻ろう」

 話がまとまったところで、三人は再び研究所の玄関へと戻ってきました。その三人を、指示を聞いてじっとまっていたであろうグレイが嬉しそうに迎えます。ほんのちょっとの間であったとはいえ、キッチリと役目を果たしていたグレイを褒めるべく、いつものように固まっている頭をキョウカが撫でると、グレイの灰色のふさふさとした尻尾が控えめに揺れました。その間にリードが状況を説明していましたが、果たしてグレイの耳にちゃんと入っていたかどうかは謎です。

「さて、それじゃあ改めてオダマキ博士を探しに行きましょうか」

「それには賛成だけど、一応ドアの所に置き書きの紙か何か挟んでおこうよ。すれ違いになったら困るしさ。確かボッカの荷物の中に紙とペンをまとめて入れたはずだから・・・ん?」

 リードがそう提案すると、ボッカを含む3人が一瞬黙ってリードのことをジッと見つめました。その反応が一体何を意味しているのかわからなかったのか、リードは「な、なんだい?」といいながらたじろいでいます。

「確かにそうだなって思ったのよ。リード、冴えてるわね」

「ぼ、ボクもすごいなーって思いました。リードさんって本当に頭が良いんですね」

「そうだな。そういう可能性を考慮できるというのは・・・」

「こ、こんなの誰でも考えつくことだよ! あーっ、ほら、とっとと紙に書いて森に行こうよ!」

「はいはい・・・ふふふ」

 リードの口調は、いつもどおりの粗野な感じでしたが、そこには明らかに喜びと恥ずかしさの色が混じっていました。それが当然であるかのように振舞っていながらも、何だかんだいって褒められると嬉しいのでしょうか。キョウカもそのように思ったのか、紙を取り出す時も、書いている時も、終始クスクスと笑いっぱなしでした。当然リードとしてはそこに腹を立てましたが、ここでさらにギャーギャー言うと余計に墓穴を掘りかねません。リードもそれが十分にわかっているのか、拳を少しワナワナを震わせつつも、ジッとこらえているのでした。

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 リードの指示通りに研究所のドアに置き書きを残し、キョウカ達は研究所の裏にある森へとやって来ました。オダマキ博士がフィールドワークに良く使っているというだけあって、森の中はグレイと出会った森よりもうっそうと茂っており、今にも何かが飛び出してきそうです。それに加え、人が歩くように整備などもされていないので、まさに草を分けながらの進行となっています。

「結構深い森ね。――あ、グレイちゃんはぐれないように気をつけてね。ちゃんとついてきてね」

「は、はい」

 キョウカのそれは決して心配しすぎているとは言えません。それほど体が大きくないグレイにとっては、この森はジャングル((熱帯雨林のこと。低木・樹木があちらこちらに生え、歩きにくく迷いやすい場所の筆頭にあげられる。今回はあくまでグレイからすると、ではあるが、そのうちキョウカ達は本物のジャングルに行くことになるかも?))も同然なのです。はぐれないように必死になってキョウカの後ろについていきます。もっともキョウカを見失ったとしても、ボッカという目立ちすぎる的(?)がいるので大丈夫かもしれませんが。

「博士は一体どこにいるんだろうね。下手すると博士を見つける前においら達が迷子になりそうだよ」

「そうね、確かにこれだけ森が深いと、見つかるかどうかちょっと心配ね。――ボッカ、どこかアテになりそうな場所はない?」

「そうだな・・・研究所からだが、少し東の方に行った所に小さな泉があったはずだ。もしかしたらそこで休んでいるかもしれないな」

「少し東・・・ね。えーっと研究所からは今は・・・」

「慣れてるわけでもないんだから、地図出さなきゃわかんないだろ。ほら、とっとと出して出して」

 ボッカから方角を示されたキョウカは、リードから促され、自分のリュックから地図を取り出して現在位置と方角を確認します。キョウカが持っているのはデジタル式のもので、紙媒体のものと違ってかさばることがない上、現在地も方角も知ることができるという大変便利なものでした。使い方も簡単ですし、これさえあればジャングルだろうとなんだろうと迷うことはない! はずなのですが・・・

「東は・・・? あれ?」

 しかし、どうやらキョウカはその扱いやすいはずのものさえ、うまく使えないようでした。こういうのも宝の持ち腐れと言うんでしょうか。そんなキョウカの姿を見て、リードはこれまたお決まりの、やれやれといったポーズをとります。

「もー、地図もまともに見れないのかい? しかもそれ、最新のモデルで、使いやすいのをうりにしているやつなのにさー。あーあ、まったく」

「う・・・ち、地図も、って何よ。そりゃ火の起こし方とか、かまどの組み方とか色々わからないことはあったけど・・・でもー」

「だから ”も” って言ったんじゃないか。ほら、こっちに見せてごらん。使い方を教えてあげるからさ」

 意地を張ってあーだこーだ言っているキョウカを嗜めて、リードはキョウカに地図の使い方を説明し始めました。さっきは説明役のお株をとられ、ここで挽回できると思ったせいか、いつもより丁寧に説明しています。
 そしてその間、グレイは早くも慣れた様子で、ボッカはまたしても興味深そうに二人のことを見ていました。

「・・・さっきから思っていたんだが、キョウカとリードはいつもあんな感じなのか?」

「え? あ、はい。キョウカさんは旅のことはあまり知らないみたいで、色々とリードさんに教えてもらってるんです」

「ふむ・・・なるほどな。強いといっても、全てに通じているというわけでもないんだな」

 グレイの言葉を聞き、改めてキョウカとリードの様子を見て、ボッカはどこか納得したように頷いています。そしてそのことに気づくこともなく、キョウカとリードはいつものように説明と質問のやり取りを繰り広げていました。

「なるほど、よくわかったわ。ここのボタンで切り替えていくのね」

「そーだよ。っていうかさ、それだけのことなんだから説明されずとも気づいて欲しいんだけどね」

「うっ・・・。で、でも、これでもう覚えたし」

「そーじゃなきゃ困るって。――ほら、ことは済んだんだからとっとと先に進もうよ」

「そうね。――あ、二人とも待たせてごめんね」

「いや、構わんさ。こっちも色々とわかったしな」

「???」

 ボッカの言葉にキョウカは首を傾げましたが、特に追求はせずに、リードに教えられたように現在地と方角を確かめ、博士がいるであろう泉へと足を進めることにしました。
 ちなみに、隊列はキョウカとリードが横に並んで先頭に立ち、その後ろにグレイ、そして最後尾にボッカというふうになっていました。もしも何かポケモンに襲われても、正面と横からならリードがいくらでも対応できますし、後ろからならボッカが背負っている荷物的にもバッチリとガードできます。とはいっても、その深さとは裏腹に、森の中は特に不穏な空気もなく静かな様子でしたから、そこまで警戒する必要もなさそうですが、

「・・・! ちょっとストップ!」

「えっ? どうしたの、リー」

「しっ!」

 突然リードから止められ、キョウカを含む全員が足を止めて黙り込みました。リードはどことなく緊張した様子で、自分の口元に手をやりながらじっとして辺りを警戒しています。それを受けて、キョウカとグレイも辺りをキョロキョロと見渡していますが、ボッカは特に動くことなく、リードと同じようにじっとしていました。そして

うわぁぁぁぁぁーっ!

「!!!」

 遠くの方からかすかに悲鳴のようなものが聞こえ、みんなが一斉にそっちの方へと振り返りました。

「い、いいい今の悲鳴ですか?」

 小さいとはいえ悲鳴に驚いたのか、やや上ずった声でグレイが疑問を投げかけると、リードが顎に手を置きながら口を開きました。

「ひょっとしたら、今のはオダマキ博士の悲鳴なんじゃないかい? おいらが聞く限り、明らかに人間の男の声だったし。つまり、もしもそうだとするなら、オダマキ博士の身になにかあって」

「ええっ!? だ、だとしたら大変だわ! みんな急ぎましょう!」

「は、はいっ!」

 オダマキ博士かもしれない者の身を案じて、キョウカ達は急いで悲鳴が聞こえた方に向かって走り出しました。しかし、ここは普通に歩くのも大変な森の中です。もともと木や草を掻き分けながら進んでいたのですから、走るといっても思うようにスピードは出ません。そしてさらには・・・

「ぐおおおおおっ!?」

「んっ? ――あーっ!? ボッカが木にはさまってるううう!!!」

「えっ!?」

 先頭を切って走っていたキョウカがボッカとリードの声に慌てて振り返ると、そこにはかなり太い二本の木の間に挟まっているボッカの姿がありました。丁度二股になるように生えていたこともあり、先にボッカの体が通過して荷物だけがはまってしまったようです。
 リードが後ろから一生懸命荷物を押し、ボッカも力んでどうにか抜け出せるようにしていますが、ズッポリとはまってしまった荷物は中々抜けそうになく、若干体が浮き気味であるボッカ自身もこれでは動きようがありません。さっそく大きな荷物が仇となってしまいました。

「ど、どうしよう? 困ったわね」

「う、うう・・・どどど、どうしましょう?」

 キョウカがグレイと一緒に慌てていると、再び前方から、

うわああっ! やめてくれえええっ!

「!!! ま、また」

 今度はさっきよりもハッキリと悲鳴が、しかも男性と思われる声で聞こえてきました。その悲鳴にさらにキョウカを含む一行は慌てています。ボッカをどうにかして助けるべきか、急いで悲鳴の元へ向かうか、それはとっさに判断するのが難しい二択でした。

「くっそおおお! こうなったら仕方ない。――グレイ! キョウカと一緒に悲鳴の元に行ってくれ! 博士じゃなかったとしても、誰かが大変なことになっているには違いないから!」

「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? で、でもボクじゃ・・・ボク一人じゃ・・・」

 自分一人で誰かを襲っている脅威と立ち向かわなければいけないと知ってか、グレイは激しくうろたえています。それに、リードをここにおいてキョウカと一緒に行くということは、彼に代わって彼女のことだって守らなければいけません。普段が普段だけに、果たして自分にそんなことができるだろうかと弱気になってしまうのも無理はありません。が、

だ、だれかああああああ! 助けてくれえええええ!

「っ!!! ああもうグレイ! 今はお前しか動けないんだ!」

「ででででも、だったら、ぼ、ボクが残って、リードさんが・・・」

「ばかーっ! お前が残ってもしょうがないだろー! 状況を見ろよっ!」

「あ、あう・・・」

 確かに、リードがキョウカと一緒に行ければ、それが一番安全でしょう。しかし、今グレイがここに残りボッカを助けるというのは、彼の体の構造上からいっても厳しく、また、動けないボッカが何かに襲われた時に対処できるかどうかというのも難しいところです。それならば、リードがここに残っていち早くボッカを助け、先に向かっているグレイとキョウカに合流する方が、有効な策と言えます。
 と、リードは恐らくこのように踏んでグレイに行くように言っているのですが、パニックになっているといってもいいグレイがそこまで考えられるわけもありませんでした。そして、

「で、でも、でも・・・」

「約束しただろ! 忘れたのかっ!?」

「あっ・・・」

「守るんだろ! だったら、ちゃんと守れっ! おいらが任せてるんだぞっ!」

「!!!」

 ボッカの荷物を後ろから一生懸命押しつつも発せられたリードからの激に、グレイは一瞬ビクっと体を強張らせましたが、やがて決心した様子で頷いてみせて、キョウカのジーンズの先を引っ張りました。それまで半ば呆然としていたキョウカも、それにハッとした様子で気づき、いつもよりもずっと真剣なグレイの顔を見下ろしました。

「きょ、キョウカさん行きましょう! ぼ、ぼぼぼボクがついていますからっ!」

「ぐ、グレイちゃん・・・・・・」

 グレイの顔を見つめた後、キョウカは必死になっているリードの方に顔を向けました。すると、リードは誰にもハッキリとわかるようにして大きく頷き、向かうべき方向に小さな指を向けました。それを見て、キョウカも同じように頷きます。

「うん、わかったわ。――リード! ボッカのことよろしくね!」

「任せとけって! ほら、早く行って行って!」

 リードに促され、キョウカはグレイと一緒に悲鳴の元へと駆け出しました。その姿はすぐに茂みの中に消えて見えなくなりました。

 そして、どこか感動的で緊迫した雰囲気が流れた後、残されたリードとボッカはというと

「ぬ、ぬおおおおおっ! 抜けん! 抜けんぞおおお!!!」

「どーして荷物減らしたのに引っかかるんだよおおおお!!! 師範代がまた余計なものをコッソリいれたんじゃないのかああああっ!?」

「むおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 と叫びながら、脱出に全力(?)を尽くしているのでした。

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 色々な意味で大苦戦しているリード達を置いて、悲鳴の元に急いでいたキョウカとグレイは茂みを抜け、どうにか小さな泉のところへとやってきました。これまでの景色とは異なり、泉の周りは茂みに覆われておらず、少し広めの草地となっていました。そして泉のすぐ側には白衣を着た髭面の男と、その周囲をぐるっと囲んでいる3体の大きなこの世界で言うイモムシのような生き物がいました。雰囲気からしてこの男が悲鳴の主であり、3体のイモムシ((サトイモ・サツマイモといった野菜の葉っぱを主食とする小さな虫。節足ではなく、円筒形の体に生えている疣足をもって移動する。全身に毛があるのはケムシと呼ばれる。見た目が非常に気持ち悪い。))のような生き物がその原因であるのは間違い無さそうです。

「な、何? あの大きな虫・・・あれもひょっとしてポケモンなの? それに、なんだかあの博士っぽい男の人のことを襲っているみたいだけど」

「あ、あれはケムッソです。普段は人のことを襲ったりなんかしないのに・・・ど、どうして」

「でも、男の人のことを白い糸みたいなのでグルグル巻きにしてるわよ? あれって挨拶ってわけじゃないわよね?」

 キョウカが言うとおり、博士っぽい男の人は白い糸のようなものでぐるぐる巻きにされていて動けないようです。当然それはケムッソなりの挨拶などではなく、明らかに男の人のことを敵だと判別した上での行動によるものでした。こんな挨拶の仕方があったら相当に不評を買いそうです。

「って冷静に見てる場合じゃないわね。とにかく助けましょう。あのままだと顔とかまでグルグル巻きにされちゃうわ」

「は、はい! じゃあ、まずはボクが・・・って、キョウカさん!?」

 ケムッソ達に向かうべくグレイはキョウカの前へと動きました。通常であれば、というかリードから任された手前、グレイが先陣を切って駆け込むはずですが、どこまでもどこまでもキョウカはそういうセオリーから外れていました。ありえないことに、生身でケムッソの方へと向かって行ってしまっているのですから。その予想外すぎるキョウカの行動に、グレイは目が点になっています。

「ちょ、ちょちょっと! きょきょっ! きょ、キョウカさん! 危ないですよ!? もどってくださああああい!」

「大丈夫よ!」

 心配するグレイの悲鳴とそれに対するキョウカの威勢のいい返事によって、ケムッソ達は自分達に近づいてくる存在に気づき、動けない男の人を放置して向かってくる謎の人間に驚き戸惑っていました。流石にこれにはケムッソ達も驚かざるを得ないようです。
 そして、目が点になって硬直していたグレイは、ケムッソ達から守るべく、一拍遅れて、慌ててキョウカのことをカバーしに向かいます。

「どいてどいてっ!」

 しかし、そんなグレイの心配と行動を無駄にするかのように、キョウカはバシッバシッ!とケムッソ達を弾き飛ばしていき、あっというまにオダマキ博士の下へと駆け寄りました。その少女離れした――いえ、人間離れした様子に、グレイはただ口をあんぐりとするばかりです。

「オダマキ博士ですね? 大丈夫ですか?」

「あ、ああ、確かに私はオダマキ博士だが・・・いや、それよりも君はポケモンを素手で、というよりも何故私の名前を・・・君は一体なんなんだ!?」

「お、落ち着いてください博士、今説明しますから・・・」

 目の前で起きたことに混乱しまくるオダマキ博士は、自分の状況もかえりみることなく、嵐のように駆け抜けてきたキョウカに対して次々と質問を浴びせかけます。キョウカがそれに対して一つ一つ説明しようとしている中、吹き飛ばされたケムッソ達のうちの一匹が口を開いて何かをしようとしていました。

「ああっ! きょ、キョウカさん!後ろ!」

「どうしたのグレイちゃ・・・あっ!?」

 ケムッソに気づいたグレイがとっさにキョウカに対して注意を呼びかけましたが、一瞬間に合わず、ケムッソの“いとをはく”攻撃がキョウカの体に命中しました。不意に両腕を巻き込んで胴体をぐるぐる巻きにされたキョウカはバランスを保てず、その場に ドサッと倒れこんでしまいます。

「んっ・・・くっ、と、解けないわ。んんーっ! っはあ!」

 キョウカは息を止めて力を入れましたが、粘着性の糸は全身に吸いつくようにして絡みついており、全く解ける気配はありませんでした。もちろんここで ぶちぶちぶちぃ! などと音をたてながら引きちぎろうものなら、それこそ人間ではありません。残念ながらこの世界はそこまで都合よくできていないのです。

「だ、大丈夫ですか!? キョウカさん!」

「君! 大丈夫かね!?」

 倒れこんだキョウカに、彼女と同じくダルマ状態になっているオダマキ博士が声をかけ、そこにグレイが慌てて駆け寄りました。キョウカの体には外傷こそなさそうでしたが、このまま動けない状態でいては、いつまでもそういられるかどうか怪しいものです。そしてそれを予期させるかのように、キョウカに強引に吹き飛ばされたケムッソ達が、全員復活して彼女達をにらみつけていました。言葉こそ発していないものの、その釣り上った目が意味しているところは、十分にその場にいる全員に伝わっているようでした。

「こ、困ったわね・・・」

 本日すでに何度も何度も呟いてきた言葉を口にしつつ、キョウカが焦っている間にもケムッソ達はじりじりとこちらに近づいてきています。キョウカと博士はそれらから離れようと身をよじらせていますが、糸に絡めとられている体ではそううまく動けるはずがありません。このままでは“どくばり”を刺されたり“たいあたり”で吹き飛ばされたりとヒドイ目にあってしまいます。めのまえがまっくらになってしまいます。

「き、君! そこのポチエナは君のポケモンなんだろう? なら指示を出して攻撃するんだ」

「え? グレイちゃんに?」

「そうだ! このままだと私達はやられてしまうぞ!」

「で、でも、グレイちゃんは・・・」

 オダマキ博士に促され、キョウカは自分のすぐ傍まで駆け寄ってきてくれたグレイの顔を見つめました。グレイはケムッソ達からキョウカ達を守るようにして構えつつ、自分のことを見つめてくるキョウカの顔を見つめ返しました。その表情はついさっきリードに促されて決心した時とは違い、いつも通りの――いえ、いつもよりもいっそう不安げで、自信が無さそうなものになっており、ひどく頼りなげに見えてしまいました。

「きょ、キョウカさん、ぼ、ぼ、ボクだって戦えます。だ、だだ、だから・・・」

 口ではそう言っておきながらも、グレイの足はガクガクと震えています。それは武者震い((戦いや重大事に臨んだときなどに、心が奮い立ち、からだが小刻みにふるえること。スーパーハイテンション。負けフラグの一種なので、お話的にはおいしくても、当事者的にはあまりよろしくない。))などではなく、明らかに迫ってきているケムッソ達に対する恐怖からきているものであると見て取れました。タイプ的には特に互いに相性の悪さは無いとはいっても、相手は3体です。よっぽどのレベル差でもない限りは、大抵の者がグレイのようになってしまったとしてもおかしくはありません。ですが、今の状況では――キョウカ達を後ろに置いているグレイはそうも言ってはいられません。
 キョウカも博士も動けず、リード達は泉の手前で足止めを受けています。今の状況で動けるのはグレイだけなのです。もしもここでグレイがケムッソ達にやられてしまえば、キョウカ達を守れる者はいなくなってしまいます。そうとわかっていながらも、恐怖はそう簡単には希望には変わってくれません。むしろそういったもろもろがプレッシャーへと変わり、執拗にグレイの中に渦巻く恐怖をより強いものへと変えてしまっているようでした。

「う、うぅ・・・うぅ・・・」

 前足も後足も前に突っ張っているのに、グレイの体はどんどん後ろへと下がっていってしまっています。目は大きく見開かれ、尻尾は今にも丸まってしまわんばかりです。それを見て取ってか、ケムッソ達はじりじりと距離を狭めてきています。このままではいずれ、グレイもキョウカも博士も本当にやられてしまいそうです。

 ――が、

「うう、ううわあああああっ!」

 悲鳴のように大きく、張り裂けそうな声が辺りに響き渡ると同時に、ドスンっ! という大きな音が鳴り、グレイの真正面にいたケムッソが優に数メートルは吹き飛びました。一瞬のことのあまり、その場にいる誰もが唖然として吹き飛んだケムッソの方を見ていました。吹き飛ばされたケムッソの方は完全にノックダウンしたらしく、ピクピクと体を動かしながら倒れたままになっています。

「ぼ、ボク、ボクしかっ・・・今は、ボクしか・・・いないんだあああああっ!」

 そう叫ぶと、先と同じくグレイの体が一瞬にして消え、やはり同じようにして残っている二体のうちの一体が吹き飛ばされ、その先にあった大きな木に激しく叩きつけられました。その衝撃で、木からは大量の葉っぱが舞い落ちています。
 そして、最後にとりのこされたケムッソは、さっきまでと打って変わって突然オロオロし始めました。それもそのはずです。つい先ほどまで追い詰めていたはずの相手に、一瞬にして自分の仲間達がやられてしまったのですから。

「ボクしか、ボクしか・・・」

 そうグレイがまるで呪文のように呟やきつつ、ゆらりと残ったケムッソの方に振り返ると、オロオロしていたケムッソは大きく体をびくつかせました。最早完全にさきほどまでと彼と彼らの立場が入れ替わっていました。
 そして、グレイはそんなケムッソの恐怖している様子を特に鑑みることもなく、今度はゆっくりと近づいていきました。その体には一切震えがなく、今まで見たこともないような雰囲気さえまとっていました。
 一歩、一歩とグレイの体が近づくたび、ケムッソは体をグレイの方に向けたまま後ろへと下がっていきます。しかし、グレイはその足を止めようとはしません。そうして、いよいよケムッソとグレイとの距離が限界まで狭まったかと思うと、グレイは自分の全身に力を溜め込むようにして姿勢を低くし、

「グレイちゃんっ!!!」

「!!!」

 キョウカから発せられた、ハッキリと通る声を合図に、グレイは動きを止め、ケムッソはわき目も振らずにその場から逃げ出しました。その速度はイモムシのような外見とは裏腹に大変に速く、あっというまに茂みの向こう側へと去って行ってしまいました。そして、残ったグレイはというと・・・

「きょ、キョウカさんっ! だ、だだだ大丈夫ですか? け、怪我とかないですか?」

 さっきまでの雰囲気はどこへやら、すっかりもとのグレイに戻ってしまっていました。キョウカもそれを感じ取ったのか、ふふふと穏やかな笑みを浮かべて、無事であることをグレイに伝えました。

「よ、よかったです。こ、これでもしもきょ、キョウカさんに何かあったら・・・」

「ふふふ、大丈夫だってば。それより、悪いんだけど、この糸を切ってくれる?」

「は、はい! ――んうーっ!」

 キョウカからの指示を受けたグレイは、あんぐりと口を開け、ほとんど使われ無さそうな鋭い牙を持って彼女の体を縛っている糸をブチブチッと噛み千切りました。それにより、キョウカはようやくにして束縛を解かれ、両腕を広げることができるようになりました。

「ありがとうグレイちゃん。オダマキ博士の糸も同じように噛み千切ってくれる?」

「わ、わかりました」

 グレイはキョウカから言われた通りにオダマキ博士を縛っている糸を噛み千切ります。キョウカと同様に、グレイが牙を立てるとあっという間に糸は千切れていきました。そして糸が解かれると、そこには何か茶色い楕円系のものを抱えている博士の姿を確認することができました。何かの石のようにも見えますが・・・?

「いやー助かったよ。一時はどうなることかと思った。君にはお礼を言わなくちゃいけないな、えーっと・・・」

「あ、自己紹介が遅れてすいません。私はプラムタウンのキョウカです。それから、こっちが私の大事なグレ・・・ぐ、グレイちゃん?」

「あ、あうー・・・きょ、キョウカさ~ん」

 キョウカがオダマキ博士に紹介するべく、今さっき大活躍したグレイの方を見やると、そこには大変な状態のグレイがいました。
 グレイはキョウカ達を束縛している糸を噛み切ったはいいものの、牙や口の周り、そしてその鼻先や目にねっとりとした白い糸をたっぷりとくっつけてしまっていたのです。今やグレイの顔はネバネバした白いもので覆われており、その隙間から見えるグレイの目は懇願の涙で潤んでいました。ユレイドル取りがユレイドルになる((ユレイドルを捕まえに行った者がユレイドル(化石)になること。意気込んでやるものの敢え無く失敗することを表す。))とはまさにこのことです。

「・・・」

「ご、ごめんなさい。ごめんなさい・・・」

「い、いいのよグレイちゃん。それよりも早くその汚れちゃった顔を何とかしないと・・・。――あ、丁度いいところに泉があるじゃない。あそこでキレイにしましょ? ね?」

「は、はい・・・」

 キョウカはオダマキ博士に断りを入れ、グレイを連れてすぐ近くにある泉の傍へと移動しました。そして、手に冷たく染み渡る水をとり、グレイの顔を優しく拭いはじめました。

「ひゃうっ!? つ、冷たい・・・」

「我慢して、グレイちゃん。すぐに済むから」

「は、はい・・・ひゃんっ!」

 水がかけられる度に瞑った目に一層力が入り、体をビクンッと震わせながらも、グレイは一生懸命に耐えていました。そして、ほどなくして顔についたネバネバはキレイにとれ、もとの立派な毛並みを持ったグレイに戻りました。

「はーよかった。これでキレイになったわよ、グレイちゃん」

「あ、ありがとうございます。きょ、キョウカさん。――ぷしっ!」

「ぷっ、あはははは!」

「あ、あう・・・」

 小さくくしゃみをするグレイを見て、キョウカは面白そうに笑いました。グレイはそれが恥ずかしかったのか、いつものように俯いて唸っています。そしてそこに、ほったらかされていたオダマキ博士がやってきて、キョウカのすぐ傍に座りました。

「キョウカ・・・と言ったね? もし間違っていたら悪いんだが、君がドーナツ博士とカズユキ師範代が言っていた子かな?」 

「あ、そ、そうです。すでにお話がいっていたと思うんですけど・・・」

「なるほど。だとすると、もしかして探させてしまったかな?」

「え? えーっと・・・ほ、ほんの少しだけ」

「そうかそうか。それはすまなかったね」

 本当は少しどころの探しっぷりではなかったのですが、キョウカは社交上苦笑いをしながらそう返しました。幸い、オダマキ博士にはそれと気づかれることはなかったようで、博士は特にそれ以上は何も言わずに、糸に絡められてる間に凝ってしまった体をほぐしていました。もちろんグレイもちゃんと空気を読んで、余計なことを言おうとはしませんでした。

「ところで、このポチエナはかなり良い育ち方をしているね。先ほどの”たいあたり”は見事なものだったよ」

「ふぇっ!? ぼ、ボクのことですか?」

「そうよ。私もビックリしちゃった。グレイちゃんがあんなに強かったなんて」

「そ、そんな、ボクは・・・」

 博士からだけではなく、キョウカからも褒められたことで、グレイはとても恥ずかしくなってしまったらしく、その場で俯いてしまいました。もしもこれがリードだったら、「いやぁ、そんなことはあるけどさぁ。はっはっはー」とでも言いそうなものですが。

「いやいや、君の強さは確かなものだよ。私は多くのポケモンを見てきたからわかる。だからそれは誇りにしたまえ」

「あ・・・あ、ありがとうございます。オダマキ博士」

「なるほど、強いだけではなく礼儀正しくもあるというわけか! はっはっは! こりゃすごい!」

 カズユキ師範代にしたのと同じ要領で、丁寧にお辞儀をしてお礼を返すグレイを見て、オダマキ博士は先ほどまで絶体絶命のピンチに陥っていたとは思えないほど大きな声で笑い声をあげました。ある意味すごい人かもしれません。
 と、そうこうしているうちに、茂みの向こうから「お~い」という声が聞こえてきました。どうやら遅すぎる救援部隊がやってきたようです。

「キョウカー! 大丈夫かーい?」

「遅くなってすまなかった」

 リード達は泉の側で座り込んでいるキョウカ達を見るなり、慌てて駆け寄ります。どっちの顔も葉っぱだらけな上、ボッカの大きなリュックが所々傷ついているのを見たところ、脱出には相当苦労したようです。

「うん、大丈夫よ。ケムッソの糸に巻かれた時はどうしようかと思ったけど、グレイちゃんのおかげで助かったわ。――ねっ? グレーイちゃん」

「わっ!? きょ、キョウカさん、そんな急に・・・あう」

 そう言ってキョウカは自分の隣にいるグレイを膝の上に持ち上げて抱き寄せました。グレイはちょっと恥ずかしそうにジタバタしていましたが、キョウカが頭をなで始めるとすぐにおとなしくなりました。何ともわかりやすい反応です。

「??? なんだかよくわからないけど・・・ん? ところで、そっちの人がオダマキ博士?」

「ああ、私がオダマキ博士だ。ゼニガメ・・・ということは。君がドーナツ博士が言っていたポケモンだね? 博士から話は聞いているよ。すごく優秀だとね」

「すごく優秀!? ・・・へへへ」

「な、なによその顔は。何で私の方を見るのよ」

 オダマキ博士の言葉に気をよくしたのか、リードはニヤニヤと笑いながらキョウカの方を見てきました。キョウカはその顔にちょっとたじろぎつつ言葉を返しましたが、リードはただニヤニヤするばかりで何も言おうとはしませんでした。よっぽど嬉しかったんでしょうね。こっちも実にわかりやすいです。

「さて、問題は解決したし。研究所へと戻ろうか」

 そう言って博士は白衣を パンパンっと払いながら立ち上がります。キョウカもそれにならってグレイを抱きかかえたまま立ち上がろうとしましたが、ふと、何かを思いついたかのように動きを止めました。そして膝立ちの状態のまま、抱っこしているグレイの向きを入れ替え、自分の正面に持ってきます。

「その前に、グレイちゃんにご褒美ね」

「え? ご褒美ってなん・・・!?!?!?」


 グレイが言い切る前に、キョウカがグレイの鼻先にチュッと軽くキスをしました。その光景をオダマキ博士は笑いながら、リードは何とも言えない表情で、ボッカは無表情、そして当の本人であるグレイは何が起きたのかわからず、固まってしまいました。

 そんなグレイの様子にキョウカは「あはははは!」と笑い声をあげて、グレイを抱っこしたまま立ち上がり、いつぞやにしてみせたように、その場で踊るようにしてクルクルと回ってみせました。

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 グレイがフリーズ状態から再起動を果たすまで“しばらく”待った後、キョウカ達は森から研究所へと戻ってきました。そして博士に案内されるがままに、二階にある研究室へとやってきましたが、その中は外観から見た建物の真新しさとは対照的に、ごちゃごちゃと色々な物が散乱していて、生活臭が漂っているというか・・・とにかく汚かったのでした。一階部分は窓から見る限りで割りと普通だったのですが。

「うーん、これはドーナツ博士の研究室に負けず劣らず・・・」

「これも研究の一つなのかしら?」

「さ、さっきの森よりも迷子になりそうです・・・」

「道場とはまた違った意味で混雑としているな」

 博士を除いた4人は、それぞれ部屋についてのコメントを洩らしつつ、しきりに頷いたり、あっちこっちに目を動かしたりしていました。ハッキリ言って、とても他所の家(?)にお邪魔している態度ではないのですが、オダマキ博士はどこまでも寛大でした。

「はっはっは! まぁ研究者というのはそういうものだよ」

 そんな4人の反応に対して、オダマキ博士は全世界の研究者から苦情が殺到しそうなことを笑いながら言いました。そして、デスクの上に貯まったゴミだか資料だかよくわからないものをどかし、それが確かにデスクであるということをキョウカ達にわからせてくれました。これで研究が本当にできるんでしょうか?

「さて、リード君、先ほど森から研究所までの道すがら色々と話した感じでは、やはり君はドーナツ博士の言うとおり優秀なようだ」

「優秀・・・へへへ」

「だ、だから何でこっちみるのよ! もう、博士もあんまり褒めすぎないでください!」

「ひがむなよー」

「誰がひがんでるのよっ!」

 先ほどよりも激しく、キョウカとリードが不毛な言い争いをしていると、それを止めるようにして博士が笑いながら「すまんすまん」と謝りました。もちろんその顔からは本当に悪いと思っているような印象は受けられません。きっとそういう人なのでしょう。

「まぁでも、彼が優秀なのは事実なんだ。正直言ってここまで色々な知識を蓄えているポケモンとは出会ったことが無い。もちろんそれはドーナツ博士の成した偉業でもあるんだがね」

 オダマキ博士の言葉の「ドーナツ博士の」という部分で若干表情が引きつったものの、リードはどうしても顔をにやつくのを抑えようとすることができないようでした。さっきまではそこに食って掛かっていたキョウカも、博士がそこまで言うのなら、と半ば諦め気味のようです。

「そこでね、彼が優秀なのが知識だけじゃないかどうかを調べてみたいんだ。つまりは戦闘力の部分だね」

「戦闘力? あの、それって?」

「うむ、要するにリード君がどれだけ強いのかってことを調べたいんだよ。――これを使ってね」

 オダマキ博士に対してキョウカが訊ねると、博士は白衣のポケットから、なにやら白いバンドのようなものを取り出してみせました。幅、長さ、薄さと共に普通の腕時計と同じくらいでしたが、それと違ってバンドそのものには何もついてはいません。つまり、それはパッと見る限りでは、本当にただの白いバンドのようにしか見えませんでした。

「これはシンオウ地方でよく使われている“ポケッチ”というものの改良版でね、付けているポケモンの戦闘力を記録することができるんだ。何も戦闘そのものをしなくても、普通に動いたり跳ねたりするだけでね。もちろん、戦闘をすれば、その分より細かく知ることはできるがね」

「なるほど、それをリードに付けて戦闘力を計測するんですね」

「その通りだ。さて、リード君、ちょっと腕を上げてくれるかね?」

「こう?」

 言われた通りにリードが腕を上げると、博士はそこに白いバンドを巻きつけました。すると白いバンドは、リードの水色の肌と一体化していき、まるで最初からバンドなどつけていないかのように肌に馴染んでしまいました。今ではすっかり体の表面と一体化してしまっているようです。

「わーっ、全然見えなくなっちゃった。すごいんですね、そのバンド」

「ああ、これなら旅の邪魔にもならないだろう。リード君の戦闘力の情報は、これで自動的に転送されるようになるから、気にせず旅を続けてくれ」

「りょーかい。おいらの強さをたっぷりとデータとして転送してあげるよ。だけど、その代わりとして、博士が何か面白い発見をしたら真っ先に教えてよ」

「ほう!? はっはっは! いいだろう。もしも私が何か発見をしたら、すぐにリード君に知らせるよ。それをつけていれば、リード君がどこにいるのかもわかるからね」

「頼んだよー」

 相手は偉い博士だというのに、リードの態度はまさに横柄といったものでした。言っていることそのものには道理が通っていますが、相手が相手なら怒られてもしかたないくらいです。キョウカもそう思ったのか、こっそりとリードに耳打ちしようとしていましたが、

「ところでキョウカ君。一つ君にも頼みごとがあるんだが」

「えっ? わ。私にもですか?」

 慌ててキョウカが聞き返すと、博士はコクリと頷いて、先ほど持っていた茶色い楕円系の物を出してみせました。さっきは剥き出しのままでしたが、今は透明なケースの中に入っています。大きさは博士の頭の上から首元くらいまでありますが、重さはそれほどでもないらしく、博士はヒョイッと軽く持ち上げるようにして、キョウカに差し出してきました。

「あ、それはさっき博士が持っていたものですね。何だかたまごみたいに見えますけど・・・」

「よくわかったね。そう、これはたまごなんだ」

「えっ!? ほ、本当にたまごなんですか? うわーっ、すごい・・・。これだけ大きなたまごがあったら、とっても大きな・・・ううん、でも、どうせだったら」

 まさかこんなに大きなたまごが、この世にあるとは思わなかったのか、キョウカは素直に驚きの声をあげました。そして、すぐに何やらぶつぶつと呟き始めました。その不可解な様子にキョウカのすぐ近くにいたリードが気づいて、クイックイッとキョウカの足をひっぱります。それにキョウカもハッとした様子で気づいて、

「ねぇキョウカ、ひょっとして・・・・・・・食べようとか思わなかった?」

 リードの言葉に、キョウカは ギクッと身を震わせます。それはまるで、キョウカに突然抱きしめられたグレイのようであり、抜け駆けしてご飯を食べたのがばれたリードのようでもありました。

「な、な、何を言ってるの? リード」

「だってさっきからなんかぶつぶつ呟いてるじゃんか。フライパンがどーのこーのって聞こえたしさ」

「!!!」

 その言葉にキョウカは先ほどよりも体を強張らせ、その場から数歩後ずさりしました。よく見てみると、リードだけではなく、博士を含むみんながキョウカの反応を興味深そうにじーっと見ていました。

「わ、私は、その・・・博士が私にどんな頼みごとをするのかなーって想像していたのよ!」

「ほうほう、それでそれで?」

「だ、だから、博士はもしかして、私にこれで何かたまご料理を作って欲しいんじゃないかなって思って」

「それで?」

「そ、それで、これだけ大きなたまごなら、それはそれは大きなベーコンエッグが作れるんじゃないかなーって・・・・・・」

「・・・」

「・・・」

 キョウカとリードの問答が一段落つくと、何故かお決まりのようなきまずーい沈黙があたりに立ち込めました。

「つまり、このたまごを食べようって考えてたんだね・・・」

「そのようだな」

「あ、あのー・・・きょ、キョウカさん、ベーコンエッグって何ですか? お、オムレツの仲間ですか?」

 ため息をつきながら言うリードと、何故か自信に満ち溢れた顔で頷きながら言うボッカ。そして普通に料理の詳細を訊ねてくるグレイに対して、キョウカは一層うっ、と詰まるのでした。そんな様子を見て、再びオダマキ博士は「ハッハッハ!」と大きな笑い声をあげます。自分が差し出したたまごが食べられそうになっていたというのに、よくこうもハッキリと笑えるものです。
 ため息をつきながら言うリードと、何故か自信に満ち溢れた顔で頷きながら言うボッカ。そして普通に料理の詳細を訊ねてくるグレイに対して、キョウカは一層うっ、と詰まるのでした。そんな様子を見て、再びオダマキ博士は「はっはっは!」と大きな笑い声をあげます。自分が差し出したたまごが食べられそうになっていたというのに、よくこうもハッキリと笑えるものです。

「大きなベーコンエッグには私も興味があるが、このたまごは食べないでくれ。いくら旅の途中でお腹が空いたとしてもね」

「は、はい・・・。――って、え? 旅の途中で? ということは・・・」

 キョウカが驚くのも躊躇わず、オダマキ博士はなかなかとんでも無いことを言いながら、キョウカにたまごの入ったケースを手渡しました。オダマキ博士が持っているときはそんなに大きそうには見えませんでしたが、キョウカが持っているとそれなりに大きく見えます。

「そのたまごは私からのプレゼントだ。先ほど“通常ではまずお目にかかれないようなこと”を見せてもらったからね。そのお礼だよ」

 “通常ではまずお目にかかれないこと”の内容を理解しているのは、実はオダマキ博士とグレイだけだったりしたのですが、――ケムッソに襲われたことは道中で説明したものの、キョウカの行動についてはリード達には伏せていたので――そのことについては誰も何も言わなかったので、キョウカの破天荒っぷりが明るみに出ることはありませんでした。すでに出ているという可能性を除けば。

「あ、ありがとうございます。けど、このたまごからは何が孵るんですか?」

「それがわからないんだ。何かのポケモンであることは間違いないが・・・ひょっとしたら伝説のポケモンかもしれない」

「で、伝説の?」

 正直な話、キョウカは伝説のポケモンと言われても何のことだかわかるはずもないのですが((それ以前にこのたまごがポケモンのそれであると気づいていたかどうかすら怪しい。))、とりえずすごそうだ、ということで驚いてるようです。リードも、ああ多分わかっていないだろうな、と思っているに違いありませんでした。

「とりあえず孵るまでそう時間はかからないと思うが、もし孵ったら私に連絡してくれないか? もちろん孵ったポケモンはキョウカ君が育てていってくれて構わない」

「わ、わかりました。大切に預からせていただきます」

 キョウカが大事そうにケースを抱えながら博士にそう言うと、横からリードが何故かえへんえへんと咳払いをしながら前に出てきました。またいらんことを言う気でしょうか、このお方は。

「博士、安心してよ。おいらがついてるからさ」

「うむ、大事なたまごが大きなベーコンエッグにされないように注意して見ていてくれたまえ。ハッハッハ!」
「うむ、大事なたまごが大きなベーコンエッグにされないように注意して見ていてくれたまえ。はっはっは!」

「ちょ、ちょっと博士、そこまで引っ張らなくても!」

 オダマキ博士の笑い声に、キョウカは恥ずかしそうな顔をして博士に訴えました。普段だったら食べ物全般についてはリードが突っ込まれているのに、今日ばっかりはそういうわけにもいかなかったようです。そんなわけで、普段はこの手のことで責められっぱなしのリードは大声で笑っています。そして、グレイはベーコンエッグとはどのような食べ物なのだろうと思いを巡らせるようにして鼻をふんふんさせ、ボッカはキョウカとリードのことをじっと見つめていました。

 それにしても、この茶色のたまごからは一体何が孵るのでしょうか? 普通のどこにでもいるようなポケモンか、はたまた博士が冗談めいて言った伝説のポケモンと称されるようなポケモンなのか、それとも・・・



[[レポートNo.7「何を思い何を馳せる?」]] へ続く

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あとがき

あとがきにもそろそろタイトルをつけてみようかなーとかいう無駄な試みはあっけなく否決されてしまいました。己接通


どーすんのこれ? と思ってしまう状況ができてしまうことがよくあります。
例えば、強すぎる能力を持った敵が出てきてしまって、それをどうにか倒さなくてはいけないという状況。例えば、場を盛り上げようとして相手を徹底的に壊した後に、それを元に戻さなければいけないという状況。
自分で状況を作っておきながら、それを回収・処理することができなくなる。身から出た錆とはよくもいったもので、本当にそういう時は困るのです。
かといって困ってばかりもいられません。なぜならば、それができないということは、すなわち話がそこで終わってしまうということを意味するからです。
ずーーーーーーーーっと続く話の最大の難点はここにあるのではないでしょうか。回収・処理ができるものだけを散りばめられるのならば、苦労はしません。私からしてみると、そうできる人は尊敬に値します。さぞかし人生思うがままなんだろうなーと。皮肉めいていますが、本当に。
だけど私はながーいお話よりもみじかーいお話の方が難しいと思うのです。前も言いましたが。
何でかというと、どうしたって私はお話をキレイにまとめるのが苦手だからです。短編という枠を持って、自分の伝えたいことを伝えるのがとてもとても苦手なのです。読みやすく、かつ伝わりやすいという文章を作るのが非常に苦手なのです。
が、私は別に諦めているわけではないのです。むしろ自分にはできると思ってさえいます。
不安なんだか自信過剰なんだかわけがわかりませんが、事実そうなのです。だから、どーすんのこれ? ってなっても、まぁどうにかなるんでしょう、と言ってキーをカタカタと打っているのです。そしてどうにかなってしまうのです。

人の思い込みの力というのはすごいもので、自分にはできると無意識に限りなく近いレベルで意識できていると、大抵のことはできてしまうのです。
それに至るために必要なのは、一つは才能。つまりは最初からできるということ。そしてもう一つは積み重ね。できるできるできるできるが続くことにより、できて当然になる。
才能があるが故に人よりできるようになるというのは、それだけできる時間が長いからなんじゃないのかなーと思います。できない人ができるようになる、できるのだと考えることもなく意識されている状態になるまでもっていく間、才能がある人は最初からできているのです。できていないからこそ理解できることもありますが、こと、技術・結果面からすれば、最初からの方がそれはそれは有利になると思うのです。
まったく世の中不公平だなーとかいいつつ、努力を弛まないというのは矛盾になるのかどうかは謎ですが、そういった不公平さの中にこそ、面白さがあるんじゃないかなーなんていうことこそが・・・ね。
こうやってダラダラと長く書いているから私はいつも怒られるわけでして、そろそろ本題のあとがきに入ろうと思うのです。於了


こんにちは、こんばんは、はじめまして、おはようございます。亀の万年堂でございます。
凄まじく大変にとてもとても長らくお待たせしましたが、ようやくレポートNo.6『贈り物はベーコンエッグ?』をお届けすることができました。ここまで遅くなってしまうとは作者である私も思いませんでした。お待ち申し上げていた皆様にはひたすらに謝罪する他にございません。申し訳ありませんでした。ごめんなさい。許してください。無理ですか。

さて、今回は出番をものすんごくひっぱられたゴーリキーこと、ボッカが仲間に入ることになりました。以前にもいったかもしれませんが、本来はこのポジションは彼ではなく、ルカリオになる予定でした。キャラももっと硬いというか、強情というか、生意気な感じでした。「お前にオレは負けた。だからお前を負かすまでオレはお前についていこう」的な形でついてくる予定だったんです。が、ルカリオだとどうしてもビジュアル的にびみょーになってしまうんですね。見た目のバランス的にもキョウカよりごっついというか大きい子がいてくれないと、どうにもしまらないなーと思い、ルカリオはクビになることになってしまいました。もちろん出番が完全になくなったわけではなく、後のお話ではちゃんと出てきます。キャラはひどいことになってしまっていますが。
それから今回はグレイちゃんが初めて戦闘をしてくれました。初戦がケムッソ三匹といういきなりのピンチでしたが、グレイちゃんの敵ではなかったようですね。普段は「ふぇーん」な感じなだけに、私もこれにはビックリしました。頑張る時は頑張るんですねーこの子は。まぁそれ以上にケムッソを吹き飛ばしていったキョウカが、大分人間ではなくなってしまっていることのほうが目立ってしまったかもしれませんが。オダマキ博士が捕まっているのを見ていただければ分かるとおり、ケムッソといえども普通の素手の人間では勝つこともままなりません。それくらいポケモンと人間には身体的能力差があるということですね。決してオダマキ博士がぽっちゃりしているからだとかそういうことではないのです。はい。

次回はリード君や新参のボッカさんには申し訳ありませんが、グレイちゃんが主役です。今回もそうじゃねーかといわれそうですが、次回もそうなのです。完全にグレイちゃんだけの話にしてしまうと短編状態になってしまうので、少しは他の子も出番があります。リード君も相変わらず何か食べてます。
ちなみに長さはそうでもない予定です。今回が約3万字と普通だったので、次回は2万字にいくかいかないかくらいになるんではないかなと思います。そういっておきながらいつも約束を破るのが私の常なきがしますが・・・とりあえず年内に投稿できるように頑張りたいところです。いつまでも大陸の方ばかり見ていてはいけませんからね。

いつものように長くなってきたところで、そろそろ〆たいと思います。が、その前に感謝を述べさせていただきます。
毎回のように意見をくれる某変態様、お忙しい中いつもありがとうございます。筋肉とお肉は正義だと思います。
どこぞの誰とも知らぬ、ポチエナのぬいぐるみをくださった方、大変感謝しつつ、毎晩抱っこして寝ています。まれによく鼻血が出ます。今年一番のプレゼントでした。次回はカメールをください。無理ですか。
wikiを管理してくださっている管理人様。こうして作品を投稿させていただけるのは一重に管理人様のおかげであります。いつもいつもありがとうございます。
そしてここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。これまで読んでくださっていた方たちも、今回初めて読んでくださった方たちも、次回も読んでくだされば幸いです。

それではまた次の世界でお会いしましょう。亀の万年堂でした。
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何かあったら投下どうぞ。

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