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バンケンノクサリ の変更点


*バンケンノクサリ [#a613f1fd]

この作品は[[ヒトナツノコイ]]中で登場した人物、ガベルの物語です。

#contents

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**バンケンノクサリ 1 [#u2053303]
                   作:[[COM]]

「初めまして!本日より公安課に配属されることになったガベルといいます!宜しくお願いします!」
一際大きな声が大き過ぎずも小さ過ぎずもない部屋に響き渡った。
そこにいた何人かはあまりにも大きな声で目を白黒させて驚く者や耳を押さえる者が居た程だった。
「元気な自己紹介ありがとう。だが少しばかり力み過ぎだ。肩の力を抜きたまえガベル君。」
大きく白い髭をわさわさと動かしながら穏やかな表情で一人のムーランドが彼をそう諭した。
「はい!申し訳有りません!」
依然と声は大きいままで敬礼をしたままそう答えていた。
そんなガベルの様子を見て笑いながらそのまま他の人達の自己紹介を続けさせていった。
彼の名はガベル。
今日、一人前の警察官として認められたヘルガーだった。


そう、これはガベルがまだ新人だった頃のお話。
訓練生としての肩に力の入り過ぎた様子が見て取れる、初々しい頃のお話だ。
彼は昔、まだ幼いデルビルだった頃に警察官に助けられたのだった。
といっても九死に一生を得るような大事ではなく彼が迷子になって泣いていたのを助けてもらっただけの事だった。
だがその時の彼を泣き止ませ、一緒に派出所まで歩いていった時のその警官の後ろ姿がとても優しく、時折こちらを振り返り、不安にさせないように優しく微笑んでくれた姿がとても印象に残っていた。
その時彼は警官になろうと夢を持ち、その数年後には警官になるためのしっかりとした道筋が自分の中でできていた。
別に彼は暴漢から市民を守る勇敢な警察官になりたいわけでも華麗な逃走劇と逮捕劇を魅せるような警察官になりたいわけでもなかった。
『あの時の自分のように少しでも不安な顔をした人を笑顔にしてあげたい。』
たったそれだけの小さな夢だった。
小さいかもしれないし、警察官としてはいささか優しすぎるかもしれないが彼にとってそんな『優しい警察官』を超える夢は存在しなかった。
事実、彼は決意したその日から真っ直ぐに警察官になるための勉強をし、体を鍛え、高校を卒業してから迷うことなく警察官へと志願した。
訓練生となっても彼の信念は曲がることなく、ひたすら真っ直ぐに信じる道を進み、成績も上位での訓練生卒業となった。
普通そういう人材は迷わずにエリートコースを選ぶが、無論ここでも彼の信念は揺らがない。
迷わず自分から公安課を志願し、現在に至る。
ある意味では奇特な人間なのかもしれないがこれが彼の夢だったのだから仕方がない。
元々頑固で生真面目な性格も災いし、彼は立ち止まることなく進んできた。
「どうですか?ガベルさん。公安課にも慣れてきました?」
そんなことをガベルに聞きながら一人のタブンネがお茶を差し出してきた。
「まあ…それなりには慣れましたけど…。」
「思ってたのと違った。って言いたげね。」
お茶を受け取りながらそんな会話をしていた。
彼が公安課に配属されてから数週間が経ったが、刑事課のように慌ただしいこともなくただ事務所でのんびりと事務処理をこなす日々だった。
『市民の平和は身近な所から』
そんなスローガンの書かれた小さな垂れ幕が飾られていること以外そこらのオフィスと変わりなさそうな場所。
迷わず真っ直ぐ貫き通した道だったが、彼の実直さと勤勉さが仇となり本来彼がなりたかったであろう『巡査官』には何か違う場所へ辿り着いてしまった。
派出所ではないのだから勿論人が尋ねて来ることも少なく、来ても受付担当が大体事を済ませてしまう。
市民の平和や笑顔を守っている事に変わりはないのだろうが、彼にとっては目に見えないそのもどかしさが苛立ちとまではいかないが、悶々としたものになっていた。
公安課という部署では自分の思い描いていた優しい警官には程遠かった。
「ガベルさんって元からここを選んだんですよね?他にいい所なんていっぱいあったはずなのにどうしてここを選んだんですか?」
「誰かの笑顔が見たくて一番市民に身近な場所を選んだんですよ。」
そんなことを湯飲みから立ち昇る湯気をフゥと息を吹きかけ、冷ましながら答えた。
「確かに…一番市民には近いけれど…。あなたの性格を見る限り、ここではないかもしれないわね。」
それだけ言うと、彼女はそのまま他の人にもお茶を持っていっていた。
何気ない一言だったのだがガベルにとっては大事な一言だった。
『そもそも…俺に警察は向いてない…のかな?』
笑顔という点では医者や消防士の方がよく感謝されるだろう。
もっと言えば地域密着型のスーパーなどになれば笑顔はさらに見れるだろう。
が、やはり彼にとって一番心に焼きついているのがあの優しそうな笑顔の警察官…基、巡査官の表情だ。
まだ湯気が立ち昇るお茶をズズズとゆっくりと飲みながら色んな事を考えていた。
「熱っ!」


――――


「失礼します!ランド本部長。ご用件とは?」
部屋に入るなり、最初のころのような調子でビシッと敬礼し、少々音量は気を遣った声でそう言った。
ランド本部長、この公安課に配属された時に笑っていたムーランドのことだ。
「まあまあ。悪い知らせではないから肩の力を抜きなさい。」
彼も最初の頃と変わらない調子で柔らかく笑いながらガベルを迎え入れた。
もう既に彼がここに配属されてから一ヶ月ほど経とうとしていた。
悶々としたものはあったが現状に納得していないわけではなかったため仕事自体はとても遣り甲斐のあるものだった。
しかし最近少しずつではあるが疲れが溜まっていたのも事実だ。
そういったことに対する注意だろうと少し気を引き締めてランドの言葉を待っていた。
だが
「ガベル君。君にはここは合わない。君は刑事課に行くべきだと私は思うよ。」
ランドの口から出た言葉は予想していたものとは違う言葉だった。
「いや…!しかし!」
「聞いたよ。君は市民の笑顔が見たくてここに来たと。素晴らしい心掛けだ。」
動揺するガベルを宥めるように緩やかにランドは喋り始めた。
「でもここでは誰かの笑顔というものは直接感じられるものではない。見えない所で誰かが喜んでいるものだ。」
ゆっくりと喋り続けるランドの言葉で心の中にあった色々な言いたい事は一度落ち着き、引っ込んでいった。
「初めて会った時から思っていたことだが君はとても真っ直ぐな男だ。そして正義感も強い。誰かの笑顔を見たいという強い気持ちも分かる。
だからこそ笑顔を見るのではなく、誰かを笑顔にしてあげたらいいとは思わないかね?誰かの笑顔を守りたいとは…。」
静かで、緩やかなランドの言葉は今までそんなことを一度も考えたことがなかったガベルには深く響いた。
笑顔にすると考えたことは一度もなかった。
守ると考えたことは一度もなかった。
ただ誰かが笑っていることが自分の願いだった。
「まだまだ世界中には犯罪者がたくさんいる。その全てを今すぐに捕まえてしまうことは無理だろう。だが、そういった悪い連中が原因で誰かの笑顔が奪われているとしたら…君ならどうしたい?」
「俺がその人達を笑顔にしてあげます!!」
即答だった。
考えるよりも先に心が動いた。
幼い頃から大きな事故や事件に巻き込まれたことなどなかった。
事故や事件で亡くなる人は不運な人だと思っていた。
しかし、もしもそんな人たちを自分が動くことで一人でも多く救えたら…そう思ったのはそんな言葉を発した後だった。
ランドはそんな様子のガベルを見てニッコリと笑うと
「やはり君には性に合っているようだね。迷わずに行くといい。」
そう彼に言った。
「しかし…!」
行きたいという気持ちは間違いなくあった。
だが、たかだか一ヶ月程度しか勤務していなかったため、ガベルの中でそれが踏ん切りをつかせないでいた。
「ガベル君。君はとても優しい人だ。恐らく、これから先もそうやって自分の心と現状で悩む事があるかもしれない。」
そこまで言い、真っ直ぐにガベルの目を見てから一呼吸置き
「だがそういう時は決して心に嘘を吐くな。自分の心に従って動け。君の考えは正しい。私が保証する。」
そう、彼の肩に前足を置き、彼に全てを伝えた。




この日、これから先数多の難事件を解決する『法の番犬』とまで呼ばれた刑事、ガベルが誕生したことはランド以外はまだ知らない。


**バンケンノクサリ 2 [#h1c4871d]

「犯人だ!!道を塞げガベル!」
「了解です!」
映画やドラマでよく目にする現行犯の追跡が今まさに行われていた。
ガベルは横の大柄なグランブルの指示に従い、犯人を追い詰めるために道を迂回し他の警察官と共に先回りをして路地へと追い詰めていっていた。
その間、そのグランブルは無線で連絡を取り、他の待機している警官たちに指示を出していた。
「畜生!!こんなとこで捕まってたまるかよ!!」
窮鼠猫を噛む。
行き止まりの路地まで追い詰められた犯人は警官たちに斬りかかり、強行突破しようとしてきた。
「させるか!!」
闇雲に爪を振り回し、危険極まりない犯人の前にガベルは立ちはだかり一気に口から炎を吐き出した。
命中こそしなかったものの炎で怯んだ隙にガベルは体当たりを繰り出し犯人を押さえ込んだ。
「畜生!離しやがれ!!」
「正当防衛だ!悪く思うな!」
未だ暴れる犯人におもいっきり頭突きをかまして上手く犯人を気絶させることができた。
ようやく一つの捕物劇が終結し、周囲の騒然とした雰囲気もだんだんと戻っていった。



――――


「お手柄だガベル!そしてグラン刑事。これからも市民の平和に貢献してくれたまえ。」
そう言い、刑事課の本部長から謝辞が二人に対して送られていた。
「ありがとうございます。これからも全力で務めさせてもらいます!」
そう言い敬礼する彼に暖かな拍手が送られていた。


「ガベル!聞いたぞ!お前また無茶な事をしおったな!」
後々、ガベルが一人でいるところにグランがやってきていの一番にそんな叱咤が飛んできた。
「あれだけ無茶だけはするなと言っているのにこの馬鹿ガキが~!死んだら元も子もないと言っとるだろうが!!」
そんなことを言いながら何か言おうとしたガベルに間髪入れずにチョップをお見舞いしていた。
勿論背中に。
彼の名はグラン。
ガベルの先輩でありパートナーのような存在…いや二人目の父親のような存在だった。
ガベルが刑事課に異動した時、まだ右も左も分からない彼を指導したのが彼だった。
そのままガベルは彼のサポートをしながら刑事としてのいろはを習っていた。
彼もガベル同様に仁義に熱い男で、志を重んじるガベルにとって尊敬する存在だった。
まあガベルは元の性格が原因で頭よりも先に心が体を動かすため、ガベルのことを心配してよくグランにしょっぴかれていた。
「確かにお手柄だ。怪我人も軽症で済んでいるし、犯人も事無く取り押さえることが出来た。だがもし相手がもっと頭の切れる男だったらお前は死んでいたのかもしれないのだぞ!!」
部屋に響くグランの怒声。
性格どころか彼の声量もガベルにそっくりだ。
「しかしあの程度なら自分でどうにかなると思ったんです!」
「一人で勝手に突っ走るな!何のために大勢で動いていると思ってるんだ!」
ガベルの意見も分からないでもないが、やはりグランの意見の方が一般的であった。
「しかし!自分の心に従えと!!」
そう言い返そうとしたガベルの頭を子供をあやすようにグランは撫で回し
「よ~く知っている。お前が誰かを救いたくて動いてる事ぐらい。だがな、もっとみんなを信じてやれ。一人じゃ出来ないことも多いんだ。」
そうガベルに話した。
しかしその言葉はどこか切なく、まるで自分自身に言い聞かせるように話しているようにガベルには思えた。
「分かりました…。」
大体ガベルが一人で突っ走った時の終わりはいつもこんな感じだ。
ガベルも本当はそんな言い方をするグランに聞きたいのだが、どうしてもその悲しげな表情を見るとこうしても聞くことが出来なかった。


――――


それから約半年後、未だグランに叱られながらもガベルは確実に成長していた。
持ち前の頭の回転もあり、次第に先輩であったグランとは共に意見を交わせるほどの刑事へと成長していた。
幾分か突っ走るようなことも減ってきたが、やはり人命が絡むと未だ歯止めが利かないでいるという状況だった。
しかしそんなある日、彼に人生の転機とも言える事件がやって来ることとなった。
「ガベル!殺人があったようだ。すぐに現場調査に行くぞ!」
殺人なんて言葉を聞けば普通の人間は驚くが、ここでは嫌な話、日常茶飯事だ。
すぐにグランと共に殺害現場へと急いで行った。
「お疲れ様です!グラン警部、ガベル刑事。」
既に現場には検視官が到着しており、殺害現場の調査を進めていた。
「害者の身元は?」
「持ち物から身元はキルラと言うニューラの男性とレルパと言うレパルダスの女性ですね。」
グランは現場の調査をしている検視官の一人に声を掛け、今分かっている情報だけでも教えてもらっていた。
「それにしても…酷いですね…。眼球が抉り取られてますよ。」
この頃はガベルはあまり死体を見慣れていなかった。
そのため普通の死体とは違う、ちょっとした惨殺死体でもガベルにとっては結構精神的に来るものだった。
「お前はさっさと周辺に聞き込みに行かんか!!」
わざわざ現場に出てきて顔を顰めているだけのガベルの額にチョップをお見舞いし、さっさと情報収集をさせるために現場から追い出していた。
『俺だって早く死体慣れしとかないといけないと思ってわざわざ見に行ったのに…。』
とまあ心の中でガベルはぼやきながらもキチンと周辺住民に聞き込みに行っていた。
しかし、しっかりと聞き込みをしたのにも関わらず、犯人の手掛かりどころか被害者の素性さえも分からない状況だった。
聞く限りではヤクザに顔が利くだの明るい好青年だの、明から暗まであまりにも幅広い噂が多すぎて尾ひれどころの騒ぎではなくなっていた。
そのため暗の情報では関わりたくない、明ならそんな様子は見たことない、とはっきり言ったら悪いが殺されてもなんら可笑しくはないような人物であるということだけははっきりした。
だが必要なのはそんな個人の感情が絡んだような推論ではなく、事件解決に結びつく決定的な証拠が欲しいのだ。
もし今のままグランの元に帰れば今度はクロスチョップでもかまされてしまいそうだ。
『仕方がない。もう一周回るか。』
少し溜め息混じりの深呼吸をし、もう一度被害者の自宅周辺を聞き込みに回ることにした。


――――


「それで…情報は見つからなかった…と…。」
グランは口元を手で押さえながらそう言い、目を真一文字に閉じて小難しい顔をしていた。
『やばい…確実に怒られる…。』
若干怯えながら身構え、来るであろうクロスチョップに備えていると
「そうか…。ガベル聞き込みご苦労だった。一度署に戻るぞ。」
「えぇ!?あ、はい…えぇ!!」
意外な反応だったため二度も驚いてしまった。
確実に怒られると思っていたが、特に何もなく労ったのが妙に気持ち悪かった。
「なんだ?その反応は?」
「いえ!なんでもないです!」
不思議そうな顔をしているグランにガベルは即答で答えた。
『殴られると思ってた。』なんて言えば確実にただではすまなくなる。
それが長い付き合いで分かっている事の内の一つなので今は黙ってついて行くだけだった。
そう遠くない道のりなのであっという間に署に着いた。
街自体がそこまで大きくないので乗り物がなくても十分街の端から端まで一日で見て回れるほどだ。
そのままグランは真っ直ぐに自分のデスクへと向かい、パソコンを起動すると
「ガベル。周辺への聞き込み、ほとんど情報が掴めなかっただろう?」
一瞬その言葉にガベルはドキッとした。
まさにその通り。
不確かな噂話が飛び交いすぎて本人の情報がほとんど聞き出せなかった。
さらに被害者は一人暮らしだったために親類などともここ最近は連絡を取っていなかったため、何も知らないそうだ。
しどろもどろで何と言えばいいのか困っているガベルを見て
「大丈夫だ。情報が出るはずがない。こいつはかなり裏の顔を持っている奴だ。」
落ち着かせるようにグランは言い、そのまま続けて話し出した。
「持ち物を確認するとあまり穏やかではない物がわんさか出てきた。それにこいつの携帯、女性や何回か警察に世話になったような傷持ちの連絡先が電話帳のように載ってやがった。」
つまり、グランの言う限りでは暗の情報の方が正しかったようだ。
しかし、死人に口なしとはいえそこまで徹底的に調べ上げられたのでは被害者もたまったものではないだろう。
とはいえそもそもそう言ったよくない噂をたくさん持つ方が悪い。
ということでガベルは納得することにした。
「聞き込みでもそう言った噂は幾つか聞きましたね。」
そう言うとグランはまた顔を顰めた。
「そうなると面倒臭くなる。被害者が裏の顔が立つのであればそれらを虱潰しにする必要が出てくるからな。」
これがお天道様の下を歩けなくなったものの末路なのだろう。
そんな事を考えながらガベルはこれから携わる事件が一仕事になることを理解し、気を引き締め直していた。
「早速ホシを当たってみます!」
「待てガベル!無闇に動き回るな!」
「大丈夫ですよ!それよりも早く犯人を捕まえてみせます!」
動けるのならすぐにでも動くというガベルの悪い癖がここでも出た。
グランが何とか止めようとするが、いつもの調子でグランの忠告を無視し、足早に署を出て行くガベルの様子は既にこの署では当たり前の光景になっていた。
「まったく…あいつは何度勝手に行動するなと言えば分かるんだ!」
深い溜め息を吐きながらグランはパソコンの画面を仕方なく覗き込んでいた。
少し経てばいつものように収穫もなく帰ってくる。
そうグランは思い、先に情報を集めることにした。


が…これがガベルにとって最もこの事件を印象深くさせる原因となる行動だった。


** バンケンノクサリ 3 [#ca0eba9a]


「もうそろそろお帰り願えますでしょうか?お巡りさん。」
そんな台詞とは裏腹な鋭い目がガベルを捉えていた。
思い立ったらすぐに行動に移さないと気が済まないのがガベルだった。
その為、リストにあった名前の人物の場所に訪れていた。
ガベルと彼が話しかけた人物もあまり穏やかではないが、周りの雰囲気はさらに穏やかではないものだった。
それも当たり前。
法に触れるような事を平然とやっているのが裏の世界の住人だ。
そんな所に今回はそういった立件ではないとはいえ、警察が入るのは笑える状況ではない。
「ご迷惑をお掛けしたようで。では私は署に戻らせていただきます。」
軽く会釈をしてガベルはすぐにその場を離れた。
流石にこの仕事も始めて短くないガベルにとってそんな場面は何度も出くわしているためなんともなかった。
だが、情報がないと分かれば別に長居する必要もない。
そんな所に長居すれば下手をすれば何が起きるか分からない。
警察が相手だとしても一人ぐらいならもみ消すことは容易だ。
グランが派手に動かない理由にはこれがあったのだが、当たり前だがガベルにはそういった思いは届いていなかった。
「ここも違うか…さて、次を当たろう。」
そう独り言を呟き、路地裏から出てきたガベルに向かってエネルギー弾が一つ、真っ直ぐに飛んできた。
急なことではあったがガベルもすぐに気付き、ヒラリとそれを躱し、飛んできた方向を睨んだ。
「誰だ!!」
「誰だ!!じゃねぇよ馬鹿犬!!おっさんの警告無視して突っ走ってんじゃねぇよ!!」
ガベルの言葉を一蹴し、彼を怒鳴る姿はグランではなかった。
「うるせぇ!渋ってたって情報なんざ手に入るかよ!お前は帰って事務仕事でもしてな!リオ!」
ガベルが言い返しているその相手は青と黒の体毛、そして胸と腕に生えた鋼の棘が特徴的なルカリオだった。
手からは僅かに青白い光が立ち上っており、先程のエネルギー弾を撃ったのが彼だという事が一目瞭然だった。

そう、彼がその後ガベルの良きパートナーとなる人物、リオだ。
…とは言っても、今は彼らはそんなこと微塵も感じていないのだが…。
「うるせぇ!馬鹿犬!おっさんの命令で二人で行動しろっつわれてるんだよ!…ったく。なんで俺がこんな馬鹿と行動しなきゃなんねぇんだよ。」
「何が馬鹿犬だ!てめぇだって散々グランさんに迷惑掛けてるくせによ!元々戦いたいだけの馬鹿だろうが!この筋肉馬鹿!!」
見て分かる通り、この頃の二人は犬猿の仲だった。
二人ともグランの部下で彼を慕っていたが、どちらも本人は知らないが問題児と呼ばれていた。
ガベルは見て分かる通り後先考えずに突っ走る猪突猛進の頑固な人だった。
リオはどんな犯罪者でも問答無用で手加減せずにボッコボコにする、ガベルの言う通り筋肉馬鹿だった。
そんな二人が原因でグランもちょくちょく頭を下げていたため、お互い相手が悪いのだと責任を一方的に擦り付け合っていた。
当たり前だがグランも今まで携わってきたどの人物よりも扱い難く、よく頭を悩ませていた。
いつもは加減を知らないリオには事務仕事をさせ、ガベルには一人で行動することを控えさせていた。
流石のガベルも仲の悪いリオとなら大人しくしていてくれるだろう。
そういう淡い願望も混ざった采配だった。
が、この有様である。
そして折角何事もなく裏路地から出てきたのにも関わらず、二人が騒ぎ立てるせいで
「てめぇら!あのサツ二人、のして来い!!」
先ほどの彼らがついに動き出してしまった。
が、勿論返り討ち。
「十人がかりで…このザマ…かよ。」
問題児ではあるが戦闘能力はぴか一である。
「正当防衛だ。悪く思うなよ。」
「何カッコつけてんだ馬鹿犬。さっさと次の情報集めに行くぞ。」
犬猿…の仲である。
その後も彼らはこんな調子でヤクザやら、暴走族やらのシマに乗り込み、情報がないと分かって出て行くたびに下っ端十数名をのして移動していた。


――――


「そうか…情報は手に入らなかったか…。まあ予想の範囲内だが…。」
そこまで言い、深く深呼吸をして
「誰が片っ端からぶっ潰して来いと言ったぁ!!この大馬鹿共!!」
今日もグランとガベル、リオのいる署内には彼の怒号が響き渡っていた。
「仕方ないじゃないですか!あいつら特に俺は何もしてないのに勝手に喧嘩吹っかけてくるから!」
「それに大体悪党なんて全員潰してもなんら問題ないでしょう!」
でもと言わんばかりの小さな反抗にグランは頭を押さえ、深い溜め息を吐いていた。
「お前たちは俺を心労で過労死させたいらしいな…。」
半分諦めにも近い言葉を息を吐き出すように漏らし、いつものように説教を垂れていた。
ほとんどここではいつもの光景と化していたため特に気にするものはいなかったが、流石に怒声は気にしなくても耳につく。
「グラン警部。ちょっとよろしいかな?」
いつも彼が説教をしていると彼よりも上の存在、つまり本部長が彼を呼びいつもこの説教は終了する。
「いいか?軽率な行動を取るな、怪我をするような無茶をするな、いつも最後は自分と相棒を信じろ。いいな!」
グランが上司に呼ばれ、離れる時に必ず二人に言う言葉だ。
大体いつも二人はその言葉に従って動いているというが、恐らく最後の部分だけだろう。
そして…
「お前がああいう軽率な行動取るからグランさんがいつも頭下げてるんだよ!」
「お前が言うか!?おっさんが謝ってる理由はお前が勝手に一人で突っ走るからだろ!!」
大体その後は二人でばれないように口論している。
勿論大声で言い合えばグランにすぐに気付かれるのでこの時ばかりは二人とも静かだ。
戻ってきたグランに気付くと流石に二人も言い合いを止め、静かに自分の仕事をするのだが
「いいか?お前ら。出来るだけ厄介事に首を突っ込むな。俺の事は気にする必要はないが、お前らにそれでもしもの事が合ったら俺は死んでも死に切れん。」
いつもとは違う態度と言動に少しの間、呆気にとられていた。
そしてそのままグランは重たい表情のまま何処かへと歩いて行ってしまった。
本当ならすぐにでも声を掛け、理由を聞きたかったところだったがどうしてもそんな表情を見ていると聞く気にはなれなかった。
「…なあガベル。おっさんどうしたんだと思う?」
あまりにもいつもと雰囲気の違うグランにリオは思わずグランの姿が見えなくなると同時にガベルに聞いていた。
「俺にも分からん。…だが一つだけ言えるのは…相当な悩みを抱えてるのか、今回の件が予想以上に面倒なのかだな。」
いつもならすぐに衝突する二人だったが今回ばかりは二人ともグランのことが心配でそういう気にはなれなかった。
だがいつまでも暗いままの二人ではない。
「悩んでたって始まらねぇな。おっさんの悩みが事件なら…。」
「俺達がさっさと解決しちまえばいいんだ。」
普段そりの合わない者同士が意気投合すると基本的にいい事は起きない。
だが、それもこの日までだ。

この日を経て、彼らは語られることのない最高のパートナーとなるのだが、それはもう少しだけ先の話だ。


**バンケンノクサリ 4 [#r3c02d3a]

「ここも情報なし…か。」
そう言いながらリオは持っているメモ帳に新たに横線を書き加えていた。
これで何件目かも忘れてしまうほどの数の暴力団やら不良グループに声をかけて回っていた。
流石に慣れているとはいえ一日に何件もそういった所を回っていればたとえ警察でも気が滅入ってくる。
ある意味これほどの人脈を持っている被害者もすごいがあまり尊敬できるようなものではないため差し引きはゼロだ。
「次はどの暴力団に挨拶しに行きゃいいんだ?」
流石にガベルも呆れた口調で皮肉の混じったそんな台詞をリオに投げかけていた。
リオもやれやれといった調子で首を振っていたが、次のページを開いて表情が変わった。
「ガベル…次の所はかなりやばいぞ。」
「どこも同じようなもんだろ。」
そう言いながらリオのメモ帳を覗き込むと同時に彼の表情も張り詰めたものに変わった。
そこに書かれていた名前はこの街でもっとも有名な組織だった。
規模があまりにも大きく、表の世界しか知らない人間でもその名前を一度は聞いたことがあるというほどだった。
無論、勢力も凄まじく、警察でも手に負えないような者も多く頭が切れる者がいるのかいざこざのもみ消しも相当に巧く、尻尾が掴めないでいた。
『警官になっても相手をしたくない奴等』とまで警察署内でもよく聞く名だったため、二人も出来る限り関わり合いたくなかった。
が、そこは言うまでもなくこの二人だ。
たかだかそんな事で事件の調査をやめるはずがない。
深呼吸をしてからその組織の所へと進み始めた。


――――


時間を少し前に戻そう。
「グラン警部。ちょっとよろしいかな?」
丁度彼が本部長から呼び出しを受けた時の話だ。
「部下の失態。申し訳ありません。」
グランが深々と頭を下げ、謝ると
「それもあるが…今はそれはどうでもいい。」
グランの方を一度も振り返らずにそう言った。
グランは何も言わずにただ頭を下げたままだったが、そのまま彼は続けて話し出した。
「君も賢い大人のはずだ。彼らのような何も知らん餓鬼とは違ってな…。分かっているだろうな?決してあの組織には接触させるなよ?」
先ほどよりも低く、這うような声で彼はガベルに言ってきた。
その言葉には警告というよりも脅迫に似た感情が込められているような言葉だったが
「分かっています。彼らにも再三注意をしますので。」
グランは極めていつも通りの返事をした。
頭を下げたままのグランの横を通り、ただ一度だけ彼の肩をポンと叩き
「分かっているならいい。それじゃあ、法の秩序と平和を遵守してくれたまえ。」
そう言いながら先に部屋を出て行った。
扉の閉まる重たい音を聞き、頭を上げたグランは
「法の秩序と平和…。遵守させてもらおう。」
そう小さく呟き、大きな溜め息を一つしながら彼も部屋を出て行った。


――――


そして今まさに彼らはその組織の前に居た。
「やっぱここだけ他の所と雰囲気が違うな…。」
「雰囲気というか空気が違う…。けど行くんだろ?」
リオがそう言い、ガベルに確認を取ると、何も言わずにガベルも頷いて答えた。
正面から堂々と入っていく二人はその重々しい、泥のような空気の中を掻き分けるようにゆっくりと進んでいた。
正直、意地で言い出したがこの場に立っても行きたくないのが本音である。

「?…誰かガベルたちを知らんか?」
漸く調査を終え帰ってきたグランは署内に居たガーディーに二人の居場所を聞いていた。
「彼らですか?確か情報を集めてくると言って出て行きましたが…。」
そう彼が言うと深い溜め息を吐いて自分の席にドカリと腰を下ろしていた。
「あれ程勝手な行動は慎めといったのにも関わらずに…。まったくあの馬鹿共は…。」
そう呆れながら言うグランの表情はどこか優しく、微笑んでいるように見えた。
「すぐに呼び戻さなくてもいいんですか?」
「構わん。どうせ言った所で帰ってきやせん。そういう奴らなんだ。」
そう彼の問いに答えるとすぐに立ち上がり
「もう一度現場の調査と聞き込みをしてくる。大きく動かんでも情報は集められるというのを教えてやらんとな。」
そう言って疲れていたはずのグランは元気にまた先ほどまで居た場所に帰っていった。

「てめぇら分かってんのか?ここが何処だか。あ?」
「悪いがお前みたいなチンピラに用はない。組織のリーダーに話がある。」
既に今日一日で何件も回っていたので鋭いガン飛ばしはガベルたちには効かなくなっていた。
一々こういうのまで相手にしていたらキリがないというのも経験のおかげで漸く理解した。
まあ、それまでに幾つもの暴力団と殴り合ってきたのだが…。
ひとまずそういった輩を無視し、先に進もうとしたが、
「おい待ちな!ここのシマは警察は介入しないはずだぜ?」
そう言い、一人が道を遮ってきた。
それを聞き、ガベルもリオもあからさまに顔を顰めた。
「ふざけるな!何が警察は介入しないだ!裏の世界だろうがお前らみたいなクズが大手を振って歩ける場所なんてあるか!!」
勿論ガベルのこの台詞には彼らもカチンとくるものがあった。
あからさまに先ほどよりも険悪なムードになったのが手に取るように分かる。
不気味な沈黙だけが場を支配し、お互いに長い睨み合いを行なっていたが
「サツがでかい顔してるなんてやっぱ俺は気に食わねぇな。」
彼らの中の一人がそう言いだした。
それを聞きリオが鼻で軽く笑い
「お前らみたいな奴らは大嫌いだが…その意見だけは同意できるな。」
そう言いながら構え、臨戦態勢をとってみせた。
その横でガベルがため息を吐きながら
「結局こうなるのかよ…やっぱお前は筋肉馬鹿だ。」
そう言い、同じように体を低く身構えた。
「こいつら生きて帰すな!!叩きのめしちまえ!!」
言うが早いか二人めがけて一斉に動き出した。


――――


「それで貴様らは何十人もの悪漢と殴りあったというのか!!この馬鹿共!!」
署に戻ってきていた二人に一番最初にかけられた言葉はグランの怒号だった。
「落ち着いてください!!二人とも無事に戻ってきたんですから!!」
今にも殴りかかりそうな勢いのグランを他の警官たちがなんとか押さえ込んでいた。
それもそのはず。
長い間連絡も取れず、いきなり戻ってきたと思ったら二人ともボロボロになって帰ってきたのだから。
ひとまず応急処置をしてもらっているが、怪我をしているだけで大事には至っていなかった。
「………すみませんでした。」
二人が静かに謝るのを見て、グランは小さくため息を吐き
「無茶だけはするな。焦ってもいいことはない。仲間と協力してゆっくりと煮詰めていけばいい。」
ゆっくりと優しい口調でそう言い、二人の頭を撫で回して何処かへと去っていった。
グランの去った後、二人はただ静かに泣いていた。


その数日後、グランは本署を去っていった。


**バンケンノクサリ 5 [#fbee536b]


「どういうことなんですか!!」
机を叩きつけてリオが本部長に対して声を荒げていた。
普段ならガベルが止めに入るが、この日はガベルも言いたい事があり止める者がいなかった。
「教えてください。何故グラン警部が辞職したんですか。」
横から静かに、しかしはっきりと通った声でガベルが彼に聞いていた。
「何故も何も彼が辞めるといったからだ。ここは公務員だ、クビは存在しない。」
「そういう事を言ってるんじゃないんです!!」
リオはさらに激しく机を叩きつけ、感情のままに思いを全てぶつけていた。
「待てリオ!」
流石にガベルが止めたが、勿論彼のためではない。
「今回の失態はよく分かっています。それなら罰は俺たちのところへ来るはずです。しかし!何故俺たちには何もなく、さらにグランさんが急に辞めたのかが一切理解できないんです!」
グランは決して辞職するような人ではないことは彼らがよく分かっていた。
そしてヤクザ相手に揉め事を起こした事の責任もきちんと分かっていた。
にも拘らずこうなった事をガベルは必死に聞き出そうとしていた。
すると本部長はフッと軽く鼻で笑い
「何も分からっとらんな君たちは。言っておくが処罰はきちんと行う。二人とも本日付で△△タウンの署に異動だ。準備が出来たらさっさと出て行け!この問題児共!!」
机を先程のリオよりも激しく叩きつけ、一蹴した。
そこから先は何も話させてくれすらしなかった。
なぜグランが辞めたのか。
その理由すら知ることが出来ずに彼らはこの街を去ることになった。
そしてこの時、ほぼ同時にリオは自責の念から警察官から検視官へと転属し、ガベルは自分の中の何かが燃え尽きたのを感じた。


――――


「お疲れ様です。お先に失礼します。」
そう言い先に帰っていく同僚に軽く返事をしてガベルはデスクワークを続けていた。
器用に様々な事務を黙々と終わらせていっていた。
その姿は昔、彼が公安に居た頃のような姿だった。
異動してきたこの町は静かで大きな事件も起きない平和な町だった。
子供やお年寄りもよく警察署まで足を運び、よく話し相手になっていたりもした。
たまに起きる事件もガベルを含む十数名の刑事やらで行っているため相当な大事でない限りはガベルが現場の総責任者のようなものだった。
彼もここで務め続けて長く、実質的なまとめ役になっていた彼はすっかり成長していた。
それこそまさに今のガベルのことだが。
荒々しい所もなくなり、無茶もしないようになったが同時に以前ほど事件に腰を入れないようにもなっていた。
それが本来のいい関係なのだが、少しばかり本人の中でも引っ掛かっているものだった。
良い意味でも悪い意味でも彼は貫禄のある刑事になっていた。
「よ!まだ何かやってるのか?」
「リオ…またお前か。課が違うからあまり入ってくるなと…。」
途中でガベルの言葉を遮るようにリオは勝手にガベルのパソコンを覗き込んでいた。
彼もガベル同様に以前の経験などから荒々しさだけを取り除いた立派な検視官になっていた。
しかしそのお調子者な性格は変わらず今もこうしてちょくちょくガベルのところへよく遊びに来ていた。
普通ならできないのだろうが、ここはとても平和な場所だ。
あまりそういったことを気にする人もいない。
「連続殺人事件…?この町の事件じゃないし…お前もしかして…!」
彼が画面に表示していたのは事務仕事ではなく、何かの事件の記事だった。
しかしリオが何かを言おうとするのを止めて
「分かってる。お前が言いたい事もあるだろうが俺はまだあの事件は納得がいかないんだよ。」
あの事件…それはあの時、ガベルとリオ、そしてグランが追っていた事件のことだった。
異動した後、風の噂で聞いた話では結局犯人は逃亡、その後自殺したという失態を警察が見せたということで片付けられていたそうだ。
が、ガベルが今掘り起こしている記事を見る限りまだ事件は続いているような気がして彼はどうしても気になって調べていたのだった。
「分かってるかもしれないがガベル。今更俺たちが調べ直しても…。」
「分かってる。これでグランさんが報われるわけじゃないってのはな…。」
彼が一つ気掛かりだった事はあの時親同然だったグランが何も言わずに去っていった事だった。
既に数年前、聞きに行きたくても昔の街からは遠く離れ一日で行き来出来るような距離ではなかった。
そして彼に合わせる顔がない。
それが彼らのあと一歩を踏み出させない大きな要因だった。
「ほらほらほらほら!全部消した!」
「おい!勝手に消すな!」
考え込んで重い顔をしていたガベルをみかねてリオは勝手にパソコンの電源を落としていた。
「どうせ今日の仕事は終わったんだろ?だったら久しぶりに付き合えよ!」
そう言い飲みの誘いをジェスチャー付きでしていた。
彼の言う通り今日の業務自体は終わっていた。
元々仕事を溜め込むような人でもないので本当に調べ物がしたかっただけなのだった。
小さく溜め息を吐いて
「仕方がねぇな…今日だけだぞ。」
そう仕方なく承諾していた。
「流石はガベル刑事!話が分かる!」
リオはそんな事を言って嬉しそうにガベルの背中をポンと叩いていた。


――――


本当に…本当に平和で静かな町だった。
静かとは決して騒々しくないという意味ではなく、何も起きないという意味でだった。
二人で繁華街を歩けばもちろん賑わっているのがよく分かる。
まだ日も落ちきらぬ夕暮れのそこは一日の労を忘れたい人達で溢れかえっていた。
そして立ち寄ったのは駅前のカフェ。
残念ながらガベルは酒は苦手で飲めない。
そのため居酒屋に行けばガベルが嫌がるためいつもその店だった。
オープンな店の外観とは裏腹に、内装はとてもモダンで落ち着いた大人の雰囲気の漂う店だった。
そこのマスターのダッチは中々に情報網がすごく、色んな年代の人と会話を合わせる事が出来るのだ。
この店が老若男女問わずに足を踏み入れる理由がよく分かる。
「マスター!俺バーボン!」
「…。俺はエスプレッソを頼む。」
店に入るとほぼ同時にリオは満面の笑みでそう言い放った。
「たまにはコーヒーも頼んでもらえんもんかね?」
やれやれといった表情でダッチはテーブルしたから素早くバーボンを用意していた。
どうやらリオは来るたびにこの注文をしていたようで既に準備されているのが不思議な所だ。
カフェであるにも関わらず、昼と夜とでメニューの変わる不思議な店だった。
昼は若者向けだが夜になるとカクテルやウィスキーまで用意するオールマイティな店主にはある意味脱帽ものである。
「マスター。一つ聞きたかったんだが、なんでこういう不思議な店にしたんだ?」
ガベルの質問に対し、煎れ終ったコーヒーをコトンと置き、小さく笑いながら
「ただの私の趣味ですよ。深い意味はありません。」
そう言い、グラスを拭いていた。
横でどんどん飲み続けるリオとは対照的にまだ湯気の立ち昇る小さな器に口をつけ
「うん。美味い。」
そう一言だけ呟くと、ダッチは嬉しそうに微笑んでいた。


**バンケンノクサリ 6 [#adf79bf2]

流石にどんなに平和な町だったとしても小さな事件ぐらいは起きる。
「すみません。うちの子がご迷惑をお掛けしたようで…。」
「いえいえ。お子さんに何事もなくて本当に良かったですよ。」
とはいっても地域の繋がりが強いのか殺人や強盗は滅多にない。
今回もただ迷子になっていた少年を保護していただけだった。
本当は公安課にいないといけないのだが、別段悪さをするわけでもないので彼が興味を示した警察署内を同伴で見て回らせていただけだった。
日が暮れかかっている時に少年を見つけたため、ひとまず派出所なども存在しないので本署に居たのだった。
心配になって母親が電話をすぐに掛けてきたため、あまり大事にもならずに事が済んだ。
「申し訳ありませんガベル刑事。御忙しい所迷子の面倒を見てもらって…。」
何度もお辞儀をしながらだんだんと小さくなっていく二つの影を見送っているガベルに横から公安課の人がそう話しかけてきていた。
「別に構わないさ。彼もいい経験ができただろう。」
ガベルはそう彼に嬉しそうに話した。
決して嫌ではなかった。
以前自分が思い描いていた『何の変哲もない優しい警官』に一瞬だけでも慣れたような気がしたからだった。
遠い昔に描いていた小さな夢が果たされたような気がして、彼としては逆に感謝したいような気持ちだった。
確かに人のために平和を守り続ける今の自分も気に入っている。
自信とまではいかないとしても、彼は自分を含め警察で働き、平和のために勤めている皆を誇りに思っていた。
『久しぶりに…グランさんや…ランドさんに会いたいな…。できることなら今の自分を見て欲しい。』
心に少し余裕のできたグランはいつの間にかそんな事を心の中で思っていた。


――――


そんな日から数日後、運命の日がついに一本の電話とともに来てしまった。
普段静かな刑事課のオフィスに鳴り響く電話はこの町には似つかわしくない事件の知らせだった。
「ガベル刑事!殺人事件があったみたいです!」
電話を受けた一人のガーディーが慌てた様子でガベルや他の警察官たちにそう伝えていた。
ここでは似つかわしくない慌ただしさの中
「俺が現場に向かう。リッツは俺について来い。それと検査官の方にもすぐに伝えろ。」
ガベルは皆に的確に指示を出し、慌てる様子も見せずに署を出て行った。
「流石はガベル刑事だな…。こんな自体でも一切慌てないなんてな…。」
「法の番人と呼ばれるだけはあるってことさ。ほら!俺達も早くしないと怒られるぞ。」
そんなことをガベルが出て行った後の所内の人たちは口々に言っていた。
本人からすればいつも通りの事だった。
以前居た警察署ではひっきりなしに電話が鳴っていたのだからガベルにとっては急になった電話など驚きもしないようなものだった。
まだ日が昇って間もない朝焼けの道は夏だというのに少しばかり空気がヒンヤリとしていた。
本来ならば清々しい朝なのだろうが、事件が起きたとあっては清々しいものではない。
朝の新鮮な空気を味わうでもなく目一杯吸い込みながら現場へと急いでいた。
彼の後を追う現在のガベルの新人後輩のリッツは元々こういうのにも慣れていないのかガベルを見失わないようにするのが精一杯だった。
街道を走り抜け、路地へ飛び込むとそこには既に到着していたリオの姿と一般人を立ち入らせないようにするテープの仕切りが張り巡らされていた。
「リオ。どんな具合だ?」
テープをくぐり抜け現場を調べているリオに事件の状態などを聞いた。
「被害者は男女二名。恐らくカップルだろうな。男女ともに執拗な刺殺の跡がある。死亡推定時刻は今調べているが恐らく昨晩中だろう。」
手元の資料を見ながらリオはガベルにそう伝えた。
それを聞きながら被害者の亡骸に歩み寄り周囲を確認した。
女性の方は凄惨な目になったのか、死んでもなおその顔には恐怖に引きつった顔に乾いた涙と血の混じった跡がくっきりと残っていた。
「ん?…着いたみたいだな。ガベル、悪いが俺は先に戻るぞ。後で司法解剖の結果を伝えに行くから署に戻っとけよ。」
遠くから聞こえるサイレンの音に気付き、搬送されていく二人の遺体と共にリオは先に戻っていった。
ようやく追いついたリッツはガベルに声をかけるよりも先にその凄惨な事件現場を見て声を失っていた。
少しの間考え事をしていたのかガベルは彼の到着には気が付かなかった。
「ガベル刑事。これは…」
ようやく声が出せるようになったリッツはガベルに声をかけた。
そこでようやく我に返ったのか
「ん?おお。どうやら殺人事件のようだ。害者の大まかな身元を聞いている。お前はその情報から周囲の人間に聞き込みをしておいてくれ。」
リッツの存在に気付くやいなや、彼に指示を出した。
彼も言われた通りすぐに行動し、そこに残されたのは現場の痕跡を探す検死官とガベルだけになっていた。
事件現場を一人入念に調べていたガベルはそこに残っている飛び散った血染みや細やかな肉片から妙な胸騒ぎがあった。
この地で事件の捜査をするのは初めてではないが、殺人事件は初めてだった。
だがそれがどうしても初めてには思えないほどその事件現場は何故か既視感に満ちていた。
そんな嫌な気持ちを少しでも払拭しようとガベルは必死にその事件現場の痕跡を虱潰しに探していた。


――――


「ガベル刑事!やはり遺体の周辺や同時刻の目撃者を探しましたが何も見つからないようで…。」
しばらく経つとリッツが周辺からの聞き込みを終えたようで帰ってきてそう報告した。
『やはり痕跡なし…か…。そろそろ時間もちょうどいいだろう…。』
「そうか…。俺は一旦署に戻る。何か新しい情報が入ったら報告を頼む。聞き込みは引き続き頼む。」
そうリッツに言い残し、先に署へと戻っていった。
リッツもたった今情報が得られなかったばかりだというのに背筋をビシッと伸ばし、戻っていくガベルに敬礼していた。
今となっては彼も尊敬される存在であることは違わなかった。
しかし、彼の中では未だ尾を引くものがありそれがどうしても彼の足を引っ張っていた。
グラン刑事の突然の辞職のことではない。
ならば何が彼を止めているのか…その全ては刻々と彼に迫り寄っていた…。
署に戻り、様々な思いに頭を巡らせていると自然とため息が溢れでた。
机に顎を置き、ぼーっと考えていると
「どうしたガベル?お前がため息を吐くとはな。難事件か?」
バシィ!っといい音が響く張り手を背中にもらい、考えていたことなども全て吹き飛んだ。
「リオか…。ここ最近立て込んでるんだからもうちょっと優しくしてくれないか?」
少しばかり気を遣ってもらいたく思い、ガベルはわざとそう言ったがリオはあまり気にしていないようだった。
「なんならいつもみたいに悩まないで吐き出しちまいな!出来る限りのサポートはするぜ!」
持ってきたファイルを見せながらウィンクとグッジョブポーズ。
刑事課から離れたリオは今のガベルとは対照的に明るかった。
彼もそうすればよかったのだろう。
だが彼には自分の中でどうしてもそれができない理由があった。
「事件自体は今はまだ調査中だからなんとも言えん。ただな…今回の事件…俺が昔扱った事件に似ててな…。お前も覚えてるだろ?」
「あぁ…あの事件か…。別にお前は悪くねぇよ。」
あの事件…。
言わずもがな彼が異動し、グランが辞職し、リオが刑事課から検査官になった理由の事件の事だ。
必死に忘れて今を大切にしようと生きるリオ。
なんとしても過去の雪辱をグランに見せたいガベル。
互いに想いは違えど、その日を境に生活は一変していた。
「大丈夫だ。あの事件が特殊だっただけだ。大体お前も知ってるだろう?今じゃ都市伝説になってるほどなんだ。今回の件にだけ集中してればいいんだよ。」
ガベルたちが受け持った恐らく最初に当たるであろう事件。
その日から数年の間に各地を転々とする不気味な都市伝説として伝わっていた。
その理由はただ一つ。
事件の起きるたびにその都市伝説が更新されていくからだった。
「そうだな…。犯人捜索はまだ諦めたわけじゃないが…今は今の事件に集中しよう。」
そうは言ったが、ガベルとしてはなんとしても最初の事件、時効が切れるまでになんとか解決したかった。
しかし、そのために今をないがしろにするわけにはいかない。
自分の心に言い聞かせ、落ち着いた時に彼を待っていたかのように電話が鳴った。
四足歩行用の押しボタン式の電話を押し
「ガベルだ。何か情報をつかめたか?」
そう電話の向こうのリッツに聞いた。
「はい!どうやら被害者の二人はカップルだったようで、あまりいいポケモンだったとは言い難い小事を過去に何度かやっていたそうです。」
リッツの調べを聞き、また過去の記憶と酷似する部分が現れ、ガベルは顔を顰めた。
「そうか…分かった。一度署に戻って来い。本格的にホシを探すぞ。」
そう言い電話を切った。
「ガベル…。」
「大丈夫だ。このヤマはこのヤマだ。気を引き締めて捜査を進めたいだけだ。」
不安そうなリオにすぐに言い返した。
「それよりも、身元は分かったか?」
そう言いリオの資料を見せてもらった。
「ああ、どうやら被害者は男がガル、種族はバオッキー。女の方がメル、種族はヒヤッキーだ。元々ヤンチャが過ぎて何回か補導経験が過去にあるな。恨みを買う理由は存分にある。」
資料の写真を指差し、一つずつ説明していった。


**バンケンノクサリ 7 [#m5d9719f]

「そうですか…。捜査のご協力有り難う御座います。」
そう言いガベルは頭を下げてひとつの民家を離れていった。
今回の事件も犯人の素性が分からず、更に被害者への恨み辛みも数多あるためホシが絞れない状況だった。
あまり当てつけに動くこともできないため、聞き漏らした情報がないかもう一度聞き込みに来ていた。
「あの二人、近所付き合いが悪かったんですかね?」
ガベルの横にいたリッツがふと疑問を漏らした。
「さあな。だが、ここまで情報が入らないのはおかしい。本人がわざと素性を明かさないように生活していた可能性も高い。」
「そんなまさか。こんな静かな町で何からバレないようにする必要があるんですか。」
ガベルの言葉を否定するようにリッツは笑いながらそんな事を言った。
「それもそうだが、勤務中だぞ。あまり不謹慎なことでヘラヘラするな。」
そう言いリッツを静かに注意した。
「す、すみません!以後気をつけます!」
注意しただけだったが彼はすぐさま謝った。
そこまでする必要はないと言いたかったがこれからのことも考えてその言葉はそっと胸にしまった。
彼も何時かは先導する立場になる。
そう考えると自然とグランの事を思い出していた。
『あの時の彼も今の自分のような気持ちで自分の事を育てていてくれたのだろうか…。』と…。


――――


その日一日、リッツと共に周辺住民や被害者の知り合いを当たったが、有用な情報は得られなかった。
しかしそんな事は間々ある事。
ガベルは既にそういった経験を何度もしていたためなんともなかったが、リッツの方はかなり落ち込んでいた。
「気にするな。こういう事もよくある。また明日からも気を取り直して調査を続けるぞ。」
そう言い落ち込むリッツを慰めた。
「はい…。」
あまり元気ではない返事が返ってきたがこれも経験だ。
昔の自分に比べれば柔軟で人の話をよく聞くので指導もしやすかった。
つまり自分でも自分が酷かった事を十分に理解したということでもあるが…。
警察署に戻り、今まで集めた資料や現場の調査をしていた人たちからも情報をもらい、刑事課で必死に手がかりを探したがそれでも少したりとも有益な情報が見つからない。
あまりの犯人の巧妙な証拠の隠滅に署内の人たちにも疲れが見え始めていた。
「これって…自殺の可能性はないんですか?」
「いや、刺殺である以上自殺したならば刃物が付近に落ちていなければおかしい。」
そんな言葉が出るほどに何も証拠がなかった。
『そろそろ限界だろうな…。』
周りを見渡してだれきった人たちだらけになっているのに気付き
「よし、今日はここまでにしよう。明日もう一度証拠や痕跡を砂粒一つでも見つけ出そう。」
そう言い全員を解散させた。
ひとりひとり帰っていくのを見届け、ガベルが最後の一人になった。
「ま~た一人だけ残ってたのか。全員帰らせたんならまとめ役も早く帰れよな!」
帰らずにパソコンをいじっていたガベルにそう声をかけ、いつものように横に付いた。
「分かってる。もう終わる所だ。」
その場しのぎの言葉ではなく本当に終わる所だったようで特に待たせるでもなくすぐに帰れるようになった。
「そうか!それじゃ俺と一杯…」
「分かった分かった!その代わり仕事の話ができるぐらいにセーブしておけよ!」
嬉しそうに話しかけるリオに半ば無理やりガベルは飲みに付き合わされた。


――――


「でさぁ…俺がどれだけ言っても先輩の言ってる事には変なところがあるって噛み付いてくんのよ。」
長い付き合いだからガベルは知っていた。
基本的にガベルが無理矢理誘われた時はただ愚痴を聞いてもらいたいだけの時だ。
ほんの少しも事件の事に関するような話をする前に出来上がって、後はただ延々と酔い潰れるまで愚痴を聞かされ続けるだけだ。
ほんの僅かな希望に賭けて嫌々承諾したが、結果は案の定だった。
「フフフフフ…。お二方共、とても仲がいいようですね。」
なんだかんだ言いながらもしっかりと愚痴を聞き、相槌を打ってやっているガベルとひたすらに同じことを繰り返し話し続けるリオの様子を見ていたダッチがグラスを拭きながらそう話しかけた。
「おう!あったりまえだろ!何年も何年も一緒にヤマ追ってたんだぞ!!」
「少し落ち着け!マスターすまないが水を一杯もらえないか?」
微笑みながらダッチは水をグラスに注ぎ、リオの前に置いた。
ダッチが口を挟んだためにようやく愚痴が終わったと思ったら今度は武勇伝にすり替わっていた。
「悪いなマスター。コイツもコイツで色々あるんだろう。」
ガベルが謝ると
「いえいえ。他のお客様はいらっしゃりませんし、それにお二方は私のお店の常連ですからね。」
そう言い尚更嬉しそうな顔をしていた。
「だろ?だろぉ?」
「お前は少しは遠慮という言葉を覚えろ!この筋肉馬鹿!!」
駅前の静かな夜の中に、その日だけは明るい声が響いていた。
この時は誰も想像しなかっただろう…ガベル達にはもう一日も猶予が残されていなかったことなど…。


**バンケンノクサリ 8 [#kc6faa40]

その日は静かな刑事課のオフィスに慌ただしい雰囲気が漂っていた。
その場にいる者全てがこれまでにない真剣な表情のまま動き回る様はただでさえ事件と縁のないこの町では不釣り合いな状況だった。
しかし、この異常な状態は誰もが一番考えたくなかった事を言わずとも理解させた。

この街で連続殺人が起きた。

それは覆しようのない事実であり、今まさに彼らはいわれようのない不安に襲われていた。
「刑事!待ってください!ガベル刑事!!」
そんな声も届かないほどにガベルは必死だった。
事件現場へ急ぐあまりガベルはリッツが付いてこれていない事に気が付いていなかった。
「リオ!現場は…!?被害者は!!」
息を荒くし血相を変えて現場に突っ込んできたガベルにその場にいた検査官が驚いていた。
しかしそんな周りの反応には見向きもせず真っ直ぐにリオの元へと歩いていった。
「落ち着け!顔色が悪いぞ。」
「俺の事を気にしてる場合か!連続殺人が起こったんだぞ!!」
「だから冷静になれと言ってるんだ!そんな状況で俺から聞いてどうするつもりだ!簡単に周囲の人間の不安を煽るような言葉を口に出すな!!」
リオが何とか宥めようとしても一向に落ち着く気配がなく、仕方なくリオは何も教えずにその場を去った。
「俺は一旦署に戻って情報を整理してくる。それとあいつが落ち着くまでは絶対に事件に関する情報を教えるなよ。」
冷静な判断力を欠いた状態の彼に『今回の事』を説明すればただでは済まなくなるだろう。
そういう思いからだったがリオの判断は間違いではなかった。
今回の事件の被害者は…既に知っているだろう。
ザルバとタマナの二人だ。
被害者が『今回もカップル』というのはガベルにとって殆どトラウマのようなものだ。
それを知っていたリオはガベルが落ち着いた頃に戻ってこようと思っていた。


――――


暫くしてリオの思っていた通りガベルはようやく落ち着きを取り戻していた。
リオによって情報を与えられなかったのも大きいがリッツが遅れて合流したことも大きかった。
現在のガベルの後輩であるリッツはガベルにとっては昔の自分とグランのようなものだった。
彼にとってグランはとても大きく、頼ることのできる存在だった。
勿論彼もそんなグランの影響を大きく受けている。
子は親の鏡、彼もグランのようになりたいと思い、いつも行動していた。
「酷いじゃないですか…。一人で突っ走っていくなんて…。」
遅れて着た彼の言葉が少しずつ落ち着きを取り戻していたガベルに責任とプライドを思い出させた。
「リッツ…。悪かった。」
ようやく平常心を保つことができるようになったガベルは周りの検視官に現場の状況と被害者について聞いた。
「害者の身元は?」
「ザルバというザングースの男性とタマナというタブンネの女性ですね。二人とも同居していたようです。」
運ばれていく二人の死体を見つめながらガベルはその場にいた検視官に訪ねていた。
「それにしても酷いですね。男性の方は数十箇所も切りつけられ、女性の方に至っては喉を一掻き。即死ですよ。」
検死官が状況をまとめた紙をめくりながら彼にそう言うと
「違う。今までとやり口が違う。」
ガベルはそう言い、現場の方へと駆け寄っていった。
『もしも…もしもこの事件の犯人があの時の犯人と同じなら確実に女性を一撃で殺したりはしないはずだ。』
僅かな証拠でも残っていないかとガベルも躍起になって事件現場の何かしろの痕跡を探したが特におかしな点は見つからなかった。
『違う犯人によるものなのか?模倣犯、愉快犯…。いやそれならやり口を絶対に同じにするはずだ。ならばなぜ…。』
「ガベル!これをちょっと見て欲しい。」
考え込んでいるガベルに声をかけたのはリオ。
「お前…署に戻ったんじゃ?」
「お前を落ち着かせるためだ。全く…お前ももうただの無鉄砲な男じゃなくなったと思ってたのによ…。」
若干呆れた口調でそう言いながら手に持っている遺品を見せた。
「これに誰かからのメールが来ている。もしかすると重要な手掛かりになるかもしれん。」
「差出人は?」
ガベルはその袋を奪おうとしたがリオにすぐに引っ込められてしまった。
「落ち着け。バークという宛名だ。お前はそのバークという子を探してくれ。」
やはりとは思っていたが、ケータイを見せた時点で若干冷静さを失っていた。
これがもしもさっきの状態のガベルだったら間違いなく力ずくで奪い取られていただろう。
遺品に警察官が指紋を残すなどあってはならないことだ。
ならばどうやってメールが届いているのが分かったのか。
答えは簡単、メール操作の画面から一切画面が切り替わっていないからだ。
その為、触らずともメールが来ていることが確認できたのだった。
「ひとまず俺はこのケータイの情報と現場の調査結果から色々と調べてみる。よろしく頼んだぞ。」
そう言われ、ガベルはその場は頷きすぐに離れていったが内心穏やかではなかった。
『待っていろ…。積年の想い、必ず晴らしお前を捕まえてみせる!お前は俺に証拠を残し過ぎた!!』
そう思いながら強い足取りでその場をリッツとともに離れた。


――――


「そうですか…捜査のご協力ありがとうございます。」
そう言い、ガベルは電話を切った。
既に何件目かも忘れる程に虱潰しに電話を掛け続けていた。
慣れない丁寧でゆっくりとした口調は何処か自分ではないような気がして普通に話すよりも倍以上疲れていた。
元々は公安課にいたはずなのに何年も刑事課にいたせいなのか、こっちの方が普通になってしまっていた。
素行の荒い者や犯罪者と面等向かって話し合わないといけないため必然的に口調が荒くなってしまうのだ。
気迫で負ければ相手に言い負けてしまうからだ。
しかし普段はそういう喋り方でいいかもしれないが、電話の相手ともなると流石に失礼になる。
お陰で思い出しながら言葉遣いを間違わないように一つずつ丁寧に喋っていると舌を噛みそうになる。
それでも一切休まずに電話をかけ続けると
「やっぱりまだやってたんですか?流石に一度休憩しないと体に毒ですよガベルさん。」
気付くと横にはリッツがいた。
呆れた顔をしながらガベルの机に湯気の立ち昇るコーヒーを一杯、差し出した。
慣れない手つきでコーヒーを煎れてきたのか持ってきた盆には少しコーヒーの溢れた跡が残っていた。
「悪いな。別に俺に付き合う必要はないぞ。」
そう言いながらコーヒーを軽く一杯飲んだ。
「そういうわけにも行きませんよ。ガベル刑事がこれほどまでに頑張ってるんですから。」
その言葉を聞いて少し、ガベルの動きが止まった。
はっきり言ってこれはただ事件解決を急いでいるわけではない。
半分以上、焦りが含まれていた。
それはもう言わなくても分かっているだろう。
以前、解決できなかった事件、彼が、リオが、そしてグランが辞職していった事件と関わりがある。
彼がそう思っているからだった。
否、思っているわけではない。
確かな確信があったからこそ焦っていた。
過去数回に渡る連続殺人事件の犯行全てが酷似しており、そして今回の最初の事件も似通った点が多すぎたからだった。
遠い昔のような気がして…しかし確実に今でも鮮明に思い出す事が出来るあの日のグランの姿を思い出しては一人、復讐心にも似た想いを心の奥底で滾らせていた。
だが、そこでふと現状を見る。
今の自分は既にただ闇雲に突っ走れるような存在ではなかった。
既に自分を慕う存在があり、今の場所にとって自分は既になくてはならない存在になってしまっていた。
「リッツ…。お前にとって俺は…どんな存在だ?」
唐突なのは自分でも分かっていた。
しかし、それでも自分のためにもう一度確認したかった。
「自分にとってのガベル警部は親みたいな物ですね。厳しいですけど優しくもありますし、どんな時でもあなたに付いて行きたいと思っています。」
唐突だったにも関わらず、迷うことなくそう返した。
それはまるで自分がグランに付いて行っていた時の様だった。
そしてそこでガベルはようやく気付かされた。
今の自分がグランにならなければならないことを…。

**バンケンノクサリ 9 [#d64c4684]

「ガベルさん!起きてください!」
そう言われ目を開けてみるとそこは自分の家ではなく自分のデスクの前だった。
声をかけてきたのはリッツではなく、他の同僚の人だった。
昨日の晩、ようやくの事で被害者であったザルバという青年にメールを送った主に連絡を取ることができた。
ようやく連絡が取れた胸をリッツに伝えると、彼もようやく安心したのか安堵の表情を浮かべていた。
そこでガベル自身も気が緩んでしまったのか、リッツが帰るのを確認するとどっと今までの疲れが押し寄せてきてそのまま溶けるように夢の世界へと流れ込んでしまっていたようだった。
慣れない姿勢で寝たためか体の節々にまだ若干疲れが残っているような感じだったが、あまりただ事ではなさそうな彼女の声に急かされすぐに意識を覚醒させた。
「どうした。何かあったのか?」
半分は事件が良い方向へ進んでいるという自分の願望も含まれていたが、ようやく手がかりが掴めたことから来る期待が大きかった。
しかし…
「惨殺死体が…新たに見つかりました…。」
自体は悪い方向へと転がっていた。
「害者は!?男なのか!女なのか!!」
「それすらも判別できないほどに…。」
それを聞いた途端にガベルは自分の中の血液が一気に下に引いていくのが嫌なほどよく分かった。
すぐさまリッツと共に現場へと向かったが、そこには想像を遥かに凌駕した光景が広がっていた…。
「リオ…コレは…?」
目の前に転がっている赤黒い塊を必死に調べているリオに後ろから声をかけた。
「今回の被害者だ。」
凄惨…そんな言葉では言い表せないような遺体がそこに残されていた。

肉塊。

それ以上もそれ以下もこの遺体に似合う言葉は存在しなかった。
それが何かしろのポケモンの形をしていたのかどうかすら怪しい程にグズグズになった肉塊を見て、リオは振り返りもせずにそう言った。
「酷いものですね…ここまでする必要あるのでしょうか?」
検死官は口元を抑えながらガベルに話しかけていた。
現場を幾度と見てきた彼らでさえもその凄惨さに顔を歪めていた。
新人の検死官に至っては戻してしまった者もいるほどだった。
「害者の身元は…?」
「もうしばらく識別に時間がかかるでしょう。ほとんど肉塊でしかないですから…。」
その時、ガベルはあえてリオには声をかけなかった。
彼も同じく、過去を思い出してしまっただろう。
そしてガベルも心底後悔していた。
昨日、連絡が取れた時点でバークを保護するべきだったと。
口には出さなかったが、ガベルはそこにある肉塊がバークではないかと踏んでいた。
犯人は相当に頭が切れる。
もしもバレたのであれば確実に消されるであろう。
そしてもし、犯人が『自分の知っている犯人』ならばこの執拗な殺し方にも合点が合う。
ただし一つだけ引っかかることがあった。
犯人が同一人物ならば死体がもう一つなければおかしいのだ。
しかし、今ここで悩んでいても仕方がない。
「ガベル。一旦署に戻れ。お前に会いたいと言っている奴が来た。」
リオに声を掛けられたが悩んでいたためか話半分でしか聞いていなかった。
『ひとまず署に戻り、今回の事件を含め三回の犯行の関連性をもう一度見直すことにしよう。』
そう思い聞き込みに行かせているリッツのこともそのままに、一人その場を後にした。


――――


署に戻りながら物思いに耽り、ああでもないこうでもないと考えているうちにだんだんとガベル自身にもストレスが溜まりだしていた。
元々今回の事件の原因が自分であるため焦っていたこともあったためか、後もう少しの所でドジョッチのように逃げ続ける犯人に対してかイライラはそのまま表情にさえも表れていた。
煮えきった頭でさらに物を考えつつ歩けば、いつの間にか署まで到着していた。
そしてそこに不審な動きをするマグマラシがいれば嫌でも神経の尖った状態のガベルではそれが普通の人とは判断できなかった。
「そこのマグマラシ。何をしているんだ?」
半分苛立ちをぶつけるようなドスのかかった低い声で話しかけてしまった。
逃げ出そうものなら炎でも浴びせてすぐにでも御用にする気でいたが、そのマグマラシはビクッ!とし、
「えっと…昨日電話をしたバークっていう者です。ガベルっていう人を待ってて暇だったのでつい…。」
そう言いながらおどおどとこちらへ向き直した。
それを聞いてガベルは二度驚かされた。
まずは彼が殺されたと思っていたバーク本人であった事。
そしてもう一つが彼が背は低いもののマグマラシではなくバクフーンだった事。
「君がバーク君…?これは失礼。よく見ると立派なバクフーンだったね。私が昨日電話したガベルというものだ。」
そう言い、前足で器用に帽子の位置を直しながら挨拶をしてきた。
ひとまず自分の肩にのしかかっていた荷が少しだけ軽くなり自然と挨拶とともに笑みがこぼれた。
「すまないな。また事件があったので少し留守にしていた。早速話を聞かせてもらってもいいかね?」
そしてもう一つ不可思議な事があった。
今ここにいる少…いや、青年がバークだというのならあの遺体の人物は一体誰なのか…。
それを知る手掛かりがあるかもしれないといつの間にかガベルの気は早っていた。
「すみません。今友達も呼んでるんで、みんなが来てからでも大丈夫ですか?」
それは願ったり叶ったりだ。
彼の友人がいれば更に情報が分かるかもしれない。
はっきり言ってここまで一般人に頼るのも悪いことなのだが、今は背に腹は代えられぬ状況。
なんとしてでも事件解決の糸口を早急に見つけ出さなければならなかった。


――――


彼が呼んだと言っていた友人は思っていたよりも早く全員が集合したようだった。
「あれ?ニオとローナは?」
「俺も一応メールしたが返信がない。まだ寝てるかもな。」
いや、正確には全員ではないようだが彼らが納得しているのだから私が口出しをするようなことではない。
まだ夏の日がようやく空を明るく照らし出した頃だ、寝ているのが極自然だろう。
真っ直ぐに会議室の方に全員を連れて行ったがやはり彼らにとって警察署というものは見慣れないものなのだろう。
こんな一大事が起こっていてもやはり好奇心には勝てない。
ウロウロされては困るので少し足早に向かうことにした。
あまり広いとは言えない部屋に長い4,5人掛けのソファがこれまた長い机を挟んで向き合うように置いてある。
ひとまず彼らを片方のソファに全員座らせ、ガベルはその反対のソファに座ることにした。
「早速ですまないが、君のケータイを見せてもらってもいいかな?」
にこやかに接したがガベルの心中はあまり穏やかなものではない。
言われるままにバークはケータイを開き、その問題のメールの場所を開いてガベルに見えるように机に置いた。

『バーク!今すぐ警察に通報して逃げろ!!
彼女が!チコがら

       ----END----        』

誰が見てもそれがただ事ではないのがひと目で分かる内容だった。
「そして…君は何故彼にメールを送ったのかね?」
残念な話、親友だと言った彼も操作の視野に入れて物事を進めていった。
しかし、それがバレてはいけないため出来る限り優しく振舞った。
「ザルバから…こんなメールが来るなんて思ってなかったので…どうしても不安で…。」
彼の目には既にうっすらと涙が溜まっていた。
これ以上彼を問い詰めるのは野暮だ。
それに…恐らく彼は犯人ではない。
「それで……。君はザルバ君が死んでいて欲しくない。その願いからメールを送った…と。」
黙ったまま彼は頷き、そして恐らく犯人であろう人物に声をかけた。
「そしてこのチコという子は君なんだね?」
彼の横に座る、その小柄な震える瞳を見つめた。
恐怖や緊張を感じ取ることのできる瞳はまさに自分に怯えていた。
しかし、焦りは見えなかった。
だが、決して容姿で相手を断定するのはよくない。
「悪いけど、少しだけ手を見せてもらってもいいかな?」
必死にバークの手を握っている彼女の手をガベルは差し出させた。
本来ならばルミノール反応((ルミノールと呼ばれる液を使用した血液の発光反応の事。科学捜査に用いられる。))による調査が最も好ましいが、彼らの手前彼女が犯人だと断定した調べはあまり好ましくない。
そこでガベルは自分の嗅覚に頼った。
彼らの嗅覚は鋭く、満タンに溜まったダムの水に一滴の砂糖水を垂らしただけの混合液だったとしても神経を全て集中させればわけもなくそれが混合液か否か判断できるのだ。
全神経を鼻先に集中させ僅かな死臭や血の臭いも逃さぬように深く鼻から息を吸い込んだ。
石鹸の匂い、緊張による脂肪酸の匂い、僅かな香水の匂い、そして獣独特の匂いなど様々な匂いを感じ取った。
が…
「捜査のご協力ありがとう。お嬢さん。」
最も恐れていた死臭や腐臭、血の匂いは一切感じられなかった。
こういった匂いはなかなか落ちるようなものではない。
血液中に含まれる栄養分は凄まじい勢いで菌類を繁殖させる。
そして皮膚上には皮膚常在菌と呼ばれる日和見菌が億を超える数繁殖している。
増えすぎれば体を洗った程度ではその匂いや菌は落ちなくなる。
故に心の底から安心した。
そして彼らの為にも一日でも早く事件を解決してあげたくなった。
久しく忘れていた『不安な顔をした人を笑顔にしてあげたい。』そんな初心の心を思い出した。
自分が公安課の…ランドの元を離れ、今の荒々しい毎日に身を置いた理由を…。

**バンケンノクサリ 最終話 [#we6f08b7]

初めに

今回の話はこれで終わりです。
これはあくまでみなさんの中に数多ある結末の中の一つとは限りません。
あくまで自分が描きたかった最後です。
&color(red){自分の答えを壊したくない方は読まない事をお勧めします。};

では、最終話です。


----

その後、ガベルは彼らに二、三質問した。
「君たちの周辺で不審な人物を見たりしなかったかい?」
「ザルバ君はどんな性格の子だったのかな?」
「君たちの周りで最近、何か変化とかはあったかい?」
など…そんなあまり当たり障りのない、しかし確実に事件解決の手がかりになる情報を教えてもらった。
そして、傷心の彼らの傷をこれ以上抉るのはあまりよろしくない。
それに下手に事件に興味を持たれて一般人を巻き込んでしまう可能性も少なくはなかった。
その為彼らにケータイのことやザルバ君のことを聞かれたが全て伏せた。
第一、ガベルは彼らに関する正確な情報は持ち合わせていなかった。
捜査に協力してくれた彼らに感謝しながら署から皆を返した。
ここからはガベルたちの仕事だ。
「ガベル刑事!リオさんからお電話です!鑑識の結果が出たそうです!」
その知らせを聞き、ガベルは急いで署内へと戻っていった。


――――


「なんだと!?それは本当なのか!!」
ガベルの驚愕に満ちた大声が響き渡り張り詰めた署内の空気はピリピリとしたものになっていた。
「間違いない。判断に時間がかかったが、この遺体は間違いなくニオという青年だ。それがどうかしたのか?」
間違いであって欲しかった。
いや、本当は警察がそんな事を望んではならないのだろう。
覚えている。
ニオとは彼らが、バークたちがここへの到着を待っていた最後の二人だ。
来ないはずだ。
となればもう一人来ていない人物がいた。
「リオ!遺体の中に今日か昨日の見識でローナという女性の遺体はないか!?」
慌てた様子は電話越しでも伝わったのかすぐに調べてくれたが
「いや、ここにそういった遺体はない。」
それだけ答えてくれた。
それを聞くとガベルは礼を言い、静かに電話を切った。
おかしい。
もしも犯人が変わりないのならここに来て何故か一気にその完全性に綻びが現れだしていた。
この連続殺人事件の犯人が捕まえられなかった最大の理由はその完全犯罪と呼んでも差し支えのないような過密性にあった。
何処にも綻びがないため、尻尾すら見えなかったのだ。
それがどうだ、今回の事件。
犯人が同一人物のように見える犯行にも関わらず、その犯行は大胆で大雑把。
そのため至る所に犯人を見つけ出す手がかりが残っていた。
『模倣犯…?警察を舐めやがって!』
ガベルもそう思いだしていた。
模倣犯は警察にとって一番厄介な相手だ。
そう言った元々の犯人の真似をして殺害、又は強盗などを行う彼らはただの享楽程度にしか思っていないからだ。
一部行き過ぎた考えの持ち主から英雄視などされてつけあがる者もいるが、それはひとえに同一の犯行を行う犯人が増えたというだけだ。
そもそもの加害者にも問題があるが彼らの行動も許される行為ではない。
ガベルの中では次第に苛立ちが溜まっていた。
こう何度も欺かれたのでは警察としてのプライドが許さなかった。
だが、彼が考えるよりも早く事件は最悪の結末へと向かっていた。


――――


「傷心のところ痛み入りますが、ローナさんに最近おかしな様子を見せる所はございませんでしたか?」
この状況で更に自殺まで起きていた。
近くにいた刑事はリッツしかいなかったためすぐに現場に当たったが、彼は内心怒っていた。
ガベルが勝手に自分を置いて署へ戻っていたのだ。
更にガベルは今動けないと来た。
彼に対する怒りは確かに溜まっていたが、それはそれ、これはこれだ。
「特に…変化はありませんでした…。」
その項垂れた女性は彼女の親しい知人だったそうだ。
今朝、彼女の家に行ったが返事がなく、不思議には思ったそうだがそのまま彼女はバイトがあったため家を離れたそうだ。
帰ってきてもポストに入ったチラシなどがそのままだったためにおかしいと感じ、大家さんに連絡した所、家の中で首を吊っていたそうだ。
彼女の様子は泣き喚くでもなく、ただ魂が抜けたように遠くを見つめていた。
「申し訳ありません。ご協力ありがとうございました。」
リッツはペコリとお辞儀をし、その場を離れていったが彼女は以前立ち尽くしたままだった。
何か声をかけてあげたいものだが、かえって逆効果になることの方が多い。
彼女は時が解決してくれるのを待つしかないがこちらは自力で解決するしかない。


――――


リッツは早速、ガベルに自殺した女性のことを話した。
「そうか…残念だ…。」
その言葉は口先だけのものではなく心からの後悔のようなものに思えた。
「遺体の身元の照合も終わった。遺体はニオ。その自殺したローナという女性と恋仲だった存在だ。」
そうガベルが口にした瞬間リッツは心底驚いていた。
繋がったのだ、今までの遺体全てがある条件で…。
被害にあった遺体は全てカップル。
そして必ずと言っていほどその遺体は惨殺されている。
もう間違いや思い込みなどではなかった。
「リッツ。お前は署に戻っていろ。」
「どうしてですか!自分もガベルさんと一緒に…!」
リッツの憤慨は当然のものだ。

昨日の晩…
「リッツ…。お前にとって俺は…どんな存在だ?」
そうガベルがリッツに聞いたときリッツは何の迷いもなく
「自分にとってのガベル警部は親みたいな物ですね。厳しいですけど優しくもありますし、どんな時でもあなたに付いて行きたいと思っています。」
そう答えた。
この会話には続きがあった。
「だったらどこまでもついて来い。俺がお前を立派な刑事にしてやる。」
その言葉を聞き、リッツは心底喜んだ。
認めてもらえたような気がして…。
だが、ガベルにとってこの言葉は自分に言い聞かせたようなものだった。
ガベルは何とかしてその過去の鎖を断ち切り、自分もグランのようにとはいかなくてもガベルらしい頼れる存在になりたかった。

「お前にはこれからがある。これは…俺の鎖だ。」
言っている事の意味はリッツには分からなかった。
「意味が分からないですよ!なんでですか!」
ガベルの口から説明して欲しかった。
だが、その切実な願いは響く爆音と共にかき消された。


――――


そこにあったのは焼け焦げた遺体が二つ。
一方は半身がなくなっており、もう一方は半身が焼けただれていた。
かなり離れていたのにも関わらず爆音が聞こえたのだ。
それこそその場でそれを受ければそうなるだろう。
そしてその遺体を見るなりガベルは署まで全力で駆け出した。
またもリッツを置いて…。
だが今回は忘れていたのではない。
彼を待っている暇もないほどだったからだ。
現場についたのは既に日が沈みかけていた頃。
そこから署まで時間が掛かり過ぎた。
ガベルは既に犯人が誰か分かっていた。
だからこそそれを知らされるのを避けるためにわざとこれほどまでに派手に殺したのだ。
先に気付いて知らされないようにするために…。
署に駆け込み誰かが声をかけるよりも早くガベルは電話を入れていた。
あまりの事態に誰かが声をかけるのもためらわれる程だった。
一度、二度、電話をかけるが繋がらない。
そして三度目…ようやく彼に電話が繋がった。
「バーク君!今すぐにチコから離れるんだ!!」
「ど、どうしたんですか!?なんでチコから離れろなんて…。」
寝ぼけた声からまだ彼が大事に至っていないことが分かったが
「彼女が連続殺人事件の犯人だ!!君の友人のニオ君やローク君も殺された!絶対に近づくんじゃないぞ!!」
それでも今すぐにでも彼を保護しなければ殺されてしまう。
だがゴトリという音と共に声が聞こえなくなった。
「バーク君!?バーク君!!バーク!!」
遅かった。
次の瞬間に電話が切れた。
恐らく彼女が到着してしまったのだろう。
ガベルは急いで彼の住所を調べた。
もしも間に合えば助けられるかもしれない。
もし間に合わなかったとしても犯人だけでも捕まえる。
ガベルはこの時、初めて人を心から憎んだ。
彼女の罪も、彼女自身も…。


――――


ガベルが息を荒げながら飛び込んだ時には全てが終わっていた。
血の海に浮かぶ二人…。
そしてその遺体は最後であることを告げるように眼窩がすっぽりと抜き取られていた。
血に混じる彼女の匂いを…ガベルは捉えていた。
怒りと悲しみに今にもガベルは爆発してしまいそうだった。
だがそれは絶対に許されない事。
警察として…自分の今の存在として…。
必死に堪えたがそれも既に遅かった。


――――


「ガベル君。今すぐ辞表を出してもらえないかね?」
署に戻り数日、ガベルはチコを捕まえるために自身の全てをそれに注ぎ込んでいたある日だった。
「今なんと?」
「君の過去を調べさせてもらったよ。問題児だったそうだね。優秀だったから惑わされていた。」
その男、刑事本部長はゴミでも見るような目でガベルを見ていた。
「そんな事を行っている場合ですか!!この街で連続殺人事件が起きたんですよ!!そしてもうすぐそれも解決できる…」
「だからだ。優秀な刑事が一人、本庁から来る。君のような疫病神はいらないんだよ。」
言っている事の意味が分からなかった。
いや分かるはずがない。
彼にとって事件なんかどうでもいいのだ。
俺をどうにかして辞めさせたいだけだ。
「そこまであんたは腐りきっても死んだ人達のことはどうにかさせてもらう!」
「これ以上私の管轄下で勝手をするのであれば今すぐに他へ行ってもらう。」
腐りきっていた。
犯人や被害者なんかどうでもいい。
そこにいるのはただ己の保身でいっぱいだった。
人々を守らなければならない存在がこうも容易く自分のために全てを切り捨てるのかと思うと反吐が出た。
「分かりました。辞めます。」
先程まで込み上がっていた怒りも何処かへ滑り落ちていた。
自分が今まで信じていたものはこの程度だったのかと…。
今、犯人に関して最も詳しいのはガベルだ。
その彼がいなくなり、『優秀』な刑事が入った所でもう全てが遅いだろう。
そう考えるとあの時のグランのことを自然と思いだしていた。
今なら想像がつく。
何故グランが唐突に刑事を辞めたのかを…。
一日上の空のまま、自分のデスクにある私物を纏めていた。
「ガベル…。聞いたぞ。お前本当にそのまま辞めるつもりか?」
「今の俺にはもう、どうでもいいことだ。お前は俺みたいになるなよ。」
無言だった。
それから少しの間、沈黙だけが場を支配し静かにリオはその場を離れていった。
「どうでもいいことなはずがない。お前は本当に何をしたいのか。それだけ考え直して欲しい。」
部屋を出る瞬間、それだけポツリと言い放ち、部屋を後にした。
『だがそういう時は決して心に嘘を吐くな。自分の心に従って動け。君の考えは正しい。私が保証する。』
リオの言葉を聞いて久しぶりにそんな言葉を思い出した。
「俺が本当にしたいこと…。分かってるくせによ…。」
「ガベルさん…!本当に…辞めるんですか?」
彼にガベルの自問自答が聞こえたかは定かではないが、とても悲しそうな表情のリッツがそこに立っていた。
「俺の事は気にするな。ただ自分に嫌気がさしただけだ。お前は俺みたいになるなよ。」
それ以上は何も言わなかった。
彼がグランの背中を追って成長したのなら、リッツはガベルの背中を追って欲しくはなかった。
「ついて行きます。」
「いらん世話だ。言っただろ?これは俺の問題だ。お前はお前らしく、みんなを助けてやれ。」
彼には自分のようになって欲しくなかった。
だが、決して腐っても欲しくなかった。
だからこそ、彼に決めてもらいたかった。
その言葉を最後に…ガベルは警察署を去っていった。


――――


「ようやく見つけたぞ…チコ。」
何処かの街の路地裏で彼はそう背丈の低いチラーミィに声をかけた。
「誰かしら?私はあなたを知らないけれど?」
「何故、君はバークを殺した?それだけは教えて欲しい。あの時君は本当に彼が好きだったはずだ。そして彼も…。」
とぼけたふりをしていた彼女がその言葉に反応し耳を動かしていた。
「そんな事を言うために私を追ってきたの?バカみたいね。」
そう言いながら彼女は…チコは振り返った。
目からは大粒の涙が溢れていた。
「馬鹿だ。そうでなければ犯人だと分かっていてわざわざ話しかけない。」
決してその涙は嘘ではない。それだけはよく分かった。
「どうしてなんでしょうね…。何時からなんでしょうね…。愛していたはずの人が…離れていくのが怖くて…。」
彼女はそのままひとしきり泣いた。
その間、ガベルは決して言葉をかけなかった。
「私がしたことは間違っている。そんなことは自分が一番分かっています。終わらせてください。」
「残念ながら俺には君を捕まえる権利がない。」
そう言うとチコはいかにも不思議そうな顔をしていた。
「ガベル…刑事さんでしたよね?」
「元…刑事だ。今はただのしがない探偵だ。別に誰から頼まれたわけでもない。だから俺自身に君を拘束する権利はない。」
そう、今のガベルは刑事を辞め、自称探偵としてチコを追っていた。
ガベルも分かっていた。もう自分が何をしてるのか分からないと。
「じゃあ何故ここに?」
だが、一つだけ分かっていることがあった。
「俺は自分の鎖を断ち切った。お前も縛られてるんじゃないのか?自分の過去に。」
『自分の心に正直になれ。』
そう自分に聞き直した。
その結果、出た答えは…
「もう一度、過去の過ちを忘れずに、今からやり直せないのか?」
彼女を救いたい。
それがガベルの答えだった。
最後の犯行は、まるで自分の存在をばらすために行っているようにしか思えなかった。
詳しく調べた結果、彼女の犯行は回を隔てるごとにどんどん雑把になっていっていた。
そこで署を離れ少しだけ冷静になれたガベルは思った。
「お前は、もうこの無駄な行為に疲れていたんじゃないのか?」
自分が考えて出てきた答えをそのまま彼女に言った。
「どうなんでしょうね…自分でももう分からないです。」
「なら自分の心に素直になれ。」
いつか自分がランドに言われたように…。
「大好きでした…。みんな…なのに…。」
「だったら大丈夫だ。自分を信じろ。」
いつか自分がグランに言われたように…。
ようやく止まった涙がまたとめどなく溢れ出し、肩を震わせてチコは泣いていた。
ガベルは自分の言葉で自分の意志で答えを出した。
「俺は…お前みたいに何かに捕らわれている人を救いたいんだ。」
それが間違っていないと信じて…。

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