この作品には&color(Red){官能表現};があります、ご注意を **「ハリネズミノジレンマ」 [#cae95e22] 今は既に皆寝静まる頃、たまに聞こえてくる音もホーホーの鳴き声とヤミカラスの羽音だけ。 さらにここは森の最奥なので余計に音はない、微かに風を感じるだけ。 今夜はなぜか寝付けなかったので、外でも散歩して眠くなったら帰ろうと外に出たところだった。 空を見上げるとひとりぼっちの月を見つけた、星は雲に隠れて一つも見えない。 「僕と、一緒だね」 月に向かって言ったが、言葉を返してくれるわけもなく、また沈黙が訪れた。風が吹いて雲が微かに動いた、そこからたくさんの星たちがのぞく。 「そっか…君は友達がいっぱいいたんだ」 僕はまたぶらぶら歩きだす、僕の住処、この近くには僕以外だれも住んでいない、僕はひとりぼっちのサンドパン。 一人の暮らしには慣れていた、もうそれが当たり前、何年間ぐらい「独り言」を繰り返したんだろう。 本当なら人恋しくなって歩きまわるのが普通なんだろう、でも僕にはそんなことをする資格はない。 近くに生えていたオレンの実を爪でもぎ取り、口に含む。程よい甘みと酸味が口の中にじわじわと広がっていく。 こんな夜中に食事をするのはあまり良くないみたいだけど、ちょっとぐらいいいよね? そんなに遠くまでいってもしょうがないし、帰るのがおっくうなので今まで歩いてきた道を引き返し、住処に戻ることにした 歩いて、僕の住処である小さな洞窟までまであと少しというところで何かが落ちてる事に気づく、何だろうか? なんかぎざぎざして茶色い、僕はよくニンゲンの捨てていく物を住処に持ち帰っているので、落ちている物のたいていは拾って詳しく見てみる。 手に持って、と…やや、重いな?やっとのことで持ち上げてみると何だか暖かい手触り。重いのでどうしても抱きかかえるような形になってしまう。 何だろう…重いけどポケモンの毛を使ってるみたい、暗くてよくわからなかったが見ると目と鼻と口がある。 そんなものがあるってことは、これってポケモンだよね? …生き倒れってやつ? まさか死んでない…よね?耳を澄ますと微かに呼吸の音が聞こえる。生きてはいるが衰弱しているみたいだ。 どうしよう…って連れて帰るしかないか。抱きかかえたまま、再び家路をたどる。 数時間ののち、夜が明け朝が訪れた。 群青色の空を切り裂いて金の光が大地を照らす、やけに高音で元気のよいぺラップのさえずりで目を覚ました。 スー…スー… …隣りから寝息が聞こえて少しびっくりした、そういや昨日の生き倒れだっけ。 そういや、この人はなんてポケモンだ?目の周りは黒くて他の部分は茶色と白のしましま、体毛はやけにギザギザしている。 今はニンゲンが捨てて行った緑色の四角いの((マットレス))に寝かせてある、この緑色で四角いのは柔らかくて寝心地がいいから僕のお気に入りだ。 起こしても悪いしな…、木の実でも採ってこようか。ニンゲンの捨てて行った道具をまとめて置いてあるところから、黄色い入れ物((バケツ、プラスチック製))を持って来て外へ出る。 洞窟の中は暗かったので、日の光と木々の緑がやけに眩しい。採っていくのは昨日のオレンの実でいいか。 また昨晩の散歩道を黄色い物を抱えてえっちらおっちら歩く、便利なんだけど少し大きいから、今度また探して来よう。 昨日の場所にいくと、昨日僕がもぎ取った部分だけが何もなく他は皆青々と立派に育っていた。あまり気にしなかったけどよく熟して食べごろだったんだな。 爪で4個程もぎ取って入れ物に入れた、作られた黄色と自然の青にどこか不自然さを感じる。 オレンを入れて重くなった入れ物を持ち上げて、住処に帰る。今度はポケモンが落ちていることはなかった。 洞窟に戻ると、生き倒れは目を覚まして洞窟の中をキョロキョロ見回していた。 「昨日は僕の住処の前で倒れてたけど、大丈夫?」 僕が声をかけると、初対面の相手をしげしげと眺めてから応じてくれた。 「あなたがわたしを助けてくださったのですか?」 質問に質問で返される、僕の言葉には助けたという意味も込めたつもりなんだけどな…とりあえず頷いて木の実の入った入れ物を下におろす。 「そうですか、実は道に迷ってしまい疲労で倒れてしまったのです…助けていただき有難うございます」 はあ…口調からして女の子なんだろうけど、堅苦しい子だな… 「えっと…あの…変なこととか…してないですよね?」 「ふぇっ!?」 “変なこと“!?入れ物から出したオレンの実を地面に落としてしまった、いくらか潰れてしまっているがまだ食べれそう。 いくら僕でも初対面にそんなことは…彼女はこちらの反応をみて、顔を赤らめながら訂正した。 「あ、いや別にそういう意味じゃないんです!わたしもその…女の子ですから…」 そういう意味ってどういう意味?なんか僕も顔が熱い… 「ああ…そう、あの…おなか空いてない?」 潰れたやつじゃないオレンの実を持って勧めてみると、また礼儀正しく答えてくれた。 「いえ、助けていただいた上に御飯まで頂くわけには…」 グウウゥ…… 腹の虫が鳴いた、僕じゃなくて彼女の。 「あっ!いや!、その…」 今度はさっきよりも顔を真っ赤にして、うつ向いてしまった。可愛い。 「遠慮しなくてもいいよ」 「すみません…ではお言葉に甘えて…」 よほど空腹だったのだろう、彼女は僕が潰れたやつ1個を食べている間に2個をあっという間に食べてしまった。 そして残った1個を見つめている、食べたいのだろう。まあさっきの行動を見る限りそれは失礼だと思っているのかな。 「食べたいなら食べていいよ」 「でもそれでは助けていただいたあなたに失礼です」 むう、やはり堅苦しいと言うんだか、礼儀正しいと言うんだか、この場合はどちらだ?僕はそこまでおなか減ってないんだけど。 「じゃあ半分にしよう、それなら君も食べれるし僕も食べれるから」 手の作り上、爪が大きすぎて邪魔だったが、頑張って半分に… 「じゃあ小さいほうを頂きます」 あ、半分どころか7割と3割ぐらいの大きさになっている。彼女が小さい3割の方に手を伸ばす。 素早く手を伸ばして彼女に取られる前に小さいほうを口の中に放り込んだ。 「あっ」と叫んでいる間に噛み砕いた実を飲み込んで、彼女にこう言った。 「さあ、大きい方をどうぞ」 少し当惑していたが「有難うございます」と言って彼女も口にオレンを放り込んだ。 「ところで君は何て名前なの?あと種族」 「まだ名乗っていませんでしたね、失礼しました」 彼女の性格は親の教育が行き届いてるおかげかな?礼儀正しすぎる。 「わたしはジグザグマという種族のジルマです」 ジルマちゃんねぇ… 「私はサンドパンのニードと申します、ジルマ御嬢様」 ジルマみたいな口調で片膝を地面に付いて挨拶してみたら、笑われてしまった。 「ニードさん、ですね」 笑われたのがちょっと悔しかったが、何だか僕も笑ってしまった。 「あれ?でもジグザグマってここらへんには生息してないはずだけど…」 最近になって環境が変わったのかもしれない、なにせ僕は数年間ここに籠りっきりだったから森の事はわからない。 だけどジルマは僕の言葉を聞くと物悲しそうに視線を逸らし、こう言った。 「わたしは…トレーナーに育てられてきたんですけど、…捨てられてしまいました…」 「…ごめん」 「いえ、ニードさんは悪くないですよ、謝らないでください」 それでも意図しなかったとはいえ、ジルマに辛いことを思い出させてしまった。 「なんで捨てられちゃったんでしょうかね…別に言うことを聞かなかったり困らせるようなことはしなかったつもりなんですけど…」 群青色の瞳に透き通る滴が浮かぶ、言葉も涙とともに滲む。気まずさと罪悪感だけが残った。 …沈黙 なんて言葉をかければいいのか分からない。自分の都合で捕まえたり捨てたり、ニンゲンってのは勝手な奴だ。 「あ…すいませんね、なんか気まずくしちゃって…もう気にしないって決めてたんですけど」 ジルマは前脚で目の涙を拭い、健気に元気な声で言った。 「そういえばニードさんはどうして一人で住んでいるのですか?たどり着くまでにだれ見かけなかったんでしたが…」 「僕は森の皆と一緒に暮らす資格なんてないよ」 皆僕のせいで傷ついた、僕は皆と一緒にいる資格なんてない。 「それはどういう…」 「僕が馬鹿だった、長の言いつけを守らなかったから友達もひどい傷を負ったし、母さんも死んじゃった」 今はもう涙はこぼれない、悲しいという感情も湧いてこない、だけど喪失感だけは今も残っている。 「父さんは僕が生まれたばかりのころに死んじゃったんだ、母さんは女手一人で必死に僕の事を育ててくれた、それなのに僕は母さんの恩に背くようなことをして殺してしまった」 僕を見るジルマの顔が物悲しい、僕もさっきはあんな顔をしていたのかもしれない。 …再び沈黙 今までにも何度も過去を思い出した事はあったが、涙は出てこなかった。だけどジルマの物悲しい顔を見ているとなぜか泣きたくなった。 「あ…ごめんね、暗い話なんて聞きたくなかったよね…」耐えきれなくなって、さっきのジルマと同じような言葉をはさんで誤魔化した。 その言葉を聞いてジルマは少し微笑んだ。 「なんか、私たちってちょっと似てますね」 似てる…のか?よく分かんない。 「でも一人で暮らすのは寂しくないんですか?」 「どっちだろ、寂しいって言えば寂しいし、寂しくないって言えば寂しくないし」 どっちともいえない答え、本当にその通りに思っているから他に言いようがない。 「じゃあ…楽しいですか?」 ジルマは少し困ったような表情を見せてから、追って質問してきた 「楽しいようなつまらないような…」また優柔不断な答え。 「そういうのはあんまり考えたことないですか?」 「うん、一人だとあれこれきちんと決める必要ないし、でも今君と話してるのは楽しいかな」 そう言うとジルマはいたずらっぽい笑みを浮かべた。 「じゃあ私ニードさんのお嫁にでもなって、一生お話していましょうか」 「え?」 「あ・な・た」 ジルマは色気づけた言葉を言いながら、僕に体をすり寄せてくる。 正面に回ると僕の肩に手を付いて二本足で立ち、顔を近づけてきた。僕はゴクリ、と生唾を飲んだ 「じょ…冗談だろ?」「冗談です」 ジルマはすぐに手で僕の肩を押して離れた、二人とも顔が赤い。 即答されたの事がなぜか面白くて、笑ってしまった。最初はちょっとクスクスしていただけだったけど、自分が笑っていると思うとなぜか笑いが止まらず腹を抱えてしまった、おなか痛い。 「大丈夫ですか…?」 ここまでの反応は予想外だったらしい、ちょっと驚いている。 「いや、こんな風に笑うなんて久しぶりだよ、ありがと」 笑いが落ち着いてきた所でジルマが話しかけてきた。 「ニードさん、もしよろしければお願いがあるのですが…」 「なに?言ってみてよ」 「もしよろしければ、この近くを少し案内してほしいのです」 辺りの案内?お安い御用だが僕は町に向かう道なんて知らないぞ。 「別にいいけど、僕は町に行く道は知らないよ?」 この森の近くには小さな町があるのだが、いくら小さい町だからといって近づくなんてニンゲンに捕まりに行くようなことだった。 町に行ってニンゲンの食べ物を盗んでくる勇敢(?)な人は知っているのだが、あいにく僕は勇気ある盗人の中には入っていないので町への道は知らない。 「いえ、ニンゲンのいる所に戻る気はありません」 「じゃあなんで?」 「ずっとニンゲンの所で育てられてきたので、ここみたいに自然が溢れる場所は見たことがないんです」 そっか、確か変な丸い物に捕まえたポケモンを入れて置くんだっけ。だからジルマもあまり外を歩き回ったりすることはなかったんだろう。 「んーと…じゃあ、花畑に行こう」 「花畑ですか?」 「そういうの嫌い?」 「お花は好きですよ、でもニンゲンの暮らす町とかではあまり見られないんです」 「じゃあ花畑で決まりね、ちょっと遠いんだけどすぐ着いちゃうよ」 花畑だけじゃなくてどこか暮らせるような場所も見つけないとな。 町に行く気がないなら森に暮らすことになるんだろうけど、僕の所にずっと居てもらうのもちょっと困る。僕もジルマも、一応男の子と女の子ですので…。 「じゃあ行こうか」 花畑は何度か道を折れて、一つ川を渡らなければいけないんだけど、それでもわざわざ足を運ぶ価値のある光景だ。 僕とジルマは道中でいろんな話をした。町での暮らし、森での暮らし、ニンゲンと暮らしたこと、一人で暮らしたこと、話題は絶えずにずっと喋っていた。 その中でも、ニンゲンが使う不思議な道具についての話は僕の心を引いた。 ニンゲンに捕まったポケモンはあんなちっちゃい球体の中に入れられていて窮屈じゃないのか?ずっと気になっていたことだったが、ジルマが言うには 「窮屈でもなければ広々しているわけでもないんですが、適度にあったかくてまあまあ快適ですよ、強いて言うならボールに入っているポケモン同士は話すことができるが外の様子が分からないのが難点ですね」だそうだ。 他にも傷付いたポケモンをあっという間に治療できる道具があったり、「てれび」といういろんな映像を映す道具があったり、「電話」という一つ山を越えた相手とも簡単に話すことができる道具があったり、話を聞いていてニンゲンのすごさに驚いてしまった。 僕なんか逆立ちして100年たっても作れそうにない物ばかりだ、なぜあんなにニンゲンが発展するのかが解るような気がした。 ジルマに僕が拾ってきた入れ物と四角い緑の物の他にも、使い方が分からないものが捨ててあると言ったら「使い方が分かるかもしれないから今度行ってみよう」と言われた、声には出さなかったがすごく楽しみだ。 さっき僕が言ったようにすぐに川まで着いた、この川を渡れば花畑はもうすぐだ。水面から出ている岩があるのでその上を飛んで渡り、向こう側まで行く事が出来る。 僕は身軽な方だったので一度も岩に渡り損ねて川に落ちたことはない。そもそも僕は地面タイプなんだから水に落ちたらそれこそ大惨事である。 「よっ、ほっ、と」 岩から岩へピョンピョン跳び移る、足を滑らすこともなく難なく渡り切った。 でも僕が慣れててもジルマはどうだろうか?見ると案の定向こう側で立ち往生している。ジルマを抱きかかえて岩を渡った方が良かったかな? 「足を滑らせないようにすれば大丈夫だから、跳んでみな!」 声をかけると少し戸惑いながらも最初の岩へ跳び移った、結構上手な着地を見せてくれる。 「頑張れ、次」 二つ目は少し距離が離れているのだ、だけどちゃんと距離を分かっているようできれいに飛び移った。 残りの岩もポンポンと渡り、僕のすぐそばに着地した。 「ニードさんのを見ていると怖かったんですけど、やってみると結構楽しいですね」 僕のを見てると怖かったって事は僕が危なっかしいって事?まあいいや… またおしゃべりをしながら歩いていると近くから花の匂いがしてきた。もうすぐ着くだろう。 坂道を登りきると視界が晴れ、風に吹かれた花びらが飛んできた。 「これが花畑でございます、ジルマ御嬢様」 今までに何度も見ている花畑だが、なぜだか今日は格別きれいに見えた。 「ニードさーん!」 花畑の中から声が聞こえる、ジルマはもう花畑の中心辺りにいるみたいだ。いつの間に… 僕も花を踏み荒らさないように気を付けながら、声が聞こえた辺りに走った。 ビュウウ、ビュウウと激しく風が吹く、少し前までは澄み渡るような青だった空をはがしたように今は黒い雲が空を覆っている。 太陽も雲で隠れてしまい、昼間だというのに辺りは暗い。 激しい風にさらわれて木の枝が飛んで行った、外にいるのは危ないだろう。 「ジルマ、天気が悪くなったから早く帰ろう、嵐になるかもしれない」 「分かりました、ニードさんお花持っていっていいですか?」 ジルマの前脚の辺りには3本の花が落ちていた、傷つけないように気をつけて抜いたんだろう。 「花?どうするの?」 「近くに植えたいと思って」 確かに僕の住処の近くには木の実はあるけど花は咲いてない、植えて育てたいのか。 「いいよ、でも急ごう、雨で濡れるのはごめんだよ」 川でもいったけど地面タイプは水に弱い、微量の雨でも濡れるのは嫌だ。 ジルマは口に花を咥えてから走り出した。僕も後に続く。 道順を覚えていたようで一度も迷うことなく走り続けた、少し風が強くなった気がする。 2足と4足では走る速さなど違うのだが、ジルマは適度に速度を落として僕も走りやすいぐらいの調子にしてくれた。 また風が吹いた、木が大きく揺れてザワザワと大きな音を立てる。本格的に嵐になりそうだ、早めに帰ることにして正解だった。 川に着いたが風が強いせいだろうか、流れが速い。落ちたら泳ぎが苦手な人はそのまま下流まで流されてしまうだろう。 「じゃあ、僕から跳ぶよ?」 少し強風に煽られたが、それでもほぼ狙った地点に着地することができた。そのまま跳び続けて向こう側まで着く。 花を咥えているので、ジルマは声を出さずに頷いてから跳び移った。1個…2個…順調にこちら側に近づいてくる、いい調子だ。 3個目の岩に跳び移る時、今までで一番強い風が吹いた。ジルマより体の大きい僕が少し怯むほどの風だった。 強風にあおられてジルマは足を滑らせた。 落ちていく、生き物はなぜかこういうときだけゆっくり感じる、でもゆっくりでも落ちていく。 小さな水柱と、水音を立てて水面に吸い込まれた。咥えていた3本の花が水面に浮かぶ。 「ジルマ!」 叫び、水の中に跳びこんだ。 纏わりつく水が少しずつ体の自由を奪っていく、それでも必死にジルマをつかんで泳ぐ。 泳ぎ方なんて知るわけがない、ただ滅茶苦茶に手と足を動かして岸までたどり着こうとするだけ。 体が重い、息が苦しい、こんなに苦しい思いはしたことがない。 激しい流れは水そのものが生きていて、僕とジルマを飲み込もうとしているようだった。 意識が朦朧としてきた、流されないように、岸に近づいて水から上がることに精いっぱいだった。 岸に向かって右手を伸ばす、爪が地面をしっかりと掴んだ。何とか水面から顔を出し息を吸う。 まずはジルマを岸に上げて、それから自分の体を引きずり上げた。 「ゲホッ!ゲホッ!」 飲み込んだ水を吐き、荒い息を着きながら仰向けに倒れた。 体が熱くて重い、まるで自分の物でないように思い通りに動いてくれない。 水を吐き出したら体が酸素を激しく求めた。異常なほど浅く早い呼吸、体の内側から心臓が暴れまわる音が聞こえた。 それでも体に鞭打ってよろめきながら起き上り、ジルマの傍まで行った。 膝を着き彼女の背中を摩ると、飲み込んだ水を吐いた。そのあとに耳を澄ますと呼吸をしていることが分かり、ひとまず安心する。 苦しいが大きく息を吸って、吐いた。それを数回繰り返してやっと呼吸は正常に近づいてきた。 気を失って静かに呼吸を繰り返す彼女を肩に担ぎ、住処へ戻った。 … どのようにしてここまで帰ってきたのか覚えていない、よくあんな弱った体でここまでたどり着いたものだ。 気づいたら住処の緑色の四角い奴に寝ていた、ジルマの茶色い顔が心配そうにのぞきこんでいる。 目を覚ましたのを見てジルマは声を掛けてきた。 「ニードさん、私の為に…ごめんなさい…」 なんで君が謝るの?僕が馬鹿だったから。もう何年ここで暮らしているんだよ、嵐になりそうなことぐらい分かっていても可笑しくないじゃないか。 雨音、ただ意思もなく降り続く雨。沈黙を埋める水音。 なんであそこで落ちるかもしれないと見通せなかった?僕は馬鹿すぎる、大馬鹿だ。背中のハリと同じように他人を気づ付けるしか能のない大馬鹿針鼠だ。 あの時も、今も、皆僕のせいで傷付いているじゃないか。僕は死んだって構わない、生きる資格なんてない、だけど僕のせいでジルマも死ぬかも知れなかったじゃないか。 「嵐が止んだら、ここから出て行ってくれないか」 「えっ…」 僕の言葉なのか僕にもわからない無機質な声、いや、今までの僕が偽物で今の僕が本物なのかも知れない。 「僕なんかの傍にいるとまたひどい目に会うよ」 「違います、ニードさんは私を助けてくださって…」 「ジルマ、ちょっと僕の背中に触ってみてよ」 ジルマはその言葉に少し戸惑いながらも僕の背中に手を伸ばした、だが触れた途端に「痛っ…」と声を漏らし手を引いた。 「ほら、僕は他人の傍にいても傷つけることしかできない、今痛かったろ?背中のハリと同じさ、僕は他人を傷つけることしかできないただの大馬鹿針鼠だよ」 僕の言葉を肯定するかのように落雷が鳴り響く、雨と風も弱まることなく吹き荒れていた。 「ニードさん…」 「僕みたいな屑は放っといてよ、僕は一人で此処にきて一人で暮らして一人で御飯を食べて一人で星を眺め一人で一人で眠って一人で起きて一人で昇る朝日を眺めて一人で散歩して一人で沈む夕日を眺めて、それをずっとずっと永遠に繰り返して最後は一人で死ぬんだ」 一人でいた方が気が楽だ、自分が傷つくのは構わない、他人を傷つけるのは嫌いだ、他人を傷つけるぐらいなら自分を二度と起き上がれないくらい傷つけて痛めつけて、自分で自分を殺してしまう方がいい。 「そんなの悲しすぎます」 彼女はただ淡白にそう言ってから、小さく続けた。 「雨、止まないですね」 それきりどちらも喋らなかった、何もせずじっとそこに居るだけ。 外は相変わらず嵐だ、すごい音がする。だけど洞窟の中には妙な沈黙が空気とともに流れていた。重い闇に二つの小さな影。 雨は降り続く、瞼が重い。『一人で』眠りに就くことにした。 僕の体は止まったままなのに、いろんな大切なものを追い越して、いつか目に見えなくなってしまう。 なんだかそんな感じがした。 夜は明けた、まだ雨は降り続いていた。 風は既に収まっていたが、いまだに雨だけは静かに天から降り注ぐ。 何だか妙に体がだるく頭がふらふらする、どうしたのだろうか。体を起こそうと腕に力を入れるが手ごたえがない。 体が熱い、熱でもあるのか?手で額に触れると思った通りいつもより熱い。 昨日川に飛び込んだりしたから…起き上がるのを止めて、首を動かして周りを見た。ジルマはまだ洞窟の中にいた。 ジルマの傍には木の実が置いてある、体毛が濡れているみたいだから雨の中外に出て採ってきたのだろう。 あれからしばらくたったがあまりお腹は減っていない、食欲がないというのが正しいだろうか。 仰向けになり、天井を見上げる。黒くとがった部分もある、あのとがった部分に一度だけズバットが住み着いてたことがあったな。 特にすることもない。雨だから外には出られないし、出られたとしてもこの体だ、寝がえりをうつ。 昨日と変わらず雨音だけが響き、他は全て無音。そういえばここに来た日も、こんな雨が降っていた。 タイプの相性とは別に僕は雨が嫌いなのかもしれない。今までの秩序を洗い流してしまう混沌の雨、変化を望んではいないのに、ずっと続けばいいと思っている幸せばかり崩れ落ちていく。 だるいし、熱があるなら寝ていよう。寝ている間に雨がやんでジルマが出ていってくれればいい。 そうすればなにも感じずに別かれる事が出来る。 もう夕方になった、結局僕は何時間寝ていたんだ?熱があるからといってこれではただぐうたらしていたのと変わりない。 すでに外はオレンジ色、雲も晴れて雨はとっくに止んでいる。 彼女は居た。 「ジルマ、何で居るの?雨はとっくに止んでるよ」 「私が此処に居たいからです」 「何で?」 「ニードさんと一緒に居たいからです」 「傷つくだけなのに」 「傷ついてません」 「どこに行けばいいか分からなかったの?」 「此処に居たいのは私の意思です」 「僕と居たせいで死ぬかも知れないよ?」 「構いません」 「僕は他人の為になる事は何一つできない脳なしだよ?」 「違います」 「他にもいい所なんていくらでもある」 「此処でなければいやです」 「僕が君の事は嫌いと言ったら?」 「私があなたの事が好きだと言ったら?」 「僕なんか、全然ダメだ」 「他人に辛く当ることは簡単だけど、他人に優しく接するのは難しい、あなたはそれができるじゃないですか」 「悲観する必要なんてありません」 とても泣きたくなった、止められない。 何でだろう、こんな風に泣いた事なんてなかったのかな。 止め方が分からない。 座り込み、声をあげて泣いた。拭っても拭っても次から次へ涙があふれる。 「ニードさん、好きです…」 嗚咽の中、ジルマが静かに囁いた。 「僕なんかで、いいの…?」 「今は後悔していません、これからも後悔する気はありません」 「ありがとう…」 夕日はとっくに沈んでしまい、代わりにだれかがかじってしまったような三日月が空に浮かんでいる。 ジルマは緑色の四角い奴に仰向けに寝て、僕は彼女の上から覆いかぶさるような体制でお互いに見つめ合っている。 正直言って見つめ合うのは凄く恥ずかしい、特にこれからしようとしている事を考えると顔が熱い。命の営み、とでも言えば響きはいいかもしれないが結局は交尾をしようとしている。 ジルマの顔を見ると不安の色も見られる、誰だってこんな事するのには不安も付きまとうだろう。 僕も幾らかの知識と自分で性欲を処理した経験はあるけど、実際に行為をするのは初めてだ。 「ん……」 目をつぶり、お互いの顔を近づけて口づけを交わす。口づけはニンゲンの愛情表現としての習慣だが、ポケモンにもそれと近い意味がある。 「ふう…」 口づけを止めて、口を離すと銀色に近いような色の橋がかかり、すぐ崩れて行った。 「優しく、お願いしますね…」 「う…うん」 視線を下に向けると、ジルマの淡い桃色をした秘所が目に入り、顔から火が出るのではないかと思うぐらい赤面した。 でもいきなり行為に入るというのはどうなのだろうか…?確か慣らしてからやらないと痛いだけってだれかが言っていたような…。 そういう時はええと…胸?最初は胸とかを刺激するんだっけ?分からないならやってみるしかないか。 体毛に覆われていて分かりずらいが、桃色の小さい突起を見つけた。爪で傷つけてしまわないように手の平で優しく突起に触れて、グリグリと動かす。 「あっ…んぅ…」 くすぐったそうに小さく甘い声を上げるのを聞いてもう少し激しく、両の手の平で突起を強く揉む。 強く揉むとジルマの声も大きく間隔が短くなり、顔も真っ赤で…興奮してきた。 「んあっ!…はっ…あ…ふぁ!…」 胸を揉むだけではこれ以上の快感はなさそうなので、いったん手を止めてジルマの秘所を見る。先ほどとは違い透明の愛液が秘所から流れ出ている。 聞いた話では快感を与えるのにはここが一番いいらしいが…ここばかりは手の平でグリグリやってもしょうがないし、かといって爪で傷をつけるわけにはいかない。 少し考えたが、僕はジルマの秘所へ口を持っていき、舌で秘所を下から上へゆっくり舐めた。何とも言えないような味がして頭がくらっとする。 「ひゃうっ!…そんなとこ…ん…舐めちゃ…あっ!」 僕が舌を這わせるたびに体が大きくはねて嬌声を上げる、愛液がどんどんあふれ出てきて舐めても舐めてもすぐに秘所が液体で濡れる。 今度は舐めるのではなく、口を秘所に直接当ててそのまま秘所を吸う。ジュルル、という吸ったとき独特の音が洞窟の中に響く。 「や…ふあぁっ!ニードさっ…んああっ!」 ジルマは今までで一番大きく体を震わせ、秘所から大量の愛液を噴き出して絶頂を迎えた。当然舌で責めていた僕の顔にも愛液がかかる。 水をぶっかけられるほどではないが、何であれ液体を浴びるのは好きになれない…右手で顔を拭う。 「…ごめんなさい」 ジルマが凄く恥ずかしそうに目をそらして言う。このごめんなさいは愛液が僕の顔にかかった事だろう。 「いや…あ…うん」 こういうときは何て言えばいいのだろう。 「もうちょっと優しくしてくださいよ」 「僕も初めてで…どこからが優しくてどこからが激しいのか分かんない」 少しぐったりしているようだが気持ちよかったからいいですと言ってジルマは微笑した。 彼女の秘所はもう十分に濡れている、このぐらい濡れていれば愛液が潤滑油代わりになり滑らかに動けるはずだ。 ジルマの目を見て、頷いた。 「行くよ」 「はい…」 自分の男根をジルマの秘所に宛がい、ゆっくり、少しずつ、腰を沈めていく。 「く…うあ…」 ゆっくりとはいえ、ジルマは苦しそうな声を漏らす。今まで何もなかった空間に物を沈めていくのだ、無理もないだろう。 苦しいのを少しでも紛らわそうとして、もう一度彼女に口づけた。さっきよりも深い口づけ、舌と舌を絡ませてお互いに唾液を交す。 「ふ…ん…うっ…」 男根を沈めていくと進行を遮る膜に当たった、雌の純粋の証。 口づけを止め、頷いた。不安そうな顔をしてジルマも僕に頷き返す。 「…いっ…!…くぅ…」 膜を破り、さらに奥へ沈んでいく。ジルマの顔に苦痛の色が浮かび、繋がっている部分から少量の血が流れる。 いくらか慣らしたけどやっぱり初めては大変なんだろう、苦しいのは僕が変わってあげたいが、出来そうにない。 進み続けるとこれ以上は行かない、という所まで来た。ジルマは大丈夫だろうか… 「大丈夫?」 心なしか挿れる前よりもお腹のあたりが少し膨らんでいるように見える。 「ちょっと痛いです」 「少し待つよ」 待つ、と言ってもその間に何か話せるような物ではない。僕もジルマも相手の顔を見るのが恥ずかしくてお互いにそっぽを向いている。 出来る事ならば、すぐに終わってほしい空白の時間。でも、いつまでも続いてほしくもある空白の時間。 過去は空白ばかりだった。まったく意味のない本当の空白。 でも今は違う気がする。空白を気に入った事などなかった、今は好きになってもいいとさえ思う。 僕がジルマを助けたんじゃなくて、ジルマが僕を助けてくれたんだ。一緒に居るだけで楽しかった。 「もういいです、続けましょう」 空白が終わり、再び行為に戻る。 「動くよ」 最奥まで沈めた腰を引き戻し、また沈める。秘所の中で触れ合い擦れ合う感覚が二人に快感を送る。 「あっ…んっ…はっ…はぁ…」 「くっ…うっ…」 また引き戻し、沈める。回数を重ねるたびに段々と速度を上げていき、淫らな水音とお互いの体のぶつかるパンパンという音が洞窟の中に響く。 溶けてしまいそうだった。男根に絡みついて強い快感を送ってくる。 「はっ…ニー…ドさ…あ…あっ…」 「う…ぁ…ジルマ…」 両手をジルマの腰に当てて固定し、さらに激しく突きあげる。 「は…あっ!…んぅ!」 水音と体のぶつかる音は行為が激しくなるごとに増し、その音がさらに興奮を煽り行為を激しくする。 いつもの動きを見ると、どうすればこんな速度が出せるのか分からない程の速さで腰を打ちつける。 「ふぁ!…はっ!…ひゃ!…に……ど…っ…さんっ!」 「…ジル…マっ…!僕…もうっ!…」 「く…ださ…い!…ニード…さんの…を…私の中に…注い…で…!」 もう抑えきれない。 「ジ…ルマ…!ぐっ…くうああぁぁっ…!」 「はっ!…あっ!…にーど…さ…ひゃああああっ…!」 最後に大きく突き上げ、ジルマの中で果てた。少し遅れてからジルマも絶頂を迎えて、大きく体を震わせる。 秘所から男根を引き抜くと、収まりきらなかった分の白濁液が小さな音を立てて流れ出てきた。 二人とも荒い息をつき、緑色の四角いやつの上で横になる。凄く体がだるい、白濁液と一緒に気力やら何やらが体から抜けてしまったようだ。 首を動かしてジルマを見ると、余りに疲れてしまったのか既に微かな寝息を立てている。 僕も瞼が重い、寝てしまおう。 今はもう寝よう。さっきの事も、これからの事も、ジルマの事も、僕の事も、こうやって考える事も。 全部、明日考えよう。 今はもう寝よう。 今はもう… 今は… オヤスミ。 群青色の空を切り裂いて金の光が大地を照らす、やけに高音で元気のよいぺラップのさえずりで目を覚ました。 スー…スー… …隣りから寝息が聞こえた、ジルマはまだ寝ていた。 体を起して立ち上がる、さて木の実でも採ってくるかな。 今日もすがすがしい朝が訪れ…た? 一歩目を踏み出したら目まいがした…二歩目を踏み出したら軽い吐き気がした…三歩目を踏み出したらよろめいて倒れた。 頭がズキズキと痛い…熱がある…? 昨日の行為でぶり返したのか… 「ぐしっ…!うー…」 「ふふ…大丈夫ですか?」 何で笑うんだよ…さっきからずっとくしゃみが止まらない。風邪ってこんなにも辛いものだったのか… 「いや、可愛いな~って」 「ジルマも風邪になればこの苦しみが分かるよ…へくしっ…!」 「だからってうつさないでくださいよ」 この前は可笑しいほどすんなり寝れたのに…なぜ今だけは眠れないんだ?頭痛い。 「じゃあ私が木の実採ってきます」 ジルマはそう言ってから、出口に向かって歩いていく。 助かった、今思えばずっと何も食べてなかったわけだし喉も渇いた。ここは一つみずみずしい木の実でも見つけてきてもらえると嬉しい。 そういえば寝込んでいる間に考えたことで言っておきたい事があったんだっけ。洞窟から出て行こうとするジルマを呼び止めた。 「ジルマ」 「何ですか?」振り返る。 「風邪が治ったらさ、森の皆のところへ、行ってみたいと思う」 ジルマは僕の言葉を聞いてから二秒ほど考えて、その後笑いながら大きく頷いた。 「私も連れて行ってくださいよ?」 僕も笑いながら大きく頷いた。 それと、もうひとつ。 「ジルマ」 ありがとう。 へくしっ…! **あとがき [#v5dacc1d] さて もっと素敵な作者を期待していたらすまんな。 残念だが、[[フロム]]だ **ノベルチェッカーの結果 [#nbfe754a] 作品タイトル ハリネズミノジレンマ 原稿用紙 (20×20) 45.1 枚 総文字数 13481 文字 行数 429 行 台詞:地の文 3176文字:10305文字 チェック項目 注意箇所 行下げ注意箇所数 247 かっこ下げ注意箇所数 9 三点リーダ注意箇所数 164 ダッシュ注意箇所数 0 かっこ句点注意箇所数 0 !?後空白注意箇所数 47 英字注意箇所数 15 半角注意箇所数 2 全注意箇所数 484 ---- - コメント欄が作れてませんでしたので修正させていただきました。&br;勝手なことしてすいません。&br;続き頑張って下さい。 -- [[shift]] &new{2009-08-02 (日) 22:51:31}; - 急いでたのであまり確認しないまま上げてしまいました。修正ありがとうございます。 -- [[一人仮面小説大会]] &new{2009-08-03 (月) 00:31:50}; - ニードはこれくらい暗いほうが良いと思います。それ故に、フィナーレがすごく印象的になっていると思うのですが。 -- [[クーラ]] &new{2009-08-22 (土) 13:40:54}; - 二重になっていた部分のコメントを修正しました。 ニードですか?彼の性格は大分一人歩きしていたので、最初の構成と全く違う進行になりましたね。 お読みいただきありがとうございます。 -- [[フロム]] &new{2009-08-22 (土) 15:02:53}; 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