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ハツコイヲモウイチド の変更点


*ハツコイヲモウイチド [#b480b6fd]

この作品は[[ヒトナツノコイ]]中で登場した人物、チコの物語です。


#contents

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**ハツコイヲモウイチド 1 [#o8fdcfa8]
                               作:[[COM]]
「ねえ…私の事……好き…だよね…?」
「はぁ?お前まだそんなこと言ってんの?」



遠い遠いいつかの日、私の心は純粋だった



「だって…だって!あの時愛してるって…!」
「お前あんな社交辞令も分かんないのかよ…!教えてやるよ!お前はお遊びだよ!」



透き通ったガラス玉のような心にはその出来事は重すぎて



「え~なに~?もしかしてこの子あんたの事好きだったの?」
「そうだよ!俺の本命はお前だけなのに…やっぱ遊びで女なんか釣るもんじゃねぇな。」



溢れる涙はそこに何もないかのように透き通った透明を濁らせ



「それじゃ…私のことは…。」
「好きも嫌いもねぇっつってんだろこの馬鹿!!とっとと消えろよ!!」



浴びせられる言葉はそのまま刃となり、傷一つない玉を次々と傷だらけにしていった



「てゆーか何~?あんたもしかしてこういうガキンチョが趣味なの~?」
「ちげーよ。簡単に釣れそうだったからだよ。ま、案の定だったけどな。」



傷の入った玉はとても脆いもので、心の中でみるみるうちにパキパキと音を立ててヒビが入っていくのが聞こえた。



「おら!いつまで突っ立ってんだよこのゴミ!さっさとリサイクルしてくれるやつでも探しな!」
「ちょっと可哀想でしょ?あの子あの身なりで中古品なら誰も欲しがらないって~。」



砕け散るのもいとも容易く、そこに何も写さなかった頃のように何も残さず散り散りに砕けて消えた



「そう…だよね……ゴミは邪魔だもんね…。」
「分かってんならさっさと消えろ粗大ゴミ!」



それと同時に何も写さないような黒い何かが溢れ出て



「ゴミは…処分しないと…イケナイヨネ?」



私の中の何かが黒く、黒く、染まっていった




――――


何があったのか、何をしたのか…よくは覚えていないけれど…。
「違う…私のせいじゃない…!こんな事したかったわけじゃない!!」
目の前に広がる紅い海に身を震わせ、曖昧な記憶と現状で頭が混乱していた。
でもこれだけは確かだった。
私が初めて愛した、私の事を好きだと言ってくれた人を…殺してしまった。
いや、その人だけではない。
横にいる女性も恐らく自分が殺してしまったのだろう。
考えれば考えるほど混乱し、冷静になろうとすればするほど心の奥底から震えが襲ってきていた。
気が付けばいつの間にか走り出していた。
忘れたくて、忘れられなくて…。
ただひたすらに怖くて…逃げ出していた。
我も忘れて家に飛び込み、朱に染まった体をシャワーで洗い落としていた。
その時手に何か持っているのに気付き、風呂場の中で一人悲鳴を上げ腰を打ち付けてしまった。
手に持っていたそれは手からスルリと落ちると地面にぶつかった衝撃で綺麗な丸はペチャンという音と共にひしゃげてしまった。
その丸い物の正体は目…。
彼から抜き取った瞳だった。
恐怖や痛みで何も考えられなくなり、そのまま意識を失ってしまった。


そう、これは彼女が初めて恋人を殺した時のお話。
無垢で純粋な心が黒く染まり始めた頃のお話…。
ただ純粋に愛し愛されたかっただけの頃のチコだ。
昔からチラーミィの中でも小柄な方で人見知りだった彼女は最初は周囲から浮いているだけの少女だった。
しかし、ただ人と話すのが苦手というだけでも年頃の同年代は白羽の矢を立てるものだ。
次第に彼女は物静かな子から気味の悪い子という印象を勝手に与えられてしまった。
その印象は次第に彼女への嫌がらせという形でその姿を露にしだした。
勿論だが彼女もそういったいじめは嫌だった。
だがそれを言い返す勇気も誰かに助けを求めることも出来ずにひたすらに耐えるだけだった。
誰にも言わず、言い返しもしないチコの態度はいじめっ子の神経を逆に逆撫でし、嫌がらせもエスカレートしてきていた。
それでも耐え続けた彼女はついに学校に行くのが怖くなってしまった。
決定的だった出来事が机の中に残されていた切り刻まれた動物の死体だった。
何度も死のうと考えたり、頑張ってもう一度学校に行こうともした。
しかしどちらをするにも後一歩勇気が足りず、心身ともに次第に病み始めていた。
そんなギリギリの日々が続いていたある日
「ごめんなさい!大丈夫ですか?」
チコは人混みを歩いているときに誰かにぶつかったが体も小さく、最近の引き篭もりがちだった生活が原因でちょっと肩が当たっただけで倒れてしまった。
最近は感情もめっきり見せなくなっていたせいで自分のことを気遣ってくれていることにも気付いていなかった。
そのまま無言で立ち上がろうとしたが
「ごめんなさい。お嬢さんお怪我は無いですか?」
そんなことを言われて初めて心が動いた。
お嬢さんなんて言われたことは生まれてから一度も無かった。
それどころか久し振りに他の誰かに女性としての扱いを受けたことが嬉しかったのだった。
「はい…大丈夫です…。」
数年振りに出したかもしれない自分の声は小さくて、相手に聞こえたか不安になるほどだった。
どうやらその声は相手に聞こえていたようでとてもホッとした表情で笑って見せてくれた。
「そうですか!よかったです。」
些細な出来事だった。
人がぶつかるなんて間々ある光景だ。
だがそんな誰も気に留めないような出来事でもチコにとっては大きな出来事だった。
不摂生な生活で細く白くなった手をとってエスコートしてもらいながらよろよろと起き上がり
「どうも…すみませんでした…。」
ペコリと頭を下げてそう言い、その場を去ろうとしたが、彼女の奇跡はそれだけでは終わらなかった。
「すみません。もしお時間よろしければお詫びにお食事でもいかがですか?」
心がドクンと跳ねる感覚を久し振りに味わった。
小さい頃に親からいたずらがばれた時以来だろう。
恋などしたくても遠すぎて感じることすら出来なかった彼女にとってその心の高鳴りは経験の無いものだった。
驚いた表情のままチコは彼の方を振り向いていた。
「すみません…。そういう事する柄には見えませんからね。」
彼は苦笑いしながら頭を掻いて誤魔化しながらそう言っていた。
確かに彼の容姿は今風のファッショナブルな格好だった。
スーツを着こなす訳でもなく普通にジャケットを着たり、ピアスを付けたりといかにもチャラチャラとしたニューラだった。
だが中身は至って紳士的な男性だったのだ。
よく言うが人は話しかけるまでどういう人間か分からないという言葉の具現化と言っても差し支えないだろう。
「私なんかで…よろしければ…。」
正直彼女は迷っていた。
しかし決して彼の事を疑って迷っていたわけではない。
長い間引き籠もり、ほとんどの人と話したことがなかった彼女にとってそんな自分がこんな人と一緒に行動していいのかどうか、迷惑ではなかろうかと思っていたのだった。
お世辞にも可愛らしいとは言えないと自分の中では思っていたチコだったが
「何を言ってるんですか!可愛らしいお嬢さんに僕が似合えばいいですがね。」
つくづく彼は彼女が今まで全否定してきた自分のことを真っ向から全否定してくるのだ。
あまりにも嬉しくて気が付いた時には彼女は泣き出していた。
『こんな自分でも…認めてくれる人がいたんだ…。』
と…。


**ハツコイヲモウイチド 2 [#d7795e4f]

「へぇ~チコちゃんって言うのか。俺はキルラ。よろしくな!」
ニッコリと太陽のような笑顔を投げかけてくれる彼にチコは顔を赤らめて彼の顔を直視できないでいた。
そんなことをされたことがなかったのでどうすればいいのか戸惑っていたというのもあるが、そもそもそういった状況は夢のようだと諦めていた分、嬉しくもあった。
やっとも思いで自分の名前を彼…キルラに伝えると、後はキルラが勝手にチコが話しやすいように雰囲気を作り、次々と質問を投げかけていた。
人と元々話すのが苦手なチコでも彼となら話すのがとても楽しく、いつの間にか自分からも話せるようになっていた。
ただの会話だったかもしれないが、彼女にとってはとても楽しい時間だった。
気が付けばいつの間にか彼が先ほど言っていた喫茶店に着いてしまった。
夢のような時間が終わってしまった。
と少し残念そうな顔をしたチコだったが
「お気に召さなかったかい?」
「い、いえ…とんでも…。」
考えれば今から初めて喫茶店に入るのかと思うと喜びの方が勝った。
喫茶店なんて一人では恥ずかし過ぎて近づくことすら出来なかった。
そんな彼女にとっては禁じられた聖域のような場所だったのだ。
彼は戸惑っているチコの手をとり、慣れた手つきで席までスムーズに移動していった。
というよりもそれが普通なのだろう。
だが、彼女にとって自分の手をとってくれた初めての人に顔を真っ赤にしてついていっていた。
「何か食べたい物ある?奢らせてもらうよ。」
「い、いえ!流石にそれは…。」
奢ると言ったキルラに目を白黒させて断っていた。
まあ、ほとんど無視してキルラが適当に頼んでいたのだが…。
あれよあれよと言う間に大きなグラスに様々なデコレーションを施された芸術品のようなパフェが二人の前に一つずつ置かれた。
「どうぞ遠慮なく!」
そう言い、にこやかに勧められればチコに断る勇気は無い。
カフェもパフェも初めてのチコにとって全てが心躍らせるような物だった。
横に置かれた普段見るようなスプーンよりも細長いスプーンを小さな手に余らせ、子供のように目を光らせながら初めてのパフェを一口、口へと運んでいた。
程よく甘く、口の中に解ける様に広がっていくバニラの香りに思わず口角が上がっていた。
無邪気な子供のような笑顔を見せるチコに思わずキルラもつられて笑っていた。


恐らく、皆は気付いているだろうがチコはまだこれがナンパだという事には気付いていない。


色んな事を話し、とても楽しい時間が流れていた。
初めて出会ったはずの彼にチコは色んな事を打ち明けることも出来た。
その一つ一つに喜怒哀楽様々な表情や言葉を返してくれるキルラという存在がとてもありがたく、チコの心の中では小さな変化がこの時から起きていた。
恋なんて出来ないと思っていたからこそ、彼女はまだその変化に気付いてはいなかったが…。
結局ほとんどの間楽しく談笑しただけであっという間に時間が経ってしまっていた。
「本当に今日はありがとうございました。とても楽しかったです。」
店を出た後、深々とお辞儀をし、チコは今日のお礼を言っていた。
「俺も楽しかったよチコちゃん。そうだ!よければメール交換しない?これから先も連絡取りたいし。」
急な申し出でチコはとても驚いていたが、快く承諾した。
ケータイで誰かと連絡先を交換したのなんて初めてで口には出さなかったが心底嬉しかった。
お別れを言いながら離れていくキルラの顔は夕陽に照らされ、とても印象的だった。
少なくともチコにとっては…。


――――


その日からチコは少しずつ変わっていった。
とても内向的で喋ることも出来なかった彼女は彼との出会いがあったためか、次第に外交的になっていった。
初めこそは辛かった学校もようやく行きだすようになり、少しずつだが彼女の心境にも変化が現れていた。
苛めもただ耐えていただけだったがようやく彼女も言い返すことができるようになっていた。
そうやって本人が変われば周囲の評価も変わっていくものだ。
次第によく喋るようになり、笑顔も見せるようになったチコの周りにはだんだんと彼女を慕う者が現れ始めた。
とても些細な変化だったのかもしれない。
しかし、チコは例えナンパであったとしてもその変化は間違いなく彼女自身と周囲を大きく変えていた。
ようやく、彼女は人生が楽しいと思えるようになっていた。
長く止まったままだった彼女の人生の歯車はようやく動き出し、やっと幸せへと向かって進みだしていた。
彼女は今…幸福の真っ只中だった…。


**ハツコイヲモウイチド 3 [#o9e3685d]


だんだんと自分の周りが良くなってきた。
人柄の変化は周囲を明るくし、同時に自分自身もどんどん明るくしていった。
引き籠もり、口数の少なかった昔の彼女が嘘のようにチコはとても明るく、お淑やかな女性になっていた。
彼女の内内に秘めていた物もあってか、次第に彼女の周りには優しい人たちが溢れていた。
喋ることができなかっただけで本来は周りを和ませる力が彼女にはあったのだろう。
本当に、本当に今までの彼女が嘘だったかのように素晴らしい女性へと変貌していた。
背こそ低いもののもう誰も彼女のネックに触れるものなど誰一人としていなかった。
彼女は自分の凄さを理解していたが、それは同時に感謝の念へと変わってもいた。
「おはようチコちゃん!今日も綺麗だね!」
そう、彼、キルラの存在があった。
「そんなことないですよ。家にあったお洋服を久しぶりに引っ張り出してきただけです。」
おしゃれにも気を遣い、小さな西洋人形のような可愛らしい姿のチコは少し頬を赤らめながら返事をしていた。
ようやく誰とでも分け隔てなく喋れるようになっていたが、どうしても彼から褒められてしまうと素直にはなれなかった。
本当は今回着ている服も彼と会うためにバイトを始め、ようやく溜まった初給料で買った物だった。
恋をすれば女は美しくなるとはよく言ったものだ。
そしてもう一つ、彼女の中で大きく変化したことがあった。
それは…
「どうですか?この服、折角なら綺麗っていうよりも可愛らしいって言ってもらいたかったですけど。」
「分かってるよ。とっても可愛らしい!小さくて纏まっててお人形さんみたいだよ。」
自分から背の低さを認め、自分の個性だと思えるようになったことだ。
小さいと言われることがとても嫌だったのだが、今では寧ろ嬉しい。
そんな二人が喫茶店で同じ席に座り、彼女のお気に入りのパフェを仲良く二人で頬張っている姿は恋人同士というよりも兄弟のようだった。
和気藹々とした雰囲気のはずなのだが、どうしても周りから見てもただの微笑ましい姿にしか見えないのだからある意味面白い。
いつも二人でデートをする時はお互いの近況を話し合っているだけで日が暮れてしまう。
そうなるといつもそこで別れるのだ。
チコはその時の手を振る彼の顔がとても大好きだった。
傾く夕日に照らされて朱に染まったその顔は、とても笑顔が眩しくて、沈む夕日よりも輝いて見えるからだった。
遅くならないうちに買い物を済ませ、家に帰ると買い物の荷物をひとまず冷蔵庫の前へ持っていき、慣れない手つきで上着のポケットからケータイを取り出した。
ケータイも連絡を取る必要がなかったので今まで持っていなかったのだが、これも同じく初給料で買った物だ。
慣れないメールのやり取りも友人達のメールや指導のおかげですぐに今時のギャルのようなタイプスピードにあっという間でなった。


『 こんばんわ。今日はとても楽しかったです。
次はいつ会えるでしょうか?
会える日がとても楽しみです。
では、また今度。
        ----END----         』


慣れた手つきでいつものように感想を打ち込み、すぐに送信した。
まだ返信が来ていないのにチコは既に顔を赤らめて一人嬉しそうにしていた。
しかしいつまでもケータイに張り付いてばかりはいられない。
お風呂に入り、食事をして寝る前にケータイを確認する。
大体いつもこんな感じで寝る前になるとメールが届いている。


『こんばんわ。いや、もうお休みだったかな?
俺も楽しかったよ。
そうだね…明日とかどう?学校もお休みなんでしょ?
よかったら返事お願いね~。
         ----END----          』

案の定メールが届いていた。
チコはすぐさまメールを返し、ケータイをギュッと抱きしめてから充電器に挿し、興奮冷め上がらぬまま夢の世界へと旅立っていった。
『明日もまた会える…!』
それだけが心の中で響き渡っていてしっかりと眠ったかどうかもよく覚えていなかった。


――――


「おはようございます!キルラさん!」
精一杯の笑顔でキルラの前にチコは躍り出ていた。
当たり前だがやはり寝不足で今日はかなりキツかった。
最初こそ無理して明るく振舞っていたが途中から本当に疲れなんて吹き飛んでしまっていた。
今日もいつもと同じように何気ない会話をして笑って…気が付くとその夢のような時間はあっという間に過ぎてしまっていた。
気が付けばいつものように日がだんだんと傾いていくのがよく分かった。
カフェの並ぶ席にも西日が強く差し込んでいた。
それに気が付いた店員がすぐにブラインドを降ろしていた。
そうやって少しずつ遮られていく西日がこの楽しい時間の終わりを告げているようでどうしても悲しかった。
「どうしたの?チコちゃん。」
どうやらキルラにもその表情がバレてしまっていたようで、心配そうに声をかけてきてくれた。
「い…いえ!別になんでもないです…。」
無理に明るく振舞おうとしたが、やはりその悲しさは覆い隠せるようなものではなかった。
明らかに先ほどよりも声のトーンも沈み、なんでもないとは思えない表情になっていた。
「言いたいことがあるなら言っちゃえばいいじゃん!溜め込んじゃいけないよ。」
キルラはいつものように柔らかな笑顔でそう言ってくれた。
軽い言葉だがチコにとってはとても救われる言葉でもあった。
「私…出来ることなら…もう少しだけ…キルラさんとこうしていたいです…。」
もしかするとこれがチコにとって初めての、彼に対する本音だったかもしれない。
キルラの前では素直になれないチコの初めての告白は、子供をあやす様に頭を撫でるキルラの手の感触とともに溢れ出た。
堰を切ったように涙が溢れ出し、気が付けば抱き寄せられたキルラの胸の中で泣いていた。
その間、キルラは何も言わずにただじっとチコのことを抱いていてくれた。
一頻り泣いた後、ようやく感情が収まったチコとキルラは二人で仲良く店を出ていた。
初めての感覚かもしれない。
「どうしたんだい?チコちゃん。」
不思議そうに見つめるキルラにチコはただぼーっと遠くを見つめるだけでいた。
それもそのはず、チコにとっては初めての夜の街の光景にただただ見とれていた。
日が暮れる前のどこか寂しげな街並みは消え去り、逆に黒い巨塔に煌びやかな明かりが灯る幻想的な世界になっていた。
「夜の町並みを見るのは…初めてで…。」
ようやく出てきた言葉も目の前の光景で本当に言葉を失っていた。
今までに観てきた自分の住んでいた街が嘘のようにその世界は光り輝いて美しかった。
「へぇ~驚いた。チコちゃん見たことなかったんだ。」
既に何度も見たことのあるキルラはそんな毎度毎度普通のことで新鮮なリアクションをくれるチコの方に驚いていた。
そしてそんな光景にうっとりと見てれるチコを見てニヤリと笑うと
「ねえチコちゃん。どうせならもっと楽しい事しない?」
そう、いつもの笑顔で話した。


**ハツコイヲモウイチド 4 [#u37dc126]

初めて見る真っ暗闇の世界。
星一つ輝かない墨塗りの空へ向けて真っ直ぐに伸びる黒い建物。
そしてそこに何もない星の代わりに美しく煌めく夜の街灯やネオンたち。
まるで色とりどりの星々が黒い巨塔に鈴なりに実っているようだった。
チコにとっては初めての夜の世界。
美しい景色の全てが彼女の目を奪い、彼女の瞳にも同じ煌きを映しこんでいた。
「そんなにキョロキョロしてどうしたんだい?」
忙しなく見回すチコを見て不思議に思ったキルラはそう彼女に声をかけてみた。
「いえ…周りの風景があまりにも綺麗だったので…つい。」
声をかけられてようやく我に返ったのか、少し反応を遅らせたことを恥らいながらそう言った。
絢爛豪華、100万ドルの夜景とまではいかないでも彼女にとっては感無量の体験だった。
少し顔を赤らめているチコを見てやや不敵な笑みを浮かべ、キルラは彼女の肩に腕を回し、優しく包み込むように歩いていた。
「着いたよ。さあ、入ろう…。」
暫く歩いて着いた場所は赤いネオンで美しくライトアップされた建物。
勿論彼女はこの建物にも見惚れていた。
全てが初めての体験。
美しい今からこんな美しい建物の中に入れるのかと思うと彼女心は次第に高揚していた。
内装も煌びやか。
王室を思わせるような装飾の凝らされた柱が並び、白い汚れすらない壁に赤のライトは美しく映りこみ、淡いピンクになっていた。
終始キョロキョロと周りを見渡しているチコを少しの間キルラはそのままにし、壁にある機械で何かの手続きをしていた。
「お待たせ。もう準備はできたよ。君もいいかい?」
そう彼がチコに聞くと、少し惜しみながらも首を縦に振っていた。
それを見て彼は先ほどとは違い、少し強く力を入れて彼女を引っ張っていった。
部屋の一室、施錠の外れる音。
部屋に入った彼女はこんな素晴らしい場所に何があるのかとても楽しみにしていた。


当たり前だが、何もない。


――――


次の日の朝。
穏やかな朝日が昇り、一日の始まりを告げていた。
小鳥が安らかな朝の日の中で可愛らしく鳴いていたのを、彼女はよく覚えていた。
今も彼女の体は熱く、体が火照っている様だった。
恍惚とした表情のままの彼女は今までのただの幼い姿は既に何処にも無かった。
どこか艶めかしく、体の小さな彼女でもはっきりと大人の女性であることが認識できるような雰囲気を持っていた。
彼女たちが出てきたことに気付いたのか、近くの木でさえずっていた小鳥は何処かへ飛び去ってしまった。
まるで彼女の今までの幼さも何処かに飛んでいってしまったかのように…。

彼女は初めてを彼に捧げた。
愛しい彼だったからこそ彼女は身を預ける事が出来た。
無論、痛みや恐怖も伴ったが、それを足し引きしてもお釣りで溢れかえるほどの愛情と快感を与えてもらえたと彼女は思っていた。
その日の朝は彼女にとって新しい朝だった。
幼い自分が一人の女性に成長し…いや生まれ変わったような気分だった。
喩えようが無いほどの達成感と幸福感が今も彼女の心を、脳を駆け巡っていた。
その日はそのままその場で別れ、チコも急いで家まで戻り、学校へ行く準備をした。


――――


「ねえチコ。最近何か良い事でもあったの?」
学校に着いたチコに友達が一番最初に聞いてきた事だった。
「ま、まぁ…それなりに…。」
少し照れくさそうにチコは言い、顔を赤らめるだけで誤魔化していた。
クラスの友達はおろか、殆どみんなが彼女の変化に気が付いていたのかもしれない。
「おはようチコちゃん!なんだか綺麗になったね!」
後から来た友達が明るく挨拶をしながらそう言って来た。
「そう…かな?」
少し戸惑いながらも嬉しそうに彼女は答えていた。
変化は突然だったが、彼女は嫌ではなかった。
可愛らしいと言われなくなったのは、自分の成長なんだと。
彼の存在があったから、自分はここまで変われたんだ…と。
その数日後、彼女は無事に学校を卒業した。
もう卒業も出来ないだろうと諦めていた自分の人生は、とてもちっぽけだったかもしれない変化で大きく変わっていった。
辛く苦しい時もキルラの存在のおかげで乗り切ることができた。
人生が全て好転しだした。










はずだった……。


**ハツコイヲモウイチド 5 [#t5f67de5]

卒業した後の彼女はさらに彼に全てを捧げていた。
出会う時間も多くなり、かけるお金も増えていったがその全てに反比例するように彼からの愛情は少しずつ無くなっていっていた。
途中で出席率が著しく落ちていた彼女は内定はもらえず、今のバイトをそのまま頑張り続けていた。
別に苦しくはなかった。
辛くもなかった。
ただだんだんと遠くなっていく彼との心の距離が無性にもどかしく、悲しかった。
次第に彼女の出す誘いのメールは最初のうちは無理だという内容のメールを返していてくれたが、今では既に返信すらなくなっていた。
会いたい思いばかりが募り、会えない孤独がだんだんと彼女の心を蝕んでいた。
「チコちゃん大丈夫?顔色悪いけど…。」
声をかけられチコは我に返った。
バイトの真っ最中でも心が動かされるほどに彼女は動揺していた。
「だ、大丈夫です…。なんでもないので…。」
心配させないようにと必死に笑顔を見せてみたが
「辛い時は無理しなくていいからね。今日は人も足りてるし先に帰った方がいいよ。」
バイトの先輩が気を遣ってくれて、チコは今日、早めにあげてもらえることになった。
更衣室で着替える時
「そういえばさ、最近チコさん元気ないよね。大丈夫かな?」
「聞きたいけど…なんかそういう雰囲気じゃないっていうか…。なんだか聞きづらいよね。」
そんな会話が聞こえていた。
雰囲気の変わった彼女は本当に人当たりのいい人になっていた。
裏も表もない真っ直ぐな彼女だからこそそうなったのかもしれない。
服を全て着る前にケータイを取り出し、ダメ元でメールを送ってみた。

『今日、出来れば今から会えませんか?』

飾り気も何もない。彼女の真摯な思いだけが綴られたメールだった。
思いが届くかどうかはさておき、あまり更衣室を独占すれば他の人が迷惑する。
残りもすぐに着替え、早々とその場を後にした。
今日は仕事だったためあまり見栄えのしない服を選んできていたため、もしもの事を考え家に戻って服を着替えようと思っていた。
が、何よりも待ち望んでいた音が聞こえてきた。
慌て過ぎてケータイを落としそうになったが急いで開いてメールを確認した。

『お久し振り。最近忙しくて返事も出来なかったよ。
こっちは大丈夫だよ?出来ればいつもの店で先に待っててもらえる?』

嬉しくて、嬉し過ぎて頭がおかしくなってしまいそうだった。
先に待ってて欲しい。
その言葉通り彼女はいったん家に帰るのもやめ、真っ直ぐにカフェへと向かった。
質素な格好のまま一人でカップルの賑わうカフェにいるのは少しばかり酷ではあったが、今から彼に会えるのであれば辛くはなかった。


――――


一時間…いや二時間ほどだろうか…。
長いこと待っているがまだ来なかった。
日も大分傾き、西日が差し込む店内はあの時のように店員がブラインドを下ろしていた。
もうすぐ閉店の時間。
期待していた分、突き放されたような感覚に苛まれた。

もう、このまま来ないのではないだろうか。
自分に何か問題があったのだろうか…。

思い浮かぶ事は全てそう言った事だった。
しかし
「悪い!待たせた!!」
そう言い息を切らせて彼が走りこんできた。
キルラの姿を見つけるなり彼女は泣き出してしまった。
駆け寄りたくてもそれができないほどに感情が溢れ返って、一人体を震わせながらただただ泣いていた。
「ごめんな。遅くなって。」
そっと後ろから抱きしめられたその瞬間、彼女の中にあった色々な思いが全て溶け出してしまえた。
やっと会えた幸福感だけで彼女は十分だった。
だが、彼は違った。
「こんだけ遅れても待っててくれたってことは…俺とヤリたいってことでいいんだよな?」
そんな言葉に驚き、泣いていたチコの涙は止まり彼の顔を覗き込んでいた。
彼の…キルラの顔は以前のように綺麗な夕日のような笑顔ではなく、醜く歪んだ自分が最も嫌いとする笑顔だった。
その笑顔はどうしても昔の自分を思い出させ、嫌でも自分を陰鬱な気分にさせるからだ。
目を背け、ただ黙り込んでいるチコの肩をグイっと寄せ
「今すぐ俺の家に来てもいいってんなら俺もまだお前を愛せるかもな。」
そう彼女に突き付けた。
いやだ。
そう言ってしまえばすぐにカタのつく問題だった。
だが彼女にはそれが無性に怖かった。
今の彼がではない。
彼がいなくなることによって自分が以前のように戻ってしまいそうで…。
彼がいなければ今の自分はない。
そして彼が今求めているものが一つある。
それを叶えれば彼は今後も自分のものになる。
考えてはいけない利己的な欲求なら彼女は小さく震えながら首を縦に振った。
それを見た瞬間に彼はその醜い笑顔を止めてくれた。
以前のように優しく肩に腕を回してくれるわけではなく、少し力が入っていたが、元に戻った彼を見て多少のことはどうでもよくなっていた。
彼といられるのならそれでいい。
彼はこれでいつまでも私といてくれる。
彼はこれからも…私のもの…。

もしかすると、彼の苦渋の選択が彼女に現実を突きつけられるよりも先に彼女を壊し始めていたのかもしれない…。

華やかな繁華街を抜け、薄暗く湿った路地裏の方へと抜けてきた。
そのまま路地裏を歩き続けて数分、彼がいきなり立ち止まり
「ここが俺んちだ。どうだ?いい場所だろう?」
お世辞にも綺麗とは言えないようなボロボロで煤けたアパートを指差して、キルラはわざとそう言った。
「そうね。」
だが、彼女の答えは意外なものだった。
チコは迷わず肯定し、彼を見ていた。
そんな様子が不服だったのか彼は何も言わずにチコの腕を引っ張りながらアパートの中へと入っていった。
そのまま階段を上り、立ち並ぶボロボロの扉のうちのひとつの前に立ち、無用心にも鍵も開けずにそのまま扉を開けて中へ入っていった。
そのまま彼は寝室まで彼女を引っ張り、そのままベッドへと物でも扱うかのように放り出した。
古く傷んだベッドは錆びたバネの軋む音を立てながら彼女を優しく受け止めたが、そのまますぐに彼が覆い被さってきた。
少しぐらいは話が出来ると思っていた彼女からするとはっきり言って嫌だったが
「ほら、早く股開けよ。少しぐらいは愛してやるからよ。」
そんな愛のカケラもない言葉から彼女なりに必死に彼の愛を見出そうとしていた。
結局言われるがまま彼女は身を許し、やりたいように犯された。
何もなかった。
いや、何もなかったといえば嘘になる。
正確には彼の欲だけがあった。
「これで……これで…私を愛して…」
「あれぇ?どうしたの?こんなに早く戻ってきて。」
彼女の必死の言葉は他の女性の声によってかき消された。


**ハツコイヲモウイチド 6 [#n7c5e49c]


彼女の瞳には絶望が写りこんでいた。
スラリと細く、引き締まった体。
毛並みも美しく黄斑は彼女の紫の中によく目立った。
チコとは比べ物にならないほどにその女性は妖艶で背も高かった。
夜の街を遊び慣れているのだろう。
彼女の風貌はまさに女豹。
そのレパルダスが訪れたことによって今、一つだけ確実に理解できた。


「ねえ…私の事……好き…だよね…?」
「はぁ?お前まだそんなこと言ってんの?」


でも、それを信じたくなかった。


「だって…だって!あの時愛してるって…!」
「お前あんな社交辞令も分かんないのかよ…!教えてやるよ!お前はお遊びだよ!」


自分勝手な考えだったかもしれないがチコは本気で彼のことを愛していた。


「え~なに~?もしかしてこの子あんたの事好きだったの?」
「そうだよ!俺の本命はお前だけなのに…やっぱ遊びで女なんか釣るもんじゃねぇな。」


横に寄り添うそのお似合いの二人が心から羨ましく、妬ましかった。


「それじゃ…私のことは…。」
「好きも嫌いもねぇっつってんだろこの馬鹿!!とっとと消えろよ!!」


溢れる涙の理由はもう分からなくなっていた。


「てゆーか何~?あんたもしかしてこういうガキンチョが趣味なの~?」
「ちげーよ。簡単に釣れそうだったからだよ。ま、案の定だったけどな。」


捨てられたことなんて本当はとっくの昔に分かっていた。


「おら!いつまで突っ立ってんだよこのゴミ!さっさとリサイクルしてくれるやつでも探しな!」
「ちょっと可哀想でしょ?あの子あの身なりで中古品なら誰も欲しがらないって~。」


それでも…


「そう…だよね……ゴミは邪魔だもんね…。」
「分かってんならさっさと消えろ粗大ゴミ!」


私は…


「ゴミは…処分しないと…イケナイヨネ?」


あなたを私だけの物にしたかった………。

溢れ出る様々な思い。
怒り、妬み、喜び、苦しみ、悲しみ、憤り、絶望感、幸福感…
その全てに身を任せ、気付けば何もかもが終わった後だった。
そこにいた女性は既にピクリとも動かなくなっていた。
そして今、彼女の真下にいる彼も恐怖に震えていた。
「ま…待て、じょ、冗談だよ…お前が一番大事に決まってるだろ?」
下にいるソレは未だにそんな事を言っていた。
「イチバンダイジナノ?アレヨリモダイジナノ?」
血の海に横たわる女性に包丁を向け、そう聞いた。
「あ…当たり前だろ…?だ、だから…助けてくれよ…。なぁ?」
そこにある瞳が邪魔でその薄汚いソレを消してしまうことができなかった。
「スグニコトバガカワルヒトナンテシンヨウデキナイ…。ワカルヨネ?」
その瞳は最初に、逃げ場のない暗闇から彼女を救い上げてくれた優しい瞳だった。
でも、そこにいるモノにとってはもうただの邪魔な物でしかなかった。
しかし、それが綺麗な物であるのも同時に分かる。
だから彼女はそれをおもむろに一つ、引き抜いた。
下で何かが喚き散らしていたが、彼女の耳には入ってこない。
無理やり引き抜いたその美しい物は力を入れ過ぎたのか少し崩れて綺麗な形ではなくなっていた。
それを見ていると今の下にいるソレを思い出させて少し嫌な気持ちになった。
でもそれでもやっぱり大事な物。
小さな口にそれを運び込み、恍惚とした表情のままそれを噛み砕いた。
グチャリと嫌な感触が口の中に広がる。
まさに今の彼を表すような感触で、いつの間にか彼女は鼻で笑っていた。
コレが好きな人だったのか…と…。
だから私はまだ恋なんてしていない。
もう一度、いえ…初めから良い恋をしよう。
だから綺麗なままの好きだったかもしれないソレの瞳を今度は潰さぬように汚さぬように優しく引き抜いた。
もう下にいるのは動かなくなっていたと思う。
それでも今、彼は目の前に生きていた。
美しく輝く彼を優しく抱きしめ、彼女はその場を後にした。
もうそこに…愛した人はいないから…。


いつまでも…私だけを見てくれるから……。

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**あとがき [#lb927fb1]

ヒトナツノコイ外伝、ハツコイヲモウイチドを最後まで読んでいただきありがとうございます。
最後まで暗く切ない感じでしたが仕方ないかなと思います。
とても純粋な子だったからこそこんな目にあってしまったのかもしれないです。
なので、皆さんは大事にしてあげてくださいね?
では、機会があればまた別の作品で( ´・ω・`)ノシ

**コメント [#xa46ddbc]
#pcomment(ハツコイヲモウイチド/コメントログ,10,below)

IP:125.13.180.190 TIME:"2012-12-30 (日) 00:52:19" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?guid=ON" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"

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