ポケモン小説wiki
テオナナカトル:中 の変更点


#include(第一回帰ってきた変態選手権情報窓,notitle)

このお話には特殊な表現が含まれます。
道具を使ったプレイ、雄×雄、雌×雌など。苦手な方はご注意お願いします。
[[前編へ>テオナナカトル:上]]
#contents
**パルキアはレシラムになる [#j379a2cb]

 寒かった冬も終わり、交易路の雪も解けて塞がれていた道が繋がる季節。そうなれば、飛行タイプのポケモンが少量運ぶ程度だった交流は解禁され、水の流れだけでなく人の流れまで堰を切ってあふれだす。通称『雪解け人』と呼ばれる商人達がこの街、イェルンガルドを目指し市場を築き上げるのだ。
 また、逆にこの街を発ってへ交易品を売りに行く者もいるなど、この時期の人の流れは本当に忙しい。ただ、その流れがはじまったばかりの今は、冬の季節だけ常連をしていた連中は街から姿を消し、それに伴ってこの街に定住しているしている者以外の客がいなくなる。
 そのため酒場は閑散としていた。従業員は少々暇を持て余す事になって、休憩の時間も長く取れるようになる。休憩中の世間話もついつい弾んでしまう。
「今年は、シャーマン候補や神子候補いるかしらねぇ?」
「シャーマンはともかく神子って一生童貞もしくは処女なんじゃないのか? そんな奴に望んでなりたがるものかね……しかも黒白神教なんて得体の知れない異教徒に」
 リーバーがフシギバナに進化しても、仕事の休憩中に話す日課に代わりは無く、時期に合わせて話題の変わる世間話は、当然のように旅人に関するお話である。

「いざとなったら色仕掛けで何とかするわよ」
 左手を脇に挟む、一風変わった腕組みをしつつ、ナナは得意げに笑う。
「一番しちゃいけないだろそれ!! 俺が使った『禁欲の誓い』とか言う薬はセックスを封じるための薬だろう? 神子はセックスしちゃいけないのに色仕掛けで神子を勧誘だなんて、どんな生殺しだって言うんだ?」
「ふふ、神子になる方法はいくつかあるのよ。セックスしないことで神をその身に下ろせる体を汚さないようにする理由は、即ちその者が単一の性しかもたないから……男であるか女であるからそうする必要があるの。
 つまるところ、セックスをしてはいけない理由は男でも女でもないことに意味があるからなのよ。一生童貞もしくは処女とまではいかなくとも、神子として生きている間は男でも女でもあってはいけない。ほら、一生に一度もセックスをしたことがなければ、男だろうと女だろうとまったく変わりないでしょう? 色々変わるとか野暮なことは言いっこ無しよ。屁理屈はいらないわ。
 だからこその神子の禁欲生活なんだけれど……メタグロスやドータクンなら最初っから性別が無いから神子と言う役職に就こうともセックスし放題よ。もちろん、メタモンもね。だから、ユミルはジャネットの子供を生んでいるけれど神子なのよ。あー羨ましい」
「単一の性……ねぇ。それはそれでお前の色仕掛けが通じない気がするんだが……ゾロアークの幻影ならばメタグロスも誘惑できるのか?」
「ふふ、どうでしょうね」
 ナナは天然なのかそれともわざとなのか、ほとんど笑みを崩さない表情からは察しがたいが、どちらにしたって面白いのでロイもつられて笑った。
「それに、ユミルのように神子になるだけが神に仕える方法じゃないわ。神子になるには強い神の力と、神をその身におろすための体が必要。神の力を下ろす体は貞操を守る必要があるけれど……力をある程度持ってるならば、神子にならなくっても、ただのシャーマンになったってだってかまわないわ。
 ただのシャーマンならセックスはいくらでもOKなのよ……ま、一つ分役職が少ないけれどね」
 ナナはそんなことを言いながらロイの膝あたりを撫でる。すぐそこに肉棒がある位置を触られては、欲に駆られて男はたまらない気分になりがちだが、ロイは動じない。
「セックスがいくらでもOKだからって、節操無く男を襲って性病になるなよ」
 動じることなく、ハエを殺せる程度の威力のシャドーボールを比較的ゆっくりめにナナの手へ放つ。ナナはさっと手を引いてそのシャドーボールをかわし、交わしたその手でロイの頬を撫でる。

「んもう、ロイってば無駄に貞操観念が高いんだから。私、そんなに無節操な女に見えるかしら? これでも、貴方やリーバーに本番は行っていないんだけれど……覚えていないか・し・ら?」
「悪かったね。きちんと覚えているよ」
 ロイはナナの言葉を鼻で笑い、顔を振ってナナが頬を撫でる手を振り払った。
「ところで。神の力ってのは強い奴とそうでない奴で違いはあるのか?」
「どういう奴が強いって言うのは……見ないとよくわからないわね。神の力って言うのは即ちいかに自然と一体化するか……で決まるから、そこにるようでいないとか気配を消せるとかそういう人はシャーマンとして有能よ。そう言うのは才能だし……生まれつき強かったり弱かったりする。遺伝とか、生まれた場所とか色々かかわっているみたい。聖地やパワースポットって呼ばれる場所で生まれた子供は力が強いみたいね。
 まぁ、生まれ付きに備わった力が低くても、高める方法は色々あるわ。断食と禁欲と瞑想……つまるところ、神龍信仰で用いられている清貧・貞潔・従順ね。そうやって欲望を断つことで静かにで高める方法は世界的に文化を越えて行われているわね。
 もっと活動的に力を高めたい場合は……私たちがやっているように、他人の幸福と不幸に触れること。つまるところ、貴方のように不幸な人が持ちかける仕事も、妊娠したからつわり用の薬をくれなんてめでたい仕事も。不幸と幸福、どちらも受け付けることで私たちの神の力は高まっていくの。
 この酒場っていう環境も悪くないわ。祝いの酒も労いの酒も愚痴の酒も自棄酒も、全部私達の力になる……歌姫のうように歌を謡うのもいいことなのよ」
「へぇ、ってことは酒場を経営している俺も神の力が高いのかもな」

 冗談交じりの口調でロイがおどけて見せると、ナナは不適に笑う。
「試してみる?」
「どうやって?」
 言葉で答える代わりに、ナナは首飾りをはずしてみせる。金と銀と螺鈿に彩られ、虫入りの琥珀をはめ込んである首飾りは、普通の女性がつけていても装飾品のほうが主役になってしまうほどの美しさだ。ナナの美貌と合わせれば神でさえも魅了してしまえそうな代物である。
 ナナが着けているからこそ、首飾りが首飾りの範疇で収まらせることが出来る装飾品。貴族ですら入手が難しそうな、素手で触れるのは気が引けるほどの代物だ。
「これは、太陽の沈まない時代に世界を支配していた炎の軍勢と戦い、刺し違えた豊穣の女神の色違いセレビィが四人のレジに作らせたと言われる首飾り、フリージンガメン。時を渡るセレビィの加護を受けた貴重な宝玉をどうぞ。
 これに触れて『こんにちは』って話しかけてみなさい。それ、お客さんにはイミテーションの安物って言っておいたけれど、紛れもない本物だから……本来なら王宮に飾っておくべきくらいの代物よ」

「本物……か」
 その神話の概要を知っているロイはゴクリと息を呑む。言われるまではロイもイミテーションだと思っていて、それほどまでの代物だとは夢にも思っていなかったのだが、豊穣の女神の持ち物だと言われれば確かに納得できる美しさを秘めている。
「この輝きなら確かに本物かもな……偽者にしては放つ光が綺麗過ぎる。だが、本物だから触れるとどうなるってわけでも……無いだろうに」
 首をかしげながらも、ロイは言うとおりにした。あまりの高級感に息を飲みながら触れて、振れたら珠に話しかける。一瞬の寒気!!

『下郎が私に触らないで!!』
「ひっ!!」
 怒りにまみれた声が頭の中に轟いて、ロイは思わず情けない声を上げながら手を引っ込める。
「あら、触るなって怒られたのかしら?」
「う、うん……」
 一瞬で跳ね上がった心拍数を感じながらロイはおずおずと頷いた。
「だとしたらイモムシレベルかしらね。すごいじゃない」
「イ、イモムシ? それってすごいのか?」
「うん。普通の人は蚊レベル。触れたところで珠は相手をしてくれないわ。けれど貴方は……そう、酒場の主人である前に貴族なのよね。それはもう、多くの人の不幸と幸福に触れてきた……の、かしら?」
「その点については前に言ったとおり、俺の親父は名君って呼ばれていたよ。俺も、兄弟共々その跡を継ぐに相応しいって言われていたから……思い出話はむなしいな」
「なるほど、貴方がイモムシから始められるわけね。酒場の主人をやっていても、結局は才能がなければすぐにシャーマンとしての力も頭打ちになっちゃうけれど……特別な訓練を何の無しにイモムシレベルから始まるのならば、才能は十分よ。私もそうだったから……ちなみにリーバー君は残念ながら蚊レベルだったわ。
 貴方がこれから成長すると子犬レベルになって、フリージンガメンは『まだ私には遠いわ。あせらないでゆっくりやりなさい』って感じでちょっとばかし口調がやさしくなってくるの。さらに成長すれば『さぁ、私の力を使いこなして見なさい』って感じに、フリージンガメンはどんどん心を開いてくれるわ。これでようやく一人前レベルで、私たちのメンバーでは歌姫ちゃんがようやく一人前レベルになったところよ。
 神子やシャーマンをやりたいのならば子犬レベルにはなってもらわなくっちゃって感じだけれど。でも、不幸も幸福も親身になって受け入れてくれる貴方なら子犬レベルくらいすぐになれるでしょうね。そうなった暁には、神子になれとは言わないけれどシャーマンにならないかしら? 私達と同じ、黒白神教のシャーマンに」
 ナナは笑顔でロイの前脚をとって胸に当てる。ナナのあるかないかの胸には絶妙に触れていない位置ではあるが。
「いや、俺がシャーマンになって何か得があるのか? ないなら遠慮しておく。もうすぐ来るだろう商人や旅人たちから選んでくれ」
「んもぅ、意地悪。まぁいいわ、強制的にやらせても仕方がない。まだ&ruby(この子){フリージンガメン};は何も言わないし……」
 ナナはフリージンガメンを見ながら『この子』と言い、ロイをそれ以上勧誘することはしなかった。

***
『シャーマンに誘われたのはいいのだが、ナナは本気で誘おうとはしなかった。誘う価値があるほどの才能がないというのか、それとも言葉通り俺が真面目にやらなければ意味がないという事か。どっちもかもしれない。なんかちょっと悔しいし、少しもったいない気もした。
 思えばこの時、黒白神教に執着する理由を聞いておけば納得できたかもしれないんだけれど……聞けなかったんだよなぁ。俺は初心な少年かって話だ。思い起こしてみれば、婚約者は俺が決めたわけでもないし、俺を拾ってくれたサラさんだって……誘ったのはあっちからだ。なんだ、結局俺って女性に対して奥手なのかもな。
 愛の告白で関係が崩れるかどうか悩んでいるわけでもないのに、何をやっているのやら』
RIGHT:テオナナカトルの構成員、ロイの手記より。神権歴2年、3月23日
LEFT:
 ◇

 数日経って、大多数の商人たちがこのイェルンガルドまでたどり着き、大きな市場を形成し始めた。この街では、物と金と情報が嵐か吹雪のように行き交っている。
 情報、というのは鳥ポケモン達の行う空路だけでは伝わりきらない、他愛のない噂話やら嘘のような話まで。ライボルトとアブソルの二人組みが手をかざすだけで、歩けなかった子供が歩けるようになったとか、春を伝えに来たファイヤーがとある果樹園の果物を大量に食べていったというめでたい話もあれば、麻薬の売人を始末しようとした神龍軍が捩じ切られ焼き払われ全滅したとか、流行り病によって壊滅状態の村があるとか物騒な話にも事欠かない。

 物の流れ、というのは食料だったり、香辛料だったり、民芸品だったり毛皮だったり、もちろん薬の材料となる物もあるわけだ。テオナナカトルの使う薬は、本来毒とされているものやポケモンの体の一部を材料としているものがあるだけに、大っぴらに売るわけにはいかず、また売る者も少ないが。
 とは言っても、市場の開催は同時に無数の材料が手に入ることを意味している。市場の開催を誰よりも心待ちにしていたのはジャネットであった。彼女は夫のユミルをケンタロスへと変身させて、荷物持ちの仕事を担当させ、嬉々として買い物を続けている。車輪のついた籠を引っ張るユミルも慣れたもので、人の波を縫うように、危なげない移動を見せている。その横でジャネットは子守唄を歌っていた。
「ドーブルさんの染め物屋。ゼクロムさんは黄色に染めて、カミナリ色になりました。でもでもでもねゼクロムは、山火事消しに忙しく 煙を浴びてまっ黒け
 ドーブルさんの染め物屋。ペラップさんはお洒落好き、全身鮮やか綺麗だね。でもでもでもねペラップは、手入れに時間がかかり過ぎ、遊べる時間も少ないよ……」
 と、ジャネットはそこで子守唄を止める。
「あら、もう寝ちゃってる……可愛い寝顔。なんて思うのは親馬鹿かしらね……」
 ジャネットの娘であるユキワラシのシーラは、迷子にならないようについて来てはくれるのだけれど、すぐに玩具に興味を引かれてしまうために目が離せない。結局おんぶをするのだが、おんぶを続けているとすぐに眠くなって寝てしまう子なので楽なものだった。

 ジャネットは辺りを見回しながら、顔見知りを探している。こういった毎回開催される市場では、馴染みの顔を探すのは楽しいものだ。二年連続で世間話した親子や、去年母乳が良く出るように薬を渡した夫婦。掘り出し物の素材を扱っている民芸品店等、様々だ。
 伝説のポケモンの体の一部。例えば鱗や羽などを扱っている店は、装飾品として売っていることが多いが、ジャネットにとっては薬の材料である事も多い。去年に良いものを売っていたお店では優先的に買い物を。以前見た顔を捜すのは骨の折れる作業だけれど、見つかったときに行う世間話は、普段顔をあわせ気心の知れた仲間と行うそれとは趣が違う。
「へぇ~、そうなんでやんすかぁ」
「幸運じゃな」
 ユミル、ジャネットともにヌオーの店主の自慢話に相槌を打つ。
「そりゃもう、伝説の用心棒ってなすごいやつだったよ。俺は俺で別口の用心棒雇っていたんだがね。思いがけず一緒になったらもう、俺の用心棒は出番なし。たった2人で盗賊7人、滅多打ちよ。いやはや、これこそ思いがけない幸運ってやつなんだろうね。
 用心棒がいたところで、積荷の一つや二つは覚悟していたってのに、損害はゼロさ」
 気分よさげなヌオーは、見た目だけでなく本当に気分が良いようで、お目当てのなど、伝説のポケモンの落し物をいつもより安い値段で売ってくれた。
 気分の良さが連鎖して、ジャネットまでもが上機嫌になる。まだ肌寒いとはいえ、氷タイプである彼女には暖かいと思える季節。うららかな日差しを浴びて、歌姫がよく歌う歌の中でも歌いやすいものを鼻歌で口ずさみながら、見慣れた顔を探して次の買い物へ。
 数分かかってようやく見つけられたのは、毎年これでもかと言うくらい多種にわたるキノコや薬草を取り扱っている夫婦であった。

 ◇

 もちろん、他の者も仕事に勤しんでいないわけがない。酒場の目玉料理とするために香辛料を購入するロイ。旅の吟遊詩人相手に唄の交換を申し出る歌姫。お祭り気分で楽しむ者ももちろんいて、フシギバナに進化したリーバーはロイの荷物持ちを担当していながらも、貰った給料で珍しい物を購入するなどしている。大人の姿になったぶん、子供が買うようなおもちゃではなく、部屋に飾るような小物を買う事が多くなっているようだ。
 そして中には、少々変わった買い物をしている者も居る。

 カツラや付け毛を作るために髪の毛を売る商売がある。例えばラルトスやその進化形のポケモンから取れる若草色の毛は装飾品として人気があったりするし、聖職者の体毛には御利益があるからと、ミミロップやエネコロロなどメロメロボディのポケモンの体毛を売り捌くことだってある。
 そうでなくともポケモンの体毛から作った服は、普通の動物のそれよりも遥かに丈夫だ。例えば、メリープの体毛であれば羊のそれを遥かに超える強度と耐電性を兼ね備えた服となる。戦争の時には、兵隊が苦手なタイプを防ぐためにお世話になるのが通例である。
 そんな体毛ショップにて、モッサモサの頭髪を抱えながら左手を脇に挟みこむ腕組みをして赤黒い体毛を選ぶ美女が居た。
「どうしようかしらね」
 オレンジ色や朱色の体毛を持つポケモンは少なくないが、真っ赤と言われるとそのポケモンは大きく限られる。ウィンディは柿色、バクーダは朱色と、微妙に色が違う。即ち、真っ赤な髪、しかも長いと言えばゾロアークしかいなく、必然的にその女性が選んでいる髪もゾロアークのそれである。
「お嬢さん……自分と同じゾロアークの毛なんて眺めてどうしたんだい? 値段交渉の参考かな? アンタはべっぴんさんだし、ピンク色なんて珍しい色しているし、あんたみたいに美しい艶の毛の持ち主ならいい値で買い取らせてもらうよ」
「いえ、私は売りに来たのではなく買いに来たの……ついでに言うと、私の毛もそろそろ刈ろうと思っていた所だし……」
「おや、布商かもしくは衣服商か何かかな? かぁ~……っていうかさぁ。買い取るなんて言っておいてなんだけれど、そんなに良い髪持っているんだ。自分の髪を使った方がよっぽどいいってもんだ。エスパータイプの攻撃を軽減する効果があるんだろうけれど、それ以上につけているだけで幸せな気分になりそうじゃないか」
「いえ、防具とかそういうのではなく……私が作るものは客に出す代物ではありませんので……」
「へぇ、じゃあそれは自分に使うものかい? それにしたってお前さんの付け毛にするような上質な髪は……正直扱っていないなぁ。全く、お前さんの髪を譲ってほしいくらいだよ」
「ふふ、おほめの言葉として受け取っておくわ。それよりも、これを……買って行きたいと思うの。美人割引という事で一割くらいお安くならない?」
「おや、もっと吹っかけられるかと思ったけれど、一割ならば全然構わんよ。それに、俺は買いに来てくれるお客さんは全員が美人だって心に決めてんだ。よし、その髪の量なら代金はこれだけだ」
 店の主人はソロバンをはじき、それをナナへと提示する。
「うふっ安いわね。是非いただくわ」
 ナナは自身の豊かな髪の中を探って財布を取り出し、提示された額を払って店を笑顔で後にした。

 ◇

 抱えきれないほどの香辛料を買い付けたロイはその整理を終え、今日の目玉料理としてボードの書きかえを行っていた。料理を行う人員として雇っているブーバーンのフリアおばさんは香辛料の香りを嗅いで、どんな料理を作るのかを考えるのが楽しくてたまらないらしい。煮込んだ野菜と小さなケースに小分けしたスパイスの間を行ったり来たり。
 鼻と経験を頼りに何度も試行錯誤を繰り返す様を見ていると、この人は本当に料理が好きなのだとよくわかる。
 看板には『高級スパイスをふんだんに使った    』とだけ書かれている。フリアおばさんが試行錯誤されている間どんな料理になるかもわからないうちは『使った』の後ろがいつまでも空白のまま埋まらない。早く補完したい所ではあるが、急かしたら悪いからロイは先に別の仕事を片付けることにする。水よし、酒よし、食材よし、燃料よし、灯りよし、紅茶よし、残っている仕事と言えば掃除くらいだ。
「リーバー手伝うよ」
 すでに掃除を始めているのは住み込みで働いているリーバーくらいなもの。
「ご苦労様です兄さん」
 春の日差しを切っ掛けについにフシギバナに進化したリーバーの声は野太くなり、少々おどおどした喋り方はしっかりとした自信に充ち溢れた者に変わっている。春を迎えてロイは、サイコキネシスで清掃用具入れを開け、雑巾を手繰り寄せて前脚で押さえつけたまま、後ろ足だけで歩くことになる。
 貴族をやっていた頃はこんな事をするなんて思ってもみなかったが、やってみれば雑巾がけも案外楽なものだ

 しばらく掃除を続け、バケツの底が見えないほどに濁ってゆく頃には床も見違えるほどの光沢を放つようになっている。商売に勤しむ旅人達を迎える準備も万端だ。厨房の方からもよい匂いが漂ってきて、ようやくフリアおばさんが料理を作り始めたのだとわかった。
 もうすぐ掃除も終わりだし、立札に書き加える項目もそんなに時間はかからない。今日はサービスでいつもより開店時間を早めようか、なんて思いながらまだ磨かれていない床を磨いている最中の事。
「ほら、ロイさんはあそこだよ。会ってきな。私は今大事なところだから、後で何かあったら説明しておくれよ」
 厨房の方からフリアおばさんの声が聞こえた。どうやらロイへの客人のようで、ロイは厨房の方へと目を向ける。
「兄さん!!」
「よう、ローラ……」
 ロイは無意識で返事をして、自分の口と耳を疑った。
「ローラ?」
 凝視する。
 ラベンダー色の細かい体毛が風もないのに揺れ動いている。藍色の瞳は吸い込まれそうなほど深い。室内を照らすランプの炎が揺れているせいだろうか、目の光は&ruby(みなも){水面};のように静かに光が揺れている。ナナには劣るものの、家族の欲目を抜きにして美しいその見た目。しなやかな肢体から繰り出される演舞のような所作は、一挙手一投足に意味を求められるほど。
 間違いなかった。
「……ぁ」
 声が出ず、震える足を引き摺るようにしてロイは歩み寄る。掃除などもちろん中断だ。
「ローラ……どうしてこんなところに? 元世俗騎士は関所なんて通れないはずじゃ?」
 収まりがつかなかった感情が爆発し声、次いで足が勢いよく出て、突進と誤解されても仕方のない速度でロイが駆け寄った。前脚を上げれば顔に触れる距離、すでにして涙目になったロイが震えながら深呼吸したのち、破顔した。
「関所なんて、この季節たくさん人が通るのよ? 一々全ての荷物を調べられるわけなんて無いじゃない……荷物に紛れ込んできたのよ」
「ポカーン……」
「わざわざ口に出さなくっていいから、リーバー」
 二人のやり取りを見て口をあんぐりと開けるリーバー。わざわざ擬音を口に出しているあたり本気で呆然としているようではなく、あくまで『早く何が起こったか説明してくれ』とった様子。
「見てのとおり、聞いてのとおり妹だよ、こいつは……ローラって言うんだ。とりあえず会えてよかったぁ」
 ロイがローラの細い首に自信の首を絡ませると、頬の下にある飾り毛と互いの大きな耳が触れ合った。毛皮がすれる感触が心地よいのか、ロイはそのまま頬擦りまで始めていた。
「兄さん興奮し過ぎ」
 あらかじめここにいることを知って街を訪ねたのであろうローラは喜びながらも冷静で、ロイの抱擁に苦笑で返した。言われてようやくロイは自分が周囲の目を気にしていなかったことに気が付き、ロイは恥ずかしさで顔を伏せて一言。
「ごめん」
 ローラは肩をすくめて笑った。
「ま、いっか。とりあえず、今日はご馳走してくれないかしら? お互いに色々話しましょう」
「……と、言うわけなんだけれどリーバー、構わないよね?」

 ◇

 と、言っては見たものの、踊り子ナナの噂はすでに旅人達の間に伝わっているようで、市場が築かれて初日の今日からすでに店は大盛況。常連客との仕分けには冬のとき以上に苦労して、とてもローラに付き合っている暇は無く、結局話をする時間が出来たのは営業時間が終了してからであった。
「ごめんごめん。結局待たせちゃったね」
「いいのよ、兄さん」
 客が居なくなった酒場だけれど、いつもは帰っていくメンバーも今日ばかりは残っていてそれなりににぎやかな様相を見せていた。酒場の店員であるロイとリーバーとフリアおばさんとカブトプスのルイン。そして、客寄せのナナと歌姫にゲストのローラ、計7人が一つのテーブルを囲んでいる。
「それにしても、ロイの妹がこんなにもべっぴんさんだったとはねぇ」
「トニーとジョーもミス・イェンガルド候補だって褒めてたよね」
 この酒場の店員、フリアとリーバーがそうやってローラを褒める。
「あら、フリアさんにリーバーさんでしたっけ。お褒めの言葉ありがたく受け取っておきますね」
 ローラは世間知らずのお嬢様のように無防備な笑顔を振りまいた。その仕草、その口調、その笑顔、何も変わっていないとロイは安心もしたが、逆に何も変えないようにどれほど苦労したのかを想像させる。無理しているんじゃないか――と、考えずには居られない。
「……この一年半、何をしていたんだ?」
「別に……貴族の娘として暮らしていればいずれはたどる道が少し早く、極端になっただけの事よ」
 やはり、と言うべきか。暗い影を落とした表情でローラが答えた。
「いずれはたどる道、ねぇ……何回か愚痴をもらしていたもんな、お前。それについては兄妹だけの秘密にしておこう」
 ローラの言葉から何を読み取ったのか、ロイはなんとなくローラが言いたいことがわかってしまったが、ロイとナナ以外は誰もローラの言葉の意味がわかっていないようで、頭上に疑問符を浮かべている。

 ローラは、自分がここに来たのは酒場で働いているロイの噂を旅人づてに聞いたからであって、当ても無く旅をしていたわけではないと言う。裸一貫でこの町に来たために、路銀の残りが尽きればもう無一文なのだとも告げた。給料が競合すると言う危惧からか、ロイを含めてこの酒場で働くことを進めはせず、その空気を読んだのかローラもまた『この酒場で働かせてください』とは言わなかった。
 ローラの身の上話が終わると、次はロイの身の上話となる。ロイは、自分とリーバーがシドに犯されていたことをそっと心の中にしまっておいた。リーバー以外の従業員はその事実を知らないので、今は暴露できない。無論ナナと歌姫もシドとの件について口を挟むような無粋な真似はしなかった。

 ロイとローラの身の上話はいつの間にか親自慢になっていく。今まで家族は死んでいるものと思って、家族のことを話したがらなかったが、ロイもこんな風に楽しそうに家族のことを話せるのだと、この場にいるロイの知り合いは内心その変化に驚いていた。
「まぁ、初めての女の子だから舞い上がっていたって言うのもあるんだろうけれどさ。こいつ、3歳も年下の癖に俺よりも早くエーフィに進化してやがんの。さすがの親父もこれにはびっくりでさ……まだ変わらずの石も用意していなかったのを後悔していたよ、ま、5歳で進化するなんて誰も思わないもんな」
「うちの父さん……私達を見てのとおり子供を大切にしているんです。親に相当愛されないとエーフィやブラッキーに進化出来ないというのに、兄弟も父さんもみんなエーフィとブラッキーなんですよ?
 そんな父親ですから……こうして離れ離れになった今も、父さんは家族にも領民にも慕われているのでしょうね……」
「へぇ、だからロイはリーバー君のことをこんなに愛しているんだ。きっと家族を大事にする癖は付いているのね……それで、弟みたいな存在のリーバー君が大事にされるわけ。
 世が世ならいいお父さんになっていたでしょうねぇ。ロイにイーブイの子供が生まれたら子供もみんなエーフィかブラッキーになったりして」
 ロイとローラの父親自慢を微笑ましい目で見ながら、ナナは祝福するようにそんな言葉を口にする。当のロイとリーバーは少し照れていた。
「まぁね……リーバーとは、新しい弟が出来たんだって気持ちで付き合ってきたからさ。本当、俺の存在をローラに伝えてくれた旅人には感謝だよ」
 言い終えてため息をつくと、ローラはネックポーチから思い出の詰まった懐中時計を取り出した。
「なんか切りもいいみたいだし、もうこんな時間だし……そろそろお開きにしないかしら? 私、もう眠くなって来ちゃった」
 ローラが時計を見てみると、時刻は午前2時を示していた。もう閉店から2時間も経っているようだ。ローラとロイが見渡してみても、特に反対意見らしきものは無いので、結果的にローラが仕切ったような形で今日はお開きとなった。
 小さな飲み会が終わったあとも、ロイはローラと二人きりで話したいことがあって、客のいない酒場に残っていた。しかし、二人きりでと言ったはずなのにナナはフリージンガメンを弄りながら待ち構えていた。ローラは『厚かましい』と言ったが、ロイはこれでも別に構わない、とナナがここにいることを許した。
 先ほど、前の店主が強盗によって倒れたときに、ロイがこの店を継続したというのを説明したものの、その真実についてもローラには聞かせておくべきだ。そのためにはナナがいてもらったほうが説明しやすいと考え、ナナがいることを許可したのだ

「ねぇ、ローラちゃん?」
「何ですか、ナナさん? 二人きりでって言ったのに……なんで貴方がいるんですか?」
「……私が関わるお話だからよ。不満なら、貴方が貴方の話をする時はここを出るわ」
 兄妹同士の会話を邪魔されたのが世ほど不満なのか、それとも美しいナナへの嫉妬なのか、ローラはご機嫌斜め。ナナは笑っていなかった。
「……貴族は、愛し合うもの同士で結婚できるのは稀だそうね。貴族の娘として生きていればいずれ通る道と言うのは、愛しているわけでもない男に抱かれることかしら?」
「くっ……」
 図星なのだろう、ローラは憎々しげに唇を噛んだ。
「貴方が路銀や生活費を稼ぐために行ったことは、そう……娼婦ね。生意気な貴族を泣かせてやりたかったと望む男はいくらでもいるから、買い手は星の数。おまけにその美貌とあればボロい商売ね」
「そんなこと……」
「大体、当たりじゃないのかしら? 大丈夫よ……綺麗な仕事だけじゃ生きていけない事なんて私も同じ。私は体を撃った事は無いけれど、いけない仕事は何度もしたから」
 ナナの言葉にローラは何も言い返すことが出来なかった。
「ロイ、今日からローラがこの酒場で働いたとして……給料払える?」
「払えるよ。つつましく暮らせば十分足りるくらいは払えるけれど……他の従業員の給料が減ってしまう。って、ナナ!! ちょっと待て……お前ローラに何をさせる気だ?」
 ロイはナナがやりたいことが大体わかってしまったが、ナナに対してごねる事は出来ても不思議とナナを止められる気はしなかった。
「決まっているじゃない。私たちの仲間にするのよ……もちろん、その前に貴方がここの店主となれた経緯の真相も話すことになるけれど、それについては……話してもいいかしら?」
 ナナはロイに耳打ちをはじめる。
「恥ずかしいことも打ち明ける必要があるから、一応……ね。貴方に許可を取っておかなきゃまずいわよね」
 言い終えて、ナナは耳から口を離した。
「それについてはもともと話すつもりだったよ……ローラ、聞いてくれ」
 ロイはこの店の前の店主シドが死んだのは自分とテオナナカトルのメンバーの力で強盗に見せかけたのだと説明する。そうする経緯に至ったのは性的搾取を受けていたからとも付け加えて。そしてそれ以降、なにかとテオナナカトルが関わってきていることも説明した。
 黒白神教と言う名の異教徒に兄が関わっている事についてローラは驚いたが、それ以上に自分達を引き合わせたことに感謝するなど、ローラも異教徒について寛容な面が伺えた。
 そして、その感謝が好感にすり変わることでローラのナナに対する第二印象は存外に良いものになった。そしてもう一つ。サイリル大司教とその派閥の権威を貶める計画についても事細かに話す。ロイがその計画に一枚噛んでいることも併せて話すと、ロイが色々苦労していることについても理解してくれた。

「とまぁ……『苦労したり、貞操を売り物にしたのはお前だけじゃなくって俺もだ』って言う話をしたかったんだけれどね。ナナはそれ以上のお話をしたいようだ……あんまり気は進まないけれど、ローラの意思もあるし……一応聞くだけ聞いておいてくれ」
 ロイに視線を向けられてナナはコクンッと上機嫌で頷いた。
「さっきも言ったとおり、ロイはここの従業員に払う分の給料だけで手一杯みたい。だとしたらどうするかしら? この街、イェンガルドは人の往来も激しいから体を売る商売の客には事欠かないでしょうけれど、そんな職業に舞い戻るのがお好みってわけじゃあないわよね」
「……そりゃ、出来れば健全な職業で稼ぎたいです。客は鳥ポケしか取っていないから処女膜は破られていないけれど……無防備な股をさらし、あげたくもないあえぎ声をあげる仕事なんて、やっぱり屈辱的。
 私、算数も読み書きも出来るからそれで何とかそう言うスキルを生かして雇ってもらえればいいんだけれど……」
 ローラの敵意が薄れ始めたのを感じたのかナナはロイの隣、ローラの正面に座る。
「屈辱的なら、その仕事を辞めたいんでしょう?」
「出来れば……」
 ナナは微笑んで、身に着けている首飾りに手を掛ける。
「ならば、突然だけれど……これに触れて頂戴。琥珀の珠を、前足で」
 数日前にロイにやらせたように、ナナはローラに美しい装飾の首飾り、フリージンガメンを差し出した。
「ナナさんは身につけると良く似合うけれど……これ、私じゃ似合わなそう。もしかしてこれを付けるのにふさわしくない女は呪われるとか?」
 ローラは美しいという自覚はあっても、ナナには足元にも及ばないと言う自覚でもあるのか、苦笑しながら前足を伸ばした。
「相応しいか否かは美しさでは無く、貴方がこれまで生きてきた道のりで決まるわ。拒絶されても大丈夫……むしろ拒絶されるくらいがちょうどいいわ。それに触れても呪われることもないから安心して」
 ローラは珠に触れるや否や、尻尾を含む全身の体毛を大きく逆立てて跳び退った。
「今の何!?」
「ピンクセレビィの声が聞こえたかしら? お・め・で・と・う。貴方もイモムシレベルからのスタートね」
「イモムシ……って、失礼じゃありません?」
「いや、ローラ。実は失礼じゃないんだなこれが」
 数日前にナナに教えてもらったことを、ロイは受け売りで説明する。何度もナナのほうを見て説明していることが正しいかどうかをお伺いを立てながらの説明は、特にお咎めも無いままに終えることが出来た。

「いや、言いたい事はわかりましたが……イモムシなんて呼び方ではなく、もう少しまともな呼び方は出来ませんかね?」
「あぁ、それについてはごめんなさい。もうかれこれ300年以上この呼び方で通っているもので……黒白神教が異教徒狩りにあうずっと前からこういう呼び方をされて来たらしいのよ。確かに、イモムシって呼ばれていい気はしない事は分かるのだけれど……それ以外にピンとくる呼び名が無いのも事実なのよね」
 ごめんね、とナナは舌を出して笑う。
「わかりました。では、それはいいとして……その、テオナナカトルが私たちに何の用でしょうか?」
「うん、今度は二人で同時にこの琥珀の珠を触れてみて。面白いことが起こるわよ。本題はそれから」
 ロイとローラは顔を見合わせながら首をかしげて見せた。言葉が無くとも同じ動きをしてしまうことは兄妹のなせる業か、ナナはその様子を笑って見ていた。
 そして、二人が恐る恐る触ると――
『二人で触れると、やっぱりより強い力を得られるようね……でも、二人で私に触れたところで貴方達はまだその力を使いこなすことなど出来ないわ……あせっちゃダメ』
 僅かにだが口調も穏やかになったセレビィの声が、ロイの頭の中に聞こえた。
「珠はなんて言っていたかしら?」
「俺は『私に触れたところでその力を使いこなすことなんて出来ない』って」
「私は『私に触れても満足な力は得られないわ。まだ力不足よ』って」
 互いに細部は違えど言われたことは同じ。互いに言い終えた後、二人はきょとんとしてお互いを見詰め合った。パンパンと手拍子して、見つめあう二人の視線を自分のほうへ釘付けにさせ、ナナは言った。
「貴方達二人は兄妹だけあってとても相性がいいのね……これなら、すぐにでも二人で一人の神子として活動することが出来るレベルだわ……上出来ね。貴方たちなら……腕のいいシャーマン……いえ、神子になれるわ。
 すごいじゃない、フリージンガメン……貴方がロイを呼び寄せたのはこういうことなの。貴方の神託もたまには役に立つのね」
 ロイをシャーマンに誘った時とは段違いの興奮を帯びて、ナナは二人を勧誘した。
「……シャーマン?」
「……シャーマン?」
 ロイとナナの言葉が重なった。
「いや、俺は婚約者とか、ここの元店主((シドの妻、サラの事である))とか婚約者とかと肉体関係を持ったことがあるから……無理だと思うよ?」
 ロイはそう言って反論を続ける。

「大体、俺たちがシャーマンになって、お前はなにを得するんだ? シャーマンってのは、祭りとか占いとか雨乞いとかで大事な役割を持つんだろうけれど……俺たちにそんなことをやらせないでも、お前たちで何とかなるだろう?」
 今までなんとなく聞けないでいたロイだが、ようやく思い切って質問した。
「祭りをやるのよ……貴方の言うとおり。私達がこうして活動を続けているのもとある祭りをやるためよ」
 ロイの言葉に小さく頷きながら、ナナは言った。
「そんなことのために俺たちを……?」
「そんなことって……お祭りに失礼じゃないかしら?」
 口を挟もうとしたロイに負けないよう、語気を強めてナナが凄む。
「確かに……すまねぇな」
 ナナの睨みを利かせた表情に、ロイは思わず足をすくませながら謝った。ナナの表情は硬いままだ。
「どんな祭りかというとね。教会の派閥同士の対立が原因でダトゥーマ帝国で始まった魔女狩りや異教徒狩り。その余波を受けたこの国でも魔女狩り、魔女裁判が行われたことは知っているわね?
 その影響で黒白神教が活動を自重したことが原因で、もう何十年も行われていない祭りがあるの……春分の日に行われる黒白神喧嘩祭りってお祭りでね、私達はそれをやろうとしているのよ。私たちテオナナカトルに限らず、黒白神教に属し信仰を捨て切れなかったものたちが『行いたい、行いたい』と思ってやまなかったその祭りを……みんなの無念を晴らす意味でも、やりたいの。
 南南西の山奥にあるヴィオシーズ盆地に、未だに黒白神教の土着信仰が残っている土地があるけれど……不便な狩猟採集生活から貨幣経済を求めて旅立つ若者。いつ神龍信仰の標的にされるかもわからない恐怖に負けた者……そんなのが重なって、2000人ほどいた集落群も500以下に減ってしまった。
 祭りを行うには腕の良い神子が最低16人。シャーマンは神子と合わせて32人以上。そして男女それぞれ64人以上の喧嘩屋が必要なの……喧嘩屋は足りるとしてもね……神子があと4人、シャーマンはあと9人足りない。才能のあるシャーマンを集落の住人、たった500人からじゃ輩出しきれないっていうのもあるけれど、どの道シャーマンを増やしすぎては集落が立ち行かなくなる。
 だから、外からシャーマンを連れてくる……そういうことなの」
「その、外から連れてくるシャーマンが俺達ってわけか……?」
 ナナが頷く。
「貴方達が神子をやる時は二人で一人だから……シャーマンとしては二人。神子としては一人と数えるとして……もし貴方達が貴方達がシャーマンになれば残るノルマは神子があと3人、シャーマンがあと7人よ。
 このお祭りの計画は……この街でフリージアさんの家族、ウーズ家の保護を受けながら黒白神教の教えを隠し持って生まれたジャネット達テオナナカトルが、親と共に立てた計画。私は、昔港町ケルアントに暮らしていたんだけれど、縁があってそれに賛同して今テオナナカトルにいるの」
 ロイもローラも、ナナの真剣な表情と声色に圧され、口出し出来ずにいる。

「レシラムもゼクロムも……神龍信仰における主神は『神龍信仰の&ruby(レックウザ){神龍};』とは違って唯一にして絶対の神ではない。けれど、本当は神龍レックウザや虹環牛アルセウスだって私たちの信じる神と同じように、世界を支える重要な要素の一つなの。その要素としてのあり方は、世界に恵みを与えるという方法で存在している……いうなれば、私達を見守ってくれる家族のような存在だってジャネットの両親は教えてくれた。
 お祭りを通して家族に会いたいって思う気持ちは、間違いじゃないって信じたいの。レックウザを呼ぶ祭りはこの国や東の隣国で。パルキアを呼ぶ祭りは&ruby(虫の楽園){南西の大陸};で今でも行われている……けれど、黒白神教の神を呼ぶ祭りはもう絶えて久しい。こんなの不公平よ。
 酒樽を丸ごと神にささげ、歌と踊りと戦いで持て成し、その見返りに大地へ力を送り込み豊作や幸福を祈願する祭りだったのに……どうして、異教徒だなんだと言う理由でそれを我慢しなければならないのかしら? きっと、レシラムもゼクロムも酒が恋しくなっている。それに、私も会いたい理由がある……神龍信仰にいたら絶対に果たせられないような理由があるから。神も民衆も、双方が会いたがっているとなればやるしかないわ。
 こんな計画、『今更な計画だ』ってヴィオシーズの集落群の人たちは笑ったけれど……現に私や歌姫やユミルがテオナナカトルの仲間になった。だからきっと、頑張れば出来るって信じている。不可能な計画じゃないと信じている。
 サイリル大司教の派閥を貶めるのだって、この祭りのためにやっている事なんだから。魔女裁判なんかに怯えていたらオチオチスカウトも出来ないしね」
 長い長い台詞の後、ナナはふぅっと溜め息をつく。
「そんなこと言ったって馬鹿馬鹿しい事は変わらないよ……そういう類の祭りに本物が降臨してくれたことなんて、生まれてこの方無かったぜ? お前はそんなことのためにローラを仲間に引き入れて金を捨てようって言うのか? ローラの生活を保障してくれるのは嬉しいが……そう言うのは無しにしようや。一方的な貸し借りなるのはダメだと思う……」
 ナナはゆっくりと首を横に振る。首を振り終わった後にロイを見据える眼差し。否定の勢いは弱いが、否定の意思は揺ぎ無く自分が正しいと信じている眼だ。

「今の教会に、フリージアのような良く出来た子ばかりならあるいは。例えば収穫祭などで本物の&ruby(レックウザ){神龍};が降臨することもあったでしょうね。でも今の教会は腐敗している……純潔を保つべき神の婚約者は、男性は影で女をあさり、女性は影で男をあさる始末よ。
 そして清貧を心がけるべき彼奴等は、金銀の装飾品で身を固めている。神に対して従順であるならば、聖地を奪い合って殺し合うような真似はしないはず……巡礼の旅の最中に虐殺も略奪もしないはず。
 ま、一部のきちんとした階級を持った聖職者以外は飢えと病気から抜け出すために巡礼を行うような貧しい経済状況だったっていう事情もあるから仕方ないのかもしれないけれど。
 でも、巡礼や聖地の防衛を指導したのは紛れもなく、平民を足蹴にしても文句を言われないくらい身分の高い聖職者。貴方がレックウザだとして、誰がそんな奴らと結婚したがるのかしらね? 私は女だけれど、フリージアとか一部のまともな聖職者以外はとてもじゃないけれど結婚したくないわ。
 つまるところ、今の教会に私たちで言うシャーマンに当たる役職の者に、まともな人材は数えるほどしかいないわ。だから、本物が降臨する事もなくなってしまう。権力争いに明け暮れる馬鹿神官の元に神は降りて来てくれない」
「確かに……レックウザは両性具有だって聞きましたけれど、そうですね。女性の立場で言わせて貰えば、婚約者が浮気していたら嫌ですね……まぁ、貴族だって浮気するものですけれど」
 そういう浮気をする&ruby(やから){輩};を軽蔑するようにローラが言った。
「だが、その言い方だとまるで……ナナ、お前達ならゼクロムやレシラムを呼べると言っているようなものじゃないか?」
「そういう風に言っているようなものよ。そのとおりなのよ、ロイ」
 ロイの言葉を聞いて、ナナはきっぱりと言い切る。
「それを証明する手段はないけれど……金をゴミ箱に捨てるようなものだと思っているならそれでもいいわ」
「いや、俺やローラをゴミ箱扱いしないでくれ」
 ロイは苦笑した。
「言葉のあやよ。そこはどうでもいいでしょ? ともかく、何でもいい……私たちに力を貸して欲しいの。豊穣の女神の加護がこもるフリージンガメンが貴方を導いたのも……きっとコレを見越してなんだと思う」
 ナナの目がこれほどまでに真剣になるのは初めてのことだった。
「いや、だから最初にも言ったけれど……神子は童貞もしくは処女じゃないといけないんじゃなかったっけ?」
 ロイは負けじと食い下がるが、ナナは面白い説明をしてくれた。

 ◇

 セックスし放題で神子になる方法その2。異性同士の陰性のポケモンと陽性のポケモンが二人でシャーマンになること。つまるところ、エーフィのローラが陽でブラッキーのロイが陰という組み合わせだということだ。そして、エーフィとブラッキーの他にも陽のトゲキッスと陰のドンカラス。陽のルカリオと陰のゾロアークなど、いくつかの組み合わせがあるとの事。
 だったらナナに対して『自分がルカリオを探せよ』とも言いたいところであるし、実際にロイはそう言ったのだが、ナナは『私と同じくらいの才能を持った雄のルカリオがホイホイ見つかったら苦労しないわよ』と笑い飛ばして、そんなことより神子になりたくないかとぬけぬけと誘ってきた。
 組み合わせの相性次第では、二人が一緒に居るだけでシャーマンとしての力も高まるらしく、兄妹だから相性もいいんじゃないかとナナは言う。先ほど同時に触れた時の反応がいい例なのだと。

 畳み掛けるように『ローラがテオナナカトルに入るのならば生活は保障する』などと、甘い餌をぶら下げて誘われて、ローラは『考えておきます』と、早速ナナ側になびいてしまっている。ナナは『夜は判断力が鈍るからじっくりか・ん・が・え・て』と言って笑った。
 笑いながらナナは髪の中をまさぐって何かを取り出した。神の力が宿る装飾品と言って、歌姫がつけていたものと同じ三日月型の羽を餞別にと譲ってくれるのだが、そんなものをいつも髪の毛に収納して持ち歩いているのかと思うとなんとも不思議な気分である。
 そして最後にもう一つ、シドが死んだあとに酒場を再開して店の経営も落ち着いた頃にユミルから話してもらったテオナナカトルの大仕事。
 ロイやローラの生死にすらかかわる大仕事についてもローラに話した。ローラも最初こそ荒唐無稽なお話だと思い訝しげな表情だったが、全ての話を聞き終えるとどうやらナナの話を信じたようで、テオナナカトルの二人が店にいる理由も納得してくれた。

 全ての話が終わると、ナナは『もう寝るから』と足早に家へと帰って行った。酒場に残されたロイとローラはとりあえず眠ることにする。
 しかし、寝ると言ってもベッドの問題がある。リーバーが進化してからは、さすがフシギバナの巨体に押しつぶされてはかなわないと、眠る部屋は別々にしてあった。当然、この家にベッドがいくつもあるわけではなく、二つしかベッドがないこの家では何らかの形で犠牲者が出ることになってしまう。
 今は春。冬を越すための分厚い体毛が覆っているので、寒くは無いが、やはり柔らかいベッドの上で眠る感触は恋しいもの。ローラはずっとその感触を感じていないのだろうから、今日はそれを譲って自分は床で寝ようなどとロイは考えていたが、先手必勝と言うはままあるもので。
「兄さんに床で寝させるのは忍びないし……一緒に寝ない?」
「え……いくら兄妹だからってそれはまずくない?」
 ロイは苦笑して肩をすくめる。
「大丈夫。お兄さんがそんなことするはず無いって信じているから。それに……たまには安心できる人の隣で寝たい……父さんも兄弟も行方不明なことだしさ」
 嬉しいのやらそうでないのやら。言い争いとまではいかないが、あーでもないこーでもないと会話し続けるうちに結局折れたのはロイであった。

「わかったわかった。何もしないからな」
「だからこそじゃない。何かしてくる相手ならそれを受け入れられる相手と一緒に寝るわ」
 本心では何かをしたいと言う気分はあることはある。どうしようもなく年上が好きなロイだが、ナナやローラほどの美人だと年下でも少々意識してしまう。隣で肩を寄せ合って眠ると言うシチュエーションでは、美しさでナナに見劣りしても、妹だとわかっていても、衝動の沸き方は桁違いだ。
 体の底からわきあがってくるドキドキ感にあてられてまともに眠ることも適わず、目を瞑って無心になろうとしたロイがその目的を果たせるようになるにはたいそう時間がかかった。なんせ、眠れないと『明日大丈夫だろうか』なんて余計なことまで考え出してさらに眠りにくくなってしまうのだ。


「兄さん」
「ん?」
 妹の声で起き上がってみたはいいものの、体は動かせなかった。眠気で力が入らないから動けないと言うのならまだ可愛げもあったのだけれど、性質の悪いことに手足が鎖につながれていて身動きが取れない。
 それも、4足歩行のポケモンにとってはもっとも無防備な姿の仰向けの姿勢で。ロイが首を起こすと、ローラは真正面に鎮座していた。
「どこも痛くない?」
「痛くは無いけれど、俺の手足に鎖付いてるよ……なにコレ?」
「痛くないなら問題ありませんね」
 昔、優しい兄に対してローラが浮かべた偽りなき親愛の笑顔。それをこの状況で向けられる意味がわからなかった。いや、理解はしているのだけれど認めたくないといったほうが正しい。
「さっきナナさんからされたシャーマンのお話なんですけれど、私……受ける事にいたしました。収入を約束すると言うのも勿論ですが、二人でシャーマンの中でも神子を務める場合はその二人で体を交わらせることが最重要と言うにも惹かれまして……」
「いやいやいやいや!! それはむしろ神子になることを断る理由として最も重要なことだろうが。っていうか、そんなことナナは言っていない!!」
「兄さん……いえ、兄さま。私、ローラは幼少のころより貴方をお慕い申しておりました。娼婦に身を落としながらも、処女膜を破ることなき相手のみを客に選んだのはこのため。
 こうして貴族が没落し、私が婚約者の下へ嫁ぐことなくこうしてここに戻ってこれましたのも何かの縁。どうか、私と快楽に身を&ruby(やつ){窶};す事をお許しください」
 先ほどまでのローラは砕けた庶民的なしゃべり方もしっかり板についてきた感じだというのに、貴族であったころのような口調でローラはロイに迫ってきた。起き上がろうにも、鎖が音を鳴らすのみでそれは適わず、適うはずもない。

「俺には選択肢が残されていないじゃないか……」
 この解けない鎖に縛られながら、妹に犯される以外どんな選択肢があると言うのか。
「いえ、私は兄さまからの許可がない限りは、自ら快感に浸る行為は慎みます。全ては、兄さま次第でございます」
 言って、ローラはロイの股の間に首を挟み、ロイの肉棒に舌を這わせる。寝ていた最中だからだろうか、それとも心のどこかで妹に犯されることに期待していたのか、仰向けにされたロイが意識したころにはすでに肉棒がそそり立っていた。
「ダ、ダメだって……」
「兄さま、体は正直なようですね。心まで正直になるのが神子の資質だとナナさん仰ってましたよ。理性を捨て去って獣になることで、世界と一体になるのです。それが神の力を高める秘訣」
「そんな秘訣冗談じゃない。そんな方法で神の力とやらを高めたところで、親兄弟や世間に顔向けできなくなったら外を歩くことも恥ずかしい。余計神の力を使う機会すら得られなくなるじゃないか」
「テオナナカトルの皆さんは尊敬してくれるでしょうし、一般市民にはバレなけれは問題ありません」
 ペロッ。一瞬送れてビクッ。ローラの舌が自分の肉棒に触れるたび、ロイは快感に身を任せろと叫ぶ体の声を聞く羽目になる。
 体は意思に反して快感を得ようと、舌が這う時間を長く保とうと体を仰け反らせてしまう。
 妹の攻めはあくまで容赦ない。快感への切欠は与えるのに、与えるのは切欠だけ。起爆剤としては十分すぎる刺激でもただ舐めるだけでは絶頂への階段を上るには足りなすぎる。
「やめろ、やめろぉ」
 なすがままにされるしかないロイは、快感から一刻も早く逃れようとしてその身をよじるが、舌の攻めを避けることも出来なければ体の疼きを冷ますことも出来やしない。
「申し訳ありませんが兄さま。やめることは出来ません……この先へ行けと言うのなら、喜んで従いますが」
 兄を慕っていた可愛い妹の面影はもはや顔と声だけだ。目の前にいるのは淫乱な痴女。
 そのうち、やめてと言う声に対してさえ反応してくれなくなり、ロイの声のほかに部屋に響くのはジャラジャラと鎖がこすれる音だけ。いっそのことリーバーを呼んで助けてもらおうかとも考えたけれど、ローラは何の訓練もしていないポケモンに負けるほど弱くはない。
 タイプ相性だって悪いのだから、返り討ちにあうだけだ。

「許してくれ……」
 思わず出たのはそんな泣き言。妹じゃなかったらとっくに身を任せていたのに――そんな心持ちでつぶやいた言葉は、誰に対して放った言葉なのか。
「もう快感でも何でも感じてくれていいから、早いところ俺をここから解放してくれ」
 ロイの言葉が向けたのは両親か。もしくは良心に対してのものだったらしく、ロイは体が命じるままに妹の言葉に従った。
「やっと……お慕いしていたお兄様の体を。あぁ、お父様が『妹に体を許すなどあってはならないことだ』とか言っていなくてよかったわ。」
 ローラの眼は正気には見えなかった。悪魔に取りつかれたような……というよりかは&ruby(サキュバス){夢魔};に取りつかれたような熱狂的な視線。暗がりの中でさえ血走って見える妹は、まずロイの後ろ足の鎖を口に咥えた鍵で以ってはずした、が前脚は外さない。あくまで拘束はしたまま、逃がすつもりはないらしい。
「兄さま……さぁ、私を味わってくださいませ」
 まだロイは触れてすらいないのに、ローラが見せ付けた女性器は濡れて光を照り返している。クリトリスと一体化したその穴を見つめると、幼いとか年下とか見下していた妹が、すでに大人として完成された体を持っていたことがわかった。頭ではなく体で。
 視認した瞬間、体は妹を求めてしまった。舌で舐められ続けた時よりも、雌に出したい、中で果てたいと体が欲する声が聞こえる。ロイは逸る気持ちを抑えるのに苦心して、立場を逆転してやろうとたくらんだ。

「ひゃん!!」
 ラベンダー色の体毛から覗かせた大人のそれに、ロイは前足の甲で触れる。
「本当は自分が俺を味わいたいだけの癖に……いつからお前はそんな子になったんだ? 父さんが泣いちゃうぞ」
 自分のしていることも十分父親が泣きそうなことなのだが、それは棚に上げてロイは笑う。
「意地悪な事を言わないで……兄さま」
「そう言われたかったんじゃないのか?」
「そ、そんなこふぇっ」
 言い訳するローラの花弁にグイグイと鼻を押し付け、喘がせる。
「そんな……なに?」
「い、いじわるぅ……ひゃん。言い終わるまで待ってくだ……んっ……さいませ。お兄さま」
 調子に乗ったロイは、ローラに遠慮しなかった。兄妹間にあった本来の力関係そのままに妹を支配する。恨めしそうな視線で振り向いたローラを見るロイの顔は、どこまでも意地悪な笑みを浮かべていた。
 このままでは屈辱を与えられる――と、わかっていてローラは口元が緩むのを抑えられなかった。
「意地悪な奴にそんなに喘がされる淫乱な妹はどこのどいつかな? 世が世なら貴族の品格が疑われていたんじゃないかな。こんなに卑しい妹の体なんて味わえた物じゃない」
「そんなこと言わないでください、兄さま」

 まだロイの足には鎖がついたままだと言うのに、ロイの言葉一つ、形勢は逆転した。
「それじゃあ、それらしい頼み方があるんじゃないかな? 服従のポーズ、とかさ」
 言って、ロイは顎をクイッと動かした。羞恥心からか、ローラはおどおどと辺りを見回しながらも、すでに半身が浸かった肉欲に抗いきれず、ごろりと仰向けになって見せる。先ほど拘束されていたロイとまったく同じ体勢だ。
「どうぞ、お兄さま」
 さらに湿り気を増した花弁だけでなく、普段見えない乳房の列まで露になって、こみ上げる恥ずかしさに負けてローラは眼を瞑った。
「ちゃんと眼を見て言うんだ。それに、態度もなっていない」
 ロイはローラの上にのしかかる。ローラは副乳の間に肉棒が触れる感触で、女の悦びに打ち震えるのを抑えられない。
「コレが欲しいのなら、もっとそれらしい態度をとらなくっちゃ」
 ローラの震える口もとが緩んだ。
「お兄さま……この卑しい私の体を、どうか性のはけ口にしてくださいませ」
「『お願いします』は?」
「っ……お願いします」
 自分の領地を手に入れたがっていたロイではあるが、支配することに快感を感じるタイプと言うわけではない。そう思い込んでいたはずの自分がこうまで豹変してしまうのは彼自身予想だにしなかったこと。
 妹の豹変といい、今夜は驚きの連続だ。
「じゃあ、立ち上がって」
 ローラは期待に震える花弁を見せ付ける。血の巡りが肉壁の入り口をヒクヒクと物欲しそうに動いている。ロイの肉棒も同様に、高ぶった動機にあわせて先端がゆらゆら揺れている。
 ローラは娼婦として体を預けたと言っていたが、発達したペニスを持たない鳥ポケモンにしか体を許していないそこは、まだ処女のそれと同等の綺麗さを保っている。処女膜だってまだ破られていない。

 実質、妹のはじめてを奪うことになる兄、ロイは固唾を呑んだ。ローラの線の細い体にのしかかると、火照った彼女の体温が腹を通して自分に伝わる。
 深く息を飲み込み、尖った先端をローラの肉欲に宛がう。触れた瞬間、前脚の中で妹の体が跳ねた。
「ふぁっ」
 ローラの口からもれ出る吐息。ロイを負ぶったままの前脚には眼に見えて力が篭り、二人分の体重を支える準備は万端だ。毛皮越しに伝わってきた筋肉の躍動を受けて、ロイは奥へ奥へと進みだす。包まれる表面積が増えるたび、焦らされていた肉棒は喚起に震えた。ローラの熱い胎内の中で、すでにして先走りが漏れ出す感触。
 相手が妹という背徳感と愛しさだけで、母親に決められた許婚との行為なんかとは全てが段違いだ
 まだ半分も入っていない段階でそうなってしまっては優位に立った甲斐もない。歯を食いしばり、なるべく無心を心がけて、まだ空気の触れる部分を中へと避難させた。
「かはっ!!」
 ローラの肺を潰す勢いで空気が押し出された。泣き言を口にしないとはいえ、恐らくは激痛にやられたのだろう。だが、痛みに反して柔らかく触れるだけだった肉壁は、性を搾り取るような締め付けでロイを歓迎する。
 ロイに襲い掛かったのは痛みではなくて、腰を突き動かそうとする衝動。ローラが辛そうな顔をしていなければ即座にその衝動に付き従ってしまいそうな圧倒的な快感だ。
 けれど、痛みで歯を食いしばったままのローラを無視するわけにはいかなかった。心を落ち着けて首から耳へと愛撫を続けて行くと、徐々に体の強張りが消えて行くだけではない、ローラの吐息に甘い声が混ざり始める。やがて締め付けていた肉壁はその戒めを解き、緩く。しかししっかりと訪問者をもてなす強さの締め付けへと様変わりする。
「兄さま……お願いします」
 そして、振り向いたローラは潤んだ瞳で懇願する。
「遠慮なく」
 完全に刺さりきっていた肉棒を引き抜く。波のように快感が広がり、感覚はもはやそこだけになる。上体を支える後ろ足の重みも消えて視界もぼやけ、目の前の行為に集中しろと全身が命令した。肉棒を往復させるごとにローラの肉壁は脈打つ感触をずらし、ただの一瞬も同じ感覚を味あわせることはしない。

 常に不意打ちを続ける快感の連鎖。じわじわと絶頂へとせり上がる快感は急加速して、気がつけば自分は腰を打ちつけるのをやめていた。息も絶え絶えの呼吸の中、妹の中で自身の欲望を全て吐き出す感触。筆舌に尽くしがたい快感にまみれて、ロイはローラの体の上に全体重を預けた。
 それでも気丈なローラは兄を支えることをやめず、兄の分身がずるりと抜け落ちるまで四肢の力を解くことはなかった。
「兄さま……私、貴方を味わえて幸福でございます……」
 秘所から血液混じりの精液を僅かに流しながら、ローラは甘える唇でロイにキスを求める。
「……あんなんで満足なら、いつでも」
 ロイが応えて口を差し出すと、ローラの唇はなぜか目に当たって――

「兄さん起きてよ」
「ん……?」
 目を閉じて、開ける。と、そこには背中から伸ばしたツルでロイの顔を撫でているリーバーが居た。ローラは隣で普通に眠っている。いきなり朝だ。
「もう、兄さん。昨日夜更かししたから仕方ないとは言えさ、寝坊しちゃだめだよ。さ、早くお仕事お仕事」
 よくよく考えてみれば、仰向けにされて鎖を四つ付けられるまで起きないというのも薬を盛られてでも居なければ無理な話で、そんな痕跡もない。大体、ローラは鎖を何処から持ってきたのかと言う疑問もある。
 どうやら同じベッドで眠っている妹のせいで恥ずかしい夢を見てしまったらしく、誰にも夢の内容はバレていないだろうというのに、ロイの顔は酷く熱くなった。
「それにしても、ローラさん寝顔まで美人だね。あ……」
 ベッドの上ですやすやと眠るローラを見ている最中リーバーは何かに気がついて、それを蔓でまきとって拾い上げる。
「これ、歌姫さんが付けていた三日月の羽じゃないか。これを持っていると楽しい夢を見られるんだって歌姫さんが言っていたよ……だからか、ローラさんも兄さんもいい顔してるや。
 僕も欲しいなぁ……行商が売っていたら買ってこようかな?」
 自分が起き上った時は背中しか見えなかったが、ベッドを下りてローラの顔を見ればなるほど、僅かに眼元を涙で濡らしながら、しっかりと笑みを浮かべている。根っからのお父さんっ子なローラだ、恐らくは二人の父親ロノの夢を見ていることだろう。
 それよりもロイが気になるのは――
「いい顔……だったのか」
 自分がどんな表情をしていたかである。
「どうしたの?」
 ロイはリーバーの質問に対してまともに答えるすべを思いつかず、『何でも無い』と返してリーバーに不満げな顔をさせるのであった。

***

『この三日月の羽……不良品じゃないのだろうか? いや、これに触れた時はクレセリアが「貴方ではまだ私の力は私を使いこなすのは難しいでしょうが……いいのですか? 下手に力が暴走して変な夢見ても知りませんよ……ま、悪夢を見ることは無いでしょうが」とかそんな事を言っていたような気がするから、そういうことなのかもしれないが。それならそれで、ローラだけ普通の夢を見ているのは気に食わない気がする。
 いや、いい夢じゃないのかと言われれば微妙だったんだけれどね。この日記、誰に見られてもいいように書かれているから内容は書けないよ。あしからず』
RIGHT:テオナナカトルの構成員、ロイの手記より。神権歴2年、3月27日
LEFT:
 ◇

 連日形成される市場には、一日たりとて同じ顔触れは無い。今日見つけた懐かしい顔は、夫婦で旅する薬草商人。この街に立ち寄っていた時に妊娠してうた奥さんをの子供を、ジャネットが取り出した仲である。そのキリンリキとゴウカザルの二人組を見つけて、意気揚々とジャネットは赴く。
「こんにちは」
 振袖状の腕を躍らせながら、ジャネットは笑顔で駆け寄った。まぶしいくらいに純白な胴体を風になびかせながら迫ってくる姿は、彼女の上機嫌を表しているかのようだ。

「こんにち……は?」
 荷物の重みでわずかに遅れをとったユミルもまた夫婦に挨拶した。
「カラクさんにタークスさん。お子さんはどうされたのじゃ?」
 ユミルはすでに感じ取っていた雰囲気。鈍感なジャネットでもここに来てようやく二人の様子が尋常ではないと言うことに気がついた。キリンリキのカラクは尻尾まで気分が落ち込んで垂れ下がり、ゴウカザルのタークスの頭髪の炎は弱い。
「どうしたのじゃ? ララールは? いったい何があったのじゃ?」
 嫌な予感のせいでユミルは尋ねることが出来ず、尋ねたジャネットとて嫌な予感はしていた。この市場に店を出す者の全体の百分の一にも満たないが、そこかしこに見受けられるこの夫婦と同じような表情をしているのも気になる。
「ここへくる途中、盗賊に殺された」
 子供を殺された、とそのうちの一人、タークスは語った。
「一体どうして? 荷物のために命を粗末にしたんじゃなかろうな?」
「そんなことするわけないだろう!!」
 タークスが激昂した。声を張り上げられ、頭の炎が陽炎すら発生するほどに熱く燃え滾っている。
「ご……ごめんなさい」
 ジャネットとてここまで怒られるいわれはないつもりだが、タークスの事情を考えれば無神経なのは自分だと、素直にジャネットは反省した。それにしても、いつもは陽気に喋る奥さんが全く喋らないなんて、どうしてこうなったのか。
「でも、どうしたんでやんすか? 盗賊だって、素直に物や金を差し出せば命までとることはめったなことじゃ無いでやんしょ?」
 萎縮して黙ったジャネットに変わり、ケンタロスの体には不釣合いな間の抜けた声でユミルが尋ねる。

「やつら、気が立ってやがったんだ。凄腕だか伝説だか知らないが、たった一人の用心棒に味方の一部隊をやられちまったらしくって」
(まさか、それって先日ヌオーの主人が言っていたガブリアスとリザードンの用心棒のことじゃ。それは原因だなんて……用心棒の二人が悪いわけじゃないけれど、なんてことじゃ)
 ジャネットが唇を噛み締める。
「そりゃ……渡したさ。俺たちの路銀をすべて……でも満足せず、俺たちの荷物にまで手を出した。けれど、『薬草とかは取り扱いが難しいからいらない』って言って、俺達がほっとしたのもつかの間さ。やつら、たまにはたっぷり肉が食いたいとか言い出して……俺たちの子を捕まえて食っちまった」
(&ruby(キャニバリズム){ポケモン食};? 今こうして。あらゆるポケモンが手を取り合うようになった(と言っても、国によって差別や鎖国などは行われているが)時代ではタブーとされている行為ではないか。
 思想によっては供養や罪の浄化のために行う部族もあるし、黒白神教でもたまにやる。他にも戦争中や遭難中に食料が尽きれば――というのはありえないことではないが、そんな形での&ruby(キャニバリズム){ポケモン食};なんてあってはならないことじゃないか)
 ジャネットは背筋を強張らせた。
「なんて……酷い」
 ジャネットは唇をさらに強く噛みしめ、口の中に血の味と怒りをにじませる。ユミルは言葉にしなかったが、怒りで変身したケンタロスの顔が不自然に歪んでいる。シーラは&ruby(ジャネット){母親};の怒りを敏感に感じ取ったのか、おんぶされた背中の上で身を縮めた。
「……すまねぇ。家内も辛いんだ……今日は早い所買い物を済ませて帰ってくれねぇか? お前さんを見ていると、子供が生まれた時のことを思い出しちまって辛い」
 ジャネットが慌ててシーラをあやしている最中、か細い声でタークスは言った。
 あまりに無作法な態度だが、子供を殺された気持ちを思えば腹を立てることすらできない。妻が一言もしゃべらないので、ジャネットは見ているだけで辛い気分になってくる。
(許せぬ……子供の命を遊びで奪うなんて)

 テオナナカトルのメンバーはこれでお人よしなところがある。親しい者がこんな風に意気消沈しているのを見て黙っていられるほど、ジャネットは非情な性格はしていないし、第一殺された子供ララールには思い入れがある。ただでさえ悪タイプに弱いジャネットが母親であるカラクの尻尾に噛みつかれながら、自身も血まみれになって取り出した子供だ。
 その傷が元で高熱を出して二日間寝込むほどの苦労を味わった分だけ思い出も深く、それだけにその子を面白半分で殺されたとあれば許せるものじゃない。
 ユミルも、ジャネットほどではないがどうやらちょっとした知り合い程度の間柄に降りかかった不幸に怒りを燃やしているようだった。
「のぅ、タークスさん」
 シーラにキスをして落ち着かせたジャネットは、タークスへと話を振る。
「何だ?」
「復讐は意味のあるものだと思うか?」
 ジャネットがそう聞けば、タークスは歯から音がしそうなほど強く噛みしめ、怒りをあらわにする。
「例え復讐自体に意味がなくとも、また誰かが同じパターンが繰り返されないだけでも意味があるだろう。奴らが二度と盗賊稼業なんて出来ないようになるのなら、そうした方がいい」
 こめかみをピクピクと怒らせたタークスは吐き捨てるようにそう告げた。
「かしこまり……もし、その気があるのならば、少し泥をかぶることになるかもしれんが、今日の夜……日が完全に落ちる前に『暮れ風』と言う酒場に来てくだされ。美人の踊り子さんと可愛い歌姫が居る酒場と聞けば、きっと見つかる。
 もし復讐する気がないのであれば……今のお話は忘れてくれ。……またいつか子供を産むことになったら色々と支援いたす。体調を整えるお薬も、出産の立ち会いも……じゃから、平穏に生きたいのならそうすればいい」
「アッシも……また平穏な暮らしに戻るか、復讐の道を選ぶか。どちらを選んでも応援いたすでやんす」
「それは……どういうことですか?」
 訪ねるキリンリキの妻の質問には答えず、影を落とした表情をしながらジャネットとユミルは夫婦に頭を下げてその場を後にする。
「美しき神……レシラムがため」
「猛々しき神、ゼクロムがため」
 二人は夫婦に背を向けると同時に憎々しげにつぶやき、買い物を続けに雑踏の中へ消えていった。


 その日の日暮れ前。ジャネットとユミルは暮れ風に客として赴き、愚痴を流す相手にロイを選んで今日聞いたタークスとララールの不幸についてを話した。
 ジャネットとユミルは所属している組織が組織なだけに、あまり人の多い場所で話すべきではない話題も含まれているのだが、酒場の喧騒が声をかき消すのでその実は内緒話にはもってこいな環境でもある。まだ開店直後のこの店にはまだナナも歌姫もおらず(たまにいるが)、閑散としている。
 仕事がクソ忙しい時期だというのに話を聞くことになるのは少々辛いものがあったが、『人が少ない時間帯だけなら』という約束でロイは二人の愚痴に付き合うことにした。なんせ、この二人もこの店に多大な恩恵を与えてくれるナナと歌姫の客人だから無碍に扱うことは出来なかった。
 声を荒げては子供を怖がらせてしまいそうだからと、シーラはリーバーにあやしてもらっている。赤い目が嫌なのか、それともタイプ相性の関係で悪タイプを生理的に受け付けないのか、シーラはロイになついてはくれないが、リーバーは花弁から漏れるあのフシギバナ特有の落ち着く香りでがっちりと子供の心をつかめるらしい。

「……ワシは強盗自体はそこまで怒っていないし、きっとあの二人もそうじゃろう」
「まぁね。全てのポケモンに仕事が回るわけじゃないからな。俺だって、強盗の一つや二つしたくなった事はあるから強盗はある程度仕方ないと思えるさ。……けれど、疑問だな。盗賊達が交渉をしなかったのは何故だ? そんなことありえるのか?」
 しかし、商会共は何をやっているのやら……そんな弱小の商人何ぞいなくなった所でなんの問題も無いと言いたいのだろうけれど……俺が貴族やっていた頃はもっと手厚く承認を保護したもんだっての。ったく、商人すら保護できないとは教会の怠慢は酷過ぎるな。この前まで聖職者やっていただけの馬鹿が出来る仕事じゃないってんだよな。
 南東の防衛線も、見事に破られて交易街は他国からの兵隊さんと言う名の盗賊が溢れているし。まったく、やだやだ」
 毒づいてロイは溜め息をつく。
 ロイが口にした『交渉』と言うものは実際にはほとんど言葉は交わされない。商人達が『金目のものはやるから攻撃するな。攻撃したら用心棒によって痛い目見せるぞ』と言い『痛い目見ようと、金目の物を落とさない事には引けないな。何かを置いていけ』これを仕草だけで語り合うのが一般的な交渉と呼ばれるもの。
 盗賊はプライドと部下を。商人たちは生命線たる金や商品を出来うる限り守る手段なのだ。交渉すれば、少なくとも双方に余計な被害が出る事は無い。ロイが何処からそんな商人の間にある文化を知ったのか不明だが、そんな事を気にする事もなく、ジャネットはその問いに答えた。
「その盗賊は結構な大所帯じゃ。いくつかのグループに分かれて獲物を探していた際……先に、ガブリアスとリザードンの用心棒がもう一方を交渉無しで撃退したのじゃ。用心棒はその後そいつらを縄で縛って、神龍軍に差し出してらしいのじゃ。神龍軍に突き出されたら良くて奴隷、悪くて処刑じゃからな。それにアジトも引き払わなければならん。そんなことになったら当然怒るはずじゃ。例え自業自得だとしても……
 怒る所までは良いが……その逆恨みを、無関係のタークスさん達はぶつけられたのじゃ。こんな理不尽なことあっていいはずがない」
 説明し終えてジャネットは大きくため息をついた。

「ジャネットがさっき言った通り、強盗に対してはアッシもそこまで怒っていないでやんす。アッシら黒白神教には『盗まれたり奪われたりして不快を感じるならば、そうなる前に与えなさい。与えられた者は感謝し、与えた者は心が温かくなるでしょう。こうすれば誰もが幸せになります』って教えがあるでやんすから、それくらい寛容な気持ちになるべきだと思っているでやんす。あくまで、切羽詰まって強盗する時は、でやんすが……」
「神龍信仰にも似たような教えがあったな。『自分のために地上に宝を蓄えるのをやめろ。そこでは蛾やさびが発生するし、泥棒が盗む。むしろ自分のために天に宝を蓄えろ。虫も寂も発生しないし、泥棒が入ってくることも無い。お前の宝のある所に心もあるのです』って。聖職者ってな辛いな……黒白神教でも神龍信仰でも」
//マタイ第6章19
 同情するように。なだめるようにロイが言うと、二人は『そうだ』と頷いた。
「でも、差し出してなお、より多くを求め、挙句の果てに命まで奪ったやつらを生かす意味はあるでやんすかね? 必要以上に奪う奴らを……」
「今日びそこまで心神深いやつなんていないだろうけれどね。『あなたの敵すら愛しなさい』と言う教えを持った神龍信仰の信者なら生かす意味はあると考えるんじゃないかな。
 もちろん俺にはそんな殊勝な心がけはない。だから生かしてやる義理は無いと思うけれどね。ま、大体の人が俺と同じ意見じゃないのかな? もちろん、殺すよりも奴隷にしたほうが有意義だとは思うけれどね……社会的な意味では死んでいるのと変わらんか。奴隷に対する仕打ちは生き物に対する仕打ちじゃないもんな」
「えぇ、アッシもそう思うでやんす。あれを社会的な意味で生かす意味は無い……と。だからと言って、奴隷はお勧めしないでやんす。アッシら黒白神教は奴隷禁止なので……すいやせんね、こう言う所はやっぱり教義に従わざるを得ないでやんす」
「そうか……奴隷はダメか」
「そうでやんすよ……奴隷は心を腐敗させるでやんす」
 だな、とロイは頷いて、語り始める。
「とはいえ、俺個人には『奴隷以外の用途で生かす意味』がなくっても『人によっては生かす意味はある』と考えているよ……あそこに、盗賊が出没することで得をする者がいる限りは。いやね、昔そういうことをするやつが居たんだ。押し込み強盗がたった3ヶ月で刑期を終えて出所して盗賊に成り上がってたりとか。
 本当、世の中が複雑になればなるほどこんがらがってしまう。みんな仲良く出来ればいいのにな」
「……そうでやんすね」
 ユミルはのっぺりと椅子の上で広がり、二足歩行のポケモンで言う方を落としたような状態になる。他人のこととはいえ相当ショックだったであろうことがロイにも伺えた。

「ところで、何故お前の家ではなくこの店を待ち合わせに選んだんだ? なんと言うか、手を貸してやりたいとは思うけれど……俺が出来ることなんて愚痴を聞くくらいだぞ? まさか盗賊たちを殺すのを手伝ってくれとか言わないよな? いくらなんだって流石に危険だぞ……ろくな訓練受けていない雑魚だって、まともに相手に出来るのは5人が限界だぞ……喧嘩なら20人いけても殺し合いそこまでの数を捌くのは無理だ。まさかお前たちもナナと同じかそれ以上の強さとか?」
「大丈夫じゃ。お主に戦いの要請をする事もないし、喧嘩の強さならきっとお主よりも遥かに下じゃ。ワシらがここに参ったのは愚痴を聞いてもらうことも重要じゃが、それよりも大事な事があるのじゃ。このお店、客にミリュー貝((ミリュー湖名物の巻貝。たくさんのハーブとオリーブオイル、酒と合わせて蒸されたそれは、現在でもミリュー湖周辺では誰もが知る名産品である))の酒蒸しを出しているじゃろう? もしかしたらその貝殻が必要になるかもしれないのじゃ」
 ロイの質問に答えたのはジャネットであった。
「あれ、そういうことだったでやんすか? てっきり、酒で嫌なことを忘れさせようって事かと思ってやんしたが……」
「違うぞユミル。ま、その目的も無い訳じゃないのじゃが……全く、ユミルは変な所で抜けているんじゃから」
「貝殻で……また新しい変な薬を作るのか? 貝殻がそんな風に役に立つなんて知らなかったな……」
「あぁ。じゃが、何かを作るのは正解じゃけれど……じゃが、今日作るのは薬じゃないくって制裁の道具。いえ、兵器じゃ。その名を……レシラムの&rby(げきりん){逆鱗};っというのじゃ」
「レシラムの逆鱗?」
「シャーマンの本分は薬を作るだけではないのじゃ。呪術道具にて雨を呼ぶこともあれば敵を呪い殺すこともある」
 鸚鵡返しにロイが言うと、ジャネットはそんなわかるような分からないような説明をした。
「その薬を作るためにどうして貝殻が必要なのかはわからんが。赤の他人のために資産や暇を投げ打ってどうするんだ? いや、それが悪いこととは言わないけれどさ……どうしてお前ら報酬のない仕事を一生懸命になってやるんだ?」
「報酬が無い……でやんすか?」
「ん……?」
 ユミルに質問を質問で返され、ロイは少々眉をひそめる。
「報酬なら、例えばあんさんの依頼を受けた時に。あんさんの汗を貰ったことを忘れたでやんすか?」
「今回も妻から……キリンリキの角でも報酬に貰う……とか?」
「それをしてもいいでやんすが、今回はそんなことはしやせん。例えば、あんさんの妹にはエーフィがいるでやんしょ? エーフィの額の珠は、腹痛、吐き気、頭痛に良く効く薬になる他、集中力の向上や記憶力の向上に役立つでやんす。
 ……なので、『額の珠を砕いてアッシらテオナナカトルに譲ってもらえないでやんすかねぇ……』と、言われてロイさんは譲ってくれやすか?」
「いや、飢え死に寸前だってならともかくとして、そんなのは……今は妹にそんなことさせられないよ」
「そうでやんすよねぇ。リーダーがあんさんとあった日に言った事、覚えているでやんすか?」
「ちょっと待って」

 ユミルに言われてロイが記憶の中を探ると、すぐに恐ろしい発言の記憶がよみがえり、一人納得したロイはユミルの言葉に頷いた。
「目玉や心臓も……薬の材料、ということか」
 ユミルが頷くと、今度はジャネットが口を開く。
「人の価値は何を残したかで決まるのじゃ……それは、財産や子供、芸術品といった形の残るものじゃなくても構わない。気持ちや、心意気、魂とでも言うべきモノ……そういった形の無いものでも構わないのじゃ。黒白神教におけるその思想が、他の宗教では冒涜とされている死体をこねくり回す行為を正当化しているのじゃ。願わくば、私の体を後世のために役立ててくれ――とな。
 &ruby(キャニバリズム){ポケモン食};とは本来黒白神教においては、そうして供養するために行うもの。それを、憂さ晴らしのためにやるような盗賊どもは、黒白神教に喧嘩を売ったのじゃ……そういう意味でも許せるものではない。これも飢え死に寸前じゃったと言うなら別じゃがな……
 神龍信仰ならば死して地獄の業火で焼かれて罪を浄化するのじゃろうが……黒白神教式の方法で罪を浄化させてもらうまでじゃ。軍やらなんやらが奴らを殺したら薬の材料は手に入らん」
「それってつまり……その、誰かに手を出される前に命や今後の生活に大きくかかわる部分を切り取るってこと?」
「あぁ、『後世のために何かを起こそう』という気が無い奴からは、強制的に残させるのじゃ。それが黒白神教のシャーマンとしてのやり方じゃ。そして、それがワシらにとっての報酬じゃ。盗賊の中にエーフィがいたら、額の珠を砕いて薬にするっていう具合にじゃ」
 生々しい言い方に、ロイは自分がブラッキーであるにもかかわらず、額に意識を集中して肩をすくめる。
「勘弁して欲しいなそりゃ。俺は平和に暮らしていてよかったよ……」
「大丈夫じゃよ。お主がたとえ不老不死の薬の材料の持ち主でも、お主がこうして平穏に暮らしている限りは、ワシらは何もせんわ」
 ジャネットはまだ怒りや悲しみを抱えたままのようだが、精一杯自然な笑顔を見せてロイに言う。
「それに、依頼人の幸福と恨みもまた、シャーマンの力を高められるという報酬でやんす……芝居がかった言い方でやんすが、みんなの笑顔も……。ここら辺はナナから聞いたはずでやんすよね? あ」
「どうした?」
 と尋ねながら、ロイがユミルの視線の先を追っていくと、ユミルの視線の先にはゴウカザルがいて、ロイにとってタークスは顔も知らない相手だが、ゴウカザルということはあいつがタークスなのだろうということはわかった。
「噂をすれば影、じゃな。ロイ、愚痴を聞いてくれてありがとう……」
「アッシからも。ありがとうでやんす」
「あぁ、お客さんとしてくるならまたいつでも愚痴を聞いてやるよ。だからまぁ、また来てくれ」
 二人がタークスをこの席に手招きするので、ロイは席を立つ。ちらりとタークスの顔を見てみると、なるほどその顔は憤怒に燃えていると理解した。

 ◇

 復讐する際、どのように奴らを始末するかと言うプランは、ジャネットのアイデアがほぼ全て通る形となったようだ。そのために、大量の生ゴミと共に埋められた貝殻を掘り返す作業を行い、いつも汚れ一つない綺麗な体をしているジャネットが珍しく泥まみれになって酒場を後にした。
 その後、交易の始まる時期特有の大賑わいな酒場の仕事を全て終わらせ、営業終了後ロイはナナとともに葡萄酒を飲んでいた。最近のリーバーは文字を読めるようになったことが相当嬉しいらしく、いつも夢中で本を読んでいて、同時に勉強をねだられる事がなくなって少しばかり寂しい。
 ローラはすでに歌姫のところに居候する形になってしまったため、夜の人恋しさは募るばかりだ。そんな時、ナナがどうせ暇だからとタダ酒を飲む代わりに話し相手になってくれている。
 今日話すのはいつものようにはじめは他愛のない世間話。ネタも尽きてきたところでロイはジャネットとユミルのことを話し始めた。

「ジャネットはどんな物を作ろうとしているんだ?」
「名前は……レシラムの逆鱗ね? 逆鱗って言うと今はドラゴンタイプの技の名前として定着しているけれど、どういう意味かわかるかしら?」
「すまん、わからないね。そう言う事は親父からは教わらなかったものでさ」
「神龍の顎には、一枚だけ他の鱗とは違う方向。逆の向きに生えている鱗があると言われているの。その鱗が逆鱗……逆鱗に触れられると、龍は怒り狂うと言われているわ。それゆえ、我を忘れて攻撃する龍の技を逆鱗と称されるようになったの。
 レシラムの逆鱗と言うのは、つまるところレシラムの怒りそのもの。水に触れることで高熱を発し、取り扱いを間違えれば火事を引き起こす危険な物質よ」
「水……で、火が発生する……?」
 ロイは首をかしげる。
「なんだか常識が覆された気分だな」
「そんなこと言ったら、貴方が火傷を負ったときに流す汗。あの汗に含まれる強酸は水に触れることで物を焦がすことが出来るわ。大量に集めれば水と混ぜるだけで爆発じみた沸騰するし」
「そ、そうか……確かに」
「その水と言うのも、皮膚に含まれるほんのわずかな水でさえ……あれ、色々便利だから採取したいくらいなんだけれど、さすがに私たちのために火傷してくれるなんてことは無いわよね?」
「いくらチーゴの実があれば相当酷い火傷でなければ一日で治るからってそれは勘弁してくれ……。で、そのレシラムの逆鱗とやらを作るためになぜ貝殻が必要なんだ?」
「貝殻を……臨戦態勢のブースターの体温ほどの高温((約900℃))にさらす事で、草タイプのポケモンが栄養を作るために必要な空気((二酸化炭素))がガンガン貝殻から出て行くの。それで半分以上は完成。
 とはいえ、それだけだとただの水に触れると熱を発生させる粉((生石灰⇒(CaO)))でしかないわ。そこに貝殻とよく似た成分((炭酸カルシウム⇒(CaCO3)))の宝石……即ち、パルキアの力を宿す龍珠こと真珠を砕いて貝殻に混ぜるの。そうすることで、貝殻はパルキアの龍鱗となり、熱の力によってパルキアの龍鱗はレシラムの逆鱗となる。
 発生する熱量はほとんど変わりないんだけれど……鍛え抜かれたシャーマンが使えば神の力が垣間見れるわ。具体的に言うと……レシラムの幻影が生み出される。それは、神々しくも残酷な処刑劇になるでしょうね」
 言い終えて、ナナはクイッと葡萄酒の注がれたグラスを傾ける。

「すげぇなぁ。やつらそんなものを作っていたのか」
 ナナの説明を聞いて感心したロイは、感嘆の声を上げた。
「えぇ……ほら、ジャネットって産婆さんでしょ? 子供の命の重みを誰よりも知っているの……知っているからこそ、それを気分というか面白半分で奪われたりするのが許せない。相当怒っているっていうことね。
 貴方も、シャーマンとしての力を鍛えれば使えるようになるでしょうし、今回のように何かのきっかけで憤慨することもあるでしょうね。そう言う時に、使いたくなったらレシラムの逆鱗や他の何かを使ってもいいけれど……使う時は一つだけ注意」
「何をだ?」
 首をかしげるロイに強く印象付けるよう、ナナはロイの前脚を握る。
「信用できない目撃者は、皆殺しにする事。あと、これらの力を私利私欲のために悪用する者は問答無用で殺すこと。この力が世間に触れれば、犯罪に使おうとする者、戦争に使おうとする者が必ず現れる。お薬の技術は後世に伝え広く知られていくべきだとは思っている……けれど、そういう殺傷能力のあるものは、信用できる者達の中でとどめておくべきなの。
 貴方に譲った三日月の羽根は無害だし、あまり他人に使用する類の道具ではないから……こういう使用上の注意はしなかったけれど、いつか外部に影響するものを渡された時は肝に銘じてね? 私は貴方を始末することになるなんて嫌だからね」
「まぁ、ね。そりゃ気をつけるさ。俺がこれから手にする力の威力がどんなものかは知らないけれど、確かに戦争で使われたらいい気分じゃないかもしれないし……」
「うんうん。理解してくれたようで感心感心、あと、やってもいい条件はもう一つあるわ」
 と、ナナはロイの頭を撫でながら切り出す。
「どうするんだ?」
「風のように現れ、名も告げずに去っていく。自分のしでかした事をミュウかラティアスか、そういった伝説のポケモンの仕業と思わせるの。実際、各地にはシャーマンがそうしたと思われる資料が残っているわ……私達の見立てでは、神龍信仰の救世主であるハイ=&ruby(キリスト){救世主};のしでかした数々の偉業も、海を割ったといわれる賢者の十戒もシャーマンの仕業だったと睨んでいるのよ。
 それについて詳しく知りたかったら私達の使っている倉庫にも資料はあるから、見たかったらいつでも言って頂戴ね」
「はは、どちらにしても人知れずの行動で、感謝を受け取っちゃダメなんだな。どちらも厳しい条件だが、世界の平穏も守るため……親父のように立派になるためなら通過儀礼だろう」
「そういうこと。よしよし、ロイはお利口さんね」
 ナナはロイの頭をそっと撫でて笑う。

「なんにせよ、来週あたりの新聞に載る記事は決まったわ。『変死体がアジトの付近で発見』ね」
「目撃者は死ぬのか。盗賊達を薬にした方が有益だっていうのは賛成だけれど……犯罪者は、奴隷階級に落とし込んだ方が有益だと思うんだけれどな。人が嫌う仕事をバンバン押し付けてさ」
 ナナは苦笑した
「私達の間では奴隷は禁止よ」
「あぁ、それはユミルから聞いている。でも奴隷は……神龍信仰の間でも禁止なんだがな。だから、なんだかんだ言って黒白神教でもやっているんじゃないかと思ったんだ」
「ないわよ。黒白神教の神話では、炎の軍勢が革命を起こした軍勢に負けた際、炎タイプのポケモンは奴隷化されたのよね。でも、革命を起こした軍勢にも炎タイプはいた……レシラムよ。レシラムはもちろん奴隷化されることはなかったけれど、でも……奴隷という存在を哀しんでいた。
 だから彼は、自身も奴隷と同じように働くことで、奴隷はいけないと訴えることにしたの。土に塗れて汚れやせ細っていくレシラムを見て、もちろん『そのような事はおやめ下さいと』民衆は言ったわ。けれど、レシラムは止めなかった……私達民衆が奴隷制度を終わらせるまではね。
 だから黒白神教では奴隷は禁止なの……貴方が言いたい事はちゃんと分かるんだけれどね、でもレシラム様の事を考えると奴隷は禁止という言葉を無視できないわ。千里眼で以って戦況を把握し、自由に意思を伝え千里の彼方まで届く角笛を吹いて、民衆を率い戦った偉大な神様ですもの」
 ナナはきっぱり否定し、苦笑する。
「そうかい……いや、神龍信仰の経典に奴隷は禁止ってはっきり書いてあるわけではないけれど『汝の隣人を愛しなさい。汝の敵も愛しなさい』ってね。それとも、奴隷っていうのも一つの愛の形なのかね?」
 冗談めかして言うロイのセリフに、ナナは堪え切れずにくすくすと吹き出した。
「やだもぅ。フリージアに聞かせたら怒るわよ……ま、貴方に喰ってかかる事はしないでしょうけれど、機嫌は悪くなるでしょうね。奴隷というのはね……神龍信仰の創世記に記された文面を根拠に行われているのよ。……ここにフリージアがいてくれると楽なんだけれどなぁ。
 確か、そう。『ポケモンは、海の魚と天の飛ぶ生き物と地の上を動く生き物の全てを服従させよ』だったかな? 虫タイプがポケモンでないとすれば、神龍信仰の者達は虫タイプのポケモンを服従させてもいい事になるのよ。実際は……イルミーゼやバルビートは卵グループ人型を持っている。ポケモンであるはずなのに、教会の&ruby(クズ){屑};どもがそれを認めようとしないだけなんだけれどね。傲慢な腐れミミロップはバルビートに強姦されてその子供を身ごもってしまえばいいのに」
 物騒な事をナナは言う。ただし、それを面白いなと納得して笑うロイもいた。互いにミミロップが嫌いなわけではなく、傲慢な聖職者が嫌いなのだが、傍から見れば物騒な会話だ。

「聖職者たちのお手本みたいなフリージアはともかく、たいていの聖職者は『神龍に祈り、神の愛を謳いながら、奴隷によって掘られた金銀を身につける事』が神様の務めなんですもの。
 銀は穢れを祓うからって理由で身につけるのを推奨されているのよ……その銀を取るために苦しんでいる人がいなければ笑っちゃう話よね。
 フリージアさんとその父親はそういうのを誰よりも嫌っているからこそ、私達に協力しているの。あの人ミミロップだし、イルミーゼと……なんて無理よね。ともかく、フリージア……あの子たちはそっとしておいてあげて。貶したりからかったりするのはやめてあげて。教会で何度もその質問をされて、他の信者の耳を気にしながら『異教徒はポケモンではない』って答えるのが嫌だから、あぁやって酒場に出向いているの。教会にいない時しか本音を言えないような子なんだから……」
(そういえば、俺と始めた会った時も、信仰心の薄い俺を見ても咎めもしなければ蔑みもしなかったな……信仰は強制するものではないなんて言って……今の世の中じゃ危ない発言だよな、あれ)
「なんだかんだ言ってフリージアはいい子よ。一生独身にしておくのがもったいないわ……あぁいう子こそ子供を産んで育て教育するべきよ。クズの遺伝子を残すよりかはよっぽど有用でしょ」
 フリージアを褒めた所で、ナナは力ない笑顔を浮かべて溜め息をつく。

「話が脱線したけれど、奴隷は禁止。殺して薬の材料にするのがテオナナカトル……いえ、黒白神教のやり方よ」
「うわぁ……そこまでストレートに言われるときついなぁ」
 ナナの言葉を聞いたロイは明らかに引いていた。
「黒白神教においては、『何を残すことが出来るか?』で人生の価値が変わるの。子供でも、思想でも、建物でもお金でもいい……大義名分は、どんな罪人にも生きた価値を与えようってこと。自分の死体が薬になれば……死ぬ価値もあるでしょう?」
「そりゃまぁ、そうだけれど……」
 あいまいな返事を返して、ロイは口ごもる。

「殺しは……そりゃ、悪いことよね。どんなに理由をつけても、普通は殺したほうが恨まれる。そして、普通は誰かに恨まれる事はとても怖い……私も、そういう意味では普通だった。誰もが居なくなって欲しいと思うクズを殺したときでさえ、命乞いの声が耳から離れなくなって悪夢を見たこともあるわ。今では悪夢こそ見なくなったけれど、たまにふっと自分が怖くなる。
 けれど、ね……都市は人口が多いから人口を支えきれないんだもの。人口が支えきれない時の対処法は何かしら? その一、奴隷を抱える。その二、移住や開拓やその他何らかの方法によってその場所の人口を減らす。その三、食料をより多く生み出す技術の開発。
 最も確実性が高いのは、その二の……人口を減らす事。だって、農耕なんてせずに狩猟採集で暮らしていた頃は多少の争いや&ruby(いさか){諍};いはあっても奴隷は無かったもの。なら、ポケモンの数を減らせば良いの……殺しが正義とは言わないけれど、トカゲの尻尾きりの対象は、あぁいう奴に対してこそ相応しいと思うの。

 神龍信仰では、死んだら大抵が無になる。そして、地上に&ruby(パラダイス){神の王国};が作られるまでは意識も無く消滅したまま……その間は天国も地獄も無く先祖の霊とかそういう概念は無い。ま、悪霊の概念や14万4千人のみがいけるという天の世界での復活という考えはあるけれど。大体のポケモンは死んだらしばらくは終わりって言う事だから死は正当化出来ない。
 黒白神教には明確なあの世の概念は無いけれど、先祖の霊がその辺を漂っているような考え方がある。自分の死後、社会がどうなっているか……死者はそこかしこで見守っているの。だけれど、死者はこちら側の世界に干渉出来ないから、目を塞ぎ耳を閉じれば無為な世界。だからこそ、黒白神教では死の救いをあの世でなくこの世界に求めるのよ。
 罪人として死んでも……死体さえ残れば良い死に様と言われるわ。だって、死体が残れば薬にしてもらえるもの……親なら、自分の子供に財産を残したいと思うでしょう? 私達はそれを誇り高き死と捉えるの。死者は、自分の遺した物が後世に役立つことで、満足しながら風に溶けて行くのだと伝えられている。自身の体を薬という形で残すのは、その思想の表れなのよ……。ほんとは神龍信仰もそうすべきなんだろうけれどね……どうせ死んだら何も残らないとか言っちゃってる癖に未来での復活を信じているからそれは出来ないって言うのが解せないわ。

 だからこそ、悪を討ちそれを薬にするというのは黒白神教においては合理的な考えとされているの。黒白神教ではね……殺したという事実が後世に役立つ。殺して得た薬が後世に役立つ。と、言う風に……考えるから。だから自分は、悪いことと同時に良いこともしている……」
 誰にともなくナナは頷く。
「だから、私は悪い事はしていない」
 自分のしている事は正しいとでも言わんばかりにナナは言い、そして気がめいった表情で首を振った。
「なんて、自信満々で言えたたらいいのだけれどね」
 ナナは自嘲気味に笑う。
「……よかった、安心したよ」
「なにが……かしら?」
「自分が正しいと思い込んでなくって。なんだか、自分が常に正しいと思ってずんずん進んでいるような印象だったけれど……俺と同じだ。誰かを殺したときに罪の意識を感じたり、悪夢を見たりするのは。怖がったりするんだな……お前でも。ずんずんずんずん平気な顔して敵を殺しているイメージがあったよ。
 でもお前も、迷ったり考えたりしているんだよな……こんな時代に異教徒を信仰している蛮勇でもさ」
「だって、私も元は神龍信仰だったわけだし……色々嫌気がさして、色々迷って、今の私はここにいるのよ。迷いすぎは体に毒だけれど、迷うことは人生を豊かにするお薬よ。毒も少量で薬、薬も多量で毒ってね。貴方も覚えておくと良いわ……迷って、そうして出した答えを出すことは人生を豊かにしてくれるって。
 だから私は、まだ少し迷っている……神話の中のダークライにならないように、悩んでいる」
「悩む事は毒にも薬にもなる、ねぇ。どこの神話のダークライなのか、それが何なのかは知らんが、お前が言うと色々説得力あるよな。肝に銘じておく……っておい」
 ロイがそんなことをいっているうちに、自分のコップの中身が空になったナナはロイの皿の中に注いである葡萄酒を奪って飲む。
「お酒も薬であって毒よ。飲みすぎは禁物よ」
「ミロカロスが水を飲むように酒を飲むお前がなにを言うか……お前の飲み方は確実に毒だろう毒。まったく、酒が飲みたいんだったら自分で注げばいいだろうに……」
「だってぇ、まだ飲み足りないのにワインボトルが空なんだもの」
「おいおい……いつの間にお前そんなに飲んだのか……そういうわけなら今日はもう水以外飲むな」
「悔しいわぁ。色仕掛けでもう一杯くらいどうにかならないかしら?」
「神子のお前じゃ一線は越えられないからお断りさ。セックスする事も出来ないなら色仕掛けなんてただの生殺しじゃないか」
 ナナは意外そうな顔でロイの言葉を聞いた。

「別に、純潔を守るべき神子だって本番さえしなければ貴方を気持ちよくさせてあげることだって出来るのよ? あ~あ……あなたに夢のような瞬間を与えてあげようと思ったのに……」
「なんかその言い方は怖い、勘弁してくれ。昨日の夢で、『夢のような瞬間』はこりごりになってる」
 ロイが言うと、『なにがあったの?』という視線でナナはロイを見る。ロイが酔った勢いが手伝って見てしまった夢の内容をかいつまんで説明すると、ナナは大笑いした。
「月光ポケモンの貴方には三日月ポケモンの力は受容体が多すぎたようね。大丈夫よ、相性が言いポケモンは暴走することが多いってだけだから。貴方がもっと神の力を強く鍛えれば、もうちょっと普通の夢を見られるようになるから。早いところ中途半端なイモムシレベルを脱却しなさい。
 でも、良かったわ。イモムシレベルで相性の良過ぎる神器に触れるのは危険だけれど、三日月の羽なら相性が良すぎても変な夢を見せられるだけだから特に実害もないし。これが逆にダークライの髪の毛とか&ruby(サファイア){湿った岩};だともう大変。どちらも死者が出るかと思ったわ。妹さんは太陽ポケモンだから……そうね、イモムシレベルを脱却出来たらヒードランの加護がこもった神器なんてどうかしらね。
 その昔、空が巨大なドームだと思われていたころ、太陽は空を這うヒードランであるという伝説もある太陽の化身よ。太陽ポケモンの二つ名を持つエーフィにピッタリ」
「&ruby(あのゴキブリみたいなの){ヒードラン};がローラにピッタリ……ねぇ。ローラが怒らなければいいけれど」
 ロイが心配するが、
「適当に言いくるめてなんとかするわよ」
 ナナはそう言って笑う。
「そうかい。それはいいけれどさ……俺が変な夢見てしまうことに対する解決方法は?」
「無いって言いたいところだけれど……根気良くクレセリアと会話しなさい。歌姫もそうやって変な夢を見なくなって芋虫レベルを脱却したんだから」
「歌姫も同じわだちを踏んだのか……解決法、ナナのアドバイスじゃ当てにならないから、明日歌姫にでも聞いてくる。というか、もう寝ようかな。明日も仕事だし」
「うふふ……がんばってね、ロ・イ。今日は妹じゃなくって私の夢でも見て欲しいわ。夢なら私の事をどれだけ犯しても構わないから、よ・ろ・し・く・ね」
「勘弁してくれ。喘いでいる声を聞かれたり夢精している姿でも見られたらどうするんだ」
 ロイはナナは帰って行くのを見送り、自分の部屋に帰って目を瞑る。ローラは、旅人が多く訪れる今の時期ゆえ宿屋で雇ってもらうことも出来たらしいが、あと一ヶ月もすれば街はローラの仕事を必要としなくなるであろう。
 そのことが不安だとローラが漏らしていたことをロイは気にしていたが、三日月の羽の効果なのか毎日穏やかに眠っていると歌姫は言っていた。安定した収入を得るためにテオナナカトルのメンバーに入るというのはいささか危険な気もするが、ナナ達が危険な奴らだとはどうしても思えなかった。
(あいつが俺たちを神子やシャーマンにしたがる理由も、祭りを行いたいっていう無邪気で打算の無い子供のような理由で……それでいて、共感する出来るものだった)
 ロイは考えるほどにナナに心を許して行くのを感じて、自嘲気味の笑顔を浮かべた。
「異教徒に染まるなんて、どうかしている」
 ロイが考えるのをやめて眠りにつくと、その日はナナに(性的な意味で)襲われる夢を見た。ロイはまだまだじゃじゃ馬な三日月の羽に苦労させられそうだ。

 ◇

 ジャネットが案内したのは、彼女の住む安アパートではなく、昼間は鍛冶屋で賑わう通りの一角にある寂れた炉がある家であった。調度品が少なく整理された室内は、しかして僅かに埃が舞っている。掃除の行き届いていない様子といい、調度品が極端に少ないことといい、生活感とは無縁の家だ。
 この家の所有者は鍛冶屋のかの字も知らないジャネットで、引退した鍛冶屋の作業場を特別な薬の製作のために買い取ったものである。燃料となる木々や炭には布がかぶっており、その布には埃がうっすら積もっているが、いつでも使える状態になっている。
 と、言っても長い事放置をしていたせいか少々湿り気を帯びており、火をつけるのには苦労するかもしれない。
「見ての通り、この薪と……貴方の炎でレシラムの逆鱗を作る。昼の内にもっとたくさんの薪を買ってきてもよかったのじゃが、お主の無念が強ければ……これくらいの作業、薪が少なくても簡単にこなせるはずじゃ。
 むしろ、自身の炎でやったほうが憎しみは多く込められる……こっちのほうが好都合じゃな」
「これを熱すればいいんだな」
 ハンマーで砕き、石で挽かれた粉にされた貝殻を眺めて、憎しみにぎらつく目をしたタークスは言う。
「えぇ、先ほど言った通りでやんすよ。完成した暁にはアッシらが有効に使わせてもらいやすから、全力でやってくだせぇ」 
「それじゃあ、ワシは熱に弱いからそっちをお願いする」
「あぁ、ジャネットも貝殻を粉にする作業、がんばってくれでやんす」
 貰い火の特性を使い、炎の力を増させる算段でユミルはギャロップへと変身していた。こんな組み合わせの二人が居る作業場の熱気は、氷タイプでなくとも耐え切れないものになるだろう。だからジャネットは避難し、涼しい部屋でまだまだ余っている貝殻を砕く作業を続行する。

 大量の貝殻のを粉にして行く最中、ジャネットはパルキアの力がこもる白珠を掴み取る。
『さぁ、神の力を扱う者よ。待っていたぞ……俺の力を使いこなして見せよ』
「わかっておる、パルキア殿。その空間をつかさどる力は炎により空間を歪める力へと生まれ変わろう。生み出すは陽炎……レシラムの力。
 そなたの力が宿るこの珠は生まれ変わり……敵を打ち滅ぼす力になる」
『ほう、力を作り変えるとはまた趣のある。良いだろう、神の力を扱う者よ。その力を振るう瞬間、楽しみにさせてもらうぞ』
 ガキンッ!!
 珠が砕けても声はやまない。小さな叫び声が集まって、全体的には虫の羽音のように唸りを上げている。粉になって、ようやく声はやんだ。

「……美しき神、レシラムがため!! 異国に生きる雄々しき神、パルキアがため!!」
 ジャネットがつぶやきながら白珠を含んだ貝殻の粉を容器に入れ、なるべく熱い空気に触れないように念力で隣の部屋に追加した。白珠が灼熱の空気に触れた瞬間、その場にいた全員がパルキアの幻影がレシラムの幻影へ変わる様を見ることになる。
 驚いて炎を止めるタークスに対し、気にするな――とばかりにユミルは促し、作業を続けさせる。やがて、薪と業火によって生み出された炎の力は貝殻を処刑道具へと変えていった。
 『子供の無念を晴らしたい』、『奴らに制裁を与えたい』。そんな思いを代弁するかのように、水に触れただけで灼熱の炎を噴出す力を得ていった。

 ◇

 翌日、歌姫の家でシーラを預けに来たジャネットとユミルの前に、非常に丈夫に編みこまれたポケモンの毛や毛皮で出来た服を着込んだロイが現れる。普段の真っ黒い体毛や月輪の模様をすっぽりと覆う形で、服の隙間から僅かに見える体毛や目の色でかろうじてブラッキーとわかる程度にしか肌は露出していない。
「お、おはようでやんす……」
 ユミルはその姿を見て苦笑しながら挨拶を交わす。
「あら、兄さま。随分と温かそうな格好してどこへ行くのかしら? って、聞くまでもないか……二人についていくのね。というか……歌姫さんの家、よく知っていたわね……」
 シーラを背中に背負い、あやしている最中のローラは呆れて苦笑する。
「あぁ、それはその……ロイさんは冬に私が風邪ひいたときにここまで付き添ってくれたので……私の家、覚えていてくれたんですね」
 ローラの問いに歌姫が答えると、ロイは「そういうこと」と言って、ユミルとジャネットを見る。
「でも、それ以上に疑問な点があるんだけれど、兄さまはどうしてユミルさんやジャネットさん達がここにいるってわかったの?」
 ローラの素朴な問いに、ロイは笑って答える。
「ユミルとジャネットの家からこっちの方に匂いが伸びていたんでね。歌姫の家に向かったんだろうと思ったら案の定だ。ま、いなかったら諦めようって思っていたよ」
 さて、とロイはユミルとジャネットを見る。
「ユミル、ジャネット……本当に二人で盗賊段の残党に挑む気かよ?」
 ジャネットが頷く。
「ロイ。危険だと言いたいのはとてもよくわかる。じゃが、お主を巻き込むつもりは……そもそも無関係なんじゃしな」
 ロイは首を横に振る。
「ナナも大丈夫って言っていたけれど、俺はどうにもユミルとジャネットが心配でね。どっちにしろ、『困っている者を助けられる者になれ』って親父に言われているんだ。親父のように立派になるにはこれくらい通過儀礼さ」
 まっすぐにジャネットを視線を合わせ、ロイはそう反論した。
「アッシらそんなに頼りないでやんすかねぇ?」
「うん」
 ロイが迷い無く頷く。
「頼りないでやんすか……」
「ナナは俺より集団に対して強い面はあるけれど、それにしたって一対一なら俺より弱い。俺がお前らを心配するのもわかってくれよ」
 ユミルとジャネットは互いに顔を見合わせて溜め息をつく。
「ふぅ、仕方ないでやんすね。口で言っても伝わりにくいでやんすし、かといってここでその威力のほどを伝えるわけにもいかないでやんす。喧嘩と殺し合いの強さは違うと言うこと、後で教えるでやんすよ。そうでやんすね……ロイさんが喧嘩でも殺し合いでも強くなれるように、見せるのも良いかもしれないでやんす」
「そうじゃな、神の力が意外に強いところ……ロイに理解してもらえば、それもシャーマンとしてのやる気につながるかもしれないしな」
「はぁ……」
 『ついてくるな』とかたくなに断られることも覚悟していたが、結局大した説得もせずに動向を許可されて、ロイは拍子抜けした生返事。

「なんだか聞いているうちに兄さんばっかりずるいって思えてきましたね。私は一応おとなしくシーラの面倒を見ていますが、しかし兄さま。お店はどうします? 今ものすごい忙しい時期では?」
「それはまぁ……仕入れの方は、リーバーに任せている。接客の方は歌姫とナナにもがんばってもらうよ。って、ナナに伝えておいて……歌姫」
 ロイに言われて、歌姫は一瞬嫌そうな表情をしたが、
「かしこまり……」
 すぐに取り繕ってそう言った。ナナに労働を押し付けるのは気が引けると言うことなのだろうか。
「ま、話もまとまったみたいでやんすし、いきやしょう……アッシらは荷物運び、ロイさんは護衛と言う設定で、例の街道へ行きやす……しかし、街道自体はすぐにつきやすが、盗賊のほうがそう何度も来てくれるかどうか……見つかるまで店の仕事休むでやんすか?」
「あ~……今日見つからなかったらあきらめることにするよ」
「兄さま、行き当たりばったりすぎです」
 素っ頓狂な答えを返すロイに、ローラが呆れて肩を落とす。
「ロイ殿は仕方ない奴じゃな。それではローラさん、シーラをお願いいたす」
 ジャネットは溜め息をついてローラへ会釈する。
「かしこまりました。私もたまには小さな子供を抱いてみたかったところですので、お構いなく」
 さわやかな笑みで以ってローラが言い、一行は旅立った。

 雪解けの季節。暖かくなってきたとはいえ、やはり肌寒いこの季節。ジャネットはユキメノコという種族柄問題なさそうだが、ユミルはまだまだ寒いはず。その寒さをしのぐためなのかは知らないが、気温の低い季節は氷タイプに変身していることが多かった。とはいっても、荷物を運ぶと言う重労働は嫌でも体温が上がるので、今日はケンタロスの格好でも寒くはないようだ。
 そもそも、重い荷物を運ぶときはこの姿が気に入っているようである。&ruby(にぎっしゃ){荷牛車};に乗せられて運ぶ荷物は見るからに重苦しいレシラムの逆鱗で、ロイの身長ほどに積み上げられたそれ(と言っても、一番上以外は小麦粉が入っているだけのダミーだが)は圧巻だ。これほどの量を昨日のうちに作ったのだと言うのだから、そのタークスという名のゴウカザルとやらに相当の復讐心があったことをうかがわせた。
 ユミルがひぃひぃふうふうと荷物運びに喘いでいるとき、ジャネットはというと時折涼しい風を運んでユミルの火照った体をいたわっている。ユミルとジャネットが夫婦なのだと聞いたときは少々驚きもしたが、なるほどよい夫婦である。
 ふと、ロイは物思いにふける。きっと二人は夫婦として男女の営みを行い、そして愛の上で子を授かったのだろう。それだけでなく、ジャネットは産婆だ。命の重みと言うものを誰よりも知っていておかしくない立場である。それについてはナナも言及していたからきっとそうなのだろう。
 それが、復讐のために一肌脱ぐと言うのはいかがなものか。二人は奴隷を生み出さないため、黒白神教のやり方で片をつけるつもりのようだが、果たしてそれは許されることなのだろうか? 自分とて、そんな盗賊どもは殺してしまえと思ったのは事実。しかして、それでいいのかと問いかける声はやまない。
 結局は、どれだけ考えてもロイの考えは変わらず『殺してしまった方が世のためだ』なのだが。

「なぁ……」
 たまらず、ロイは問いかけてみる。昨日ナナにも同じようなことを聞いたが、この二人はどんな答えが返ってくるのか知りたくもあった。
「命の大切さでやんすか? 気持ちの上ではロイさんもアッシらに同意なんでやんしょ? こんな言い方はいけないのかも知れやせんが……危険な芽を摘み取るだけでやんす。少数の犠牲のために多数を見殺しにするなんて出来ないでやんすよ。もちろん、少数も救えるものなら救いたいでやんすよ……神の愛で。
 しかし、アッシらは神にはなれないでやんす。神のようにはなれないから、全ての人を救うなんて出来ないでやんす。ならば、やっぱりアッシらが出来るのは早めに元を断ち切ってしまうこと。シーラに健やかに育ってもらうためにも……その障害は取り除くでやんす」
「そういうことじゃ。むしろじゃな、命が大切だからこそ殺すのじゃ。ワシらが神の愛とまでは行かなくとも、深い愛情を持って接することで奴らを更正させたとして、その努力を他のことに回せばもっともっとよい世界が築けたかもしれない……なんてことにならないとも限らんじゃろう。そうは思わないか?」
 ロイは答えられなかった。
「ポケモンは一度滅んで、世界は風も吹かず、日も昇らず……もしくは沈まず、春夏秋冬の巡りも、雨季と乾季の巡りもない世界が生み出された、という神話は形を変えて各地に残っておる。ラグナロクや星の停止といったようにじゃな。同じ滅びを別々に解釈・擬人化したのか、もしくはただの偶然なのか……ただの偶然だとしたら」
 ジャネットはそこまで言って口をつぐむ。あまり声を大にして言えることではないらしい。

「したら?」
「滅びこそ救済。と、全ての世界が暗に認めていると言うことじゃ……極端な話じゃがのう。偶然ではないとワシは思っているがの……しかし、滅びこそ救済と言うのはある意味的を射た言葉とも言えるのじゃ。縄張り争いは広い場所なら起こりにくいように、じゃな……」
「ナナが昨日言っていた。数が多すぎるから奴隷が生まれるんだって……それともつながるのかもな」
「そういうことでやんすよ。トカゲの尻尾きりはトカゲの尻尾が重要でないから出来るでやんす。そう、奴らはトカゲの尻尾……しかも膿んでいて、切らなければ病気になる傷ついた尻尾。アッシだって、殺すのは悪いことだと思いやすが……理屈じゃないでやんすよ」

「理屈じゃ、ないか」
 ロイが口にすると二人は頷く。
「でも、どうしてお前達二人がやらなきゃならないんだ? そりゃ、ムカつくのはわかるよ……でも、そんなのは軍隊の役目((当時は、警察=軍である。そのため、軍が詰めていない大きな街は治安が悪い傾向があった))じゃないか。こう言っちゃなんだけれど、たいした関わりもないのによくやるよな」
「傍目にはたいした関わりはないかもしれないのう……じゃが、私はあの二人の赤ん坊を誰よりも早く抱いたのじゃ。強い酒で消毒した手も胸も血まみれになって、ぬるま湯で子供を洗い……『おめでとうございます、元気な男の子ですよ』と言ったのはワシじゃ。その時、キリンリキの尻尾に噛まれた傷は今も残っておるぞ、ホレ」
 といって、ジャネットは見せなくても十分目立つ傷を見せる。戦争に巻き込まれたわけでもない限りこんな傷は付かないと思っていたが、産婆という職業でこうなるとはロイも驚いた。初対面の時のイメージは何だったのか。

「子供を最初に抱き上げるのはワシ。元気な赤ちゃんであると言うことを最初に確認するのもワシ。夫婦の幸せを横取りじゃよ。
 助産師をこなした数が多いせいで、たいした関わりじゃないとロイが言う気持ちもわかる。じゃが、ワシは夫婦の幸せを横取りする権利を持った数少ない職業の産婆さんなんじゃ。
 幸せを横取りなんて関わりを持っておいてたいした関わりもないなんて言ったら罰が当たる。……ワシが腹を立てる理由は、それだけで十分じゃ……と思って欲しい。取り上げるのに最も苦労した子供の一人でもあるしのう。
 要するに、殺す理由が理屈じゃないなら怒る理由も理屈じゃない……そういうことなのじゃ」
「それはでやんすね、恋も同じでやんすよ。アッシ、何でジャネットが好きか正直わからないでやんすが……いつの間にか惹かれていたでやんすし。アッシがテオナナカトルに入ったのも、ジャネットのおかげでやんすからねぇ」
 そこから先、ユミルとジャネットのお惚気話が延々と続く。真紅な話をしていたつもりなのに、そんな話にシフトしてしまったことを呆れながら、ロイは苦笑した。


 休憩を挟みつつ、数時間ほど盗賊の出没地点をうろうろしていると、不意にロイが耳をピクピクと動かす。
「ところでさ……戦士の勘みたいなものが俺にはあってね」
「はい?」
「何でやんすか?」
「ロニ……あ、俺の弟ね。まだ生きているか分からないけれど。ロニや親父ならばエーフィだし、もうちょっと早く気が付くんだけれど……すぐ気がつけなくってごめん。後30秒もすれば、俺達は囲まれるから、準備は大丈夫かって言う話だ」
 ロイが小声で話すと、ジャネットは目を丸くする。
「ロニってお主の弟さんでローラの兄じゃったかな? ブラッキーの探知能力はエーフィに比べると低いはずじゃが、それだけ鋭いとなると……ロイ殿は戦争での地位は高かったのではないか?」
 ジャネットが尋ねれば、ロイは少々自嘲気味に笑う。
「親の七光りのおかげで、最初の戦で百人長を任されたよ。その時、殺したのは3人だけれど10人以上を毒に侵した経験もあるよ……といっても、まともに戦ったのもその戦一回きりだけれどね。後はまぁ……神権革命でね」
「そうでやんすかぁ……ロイさんは結構強いんでやんすね。それじゃ、その勘を信じて見るでやんすかね。逃げようとする奴がいたら黒い眼差しだけお願いしやす。この人数だと、通せん坊するのも疲れるでやんしょうし……この数どうやら、盗賊達は全員集合しているようでやんすね」
 ユミルはそこまで小声で言って、
「皆さん、休憩にしようでやんす。あんさんも休んで」
 そうして一行を休ませる。ユミルはムクホークに変身しなおし、荷物を積んだ牛車の上で休みに入り敵が囲みを狭めるのを待った。
 ジャネットは腕飾りを取り、そこに祈りを掛ける。紅蒼翠の宝玉がおしげも無くあしらわれたその装飾品は明らかな値打ちもので、周りを囲んでいる盗賊たちもそれを目にしてよだれが出そうなほど興奮している。しかし、ナナのフリージンガメンやロイの三日月の羽(ユミルは何を装備しているのだろう?)のように、それが普通の装飾品であるはずも無い。
 ジャネットが持つ宝玉の蒼の宝石は、雨でもないのに常に湿っている。それが突然蒼い光を帯びたと思えば、周囲はたちまち広範囲が水桶をひっくりかえしたような大雨に見舞われる。あまりに不自然な天気の移り変わりに、すでに獲物となるロイ達に気付かれいると判断したらしい。気配を隠すことも無く3人を囲む。

「雨を降らせるとか、粋な真似してくれるねぇちゃんだが……この数に勝てると思っているのか?」
「雨に乗じて逃げようってんじゃなかろうなぁ?」
 下品な口から下品な声が口々に響き渡る。
 3人は答えない。ユミルだけが動き、ムクホークの姿に変身する。足爪でレシラムの逆鱗が詰まった袋をやぶって中身を露出させた。不思議なことにレシラムの逆鱗がある場所は雨が降っていない。ジャネットがシャーマンの力でカイオーガの力を利用した結果と言うことなのだろうが、そんな事まで可能なのかとロイは舌を巻く。
「逃げ惑うのはそっちじないかと思うでやんすねぇ」
 土砂降りの雨が降り注ぐ中、ユミルが風を起こした。ロイやジャネットのいる場所を気持ち悪いくらいに的確に避けてレシラムの逆鱗が飛散する。
(目潰しなんてしたら、奴ら怒って殺しにかかるんじゃ……流石の俺でもこの数は無理だ……?)
 と、ロイが思っているうちに先走った盗賊が『このやろう』とばかりに攻撃を飛ばすが、その際に雪のように白い粉が龍の幻影となって、攻撃を包み込む。
 そして、喰らい殺すように攻撃を掻き消した。
「なっ!?」
 周りの盗賊、ロイまでもがそう言って驚く中、当然のような顔をしてユミルとジャネットは力を行使し続ける。ジャネットは逆鱗を濡らすのに雨に任せるだけでなく、カゴの実を握り締めて自然の恵みを発動している。
 そのジャネットの水の力と風の力によって、舞い上げられた粉塵は純白の龍の頭部の群れをなして襲い掛かる。
 逃げ惑おうとする彼奴らを、ロイは慌てて黒い眼差しで押さえつけた。すでにして遠くへ行こうとしていた機動力の高そうなオオスバメは、中空にて握りつぶされるような心臓の痛みを覚えて逃走を中断せざるを得なかった。
 逃げることを封じられたとわかるや否や、敵はこちらを先に倒すべきと攻撃を繰り出すが、やはりその全てが例外なく掻き消された。そこから先は、全てが地獄絵図。
 真っ白い炎。白陽に包まれて熱い熱いと泣き叫ぶのはわかるのだが、炎タイプのポケモンまでもが痛いと喚き始めた。どういうことだとロイが聞こうにも、その叫び声が五月蝿すぎて質問も出来ない。
 レシラムの逆鱗はうまくロイたちを避けただけでなく、不思議と火事も起こすことなく敵だけを徹底的に焼き尽くした。時には体内にまで入り込んで内側から焼き尽くすなど、想像したくない苦痛を伴うであろう殺害方法を以ってして。

「これはなぜ……炎ポケモンにまでダメージが? 確かにあのレシラムの逆鱗は強力だけれど……だからと言って炎タイプのポケモンにダメージを与えるほどでは……」
 全てが終わった後に。ロイが尋ねた。
「それはその……レシラムの逆鱗はドラゴンタイプの攻撃もかねているからでやんすよ。アッシが知っている限りでは炎とドラゴン……二つのタイプどちらにも有利なポケモンはいやせん((実はヒードランはどちらも『効果はいまひとつ』以下であるため、軽く耐えられるであろう))ので、おそらくはほとんどのポケモンがあぁなるかと……
 レシラムの逆鱗は強力なんでやんすが時間が経つと使い物にならなくなるのが難点でやんすがね……一週間もすれば、レシラムの加護はなくなるでやんす」
「もったいないな……まだ半分くらい残っているぞ?」
「もともとパルキアの力を強引にレシラムの力へと変換いたしましたものじゃからな、そういうものなんじゃ。神に頼りすぎるのも考え物と言うことにしておけばよい。それに、これは使用者が怒っていないと使えないのじゃ……逆鱗は怒りの象徴じゃからな。じゃから、レシラムの逆鱗という名前なんじゃからな。
 怒っていない状態でこれを作ろうと使おうと……ただの水に触れると熱を出す粉でしかないのじゃ」
 ロイの言葉に、ジャネットはそう答えた。
 その言葉の後、二人はしばらく散らばった死体を見つめていた。悲しんでいるような、哀れんでいるような瞳ではあったが、手を合わせて冥福を祈るようなことはしない。あるいは、黒白神教では死者を弔う時の作法に手を合わせる必要がないだけなのかもしれないが。
 飽きるほど死体を見つめて、二人は申し合わせたように刃物を手にする。
「ロイ、お主は死体を眺めるのは好きか? 苦手なら、きっと解体の役にも立たない。帰ったほうが精神的にも良いじゃろう」
 泣きそうなのか、潤んだ瞳でジャネットは言った。ロイが何の反論もせずに身を引く旨を伝えると、ユミルは『気をつけるでやんすよ』と言って手を振ってくれた。

***

『なんだかんだ言って、二人も結局誰かを殺すことへの抵抗は消えていないようだ。殺意や怒りは理屈じゃないとユミル言った。同様に好意も理屈じゃないとも言ったが、悲しみもまた理屈じゃないのだ。
 ジャネットにとって、殺されたキリンリキの子供と言うのは、自分が子供を取り上げたというくらいの繋がりしかない(とはいっても、それが重要なことなのかもしれないが)。
 知り合いの子供がむごい方法で殺されたからって、繋がりが薄ければそれだけで殺したいほど憎んでみたりはしないはず。そして、憎んだと思えばその殺す対象の死を見て悲しんでみたり……本当、理屈じゃないんだよな。俺もリーバーの事は……弟や妹と離れ離れで、サラさんに雇われてと言う時に知り合った子だから、あんなに愛してしまったのか。
 だから、俺はリーバーを虐待したシドに対して殺意を……理屈じゃない。そうなんだろうな……俺にも心当たりがあることだし。

 出来ることなら俺の母さんも理屈ぬきで俺を愛して欲しかったものだ。ジャネットは産婆を幸せを横取りする権利を持つ数少ない職業だと言っていたが……俺の母さんは、子供を育てる喜びまでも誰かに横取りされてしまったのか。
 いや、横取りされることに慣れきっていて、横取りを横取りとも思わずに俺を乳母に任せたのか。切ない……それと、本当に父さんが居てくれてよかった。
 なんと言うか、ジャネットやユミルのような母親の下に生まれてきたシーラは幸福だな。

 黒白神教において、何かを残すことが生きた価値だと言う。どんな罪人にもその生きる価値を残してやると言うその心がけ、言葉の聞こえはとてもよいものだ。そのために、テオナナカトルはあらゆるポケモンを薬にする方法を知っているのだから。
 けれど、それが言い訳でしかないことをユミルもジャネットも知っているのだろう。きちんと殺すのは悪いことだと自覚もあることから、それは確実だ……
 あぁ、もう!! 何を考えたいのかわからなくなってきた!! 二人が人殺しを悪いと思っているから何なんだ!? それで、ジャネットやユミルを好きになりたいとでも言うのか!?
 それにしても、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。←(恥ずかしいので消しました。解読しようとしないでね byロイ)
//それにしても、夢の中とはいえナナがあそこまで大胆だとはな。結構俺の好みかも。そのせいでってわけじゃいと信じたいけれど、やっぱり純粋なナナが好きだ。好きって感情は本当に理屈じゃないんだな。
 血なまぐさい事を多くやっているテオナナカトルだって、世界を良くするためにはどうするべきかきちんと考えているんだもんな。勝手な正義を振りかざしているような気もするけれど……それでも、あいつらがやろうとしている祭りとやらがこの世界に恵みをもたらすというのなら……やってみたい。
 失敗したら確かにがっかりするけれど、誰も傷つかないし誰も死なないし……

 馬鹿みたいな話だけれど、本当に神が現れるのか確かめてみたい気がする。それに、ガラじゃないけれど俺達の次の世代のために……平和を残したいなって。

 なんだか、書きたい事ばかり書いていたら取り留めのない文章になってしまった。反省しなきゃ』
RIGHT:テオナナカトルの構成員、ロイの手記より。神権歴2年、3月29日
LEFT:
***

 翌日、また翌日と彼女らにロイが会うことはなかった。ただ、ナナと歌姫伝いに話を聞いてみると、かなりの薬の材料を持って帰り、家に篭りきりで薬の製作をしているらしいことをを耳にする。
 それでも一部の材料が腐るまでに間に合いそうに無いからと、大がかりな冷凍ビームを駆使するために果物商から買い取ったヒメリの実を届けてあげたのだと歌姫は笑っていた。
 その週末に刊行された新聞には、本当にナナの言うとおり変死体のニュースが取り上げられていた。炎タイプの者以外は大火傷。炎タイプの者はドラゴンタイプの技により殺害され、その亡骸はほとんど例外なく死体の一部が切り取られていたと言う。
 どのポケモンのどこが切り取られていたのかは定かではない。ただ『それは酷い変死体』とだけ書かれた簡潔な記事が街に売られているのみであった。


 その記事を見せても、ローラは決心を変えなかった。
「ローラ……お前がテオナナカトルに入ると決めたのなら文句は言わない。俺もシャーマンとして協力するよ。だが、テオナナカトルとつるんでいるのは構わないけれど……のめり込み過ぎるなよ?」
「分かってる。きちんと考えて行動するから……安心して、兄さん。それに、一番のめりこんでいる気がするナナさんだって、話してみればきちんと黒白神教の教えに疑いを持っているところもあるみたいだし……ま、一部だそうだけれど。
 こんな言葉があるのよ。『私はこの国とその象徴を誰よりも愛している。だからこそ私は、それらにいつでも抗議する権利を持つのだ』ってね。愛していればいるほど、よりよい方向を模索する……それが出来る黒白神教は、神龍信仰の保守派みたいな杓子定規ではないわ。父さんも、『伝統もたまには疑ってみろ』って言っていたし……父さんみたいに立派になるためには、テオナナカトルへの入信もいい経験だと思うわ。
 神龍信仰は伝統を重んじるから……いや、それは別にいいのだけれどね。でも、戦争の道具や陣形は100年でどれだけ変わる? 農民の農具や農法はどれだけ変わる? 周囲がどれだけ変わっても……神龍信仰の教えは何も変わらない。何かを変えるべきなのに、そうできない神龍信仰は……だから胡散臭くて信仰出来なかった。
 だからこそ私には……黒白神教が、テオナナカトルが肌にあっているんだと思う」
 ウインクを交えて兄に言って、ローラはご機嫌そうに尻尾を揺らす。
「ま、婚約者にしつこくダメだしする貴族の令嬢なんてお前くらいだもんな。そういうお前なら大丈夫だな」
「うん、大丈夫」
 元気よく言って、ローラは笑う。こうして、歌姫の家に居候してからしばらく考えたローラは、テオナナカトルの一員として働くことに決めた。

 この会話以降、レシラムの逆鱗の話題がロイの周りで上がることもなく、忙しい雪解け人の季節に起こった事件がひと段落した。
**Bキャンセルの語源 [#k7a53dda]

 今日の午前中、ナナは森で野草摘み。テオナナカトルにおいて薬の調達を任されているナナはロイの汗やリーバーの処女蜜のような変わった方法で薬の材料を得ることもあるが、こうして地味な方法で材料を調達することだって少なくない。
 とはいっても、今日はそんなことをする予定はなかったのだが、&ruby(フリージンガメン){琥珀の首飾り};に導かれたのでつい来てしまったのだ。

 セレビィの力が込められたフリージンガメンは、着用者の成長を遅らせたり、また進める能力を持つ。ナナは自身に成長を遅らせ若さを保つように使っているのだが、その分の埋め合わせに何かを成長させなければならない。つまりは誰かを老いさせるということだが、それは損なことではない。大体は成長させる対象を植物にする事で、薬になる木の実などを成長させ薬が手に入り、自分はいつまでも若く美しく。まさしく一石二鳥である。
 ナナほどのシャーマンならば能動的にそれを発動させることもできるのだが、気まぐれで悪戯っ子なフリージンガメンは時折その能力を勝手に発動し、ナナはそれをフリージンガメンの導きや神託と称している。
 ロイの酒場を決戦の舞台に指定したのも、テオナナカトルに勧誘したのもフリージンガメンの導きによるもので、ロイの酒場に季節外れの雑草が生えていたのはそういうことだったのだ。

 今日もフリージンガメンは雑草を成長させてナナをこの森までナビゲートしてきた。トラブルメーカーな一面があるフリージンガメンの導きには多少不安があるが従わないわけにもいかず、ナナは森に来たついでに薬草を摘んでいる。
 最初こそ面倒だったとはいえ、来てよかったとも思っている。最近は寒さも和らいできたので、左腕の肌寒さを気にする必要もなくなる麗らかな陽気。鼻歌でも歌いながらのどかな雰囲気と木漏れ日を感じての薬草摘みは、普段に酒や料理、もしくは乾燥した薬の匂いばかり嗅いでいるナナにとっては嬉しい変化である。
 腐葉土の香り、木々の香り、春風が運ぶ草の香り。鼻腔を通り肺を満たすこの感触はまさに夢心地だ。

「待てぇぇぇぇぇぇ!!」
「嫌ぁ!!」
 男性の声と女性の声、二つの声が同時に聞こえて、ナナは『待て』と叫んだ方を見る。黄色い影が通り過ぎた!!
(フリージンガメンに導かれたと思えば案の定か……所で、あの叫び声を上げたポケモンの女性はなんだったっけ……?)
 敵はトロピウス。相性は悪くない。ナナは脚に力を込めて、低空飛行をしているトロピウスに飛びかかった。木の陰から身を翻し、いきなり目の前に躍り出たナナ。なんの修行も積んでいない者に、それをかわせるわけもない。
 トロピウスの進行方向に並走するように走りだしたナナは、トロピウスの首に抱きつき、首に実る果実にかぶりつく。いきなり重みが増したトロピウスはバランスを崩し空中で横に傾く。迫りくる立木を避けられないと判断したトロピウスは地面に落ちてブレーキを掛けた。トロピウスにナナは押しつぶされる前にひらりと体から離れて、豊かな髪の毛から着地して安全に受け身をとる。
 衝撃を受け流すように転がりながら受けにも取ったナナと、もろに衝撃を受けながら体を痛めつけたトロピウス。もはや勝負は決したと言ってもよい状況でナナは手を抜かない。駆ける、跳ぶ、首を踏みつける。グハッと、大きく空気を吐きだしたトロピウスがぐったと頭を垂れるのを見て、ナナは勝ちを確信する。
 本能的にトロピウスの首にぶら下がる果実に歯形をつけてしまったのは失敗だったかと、噛み跡の付いた実を全て髪の毛の中に収納して証拠を隠滅した。
 芳醇な香りのその果実をしまい終えたところで、ようやくナナは女性の存在について気にし始めた。この匂いは蜜……そして、通り過ぎた時に聞こえたのは羽音……そして、転がっているのはトロピウス。
「逃げていたのは多分ビークイン。&ruby(虫タイプ){奴隷階級};……しかも、郊外で果樹園やっているポケモンの……よね、これは。やばい……」
 このトロピウスの男性は、恐らく果樹園で働いている職員もしくは経営者。先程逃げて言ったポケモンは蜜集めと花粉運びをやらせていた奴隷と言うところだろう。トロピウスがさっきの女性を追いまわすのは当然の権利(法律の上では、の話だが)だったのだ。それを殴って止めてしまうとは少々まずい気がした。
(とはいえ、黒白神教では奴隷は禁止。これでよかったのかしらね……どうせ私の事なんてだれも見ていなかったでしょうし。ま、だからと言ってこのまま逃げさせるに任せてもロクなことにはならないわよね。また捕まって別の所へ売られるのがオチ……ならば)
 ビークインの放つ甘い匂いは非常に濃厚で、鼻の利くナナにとっては追ってくれと言っているようなものである。空を飛ぶポケモンに本気で逃げられてしまえば追うことは困難だが、奴隷階級と言うことならば逃げられないように翅の一部が切り取られたりもしているだろう。追いつくのは容易なはずだ。
 匂い、そして翅音が徐々に近づいている。森の土は柔らかい。踏む場所を選ばなければ足を取られて転ぶこともあり得ない話ではない。踏む場所は選び、どうしても跳びにくい場合は枝につかまり体を振ってナナは加速する。
「とらえた!!」
 ナナが跳びかかる。抱きついて翅を押さえこめばもう飛べない。抱き付く時に薄い羽根に胸を切り付けられたが薄皮一枚だ。ジャネットから薬をもらえば一晩で治ると思って、ナナは痛みを無視して抱きつき続けた。ナナの重さが加わった状態でビークインは落ちる、滑る、転がる。
「くっ……」
 仰向けになってナナを視認したビークインが呻いた。
「逃げるな。そして抵抗するな……無意味に傷つきたくはないでしょう?」
「攻撃しろ!!」
 抑えられてなお、ビークインは諦めない。このまま寝技を極めて疲労させようと思ったナナは、舌打ちして戦闘に備える。攻撃性を高める効果のある、香辛料のように鼻を刺激する匂いが立ち上る。
(コレが噂の攻撃指令か……待てよ、この匂いは&ruby(アウズンブラ){原初の牝牛のアルセウス};の母乳と全く逆の効果……使えるわ)
 ナナがビークインを押さえているうちに腹にある六つの穴から、一匹ずつのミツハニーが躍り出る。ナナは爪にゴーストの力を纏わせ、神速の突きを放つ。研ぎ澄まされた爪から繰り出される神速の突きは、ただでさえよけるのが困難だが、このシャドウクローと言う技は特殊な技能でもない限り必中と言われ、逃れるすべはない。
 狙いを誤ることなく貫くナナの爪がまず一匹を落とす。噛みつこうと突進してくるミツハニーの突進を身を伏せて避け、立ち上がる勢いでカエルパンチ((相手の目の前で突如屈み、伸び上がるのと同時にパンチを放つ。カエルアッパーとも呼ぶ。この場面ではパンチと言うよりはむしろ貫き手である))。カエルパンチを喰らったミツハニーがゴムマリのように跳ね跳んだ所で髪を鋼のように硬質化させて振り抜き、後ろから迫っていた二匹をはたき落とす。残るは二匹、ナナは赤く輝く左腕の爪と、緑色の血液に濡れ光る右手の爪をこれ見よがしに構えて威嚇する。左脚はさりげなくビークインの腕を踏んでおり、咄嗟の反撃を封じていた。
「降参しなさい。『嫌』って言えるならば、降参しますとも言えるわね?」
「……ごめんなさい」
「全く、相手を見て抵抗すればいいものを……」
 面倒なことに巻き込まれたな、とナナは溜め息をつく。
「やっぱりこの子はじゃじゃ馬だわ」
 ナナはフリージンガメンを指ではじいて叱りつけた。
「全く、放っておいたらフリージンガメンに怒られそうだし……」
(いつも通り、ジャネットの家に集合するか)

 ナナはふと気になってビークインの翅を見る。やはりというべきか、彼女の翅は遠くまで行けないように切られていた。
(全く……奴隷商は酷い事をする)
「その翅……遠くに飛べないように切られたのね? 酷いことするわね。進化した時に切られたの?」
「え、あ……はい」
 優しい声を掛けられて、ビークインは動揺を隠せなかった。
「仕方ないわね、私の背中につかまって。おぶって行くから」
「おぶる……?」
 ナナは苦笑して困り顔をする。
「そっか、小さい頃は腹の穴に入って移動するからおぶる必要はないのね……だからって、そんな言葉も教えてもらっていないなんて、可哀想に。私の首につかまって」
 ナナは腰を落とし、ビークインの腕を受け入れる。恐る恐るナナの首に手を絡めるビークインの手を、ナナは笑って撫でてあげた。
「人目につきたくないけれど、あんまり幻影は長持ちしない……から、早めに行くわよ。しっかりつかまっていなさい、それと子供達もしっかり抱えていなさい」
 幻影だとか人目だとか、それらの単語の意味するところがわからないビークインだが、ナナの命令にはしっかりと頷いた。肩の後ろで顎が動くのを感じて、ナナは風のように走りだした。
 後ろへと流れる木々。景色が耳を通り過ぎていく速さで走るナナに揺られて、ビークインは早くも腕の力が怪しくなってくる。それでも落ちないように必死で掴まった。
 街にたどり着いても、これほどの速さで走るナナを誰も気にしない。
「……どうしてみんな、私達を見ないのか?」
 まるで自分達が存在していないかのような周りのそぶりが気持ち悪いのか、ビークインは不思議な顔をしている。
「それが私の能力の一つ……あんまり長い時間は使えないし、注意深い人には気が付かれるけれどさ……大丈夫、怖がらないで。私はあなたを悪いようにはしない……」
 なんて笑顔で言っても説得力は無いようだった。収支怯えきった表情のビークインは、自分が酷い罰を受ける光景でも想像しているのだろう。それでも、ナナの強さを見た以上は抵抗する気も無くなってしまったようだが。

 ジャネットの家に着いたナナは、ごめん下さいとお伺いを立てて家に入ろうとする……が。鍵がかかっている。
 留守ならそれで合い鍵があるから良いのだが、扉に耳を当てると、
『ユミル……もっと激しく……あぁん!!』
『もう、蔓が疲れるでやんすよ~。ジャネットさんは仕方がないでやんすねぇ……この甘えんぼさん』
 どうやら夫婦の営みの真っ最中のようだ。しかも、ユミルは草タイプの何かに変身しているらしい。卵グループを考えればロズレイドか何かだろう。
 ナナは奴隷階級であるビークインと一緒にいる所を見られたくないというのに、外で待っていろとでも言うのか。しかし、ナナとて透明人間のように振る舞う幻影を維持するのは疲れる。少し考えたナナは、結局髪の中に手を突っ込んで鍵束を取り出し、夫婦の営みを邪魔しないようにそっと中へと入り込んだ。
「静かにね……声を立てたりして邪魔しないように」
 ナナはそう言ってビークインを連れたままそっと居間に入る。
「さて、と……疲れたでしょう? そこのソファで眠っていなさい」
「あの……私は……」
「なにもしなくていいわよ。私はあなたを悪いようにはしない……分かる? 分からないならばそれでもいいわ……今は寝なさい。腹の子供たちと一緒にね」
 柔和な眼差しでナナが笑っても、警戒はいまだに解けない。仕方がないか、とナナは笑顔を解かずにビークインを見守る。ビークインが特に動く様子もないので、ナナは首飾りを手にとって
「で、これいいのかしら? フリージンガメン」
 フリージンガメンは応えない。このビークインを助けるように未だに、フリージンガメンに宿るセレビィの意志の目的は定かではないが、今のところお咎めもないので間違った事をしていないのだろう。
「まったくもー……本当に気まぐれなんだから、この子は」
『好きにしなさい』
 琥珀から声が聞こえた。驚き、目を剥いたナナはフリージンガメンを強く握って問いかける。
「今なんて言った? もう一度繰り返せ」
 フリージンガメンは応えない。
「くそっ……こいつだけはいつまでたってもじゃじゃ馬ね」
 吐き捨てるようにナナが言うと、ビークインが怯えていた。雇い主の機嫌が少しでも悪ければ暴行を受けるなどされていたとでも言うのか、ナナの気分悪そうな表情がどうにも苦手なようだ。
(先程フリージンガメンはこの子を好きにしろと言った。フリージンガメンに宿るはセレビィの意志。平和な時代にしか姿を現さないセレビィの……私達の思うようにやれば、貴方の望む世界が作られるというの?)
 怯えたままのビークインを監視しつつ、ナナはフリージンガメンの真意をはかるが、そんなことをいくら問答しても分かるはずがない。やがてビークインはナナに言われたとおり眠ってしまったので、ナナも考える事を止め、物音に気を配りながらの非常に浅い眠りについた。

 ◇

「なんか、甘い匂いがするでやんすね……あれ、このオイルの匂いはナナ?」
「一体どうしたのじゃ?」
 仕事がないからという理由で朝っぱらから夫婦の営みに勤しんでいたユミルとジャネット夫妻。くんずほぐれつの後、ひと段落付いたところでようやくもってユミルがナナの存在に気が付く。
「どうしたもこうしたもこの気配……ナナが家に居るでやんすよ。お茶やその他甘い匂いまでするでやんすね」
「ま、まさかぁ……いくらナナとて、夫婦がこういうことしているのに入ってお茶とかそこまで野暮なことはしないはずじゃ……」
「わからないでやんすよ~」
 言いながらユミルは、サーナイトに変身して眠っているシーラを抱っこする。サーナイトの状態では鼻があまり利かなくなるが、別の感覚が鋭くなる。間違いない。紅茶の他にも甘い匂いはかすかに漂っているし、感情の数は明らかに一つではない。
(強い警戒心と戸惑いを感じる感情が……かなり強い? いや、複数……一匹や二匹じゃないようでやんすね)
「やっぱり、アッシらの喘ぎ声聞こえていたかも知れやせんねぇ……確かに居るみたいでやんすよ」
 ユミルはとりあえずそれ以外の診断よりもまずナナがこの家に居るということを先にジャネットへ教える。
「あの、悪狐!!」
「しかし、緊急事た……」
『緊急事態のようなので仕方なさそうでやんす』と言う前に、ジャネットは駆け出し乱暴に今のドアを開ける。
「リーダー!! お主、どういうことじゃ。あまりにも趣味が悪いのではないか!?」
「あ、お邪魔しています。先ほどまではお楽しみだったわね」
 羞恥で激昂するジャネットに、ナナは動じることなく笑顔で答えた。彼女の体からは蜜と乳の匂いが立ち上っている……『&ruby(アウズンブラ){原初の牝牛のアルセウス};の母乳』のようだ。
「お主のぅ……」
「しっ……」
 ナナは口元に指を当てて黙るように促す。余った指で指示した方向には、無防備な体勢で眠るビークインの姿。
「……どういうこと?」
「ジャネット。私にそんなこと尋ねられてもわからないわよ……フリージンガメンのお導きなんだから」
 困ったように笑って、ナナはフリージンガメンを手に取る。
「&ruby(この子){フリージンガメン};が、そうするように命令したんだもの。私のあずかり知る所ではない……しかも。&ruby(この子){フリージンガメン};はあそこで無防備な寝顔晒しているビークインと同じく眠ってしまった。けれどその前にこんな言葉を漏らしていたわ……『好きにしなよ』ってね。ふふ、なんというか無責任じゃないかしら?
 でも、そんな所が気まぐれなセレビィみたいで可愛らしいのよね……フリージンガメンは。ムカつくこともあるけれどね」
 ビークインの無防備な寝顔を見ているうちに気分が良くなったのだろうか、ナナの笑顔はシーラをあやす時のそれに似ていた。
「で、フリージンガメンには好きにしろって言われたけれどどうしようかしら? セレビィの期待を裏切って見る?」
「冗談ではない。そんなことしてフリージンガメンが拗ねたらテオナナカトルに何が起こるか分かったものではない……そうじゃな。どういうわけでここまで連れてくることになったのか知らぬが、お主はこのビークインに恩の一つや二つ売ったのじゃろう?」
 まぁね、とナナは笑う。ジャネットはどうしたもんかと、顎に手を当てて考える。
「ふぅん……アッシらの子供は、二つの進化形があるでやんすし……一応大事を取っておくのもいいんじゃなないでやんすか? ローラさんのような例もあるでやんすし」
「そうね、貴方達子供を愛してあげているもんね……って、オニゴーリの場合は進化の条件に愛され方は関係ない、か。でも、あれを作るの?」
 ジャネットは眠るビークインを見る。
「許可を取れれば……じゃな。そこは交渉する……というか、リーダーがしてもらえるかのう?」
「分かったわ。私に任せて……でも、その前にあれ。特殊な事情を持った新規のお客さんを迎える恒例の全員集合をしましょう。歌姫とローラもこの家に連れてきて……って、流石に女ばっかりね」
「ロイでも連れてくるでやんすか?」
「それだと遅くなっちゃうし……私もほら、お仕事のために酒場に行かないといけないし……呪術道具の材料採集を朝の内に終わらせるためにも、やっぱり女だけでいいわ。ユミル、行って来て」
「かしこまり!!」
 ナナがビシッと指さすと、ユミルはムクホークに変身して外へと飛び出していった。
「それにしても、私が神子として大成するために日々禁欲生活を送っているというのに、ジャネットはお盛んねぇ」
 まだまだ笑顔は崩さず、しかし皮肉たっぷりにナナが笑う。
「う……よいではないか。ワシはヴィオシーズ盆地に行けば陽性のエルレイドがいるのじゃから、神子にはなれるのじゃ……そんなこと言うならあんたも陽性のルカリオでも見つけて二人で神子になればよいではないか」
「男のルカリオなんて結構見つけたつもりだけれど、どれも役に立たないわ。貴方はいいわね、対になる有能なポケモンがいらっしゃって」
 顔も声も笑っているが、心は全く笑っていない。嫉妬と嫌みたっぷりなこの言葉にジャネットは、
「羨ましいじゃろう、まったく!!」
 拗ねてしまった。その時放った電磁波による攻撃で、ナナは軽く麻痺をさせられ、しばらく起きあがる事が出来なかった。

 ◇

「連れてきたでやんす~……って、何しているでやんすか?」
「次は私の番ね、頑張っちゃうぞ」
 子供用のおもちゃであるヨーヨーやゼンマイのおもちゃなど、見るもの全てが物珍しそうなビークインは何気に人気を得ていた。現在、3人はゴチルゼル落としと呼ばれる、ゴチルゼルを模した絵の描かれた輪切りの積み木をハンマーで素早く落とす遊具((ダルマ落としみたいなものです))による遊びに興じていた。元はシーラのために買った玩具なのだが、崩してしまった者が負けと言う単純なルールで始めると思いのほか盛り上がってしまう。
 彼女の子供のミツハニーも楽しそうに見守っているその様は、見ていて微笑ましい。

「ほんとに……ビークインなんですね」
「ふむ……ナナさんも物好きですね。しかしまぁ……貴方達らしいというか」
 おどおどした口調で歌姫は言い、ローラは呆れと好感を混ぜ込んだ口調でそう言った。
「ところで、名前は聞き出せたでやんすか?」
 ユミルに尋ねられて、ナナは首を振る。
「いや、どうやら名前で呼ばれたことが無いみたいなの。困ったわね……私達が考えてあげても結局、呼ぶ人はいないわけだし……ま、いっか。みんな、座って」
 ナナは皆に床に座った所で、至極真面目な顔をする。突然雰囲気が変わったことに不安そうな面持ちをするビークイン。ナナは無理にそれをなだめすかす真似はせず、終始笑顔でいることで安心しろと意志表示をする。
「さて、こんな話をするのはちょっとかわいそうだけれど……あまり長い間夢をみせるのも悪いから、言ってしまうわ。貴方は、明日の夜までには元の場所に返すわ」
 ナナは希望を与えないように冷たく言い放つ。
「え……私、帰りたくない。ここの皆、皆優しいから……もう帰りたくない」
「皆って言っても、まだ私とジャネットとしか話していないじゃない」
 言われて、ビークインは辺りを見回す。確かに、二人の名前しかビークインは知らなかった。
「いいわ、順番に自己紹介して……時計回りに、まずはユミルからお願いね」
 さぁ、とナナは手で促す。
「ア……アッシはユミル。まぁ、見ての通り……と言いたい所でやんすが知らないでやんしょうし、種族名を教えときやす。種族名はメタモン。まぁ、いつまでこの名前を呼べるか分からないでやんすがよろしくでやんす」
「私はローラです。種族はエーフィ……以後、お見知りおきを」
「えと……私は、歌姫です。よろしくお願いします」
 全員が名乗り終わると、ビークインは物足りなそうな顔をする。

「名前……」
「そうね、貴方の名前はないわね」
 ナナはそう言って話を皮切る。ナナからは微かに花蜜と乳の匂いがした。
「それも含めてお話させてもらうわ……私達は貴方の元の仕事場所がどこなのかは分からない。けれど、私達のように優しい人がいないっていう事は……貴方が働いている場所って、相当酷い場所なのねぇ?」
「えぇ……もう二度と戻りたくない」
「でも、戻らなきゃいけないわけだけれど……あそこの雇い主が優しくなればそれで問題ないわけよね?」
「貴方達のように……優しくなるですか?」
 ビークインの問いに、ナナはうんと頷く。
「ちょっと、リーダーは何か良いプランでもあるのか?」
 自信満々なナナにジャネットが問いかける。
「もちろん、無いわけないじゃない。でも……何の見返りなしにやってもらえるほど、世の中甘くは無いわ」

 ビークインはゴクリ、と唾を飲む。
「貴方の体を、ちょっとだけ弄らせてもらいます。ちょっと痛かったり苦しいかもしれないけれど……それと引き換えに、貴方の待遇を改善させると約束するわ。だから、貴方の体を弄る事、それを許可してもらいたいの……貴方の子供たちも、心配しないで貰いたいしね。
 どうするの? そのまま帰れば、貴方は酷いお仕置きを受けるでしょうね。でも、私達に従えば……そう、全てが上手くいく。私達に任せてみない?」
 ナナに脅されて恐ろしい想像ばかりが駆け巡るビークインはおどおどしていた。
「お願いします」
 しかし、このビークインはこの国で生まれ育った奴隷のようだ。少なくとも2世以上は世代を重ねた奴隷。虫の楽園と呼ばれる故郷の匂いも風景も知らないのは悲しいことだが、世間知らずこの上ない生活環境が幸いした。
 このビークインは優しい奴ほど悪い奴が多いという法則も知らずに、労働ばかり強いられていたのだろう、酷く御しやすかった。
 初めて触れた肉親以外の優しさに、このビークインは簡単に頼ってくれたのだ。無論、フリージンガメンの監視がある以上は酷い事は出来ないし、するつもりも元々ないが、話が以外にも早く済んだのは楽でいい。
「だ、そうよ。ユミルは準備して。歌姫とジャネットは小さなお客さんのお相手をして」
「かしこまり」
 ユミル達が頷くのを見て、ナナはローラに視線を向ける。
「そして、ローラ。沢山の人の不幸と幸福に触れること、それが黒白神教流のシャーマンとしての強さを高める方法。だからね、私達のやること、ビークイン達の姿をよく見聞きしなさい」
「見聞き……ですか。そんなことでよろしいのでしょうか?」
 不思議そうに見上げるローラの頭を撫で、ナナは笑う。
「そうよ。シャーマンとして力を高めると言うのは、世界とより強く一体化することに他ならないの。断食や瞑想によって自身を極限状態に置くことで一体化することもあれば、薬を使うこともある。テオナナカトル……私達の組織名の由来となったキノコを食べて一時的にシャーマンとしての能力を上げることもその手段の一つにすぎないの。
 日常の何気ない事、さりげない心遣い。何を思い何を触れるか……それがを突き詰めることで他社と心を通じ合わせ、不幸も幸福も理解する……それは世界との一体化に他ならないわ。でも、そういう風に誰かの事を慈しむ気になるのは練習が必要よ。いざ誰かを慈しまなければいけない状況になった時には経験がものを言うの……だから、私達はこんな仕事を生業にしているの。
 だからね、こういうものはつぶさに観察しておきなさい」
「観察っていうけれど……兄さまにやったことを考えると、なんか変態的ですね……」
「そういうイメージとはちょっと違うんだけれどなぁ……。苦しんでいる人を救おうと思う気持ち、他人の笑顔を素直に喜べる気持ち……そういう事がシャーマンとしての力を育てるんだから」
 ナナは苦笑した。
「ま、変態的だと思うのが嫌ならば、アフターケアまでするのが私達の役割ってことで良いんじゃないかしら?」
「ん、そうですね。そういうことにさせていただきます……ところで、兄さんは?」
「ロイは仕事でしょう? 大丈夫よ、夜にはロイにもきちんと仕事はやってもらうし、貴方にも仕事はしてもらう。今はもう定職についていないんだし、どうせ暇なんでしょう? 薬の材料採集が終わったら昼寝でもしておきなさい」
 言いながらナナは薬棚から何らかの薬を取り出す。薬の名前を見ただけでは何に使うのか分からないローラだが、とりあえずそれを目に刻みつけようと注意深く観察することにした。

「ところで、今から作るのはなんなんですか?」
 ユミルがビークインを横にして、何かの薬を飲ませている。それを横目で見ながらローラが尋ねる。 
「ん~……今から作るのはね、Bキャンセルって道具というか……変わらずの石って知っているかしら?」
「え、えぇ……変わらずの石さえもっと幼い頃に見に身に着けていれば、私もリーフィアに進化していたんでしょうがね。親兄弟に愛されすぎるというのも考え物ですよ。でも、Bキャンセルって言うのはあれでしょう? 進化をキャンセルする方法の総称で、お薬の名前では……」
「違うわ。Bキャンセルの語源とは『Bee』つまるところミツバチ、ビークインのことなのよ((実際の学説では、殴るなどのショックを与えてキャンセルすることから『Blow』とする説もある))。ビークインはね、虫の楽園と呼ばれる大陸では数百の群れを作るけれど、その中に雄と雌は役7対1。もしも400の群れならば350対50……ただし、それだけの雌がいても、女王つまりビークインは一匹……って言い方は差別用語ね、一人なの。
 それはどのような原理によるかというと、ビークインは女王物質と呼ばれる匂い成分によって他のミツハニーが進化するのを防いでいるのよ。私たちは今からそれを取り出そうとしているの。それを特殊な加工をした木材に振り掛ければ、十数年は匂いが消えない香木を作られるのよ。虫の楽園にて何らかの理由でビークインが他のポケモンと同居するときは、数日間ビークインから離れた場所で生活しないと進化が起こらないというわ」
 ふと見れば、ユミルがルカリオに変身してビークインのマッサージをしている。どうやら発経によって体の内部から刺激しているらしい。
「そうなんですか……初めて知りました」
「もともと、黒白神教の道具であるBキャンセルは、確かに進化を止める方法の代名詞として黒白神教内外に広まった……けれど、その材料が何から出来ているかを知られてしまえば、奴隷階級であるビークインにどんな仕打ちが待っているかわからない。
 だから、黒白神教の者たちはBキャンセルの材料を曖昧にした……そして、廃れさせた。そして今でもその名残として言葉だけが残されている……そういうことなのよ。本当なら輸入に金も時間もかかる変わらずの石よりも安価で手に入る道具なんだけれどね。もったいないこと……こうして役に立つものがすたれていくのね」
「ビークインが奴隷階級である以上は……」
「そう、材料の公開は無理ね。そんな事したらビークインが何されるか分かったものじゃないわ」
 残念そうにナナはつぶやいた。

「で、その女王物質とやらはどうやって採集するんですか?」
 ローラの素朴な質問に、ナナは笑顔になって答える。
「この女王物質は、進化した瞬間及び女王の役割を果たしているときに分泌される。女王の役割とは即ち、交尾と出産。だから、性的な刺激を与えることである程度能動的に体中から分泌させられるんだけれど……今回はあの女王様にフェロモンその他をたくさん分泌させるためのお薬と、理性を破壊するためのテオナナカトルを飲んでもらい、ついでにそういう食材も料理に混ぜさせてもらったわ。体力を回復させて元気になる食材もね。
 そうして、性的な刺激で体中から発したフェロモンを、木彫りのペンダントに擦り付ければBキャンセルの完成……と」
「つまるところそれって……体を」
「うん、弄るの」
 語尾に音符マークでも付きそうなほど楽しそうな声色でナナは笑う。
「大丈夫、あなたのお兄さんも似たような方法で汗や精液の中の毒を採取されたんだから」
「貴方たち……なにやっているのよ。付き合ってられないけれど……いや、でも私も似たようなもんだしなぁ」
 苦い思い出を思い起こしてローラは重い溜息をついて意気消沈。
「っていうか、ユミルさんは子供もいるんじゃないんですかぁ? こんなことやっていていいの?」
「だから、本番は無しなのよ。それだけは鉄則……まぁ、長い黒白心境の歴史の中で破る人もそりゃいたでしょうけれど。さぁさ、ともかく私たちのやり方をきちんと見ていなさい。興奮してもいいのよ」
「私はそういう趣味なんてなーい!! やっぱり変態じゃないですかぁ!!」
「見るの。趣味があろうと無かろうとやる。報酬を得るために、日々の糧を得るためには大事なことよ。それに、テオナナカトルに入ったからには仕事を覚えてもらわないと」
 大声で叫ぶローラに、あくまで笑顔のナナは有無を言わさない威圧感でローラに言った。

「ごめんなさい……」
 あまりの威圧感に萎縮したローラは反射的に頭を下げる。
「あら、謝らなくたっていいのに。可愛らしい子ね」
 しかし、そこにいるのはいつものようにローラの頭を撫でるナナ。ナナは横たわるビークインの元へと向かっていった。ユミルのマッサージによってすっかり息を荒げたユミルの目は、どこをい見ているのかも定かではない。すでにして漂い始めた匂いは雄を興奮させるための役割を持つ香りで、女王物質とは異質なもの。しかし、通常よりも何倍も強くなったそれは、興奮を通り越して&ruby(めいてい){酩酊};させてしまいそうなほどに高貴な香りだ。薔薇のような、南国の果実のような、香木のような、僅かにタバコの匂いを加えて、そこに上等な葡萄の香りとさらにはバニラ……女王の名は伊達ではないとローラに感じさせる。
 現在別所に避難しているミツハニーたちがその誘惑に耐えられないであろうこの匂いは、まさしく天然の媚薬だ。自分が女であるにもかかわらず、その魅惑の香りにあてられ理性が曖昧になる中で、ローラはこのフェロモンも売ればそれなりの金になるんじゃないかと思っていた。

 ルカリオに変身したユミルは、時折蒼い炎のようなものを手の平から漂わせている。あれが波導というものなのだろうとローラは理解する。体の奥深くまで響く愛撫をしているユミルのそれの前には、虫ポケモン特有の硬い外皮も形無しだ。鈍感な外皮を貫いて届いた慣れない感触に、ビークインは酷くうろたえている。
 しかしそれも、無理やりに快感を起こしている感じではなく自然に揺り起こすような、そういう愛撫の仕方だ。苦しそうでもなければ疲れていそうでもないのに、快感だけは一人前に感じているような。
 そのユミルの孤軍奮闘にナナも加わる。しなやかでつややかな髪を床に下ろし、正座の姿勢をとってはビークインを膝枕。
「んあぁぁ……」
 ナナが自身の手を唾液で濡らしてビークインの触覚を握る。どうやらそこは性感帯の一種らしくて触れた瞬間糸が切れたように漏れた吐息は蜜のように甘い。ハァハァと、こちらまで荒い息遣いが伝わってきて、ローラの敏感な体毛は湿気ともフェロモンとも付かない心地よい淀みを感じた。
 ローラは自分も快感に呑まれたかのように体を震わせる。良く利く鼻も、大きな耳も、敏感な体毛も、周囲の情報を取り入れずにはいられないエーフィの体がローラの想像力を無駄に掻き立て、思わずどんな快感なんだろうとビークインの体に走る感触に思いを馳せた。
(なんて、気持ちよさそう……)
 見ていれば、ビークインは触れられるたびに体をよじっている。湧き上がる快感に自分から飛び込まずにはいられないのだろう、自ら快感を得やすいように姿勢を変え奈々たちの愛撫を受け入れようとする動きにはある種の羨ましさすら覚えた。
「どうかしら、働き蜂でもない私たちに奉仕されるその気分は?」
「いぃ、です……」

 意地悪な質問でナナが戸惑わせようとするが、奴隷として生まれ育った彼女には羞恥心なんて無縁らしい。あそこまでやられたら恥ずかしくて相手の顔も見れなそうだが、そんなナナの思惑はどこ吹く風と、ビークインは潤んだ目をして笑顔で答えた。
(そんな反応されてナナさん困らないかしら?)
 ビークインの言葉に対する反応はともかく、体に対するが徐々に良くなって来た所で、ユミルのマッサージのような手つきは相変わらずだが、ナナは触覚を綺麗な舌で舐め始める。
 なるべくその鋭い歯に触れないようにではなく、歯による刺激と舌による刺激という緩急の応酬。一時も気を休めることなく、なおかつ手を変え品を変える千変万化の愛撫には、ビークインが気を逸らすことも快感を拒絶することも出来ない。
「はうぅぅぅぅ……」
 搾り出すように弱弱しいビークインの声。どうやら達してしまったらしい。
「よし、と……この匂いは確かにBキャンセルね。ユミルのほうも確認して」
「間違いないでやんすよ。ルカリオの体は匂いを嗅ぎ分けるのは得意でやんすから、信頼しても良いでやんす」
 先ほどまで、ビークインに怒涛の攻めを展開していた二人はというと、冷静に。なんだか見ていてむかつくほど冷静に装飾の彫られた木をビークインの体にこすり付けている。あれを首飾りにでもして商品として売り出すのだろう。
(あそこまで無味乾燥に作業されると無意味に興奮していた私が馬鹿みたいじゃないのよ……)
 結局、なんだかんだ言って興奮し最後まで食い入るように見つめていたローラの気分もそこで急激に冷めていった。

***

『大きな仕事を請けるとき(どういう基準で「大きい」と決めるのかは不明だが)私たちはよく集められる。レシラムの逆鱗のときも、私は何度かあの夫婦の様子を見に行かされたっけ。あの時も復讐によって心が癒されたわけでもなかったようだが、少し心が楽になったような……そんな表情をしていたことを覚えている……けれど、これは何!?
 なによあれ、私はレズの気はないって言うのに、ナナとユミルはビークインのことを……ちょっと羨ましいと思ってしまった私が情けない。しかもむかつくことにあの二人、手馴れすぎていて女性を悦ばせる事に何の感情も抱いていないかのようだったしぃ!!
 あれは、ビークインに余計な感情を持たせないための一種の気遣いなのかしらね? ともかく、今回のは非常に良い経験になりました。えぇ、なりましたとも。だからもう勘弁してって感じなのに、ナナさんは自分でも薬の材料を調達出来るようにね♪ とか言ってくるしぃ……私も慣れて来ると二人みたいになんでもなくなってくるのかと思うと怖いよ……』
RIGHT:テオナナカトルの構成員、ローラの手記より。神権歴2年、5月2日
LEFT:
 ◇

 午前から昼に掛けての作業を済ませたナナは、今日もいつも通りに酒場へと赴いた。
 相変わらず賑わっている酒場の忙しい時間帯を縫うようにロイが休憩しているときを見計らい、ナナはロイへと仕事の話を持ちかける。
「それでビークインを預かっているわけか……お前も大変だな」
「そうなのよねぇ……もう、嫌になっちゃう。あ、これお土産ね」
 ナナは髪の中に手を突っ込んで、その中からよく熟れた山吹色の柔らかい果実を差し出した。
「……何故にお土産がトロピウスの果実?」
「それはあれよ、歯型で私達ゾロアークだって特定されないために取ってきちゃったの。私一人じゃ食べきれないから食べてくれる? 貴方のために一番噛み跡が少ない果実を持って来たのよ」
「全く、思わず果実に噛み付くとか……アホか。いや、食べるけれどさ」
 何とも馬鹿らしい理由で持って来られた果実を見てロイは笑う。葡萄や柑橘など、他の果実には見られない酸味のほとんどない果実の風味。
「それでね、ロイ」
 柔らかい果肉は例え歯がなくとも食べられそうなほどで、租借するたびに広がる芳醇な香りと後を引く甘さ。
「何だ?」
「今日は貴方にもお仕事を頼みたいの。汗を使ってお薬を作る手伝いとかじゃなくってね、貴方の得意分野である戦いよ」
「ふ~ん、どういうお仕事?」
 爽やかさとはまた違うふわりとした優しい後味は他の果実には無い魅惑の満足感がある。
(この甘ったるさ、腹が減っている時には中々悪くない)
「依頼人のビークインからは、もうすでに薬を作らせてもらった。その薬がどんなものかは後で説明してあげるけれど……契約の内容はこう。私達に薬の材料を提供する代わりに、『依頼人の雇い主を優しい性格にする』
 でも、雇い主を依頼人に優しくなるようにしたいところだけれど……そんなの、説得して出来ることじゃないでしょ?」
「そ、そりゃまぁ……でも、脅して何とかするの? あ、木の実は美味かったよ、ありがとう」
 ロイは果実を呑みこんで笑った。
「うん、ありがと。えっと……脅すには脅すけれどね、脅すのは私じゃなくってダークライに任せようと思うわ」
 ナナは髪を掻きあげてポーズをとる
「またわけのわからんことを……また何か怪しい呪術道具を使うのか?」
「んふっ、そういうこと。呪術道具だと長いから、神器って呼んでいるんだけれどね。でも、どんな大層な神器とて、あたらなければ意味がないから……道中貴方の夜目を生かして見つからないように護衛してもらいたいの。今日はもう、朝にいっぱい力使っちゃったから、幻影をみせるのも疲れちゃったし……」
「分かった……じゃあ、お店の営業終わったら付き合うよ。親父は、『困っている人を見捨てるな』って言っていたし……親父のように立派になるにはそれくらい通過儀礼だ。
 俺は水を飲んだら休憩時間終わりにするから、ナナも後で適当な時間にお客さんの前で踊ってあげてくれ」
「はい、かしこまり。それじゃ、夜のお仕事も深夜のお仕事もがんばろうね、ロイ」


 そうして、店の営業時間も過ぎた所で、ロイはこっそりと家を抜け出しナナの家に向かう。この時間帯に家を抜け出して女性の家の元に向かうというのは中々に燃えるシチュエーションではあるが、今日は色っぽい事情があるわけではないのが残念だ。
 ナナの家に着くと、一足先に帰っていたナナはなにやら真っ白な紐を手に持っている。傍らには、先程まで眠っていたのか、まだ寝ぼけまなこのローラも待ち構えている。ローラは闇夜にまぎれるように、黒い服を与えられ、今はそれを着込む真っ最中のようだ。
「それは何だ?」
 純白の紐を見てロイが問うと、ナナは笑顔でそれを説明する。
「これは悪鬼が産んだ巨大なウインディを拘束するための紐……グレイプニルを模して作ったの。本物はミミロップの体毛をベースにニャルマーの足音、フーディンの尻尾、岩の根、リングマの腱、魚の息、鳥の唾液を使うのよ。本物はそれらを材料に作ったから、現在はそれらが存在していないっていう神話があるのよ。
 とはいえ、これはそれを模しただけのまがい物。ダークライの毛髪を編んで紐にしただけの代物よ。本物作るのはかなり大変なのよねぇ……材料が二つほど足りないし。作れると便利なんだけれどね……こだわりスカーフとか、そういう道具の力を封じられるって言う反則的な道具なのに。
 ともかく、ダークライの力が込められたこれ、レプリカグレイプニルの瘴気に当てられたものは、その多くが悪夢を見ることになるわ。
 私は、ダークライともきちんと仲良くなっているというか、もはやダークライは体の一部のようなもの。ある程度の悪夢ならば自在に操ることもできるわ。だからこそ、それを利用する」
「うわぁ……黒い笑み」
 言い終わったナナの笑みは、誰が見ても良い事をたくらむ顔ではない。
「それがナナさんの魅力的と思うのですがね、私は」
 どこか大人びた雰囲気のナナにあこがれている節のあるローラはそれを褒め、ロイは苦笑する。
「それにしても、レプリカグレイプニルを作るための材料を取り出した光景、兄さまにも見せたかったわ」
「へぇ、どういう光景? ダークライを監禁しているとか? そりゃ見てみたいわなぁ」
「やだもぅ、ロイったら。そんな畏れ多いこと出来るわけ無いじゃない」
 くすくすと笑いながらナナは続ける。
「ただ、放って置くと髪の毛が伸びる呪いの人形につけたダークライの髪を剃刀で切り取っただけよ」
「十分とんでもねーよ!! 呪いの人形ってはっきり言うのもどうかしてる」
 楽しそうに笑うナナをロイは大声で突っ込んでつられて笑い始める。今から物騒なことをしにいくとは思えない和やかな雰囲気をひとしきり楽しみつつも、ナナは慣れない衣服に四苦八苦するローラの着替えを手伝った。


「しかし、戦闘を行うったってこう……なるべく静かにばれないようにやるんだろ? なんと言うか、気が進まないなぁ」
「気が進まないってあんたねぇ……ここは戦場じゃないから武勲を立てちゃいけないのよ。気が進むってのはどういう状況かしら? 褒美が無いとやってられないとか?」
「う~ん……そういうんじゃなくって。いいやローラ、合わせて」
「あ、はい」
 兄弟の会話に珍しくナナは首をかしげる。
「我々にはサンライトヴェール((エーフィのポケボディー。周囲にいるイーブイとその進化系の生命力を向上させる))の加護がある!! 死を恐れずに突き進め!!」
「オォーー!!」
 ロイの鼓舞にローラが応じる。
「我々にはムーンライトヴェール((ブラッキーのポケボディー。周囲にいるイーブイとその進化系の持久力を向上させる。上記のサンライトヴェールなどと合わせることで、イーブイは徒党を組むと相乗的に強くなるため、戦争の主力となる騎士の位を与えられたといわれている。))の加護がある。疲れを知らず攻め立てろ!!」
「オォーー!!」
「戦うのは誰がためか!?」
「偉大なる父、ロノがため!!」
「戦うのは何のためか!?」
「美しき祖国がため!!」
「ならば戦え!!」
「オォー!」
「勇敢になれ!!」
「オォー!」
「突撃だぁーーー!!!」
「オォーーーーー!!!」
 ロイ、ローラ共にふぅ、と息をつく。
「とまぁ、こんな感じで……叫ばないとやってられない感じ」
「個性的ね」
 ナナの突っ込みを無視してロイは続ける。
「しかし、今叫んだおかげでちょっとやる気出てきたかも」
「それだけでやる気が出るって言うのもまた、単純ね。っていうか貴方達息ピッタリね。流石は兄妹って所かしら? 羨ましいわ」
「私達、小さい頃はこうやって戦争ごっこをしていたんです。ですから……」
「戦争がどんだけ辛いことかも知らずにね。実際、始めて実戦に出たときはあぁいう風に鼓舞したもんだけれど……殺しあうことが楽しいとあこがれていたなんて思うとぞっとするよ。神権革命のときにはやっと死に場所を見つけたって思うくらいに思いつめてたって言うのにさ。
 それでも、俺は戦う気になるにはあの掛け声が必要なんだなって感じるんだ。友達と遊ぶときも、演武を行うときもそうして自分を奮い立たせてきたからね」
「でも、今回の仕事はそういう風に叫んでいい仕事じゃないからね。何度も言うけれど」
 ナナが呆れた風に苦笑する。何気に初めて見た表情かもしれない。
「はいはい」
 ナナの注意に、ロイはぶっきらぼうに頷いた。
「ま、いいわ。仕事前に一回くらいは叫びましょう。美しき神、レシラムがため!!」
 ロイは感心したような、嬉しそうな顔をして、前脚を振り上げ追従する。
「猛々しき神、ゼクロムがため!!」


「ねぇ、ここでいいの?」
 ナナは髪の中に手を突っ込んで、ミツハニーを取り出し問いかける。見覚えのある光景と判断したミツハニーは、うんと小さく頷いた。
「財布に木の実にミツハニーに……何でも入るな、お前の髪は」
「だって、ゾロアークが母親になったらここでゾロアを寝起きさせるんだもの。いろんな物が入らないことにはどうにもならないわ」
「なんと言うか……ガルーラみたい。その髪の中からひょっこりとゾロアが出てきたら可愛いでしょうね」
「うん、なんとなく可愛いって言われていた記憶はあるわ。よく覚えていないけれど……きっとね」
 ナナは昔を語ろうとして、やっぱりやめる。暗に母親が幼い頃に死んだことをほのめかすナナはの表情は、ローラには暗くて見えなかったがロイにはよく見える。影を落とした暗い表情だ。
「さ、それよりも。ここから先は要らないお喋りは厳禁。見つからないように慎重に行くわよ」
「わかった」
「わかりました」
 二人の返事を聞いて、ナナは音を立てずに敷地の柵を乗り越える。そろりそろりと言う忍び足ではなく、ナナは軽快な足取りながらも全く音を立てない。追従するロイとローラもまた、無音で通り過ぎるのを苦にしている様子も無い。
「まって」
 と言ったのはローラ。大きな耳をぴくぴくと動かしながら、彼女は周囲の様子を感じている。
「ナナさん、兄さん、あそこに見張り……がいると思うんだけれど、どう?」
「あぁ、確かにムウマージが居るな。やり過ごすか? それとも気絶させて強行突破か?」
 ローラが指し示した方向を見ると、確かにそこには見張りがいた。ローラは視認したわけではないので種族までは特定できなかったが、ロイはそれを可能にしている。ナナも陰くらいは見えているようだが、はっきりと見えるのはロイだけ。
「いや、ビークインのお姉さんと同じ奴隷じゃないなら、やっちゃっても構わないわ。果樹園の大きさを考えれば見張りも2人か3人いれば十分だし……そんなに数もいないでしょうから、この果樹園の持ち主と一緒についでにやってしまいましょ。それにしても、やっぱり二人を連れてきてよかったわ」
「どういたしまして。慎重に行きましょ」
「あぁ、家に帰るまでが戦だからな」
「そうね」とナナは笑い、影だけ見えるムウマージの視線伺う。普段は2足歩行のナナが、この時ばかりは4足歩行で身を低くし、木の根元に積まれた雑草や木の幹に身を隠して接近する。ゾロアークに進化してからのブランクを感じさせないその移動は、速度だけでなく身の低さも音の少なさも一流の域に達している。
 十分接近した所で、ナナは襲いかかる前に小さな木の枝を投げ、自分の現在位置とは違う場所に注意を向けさせた。案の定、音のした方に注意を向けたムウマージに息をひそめてナナは接近し、後ろから襲いかかっては手に持ったレプリカグレイプニルで首を絞める。
 首を絞められたムウマージはくぐもった声すら出せず数秒間バタバタともがいた後、がっくり項垂れて気絶した。
「……いい夢見なさい。とびっきりの悪夢をね」
 倒れ伏したムウマージを積み上げられた雑草の上に寝かせてナナは微笑んだ。処理の済んだナナは二人を手招きして、ミツハニーの案内を再開させる。二人がナナに追いつく頃には、ムウマージは早速悪夢を見始めたようで酷くうなされうわごとを呟いている。
「えげつねぇな……どんな夢を見せているんだ?」
「『例え奴隷であっても大切にしないとお化けが出るぞ』って神龍様が言ってくれる夢よ。少なくとも三日間くらいは眠りたくならないハードにね」
「単純だな」
「さぁ、どうでしょうね?」
 まるで子供を脅かすような単純な口ぶりが逆に恐怖を誘った。ナナならば、どんな夢だって見せかねない。

「うん、あれが雇い主さん達の眠る母屋ね」
「少なくとも中には数人はいそうですし、エスパー対策の施錠も施されていますが……どうやって入るのですか?」
「それはあれ、ムウマージが持っていた鍵を使って」
 じゃらりと鍵の音を鳴らしてナナは微笑む。
「手際がよろしいことで」
 ロイが笑う。
「お褒めの言葉ありがとう……とりあえず、ここから先は私がやるわ。何かあったら加勢よろしくね」
 そう言って雇い主の母屋に乗り込んでいくナナを。
「あいつ絶対助け必要ないだろ……」
「兄さまもそう思いました?」
 二人のどうでもよい会話が見送った。


「はぁい」
 物音一つ立てないままに、ナナは上機嫌で返ってきた。母屋からは時間差でうめき声どころか叫び声のようなものが聞こえる状態で、悪夢を見ているのであろうことは容易に推察できた。悪夢程度で彼らが更生するのかという疑問も浮かぶが、二人ともそれは口にしなかった。
「ほらやっぱり必要無かった」
「そりゃ、ナナさんなら必要ないわよね」
 呑気に言う二人の頭を撫でてナナが笑う。
「うふっ、私ってば期待されているのね、嬉しいわ。さ、後はビークインのナビゲートのお仕事だけ……貴方達はもう帰ってもいいわよ。貴方達は先に帰っていて。後の処理は私がやっておくから……」
 ナナは何処か歌劇のような、わざとらしく大げさな動作で腕を振りつつにこやかに語りかける。
「分かった。一応大丈夫とは思うけれど気をつけろよ」
「……同じく。怪我しないでくださいね」
 二人は心にも無い心配の言葉を送り、その場を後にする。その後ロイたちが口にした『結局俺達が居なくっても仕事は完遂できたんじゃ』と言う言葉など、ナナが知る由しもないのだ


「心配なんてしてないくせに……」
 ナナは力ない笑いを浮かべてため息をついた。
「全く、頼り甲斐の無い男の子に、守り甲斐のない女の子だこと……男の子にはもうちょっと弱み見せたほうがいいのかなぁ」
 独り言を言い終えたナナは、髪の中からミツハニーを取り出し
「君はもうひと頑張りね」
 と、わしづかみにしたミツハニーへ話しかける。息苦しい髪の毛の中からようやく開放されたミツハニーをつれてビークインを待機させている場所へ赴けば、不安そうな面持ちのビークインが眠れない夜をすごしていた。
「お待たせ、ビークイン」
 童話の中でお姫様の手を引く王子のようにナナは手を差し出す。
「後はあなたの仕事よ。あのムウマージを介抱してあげなさい」
「なんで……こいつらに親切をしなきゃいけないの?」
 最もな疑問を投げかけられたナナは、ビークインの手を優しく握って微笑みかける。
「怒ることは大事だけれど、許すことも大事よ……一方だけが歩み寄るだけでは、和解は生まれない。天秤が逆に傾くだけでは意味など無い……って、天秤なんていってもわからないかな?」
 ビークインが頷くのを見てナナは頭を掻きながら続ける。
「要するにね。今度は貴方達がふんぞり返るようになってしまっては意味がないってこと。あくまで仲良く、助け合えるような関係に。お互いを心配し、配慮し会える関係になってくれればいいなって事。わかるかしら?」
「みんな、仲よくですね……」
「うん。次の日にはきっと、貴方は手の平を返したように待遇が変わると思う。もしそうならなかった時はまた私が仕事するから安心して……で、貴方達の待遇がよくなったら、それに甘えすぎちゃだめ……貴方達が不満を抱えているように、相手もまた不満を抱えて生きているの。
 相手があなたの苦しみを理解してくれるようになったら、あなたも相手の苦しみを理解してあげて。それが、一番いい形よ」
「……わかった。難しいかもしれないけれど……頑張る」
「よし、いい子ね」
 ナナはビークインを抱きしめ背中を軽く叩く。ナナの温かみに触れたビークイン、叩かれる手の平から暖かな力を感じて、それにすがりつくようにナナのことを抱き返した。
 ナナの胸が上下する息遣いを感じている最中、ナナは卵を握るような力加減でビークインを押し返した。
「よし、行ってらっしゃい。あのムウマージを悪夢から覚ましてあげなさい」
「はい!!」
 励まし、元気付けられる声で送り出されたビークインは、今まで一度も見せなかった笑顔をナナに向ける。一仕事終えたナナは、夜の空気に触れてすっかり冷え切った左腕を暖めるため、左手を脇に挟む一風変わった腕組をする。
「さて、とりあえず今日一日はビークインに危害が及ばないか否かを徹夜で監視しなくっちゃね。ふぅ、酒場の仕事大丈夫かしら?」
 寝不足を心配したナナの言葉はしかし、どこか嬉しそうに弾んだ声色であった。

***

『なぜか、私達の行く道を遮るように2mはあろうかという雑草が街への道をふさいでいた。もちろん、乗り越えようとすれば邯鄲に乗り越えられただろうけれど、セレビィの加護が込められたというフリージンガメンのことを思い出した私たちは、ナナの元へと引き返すことにした。
 そこにはビークインと抱き合うナナがいて、会話の内容はあまり聞き取れなかったものの励ますような何かを言っていたのは、兄さまがナナさんが笑顔でしゃべっていることを教えてくれたことや、声色のおかげでなんとなくわかった。
 そうそう。仕事自体は確かにナナさん一人でも簡単に出来ただろうけれど、シャーマンとしての力を高めるには人の不幸と幸福に触れること。だから、行く意味がなかったかと聞かれれば答えはNOだ。私達は一緒に仕事を請け、他人の不幸と幸福を観察した……それで十分じゃない?
 好奇の目で見るのではなく、共感し、それを解決してあげる……いい事じゃない。でもBキャンセルの材料を採集する方法もう少しどうにかならないのかしら……?』
RIGHT:テオナナカトルの構成員、ローラの手記より。神権歴2年、5月3日早朝
LEFT:
『前回の日記の出来事の後、ナナはビークインの身に何か起こらないようにずっと監視していた。それを昼ごろ、私とユミルが引き継ぐ時には「明日からは必要ないかも」って笑っていた。

 そうそう、その時にナナが言っていたことも書き加えておきましょう。
「奴隷とは、職業選択の自由が無いものを指す。いくら奴隷が禁止である黒白信教とて、広義の意味での奴隷は禁止しない。それに、世間知らずなあの親子たちに他の職業が選べる気もしないしね」と、ナナは言った。でも、こう付け加えた「だから、苦役からだけでも開放させてあげましょ」と。
 私も思えば「貴族」という職業を強制された奴隷だったのよね。おいしいもの食べられて、石鹸で体を洗えて、良い家に住める。贅沢な奴隷といえばそうだけれど、糞の役にもたたなそうな奴と婚約させられ、厳しい英才教育。
 まったく、母親が言うようにそれが「貴族の務め」なんでしょうけれど、冗談じゃなかった。願わくば、あのビークインさんがあのときの私以上の幸福を得られますよう、私はここに祈ります。

 それにしても……最近奴隷の取引が急激に増えた気がする。神権革命でごたごたしているこの国を攻め込もうとしている国があるという情報のせいだろうか? 奴隷に陣地や砦を築かせようという事なのだろうか? ……全く、没落してしまって貴族の身分に意味が無くなると、戦争ほど迷惑なものは無いってよくわかるわね』

RIGHT:テオナナカトルの構成員、ローラの手記より。神権歴2年、5月3日夜
LEFT:
[[後編へ>テオナナカトル:下]]

大会跡地。
[[小説まとめページへ>テオナナカトル]]

トップページ   編集 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.