[[小説まとめページへ>テオナナカトル]] [[お話の前半へ戻る>テオナナカトル(12):喧嘩祭り・上]] [[前回へ戻る>テオナナカトル(11):ホウオウ信仰の聖地、焼却の雪原・上]] #contents 開会を彩る最初の雄叫びが終わり、祭りは第二の段階へとシフトする。祭りの会場が騒がしくなり、熱気に包まれた所でネイサンがサーズダインを所定の場所へとエスコートする。しずしずと指定席に向かった後に始まるのは踊りと歌を披露するというもの。 歌と踊りで神をもてなし、その見返りに豊作や幸福を祈願するという祭りの肝の一つで、集落を代表として歌姫とナナは大変名誉な役割である。二人は先程サーズダインが降り立った舞台に残り、集落に残る伝統的な音楽に乗せて歌と踊りが披露される。その舞は非常に攻撃的な音楽に乗せて、剣や爪を振り回し打ち合いになる粗暴なものである。 喧嘩祭りのコンセプトは、神話の時代の戦いを再現するというもの。それに倣って、この舞では火の粉の雨が降り注ぐ中で演目を行い(踊り手は体毛が守るのでめったに火傷しないらしい)その中で行われる攻防は繰り出すのは炎の軍勢との戦いを表している。本来ならば、もう二人以上の踊り手を用意して殺陣を行うのが慣習なのだが、ナナは一人芝居でも一流である。ナナへ次々と襲いかかる幻影も、ナナが手に持っている武器も全てが幻影で構成されている。 この踊りの最中に実際に相手を切る事なんて今の今まで有り得ない事であったが、ナナに限っては全力で切りつけたり抜き手で胴体を貫いたりと、幻影を利用したアグレッシブな踊りが可能である。 まだ幻覚剤の効果が残っているせいで、いささかバランス感覚に危うい所はあるが、その分繊細になった幻影は彼女の踊りを今まで見た事の無いレベルまで昇華させる。ただでさえサーズダインに評価されていたナナの評価もさらに上がるというものだ。 10数分に及ぶ踊りが全て終わった頃にはナナの体も湯気が立ち上りそうなほど温まり、神と人の別なしに拍手喝采が巻き起こった。 この舞で会場が盛り上がったとはいえ、この踊りでさえ前座のようなもの。この祭りのメインは名前が示すとおりあくまで喧嘩である。舞いの余韻もほどほどに、早くメインへ移れとばかりの会場の雰囲気に押され、ネイサンは少々事を急いだ。 「さて、素晴らしいモノを見せてもらったところで、皆さんはもう待ちきれないのでは?」 こんな口上を皮切りに、ネイサンの前ふりを置いてメインの喧嘩大会が始まった。この時点から盛大な酒盛りも始まり、主賓のサーズダインに至っては樽を丸ごと抱えて葡萄酒を飲むという豪快さだ。喧嘩に参加しない者達は大量の食事と酒を、喧嘩を肴に腹を満たす。喧嘩に赴く者は日頃の鬱憤を殴り合いで晴らすのだ。 その間、笑い声とも雄叫びともつかない上機嫌な声がそこかしこで響いて祭りの興奮が高まっていく。 この祭りでは豊穣の神の兄妹がビクティニ率いる炎の軍勢と闘った最後の戦闘を再現するように、男女一人ずつ、計二人の勇者をトーナメントで選んで強敵に挑む。強大な敵の役をやるのが招かれた神であり、今回はサーズダインがその役を努めることになる。 人間である二人が勝てなければ、それは即ち神話の再現が出来ないことになってしまうが、この祭りの意味は神話を再現できないことにもそれなりの意義があるとされている。 『強大な敵には並大抵のことでは勝てない事』を通じて『強大な敵に挑むという事は、それだけ大変なことである。だから、豊穣の神たる兄妹の成し遂げた事はそれだけ偉大であると称える事べきだ』と、言う意味を持つのである。実は挑戦者側が勝利した例があまりに少ないので、強大な敵が勝利を収めた時の後付けとも囁かれる((現代ではどちらの説も支持されている))が、真偽は定かではない。 そんな中、悪タイプの仲良しカップルは数少ない成功例の一つになる事を狙っている。これまでの祭りでは盆地の内部の人間だけに限った祭りだったが、今回が初の一般公開であるだけに可能性は未知数と、二人は張り切っていた。 一連の試合というのは一種の相撲のようなもので、脚と手以外の場所を地面に着いたら負けという単純な内容になっている。そのため、喧嘩祭りといいつつも大した怪我もなく――というわけにはいかずに、火炎放射だろうとハイドロポンプだろうと破壊光線だろうと使い放題なこの戦いでは、死者こそ両手で数え切れる記録しかないものの、男女問わず怪我人は絶えない。 そんな中、ナナはほぼ苦戦することも無しにあっという間に女性の部で優勝を決めた。途中ローラと鉢合わせをしても、髪の毛でエナジーボールをガードしつつ、接近。その髪の毛の中に強引にローラの顔を埋めさせ窒息させるなどして、ローラの体をどこも傷付けないで勝利を収めるなど、余裕を見せ付けての勝利であった。祭りの開催の立役者にシャーマンに神子に舞い手……と、続けてナナが槍玉に挙げられるので。サーズダインは『またお前か』と苦笑していた。 突出した実力を持つナナが制した女性の部と違って、男子の方はつばぜり合いの攻防が多めで時間がかかっており、ロイも中々苦戦していた。途中、悪タイプの自分に対して極めて相性が悪いハッサムのマンヅに当たってしまったりもしたが、そんな時ロイはわざわざクラボの実を持ちだして炎タイプの自然の恵みをするなどして、少々卑怯とも思える行為をしながら順調に勝ちを進めている。 そうして決勝戦では本命の一角であるウィンと対峙することになった。試合が開始し、ロイが御手並み拝見とばかりに適当な様子見をしてみるが、あろうことかウィンは軽い攻撃を喰らって尻もちをついた、 「おいおい……ウィン? お前……」 明らかにおかしい状態で尻もちをついたウィンの元に掛け寄って、ロイが語りかけた。 「いや、あの女が怖いもんでね……負けてやらないと酷い目にあいそうだ」 ウィンは苦笑しながら、ロイに熱烈な視線を向けていたナナを指さす。 「あの女、お前を負かせたら烈火のごとく怒りそうだ」 「……ねちねち嫌みを言われるかもね」 納得しつつ、ロイも苦笑する。 「だいたい、お前以外にあの女と誰がパートナー組めるって言うんだよ。俺じゃきっと無理だけれど、お前なら神にだって勝てるさ」 隠しているつもりは当然無かったが、やはりロイとナナは非常に中の良い二人として認識されているらしい。 (やれやれ、これから冷やかしが辛くなりそうだな) 「ほら、とっとと隣を陣取って来い」 ロイが苦笑している間に、ウィンがおどけて笑いながら指さした。その方向にロイが目を向けると、すでに戦いたくてうずうずしていると言った様子のサーズダイン。神話を再現しないことこそが豊穣の神達を称えることだというが、ウィンの後押しを得たロイもナナもすでに勝つ気満々である。 予選が終わった後は小休止に入って、戦いに備える間パートナーとなる者は互いに上座に座る。その二人には祭りで振る舞われる料理の中でも、神と同じく最も上質な物を振る舞われるのがしきたりである。体力や活力を回復させる、オボンの実やヒメリの実も両手に抱えきれない量が積まれている。 戦う前にそんなに食えるか、とばかりに二人はほとんど料理を口にせず、ためらいがちにナナから口を開いた。 「何だかおかしな具合になっちゃったわね……ウィンってば、遠慮しなくってもいいのに」 「いいじゃないか。結婚式には出席は出来ないだろうし、そのご祝儀の代わりだと思えば」 冗談めかしてロイが言うと、ナナがはにかんだ。 「そっかぁ、結婚式の代わりかぁ。教会で誓いを上げるよりかは……こっちの方が性に合っているかもね。騒がしくって、気持ちがいいわ」 ナナが葡萄酒を口に含む。 「このお酒も貴方のお店で出されたどの酒よりも美味しいし、幸せな門出の旅立ちにはもってこい。ついでに人生の悲願を達成できそうだから、なんだかすごく幸せな気分。このまま時が止まってしまえば良いのに」 「幸せなのは良いんだが、戦う前に飲むなよ……いくら酒に強いからってさ」 「大丈夫。酔いはきちんと冷ますわ……私、お酒には強いんだから」 言って、ナナはロイの首に腕を巻きつける。室内ならともかく、公衆の面前では思わず尻尾の毛が逆立つほど恥ずかしく、ロイは顔を伏せる。 「あのな……一応今は俺達豊穣の神の兄妹という役割なんだが……兄妹同士こんなにくっつくものじゃないだろう?」 「良いじゃない。豊穣の神は兄妹同士で性交渉を持ったそうよ……妹が淫乱だったそうよ」 「そこまで再現する必要は無いだろ……何かと理由を付けていちゃつきたいだけのくせに……人前では自重しろよな?」 ふぅ、とロイは溜め息をつく。 「……いいじゃない」 それでも、ナナは退かなかった。あまつさえ、ロイの耳に口を寄せて囁く始末。 「ねぇ、ロイ……覚えている? 私の目的は祭りを開催することそのものじゃないってこと」 「あぁ、よーく覚えているさ。神龍信仰において、神はあらゆるポケモンを愛していると教えられているが……それを実際に確かめる手段は存在しなかった。だから、ナナは……他の神でもいいから、神に愛されたいって願った……そうだったな?」 「うん。自分は、左半身の火傷とか、母親の死とか、父親に火傷させられたりとか……そういう風に不幸だと思ってたから。私以上に不幸な人なんていくらでもいるのにね……」 「そうだな……でも、不幸な時も幸福な時も、大げさにとらえたがる時だってあるもんさ。俺は世界一幸せだ、不幸だってさ」 話の真意が見えず、ロイは適当に相槌を打った。 「たまにね……こうして一緒にいる事が、とても不思議な気分になる事があるの」 「運命的な……出会いだったもんな」 ロイが打つ相槌に、ナナはうんと頷いた。 「もし、火傷とかそういうの無しに普通に踊り子として生計を立てていた私と貴方が出会った時……私は貴方とこうして一緒にいたのかしらね?」 「いや、祭りを開催させようと必死の活動をしていないお前は、俺にとって取るに足らない女だと思われて、見逃していたんじゃないのか? 正直、お前の魅力って付き合ってみなきゃ分からないし……それに、神龍信仰は俺は嫌いだ。フリージアみたいな信仰の仕方ならまだしも、何の疑問も抱かずに信仰しているような奴だったら、それこそ……むしろお前を嫌っていたかもしれない」 と言ってロイは笑う。 「そういうこと……だから、あの出会い方じゃなかったら、私たちきっとこんな風に付き合っていなかった。神権革命に負けて生きながらえている貴方を軽蔑していたかもしれない……本当に、たった一つ歯車が狂っただけで、私達は……嫌いあっていたかもしれないのね」 「……不謹慎かもしれないけれど、そういう意味ではお前の父親との一件はあってよかったと思っている」 ロイは抱きしめられたまま、ナナの顔に顔を埋めた。 「そうね……でも」 ナナは首飾りを手に取る。 「でも、私は父親との一件だけでテオナナカトルに出会えたわけじゃない。これを拾ったから、私はジャネットの父親に声を掛けられたの……だから全ては、これのおかげよ」 ナナの首飾りが美しい飴色の光を照り返し、中に入った虫が誇らしげに存在を主張していた。 「豊穣の女神の意志が籠った首飾りか……」 「うん」 感慨深げにナナが頷く。ナナは手にとったそれを首からはずし、ロイの胸に押し当てる。 「その証拠にほら、この子も祝福してくれている……聞いてみて」 「どれどれ……?」 ロイが胸に意識を集中すると、僅かに聞こえる『おめでとう』の声。無邪気な子供のような声が、心を温かくしてくれる。 「神に祝福されているんだなんて、こいつは光栄だ」 そう思い、ロイは幸福を噛み締めた。 「私たち最高のカップルよね? 神に祝福されているのだもの……」 「まぁ……な」 戸惑いがちに返事をするロイに、ナナは一言付け加えた。 「なんだか、話しがまとまらなくってごめん。話したい事があり過ぎちゃってさ」 頭を掻き、少し恥ずかしそうにナナは笑う。 「構わないよ。言いたい事を纏めようとして、喋るのを戸惑ってる俺よりは……マシだと思うし」 「そう、なら……よかった」 言い終えて、ロイが返答を口ごもっていると、ナナは心地よさそうに溜め息をついた。 「わたし、ちょっと寝るね」 ナナはそう言って机に突っ伏した。沈黙という気まずい雰囲気を打破するにはいい逃げである。 (どこでも寝られるんだなこいつは……) と、苦笑しつつロイも予選の疲れと緊張によってロイ自身も疲れを感じていた。ナナの寝顔を見るために起きていたい気もしたが、ロイはそれを無理だと悟って自身も机に突っ伏した。 喧嘩祭りの締めを飾る喧嘩に本気で挑むための戦士の休息であった。 ◇ 「お二人さん、起きるでやんすよー」 「神様がお待ちかねだぜ―」 ユミルとリムファクシの声で起きると、休憩時間もそろそろ終わりのようだ。 「ありがと、ユミル、リムファクシ」 「いやいや、今や祭りの主役の一人なんでやんすし、丁重に扱わなければダメでやんすしねー」 「じゃあ、ちょっと待っていてくれるかしら……準備するから」 「もちろんでやんすよー。あと少しくらいなら時間ありやすし」 そう、とナナが笑う。何を考えているのか、ナナは左手でロイの前脚をとって、自身の手の平で包み込む。余った右手はロイの頬を寄せて口付けを交わすために使い、その手でロイの眉間を撫でる。 「頑張りましょう……これからも一緒に困難を乗り越えてゆけるよう、この戦いに祈りを込めて」 「……分かった、ナナ。勝って見せような」 しっかりとロイの目を見つめるナナをロイが見つめ返す。 「わおー……お前ら夫婦みたいだなー」 「うふ、ありがと」 「ありがとう、リムファクシ」 「ひ、否定しないでやんすか? 思いっきり茶化されているでやんすよ?」 ロイとナナは同時に頷いた。 「もう否定する必要もなさそうだし……さ。嫉妬するまで自慢してやるのさ」 ロイは肩をすくめて笑う。 「これが終わったら、結婚だもんな、ナナ? もう俺指輪も買ってあるし」 「うん、って指輪の事初耳」 ナナはロイの頬を突っつきつつ、サーズダインを見据えながら立ちあがりロイについてくるよう促した。 「ロイ……今後の結婚生活、どんな苦難にも耐えられるかどうか、占いましょう?」 「あぁ、そりゃ世界一豪勢な占いだな」 ロイも椅子から立ち上がり、ナナの後へとついて行く。 「ネイサンさん。いつ頃始めますか?」 「双方が望むのならば、今からでも構いませんよ」 ナナが大きく伸びをしながら尋ねた。 「俺は今すぐに始めたい」 「私もすぐに始めてかまいませんよ。サーズダインさんは?」 笑顔で見上げると、サーズダインはゆっくりとかぶりを振って答える。 「私もすぐにはじめたいところですはが、その前にスペシャルゲストを呼ぶ必要がありますので少々お待ちくださいませ」 ふふふ、と柔らかな笑みを浮かべて、サーズダインは天空へ手をかざして地面から上空へ雷を放つ。 「ひゅう、ルーダ様のお出ましか。楽しみやなぁ」 「我らが丁重にお迎えせねばな」 歓声が上がる中、クララとセフィリアホウオウ信仰の民である二人が歓喜の声を上げる。皆が天空を見守るなかホウオウは、何処からともなく光を放ってこの会場に現れた。テレポートとしか思えない登場をしたホウオウは、闇夜となった盆地を月より明るく照らして急降下。 ルーダが光の矢となって地上まで近づいたかと思うと、体がちぎれるのではないかと思うほどの急停止をして周囲に強風を巻き起こした。異国の神の来訪に周りの民衆が湧く中、リムファクシは呑気に翼を振っていた。 「おー、待ってたぞルーダ」 「おう、久しぶりだなリムファクシ」 ルーダも同じように翼をふり、リムファクシに応える。ルーダを凝視していたリムファクシは、その胸にぶら下がる革袋に着目する。ルーダはその視線に気付いて、微笑みながらリムファクシの抱いているであろう疑問に答えることにした。 「お望みの聖なる灰は完成しているぞ。安心しろ」 「おー。ありがとなー、お前好きだぞー」 「ほほう、海の神に好かれるとは光栄だな」 サーズダインでさえしていないタメ口をきく相変わらずなリムファクシに、またホウオウ信仰の二人は溜め息をつく。ただ、ルーダは逆にまんざらでもない様子で笑って応対していた。無礼な態度も無邪気な子供が相手なら気にならないのだろう。 「なんと言いますかまぁ……」 リムファクシの態度に戸惑い、困り顔でサーズダインが切り出した。 「とりあえず、紹介させていただきます。私の親友のホウオウ……ルーダです。あちらにおわしますホウオウ信仰のお二人さんが信仰する神で、とても強く美しいかたなですよ。たまに、空を一緒に飛んで散歩する仲なんです」 サーズダインが腕でルーダを指し示すと、ルーダは恭しく礼をした。 「ご紹介に預かりましたルーダだ。祭りのメインイベントの大詰めと聞いて、はせ参じた……神と強者との戦い、楽しませてもらうぞ」 ルーダがどや顔でサーズダインに目を向けると、サーズダインははにかみながら一言。 「よろしく、ルーダ。私の戦い……応援してね」 もじもじと上目遣いをするサーズダインは何処となく頬を上気させている節があったが、この黒い体躯に夜の闇の中では伺い知れなかった。 「さて、こちらの準備は整いましたので……ネイサンさん。勝負開始の音頭をお願いします」 「かしこまりました」 ネイサンはサーズダインへ頭を下げ 「では、ナナさんとロイさんもこちらへ」 傍らでクララとセフィリアが、崇拝するルーダに料理を運んでいる最中に、ネイサンが2人と1柱を案内する。強大な力を持った神が相手ということもあり、2人と1柱は予選会場とは比べ物にならない広さを与えられた場所がバトルフィールドとなっている。バトルフィールドと入っても境界や場外負けが無いので、これは単なるギャラリーにいらない怪我をさせる心配が無いようにという配慮である。 「神話において、最後に生き残った神の戦士2柱。豊穣の神と女神の兄妹は天候の優位、タイプ相性の優位、さらには基礎体力においても優位のある相手、ビクティニに対して向かって行ったと伝わります。自分達が倒れれば、炎に反旗を翻した革命の軍勢に残されしは戦士とは呼べぬ幼子ばかり。敗北は自身の軍勢の酷い蹂躙への直結を意味するのです。 そのような状況で、強大な敵に向かって行った2柱の神は、見事敵を打ち倒したといいます」 ネイサンが2人と1柱を称えるように手を振りあげる。 「今、この場でその神話の再現はなされるでしょうか? なされるならば、それは『豊穣の神の偉業を再現した』と、神の映し身である挑戦者達を称えましょう。なされぬならば、強大な敵を打ち倒したかつての豊穣の神を『不可能を可能にした』として、十二分に称えましょう。 では、双方構えて!!」 ロイは身を低く構えて威嚇の姿勢をとり、ナナはレプリカグレイプニルとフリージンガメンをユミルに向かって放り投げて左半身を火傷し、髪の珠もない真の姿を晒す。幻影を捨てて精神的に身軽になった彼女は鋭い爪を備えた指に力を込めた。 サーズダインは、漆黒の体に電気を這わせる。ただでさえ時間帯は深夜だというのに、黒ばかりで色気のなかった体が蒼く輝いて、途端に神々しさを纏い始めた。 「始め!!」 双方の構えが済んだと見るや、ネイサンの合図。同時にナナがバックステップで距離をとり、ロイが前に出た。二人は前衛と後衛に分かれての波状攻撃を行う算段のようである。 サーズダインの腕と一体化した翼が電撃を纏って振り下ろされるのを、ロイは電光石火のスピードで間合いを詰めてかわす。すれ違うように後ろに回りこむ際に、サーズダインの竜の力を纏った円錐状の尻尾が振り回され、ロイを吹っ飛ばそうと迫りかかる。 (ジャンプするには微妙な高度だな……) ロイは思い切って、先端の細い部分を、体を伏せて滑り込む。耳にサーズダインの尻尾が当たったが、たいしたダメージはない。 「すばやさの利はどちらにある?」 尻尾の攻撃をやり過ごしたロイが大声で叫びつつサーズダインに向き直る。 「我らにあり!!」 ナナはサーズダインの尻尾を最小限の動きで飛び越え、悪タイプの力をサーズダインに叩きつけて衝撃波を発生させる。通常地面に放って衝撃波で間接的に攻撃するこのナイトバーストを直撃で喰らっては、ゼクロムの巨体といえど堪える。背中に強烈な痛みを感じて、サーズダインは呻いた。 「数の利はどちらにある?」 ロイはサーズダインがひるんでいる隙に肉球からにじみ出た毒の汗を、宙返りしながらサーズダインに吹きかける。 (恐らく、ゼクロムの巨体に対してあの程度では毒状態になるには少なすぎる……手数が必要だな) 「我らにあり!!」 ナナが叫びながらゼクロムの背中に脚を掛け、壁を蹴る様にしてサマーソルト。先ほど放たれたナイトバーストによって出来た傷を足爪で深くえぐり、真紅の血が流れ落ちた。 ロイとナナは、すばやくサーズダインの直接攻撃の射程範囲外に退避している。サーズダインは接近して攻撃するか、特殊技で遠距離攻撃するかの選択を迫られ、特殊攻撃することを選んだ。サーズダインは首をねじって後ろを向き、ロイからの攻撃に備えて急所である首と顔は翼で守った。 ナナへの攻撃は雷雲に匹敵する電気を閉じ込めた尻尾を振り上げ地面に叩きつけ、その動作が終わると、地を這う電撃がナナを襲う。 ナナは飛び退きそれをかわす。しかして、サーズダインが再び尻尾を振り上げる際に今度は電撃が空を舞う。空中で自由の利かないナナは、相殺しようと悪の波導を放つが、電撃の一本は完全に押し勝っても、そのほかの複数本が悪の波導の防衛網を抜けてナナに当たる。 「神は今、我ら神子にその強大な力を預けている!! なれば今は神といえどもただの大きな人間に過ぎない!!」 ナナが痺れながらも何とか体制を建て直し脚から着地したところで、ロイはひたすらサーズダインへ毒液をピチャピチャと振りかけ、鼓舞する口上を叫んでいた。皮膚の上からでも容赦なくしみこむその毒は、浴びれば全身が急所になってしまう。 体の末端であれば効き始めるのが遅いものの、結局は同じ。量を浴びれば致命傷だ。ナナに対してダメージが通ったことを確認して、前へ向き直ったサーズダインは、毒を多用する小ざかしいブラッキーを叩き潰そうとしてみるが、その姿はない。 まさかと思って足元を見たときは、ロイが爪を振り上げサーズダインの股間を切り裂いた後だった。ロイの体は闇に紛れやすいおかげで気づくのに遅れ、その爪に急所を抉られた。 「やりますね……」 サーズダインは激痛に悶えながら翼の裏にある手でロイを掴みにかかる。サーズダインほどの巨体相手では一度掴まってしまえばロイも終わりだろう。 「ならば勝つのはどちらだ!?」 だがロイはナナに声を掛けるだけの余裕がを以ってサーズダインの攻撃に対処する。サーズダインの掴みかかりを、悪の波導を体中から垂れ流して掴まれることを拒否し、((悪の波導は、アニメでは直進する光線のような描写だが、ポケモン不思議のダンジョンでは周囲8マスへの攻撃となる。ロイはダンジョン型、アニメ型の悪の波導をどちらも使っている))サーズダインの手のひらを焼く。 「勝つのは私達だ!!」 電撃のダメージを受けたナナもここに来て復活、ナイトバーストを背後から放つ。焼け付くような手のひらの痛みに加えて、ナナの容赦ないナイトバーストで我を取り戻したサーズダイン。彼女は一度距離をとって挟み撃ちの状況をどうにかしようと飛び上がる。 退避する際に、サーズダインが憎々しげにロイのほうを睨むタイミングをロイは見逃さない。睨んだ瞬間にロイの怪しい光をまともに見てしまったサーズダインは平衡感覚をなくしてフラフラと飛び始め、高度も思いっきり下がる。それと見ながらロイが叫ぶ。 「その勝利、誰がためにに捧げる!?」 サーズダインは何とか変な体制で不時着することは免れたものの、酷く吐き気のする気分が抜けず、追いかけてきたロイとナナのほうへ振り向くのが遅れた。 「偉大なる豊穣の神、セレビィが…ため!!」 ナナの叫び声で我に返って振り向いた頃には時すでに遅し。ナナとロイが渾身の力を込めた必殺の一撃を叩き込んだ。ナナはナイトバースト。ロイはギガインパクト。 二つの強力な攻撃を同時に喰らい、怪しい光の効果や毒による体力の消費と相まってサーズダインは押され、尻餅をついた。二人の勝利が決定である。 「……勝者、豊穣の神の化身、ナナとロイ!!」 ネイサンが高らかに宣言すると同時に、歓声が巻き起こる。ローラやリムファクシの称賛の声がロイ達の耳に届き、二人は手や尻尾を振りその歓声に応えた。 「ひゅう……本当に勝っちゃったわね」 自分で勝利宣言をしたわりには、膝を折ったサーズダインを信じられないと言った様子でナナは見ていた。ロイはギガインパクトの反動で少々バテ気味であったが、呼吸が整うと現実を噛みしめて感無量の気分に浸る。 「どうやら、占いの結果は最高みたいだね」 「そうね、私達最高のコンビだわ。なんたって神話の再現をしたのよ」 ロイがナナに笑いかけ、頬擦りをすると、ナナは笑顔でブイサインを返す。 「ふふふ……見事ですね。神の力を封印した状態とはいえ、ここまで圧倒的に私を打ち倒すとは……今年の挑戦者は強いのですね……年甲斐もなく興奮してしまいましたわ」 と言って、サーズダインは起き上がろうとするが、膝に力が入らずがくりと項垂れた。 「……少々お休みください、サーズダイン様」 膝を折り、諸手を地面についたサーズダインのひざ元でナナが跪く。 「ナナ……」 「は、はい。なんでしょう?」 名前を呼ばれ、少々慌てながらナナが姿勢を硬く保持する。 「貴方は……色々と常識外れというかなんというか……多才な方ですね。シャーマンに神子に舞い手に戦士と、色々な役職についていらっしゃる」 「このお祭りで……一つ、私の半生を掛けた望みをかなえるつもりですので、このお祭りに命を掛けて来たのです……ですからその、多才なのはこの祭りに人生をかけてきた証拠と言うかなんと言うか……」 「なるほど、そういうことでしたか」 納得して、サーズダインが頷く。 「……後でお尋ねしたい事があるのですが、よろしいでしょうか? 本音を言いますと、この祭りは貴方とお話をしたいがために行ったものなので」 「ん? えぇ、それはもちろん……勝者に対してそれくらいは当然の権利ですよ……っと、ルーダさん?」 巨大な気配を感じてサーズダインが振り返ると、背後にはルーダがいた。 「大丈夫か、サーズダイン?」 巨大な体躯を持った鳥型のポケモン、ホウオウのルーダがサーズダインを覗く。 「ええ、こんなのツバを付けておけば治りますよ、ルーダ。ふふ、久しぶりに人間と思いっきり戯れる事が出来て、とても楽しかったです……私、笑顔になるのを抑えられそうにありませんね……うふふ」 サーズダインは酔っているかのように(実際かなり飲んでいたが)ひたすら上機嫌で笑っている。そんな友人の様子を見て、ルーダはくちばしを緩ませ笑っていた。 「そうか、大丈夫そうだしゆっくり休んでいろ……」 と言って、ルーダはサーズダインへ何か波導のようなモノを分け与える。一瞬、サーズダインの周りが陽炎のように歪んだかと思うと、サーズダインは何事もなかったかのように立ちあがった。サーズダインの相手をしていたロイ達も、突然力が湧いてきて少々戸惑いながらも立ちあがった。 どうやら、何か回復する技でも使われたようである。 「あ、ありがとうございます……ルーダ様、でしたっけ」 一瞬で浪費した体力を回復したロイは、頭を垂れつつルーダへとお礼を伝えた。 「あぁ。名前はそれでいい……。ところで、モノは相談なのだが……祭りのメインは終わってしまったが……今からもう一戦してはくれないか? 大人しく観戦しようかと思ったが、どうも疼きを抑える事は出来そうにない」 困っているのだか得意げなのだかわからない声でルーダは言う。 「はは、断っちゃダメですか……?」 苦笑しながらロイが言うと、ルーダは首に下げた灰をわざとらしく揺らして見せる。 「この聖なる灰を譲る条件は……」 「貴方を楽しませる事でしたね。断るのは構わないけれど……」 「まぁ、出来れば断らないで欲しいかな」 「ですか……」 ルーダの言葉にロイは肩をすくめて苦笑する。 「しかし、神の力はどういたしますか? 使わないで封印しようと思っても、思わず熱くなって解放してしまって周囲に甚大な被害をもたらすことも無きにしも非ずですよ? 昔、このお祭りで……実際に死人が出てから神子に力を預けるという面倒な手順を踏むようになったのですから…… 一応、私達にも少々の手段は用意しておりましたが、完璧に防げる保障はありませんので……」 と、ナナは丁重に伝えて難色を示す。 「それは……アレだ」 「ご心配なく……大事になる前に私が雨を降らせますよ。でも、一応あなた方の対策と言うのもお願いできるかしら? 大事になる前に火を消し止められたとしても、火傷を負う事は避けられないと思いますので……」 少々申し訳なさそうなサーズダインの顔。神が損な小さなことを気にすることも無いのに、とナナは笑う。 「クリスティーナちゃん、お願い」 観客席でじっとしているクリスティーナに視線を向けて、ナナは頼む。 「うん……」 ナナの声掛けに応じて、クリスティーナが一歩進み出る。その手に握られていたのはティオルと戦った時に使った神の力を封じる魔法の紐、グレイプニルである。クリスティーナがグレイプニルに力を注ぎこめば、周囲にいる神の力、神器の力は急激に力を弱めていった。 威風堂々と威厳に満ちたホウオウの神威もそれによって薄れ、神の力は体感で半分ほどまで引き下げた。 「なるほど、準備のいい奴らだ」 褒め称えるように、ルーダが鼻息を鳴らす。 「えぇ、事前に対策は打っておくべきかと思いまして」 ナナは得意げに微笑んだ。 「これでいい……?」 虚ろな瞳をナナに向けて、クリスティーナが尋ねる。 「うん、最高のお仕事よ」 ナナは言いながら、クリスティーナの頭を撫でる。嬉しいのか嬉しくないのか、クリスティーナは無表情のままナナにされるがままであった。その様子を見送り、ロイはルーダへと振り返る。 「さて、ルーダ様。一つ提案があります」 「なんだ? 言ってみろ」 「畏れながら申し上げます。本来これは祭りの目録に無い勝手な戦いでございますし、この戦いにおいては豊穣の神々の再現と言う名目もなくなっております。ですので、こちらのメンバーを変更して、別の者を代役に立てても構いませんか……ルーダ様?」 「ふむ……私としてはそうですね、私は構いませんよ。面白そうではありませんか。祭りを台無しにするようなことではありませんしね」 尋ねてこそいないものの、サーズダインの了承は得られた。 「構わないが、誰と交代しようというのだ?」 怪訝な顔で尋ねるルーダに、ロイは澄まし顔で笑う。 「……リムファクシです」 振り向きざまにロイは声をかける。 「おい、リムファクシ。準備は出来ているな?」 「おうよー。荷物は重かったけれど、やっぱ持ってきてよかったぜー」 「あぁ、シャレで作ってもらったが、こんな形で役に立つとは思わなんだ」 嬉々として語りながら、リムファクシは布に包まれた六角柱とパイプを取り出し、つなぎ合わせて組み立てる。20秒たたないうちにリムファクシは吹き矢を組み立て、それを小脇に抱えた。 「……この子は神とは言えまだ子供ですし、どうでしょうか?」 「いいだろう、好きにしろ。それほど小さければお前ら人間と大差はないだろう……そっちの小童には世間の厳しさを教えておこうか」 「ご理解いただき、ありがとうございます」 不敵に笑いながら会釈をし、ロイはナナの方へ振り返る。 「ナナ、行って来る」 「がんばってね、ロイ」 ナナが手を振って、ロイの後押しをした。 「さて、あのゾロアークの女ではなくリムファクシを選んだと言うことは……それだけ、そのルギアのほうが勝率が高いと言うことだな?」 「ですね……貴方対策に修行を積んできましたので」 「面白い……サーズダイン、入れ物が焼けてしまわないように預かってくれ」 面白いという言葉通りのルーダの表情。心の底からわくわくしていると言った風な表情でルーダは笑い、首に掛けた聖なる灰の革袋をサーズダインへ預ける。 「さあ、司会進行。戦闘開始の音頭をとれ。今すぐにでも戦いたくなったぞ」 「はぁ……一日に二回も神様と戦うなんて、お腹一杯だな全く」 待ちきれない様子のルーダの態度に、ロイは悪態をつく。 「なら、食中毒起こすまで戦ってやろうぜーロイ!!」 ロイは冗談めいた口調でおどけて見せたが、リムファクシはどうやらやる気も満々なようで、鼻息荒く張り切っている。仕方ないなと苦笑して、ロイは深呼吸。 「では、よろしいでしょうか?」 周囲の全員が頷いたのを確認して、ネイサンは咳払いを一つ。試合開始の音頭をとる。 「それでは、始めます……ホウオウ信仰の神と黒白神教の強者との交流試合……開始」 「さあ、始めるぞ!!」 ネイサンの宣言と同時に、ルーダは空へと飛び上がった。 「まずはリムファクシと一対一で戦おうっていう算段かな? でも、飛び上がるのは対策済みだ!!」 「行くぞおら―!!」 リムファクシはまず最初に体中から電気を集め、上空に向かって放つ。一筋の雷となったそれは他の攻撃では届かないであろう程上空に退避したルーダにクリーンヒットした。 「ぐっ」 ルーダは毒づくが、所詮は子供の攻撃。歯をくいしばって耐えて、大きく羽ばたく。抜け落ちた羽根が、目にもとまらぬ速さで燃えあがると、それは複数の火球と同化。巨大な火球となってロイ達に降り注いだ。撃ち返したりなどする事は無理と悟り、リムファクシは横薙ぎの風を発生させてそれを受け流す。 しかし、火球はほとんどそれることなく地面に着弾。リムファクシとロイは仲良く吹っ飛んだ。直撃こそしなかったものの、耳をつんざく轟音と、焼けつくような高温に加え、全身に響き渡る衝撃。全て一級品を通り越している水準だ。 「容赦ないなぁ……」 ロイは空中で体をひねったり丸めたりと、回転のスピードを調節して足から着地。ルーダに向き直る。相変わらずルーダははるか高みにいてロイの技では何を選んでも手を出せそうにないし、リムファクシは雷に追い風と強力な技を二回も発動してしまって早くも呼吸が乱れている。 (ルーダはすでに次の聖なる炎を放とうとしているっていうのに……俺が言えた義理じゃないが、神様ってばせこい戦法だ。それとも単に空中での真っ向勝負に持ち込みたいだけか?) 「仕方がない……リムファクシ。次の聖なる炎が放たれたら、目を塞げ」 「了解!!」 その会話をしているうちに、ルーダは二度目の聖なる炎を放つ。二回目で風を発生させるタイミングをある程度つかめたおかげで、受け流しでなんとか直撃は避けたが、それでもホウオウのバカげた攻撃力から繰り出される爆風の衝撃は馬鹿に出来ない。二度目の着地では、ロイも足が震えて倒れかねないダメージを負っていた。 「今だ!」 ホウオウが凝視しているそのタイミングで、ロイは痛みに耐えつつ月輪から怪しい光を放つ。流石に距離が邪魔をしそうだが、ルーダは慌てて目を逸らしロイ達を凝視るのを止め旋回飛行に移った。サーズダインが為す術なく落とされた技を目の当たりにして、恐怖心が埋め込まれているらしい。 「今がチャンスだリムファクシ。吹き矢を取れ」 「おう!!」 そうして目を逸らしている間に、リムファクシは吹き矢を構え、ロイも照準に協力する――が、敵は存外に速く狙いが定まらない。 四苦八苦しているうちに、ルーダは翼に強力な飛行の力を纏わせ突進してきた。吹き矢を撃ちたいリムファクシとしては近づいてくるのは好都合なのだが、どうも撃っているだけの時間は無さそうだと、二人は本能的に判断し、身を伏せてそれをやり過ごす。 「ぬあぁ!?」 だが、翼を避けても足爪が襲ってきた。翼で顔を防御していたリムファクシだが、それでさえ為すすべなく吹っ飛び空中へ投げ出される。 リムファクシを蹴り飛ばしたルーダは、自分の体に毒液を掛けられている事に気がついた。ロイは、攻撃を避ける瞬間、あらかじめ通ると思しきルートに毒液を投げていようだ。無論、敵が大きすぎてこの程度の毒液などあって無いようなものである。だが、これでルーダはロイに対して油断できなくなった。 ロイを強敵と判断したルーダは、今度はリムファクシでは無くロイに狙いを集中する。リムファクシは純白の羽毛を鮮血で濡らしながらも、きちんと体勢を立て直していたが、その程度の身のこなしでは大した脅威にはならないとルーダに踏まれている。 だが、その読みは甘かった。ルーダがロイを狙っていることが、その挙動から明らかにわかった際、リムファクシはロイの上方に狙いを固定した。後はルーダがその狙いの直線状に来るのを待って、吹き矢を放つだけ。 ルーダがロイに向かってゴッドバードを仕掛けた瞬間、雷なんかよりもよっぽど性質の悪い轟音が響き、ロイを狙おうとしたルーダの翼をリムファクシの吹き矢が貫いた。 「っ……」 翼を何か熱い感覚が掠めただけ。それが痛みと気付いて、ルーダは即座に翼による飛行を止め、神通力による体勢の立て直しに切り替える地面に降り立った。 「今のは……アレか!?」 リムファクシの吹き矢を見て、ルーダは憎々しげに呻く。ロイは吹っ飛び、体制を立て直せないまま地面に転がる。戦えるコンディションの範疇では合ったが、体をついたら負けというルールの関係でロイはリタイアである。 「へへ、職人さんに作ってもらったんだぜ。羨ましーだろ?」 などと言ってリムファクシは得意げに笑う。翼を傷つけられたルーダはもう飛ぶ事は敵わないだろう。その巨躯に開けられた右翼の風穴からは、焔色の体毛よりも赤い鮮血が滾り落ち、地面を染めている。 リムファクシは、飛行できないホウオウ相手にはもう必要もないだろうと吹き矢を放り、一騎打ちに打って出る。 「くそ、余裕のつもりか!!」 ルーダは毒づきながら翼を振るい、お返しとばかりに飛び上がったリムファクシへ向かって聖なる炎を放つ。しかし、普段のように飛び上がることなく、片翼で放たれる聖なる炎は威力も狙いもスピードもお粗末だ。おまけにリムファクシの力で周囲に横殴りの風が吹いている今、狙いを定めるのは難しい。 リムファクシは聖なる炎を余裕でかわして、ルーダの目の前まで接近。先ほどの足爪の一撃の恨みを晴らすように、原始の力を呼び起こした。リムファクシの胸元から爆ぜた岩の力が、ルーダをめがけて飛んでゆく。 翼の負傷で動きの鈍るルーダは、よけきれるものではないとそれを受け止める。ルーダはひるんだがしかし、リムファクシは手を休めない。これを耐え抜いて持久戦に持ち込もうとするルーダの作戦に真っ向から付き合い、断続的にルーダの翼を痛めつける。 1発、2発、ルーダは根負けしたのかゆっくりと後ずさり始める。3発、4発……程なくして、バランスを崩したルーダが尻餅をつき、この勝負は決着した。自分が負けた事に愕然とする表情のルーダと対照的に、リムファクシは勝ち誇った笑顔で相手を見つめていた。 「へへ、俺の勝ちだな。ドータクンのおっちゃん?」 意気揚々とリムファクシは尋ねる。 「ですね……この勝負、ロイ選手とリムファクシ選手の勝ちとさせていただきます」 ルーダはしばらく悔しそうな視線を向けていたが、やがてを称賛するように笑顔になって立ち上がる。 「負けたのだな……私は圧倒的に勝つつもりだったと言うのに、見事な奴だ」 場外へ避難していたロイは、地面に着地したリムファクシに駆け寄り、リムファクシの正面から飛びついた。 「やったなぁ、おい!」 勢い余ってリムファクシは転び、その衝撃に目を白黒させていたが、やがて我に返って兄貴分のロイに一言。 「何言ってんだ、ロイ。お前のおかげだろー」 リムファクシはロイを抱き絞めて笑い、その喜びを分かち合う。クリスティーナはすでに空気を読んでグレイプニルの力を解除しており、ルーダは神の力を用いて見る見るうちに自身の体を治癒していた。翼の風穴を閉じたところで、ルーダはロイに触れて体力を回復し、また駆け寄ってきたリムファクシの傷も回復した。 「……勝つつもりでいたのだがな。なんとまぁ、私の情けない事よ」 自嘲するルーダの前に傅き、ロイは首を振る。 「いえ、2対1ですもの。神が負けるのも、仕方がない事ですよ。ですが、いい勝負でした……真剣に戦ってくださりありがとうございます」 ロイは丁寧にお辞儀をして、その姿勢のまま声を掛けられるのを待った。 「俺も楽しかったけれど……なぁ、ルーダ……」 と、ロイが傅いた姿勢のままだというのに、空気を読まないリムファクシは不安げな表情でルーダを見つめる。 「あぁ、きちんと私も楽しんだから安心しろ。約束のお礼は……きちんと、な?」 ルーダは振り向き、サーズダインに 目配せをする 「勝利も、病気の治療についてもおめでとう。リムファクシ君」 ルーダからの目配せを受けて、サーズダインが預かっていた聖なる灰をリムファクシに譲る。 「3柱の神が力を合わせて作った至高の聖なる灰だ……受け取るといい。使用上の注意はお前らの言葉で書いておいたから、きちんと守れよ」 「わかった……ありがとな、ルーダ、サーズダイン!!」 掛け値なしのお礼を口にしてリムファクシ笑いかける。ルーダが頷いたのを確認すると、ロイとリムファクシは2柱の神に一言声を掛けてから祝福する機会を待ちかまえている仲間の元へと駆けていった。ナナ、ロイ、リムファクシを称える祝福と賞賛と興奮の声はいつ絶えるともなく続いた。 そのまま、夜が明けるまでは特に見世物やイベントも無く、ただひたすら酒宴が続く。勝負の後、いつ終わるともなく寄り添うように語り合っていたロイとナナだが、深夜になって会場も大分静かになってきた所で、ナナはウトウトしてきたロイを寝かしつけた。 ロイが気持ちよさそうに寝息を立て始めたのを見て、疲れて眠ってしまった伴侶を置いてナナは一人サーズダインの元に向かう。 「サーズダイン様……お話、よろしいでしょうか?」 「ああ、ナナさん……」 ナナの方に振り向いたサーズダインは、それまで話していたジャネットに向き直り一言。 「ジャネットさんちょっと失礼します……この方とお話がありますので。すみません」 「あ、構いませぬぞ、サーズダイン様。リーダーの用事じゃったら……そっちを優先するべきじゃ」 「ごめんね、ジャネット……」 「いえいえ、リーダーはこの瞬間のために生きて来たのじゃからな。ワシだけこうして神と話しておっては申し訳が立たん」 ルーダと共にジャネットの話相手をしていたサーズダインは、今までの話を中断してナナに顔を向ける。 「ナナさん、聞きたい事があるとのことでしたね……用件は何でしょうか?」 「その前に、私の身の上から話してもよろしいでしょうか? 今からするお話は……そこから入る必要があるのです……」 真剣な表情のナナに、サーズダインは微笑む。 「構いませんよ。貴方は元々神龍信仰の出身だと聞きましたので……どうして、私を信仰するようになったのか尋ねたいと思っておりました」 サーズダインに微笑みかけられて、ナナはおずおずと話し始める。 「私がまだ、神龍信仰と呼ばれる宗教に属していた頃のこと。私の父が神龍信仰の教義に殉じ、神龍レックウザの敵を打ち滅ぼすために国外で戦い怪我をして帰ってきたのです。幸い、命に別状はありませんでしたが、腕を失い私の介護無しでは生きられなくなりました。 その他にも酷い悪夢を見るようになり、弾みで私に向かって炎を吐いてしまうなどして……先程、サーズダイン様と戦う時に見せたような酷い火傷を負ってしまいました。父親に非があるわけではありませんでしたが、私は……そんな父親が恐ろしくなり、逃げ出しました。 問題はここからです。私は父親の下を去った時、神龍信仰の教義に疑問を感じたのです。都合の良い事ばかりを正当化して、根拠のない愛を神から受けているという教義に……神龍信仰においては、神は全てのポケモンを愛していると伝わっているのです。 他にも納得のいかない教義もたくさんありましたが……最愛の父親の変貌や、醜い負傷などで心が参っていた私は……神に愛されているという気がしなくなった。その頃、縁あって貴方を主神とする黒白神教に出会いました。この首飾りを切っ掛けに、あちらに居るユキメノコの女性とその親に出会った事で、存在を教えてもらったのです」 と、ナナがジャネットを指ししめす。うむ、とジャネットは肯定した。 「出会うと同時にシャーマンとしての才能を見出された私ですが……神龍信仰は、自身の宗教以外を『偽りの宗教』と呼び、それらを信じている者達を、哀れみ蔑む宗教にございます。当時、私もその思想に染まっておりましたゆえに、私は悩みました。 黒白神を信じる宗教の者達は気のいい方達だと言うのに、それでも偽りの宗教と言えるのか、と。私はその疑問を、教会の偉い人たちにぶつけてみました。しかし、帰ってくるのは方にはまりきった『神龍の言ったことに間違いはない』や『神龍様は誰が何と言おうと我らを愛して下さる』というような、決まりきった答えのみ。 そんな投げやりな回答に嫌気が差した頃に、神龍信仰と黒白神教を繋ぐもの……あの神子を務めたチラーミィの親に出会ったのです」 ナナは言いながらフリージアを探そうとしたが、背が低くて残念ながら見つからなかった。 「その者が出した答えはこうです。『神に尋ねてみるが良い。神龍様は引っ込み思案だが、心配するな。神は何も神龍様だけではないのだ……』と。その時、私は決めたのです……貴方に、尋ねようと。正確に言えば貴方でなくとも、レシラムのカヨーディス様でも、セレビィのフレイヴェル様でも何でも良かったわけですが……」 ナナはより再度深く頭を下げる。 「そんな、神というだけで尋ねる対象に選んでしまったご無礼を承知でお願いします。私の質問に答えてくださいますか?」 ナナが左手を胸に、右手を地面に置いて傅き、頭を下げる。 「言ってみなさい。そんな事で怒るような心の狭い女ではありませんよ」 かしこまり過ぎなナナを見て、肩をすくめながらサーズダインは笑う。 「ありがとうございます」 ナナが顔を上げる。 「では……早速。神は、祈られることを望まれますか?」 「祈られて悪い気はせんが、それよりも健やかに生きて欲しいですね。祈られたり……この祭りを開いてくれたこともそれはそれで素直に嬉しいですが、やはりコレですね。神龍信仰では、神の事を時に父とも呼ぶそうですね……その表現が何処まで正しいのかは分かりませんが……私が持つ貴方達への感情も、親心と同じモノなのかもしれません。自分の子供に清く正しく健やかに生きる。親はそれ以上に何を望むというのでしょう? 子供に慕われていい気のしない親は居ないと言っても良いでしょう……まぁ、強姦や水商売ではなく望んで得た子宝であることを前提ですが。祈ると言うのは尊敬されている証として嬉しいことです。ですが、子供に嫌われてでも、子供が幸せならばいいと思う親はいる。 あまりに嫌われて石でも投げられたらそれは確かに辛いことでしょうが、貴方達がそうして生きている。私はそれで十分です」 サーズダイン言葉をつむいでいる間に、ナナは涙ぐんでいた。 「では、もう一つ。神は人間を愛しておりますか?」 「人間というくくりでは難しいです……見ず知らずの人を愛するというのは難しいですし、どうしようもない悪者を愛するのは無理だと思います。いえ、目の前で苦しんでいる者がいたら、助けたいと思う気持ちが湧く。それが愛というのならば愛なのでしょうね……しかしまぁ、何でしょうか。 貴方を愛しているかどうかと聞かれれば、間違いなく私は……愛していると答えられますよ……えと、こんなところで回答になりましたでしょうか?」 「……ええ、ありがとうございました。これで……したかった質問終わりです」 いい終えて、ナナは肩の力を抜いた。 「本当にありがとうございます……この祭りを開催した甲斐がありました」 もう一度頭を下げ、ナナは知らないうちに流れていた涙を拭う。そんな態度をとるナナに、サーズダインは首をかしげていた。 「貴方は……こんな質問をするために、何年もかけてこの祭りを復活したのですか? こう言ってはなんですが……釣り合いが取れていないといいますか……労多くして功少なしといいますか」 サーズダインは怪訝な表情でもっともな疑問を呈する。しかしナナは首を横に振った。 「他人にはくだらない事でも、意外と重要な事なのですよ……神に愛される事の嬉しさは……神様には、分からないことかもしれませんね」 「ふむ……確かにそれはそうなのじゃが、もっと突っ込んで聞くものじゃとワシは思っとったぞ?」 サーズダインに追従するようにジャネットも言う。 「……ジャネット、私は満足なのよ。それで構わないでしょ」 何処となく有無を言わせない含みを持たせて、ナナはウインクする。 「ですか……」 あまり納得はいかなかったようだが、突っ込んでも意見は変えないだろうと、ジャネットはそれ以上何も言わなかった。 「あの、その……サーズダイン様。本当にありがとうございました」 「いえいえ、この程度ならいくらでも構いませんよ」 サーズダインはナナへ微笑みかけた。 「……それでは、お疲れ様です」 「本当にもう良いのか……ナナ?」 会釈してそのまま去ろうとするナナに、ジャネットは再度確認をとる。ナナは笑顔で頷いた。 「ええ、目的は果たしたもの……貴方のお話を邪魔し続けるのは悪いわ……サーズダイン様も、話の腰を折って申し訳ありませんでした」 再度お辞儀をするナナ。そのまま彼女は振り返ってロイの元へ。 「ナナさん」 「はい?」 サーズダインに声を掛けられ、ナナはもう一度振り返る。 「今年の祭りでは色々頑張ってくださりありがとう。そしてお疲れ様」 「……どう致しまして、サーズダイン様」 ナナはさらにもう一度頭を下げる。振り返るまでの間、ふとサーズダインを見ると手を振られている事に気が付き、ナナは千万の味方を手に入れた気分でその場を去って、眠りに落ちているロイの元に歩み寄る。ナナは眠くないわけではなかったが、寝ているロイに膝枕をしているのも悪くない気がした。彼女はそうやって、夜が明けるまでその寝息の音を聞き、温もりを楽しむのであった。 そうして夜明けを迎え、サーズダインとルーダは惜しまれながら空へと飛び立ち、何処へともなく消えていった。2柱の神を見送ると同時に終了を告げた祭りの後も、神に勝利したロイ達は祭りの慣習により軟禁状態でごちそうを振る舞われる。戸惑いながらも二人は二日間食事を食べ続け、軟禁状態が解かれると二人は仲間と共に街へと戻って行った。 リムファクシは自分も神に勝ったというのにごちそうが振る舞われない事を不満そうにしていたので、ナナ近いうちに結婚を祝うパーティーをやるからごちそうはその時に――と笑う。 ロイとナナは、もう冷やかされても気にしなかった。 *** 『お祭りの夢心地な気分も大分抜けてくると、ナナの様子が少しばかりおかしい事に気が付く。今までずっと欲しがっていた神からの愛を受け取って、人生に満足して抜けがらになった。と言う感じではなく……第2の目的に動きだしたようだ。 あいつ、俺のことを「第二の目的さん」とか言っていやがったからなぁ……そう言う事なんだろうか。祭りを行うために色々頑張ってきたテオナナカトルや、シャーマンの仲間からはちらりほらりとこれからどうするのかを聞いた。 フリージアやワンダ達は今まで通り自分達の活動をやって行くのだと。ただ、何かあったら真っ先に駆けつけて協力するような事は言っているから、完全に今まで通りと言う事は無いだろう。全く、良い友達が出来たものだ。 ユミルは、裏稼業の仕事を相変わらず続ける。薬の材料の調達をしたり、見張りの仕事を行ったりと、本来のテオナナカトルの活動に戻るらしい。 ジャネットも同様だそうだが、そろそろ二人目の子供が欲しいなと漏らしていた。ついでに冗談めかして、貴方達の子供が出来たら取り出してあげるからねとあからさまな事を言われて、俺もナナも流石に赤面してしまった。ナナもあんな表情出来るんだな。 歌姫は、とりあえず恋人探しを始めるらしい。今まで神子をやるために処女であることを強要されていたわけだし、晴れて処女を卒業可能な状態になったと言うわけだ。ナナも同じ状況だというのが楽しみでもあり怖い。 ローラは……しばらく俺の警察と言う仕事をサポートしてくれるらしい。でも、その他にも引っ越しを考えているとか不穏な事を言っていた。ワンダの元に行くのだろうと思うと複雑な気分だが、仕方ない。 リムファクシはとりあえず、当面は俺に付き合ってくれると約束してくれた。でも、海の歌謡祭がおこなわれる時期は海に帰りたいとも漏らしていた。また母親に会えると良いな。 そして、ナナもローラと同じく。俺をサポートしてくれるのだと。ナナがいてくれれば百人力だし、とても助かる。 さて、驚いたのはクリスティーナとクララ達である。なんとクリスティーナはチャンスがあればクララ達の旅について行くのだと言っていた。一応育ての親であるダービーとかいうサザンドラにお伺いを立ててからだそうだけれど……なるほど、『神憑きの子の生きる価値を見つけるにはちょうどいいかも』か。ウィンさんも良い事言うじゃないか。 おかしな子だけれど、きちんと幸せを掴めるといいな、クリスティーナ。 さて、俺は街に帰ったらまず何をしよう?』 RIGHT:テオナナカトルの構成員、ロイの手記より。神権歴3年、3月27日 LEFT: *** 「お前、玄関から入るって事を知らんのか?」 コンコンと、窓をたたく音。玄関から入ってくればいいのに、ナナはそうせずわざわざ窓から入ってくるのだ。 「いいじゃない。貴方と私の仲なんだし」 と言って、ナナは足を拭いて室内に入る。ナナの胸から、フリージンガメンは消えていた。もう必要ないから――と、放り捨ててしまったのだ。嵐の日に偶然髪に当たって拾ったフリージンガメンのことだ、また次の主を探して嵐の日にでも旅をする事だろう。 そんなことをなんとなく考えながら、ロイはナナをベッドの上に招く。そこから先は押し倒すでも会話するでもなく、しばらく二人は並んで座ったまま沈黙していた。 「私は……神に愛されていた。……幸せだなぁ」 不意に、ナナがロイへ確認をとるような独り言を呟く。 「だな。きっと俺も神に愛されているんだろうな……。神様ってのは心が広い……もし、あの言葉が空気を読んで言っただけの嘘だとしても……言葉だけで嬉しいものだな」 「うん、そうね……嘘だったとしても、嫌われていないってことは確かなわけだし。愛され続けるにはよく生きる必要がある……それはつまるところ。清く正しく美しく、そして幸せに生きろってことよね?」 「かもな……でも、今更な感じもするけれどさ、幸せってなんだろうな?」 実も蓋もない事を聞いて、ロイは溜め息をつく。 「そんなの言うまでも無いわ……」 そのロイを、ナナは後ろから抱きあげるように引き倒す。仰向けのナナの腹の上で、ロイがさらに仰向けに乗っかる形になった。 「まさかこういう事とか言うんじゃないだろうね?」 その姿勢を保ちながらロイは苦笑する。 「当たらずも遠からずってところかしらね……」 ナナはレプリカグレイプニルを外して、火傷した大人の女性の正体を露にする。ロイは腕が解放されたので、ナナから降りてお座りの姿勢を取る。 「なるほど」 正体を見せてやる気満々のナナを見て、ロイはの肩をすくめる。もう純潔を保つ必要のないナナは何をしでかしてくるかわからなくて、真面目に怖い。ナナは、お座りの姿勢で澄まし顔のロイの正面に座って口を開いた。 「これからどうするか……の話なんだけれどね……」 ナナはロイの肩を掴む。いつも通りの、予定調和のような引き倒しだ。 「貴方のために毎日食事を作って、貴方と一緒に働きたい。まぁ、とりあえず暇なうちは……さ」 「どうやったら暇じゃなくなるっていうんだよ?」 「そう、ね」 ナナはロイの顔を引き寄せ、口付けを交わす。強引なキスだが、ロイは逆らおうともせずにナナを受け入れる。チョンと鼻先が触れる程度の軽いキスだけれど、二人の目はすでに陶酔しきっているようにとろんとしていた。 「ジャネットの手を煩わせるようになったら、かな」 「あー……うん。意味が分かるよ。ジャネットは産婆さんだもんね……生々しい話だ」 要求している事が丸わかりなナナのセリフをロイは笑う。 「……良いじゃない。幸せに生きるためにはそう言う要素も必要だってば」 「子供か? それとも、それを作る過程か?」 「なんだかんだいって私達二人とも子供好きだし……過程はおまけかな。ま、やるからには楽しもうと思っているけれど……で、今日は楽しませてくれる?」 ナナがロイの下で首をかしげて見せる。 「そりゃ、もちろん」 「ふふ、嬉しい」 ナナは再びロイの唇を寄せて口付けを交わす。ナナの舌がロイの口に侵入する。鋭い牙を掻きわけるようにロイに口を開かせ、舌の根を探るように深くまで探る。ロイもナナに対して同じことを。皮膚のない粘膜同士の触れ合いは、敏感な場所同士が触れ合って相手の見えない場所にある筋肉の動きや鼓動まで感じられる。 ナナがロイの頬を撫でる手つきは腫れ物を触るように柔らかな手つきだが、存在感がきっちりと感じられる。身を任せていれば、不意にナナの手が頬と同化しているのではないかと思うほどに撫でる手つきは官能的だ。性感帯として開発されていないロイの頬はそれを快感とは思わなかったが、本気のナナを前にして柄にもなく緊張していたロイのこわばりを解くにはいい塩梅だ。 口が二つに裂けるような構造上、どうしても唾液が漏れるのは抑えきれない。互いに口内を刺激しあうものだから、自然にあふれる唾液はポタリポタリとナナの胸に零れ落ちて染みを作る。ロイは戸惑ったが、ナナはむしろ気持ちよさそうだ。ロイのだから、と笑っている。 互いにその味は淡白なもので形容は難しいが、好きな相手からの贈り物と思えばそれだけで高揚感を増す。 ナナが口を離す時、だらりと水滴のような生易しさではなくある程度の塊になって唾液が落ち、ナナの口器を濡らす。細長いマズルを伝う互いの唾液が混ざったそれを、ナナは指でぬぐってその指を赤ん坊のように咥えて舐めとった。 「貴方が居れば……媚薬なんていらないわね」 「そりゃこっちのセリフだ。お前の手つきや匂い、容姿も何もかも媚薬いらずさ」 生意気な目で見上げて返すロイの流し目に、ナナの目がギラリと光る。 「そんなに私って魅力的?」 「もはや言う必要もないだろ? 魅力的だよ、すごくね」 「そう……」 ナナは嬉しそうに鼻息をついて、そのまま眠ってしまうかのように目を細めた。ナナは、その体制のままゆっくりと息を吐く。横に寝転がり、ロイと向き合う体制。そのままロイの口を軽く甘噛みして、ロイの生殖器に触れる。 すでに普段より質量もサイズも増したそれを、卵を握るように柔らかな手つきで包み込みながら、ナナは大した前触れもなく上下気扱き始めた。触れられる瞬間こそ体を強張らせたロイも、ナナの攻めが良心的であるのを感じて全身の力を抜いてナナに任せた。 「私ね……思えば人生いろいろあったわ。その中でも黒白神教……いえ、テオナナカトルは、私の誇り。そして、私の人生そのもの」 「そんな大げさな……」 「おおげさじゃないわよ。生涯の友と呼べる者も、これから伴侶となって行く貴方も……テオナナカトルが引き合わせてくれたものなのよ? フリージアだって、テオナナカトルのおかげで色々変われたし、貴方も、リムファクシも……皆テオナナカトルに恩があるわ」 「あの、話すのか扱くのかどっちかにしてくれない?」 「どっちでもいいじゃない。気持ちいいでしょ?」 「そうだけれど……話に集中できない」 「大丈夫……」 肉棒を強く握りしめ、ナナは一気に下へと扱く。 「ちょ……いきなりやる気にならないでくれよ」 「もう出ちゃいそうとか情けない事言うわけじゃないでしょ? なら、ちょっとは耐えなさい」 「そうだけれどさ……」 苦笑してロイは肩をすくめる。 「話しを続けるよ? まず、貴方だけに本音を言うとね、私……本当は途中から、目的を見失いかけていたの」 「……と言うと?」 「うん、なんて言うのかなー……目的って言うのは、もちろん祭りを行う目的。つまるところ神様に『愛されている』という実感が欲しかったってことについてなんだけれどね……」 「あぁ、それの事か。で?」 ロイは首をかしげる。 「だって、神様に愛されている実感が欲しかった時は、不幸だったけれど、テオナナカトルにであってからは幸福なんだものっ」 「実も蓋もねぇな……ま、分かる気がするけれどさ。俺だって、テオナナカトルに出会ってからだったもんな……こんなに、普段の生活で笑えるようになったのはさ」 ロイが失笑する。 「その上貴方がやってきて……私は本当に幸せでさ。だからなんというか……惰性というべきか意地というべきか、目的を半分近く見失いながらもジャネットへの義理だけで祭りへの準備を行っていた気がする。でも、ジャネットに義理立てをしなきゃ、恩返しをしなきゃ、そいうでないと顔が立たない。ってね……そう思わせるほどテオナナカトルは素敵で、魅力的なの……。 そんなテオナナカトルだから、まだ私はそれを続けたいし、私が死んでも続いていて欲しい。いつか時代が変わってテオナナカトルが普通に迫害されずに存在できる日が来るまで……あのお祭りの前からそう思っていたけれど、今はその思いもずっとずっと強くなった。 だからね、ロイ……改めて聞くけれど、何があっても私についてきてくれる? これからも、テオナナカトルの一員として私と一緒にお仕事してくれる?」 「そりゃ勿論。そんなことも今更確認するまでもないだろう……むしろ、お仕事を辞めろと言われたら『何故だ?』って怒るぐらいさ」 はにかみながら、ロイは笑顔を綻ばせる。応えるナナは、しがみつくようにロイを抱きしめた。 「……ありがとう」 「ナナってさ、言葉にしてもらわないと不安なんだな……子供みたい」 ふふ、とロイは小さく笑う。ともすればナナは拗ねてしまいそうなくらい、恥ずかしそうに目を背けていたが、仕返しとばかりにロイへの刺激を強くする。ロイが軽くうめき声を漏らしたのを聞いて、ナナは安心したのか仕返しを完了したと思ったのか、いつもの妖艶な顔でロイに振り返る。 「ありがとう……もう話は終わり……あとは純粋に楽しみましょう」 「話は終わり? はは、安心したような怖いような……」 ナナは笑うばかりで、言葉ではロイの言葉に反応しなかった。軽く握ったロイの肉棒をひたすら上下に往復させるだけ。全く容赦がない。さらなる刺激を求めようと、ロイは体が動いてしまいそうになるが、それは気合いで止めた。動じてしまっているのが分かると悔しくて。 別のことを考えてなるべくセックスに意識を集中しないようにして、ロイはナナの与える快感に屈しないぞという構えを見せる。 「コラ、どこ見てんのよ。ちゃんと私を見て」 しかしながら、視線の動きだけでナナにはそれがばれてしまった。ナナは扱く手を止めて不敵に笑う、 「どうせ、あれでしょ? 先に達してしまうのが男として情けないとか考えているんでしょ? 別にそうなったっていいのよ、強い貴方も弱い貴方もどっちも好きよ……言葉攻めしていじめるのだって好きなんだから」 (その……いじめられるのが怖いんだけれどね。サラさんが経験豊富だったからリードされるのは慣れているけれどさ) 複雑な思いでロイは苦笑した。 「まぁいいさ。どうあっても、お手柔らかに」 「……じゃあ、せめて私を見ていてね? 今から私の処女をあげるのよ……その相手を見ないなんて失礼じゃないかしら?」 ナナはロイの顔を見つめるのを止め、自分の目を手で隠してみせる。 「こんな風に私が貴方を見ていなくっても……貴方は楽しい?」 「それじゃ……いまいちだろうね。たまには何も見せないのもいいかもしれないけれどさ。ごめんね、言われて気がついた……まじめにやるよ……お前の処女……貰うんだもんな」 「よろしい」 ナナは目隠しを止めて、笑顔でロイに向き直る。 「一緒に楽しみましょう。ロイ」 ナナはロイを横に倒した姿勢のまま、ロイの頬の下に手をあてがい、枕のような形でロイの温もりを感じる。喋っている間に少しばかり勢いをなくした肉棒を扱く事を笑顔で再開して、ナナはピクリと反応するロイを見て上機嫌になる。 「うぅ……」 「ねぇ、ロイ?」 快感に翻弄されていないナナは、ロイよりも余裕と言った様子で話しかける。 「何……?」 甘い吐息の混ざった声で、ナナの問いかけに応えるロイ。 「子供……何人欲しいかな?」 「3人は欲しい……かな? 2人だとほら、人口は増えないことになるし。いや、増えることが必ずしもいい事ってわけじゃないんだけれどさ……でも」 「確かに、人口が増えると都市が食料を維持できないって言うのはままあることね。でも、ロイの言うようなそんな理屈なんてどうでもいいわよ。賑やかな方が楽しいし……3人か……1人はイーブイが欲しいわね。それに女の子も、1人は欲しいわ。上手く出来るかしらね?」 「そりゃ天運に任せるしかないんじゃない?」 ロイは力なく笑って見せる。腰がヘコヘコと浮き上がり、本能的に快感を求めている様が余裕のない事を伺わせる。 「ま、なんにせよさ……身籠らなきゃ話にならないじゃない? このまま、外に出すのはあまりにもったいないし……そろそろ、私の処女を……」 言いかけて、ナナは手を止める。耐え難い不完全燃焼にロイの腰は大きく不満を訴えるように浮き上がるが、やがて快感を得られないと判断した体は腰を浮きあげる姿勢を体力の無駄だと力を抜いてベットに倒れ込んだ。 「でも、その前に私を少し気持ちよくさせて……貴方の経験上、あまり痛みを感じないってくらい濡れてくるまで」 ロイは深くため息をついて見せる。 「またお預けかよ……好きだなお前は」 「忍耐力のあるブラッキーらしくっていいじゃない?」 「はいはい。どうせ俺は忍耐力のある種族ですよ」 ロイは苦笑してナナを仰向けにする。ナナは今更恥ずかしそうに。だが、ロイに何かを言われる前におずおずと股を開く。 (どうしてナナはこんなところで女を見せるのやら) ロイは口元が綻ぶのを押さえきれない。 「女の子らしい反応も出来るじゃないか……いっつも余裕な感じなのに」 「……いいじゃない。たまには」 「でも嬉しいよ、本当に。ナナが俺に女を見せてくれるなんて今まで無かったし」 ロイはからかうような、小馬鹿にした口調でそんな事を言う。ナナは恥ずかしそうに目を逸らしたが、しかしその顔は嬉しそうだ。 「早くやりなさいよ……もぅ。結局ロイっていっつも余裕なんだから……」 「そうでもないさ……さっき扱かれていた時はやばかったし。だから……お前もやばくしないと、不公平だよな」 「ふふ、じゃあ私をやばくするために頑張ってね」 「やっぱり余裕そうだなお前……」 「さぁ、どうでしょうね?」 ナナは不敵に笑って、ロイの攻めを促して見せる。ロイは天の邪鬼ではない、誘われたら素直にやって見せる気質の持ち主である。 すでに濡れ始めている割れ目に、ロイは肉球を添える。あくまで余裕そうな顔をしたナナも、僅かにまゆをひそめて見せる。戦いの最中に他人の顔色を伺う癖のついたロイに見逃せるものではない。互いに戦いの最中のポーカーフェイスはともかくこう言う時のポーカーフェイスは苦手なようで。 口を閉じたまま喋られなくなったナナ。ロイは攻められても気丈な振る舞いを出来るのにナナがそうできないのは、女性の方が快感が強いという表れか、もしくはただの経験不足か。本能的な欲求に突き動かされて行動したい体をナナは強引に押さえつけている風である。 それをもっと乱れさせたく思って、ロイは肉球に込める力も、撫でつける速さも上げて見せる。ナナは声が出ないように口を閉じ。ナナは唇の隙間から空気の音を漏らしつつ目を泳がせている。 「どうしたんだ? 俺のことを見てくれよ、ナナ」 立場が逆転して、意地悪にロイが笑う。 「……悔しいっなぁ……。喧嘩でもこっちでも、貴方に負けるなんて」 ナナはロイのそれよりもはっきりと吐息を混ぜて、強がって見せる。 「負けたくないなら攻め続けなきゃ。特にこっちの勝負はさ」 「それじゃ情緒がないわ。でも貴方ならロマンチックに出来るでしょう」 「ここまで愛しあった女性とするのは初めてだからさ……いい雰囲気がどうとか、よくはわからんよ」 ロイはナナの腹を枕にして寝転がる。 「にしてもあれだな……お前の体ってあったかい……」 ロイは素直に感想を漏らしつつ、宙に浮いた右手にぐっと力を込めてナナをを愛撫する。太ももと下腹部のV字の線をなぞる。 (本当に綺麗な形をしている……幻影で取り繕う必要なんてどこにもない) 普段は何て事のないその曲線も、こうやって対峙してみれば見ているだけで欲求を誘う。花をめでるような手つきで愛撫を続けると、次第にナナの呼吸は荒くなり、ついには閉じた口から甘い声が流れ始める。 「うぅん……」 ナナは苦しそうに眼を瞑り、身をよじる。漏れ出る吐息は如何にも気持ちよさそうで、またその表情が興奮を促す。 「ふう……」 下腹部ばかりを見ていて飽きたのか、ロイは寝返りを打ってナナの顔の方を見る。 「何……?」 「いや、相変わらず美人だって……」 「だから、そんな風に褒めても何も出ないって言っているでしょーが」 「なら、舌を出してよ……お前があまりに美人だからキスしたくなった」 芝居がかった口調でロイが言う。意地悪そうなロイの瞳は歪んだ口元によってその意地悪さがより一層引き立っている。 「そう来たか……」 ナナはクスリと笑ってロイの頼みに応える。舌の先端が触れ合い、興奮同士が触れ合い。胸元に目をやれば、ロイはナナの胸をしっかりと愛撫している。ナナは肩をすぼめて快感を迎え撃った。 歯茎から舌の根まで隅々を弄られるうちに、ナナは段々と理性まで浸食されたのか、ナナはロイの口を強引に抱き寄せ、むしゃぶりついた。舌を吸い込まれて驚くロイには悪いと思いながらもナナはロイの柔らかな舌との触れ合いを楽しませてもらった。先手を取られたロイは舌を引っ張られる感覚に顔をしかめる。解放されても、引っ張られた舌の根がジンジンと痛んだ。 「何すんだよ……痛いな……」 「ご、ごめん……つい貴方を食べちゃいたいくらいかわいいって思っちゃって」 悪戯っぽく舌を出して笑うナナに、ロイは大きく溜め息をつく。 「ま、楽しんでもらえているようで……下も、頃合いかな」 「あぁ……もう、かあ。意外とロイはあっさりしたものなのね」 目を逸らしながらナナは強がりを言う。 「結構焦らしたつもりなんだけれどな……ナナがそういうならもっと続けよっか?」 「いや、私の心の準備が足りないだけで……ああ、でも逸る気持ちもあるのよ。でも、処女を失えるのは一回きり……やり直しがきかないと思うと……あぁ、もう。始めてを何度でもやり直せるなら……ロイに楽しませる方法を探れるのにな……怖いっていうよりはなんていうのかしら、その……もったいなくって、ロイを楽しませられないと申し訳ない気分でさ…… 駄目だ私、今の私すっごく女々しい事言っている……あぁ、もう……こんなの私じゃないのに……」 珍しく取り乱したナナは妙に可愛らしかった。 「大丈夫だって、俺に処女崇拝の性癖は無いさ」 ロイは苦笑してナナの火傷していない方の頬を舐める。 「気負わなくっていいさ……初めてだからってそんな特別な意味を持たせる必要はないさ」 ロイはしっかりと興奮していて息が震えている。受け入れようとするナナは期待と不安が入り混じった表情でロイを見上げ、ロイなら大丈夫だろうと体の力をすべて抜いた。 「じゃ、お願い。処女を卒業するのも……もったいない気がするけれど……」 「そんなもん、使わなきゃもっと損だって」 苦笑したロイは心を落ち着けるために細く長く息を吐く。 「痛かったらごめんな、ナナ」 まだ入れてもいないのにロイは申し訳なさそうな声で言う。 「私の事をこんなにも愛してくれるロイで駄目なら誰がやっても仕方がないわ……気負わずやって」 対するナナの諭すような口調を皮切りに、ロイは自身の肉棒でナナの割れ目を押しあけた。先端から伝わってくる熱。まだ細い先端しか受け入れていないそこは大した締め付けも洗礼も無く、しかし徐々に身を沈めていくたびに増していく締めつけ。 少し物足りないが、悪くない力加減のナナの胎内は、すぐにでもより強い快感を得ようと急かすようだ。ナナが痛みさえ感じなければ、と思うと恨めしい。ゆっくりゆっくりと入れていっているうちに、先端に僅かながら引っかかる感覚。刺激に変化が伴った事でちょっとした快感にほくそ笑みながら、ロイはさらに自身を埋めていった。 「で、処女膜らしきものがなかったわけだが……まさか……」 「処女か童貞か、ともかく神子の条件を満たしていない者以外がサーズダイン様の力を受けとめたら……気分悪くて吐く上に最悪死ぬわよ? 栄養状態とか、個体差とかで膜が受け入れやすくなっていれば……処女膜もない時があるわ。年のせいかもしれないけれど」 「あらら……それはちょっと残念かも。ま、痛くないならいっか」 「そう言う事。ごめんね、ロマンも何も無くって……あぁ、私本当に色々残念だ」 「痛みを強要することはロマンじゃないし、良いじゃないか……で、もう……動いてもいいか?」 ロイは、生殺しのまま耐えてきたせいか、腰を動かせばすぐにでも快感が得られそうなこの状況を耐えるのも辛い様子。苦笑するロイの笑顔が不自然に釣り上がっていて、余裕がない事を悟ったナナは、意地悪をしてみたいとも思ったが、ロイが愛おしすぎてそんな可哀想な事をするのは気が引けた。 結局、数秒も考えてはいなかったが、ナナが選んだのはロイの好きなようにさせておくこと。 「ご自由に。一緒に気持ち良くなりましょう……ロイ」 似合わないセリフが恥ずかしいのか、それは随分と小さな声だったが、ロイは待ってましたと頷いた。 「かしこまり」 高ぶる気持ちを少しずつ開放させながら、ロイは腰を動かした。初めてではなかったが1年以上も御無沙汰な本番と言うだけで心を妖しく躍らされる。その上、目の前に居る相手はナナだ。興奮も緊張もしないわけがない。 締めつけられながら、小さな襞が擦れる感触、力の強弱が場所を移す感覚。ナナの心拍に合わせて強弱が変動する感覚。あらゆる感覚がロイの劣情を刺激する。段々とロイの動きが容赦なくなるが、ナナは被害をこうむって痛みを感じるなんてことも無くただ変化に順応していくだけ。それどころか、ナナ自身もまた高ぶりを押さえきれず、より快感を得ようとロイに攻めやすい体勢を。より精を搾ろうと締め付けを強くした。ただの本能的な動作なのだが、これがなかなか的を射ている。 互いを求め合う二人が溶け合う瞬間はそう長くかからなかった。 「ごめん、そろそろ耐えられそうにない」 結局、ロイが先に燃え尽きることになりそうだ。 「いいわよ、いつでも……」 フィニッシュに向けて往復運動を加速させたかと思えば、次の瞬間には腰を突き出したままロイはナナの最奥に精を放とうと姿勢を固定する。 ナナの細腰を抱きしめたまま荒い息を吐いて下腹部に全体重をかける。ナナは逆らわず、むしろロイの体を絶対離さないようぬ太ももで挟み込む。彼の背中にまわした腕も、背骨を折ろうかというような力がかかっていて、互いに呼吸が苦しくなってしまう。 やがて射精を終えたロイは虚ろな視線を泳がせながらナナの体の上から離れ、お座りの姿勢を取った。 「なんかごめん……自分だけ楽しんじゃってさ」 終わってみればロイだけが射精し、ナナは不完全燃焼。それに対して平謝りのロイに、ナナは首を振って否定する 「いいのよ、気持ち良かったんでしょ?」 「そ、そりゃ勿論……最高だったけど……」 恥ずかしそうに、目を逸らしながらロイはそう伝える。 「なら、大丈夫……私は満足よ」 屈託のない満面の笑みで、ナナは宣言した。 「だって、私の体で愛する人が楽しんでくれる。女としてこれほど嬉しい事は他にないわ……」 「そ、そうか……ならいいんだけれどさ……」 ロイは面と向かってそんな事を言われるのが恥ずかしいのか、まだまともに視線を合わせられなかった。 「あ、そうだ……」 と、言いながらロイはそっぽに目をやって、布切れをサイコキネシスで手繰り寄せる。 「これ、使って……」 「あぁ、ありがと……」 ナナは下半身に目をやりロイの子種が零れ落ちている様子をじっくり眺める。ふき取るのを名残惜しそうにゆっくりとそれを処理して、ナナは微笑む。 「貴方のこと。これで身も心も愛せたかなぁ」 「どうかな? 愛するだなんて、今まで愛され過ぎて今更って感じもするけれど……でも、以前よりも愛せた……っていう意味でなら、そうなんじゃないかな」 「そう……なのかな。あ、あのさ」 ナナはロイの首に腕をからめる。 「なに……ナナ?」 「飽きるまでずっとこうしてていい?」 「……いくらでも良いけれど。ってかお前本当にナナか? 今までのお前と違いすぎるぞ」 「今までの私のことを考えれば信じられないかもだけれど……どっちでもいいじゃない? こうして抱き合っていられる幸せをかみしめていられれば……そんなことはどうだってさ……私だって、本当に好きな人の前でくらい、女になるわよ」 寄り添うナナの腕の力が強くなる。 「ナナ……分かった、どうでもいいよ」 そのぬくもりを感じながら、頬を上気させてロイが言う。そのまま数秒、沈黙であった。 「俺も今更なんだけれどさ……」 沈黙を破ったのはロイ。 「俺が持って来た仕事を受けてくれてありがとう」 「うん」 「俺の店で踊ってくれてありがとう。俺やローラをテオナナカトルに誘ってくれてありがとう。教会のゴタゴタを解決してくれてありがとう。街の危機に力を貸してくれてありがとう……俺を好きになってくれてありがとう」 「どう致しまして……」 ナナがロイの頬に口付けをする。 「……私はその逆。仕事を発注してくれてありがとう、店に受け入れてくれてありがとう。仕事に付き合ってくれてありがとう。私の心が折れた時に支えてくれてありがとう……こんな私に付き合ってくれてありがとう」 肩を寄せ、ナナはロイの耳元に囁く。二人はじっと肌を寄せながら、互いの体温、匂い、呼吸を感じながら時を過ごす。 「愛してる」 はにかみながら、ナナは今更過ぎる一言を口にした。 「俺も」 と、ロイの言葉が続いて、もうナナは言いたい事が溢れすぎて言葉にならなかった。 そうして抱き合って数分、ロイは不意に口を開く。 「なぁ、ナナ……結局さ、ダークライ云々、クレセリア云々ってのは……関係なかったな? オースランド神話とか、話していたのが馬鹿みたいだ……」 「何言っているの。その時話さなかったかしら? 貴方は私を支えてくれるって……私というダークライを、貴方というクレセリアが……どんな事があっても支えるってさ。あの時は、一方的な約束だったけれど……今度からは私も一生支えるから、よろしく」 「ああ、改めてよろしく。でさ、その……一生支える覚悟の証と言っては何だけれど、渡したいものがあるんだ……受け取ってくれるか?」 「あら奇遇ね。実は私もそういう感じのものがあるのよ」 ナナがそう答えると、二人は見つめ合ったまま恥ずかしそうにどちらも動かない。まるで、目を離したら負けとでもいうように、二人はずっと見つめ合う。呼吸を一つ、二つ、三つ。見つめ合っていてもらちが明かないので、ロイは何か言葉を交わすでもなく後ろへ振り返り、小さなタンスを漁る。ナナは髪の中に手を突っ込んで目的の物を取り出した。 「これ、結婚指輪」 「奇遇ね、私は結婚首輪を渡そうと思っていた所……私達、やっぱり気が合う見たい」 ほぼ同時に二人は渡したい物を見せあい、予想通りの結果に二人は笑顔が綻んだ。 「これは何かしら?」 ロイが咥えていた純金製の輪に翠色の宝石がはめ込まれたそれに中指を通し、ナナは社交辞令で尋ねる。 「はめ込んである石はね……橄欖石。石言葉は『夫婦の愛』だ……その、なんだ。ゾロアークにはなんだかんだで緑が似合うから……そういうの探していたんだけれどさ……よさげなのがあったから……俺の気持ちなんだけれど、その……受け取って、くれるかな?」 ナナは頷きも肯定もしなかった。笑顔を保ったまま、渋めの色で統一された天然石の首飾りをロイの首に掛けることでその答えとして、ナナは黙ってロイを抱きしめた。 「ただ高いモノを買うだけじゃ味気なかったから、私は作ってみたの。ビーズアクセサリーは初めてだったけれど、きっと上手く出来たと思う……これが私の気持ち。石言葉とか、洒落た要素は全然ないし、値段も安いから……なんていうかその、見劣りしちゃうかもしれないけれど……」 「いや」 その言葉で、ロイはナナの言葉を制した。 「嬉しいよ……素直に嬉しい」 ロイはナナに抱きしめられたまま、その身をナナに預けて笑う。ふと気を抜けば眠ってしまいそうな意識の中で、二人はひたすら抱き合って愛を確かめ合った。ようやく眠りについた後で、部屋を蹴破るように押し入ってきたリムファクシから色々勘繰られることはもはや予定調和のようなものである。 ◇ ***エピローグ [#v471c195] 神権歴4年、12月9日。交易で栄える街、イェンガルドの3番街にの大通りにて。 「めでたい話しさ」 ニヤニヤの止まらないロイの顔を気味悪く思ったリムファクシが尋ねると、ロイは満面の笑みで以ってリムファクシへ告げた。 「ま、お前みたいな子供にはいまいちその嬉しさも分からない話かもしれないがな……だがまずは、良い話よりも先に悪い話から。リムファクシ。お前、少なくとも3ヶ月後には引っ越しな」 ロイは唐突にそんな事を言って笑う。 「な、なんでだよー!! 俺何か悪いことしたかー!? 新年を寒空で迎えるとか嫌だぞー」 ロイの言葉に抗議するリムファクシの表情を見て、ロイは優しく微笑んだ。 「悪い事なんてしていないさ……ただ、な」 「あぁ、なんだー?」 「ジャネットの奴に言われたんだ。あと5ヶ月もすれば生まれるって……順調なんだってさ」 リムファクシは目を丸くする。 「ああ、ナナかー。それで、子供を産む前にお前の家で同居しようって腹だなー。おめーそう言う事は早く言えよー」 「ごめんごめん。安定期に入ったってのは昨日分かった事なんだよ……まぁ、うすうす感づいてはいたけれどさ」 と、ロイは平謝り。しかして、笑顔が張り付いて離れないその顔からは謝っているような雰囲気を感じない。 「てめー、謝ってねーだろー。幸せ分けろこらー」 と、リムファクシに言われてしまうのも納得の表情である。 「でな、お前の新居なんだが……やっぱり教会が良いと思うんだ。成長したお前を収納できる場所なんてあそこくらいしかないだろうからな。どうせ殆ど人もいないわけだし、掃除でも手伝ってやれ」 「えー……フリージアはいい奴だけれど、鬱陶しいんだよなー。あいつと一緒にいたら息つまりそうだぞー」 「ま、それは諦めるしかないさ。あの聖書オタクと仲良くやって行くといい」 リムファクシは、うへぇと舌を出し、しょげた様子をして見せた。 「ロイー……恨むぞー」 「あぁ、怖い怖い」 おどけたリムファクシの発言を軽く笑い飛ばして、ロイはリムファクシの数歩先を行く。 「ま、そんなわけで今日はめでたい日だ……俺がなんか奢ってやるから機嫌直してくれ」 ロイが謝罪とからかいを綯い交ぜにした表情をする。 「おー、腹がパンパンになるまで喰ってやるからなー財布の覚悟しとけよー」 「おう、望む所だ。酒はまだ無限にあるから、いくらでも飲んでいいからな」 しみじみとした笑顔でロイは幸せをかみしめ、憎まれ口を叩きながらもなんだかんだ言って祝福してくれるリムファクシを愛おしく思う。 「とりあえずさ……リムファクシ。なんというか、今までありがとうな。お前がいなかったら祭りを開催するのがいつになるかもわからなかったわけで……」 「何言ってんだおめー。そんなこと言ったら俺だってお礼たくさん言わなきゃだめなんだぜー。病気が治り始めているのも、お前が俺と一緒に戦ってくれたからだろー? めんどくせーから改めて言わせんじゃねーよ全く……」 「そうだな、面倒かけてすまん」 相変わらずのリムファクシの減らず口を聞いて、ロイは微笑んだ。 「とりあえず、さ……俺達街の平和を守るために活動しているわけだけれど、仲間と言うか部下も増えたし……これから先も街の平和を守ろうな。その……俺の子供のためにも協力してくれ、リムファクシ」 「なんだよ水くせぇ。そんなこと当然だろー? 俺ら仲間なんだからよー。何だかしおらしいぞおめー。いっちょ叫んでみるぞおい? 美しき神、レシラムがため!!」 しおらしいと言われ、納得してしまったロイは、仕方ないなと苦笑しながらそれに追従する。 「猛々しき神、ゼクロムがため」 他人に聞かれないよう小声での鼓舞であったが、ロイの街を守ろうとするやる気は十分高まった。自分達の子供がシーラのような可愛い子供になるのか、リムファクシのようなやんちゃな子供になるのか。隣に居るリムファクシに失礼な気がしつつも、ロイはなんとなくそんな事を考える、それを守らなければいけないと心に誓う。 「これからは、神だけじゃなくって……家族のために生きてみなくっちゃな」 「おいおい、すっかりパパ気取りかよおめー……」 「いいだろ? 俺はいま猛烈に幸せなんだ……あぁもう。この幸せ叫びたい気分だ」 そんな馬鹿みたいなことを言うロイの言動をリムファクシはクスクスと笑う。 「そんなこと言うなら上空からパトロールでもしながら、叫んでも街の皆に聞こえない位置まで上昇してやろうか―? 幸せ馬鹿みたいなお前にはお似合いかもしれねーぞー」 「あぁ、頼むよリムファクシ」 「本気にするなよおめー」 「頼むぞ」 有無を言わせないロイの口調を受けて、リムファクシは黙ってロイに背を向け、背中に乗るように促した。本当に叫びたいほどの幸せな気分。流石に空を飛んでまで叫ぼうとは思わなかったが、ロイは静かに「あぁ。幸せだなぁ」と呟いて口の端を緩ませる。冗談を本気にされて呆れたリムファクシは、しぶしぶ空を舞った。 ロイがヒレの生えたリムファクシの背から見下ろす俯瞰。動き続ける街の一部を飾るブラッキーとゾロアークとその子供たち。そんな幸福な家族の姿を想像しながら見るその景色は、心なしか澄み渡って見えた。 [[後書きへ>テオナナカトル:キャラ紹介・後書き]] ---- 何かありましたらこちらにどうぞ #pcomment(テオナナカトルのコメントページ,12,below); IP:223.134.157.63 TIME:"2012-11-18 (日) 22:24:21" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E3%83%86%E3%82%AA%E3%83%8A%E3%83%8A%E3%82%AB%E3%83%88%E3%83%AB%2812%29%EF%BC%9A%E5%96%A7%E5%98%A9%E7%A5%AD%E3%82%8A%E3%83%BB%E4%B8%8B" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"