ポケモン小説wiki
カブっちの千年トラベル の変更点


[[のらいも]]



----



 毎日の始まりは暗い海の底だった。
岩陰で目覚めた仲間達は今日も今日とて獲物を求めて狩りに出る。
そんな中、海藻や貝殻の中身を食べて生き延びている自分は異端中の異端だった。
種族柄、食性としては生物の体液を好むはずなのだが、自分はそうではなかった。
というより、血の通う生き物に爪をつき立てることが嫌いだったのだ。
仲間達はそんな自分を『臆病者』と蔑んだ。
しかしそれにはもう一つの意味が含まれていた事も自分は理解していた。
それは、自分達が『ポケモン』であること。
『ポケモン』とは基本的に戦いを積み重ね、成長し『進化』することで力を得て種を守る。
とりわけ自分達『カブト』という種は、陸上への進出を可能とする『カブトプス』に進化するのだ。
行動範囲が増えるということは狩り場が増えるということでもあり、生存競争の中では他の種族以上に『進化』を必要としていた。
そのような一族において、ハナから戦いを放棄する自分は将来性の無い、厄介者以外の何者でもなかったのだ。

 自分は常に仲間達と距離を置き、細々と生き延びていた。
そしてそんな中、仲間は少しずつ数を減らしていった。
そのほとんどが狩りに出たきり帰ってこなかった者だが、一度だけ、すぐ近くでコウラごとバリバリと噛み砕かれた者を見たこともあった。
やがて、生き延びて『進化』した者も一、二と現れ地上へと旅立ってゆき…
気が付けば、独りになっていた。

 自分は何かを求めていた。
しかし、深い海の底でその答えを得ることは最期までなかった。
最期に眠ったのがいつだったかすら分からない。
そして誰も知るはずは無かった。
しかし、時は自分に数奇な運命をもたらしたのだ——

「カブっち…やっと会えた…!」



カブっちの千年トラベル



 夜空を眺め、ハァ、とため息をつく。
町から少し離れた小高い丘。
昼間は緑の草木が生い茂るのどかな場所だが、つい先ほど日も沈み、辺りはすっかり暗くなってしまった。
昼過ぎに起きたことを思い出し、また深くため息を吐く。
(どうしてこうなったんだ…)
何時間も続けた自問自答を再び繰り返す。
まぁ、答えが見つかることは結局なかったのだが。
空はどんよりと曇り、星一つ見えることはない——



 「…成功……ました…」
何か音が聞こえた。
煙の吹き出る音、ピコピコカタカタと鳴り響く奇妙な音。
頭はぼうっとしており、目もなかなか開かなかった。
「…本当…すご……術ね…」
また何か聞こえた。
ようやく少しずつ目を開けると、そこはまるで見慣れない不思議な灰色の部屋だった。
透明なカプセルらしき入れ物に、いつの間にか自分は納められていたようだ。
カプセルの中から見えるのは、猿が直立したような…なんとも奇抜な色彩の衣を身にまとう生き物が三匹。
手前の二匹は母と子だろうか、特に子の少年は自分が入っているカプセルに顔を張り付けんばかりに近付きこちらを凝視していた。
補食するわけでは無いようだが…喜んでいるようにも見える。
少し戸惑っている中、奥にいたもう一匹の白衣の男が何かのスイッチを押すと、突然透明の壁が天井へと取り除かれていく、
壁が消えるや否や少年は自分の小さな体をさっと抱き上げ、満面の笑みを浮かべると何か囁いた。
あの日、自分はこの不思議な世界に降り立った——



 「カブすけ…こんな所におったのか…!」
ギョッとして振り返る。
そこにいたのは、九つの立派な尾をたたえた炎の獣。
自分にはすっかり見慣れたキュウコンと呼ばれるポケモンだ。
「キュウさん…」
「お前の主がずっと探しておるぞ、早く会いに行ってやらなくて良いのか?」
思わず言葉に詰まる。
自分の主…コーヤは、ずっと自分のことを探してくれているのか。
だというのに、自分はコーヤに会いにも行けずにいる…。
「逃げておっても、何も始まらんじゃろ」
グサッと胸に突き刺さる言葉。
まるで図星であり、そして何時間も前からずっと分かりきっていたことだった。
すっかり俯いて何も言い返せない自分に盛大なため息をつきつつ、キュウさんは自分の隣に座り込んだ。
「お前とコーヤが出会って6年…いや、コーヤにとっては7年かのう。
 初めの頃は人間に戸惑ってばかりのお前じゃったが、今ではもうすっかりコーヤのパートナーじゃ。
 覚えておるか? 御主らが旅に出た、あの日のことを…」
そう言われて、少しずつ思い返してくる。
あれは2年前、コーヤが10歳の誕生日を迎えたのが旅立ちの日だった——



 「大丈夫? 忘れ物はない?」
家の玄関先で心配そうにそう訪ねるのはコーヤの母。
しかし、コーヤは靴ひもを締めながら凛然と母親に返した。
「平気だよ! カブっちと一緒ならどんな大変な事だって乗り越えられる!
 ほら、母さんのくれたポケギアだってちゃんと持ったしさ…」
しかし彼女は相変わらずコーヤを、そしてその肩に乗っかる自分とを不安そうに見ている。
すると突然、そうだ、と彼女はパチンと手を鳴らし、懐から一つのモンスターボールを取り出した。
「この中に、母さんのキュウちゃんが入ってるわ。
 いざとなったらこの子を頼りなさい!」
「えーっ、やだよぉキュウちゃん強すぎるんだもん。
 俺はカブっちと一緒に戦いたいんだよ!」
「いいから! 嫌ならバトルに出さなくてもいいの。お母さんの代わりだと思って…」
そこまで言われて、コーヤは渋々といった感じでボールを受け取った。

 玄関の脇の戸棚には、花瓶の横に一枚の写真…両親と子の三人が並ぶ一枚の写真が飾られている。
「父さんが死んで…グレン島でカブっちと出会ってからもう4年も経つんだ…」
コーヤは写真を見て呟いていた。
写真に映る、自分の知らない優しそうな顔で微笑むもう一人の男がコーヤの父なのだという。
「そうね…あなたは約束通り、きちんとカブちゃんの世話もしたわ」
「だって、父さんのくれたポケモンだもの!
 これからカブっちと頑張って、一緒に最強のポケモントレーナーになるんだ!
 天国の父さんに、やったぞって姿を見せてあげるんだって、ずっと前から決めてた…!」
握りこぶしを固めてそう決意を胸にするコーヤに、自分もコーヤの為なら何でもやってやろうと、体に熱いものが滾るのを感じていた——



 「しかし結局、バトルで儂の出る幕は一度も無かったのう」
夜空に星が一つ二つ見え隠れする。
確かにその通りで、コーヤは決してキュウさんを戦いに呼ぶことは無かった。
自分のことを信頼してくれているのは嬉しかったが、それでも相性の悪い相手にはボロ負けすることも珍しくなかった。
「コーヤはお前で勝つことに固執し過ぎておるしな。
 お前もお前じゃ、才能はあるくせにいざという時に本気を出さぬ、ツメも甘い」
そしてこれも本当のこと。
あの時、コーヤの為なら何でもしようと心に決めたことも、この2年でかなり揺らぎつつあった。
自分は、バトルというものが好きになれなかったのだ。
この世界のバトルというのは、大昔の生き残りを懸けた血肉の争いとは違い、あくまで競技や交流としての一環であった。
ポケモンセンターという便利な治療施設の存在もあり、人間はポケモンが傷付くことに対しても、悪い言い方をすれば割と無頓着だ。
しかし自分はずっと昔、生まれていつからか何を傷付けるのも嫌いな『臆病者』だった。
それでもコーヤのことが好きだったから、一生懸命なコーヤに応えようと自分も必死でバトルを積み重ねてきたものの、その矛盾が一瞬の迷いを生み、敗因となることも多かったのだ。
「チグハグじゃのう、御主らは。
 どうしてこうなったと思う? 否、どうしてもクソも無い。
 お前はカブト種、戦いを積み重ねればどうなるのか、知らなかった訳でもあるまい?」
そう、今に自分には両腕に鋭い鎌、直立可能な両足に伸びる尾…。
今朝まで小さなカブトだったはずのその姿は今、立派なカブトプスへと『進化』を遂げていた——



 「すごいじゃないか、カブっち!
 今のお前、すごく強そうだしカッコいいよ!!
 ついに進化したんだな、カブっち…!」
コーヤが激しく興奮気味に捲し立てる。
町なかにある広い公園の通りで、ニドラン♀を繰り出したトレーナーとの勝利後、自分の体はまばゆく輝き始めたのだった。
相手の女性トレーナーに加え、道行く人々も何だ何だとこちらに目を向ける。
自分は一瞬、何が起きているのかよく分からなかったが、光も小さくなり自分が『進化』したことを理解すると、見られていたのが途端に恥ずかしくなった。
「あなたのポケモン、進化したのね! おめでとう!」
ニドラン♀のトレーナーが一声かけると、周囲もまたおめでとう、やったな、と祝いの言葉をかけてくれる。
しかし自分はそんな言葉よりも、自分の進化を本当に喜んでくれているコーヤを見ている方がずっと嬉しかった。

 「そうだ、僕と勝負しようよ!」
声をかけてきたのは、ニドラン♀のトレーナーの隣にずっといた男だった。
「あらユウジ、彼すごく強いのに勝てるの?」
「いいのさ、勝敗なんて大した問題じゃないよ」
この二人はどうやら恋人同士らしい。
「いいですよ、やりましょう!」
周囲の見物の中、コーヤは未だに興奮気味に頷くと、いこうぜカブっち、と戦いの準備を始めた。
この勝負がとんでもない結果を招くことも、まだ知らなかった——



 「人間というのは不思議なものでな…」
キュウさんは夜空を見上げ呟く。
雲はいつの間にか晴れつつあり、今日が満月であったことを初めて知る。
「昔はポケモンを道具や武器として扱い、争いを繰り返しておった。
 しかしそのような時代はいつしか終わり、ポケモンと人との関係に信頼を見出そうとするようになる。
 長い時間をかけ、人々は気付いたのじゃ。
 不毛な争いに終止符を打ち、人、ポケモン、全てが幸せに暮らせる未来を模索する、それが生きとし生ける全ての存在の使命であることをな…」
ふと、かつて自分がいた時代を思い出す。
そこでは常に弱肉強食、自分はいつ来るかも分からない死に怯え、同時にそんな世界に嫌気も差していた。
しかしこの6年、自分が享受してきたのは、コーヤと…友と、家族といるような幸せ。
かつて求めていた感情そのものをコーヤは何時でも自分に注いでくれていた。
「コーヤに…伝えなきゃ…」
震える声で立ち上がる。
今の自分の顔は誰にも見せたくなかった。
「大丈夫じゃ、気付いたじゃろう。
 人とポケモン、言葉は通じぬが、コーヤは人間じゃ。
 バカでトレーナーとしてもまだまだじゃが、奴は優しく…そして誰よりもお前を知っておる」

 ふと、背後で何か聞こえた気がした。
誰かが呼んでいる気がする。
その声は、みるみるこちらへと近付いていた。
「…っちー! カブっちー!!」



 「カブっち酷いよ…! 何もあそこまでやらなくたって…!」
茫然と呟くコーヤの横で、自分もまた茫然とその様子を見ていた。
トレーナーのユウジから繰り出されたのはニドラン♂。
つのでつくという何でもない攻撃を避け、隙をさらしたニドラン♂に、きりさけ! とコーヤは指示した。
進化したばかりの初の戦闘、興奮するコーヤも、そしてコーヤにいい所を見せようとはりきる自分自身も、『進化』で得た強大な力をまるで理解していなかったのだ。
カブトプスの鋭い鎌はニドラン♂の脇腹を深くえぐり、その怪力に押されるがままニドラン♂は公園に立つ木の幹へと吹き飛ばされた。
「ジャ、ジャイローーッ!!」
飼い主のユウジが叫ぶ。
誰がどう見てもやり過ぎなオーバーキルだった。
「大変、早くポケモンセンターに連絡しなくちゃ…!」
彼女が手早くポケギアで電話をかけている。
「お、俺も手伝います!」
しばらく止まっていたコーヤも、それに反応してニドラン♂…ジャイロの応急処置を始めた。
飼い主の腕に抱かれポケモンセンターへと運ばれてゆくジャイロに付き添う形で、コーヤはその場を離れてゆく。
騒然とする周囲、鎌から滴る血の跡…気付けば、生えたばかりの両足で自分はその場を走り去っていた——



 「…カブっち…やっと見つけた…!」
そこには、ハァハァと息を切らしたコーヤが立っていた。
何も応えられない自分。
「カブっち…ごめんよ。
 お前の気持ちも考えずに、俺、酷いこと言っちゃって…。
 ユウジさんのニドラン、大丈夫だったよ。
 謝ったらユウジさんも笑って許してくれたし、最初に戦った…ヨウコさんっていうんだって、二人ともポケギアに登録してくれたよ。
 お前にも、また会おうぜって言ってた」
少しずつ話すコーヤ。
自分はそれを俯いたまま黙って聞いていた。
後ろからキュウさんの穏やかな視線を感じる。

 「それでさ…」
コーヤは少し改まった。
「俺、考えたんだ。
 どうも俺は、ポケモントレーナーに向いてないんじゃないかなって。
 だからさ…もう、やめようと思うんだ」
その言葉に、はっと目が覚める。
自分は全力で首を振り、人間にはキシキシとしか聞こえない大声を叫び上げて抗議した。
(2年前の決意はどうした!
 コーヤは才能が無いからトレーナーをやめるんじゃない、パートナーである自分がバトルを嫌っていることに気付いたからやめるんだろう!?
 でもそれは絶対に許されない!
 自分の為にコーヤが夢を諦めるなんてことは絶対に許されない!!)
想いが通じているのかどうか、しかしコーヤは優しく微笑んだままである。
一しきり声を張り上げたあと、コーヤはゆっくりと話し出した。
「…ありがとうカブっち。
 でも、俺は夢を諦めたわけじゃ無いんだ」
へ? とキョトンとする自分に、コーヤは笑って続ける。
「夢の通り、俺たちは二人でやったぞって向こうの父さんに見せてあげるのさ。
 最近知ったんだけど、ここから遠い地方ではポケモンコンテストっていうのが開催されているらしいんだ。
 そこでは、自分のポケモンのカッコよさとか、可愛さとか…そういう魅力を競い合うんだって。
 そしてそれには、人間とポケモンとのお互いの絆も試される…どう、俺たちにピッタリじゃない?」
信じられなかった。
人間とポケモンで目指すものといえば最強のトレーナーくらいだという、6年間で培われてきた常識を根底から覆された気分だった。
(フッ、世間知らずどもめが…)
後ろで何か鼻で笑われた気がする。
「俺はカブっちと出来ることなら何でもいいんだ。
 トレーナーに向いてないんじゃないかって思ってたのは本当だし…俺はブリーダーに転向するよ。
 …カブっちは嫌かい?」
嫌なわけが無い。
また全力で首を振った。

 そうだ、とコーヤはバッグから二束の包帯を取り出した。
「これを鎌の部分に巻き付けておこう。
 爪と違って簡単に切れちゃうし…もうバトルもしないだろうからね」
一瞬、コーヤの顔が寂しげに見えた気がする…。



 「すっかり夜更けみたいだね。
 泊まる場所を探そっか…あ、キュウちゃんありがとうね、カブっちを見つけてくれて。
 町の外で少し光ってたからすぐに分かったよ」
夜の町はすっかり静まり返っていた。
こうして一人と二匹で並んで歩くのは、随分と久しぶりのことだ。
(そう言えば、どうしてあの場所が分かったんだ?)
微笑みながらコーヤに頷き返すキュウさんの横から、ちょっと訪ねてみる。
(6歳の子供の行動パターンなど、たかが知れておるわい)
しかし返ってきた返事はこんなものだった。
確かに、この時代では6年しか生きていないのだけれども…。
(あの日もこんな夜じゃったのう。
 年端も行かぬ人間の子供が、ボール一つ手に儂を捕まえに来よった。
 退屈しのぎに捕まったものの、なかなか面白い物語を見せてくれる…)
え、と表情の固まる自分をよそに、キュウ…さんは続ける。
(コーヤは奴に似たんじゃのう。
 あれが死んだのは不幸な事故じゃったが、奴以上にコーヤからは才気を感じる。
 御主ら二人の行く末、儂も期待できるのう)
何だか、凄い話を聞かされてしまったような気がした。
(キュウ…コン、さん)
(お前もキュウちゃんと呼んで良いのだぞ?
 ところで、儂が何年生きておるか、知りたくはないか?)

 「…ふふ、ポケモン同士だと話せるのかなぁ。
 いいなぁ…俺も混ざれたらいいのに…」
夜の町をのんびりと歩く一人と二匹。
雲の去った夜空に浮かぶ星くずの海は、かつて昼も夜も分からない海底から見上げたそれより遥かに美しい世界を映し出していた。



----



あとがき
 初代発売から6年、戦うばかりだったゲーム仕様にコンテストバトルという要素を持ち込んだルビサファは神!
 %%でももっと楽しめる仕様なら人気も出たかもしれないのにね…%%
 一匹しか育てずボロ負けするコーヤの姿は、初代当時フシギバナ一匹しか育てずカツラ戦で詰んだ自分のゲームプレイに重ね合わせておりますorz
 微妙に語りきれてない部分も多くなった気がしますが、とりあえずカブトプスが好きでこういう話を書きました。
 相変わらず極限まで短くまとめたがる癖が抜けません。
 それでは最後まで読んでくださってありがとうございました。
 またこんな感じで短いお話を書ければと思います。
 (ちなみに、このお話には一つ仕掛けがあります。ヒントは最後の方…気付いた方は教えてくれると嬉しいかも)

↓感想もどうぞ

#pcomment

IP:125.13.214.91 TIME:"2012-08-07 (火) 18:45:34" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E3%82%AB%E3%83%96%E3%81%A3%E3%81%A1%E3%81%AE%E5%8D%83%E5%B9%B4%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%99%E3%83%AB" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"

トップページ   編集 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.