*つめたさとぬくもりと [#b2912dfb]
writer――――[[カゲフミ]]
夕暮れ時の冷気を含んだ風が、防寒着で守られていない俺の顔に容赦なく吹き付けてくる。
手袋、マフラー、コートで風を遮断しているが、顔だけはどうしようもない。覆面を付けて自転車に乗るわけにもいかないし。
ああ寒い。無条件で身を強張らせてしまう。この頃朝夕はほんとに冷え込みが激しい。いつの間にか吐く息が白くなっている。
寒いのは別に珍しいことじゃないんだが、どうも今日の寒さはいつもと違う。表面的な寒さじゃなくて、体の芯からぞくぞく来るような悪寒、のような。
どうも帰りの自転車に乗った時からおかしかった。いつまで経っても手先が温まってこないし、そのくせ首から上は妙に温かいと来たもんだ。
これは風邪をひいた可能性が高いんじゃないか。ああ畜生、勘弁してくれよ。何でよりにもよって俺の所に。
風邪の菌が目に見える大きさなら思いっきり殴ってやりたいところ。だが、見えない相手に業を煮やしても仕方がない。
こじらせてしまうと後々厄介なことになる。今日は暖かくして早めに休んでおいた方がよさそうだ。
駐輪所に自転車を止め、アパートの自室に向かう。ああ、寒いとこの道のりでさえすごく遠く感じてしまう。他の季節ではそんなことないのに。
一階だから、階段を登らなくてすむのはありがたいと言えばありがたいけど。
やはり温度が下がると動きたくなくなってくるもんなんだろうか。早く、早く家に。
どうにかドアの前までたどり着き、震える手で鍵を差し込んで捻る。ガチャリと鍵の外れる音がした。
外の寒さから逃げるかのように勢いよくドアを開き、そのまま中へとなだれ込む。
暖房も掛っていない室内は外と大して気温が変わらなかったりするのだが、風がないだけましだろう。
「……ただいま」
騒々しい帰宅をしたにも関わらず、薄暗い家の中はしんと静まり返っている。
玄関でおかえり、と出迎えてくれるような対応をあいつに期待しちゃいけないってことは分かってるけど。
何となく体調が悪いときでも、帰ってすぐに顔を見せてくれれば。少しは元気が出そうなもんなんだが。
ため息をついた後、鍵を閉めて靴を脱いで家に上がる。入ってすぐの台所を過ぎ、俺がリビングに足を踏み入れた時、ようやく部屋の隅でもぞもぞと動く気配が。
暗がりの中手探りでスイッチを探し電気を付ける。俺が帰ってきたことにようやく気がついたのか、タオルケットの上で丸まったまま、まだ何となく眠そうに顔だけこちらに向けてきた。
あまり寝起きが良くないらしく、ドアを勢いよく開閉する音ぐらいでは目覚めない。俺が隣を通る足音と、部屋に電気が灯った眩しさが合わさってようやく起き始めるくらいか。
緩慢な動きで立ち上がり、俺の方へふらふらとおぼつかない足取りで近づいてくる。
危なっかしいが、寝ぼけて転んだりしたのを見たことはない。バランス感覚は結構あるらしい。
眠気を残しつつも顔を見せようとしてくれている。少し遅れてはいるが、あいつなりのおかえりなさいの表現なんだろう、きっと。
透き通るような水色と群青の体色は見る者の心に清涼感を……っといけない。今はそんな涼しさも寒気になってしまいそうだ。
「ああ、シアン。なんか風邪ひいたみたいだから、あんまり傍に寄らない方がいいかも。うつるといけないから」
足もとまで近づいてきたグレイシア、シアンに俺はそう呼びかける。
人間の風邪がポケモンにも感染するかどうかは分からないけど、念のため近づきすぎない方がいいだろう。
シアンはぴたりと立ち止まると、俺の顔を見上げる。頭についている水晶のような飾りの両端から伸びている房が微かに揺れた。
風邪、と聞いて心配そうな表情……では見てくれてないな。大きな瞳がまだ三分の二ぐらいしか開いてない。今のところは睡魔の方が優先されているらしい。
そしてそのままくるりと向きを変えると、タオルケットの上へ戻ってうずくまってしまった。まあ、近くに寄らない方がいいと言ったのは俺だが、現金なやつだ。
まだ寝るのか、とため息が出そうになったが、俺が夕飯の準備を始めれば勝手に起きだしてくることだろう。食事はシアンの分まで一緒に用意しているんだから。
さっさと食事を作って、早いところ寝てしまおう。おっと、その前に手洗いうがいをしなくては。
風邪をひいてからでは遅いような気はするけど、症状を軽くするくらいの効果はあると信じて。
病は気からって言葉もあるし、心持ちも大切なんじゃないかな。マフラーを外して、コートと手袋を脱ぐと、俺は洗面所に向かった。
冷蔵庫に保存していたご飯を電子レンジで温めたのと、インスタントの味噌汁で簡単な食事を用意する。
本当はもっとちゃんと栄養のあるものを食べるべきなんだろうけど、あいにく体がだるくて料理する気になれない。
あまりお腹が空いたような感覚もしないのだが、とりあえず今は何か食べて風邪薬を飲んでおこう。
病院でもらったものじゃなくて、市販の奴だからあまり効かないかもしれないけど。何もしないよりはましだよな、うん。
おっと、シアンの食事も用意しないと。俺は一食分のポケモンフーズを計量カップにとって、皿の上に乗せる。
カップから皿へとポケモンフーズが落ちていく音で、シアンの大きな耳がぴくりと動く。眠くてもそういう所はしっかり反応するんだよな。
味噌汁とご飯とお茶をリビングの机に持っていき、その後でシアンの食事と水を床に置く。直後、タオルケットの上からシアンが起きだしてきた。
眠気よりも食事の方が優先度が高いらしい。俺の足元で、早く早くと言わんばかりに目を輝かせている。大きな瞳はもうぱっちりと開いていた。
ただ、俺がさっき言った言葉を覚えているのか、心なしか普段よりも距離を置いている。一歩後ろに退いた感じか。
少し前まで眠そうにしていたというのに、変わり身の早いやつだ。俺は机の前に腰を下ろすと、炬燵のスイッチを入れる。まだ冷たい。帰って来たときに入れておくべきだったな。
「……それじゃ、食べようか。シアン」
俺のいただきますの言葉が、シアンの中では食べてもいいという合図になっているらしい。
小さく手を合わせて、そう呟いてやると、待ってましたと言わんばかりにポケモンフーズを食べ始める。
食事を楽しみにしていたのはもちろんだろうけど、いきなりがっついたりはしない。味わうかのように少しずつ。
別にそうやって食べるように教えたわけではないのだが、なかなか上品な形と見えなくもない。
そうやってシアンの方をじっと見てると、俺の視線に気がついたらしく、どうしたの、とでも言いたげな目を向けてくる。
「いや、何でもないよ」
シアンは二、三度瞬きをしたあと、すぐに視線を皿の方に戻して再び食べ始める。
何というか、食事をしているシアンを見ていると何となく落ち着くと言うか。慌ただしくない食事なので、穏やかな気持ちになれるのだ。
割とシアンは俺から距離を置いていることが多いので、食事のときが一番近くにその存在を感じられる時かもしれない。
シアンは俺が一人暮らしを始めるにあたって、寂しいからという理由で実家から連れてきた雄のグレイシアだ。
下宿している俺の友人も、ポケモンと一緒に住んでいる奴はそこそこいる。たとえ言葉は交せなくとも、ポケモンが傍にいてくれるだけで違うもの。
もちろん俺もシアンのおかげで寂しさはかなり和らいでいるとは思うが、彼は氷タイプだからなのか割と冷めたところがあるのだ。
俺をトレーナーと認めて、ちゃんと指示は聞いてくれている。だが、それ以上はなかなか踏み込んでこない。
トレーナーはトレーナー、自分は自分、のような線引きが彼の中ではなされているようなのだ。
もともとイーブイの頃からそういった雰囲気はあった。俺が遊ぼうとして近づいて行っても、気分が乗らないときはぷいと首を横に向けてしまったり。
無理やり抱きかかえようとしたら、頭突きを食らったこともあった。最も、基本的なパワーが少なかったせいか痛い思いをしたのはシアンの方だったけど。
トレーナーにべったりではなく、ある程度の距離を保とうとするクールな一面。それがグレイシアに進化してからますます磨きが掛かったよう。
これはシアンの生まれ持った性格だろうし、俺も文句を言うつもりはない。
ただ、ポケモンと一緒の布団で寝たり、一緒に風呂に入ったりしているという友達が少し羨ましく思える時もあるのだ。
まあ、俺に懐いてくれている……かどうかは微妙なところか。ちゃんと言うことを聞いてくれて、こうやって一緒に生活出来てるだけでも良しとしなくちゃな。
さて、食事が冷めてしまう前に食べて、薬を飲んで休もう。炬燵はほんのりと熱を帯びてきたけど、どうも体の方は温もってきた感じがしない。
何となく漂う寒気も相変わらず。できるだけ考えないようにしていたけど、徐々に進行してきているんだろうか。……やめよう。懸念したところで治るわけでもなし。
今は隣のシアンのように、食べることに集中したほうがいい。俺は箸を手に取ると、少し冷めてしまった味噌汁を啜った。
食事を食べ終えて、俺とシアンの食器も片付けた。食事が終わればシアンはまたいつもの場所、タオルケットの上だ。
確かにこんな狭いアパートの中じゃあ、特にすることもないだろうしなあ。家のなかをうろうろしたって面白いものなんてないから、結局はそこに落ち着いてしまうのだ。
目は閉じていないが、床に伏せるような恰好でぐったりとしている。お腹も膨れたことだし、リラックスしているのだろう。
昼間たくさん寝たから夜眠れないなんてことはなく、シアンはいくらでも眠れてしまう便利な体質。横になっていればそのうち瞼が重くなってくるはずだ。
しかし、食べた後すぐこれではあんまり体によろしくない。その割には、どちらかと言えばすらりとした、グレイシアとしての標準的な体格を保っている。
寝ることは案外体力を使うみたいだし、ひょっとしたらシアンは眠ることでエネルギーを消費しているのかもしれない。
とはいえ、ずっと家の中では退屈だろし運動不足にもなるから、俺の風邪が治って元気になったらまた外に連れて行ってやろう。
今の季節はシアンにとって快適だろうし、きっと喜んでくれる。はしゃぎすぎて前みたいに近所の公園の芝生を凍らせたりしないよう、注意は必要だが。
さて。まずはこの風邪を何とかしなければならない。さっき市販の薬を飲んだけど、すぐに効果が現れてくれれば苦労はしない。
ああいう薬は本格的に症状が出始める前に飲んだ方がいいって聞いたこともあるしなあ。今日の風邪はいきなりだったからそんな対処ができるはずもなく。
色々と考えているうちに、脇に挟んだ体温計のアラームが鳴り響く。体温計なんて風邪ひいた時ぐらいしか使わないけど、あれば便利だ。
脇から取り出してデジタル表記を見る。三十七度六分か。俺の平熱が三十六度ぐらいだったから、これは熱があると考えていいだろう。
まだ微熱、と呼べる範疇だがもっと熱が上がる可能性も大いにに考えられる。時計はまだ七時を回ったところだけど、早いところ寝たほうがいい。
俺は手早くパジャマに着替える。風呂は……今日はやめとこう。シャワーだと湯冷めしたらいけないし。
軽く洗顔をした後、歯磨きを済ませる。頭がぼうっとするから、冷やしながら寝たいところ。
薬箱を漁ってみたが、残念ながら額に張れる便利な冷却シートは買ってなかった。仕方ない。水で濡らしたタオルで我慢しよう。
台所の蛇口をひねってタオルを湿らせる。食器を洗う時はお湯にしてたけど、今はそういうわけにもいかない。
冬の水道水は本当に冷たい。指先からじわじわと冷却されていく。これだけで風邪が悪化してしまいそうな勢いだ。
手をかじかませながらも、ぎゅっと絞ってちょうど頭に乗るような大きさに折る。冷却シートに比べれば随分見劣りしてしまうが、これでしばらくの間は冷やせるだろう。
リビングに戻ると、畳んであった布団を敷いて電気を消す。真っ暗にならないように豆電球の明かりは残しているので、部屋の様子は何となく分かる。
いつもよりかなり早い消灯が気になったのか、何事かとシアンが伏せていた頭を上げる。
薄暗い中でもちゃんと見えているのか、大きな瞳はしっかりと俺の方に向けられていた。
「やっぱり体調がよくないから、今日は早めに休むよ……。そういうことで、お休み、シアン」
あまり顔を近づけすぎないよう注意しながら、彼の頭を軽く撫でる。体温の低さは氷タイプ故か。
さっきの水の冷たさが残っていたとはいえ、俺の手よりもさらにひんやりとしていた。
だが、今の火照った体にはその冷たさがなんだか心地よい。もう少し撫でていたかったが、あんまり長時間触っているとシアンにとっては熱くなってくるらしいので、ほどほどに。
頭から手を離した俺を、何度か瞬きをして見つめていたシアンだったが、やがて再びタオルケットの上へとうずくまってしまった。
何を考えてるのかよく分からなかったが、早く電気を消されたことによる不満の声はなさそうだった。シアンも寝るみたいだし、俺も寝るか。
寝ている間に喉を傷めないようマスクをしてから、俺は布団にもぐり込む。入ってすぐの布団は炬燵よりも冷たいが、そのうち体温で温もってくるはずだ。
枕に頭を乗せた後、額にタオルをそっと乗せる。瞬間、ふっと頭が軽くなったような気がした。
ないよりはましかな、と甘く見ていたけどなかなかタオルもやるじゃないか。見直したよ。
寝がえりをうったらずり落ちてしまうかもしれないけど、それは仕方がない。これで少しは快適に眠れそうだ。
徐々に温まってきた布団の感覚に身を任せつつ目を閉じているうちに、いつの間にか俺は眠りに落ちて行った。
ふと、俺は目を覚ました。豆電球の仄かな明かりで照らされている薄暗い部屋が段々と浮かび上がってくる。
今何時だろう。どれくらいの間眠っていたんだろうか。枕もとの目覚まし時計に手を伸ばして時間を見る。まだ十一時前か。まだ明日にもなっていない。
寝よう。少し汗はかいていたが着替えなくちゃいけないほどじゃない。再び布団にもぐりこんで、仰向けになったところで気が付く。そう言えばタオルはどこ行ったんだと。
仰向けの姿勢のまま手だけ伸ばして周辺を探る。湿った感触が手の先に。あった。やっぱり寝返りをうったときに落ちてしまっていたようだ。
畳んでもう一度頭の上に乗せてみるが、当然冷たいはずもなく。中途半端なぬるさと湿り気がじんわりと。すっかり俺の体温で温まってしまったようだ。
これじゃ何もない方がましだな。俺はタオルを布団の端に払いのける。少しはましになったような気がしないでもないが、まだ体はいつもよりは熱い感じがした。
冷たいタオルは欲しかったが、そのために布団から出て寒い思いをするのも気が引ける。せっかく暖かくなった体をわざわざ冷やしに行くのもなあ。
仕方がないな、とあきらめて瞼を閉じた俺の額に、ふいにひやりと冷たい感触が。いったい何が起きたのかと、慌てて目を開いて辺りを見回す。
俺の右側にぼんやりと佇んでいる、水色の物体が。シアンだ。
いつの間に近づいてきていたんだろう。寝ぼけていたのか、あるいは自分のことで頭がいっぱいだったのか、全く気がつかなかった。
シアンが俺のすぐ隣に蹲って、尻尾を伸ばして俺の額に当ててくれている。
ひし形に近い尻尾の先は、丁度いい感じで額を覆ってくれている。氷タイプ特有の冷たさが伝わってきた。
「シアン……っ!」
起き上がろうとしたところ、尻尾で無理やり頭を押さえつけられる。
起き上がれない。アイアンテールを覚えられるくらいだし、尻尾の力は強いのかもしれない。
シアンが顔を上げて俺を見る。心なしか、睨んでいるようにも感じられた。病人は大人しく寝てろってことなのか。
ちょっと荒々しい気もしたけど、これは彼なりの気遣いなんだろう、きっと。
グレイシアの尻尾はこんなにも冷たくて快適なものなのか、という感動もあったけれど。
何かと俺から距離を置きがちなシアンが、こうやって近づいてきてくれたことが何よりも嬉しかった。
何考えてるのか分からない顔しながら、心の中では俺のことを心配してくれていたのかな。
彼の低い体温が、今の俺には安らげる冷却剤。タオルも悪くはなかったけど、これにはタオルにはない温かさもこもっている。
シアンの尻尾の冷たさが、俺の心を温めてくれていた。一度目が覚めてしまったけど、また落ち着いてゆっくり眠ることができそうだった。……ありがとう、シアン。
たくさん睡眠を取れば、目覚まし時計のベルがなくとも勝手に目が覚めるようだ。カーテンの隙間から薄い光が差し込んでいる。
俺がシアンとは反対側に寝がえりをうってしまったため、彼の尻尾は額の上に収まってはいなかった。
だが、それでもシアンは俺に冷たさを届けようと頑張ってくれていたらしい。まっすぐに俺の頭の方へ伸びた尻尾はそれを思わせる。
昨日感じていた気だるさや寒気はもう感じなかった。風邪は完治したと手放しでは言いきれなかったが、症状が軽くなっていることは確実だ。
布団から起き上がって時計を見る。まだ六時半か。大体十二時間近く。結構寝たとは言え、普段に比べれば大分早起きな時間帯。今日は余裕を持って朝食の準備ができそうだった。
勢いよくカーテンを開くと、眩しい朝日が室内を駆け巡る。起きだした俺の足音と、太陽の眩しさとでシアンも目を覚ましたようだ。三分の一ぐらいしか開いてない、眠そうな瞳が俺に向けられる。
「おはよう、シアン。おかげでかなり体調が良くなったよ、ありがとう」
元気になった俺を見て、安心してくれたのかどうかは分からない。俺の感謝の言葉に応じるといった様子もない。
何度か瞬きをした後シアンは立ち上がると、まだ夢の中にでもいるかのようなおぼつかない足取りで、いつも自分が寝ているタオルケットの上へと戻っていった。
昨日は昨日。今日は今日、というわけなのだろうか。こういった素っ気なさが何とも彼らしい。タオルケットの上に座りなおしたシアンだが、何やら尻尾の先をしきりに気にしている様子。
「……シアン?」
もしかしたら、と思い俺は近づいて彼の尻尾を手に取って見てみる。
そこは触られるのが嫌だったらしく、シアンが少し顔をしかめた。ごめんな。でも気になったから。
やっぱりか。尻尾の先端の群青の部分が少しだけ赤くなっている。ずっと俺の額に当てていたため、低温やけどをしてしまったのだろう。
シアンは平熱の状態でも俺の手を熱く感じていたことがあったぐらいだ。
軽く熱を出していた昨日ならば、なおさら熱かったことだろう。それなのに、俺のために。
「ちょっと待ってろよ……」
何だかいてもたってもいられなくなって、俺は早足で台所に向かい、薬箱の中をかきまわしていた。たしか、前に使った残りがあったはず。
風邪薬に目薬。絆創膏に湿布薬と、薬箱の中は煩雑としている。ポケモン用と人間用の薬は分けておくべきだなあ。分かり辛い。
後で整頓しておこう。お、あったあった。やけど直し。使用期限は……大丈夫だな。
夏にシアンがベランダの床でやけどをしたときに買ったやつの残りだ。
氷ポケモンだから寒さには強くても、熱さには弱いのだ。やけどには気をつけないと。
「やけど直しだ。じっとしてろよ」
チューブ式の塗るタイプだ。スプレー式のもあったのだが、こちらの方が日持ちするのだ。
指先に適量を取って、炎症を起こしているシアンの尻尾に塗り込んでいく。
やけどさせてしまったのは俺のせいではないのかもしれないが、一晩中看病していてくれたであろうシアンに対するせめてものお返しだ。優しい手つきでそっと。ありがとうの気持ちを込めながら。
「こんなになるまで無理しなくてもよかったのに」
若干呆れ気味な俺の声を聞いて、シアンはぷいとそっぽを向いてしまう。
気を悪くしたのか、それとも照れ隠しなのか。俺の手を尻尾で払いのけたりしてないから、たぶん後者だろう。
なかなか彼の考えを感じ取ることは難しいが、シアンにはシアンなりの俺との付き合い方があるのかもしれない。
時々距離を感じることもあるけど、それはそれでそんなに悪くないような気がしてきた。
少なくとも昨日の事で、俺とシアンの心はそんなに離れちゃいないと実感できた。
俺の風邪が良くなったのは、間違いなくシアンのおかげ。それは紛れもない真実なのだから。
「……ありがとな、シアン」
微笑みとともに再び感謝の言葉を伝えると、俺はそっと彼の頭を撫でた。
END
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-あとがき
たまには非エロもいいかなあと思い、執筆を始めました。久しく普通の物語を書いてなかったようなきがしたので。
グレイシアの尻尾で冷やしてもらえたらすぐに治りそう、という話をチャットでしたようなしなかったような。
とにかくほのぼのした雰囲気を書きたかったです。もちろんえちい方が需要はあると思いますが、非エロには非エロの良さがあると信じて。
【原稿用紙(20x20行)】 24.7(枚)
【総文字数】 8289(字)
【行数】 163(行)
【台詞:地の文】 2:97(%)
【ひら:カタ:漢字:他】 64:5:33:-2(%)
【平均台詞例】 「あああああああああああ、ああああああ」
一台詞:20(字)読点:24(字毎)句点:41(字毎)
【平均地の文例】 あああああああああああああ。ああああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああ。
一行:54(字)読点:39(字毎)句点:28(字毎)
【甘々自動感想】
心の機微が良く描かれていますね!
短編だったんで、すっきりと読めました。
男性一人称の現代ものって好きなんですよ。
一文が長すぎず短すぎず、気持ちよく読めました。
それに、地の文をたっぷり取って丁寧に描写できてますね。
「おはよう、シアン。おかげでかなり体調が良くなったよ、ありがとう」って言葉が印象的でした!
これからもがんばってください! 応援してます!
最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございました。
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