※全体的にグロ描写多めです、苦手な方ご注意ください
written by 慧斗
「ナバール、ナバールってば!」
夢見心地なeasy timeも携帯の着信音と早く起きろとしゃしゃり出て来て騒ぐグレースのデュエットの前に崩れ去った。
アラームはかけてないし、間違いなく昨日の一件だろう。
「…もしもし?」
寝起きで機嫌悪いのを隠してなるべく好青年を装いつつ電話に出る。
「昨日一連の事件の解決に強力してくれたのは君だね?」
「ええ、ところであなたはどちら様でしょう?」
「警察組織に所属しているシャウト、今はそれだけ名乗っておこう」
「今はってことは、別の時に全てを話してくれるんですか?」
「ちょっと駅前の喫茶店に来てもらいたい、そこで知っている全てを話すし知っている全てを聞かせて欲しい。もちろんコーヒーぐらいはご馳走しよう、モーニングサービスもある」
「ナバール、早く行こう!美味しい朝ごはん!」
こういう所だけ聞き耳立てていたらしい。
「分かった、すぐに行く」
グレースにつられて素が出たことに気付いたが、今更遅いと割り切って電話を切った。
身支度すら後回しに急いでチェックアウトした後紅蓮を走らせて、指定された喫茶店に入った。
そんなに大きな店ではなかったが、店主のリングマが穏やかな表情で淹れているコーヒーの香りには琴線に触れるものがある。
「こっちだ、朝早くからすまない」
奥のテーブル席に座っているタチフサグマに呼ばれて席につくと、既に水のグラスが用意されていた。
「お友達もご一緒か、少し話し辛いな…」
「こいつは昨日の事件の被害者だ、頭悪そうに見えるけど情報を集めるなら役に立つぜ」
「失礼な…!」
いらない子扱いとアホの子扱いを連続されて流石のグレースも怒ったらしい。
本編に関係はないのでほっとくか。
「ちょっと待ってくれ、君が、ナバール…?」
シャウトとか名乗ったタチフサグマは俺の顔を美術館の名画並みにじっくり見つめて来る。
「いや、まさかな。あいつはもう…」
「俺の顔、そんなに気になります?」
「すまない、ちょっと顔も名前も知り合いによく似ていたから…」
「…ポケ違いでしょう?」
「でも、もしかして君って…」
「すみません、私はカフェラテとモーニングパンケーキのセットで!」
いつの間にかグレースが注文を始めていて会話は強制終了、いらない子認定を内心撤回しつつ目に付いたカツサンドとコーヒーのセットを注文した。
「紹介が遅れたけど俺はシャウト、警察内の対UB特殊組織『TRIGGER』に所属している」
「トリガー?聞いたことない名前だな?」
先に届いたコーヒーを一口飲む。香りに見合ういい味だ。
「一応は秘密組織だからな、ここだけの話俺はあの月下団の元主要メンバーでな、それで警察にスカウトされてTRIGGERの意見役みたいなことしてるんだ」
「…ナバール、月下団って何?」
「かつてUBの襲撃と世界を守り抜きコガネリベリオンを起こして世界を救った悪タイプの組織だ、あのタチフサグマはそのメンバーだったらしい」
「月下団、TRIGGER、ルナトリガー…」
…こいつはシリアスやったら死ぬ体質か何かだろうか?
「月下団を知っているうえにその反応、やはり君はまさか…?」
こいつ、やたら俺のことを詮索ばかりしやがって…
よりによって月下団とはな…
「普通の親は子どもに当時の英雄の名前を付けて重い期待背負わせるじゃないですか?あれですよあれ」
「そうか、だったらすまなかったな…」
ちょっと冗談めかして返すとようやく信じたらしい。グレース相手ならまだしもここに来て月下団のメンバーとご対面は想定外だったが、何とか上手く行った。
「話は大きくそれたけど、昨日の話を詳しく聞かせてもらえるかな?」
咄嗟にカツサンドを頬張り、さりげなくグレースに説明を丸投げする。
ソースを塗られてもサクサクな衣と食べ応えのあるカツに胡麻を混ぜたソースとほんのり効いた辛子がベストマッチしている。千切りキャベツもいい感じだし、ほんのり焼いたパンはいい感じになって…
「―これが昨日の全てです」
カツサンドを堪能している間にグレースの説明も終わったらしい。
俺が話すよりもグレースに喋らせた方がメリットは大きい。
「そうか、ありがとう。ところで君は何か知ってることはないのか?」
「グレースの言ったことが全てだ、分かりやすく説明してただろ?」
「…擬音語と擬態語たっぷりな説明のどこが分かりやすいんだよ⁉」
どうやら想像以上に酷かったらしい。多分メメタァとか入ってたのかもな…
仕方ないので簡単に特徴を教えておいた。実質二度手間のような気分…
「そうか、特徴の情報が増えたのはありがたいな」
さっきまで取り出してもなかったメモに色々と箇条書きで書きこんでいた。
「ありがとう、これから観光らしいけど名物のラーメンは食べたか?」
どうやらこれで終わりらしい。それにしてもラーメンはかなりの人気らしいな…
「いえ、でも滞在中にはちゃんと食べようと思ってます!」
食欲旺盛にグレースが答える。とっくにパンケーキの皿もカフェラテのカップも空になっている。
「じゃこれ、調査に協力してくれたお礼だ。あんま外で言いふらすなよ」
100円引きクーポンを2枚渡された。比較的すぐに済んで助かった。
コーヒーと水を飲み干してグレースを先に店の外に行かせ、財布から千円札を2枚掴んで渡そうとしたら断られた。
「調査の一環だってゴリ押せば経費降りるから気にするな、じゃ」
入った時には気付かなかったが店の外の駐輪場には紅蓮の隣に黒いアルプトラオムフランメが停められている。
あれは確か紅蓮錦をモデルに警察や軍用に調整された量産型モデル…
ってことは原型機が見つかるとかなりヤバいじゃねーか…⁉
シャウトに気づかれないうちにショップカードを一枚拝借して店を出た。
「ナバール、そんなに急いでどうしたの?」
「ちょっと色々とな、とりあえず観光と洒落こまないか?」
急いでグレースをタンデムシートに座らせて発進して十数分。
昨日置き引きされた観光スポットの案内板には確か、この山道を登り切った先にちょっとした絶景スポットがあるとか書いてた気がする。
町中に行きそうな話の流れで撒くにも好都合だしそこでも行ってみるか…!
「いいね、行ってみようよ!」
「了解!」
信号が青になったのを見て一気にスロットルを回した。
天文台のある高台は夜の星空以外にも昼の眺めも良好だった。
各島を結ぶハイウェイができたり舗装されたルートもできたとはいえ、やはり紅蓮抜きでは来るのに苦戦しそうな場所だったけどな…
「わー、綺麗な眺め!」
推理アニメ映画ならこの天文台が爆破されそうな台詞と共にはしゃいでいる。
確かに景色はいいが、こんな程度で楽しめるのがある意味羨ましいような…
ってこの辺ポケセンもないのかよ、天文台は一応観光スポットらしいがまだ空いてないし…
「こっちに望遠鏡あるんだ、ってこれお金いるんだ…」
…この際これ使うか?
「ほらよ、見たいんだろ?」
「いいの?ありがとう!」
喜んで望遠鏡を覗き込んだ隙に、追加の100円玉を投入しておく。
昨日一日の様子を見ればこの手の望遠鏡に食いつくのは確定。
時間的に100円を追加しとけば数分は視線と動きを間接的に封じられるはず…
遮蔽物はなし、どっかで視界は切っときたいが崖下降りるか…
じんわりと急かされる感覚に駆られて数メートル下にあった崖下の茂みに飛び降りる。
「クソッ、寝起き0秒で駆り出して変に気を遣わされるお荷物同伴とか本当どいつもこいつも…」
つまるところ寝起きからの一番搾りを未だ出せずにいて、これからあいつに振り回されることを予想すると少々余裕がなくなってきた状況。
特別な訓練を受けてるとはいえシートに跨ってる時点でもじつきそうで少しヤバかったからこのタイミングを逃すのはかなりヤバい気がする…
二輪で旅してるからこういう場所でするのは慣れてはいるが、雌ポケモンと同行中なら話は別。だからこうして仕込みをしなきゃいけなかったんだが…
ホルスターにかからないようにずらしてから毛の中に隠れていた肉棒を取り出し、茂みに狙いを付けてうずく欲望を解放した。
「ふぅ…」
琥珀色に近い奔流が弧を描いて草に乱反射しながら茂みを濡らしていく。
追い風で跳ね返る心配もこんな現場を見られる心配もない。
我慢を重ねていた解放の快感と、マーキングにも近い征服感が本能を刺激して思わず吼えたくなる。
この辺もガキの頃からの経験で癖になってしまっているのは否定できないが…
…あんま考えない方がいい、あいつに変に勘付かれても面倒になる。
なんてことを考えながら一分ぐらいすると完全に出し切れた。
雫を切ってからホルスターを戻し、望遠鏡の稼働時間を考えつつ元の位置に飛び乗った。
解放の快感が抜けきらずにちょっとハイになってて飛び上がり方ウッソジャンプみたいになったけど、あいつ見てないうちに内心のハイ戻さねぇと…
「ありがと、すっごくいい眺めだった」
「…そうかよ、けどここなんもないしどっか別の場所行こうぜ?」
「別の場所って、どこかあるっけ?」
「…そりゃ、歌の練習できる場所だろ。夢叶えるなら街頭で歌うのが一番…」
「でも正直なところ今自信なくって…」
「?」
急に何があったというのか、昨日聞いた感じは普通に好みだったけどな…
「それが昨日、ナバールと話してから少し不安になっちゃって。私の歌でストリートシンガーやってもあんまりお金貰えなかったし、実際今の状態じゃ足りないのかもって…」
「理想と現状の比較、か…」
「だったらストリートシンガーやるより練習してみたらどうだ?」
「カラオケ、行くにはお金もあんまないから…」
「…もういい、早く乗れ」
シートに跨ってUSB型の起動キーを差し込んでエンジンをかける。
「早く乗れって、まだ話が…」
「いいから早く乗って道教えろ、部屋代ぐらいなら俺がなんとかする」
「やった!」
そっけないような態度が一変して大喜びで座ってきた。物欲に正直すぎるな…
下山ルートに入って数分した頃、中腹辺りでグレースが俺に話しかけてきた。
「…ねぇ、ちょっとごめん。この辺で停めてくれる?」
「どうした?ポケストップでも近かったか?」
「いや、そうじゃなくて、からここで停めてって…」
後半が口ごもるようになって上手く聞こえない。
「どうした⁉運転中聞こえにくいからはっきり言ってくれ!」
「おしっこしたいからここで停めてって言ったの!」
…なんか、雌ポケモンの口からおしっこって単語を言わせたことについてはは内心謝る…
「この辺なんもないけど大丈夫か?山降りたらコンビニあったから飛ばせば5分で着くけど…」
「ううん…」
もじつきながら顔赤らめてる辺り5分も持たないらしい、詮索しないがお前も一番搾りな感じか?
「…分かったよ、この辺で待っとくからごゆっくり」
「ナバールも一緒に来てよ…」
…俺の耳とこいつの頭、狂ってるのはどっちだ?
「なんで」
「…我慢できないけど、こういうとこでするの、誰か見ててくれないと恥ずかしいから…」
「普通逆だろ」
「いいから、お願い…」
「…はいはい」
本気でヤバいらしいしシートの上で漏らしてシートがぐっしょりされても困るのは俺だ、仕方ないか…
「この辺りでしようかな…」
この辺り、なんか見覚えある茂みだな…
「この辺の草、朝露に濡れててここならばれないかも…」
…悪ぃ、それ多分朝露なんて綺麗なモンじゃないと思う。というかこっち向くな。
「離れないでよ!見ててもいいから、というかずっと見てて…」
「離れはしないからごゆっくり!」
予想外の催促に内心困惑しながらも携帯をいじって待機するか…
「んっ…」
しゅいーっという水音が聞こえて始まったことを察した。
気持ちよさそうな顔を見るのも気まずいし、目を背ければ後々面倒なことにもなりそうだし、俺どこ見てりゃいいのか…
足元でも見てるのが最善かと考えていると、ふわりと柔らかくも力強い風が吹いて、草を揺らした。
揺らいだ草の隙間から青い下半身が覗き、その隙間から金色の激流がねじれながら勢い良く流れている。
何か言おうかとも思ったが、あまりにも気持ちよさそうな様子とか諸々を考えてすっきりするまで黙っておくか…
「ありがと、さっきの喫茶店で色々飲みすぎちゃったみたい…」
「我慢させて悪かったな、はぐらかしてもいいから次は早めに言えよ」
携帯を操作してからティッシュで拭っているグレースに答えておく。
「ナバールもおしっこしたくなったら気にしなくていいからね」
それならさっきの200円返せよ…
「…何だったらこのお礼に手伝ってあげるからさ?」
「…はいはい、ってなるか!」
慌てて止めたが、何故かしたり顔から一変して残念そうな表情をしてみせる。
「…別に半分は私の好奇心だから恥ずかしがらなくていいんだけどね、とにかくこのお礼はいずれするから」
「お前見てるとマグマラシのジレンマ理論が崩壊しかねないな…」
諸々用を足し終えたグレースが戻るまでに携帯の動画と地図をざっと確認しておく。
ルートと店の時間の条件はクリア、それとなく仕掛けた撮影モードもそよ風のいたずらあるいは恩恵をしっかり受けて例の部分まで鮮明に撮れていた…
「俺もいつかの一件以来だし、あいつと同類かもな…」
無意識に動画を保存して紅蓮を乗りやすそうな位置に移動させて待つことにした。
色々精神的に大規模な寄り道もしたが、どうにかいい感じのカラオケボックスに到着。
というよりショッピングモールの中に店があるらしく、買い物に来たように見えなくもないな…
ビークル用品の売り場からショッピングモールの中に入り、エレベーターを待っている間にぼんやりしているとツーリング用のヘルメットが並んでるのが見えた。
後でサイズ調べて買ってやるか、なんて考えている自分に驚いていると危うく乗り遅れかけた…
「フリータイムオトナ2名ドリンクバー付きで頼む」
「かしこまりました、機種はどちらになさいますか?」
「…練習用に採点厳しめの機種で」
「それでは102号室へどうぞ!」
久々のカラオケボックスに少しテンションが上がる。
「それじゃ私先に歌っていい?」
「なんで許可取る必要あるんだよ、さっさと歌え」
優しいのか無愛想なのかわからない表情のままデンモクをいじって採点モードを入れて私に渡してきた。しかも一番採点厳しいやつ…
「カラオケの点が全てじゃないにせよ、それなりに点数出せなきゃやっていくのも難しいだろうからな…」
偉そうに当たり前の知識ひけらかして来るナバールの視線がどこかに逸れて語尾もゆっくりフェードアウトしていく…
「…どうしたの、偉そうなこと言っといて」
「おい、あれ…」
指差す先を見ると、【アンブレオン社主催 カラオケコンテスト】と書かれたポスターが貼られていた…
「えっ、このコンテスト優勝や社長の目に留まるとデビューに最短ルートで到達できるって噂の…!?」
「ただのカラオケ大会がそんなすごいのか?」
「本当何も知らないんだね、このコンテストはアーティストを目指すポケモンには公開オーディション的なすごいチャンスなんだから!」
テレビ番組としても高い視聴率もあるし、大物アーティストだってこのコンテストがきっかけだったと聞いてる。それがこんな場所で出会えるなんて、家出してここまで来て良かった…!
「コンテストは明日、当日の昼間でなら飛び入り参加のエントリーもOKらしいな」
「明日か、上手くできるかな…」
あんなプロだらけの会場でそんなに上手くやれる気がしないよ…
「…だから今日は練習に来てんだろ」
呆れ半分と言わんばかりの表情で、コーラ飲みながらきっぱり言われた。
「優勝できるかなんてやってみなけりゃ分からないし、参加して世界を知るだけだけでも有意義なんだから今はグレースにできること頑張れよ」
…無愛想だったり優しかったり、一体本当の姿はどっちなのかな?
何故かさっきまでの刺々しかった心が丸くなってることに私自身が内心驚きつつ、デンモクで曲を検索した。
「~♪」
マイクスタンドにマイクを立てて前奏でリズムを合わせて歌い出す。どうせならいきなり好きな曲熱唱して鼻を明かしてやるんだ…!
「ぶれーくあうとめざめよーきのーまでのあたしじゃいられなーい」
サビもいい感じだし、このまま決めちゃうからね…!
「どんすとっぷびーてんえむあーっぷ!」
予想に反してナバールは静かに聞いてたどころか歌い終わると静かに拍手してくれてた。
しっかり聞いてくれてたし、謎に律儀というかなんと言うか…
「声の質は良かった」
「…それは、どうもありがとう」
「けど音程正確率高くないというか、所々外してないか?曲と歌い方の相性が悪いというか、アップテンポで音程激しく変わりまくる曲と合ってないというか…」
「そんなこと貴方みたいなにわかが偉そうに言わないでよ!」
言い方がいちいち気に入らないと思って言ってはみたけど、終奏後に映し出された採点結果を見て驚いたのは私の方だった…
「ウソでしょ!?あんなに気持ちよく歌えたのに84点なんて…」
「…一回曲変えてやってみな、アップテンポで音程細かく変わりまくる曲よりはテンポが安定してて一音一音が長めなロングトーンを重視する曲なら相性いいはずだぜ」
「…なるほど」
なんか音技使いそうに見えないのに選曲センスが私より詳しいことに内心驚きだけど、物は試しだし一度ぐらい試してあげようか…?
頭の中で色々条件に合う曲を探していると、ふと一つの曲が頭をよぎった。
小さい頃は好きでよく歌っていたけど、悲しい別れの時に歌いながら見送ったせいでそれ以来歌うのが辛くなってしまった曲。
あの子は今元気かどうかも分からないけど、他にいい曲も思いつかないし歌ってみよっかな。
「翼を広げて、とか歌ってみようかな」
「…ロングトーン多めならいいんじゃないか?」
エンタメ詳しくなさそうなのにあんな提案したの…?
とりあえずデンモクで原曲キーを選択して転送した。
「なーつのーおとしーもーの」
久々でうろ覚えにはなるけど、案外歌詞も忘れてなかった。
「つーばーさーをひーろーげてーたーびだーつきーみにー」
サビに入った時、ナバールの表情が急に変わった。
まるで何かを思い出したような、そんな表情の理由が気にはなったけどそのまま歌い続けた…
「89点だって、どう?私だってやればできるでしょ?」
「…そうだな、そしてありがとな」
認めてはくれたけど二言目が妙に引っかかる…
「?」
「いや、昔聞いてて好きだったけど曲名知らなかった曲、それが今つながったからよ…」
「あぁ、たまにそういうことあるよね…」
「それだけだ、この礼は後でする」
「…そりゃどうもご丁寧に」
なんかあるあるではあるけど、ここまで律儀な対応されると無愛想からの温度差で火傷しそうなレベル…
「じゃあ次の曲を選ぶから…」
「いや、もう一度だ。音程のズレを修正するためにも音程が正確になるまで続けるぜ」
「そんなぁ…」
聞きたいだけじゃないかとも内心思ったけど、どこかまんざらじゃないままに練習を始める私がいた…
「ねぇ、私ばっかり歌うのも飽きたしなんか歌ってよ?」
まだ10回も言ってないのに値を上げたか、俺に言わせりゃ持続力E、やっぱD程度だな。
だが慣れてないのに喉潰しても困るのも事実か…
裁量を考えていると携帯が独特の着信音とバイブレーションを刻んでいた。
このタイミングでUBかよ、距離300メートル北西、数は2体…
「今何曲予約入ってる?」
「えっと、5曲かな…」
4分強×5、採点結果とか諸々考えれば20分は稼げる。
「そうだな、それ全部歌ったら大サービスで聞かせてやるよ」
「そんなにもったいぶる程上手いの?」
「どうだろうな、適当に昼飯頼んでいいから暇なら先食っといてくれ、じゃ」
「やった、いっぱい食べちゃおっと…!」
「…代金は常識の範囲内で頼む、部屋代払えなくなったらお前の体で払うことになるからな」
「えっ⁉もしかしてエッチな⁉」
「いや腎臓で」
「そっち⁉」
「一つぐらいなら大丈夫だ」
冗談だ、と言い間違えた気はするが自然な流れで部屋を出られた。余裕はあまりないしさっさと片付ける…!
部屋から出てすぐの廊下には監視カメラはなし、外の非常階段は電子ロック付きの扉こそあるが直に外に出られるエリアがあるのはありがたい。
「最も電子ロック自体あってないようなものだけどな」
携帯を開いて5を3回入力してからエンターキーを叩いて閉じ、扉の電子ロックに触れると、始めから鍵がかかっていなかったように静かに扉を開けて俺の通行を許した。
アンブレオン社とはいえ携帯にジャミング機能搭載なんてどう考えてもオーバースペックだが、俺にはこの方が都合がいい。
残念ながら色々詰め込んでるせいでスマホ型にはできなかったけどな…
自動ドアを通る時に比べりゃ開閉センサーを気にしなくていいだけマシ、外付けの階段から地面に降りて目標ポイントに向かう。
過去にもUBの出撃データはあったし、月下団がUBと戦った話も知ってはいるが、情報によるとその時よりも異常に強くなっているらしい。
過去のメンバーが警察に所属しても苦戦しているのもその辺りだとすれば無理もないか…
両足にホルスターを装着してショルダーバッグから鞘付きナイフを二振り取り出しジョイントにセットする。
アンブレオン社製の特殊戦闘用ナイフ、ヒートジョーカー。
合金由来の名前らしいがあんまりナイフっぽくない名前ではある。
毛深くて毛ふくれもする体質柄普段から装着しても隠してはおけるが、グレースが警察を呼んだせいで外さざるを得なかった。
素手でも倒せるには倒せるが、時間がかかる手前武器はあった方が楽なのも事実。
敵は雑居ビルの屋上にマッシブーンとその上空にカミツルギの2体、やっぱ装備して正解だった。
「………!」
マッシブーンが反応した、奴は遠距離攻撃手段を持たないが俺が下にいるなら物を投げてくるケースもある。
俺の間合いを考えてもやっぱ懐に潜り込むのが正解だな…!
空調パイプが投げつけられる直前に外付け階段に向かって飛び移って正解だった。さっきまで俺のいた場所に突き刺さってやがる…
「……⁉」
「一手遅かったな!」
驚いてる隙に階段を駆け上がってZ軸は同位置にこぎつけた。戦闘力が上がっても知能は上がってないとは所詮脳筋か。
挨拶代わりに飛んできたインファイトをとんぼ返りで躱しつつ、腕を蹴りつけて牽制。
並のポケモンなら使い物にならない程のダメージは入る手応えでも少しよろめく程度とは、脳筋なだけのことはある。
上からの殺気にヒートジョーカーを抜いて逆手に構え、左手でマッシブーンを威圧しつつ右手は順手に投げながら持ち替え、上空からの風の刃を切り払う。
斬撃特化UBのカミツルギ、遠距離技で援護する程度の知能はあるらしい。
「だが援護する相手が弱いらしいぜ!」
この瞬間を隙と見てマッシブーンが突っ込んできたがそれも読めている。
右上の腕を逆手の刃先で内側から横に裂きつつ、左腕を上から重量も合わせて二本同時に叩き斬り、そのままがら空きになった左胴の急所に深く突き刺した。
「あと一匹…!」
上空に目をやりつつ左手から右手に持ち変えて狙いを絞る。
刃先をホールドして構える無回転投法、赤熱化させれば一撃で…!
投げつけたナイフは最短距離で飛び、カミツルギの斬撃にもぶれることなく急所に突き刺さった。
死体は二体とも爆発、残ったヒートジョーカーが重厚な金属音を立てて屋上に落ちた。
ジャミングの効果で証拠も残らないしあとは回収したらこのまま…
ホルスターに戻してこの場を去ろうとした瞬間、遠方からの殺気を感じてサイドステップで移動。
さっきまで俺のいた場所に何かが直撃して破砕された音がする。
携帯の様子を見る限りUBの反応はなし、ビルのオーナーが怒り心頭って感じか?
それなら屋上を砕く理由もないし、敵はUB以外でビルには関係なし。遠距離攻撃とはちょっと厄介だが心理戦で炙り出すか…
「そこにいる奴!大体正体は読めてる、俺を倒したきゃ近づかなきゃ有効打は与えられないぜ!」
これで何らかのリアクションがあればいいが、できないような低能ならどう倒すか…
バッグから念のためスタンバイをかけておき、周囲に対して二撃を警戒していると、ビルの下から文字通り飛び上がるような羽音。
「くらえ!」
「⁉」
飛翔する物体を咄嗟にヒートジョーカーで斬り捌くと周囲から破砕音がした。実体のある攻撃か…
「随分と物騒なご挨拶だな、お前がここの下の階の住民で安眠妨害だって言うなら謝るぜ」
文字通り飛び上がってきた敵は緑翼に緑のフード、ジュナイパーか?
「僕は翠矢の狙撃手シャルフ、恨みはないが君に勝負を挑ませてもらうよ!」
「…悪ぃがちょっと今急いでてな、しばらくそこで待っててくれるか?カラオケの勝負なら今すぐ受けて立てるが」
「君この後カラオケ行くの?というより目と目が合ったらポケモンバトルは礼儀でしょ!」
「今ちょっと野望用で連れ待たせてんだよ」
「ってさっきからずっと僕に目線合わせてくれてないよね、誰かと目を合わせて喋れないタイプ?」
「余計なお世話だ、あと10分で戻らなきゃ…」
「その心配してる暇はあるのかい?」
こいつ、俺を意地でも素通りさせるつもりはないらしい。
「…しゃあねぇな、大サービスしてやるが一つだけ教えてくれ。ここからショッピングモールのカラオケボックスまで歩いて何分ぐらいだ?」
「そうだな、君の足なら3分ぐらいだけどそれがどうかした?」
「じゃあ帰りは自販機でなんか買って帰れるな」
「なっ…⁉」
「生憎お前に関わってる時間も倒すのにかかる時間もないんだよ、オレン君」
「…オ、オオオ、オレンだと⁉」
とどめの一言で表情が一気に怒りに歪んでいくのが見えた。
「しいぃねえぇ…!!」
私怨のような殺意のこもった矢を切り捌きつつ、次の動きを予想する。
奴のメインウェポンは強力だが所詮は矢。一撃と射程距離は強力でも連射能力や近接時の迎撃力では弱点が目立つ。
だったら懐に飛び込んで一撃で決める…!
「どこで僕のナード時代の蔑称を…⁉」
「顔に書いてるぜ!」
影を炎で照らして躱しながら接近、ヒートジョーカーで斬りつけようとした瞬間、黄緑の光が刃にぶつかって拮抗する。
「生憎だけど僕は近接戦闘もお手の物なんだよ!」
「リーフブレードか、だが踏み込みは甘いらしいな!」
ナイフによる攻撃とリーフブレードによる迎撃、刃渡りと間合いの関係も相まって互いの距離は一定に保たれている。やみくもに時間を潰すのは面倒だが俺が間合いに入るには追いかけっこに講じる他ないらしい。
だがリーフブレードは俺のヒートジョーカー一本で拮抗勝負。もしここで二刀流に変えればそこから先は想像に難くない。
左ホルスターからヒートジョーカーを軽くホールド、鍔を弾いてリーフブレードを振るう右の羽根にぶつけ、体勢を崩した瞬間に踏み込んで右で一閃。
「…ッ!草の誓い!」
咄嗟に炎を纏ってダメージは防いだが草の誓いで迎撃するとはな、アウトレンジに逃げられたか…
「これで僕は君を一方的に狙い撃つだけ、勝負あったね」
「そういうセリフは矢を構えて言えよ、折角のムードがしらけるぜ?」
勝ち誇った様子で矢を構えようとして、目を丸くした驚愕の表情に変わる。
「どうした?撃たないのか?」
「まさかお前、さっきの攻撃は僕の影縫いを封じるために…⁉」
フードの左紐、つまり利き腕で矢を射るための弦は切れてなくなっている。
「そういうことだ、勝負あったな」
「まだ諦めるものか、リーフブレード!」
メインウェポンを失っても苦手な接近戦で突っ込んで来たことに内心呆れはしたが、それでも一手でカタを付けられる。
「炎の誓い!」
草のエネルギーが舞っていた屋上に炎が渦巻き、屋上は一瞬で火の海と化した。
「馬鹿な⁉いつの間にこんな仕掛けを…⁉」
「お前の攻撃だよ、誓い技を連続で撃ったのは初めてだが草と炎で火の海を作れるとはな」
リーフブレードも炎に阻まれて下手に接近できず、草の誓いを撃っても火に燃料を注ぐだけとなり打つ手もないまま炎から逃れようとするのが精一杯らしい。
「4つ目の技を打てない辺り、大方ポルターガイストだろ?あれ屋内じゃなきゃ使えないからな」
驚きがさらに追加されたような顔に変わった。動揺を隠すのは苦手らしい。
「お前の打つ手なしだ、さっさと降参しろよ」
「いや、君にだって打つ手はないだろう?」
「おいおい、このフィールドが火の海になっているのを忘れたか?」
炎が少し激しく燃え上がった。
「火の海は炎タイプ以外に毎ターンスリップダメージを与えるフィールド、このままにらみ合ってもお前が焼け死ぬのも時間の問題だぜ?」
「くそっ、結局僕の負けか…」
降参を認めたと同時に火の手が消えて少し焦げた屋上に戻った。UB被害よりボヤ騒ぎの方が心配なレベル…
「まぁ寄り道してる余裕がなくなっただけ大したもんだよ」
「…やっぱり君は強い、僕が5年鍛えても君の足元にも及ばなかったのに」
焼け跡土下座状態で変なことを言い出した、暑さで頭やられたか…?
「俺お前なんて知らないけどな、ポケ違いだろ」
「…それは嘘だ、君たちの種族はタマムシレクイエム事件で戦った英雄であり名優のナバールが死んだのを最後に絶滅したと言われてる。それなのに生きてる個体なんて見間違えるはずないよ」
こいつ…
「俺がナバールだ、じゃ」
「だったら!英雄の名を持つ生き残りなら、UBからこの町を守るために戦ってくれよ!」
「…」
「…俺は都合のいいヒーローじゃない、名前とか種族が同じだからって勝手にお前らの都合で勝手に期待したり使命を押し付けんじゃねぇ!」
無意識に奴の首を掴んで叫んでいた。
「…僕だって、僕だってUBと戦うために君には及ばないまでも力を付けたんだ、なのに君が戦ってくれなきゃ戦力が減るのは間違いないじゃないか!」
「…もう疲れたんだよ、戦ったところで何も守れず傷つけるだけの俺自身に」
「そんなことない!君は…!」
「なりたいなら好きにヒーローごっこでもやってろよ、その程度の腕なら警察組織に志願すりゃエース級だろうぜ!」
白い腹部を一発殴りつけ、ヒートジョーカーを鞘に戻してビルから地面に飛び降りた。
寝覚め悪くなったがフードの弦も少し休めば再生するだろうし正直可哀想とは思わない。
色々機嫌が最悪になっちまったが、あいつの前に戻った時、平静を装えるようにしないと勘づかれるとマズい。
時間に余裕がなくなったことに気づいて、急いで非常階段からショッピングモールの中に入った。
「…上手く歌えてるか?」
「うん、ちゃんと歌ってたよ」
本当は目を盗んで好きな曲を歌って気分転換したけど、バレてないよね…?
「…そうか、確か俺も何か歌う約束だったな」
なんか戻ってきた時の表情がすごく機嫌悪そうなんだけど、クレーンゲームで3000円使っても取れなかったりしたのかな?
気にはなるけど、下手な詮索したら怒ってきそうだしここは我慢しなきゃ…
「…じゃ、これ」
スピーカーから疾走感のあるシンセサイザーのイントロが流れ始めて、曲の格好良さへの高揚感と共に、本当にうまく歌えるのか疑わしくなってきた…
「乾いた冷たい風」
マイク越しに響く歌い出しから正確かつ声量あるボイスに疑惑が吹っ飛んだ。
「全てはスタイル飛び方次第」
サビの高音も見かけによらず表現力もありながら平気で連発してるよ…
「君を忘れない!」
高音をロングトーンを平然と出し切り、96点の採点結果を見てからナバールはそっとマイクを机に置いた。
「…なんか悔しいどころか自信なくしそうなぐらい上手いんだけど、音楽関係の仕事してたとか?」
「…いや、趣味でコピーバンドやってた時の十八番。TAK枠だったしこれソロ曲だから披露する機会あんまなかったけど」
確か羽ってTAKじゃなくてKOHの曲だったからあべこべじゃ…?
「そんな訳だ、とりあえず95点はないと大会で好成績は狙えない。昼飯は好きなの食っていいから95点越えるまで特訓だからな」
「えぇ…」
「激しくない曲なら気分転換に歌っていいから、それでお前は何頼む?ここピザもあるらしいぜ」
「ピザ⁉だったらチーズたっぷりか照り焼きのやつ!」
「はいはい、どっちも注文だな」
「えっ…?」
「ただし俺にも食わせてくれ、動機がやけ食いで悪いが一緒にさせてくれるか?」
「…もちろん!」
カラオケボックス特有の長くて大きなテーブルは料理とドリンクで埋め尽くされた。
照り焼きピザと3種のチーズピザを同時に頬張るのがたまらない。
ポテトとから揚げも揚げたてサクサクだし、オムライスもふわふわで最高過ぎる。
ナバールも無心でジャージャー麺にがっついてるし、高級じゃなくても美味しいもの食べてるこの時間が幸せだなって感じられる。
「そのジャージャー麺って、美味しい?」
「美味いけど、ちょい辛いけど大丈夫か?」
さりげなく丼を差し出してくれたのでピザの件もあるから迷わず麺をすすった。
ひき肉が少しピリ辛だけど昨日のチョリソーに比べたら全然いける辛さで美味しい…!
さっきはケチくさいこと言ってたけど、昨日のファミレスといいなんだかんだ言って気前いいのかな?
「デザートは?」
「ハニートースト!」
「ジャージャー麺もう一つ追加して、俺もアフォガード頼むか」
「もうちょっとジャージャー麺分けてくれる?」
「気に入ったのか?よかろう」
なんかまんざらでもなさそうな顔してる。無愛想か優しいのか全然分かんないけど、もしもこの時間を楽しんでくれてたら嬉しいけどな。
3分の1のジャージャーな麺類を分けてもらってハニートーストを待ってる間に気分転換しようかな。
何ならちょっとおふざけた感じの曲でも…
危うく曲名を打ち間違えながらもデンモクで転送。曲名にもなってる楽器の前奏が流れて…
「やらないか…」
しまった、原曲で行くはずがついいつもの癖でやってしまった。
どうしよう完全に雌としてはしたないとかお母さんに怒られそうなぐらいヤバいことになってるよ…
「よくあるよな、間違えて前奏の間に歌い始めちゃうミス」
「えっ?」
「俺も客の前でやらかしたことあって焦ったからな、明日しないように気を付けようぜ」
バニラアイスを食べながら優しいフォロー入れないでよ…
なんか、その、無愛想だって分かってるのに鮮やかさのギャップで余計にドキドキしちゃう…
「なぁ、ちょっと変なこと聞いていいか?」
失敗してフォローされて複雑な気分になった気分転換の後、練習に戻っていると合間でナバールが聞いてきた。
「変なことって前置きされた質問をされたいと思う?」
「…悪ぃ、やっぱ忘れてくれ」
「…ごめん冗談だから、無理なら無理って言うから言ってみて!」
結構しゅんとしてる様子に慌ててOKしてみたけど、なんか昨日のデジャヴ…?
「…もし世界を守るために戦ってるヒーローがいたとして、敵の世界征服計画が秒読みで今すぐ戦わないと世界が敵の手に堕ちる状況だがヒーローが満身創痍でまともに戦えない状態だとする。もしお前がヒーローに何か声をかけられるとしたらどうする?」
「予想のはるか斜め上を飛んで行ったというか、道徳の授業みたいというか…」
「道徳?そんな授業あるのか」
まぁ意外と世間知らずだとは思ってたけど、さっきの反応を考えると多分訳ありだよね…
どう答えるべきか、そもそも私を試してるのかも分からないけど、思ったこと言ってみるのがいいのかな…
「…だったら、今は休んでねって言うとか、敵の作戦を邪魔して時間を稼げるなら稼いでみるとか、ヒーローがちょっとでも休めるようにしてあげるかな」
「…その理由は?」
「ヒーローだって頑張ってるのも事実で私だって助けてもらったことがあるかもしれない、だったらこんな時こそ何かできることして恩返ししたいかな。少なくともここで急かしたりするのは一番やっちゃいけないことだと思う…」
「…」
黙り込まれてもこれ以上何かリクエストされてもさすがに限界かも…
「…晩飯は朝聞いたラーメン屋行こうぜ、チャーシュー多めの特製中華大盛りまでなら奢る」
正解、だったのかな…?
「混むらしいから早めに95点超えてくれよ?ほら写真もあるぜ」
さらっと流されたことに内心むっとしながらも、携帯で見せてくれたラーメンの写真はこってりしたスープにチャーシューがいっぱいでとても美味しそう…!
「まだ時間あるとはいえ、行列できるらしいから早めに行かなきゃ相当並ぶことになるかもな?」
「…ちゃんと頑張るから、お店空いてる限りは連れてってね」
「当たり前だ、そう時間もかからないだろうし、しっかり苦手なとこ補強しながら行くぜ!」
「95.019、頑張ったな」
もう何回歌ったか忘れたけど、17時前にグレースは95点の壁を突破した。
「やった、私やったよ…!」
滅茶苦茶嬉しそうに画面を撮影している。あんな暗いの撮影難しいのにな…
「とりあえずお疲れ様だな、フリータイム内で終わったしちょっと買い物したらラーメン食べに行こうぜ」
受付券を取ってドアを開けた時、二匹揃ってドカ食いしたことを思い出してちょっと財布が痛む未来に胸が痛んだ。
金銭的な余裕あるとはいえ、5桁行ってなきゃいいけどな…
「まだ時間あるし、ちょっと寄り道しようぜ」
「ここって、モーター機器のお店?」
「あぁ、ここにいい感じのがあったから…」
カラオケ連れてってくれたから贅沢は言わないけど、私免許持ってないしアルプトラオムフランメもお父さんじゃないから詳しくないんだよね…
「お前のヘルメット買っとこうぜ、こういうのはちゃんとしたの買った方がいいからな」
ヘルメットか、そういえばナバールは被ってたけど私はタンデムシートに座ったまま直に風を顔に感じてたっけ…
「別にこんなのでいいよ、そんなにお金かけちゃ悪いし…」
手近なピンク色のヘルメットを取って見せると、ナバールは首を横に振って棚に戻した。
「安全基準がアルプトラオムフランメ用じゃない、それにあの形はマズルきついぞ」
「そっか…」
安全基準どうこうは分からないけど、マズルきついのはちょっと嫌かも…
「これとかどうだろうか?色とかデザインは後で考えるからちょっと被ってみてくれ」
被らされたヘルメットは意外と苦しさもなくいい感じだった。声は通るし視界もクリアだけど硬さもしっかりあってぴったりの大きさだった。
「いいかんじ、苦しくないよ」
「そうか、俺のと基準は同規格だから安全性は自信ありだぜ、あとは色とかデザインの好みはどれがいい?そのシリーズはこの棚だが意外とデザインもあって悪くないな…」
色々棚に並んでいるけどどれも格好いい感じのデザインばかりでいまいち好みじゃない。
この中から選ぼうと思った時、ふと棚の鏡に写っている私はヘルメットを被ったままだったことを思い出した。
自然すぎて忘れかけてたそれを脱いでみると、ホワイトのベースにスカイブルーのラインが差し色に入っているデザインだった。被ってることに違和感ないぐらいぴったり…
「最初に被らせてくれたこれが一番好きかも」
「それでいいのか?時間はまだあるからゆっくり選んでくれても」
「…これがいい」
「はいよ、ちょっと待ってな」
ヘルメットなんてついさっきまで気にも留めなかったけど、選んでくれたのが好きな色だっただけでこんなに親しみ湧くなんて、私どうしちゃったんだろう…?
「すぐ被るから洒落た包装はなしだぜ」
「うん、それでいいよ」
紙袋に入れられただけだけど、なんかこんなの初めて…
慌て過ぎたのか大遅刻か怪しいクリスマスがやって来たような気分でショッピングモールを出ようとした時、自動ドアの前に誰かが立ちはだかった。
「よぉ綺麗な嬢ちゃん、俺たちと遊ばねぇか?」
前方にいるのはゴロンダと、ゴリランダー、だったっけ?
これってナンパ、ってやつ…?
「悪いけど、これからラーメン屋さん行くから…」
「それなら奢ってやるからもっと美味しいの食いに行こうぜ?」
「うぅ…」
こんな時の頼みの綱のナバールは私を守るような体勢ではいてくれてるけど、携帯触ってるし…
5・8・2・1
警察呼ぶわけでもないのに変なことしてないでよ…
「Crimson Brocade , Come closer」
変な音声が鳴ったのを聞いた後、そっと耳打ちされた。
「とっととずらかる、俺が奴らを引き付けるからその隙を見て外に出ろ…!」
「悪いがこいつは俺の連れだ、今日を命日にしたくなけりゃ敗北感胸に刻み込んでさっさと回れ右でもするんだな」
ナバールの挑発に案の定乗ってくれた。もう少し、奴らとの距離が出来ればその隙に…!
ナンパ男に陽動して隙を作ってくれていたナバールだったけど、背後から何かに羽交い締めにされてしまった…
「ナバール!」
「…伏兵を用意するとは、ナンパ師にしちゃあ股間に血が全部回り切った訳じゃなさそうだな」
背後からカイリキーにホールドされて、普通なら苦しそうなはずなのに、それでも私を逃がそうと煽る言葉を止めようとしない。これじゃ私が逃げられてもナバールが…!
「ちょっとやめてよ!」
「おやおや自分から来てくれるなんて感心だなぁ?」
気持ち悪い表情で胸元を覗き込んできたゴロンダを鰭でビンタして先に進もうとしたけど、ゴリランダーに通せんぼされてしまう。
「どいてよ、あんたらみたいな草食の雄は嫌いなんだけど?」
「気が強いのは嫌いじゃない、だが…」
わりと紳士ぶった表情が一瞬で攻撃的な下衆みのある顔に変わったと同時に腕のスイングが体をかすめた…
「お前が乗るのはタンデムシートじゃない、俺たちの上での騎乗だ」
両側から腕を掴まれて血の気が引いていく。
嫌だ、こんな奴らに犯されるなんて嫌すぎる。初めてを捧げる相手はもう決めてるし、あんな草食ホモ野郎に純潔奪われるぐらいならナバールの方が絶対マシ…
小さい頃、色んなことが怖くなった時の様に心が真っ暗になっていく様な感覚がする…
もうダメなのかな…
助けて、お父さん、ルトくん…!
ナバール………!
「…ったく俺のプレゼントを汚しやがって」
怖くて黒く滲む思考に炎の光のように声が響いた。
「場所柄荒事は避けたかったが、もうこいつら半殺しにしていいよな?」
「…うん、やっつけて!早くこいつらをやっつけて!!」
「任務了解!!」
待ってまっしたと言わんばかりの声で、羽交い締めにされていたナバールは足元に転がっていたプレゼントのヘルメットを蹴り飛ばした。
必殺シュートはカイリキーやゴロツキとも違う方向に飛んで行ったけど、ショッピングモールの壁と天井の縁に二回ぶつかって軌道変更、カイリキーの頭部に勢いよく命中してそのまま夫の字に倒れた。
「すごい…」
「グレース、頭を左、動くな!」
感動にぼんやりしていると急に叫ばれて、慌てて左に首を傾けると、ナバールの必殺シュートが今度は直線的に飛んできて右腕を掴んでいたゴリランダーの顎を捉えて吹っ飛ばした。
「怖い思いさせて悪かったな、あとヘルも足蹴にしちまって…」
「それはいいよ、ってゴロンダが逃げちゃう…!」
顔や顎が凹んだ二匹を見て慌てて逃げたらしい。二重の意味で草食か…
「ただで逃がすかよ…!」
ナバールはまた携帯で何かを入力すると同時に私にヘルメットを被るように指示をだした。
シュート二発でも傷一つ付かないことに安全性を確認しながらヘルメットを被ると、ゴロンダの逃げようとする出口から紐の付いた何かが飛んできて、ナバールはそれをキャッチした。
「左脇に掴まれ!」
急いで掴まるとワイヤーが巻き取られて、先端を掴んでいるナバールはショッピングモールの床を水上スキーの様に滑走していく。
「つか、まえ、たっ!」
逃げていたゴロンダにナバール得意のラリアットが腰を刈り取ってダウンさせ、そのままボードの代わりに乗ってさっきよりも加速しながら滑走、開いていた自動ドアを通り抜けてワイヤーは巻き取られてナバールの愛機にクローもマウントされた。
「早く行くぜ、シートに!」
「うん!」
指定席になりつつあるタンデムシートに座ると勢いよく駐車場を飛び出した。
なんかさっきのワイヤークローで立体的なショートカットした気もするけど、ここ無料駐車場だからいいか…
「とりあえずこの辺まで来たら大丈夫だな」
ナバールに言われてガード越しに見渡すと、昨日私がストリートシンガーやってた辺りまで来ていた。
風が強かったのがヘルメットに守られて気にならなかったから遠い距離もあっという間に感じる…
「そうだね、あれ何だろ?」
周囲を見渡すと、暗くなり始めた空に赤黒い炎のような色をした何かが飛んでいた。
ファイヤーにしてはなんか違うし、ガラル個体かどうか考える前にそもそも絶滅してたっけ。少なくとも私の知ってるポケモンにはあんなのいなかった。
「あのイベルタルみたいなやつか?」
「そうそう、あの赤黒い炎みたいなやつ!」
「……なるほど、俺も、よく分からねぇな。うん…」
何か気になることを言ってたような気もするけど、信号が青に変わって聞きそびれてしまった。
「いらっしゃい、ご注文は?」
「「特中の大盛り二つ!」」
「あいよ!」
予定外のトラブルに見舞われまくったがどうにか切り抜けられた。
…色々羽目を外し過ぎた気もするが、こうでもしなきゃやってられない状況になったのも全部シャルフって野郎が調子に乗ったことを…
幸い携帯のジャミング効果のおかげでショッピングモールでの乱闘も騒ぎにはなってないが、あまり不用意なことをするのも気を付けねぇとな…
グレースは美味しそうに卓上の笹にくるまれた寿司を食べている。これ別料金だったような…
俺も一つ食べようか悩んでいた時、急に外の音がサイレンに包まれた。
トを付けたいぐらいにうるさいサイレンだが、野次馬の叫びからして近くで誰かが殺されたとかなんとか聞こえる。
「何かあったのかな?」
「何かの事件らしいがとりあえず今は普通に過ごそうぜ、後でニュースにはなるだろうし下手に関わらないのがセオリーだぜ」
「それはそうかもだけど、あっラーメン来るよ!」
色々気になるのは俺も同じだったが、こってりとした骨と醤油のスープととろけるようなチャーシューのラーメンを堪能しているうちにだんだんそんな感覚も薄れていった。
「すごいね、カラオケ付きの部屋もあるなんて」
「…俺も初めて知った」
今日も今日とてお城のような外観のホテル、部屋の都合でカラオケ付きを通常ルームと同額で借りられたけど正直カラオケ自体はグレースはもちろん俺もややお腹いっぱい…
「風呂入るなら先入っていいぜ」
「いいの?じゃあお言葉に甘えて…」
バスルームのドアが閉まる音を聞いてから携帯を開いてニュースを点ける。
UB関連のニュースは全国版でもローカル版でも特になし。証拠を残さないようにすることは日頃から意識しているが、今日はイレギュラーがありすぎて少し不安だったが現状は安心できそうだ。
「続いてのニュースです。マリエシティの商店街にある喫茶店で店主のリングマさんが突然焼死する事件が発生しました。今日午後7時ごろ、マリエシティの商店街で喫茶店を営むリングマさんが突然店内で謎の炎に包まれ焼死する事件が発生し、店内の客が慌てて警察や消防に通報したものの、到着した時には既に白骨死体になっていたとのことです」
「…噓だろ」
「店内の客は全員炎タイプや炎技を覚えておらず、被害者以外は何も燃えていないことや、当時店内にいた客の証言のよる炎の怪奇性から、警察は怪奇事件として捜査を進めています」
リモコンをベッドに放り投げたままぼんやりと天井を見上げる。
あの呪いはまだ続いていた。
初めてその事実に気付いたのが2年前で、呪いを知ったのは12年前。
想定もしていなかった事態だが、あの呪いはどうやらリングマを全て焼き殺すまで止まらないらしい。
あのリングマを倒してくれるはずの呪いはリングマという種族を見分けられても焼き殺すべき個体の識別ができないらしい。
つまり今日のように善良な個体だろうと見つけ次第焼き殺してしまうし、念願の進化を果たした元ヒメグマだってその日から焼死を恐れなきゃいけなくなる。
止め方なんて分かる訳もないし、仮に警察に自首したところで理解されるはずもなく刑務所や絞首台より精神病院行きになるだけだ。
唯一可能性があるとすればリングマという種族がこの世にいない瞬間がこれから先一瞬でもできれば、あの呪いも対象を失い解除されるかもしれない。
あの時グレースが見たのがきっとそうだ。あいつは見てなくても俺は何度か見ているから間違いない。
他の呪いはどうにか対象を失って消滅したのはせめてもの救いだし、あのぐらいなら地獄で責め苦を受けてる下衆野郎のせいにできるが、また暴走したら次はどうなるかなんて予想もつかない。
殺し方はどんどん手が込んでいくのに対して、肝心の制御能力は一向に上がる気配がなく、うっかり暴走すれば個体の区別もできないままに無差別虐殺を繰り返す怪異を増やすなんて正直嫌だ。
これ以上被害が拡大する前に、俺が早くこの呪いを封印してしまわなきゃな…
グレースがシャワーを浴び終えたらしくシャワーの音が止まったのを聞いて投げ捨てたリモコンを拾ってテレビを切った。
リストバンドを着け直してバスルームから戻るとダブルベッドが律儀に半分空けられていた。
「一緒に寝よ?」
「…なんでだよ」
「…だって、明日のこと考えたら緊張して眠れそうにないし、これダブルベッドなのにナバールが床じゃ可哀想だし」
…なんか床で寝ろと言わないだけマシに思えてきた。
床で寝ろと言う選択肢が抜けてた俺も大概だがな…
ボストンバッグから錠剤を取り出してフロントで貰った水と共に流し込む。
流石に今日は睡眠薬なしで眠れそうにない…
「ねぇ、ナバールって好きな子とかいるの?」
水を噴き出しかけた、唐突になんだこいつ?
「突然振る話題じゃねーだろ!」
「…へぇ、結構モテそうな顔してるのに意外と付き合ったこととか経験なかったり?」
その言い方は内心癪に障る、俺だってな…
「……昔はいた」
「昔は、ってことは今はいない感じ?」
「今も、な。みんな空の綺麗な場所に行っちまった」
「なんかごめん、デリカシーなかったかも」
「もう慣れた、それで俺に聞いてきたってことはお前はいるのか?」
ダブルベッドに横になり背を向ける。今は覗き込まれても顔を見せたくない。
「…いたよ、昔ね。本当に昔でもう死んじゃったかもしれないけど」
「…嫌なら無理に喋るなよ」
「私も寂しいのは慣れてるから、小さい頃好きだった男の子がいたんだけど、本当に騎獣クルセイダーみたいでね。突然公園に怪我して現れたと思ったら私の困ったことを全部力になってくれて、多分いじめっ子をやっつけてくれたのもそうかもしれない。不思議な子だしお家が大変だったけど賢くて優しい子だったんだ」
「その子はお家が火事になって以来いなくなっちゃって、もう死んじゃったなんて思ったけど、一度だけ会えたかもしれないんだ。火事の中で逃げ遅れた私を助け出してくれた、夢のような記憶でおぼろげだけど、それでも何故か生きてるって気がして…」
…とっくに死んだ男が助けに来る夢か、おめでたい話だな。
「おかげで次は20歳なのに彼氏もできずじまい、なんか君とは親近感湧くかも」
「…一緒にするな、恋愛相談ならあまり王子様を追いかけすぎるなとだけ言っとく」
「そうだけど…」
背中越しになんか言いたげな、回りくどさを感じる…声がする。
睡眠薬飲まなきゃ寝れない俺でも時間自体は要るんだから早く寝ろっての…
「まだ起きてるなら一つだけ教えて、あなたを見てから一つ聞きたいことがあるの」
「…質問による、あと何度も【一つ】を酷使するな」
「…あなた、ルトガーってニャビ―の男の子のこと何か知らない?ニャヒートにも進化したけど…」
「……知らねぇよ、そんな奴」
「知らないって、あなたもガオガエンなら個体数少ないんだし家族や同族のことぐらい少しは知ってたりするでしょ⁉」
「お前の好きなルトガーはあの日世界に殺されたんだよ!」
防音設備の部屋に静寂が響き渡った。
「…シャルフといいお前といい、お前らの理想の幻影を俺に押し付けないでくれよ。俺はヒーローでも王子様でもない、ただの死神だ、命が惜しけりゃ大人しくしてろ…」
叫ぶ気力も薄れてきた俺の背中に温もりがゼロ距離で寄ってくる。
「ごめん、そうだよね。でもやっぱり、今日はこのままに、させて…」
「…勝手にしろ」
すすり泣く声に返す言葉なんて今の俺にはない。
せめてこの呪いを封印するまで、俺は死神のままでしかいられないから…
7月24日の日記を書きなぐって携帯を閉じた。
せめて明日、明日のカラオケコンテストでのこいつの優勝を見届けたらそれで…
「やっと見つけた、戦災被害白書…」
行政発行の戦災被害に関するデータベースにアクセス、個体数データベースの検索を開始する。
№725:LITTEN…………EXTINCTION
№726:TORRACAT……EXTINCTION
№726:INCINEROAR…EXTINCTION
「今年のデータベースで検索しても20年前から種族自体が絶滅済み、それなのに確かに君はこの世界に生きている」
ゴーストタイプは幽霊かどうかぐらいは見分けられるけど、少なくともあれは生きている。
かつての英雄亡き後滅びたはずの種族、データには存在しない生き残り…
「フフフ、やはり君で間違いないようだね…!」
背景事情は分からないけど、僕の夢のためにもここで退くわけにはいかない。
必ず君を説得してみせる、この町を救うためにも…!
to be continued…