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Ghost of Saihate の履歴(No.1)


Ghost of Saihate


この作品は、以下自作のヒスイダイケンキを
Overwrite(pixiv)
Overwritten(pixiv)
たつおかさんにキャラとしてお貸しして、出来た以下の作品群の
【34】最果ての島
【44】島のバザール・1
【45】島のバザール・2
【46】最果ての調整者
特に『【46】最果ての調整者』に対して、カウンターとして深堀り作成した話になります。

端的に過程を纏めると、
1. レジェアル主人公と肉体関係を持っている、レジェアル主人公の最初のパートナーであり
2. どうしてもデンボクを許せないレジェアル主人公に代わってデンボクを殺害し
3. その後ヒスイを放浪しているとウォロと戦う事となり、勝利したものの、他の仲間は全員死亡し、レジェアル主人公も大怪我を負い
4. どうにか治りかけていたレジェアル主人公と最後に再び肉体を交わらせると、翌日にはそのレジェアル主人公も死亡していて完全に孤独になり
5. ユクシーに依頼して自らの記憶を消した上でどこか誰も知らない場所に飛ばしてくれと懇願した結果、最果ての島に飛ばされ、記憶はないもののひっそりと島の一員として暮らし始め
6. そして暮らしている内に、ヒスイ出身の価値観故に、半グレやヤクザやらをばったばったと切り捨てる裏の顔が出来てしまった
ヒスイダイケンキがメインの話となります。
まあ、そんななので、沢山死にます。


1


「俺達が守ってやるって言ってんだよ!」
 長閑な商店街には似つかわしくない怒声が響いた。

 



 最果ての島。
 その名の通り、本土からは遠く離れ、これと言った観光名所も無いような孤島。
 しかし島には草木が溢れ、また複雑な海流がその島の周りを渦巻く事で魚も良く迷い込んで来る為に、食料資源には事欠かない。
 また、海流の複雑さは海の資源の豊かさを担保すると同時に、海路からは島への侵入が容易ではない事を示しており、時代の中では流刑地として扱われる事もあれば、悪党の根城として一時名を馳せた事もある。
 昨今においては運航技術が発達した事により、そんな天然の要塞じみた扱いまでは受けていないものの、辺鄙な場所にある島である事は変わらない上に、これといった観光資源も持たないが故に、ここ数十年は人もポケモンも少なく、落ち着いた……言ってしまえば閑散とした、遠くない未来においては無人島となってもおかしくない島となっていた。
 だが、ある時を境にして、まるでテレポートでも使ったかのように、どこからやってきたのかすら分からないようなポケモンや人がぽつぽつと根差すようになってから、また賑わいを見せるようになっていった。

 その、どこからやってきたかすら分からないようなポケモンの一匹。
 現代では殆ど見る事のない、ヒスイ地方……シンオウ地方の過去の名称である、現在の幾倍も過酷な自然環境に適応したダイケンキのリージョンフォームである、ヒスイダイケンキ。
 名をムラクモと言うそれは、自身の名前以外の全てを忘れていた状態で、そして生きる気力すら失くしたような状態でこの地に現れた。
 そのままでは微塵も動かず、何も食べず、野晒しのまま死んでしまいそうだった彼は島民の献身的な介抱によって少なくとも生きる事だけはするようになり、時間が経つに連れて少しずつ前を向くようにもなっていった。
 誰かと暮らす事もなければ、他のポケモンや人間との付き合いも積極的にする事もないが、ただ静かな環境を好むだけで気難しい訳でも堅物でもなく、会話を試みれば意外な程に話し易く、その禍々しいとも言うような風貌とは裏腹にそう恐れられる事もない。
 そしてまた、喪っていた自身の記憶を取り戻そうとする気持ちも何故だか沸かなかったが、自ずと追い求めてしまうようなその原風景を木彫りとして形にする事を生業とした事や、荒波に呑まれた船の救助活動を他の島民と共に敢行したという事もあって、段々と親しまれるような島民の一員となっていった。

 



 僻地であったはずの、島の賑わい。
 最果ての島には、過去になかった食堂や商店街が立ち並ぶようになり、人やポケモンが和気藹々と活気良く過ごすようになる。
 祭りも開かれたり、また観光客も少しずつ訪れるようになり。
 しかしそれは同時に、そこから零れ落ちる旨味を甘受しようとする輩が出始める兆しでもあった。

 まず、この島の歴史に深く紐付く形で、しかしこの昨今においては大した影響力も持っていなかったケッキングの一家。
 島が再び賑わいを見せてくるに連れて、当初こそは他の島民と共にとりわけ利権なども争う事なく、平穏に発展を望んでいたように見えていた。多少のみかじめ料を取る事もあったが、それは過去からの慣習に基づくようなものであり、その金額も良心的であった。
 ただ、代替わりをしてからは平穏とは程遠い欲を見せ始めているように見え始めていた。

 次に、島の再興しようとするタイミングにて、金の匂いを嗅ぎつけて真っ先にやってきた、ゲンガーを頂点とする半グレの集団。
 彼らは島の歴史に紐付くゴーストポケモン達も勢力に加え、そして更に若者達に薬物によって依存させる事によって無視出来ない影響力を持ち始めていたのだが、ある日『カミナリのしっぽ亭』という食堂で騒ぎを起こした翌日、その頂点であるゲンガーとその取り巻きが一匹残らず行方不明となり、そのまま立ち消えとなった。
 噂では、ケッキングの一家の逆鱗に触れたのではないかと言われており、ケッキングの一家もそれを後から主張しているのだが、それにしては証拠もなければ、その後のケッキングの一家の動きも違和感があるもので、説得力はない。

 そして今現在。また新しい勢力がこの最果ての島に根差そうとしていた。
 島の一角の土地を広く買取り、そこに豪邸が建ち始めた。
 最初こそは富豪が移り住んで来るのだろうか? と噂になったが、時が経てどもそこに誰が住むのかも不明なままで、また次第に明らかになっていくその豪邸が、さながら要塞のような堅牢さを見せ始めれば不穏な空気が漂い始める。
 結局、その中に住むのが誰なのかが分かったのは、建物が完成してから……既にこの島の各地に以前よりその身を誤魔化して生活を送っていたゾロアーク達が一斉にその身を明かしてからの事だった。
 そんな彼等は、既に準備が整えた後であり、すぐに行動に出た。
 観察の期間を入念に挟んでいた彼等は、この島が抱えている欠点を次々と挙げる。中にはこじつけのようなものもあったが、最初に至極全うなものを挙げてから、畳み掛けるようにまくしたて、更に思考させる時間すら与えずに選択を強要してくる。
 そしてそれは、商店街に鳴り響いた怒声に繋がった。

「この島から出た事の無えような小山の大将共が、ここから先にやって来る悪意を防げると思うのかあんた達は?
 現に俺達が色んな場所に住んでいても、誰一人としてあんた達は気付かなかった。
 俺達がその気になれば、あのケッキング共も含めてあんた達を一人残らず支配下に置くことだって出来た。
 そうしなかったのは何故か分かるか? 分かんねえよな。俺達にもまだ良心ってものが残っているからだ」
 首領であるような、他のゾロアークより明らかに頭の回るゾロアークは、商店街の中を巡り歩きながら大声で演説する。
 振る舞いはヤクザそのものでも、それに抗う術を今ここに居るポケモンや人間達は持っていなかった。
 ゾロアーク達も、ケッキングの一家が少なく、また善良な用心棒としての並外れた体躯を誇るダイケンキが居ないタイミングを狙っていたのだ。
 そして、それらがもし居ても、全面抗争が勃発したとしても彼等は勝てると踏んでいた。それだけの勢力を集めてきたし、またどちらもゾロアークの特性であるイリュージョンを駆使した戦法を崩す事も出来ないだろうと。
「俺達は、お前達の事をもうどれも知っている。
 例えばあんた。家には一人息子が居るよな? 小さい頃にいじめに遭って引き籠もりになってしまったまま、もう成人も過ぎて何も出来ない子供が。
 そしてお前。でっぷりとした自己管理なんぞ出来てねえと言わんばかりの腹を見せびらかしているお前だ。
 お前がそのいじめの主犯格だろう? 随分と悪どい事をやっていたみてえじゃねえか。そして当のお前は親の傘に守られてばっかりで、何も受け継ぐ事もせずに、家業そのものを傾けさせている、自分じゃあ何の取り柄もないクズだ。
 どっちにせよな、あんたらはこのままじゃ、真っ当で、それでいて俺等なんかよりよっぽど巨大な力を持った企業様に食い荒らされる運命なんだよ」
 そんな事を言いつつも、彼等は全能というまででもない。
 長であるそのゾロアークは島でぼけっと生きてきただけの人間なんぞより遥かに頭が回るし、この場に居る殆どの村民の名前とプロフィールまでを頭に叩き込むまでに至っていたが、それでも分からない事はあった。
 その中の最大の事柄は、以前ここに居たという、ゲンガーを頂点とした半グレ達が何故居なくなったか、だった。

 


 世にも珍しいポケモンであるビクティニが営む食堂である『カミナリのしっぽ亭』にて、盛大に騒動を起きたその翌日から、ゲンガーを頭とする半グレ共は消えた。
 誰も知る事もなく、さながら天罰でも下ったかのように。根城にしていた古い墓地を後から調べても、抜け殻になったゴーストタイプのポケモンの依代……ミミッキュの布やジュペッタだったであろうぬいぐるみが辛うじて転がっているばかり。
 きちんと実体を持つ人間やゴーストタイプ以外のポケモンに関しては、後から僅かに体の一部だったようなものが漂着するくらい。
 そしてまた、依代を持たないような純粋な霊体で構成されているようなポケモンは、ゲンガーも含めて何もかもが消えてしまっていた。
 天罰だとか神隠しだとか言う島民も少なくなかったが、話を纏め合わせてしまえば、明らかに島民の誰かが……圧倒する実力か、入念な準備か、とにかくそれなりの何かを以てして実行した事だった。
 話を聞く限りのその半グレ共の実力を想定するに、ゾロアーク達でも同様の事が出来なくもないだろうが、それでも誰にも知られず、というのは容易ではないだろう。
 またケッキングの一家が遅れて、自分達が片付けたのだと発表した事に信憑性がない事も、ゾロアーク達は当然掴んでいた。
 だから、数の少ない何人かが共謀して成し遂げた。それかもしくは、多くの島民達が共謀して事実を隠し通している。
 ゾロアーク達はそう結論付けた。

 まず前者を調べる事にしたゾロアーク達は、二匹のポケモンに目をつけた。
 それは、むらまさという巨漢のダイケンキと、ムラクモという精悍なヒスイダイケンキだった。同じミジュマル、フタチマルという過程を辿りながらも、異なる姿に進化したその二匹は、戦闘に長ける種族として知られており、また難破した船に閉じ込められた人々を、あろう事か船を両断して助け出したという実績も兼ね備えていた。
 だが二匹共、一日経たずしてその候補から外しても構わないだろうと思えるものだった。
 まず、むらまさに関しては、日々鍛錬を欠かさない事もあって、実力に関してはゾロアークの長であろうとも正面からの戦いは避けたいと思う程のものを感じられた。加えて、かなり遠くからでも監視している自分達に気付くような勘の良さもある。けれども、闇討ちなど出来るような性質ではなかった。
 例え相手が救いようのない悪党だろうとも、正々堂々と決着を付けなければ気が済まない。誰かが共謀しようとも、それを容認する事もないだろう。
 そしてムラクモに関しては、船を両断した事があるとすら思えない程に覇気も何もなかった。むらまさが毎日のように大振りなアシガタナを振り回して鍛錬に励んでいるのに対し、ムラクモはそんな鍛錬など、少なくともゾロアーク達が見ている前では一つも見せていなかったし、また、むらまさが気付いた距離の半分まで行っても、ゾロアーク達に気付いた素振りはなかった。
 更に距離を狭めてみれば流石に違和感のあるような様子を見せたが、その距離は勘が良いとは到底思えないものだった。
 そして何よりも決定的なのは、どちらも一晩で大量のポケモンを惨殺し、それを今の今まで大衆の前でいつも通りに過ごしながら隠し通す、という事が出来るような、ゾロアーク達からしたら同族のような臭いも全くしなかった事だった。
 正々堂々と戦うより、闇討ちや騙し討ちを得意とするヒスイダイケンキのムラクモからも、だ。
 そのような臭いに関してはケッキングの一家の方がよっぽど感じられたが、彼等の実力は高くとも、そう統率の取れたものでもなく、彼等がゲンガー達をあんなにも静かに仕留めたというのは信憑性が薄いというのには、ゾロアーク達も頷いている。
 それならば……多くの島民が共謀して、ゲンガー達をリンチするような形で殺したのだろうか? それが正しいなら、今日、分かるはずだ。
 だが……商店街のポケモンや人間達はどれも、そんな事まで出来るような、激しい敵意や殺意を見せる事はなかった。
 遠くでそれを眺めているムラクモも含めて。
 …………真実は、どこにある?
 この島には、むらまさ以上に実力の立つポケモンや、ポケモントレーナーは居ない。
 ムラクモが実力を隠していたとしても、あの覇気の無さからして、むらまさ以上だとは考えられない。
 それ以外の島民達にも実力のある者は居ても、むらまさまでには及ばず、そして殺しなど経験した事もないような甘ったればかり。そしてケッキングの一家も大した存在ではない。
 ゾロアーク達は、表面上は威風堂々としながらも、言いようのない不安に駆られて。
 その日は突っかかってきた一人に対し、思わず手を出してしまった程だった。

2


 一部始終を目にしたムラクモは、ひっそりと自宅に帰宅した。
 雑木林の中にぽつんと立つ小屋であり、自身が生業とする木彫りの作業をする場所でもある。
 少しずつ暗くなってくる時間帯だが、まだ灯りは点けなくても問題ない明るさ。
 砥石を取り出すと、脚刀を前足から引き抜く。その身に生える兜や具足と同じ、赤黒く、幾度と屈折した刃。
 通常のダイケンキの脚刀と比較すると薄く軽く、脆くもあるその刃は、一刀の元に両断するような必殺を目的とはしていない。連撃を以て切り刻み、時に刀身そのものを意図的に破損させてまで、より多くの傷を与える事を目的としている。
 それを研ぎ直しながら、ここに来た時の事を思い出していた。

 


 気付いた時、自身の名前以外の全ての記憶がない状態で最果ての島に居たムラクモは、しかしそれ以上に生きる気力すら喪っていた。
 何故、自分がこんな場所に居るのか。何故、自分には記憶が無いのか。そもそもここはどこなのか。
 どれをも解決する気力もなく、肉体ですらも自分という存在がその場で朽ち果てていく事を肯定していた。
 だが、そうはならなかった。
 どこから来たかも分からないムラクモに気付いた島民達は、自分で飯を食べようとすらしないそのムラクモを献身的に介抱し、そして元気になる事を基本誰もが祈っていた。
 そんな島民達に、ムラクモは内心とても驚いていた。
 自分がどのような世界で生きていたのか、記憶は全くないが、少なくとも自分で飯すら食おうとしない、自ら命を投げ捨てるような者には、ポケモンであれど人間であれど、居場所はなかったはずだ。
 自分の居た世界は、そんな余裕のある世界ではなかった。
 食べるものは、いつでも何でも、多様で新鮮で美味だった。
 最もみすぼらしいような家ですら、紐を引っ張るだけで夜でも昼のような灯りを担保していた。
 人間達が来ている服は眩い程に様々な色で染め上げられていた。
 記憶は喪っても、体にこびりついていた世界の常識は数え切れない程にひっくり返される。
 ……その驚きに圧倒されている間に、気付けば生きる気力すら戻ってきていた程に。
 死と隣合わせではない世界。
 飢える事を心配しなくて良い程の豊かさに満ち溢れた世界。
 生きる気力すら失ったような自分にさえ手を差し伸べてくる程の優しさがある世界。
 ワタシは少なくとも……今まで生きてきた場所とは全く異なる場所に来た。
 ムラクモが他の誰かに、自身がそんな過酷な世界で生きてきた事を明かす前に、ムラクモはそれを理解して、口を噤んだ。

 こんな自分にも親身にしてくれる島民達に支えられながら、ムラクモは再び生きる事をし始めた。
 何もせずに野垂れ死のうとしていた理由も、気付いてみればムラクモ自身には見当もつかなかったのだ。
 ただ一つ、推測出来る事としては、喪った記憶の中には、自分がその為に生きていると信じているようなものもあったのだろう、とだけ。
 けれど時間が経とうとも記憶は微塵も戻る事もなく、その事にムラクモもどうしてか納得していた。
 それならば、取り敢えず生きてみようか、と。
 体を回復させている間に何とは無しに始めた木彫りがそのまま、生計を立てられるものになり。
 自分自身もそれをするのに楽しみや向上心を少しずつ覚えるようになった。
 自身はそこまで感情を表に出さずとも、会話をするのが楽しいと思えるような友が複数出来た。
 気付けば、最初は驚愕する程に美味いと感じていた飯を当たり前のように毎日食すようになっていた。
 ただ……全てに満足していた訳ではなかった。
 木彫りをしている内に、ムラクモは記憶のない自身の内面をも掘り下げていた。
 頭の中に記憶がなくとも、体は様々な事を覚えている。自分は……数え切れない程のポケモンを、そして人をも切り裂いた事がある。
 生きる為に。何かを守る為に。それが自分自身の役割であったから。
 だから、快楽の為に殺した事はないと断言出来る。けれどそれでも、再び脚刀で命を絶てる時が来るのをどこか待ち望んでいる自分が居るのは、確固とした事実だった。



 脚刀を研ぎ終えると、それを具足のような前足に仕舞い直す。
 それから端の床板をおもむろに引き剥がすと、中からは張られていない真っ直ぐとした弓と弦、それから矢羽までを拵えてある矢が出てきた。
 このような事に備えていた訳ではなく、木彫りを続けていく内に手先が器用になっていくに連れて遊び半分で作ったものだったが、今回はそれも持っていく事にした。
 あの数のゾロアークを前回と同じように跡形もなく消すには、流石に搦手も必要だと断じていた。

 


 半グレ共のゲンガー達は、ムラクモから見れば子供でしかなかった。
 種族としての強さ、才能もあると言っていいが、それらに頼るばかりで、大した研鑽も積んでいない。
 その癖して自分より上が居るなど信じる事など微塵もせずに大きい顔をして威張っている。
 体の記憶は、アレが元居た世界で同じようにしていたのならば、所構わず敵を作って酷い最期を迎える事だろうと訴えてきた。自分が敵対したら真っ先に切り捨てるだろうとも。
 ただ、そんなゲンガー達が薬を売り始めるのまでを見ながらも、ムラクモはこちらの論理に則っていた。こちらでは、命の価値は自分が思っているより重く、その位の罪では殺してはいけないのだと。
 しかし、そこから更にもう暫くした後に、腹を満たす為に足繁く通っている『カミナリのしっぽ亭』にて彼等が暴れた時。食器も椅子やテーブルも、店内の設備も破壊され、負傷者も出ても、防衛を主に動こうとする皆……能動的に排除へと動こうとしない皆を見て、ムラクモは相容れないものを覚えた。
 気を抜いてしまえば、何故殺さないんだ? と聞いてしまいそうな口を強靭な精神力を以て閉じながら、話を合わせつつも。その日は解散となって、一時帰宅する振りをしつつ、周りに誰も居なくなったのを入念に確認してから。
 ムラクモはそのまま帰らずに彼等の根城へと進んでいた。

 自分の論理がこちらの世界では異端である事など、分かりきっている。
 同時に、自分がこちらの論理に馴染みきれない事もムラクモは分かっていた。
 またどうせ明日になってしまったら、自分は馬鹿正直に防衛なんぞ出来ないだろうと。殺せる機会が目の前に出てしまえば自然と殺してしまうし、そこまで自分は自制出来ない。
 ゲンガー達の根城、元々流刑地として使われていたこの地の、怨霊が溜まっていた古い墓地に近付くに連れて、下品な笑い声が聞こえて来る。
 ムラクモはそれが聞こえてきても、少しだけ不快そうに目を細める以外は、歩みを早める事も、遅くする事もしなかった。ただ淡々といつも歩くように、前へと進み続ける。
 そして緊張感もなく見張りをしていたゴーストポケモンは、そんな背後から迫ってくるムラクモに気付かないまま、真っ二つになって霧散していった。
「…………」
 久々の殺し。そうであれど、躊躇いもなく、乱れもない太刀筋。罪悪感を覚える事もない。
 けれど、その代わりに一つ確信した事がある。
 ……ここに居る全てを皆殺しにしようとも、自分が密かに求めていたような、命のやり取りに対する渇望を満たせる事はない。

 実体の薄いゴーストポケモン達は、切り裂いても何かが残る事はないが故にそのまま切り裂かれる。
 淡々と、淡々と。沸き立つような感情など何一つないまま、その身に生える具足から脚刀が引き抜かれる度に、一つ、二つ、時にそれ以上の命が消えていく。
 墓地に響くのは僅かな風切り音ばかり。原種と比較して薄暗い色合いの肉体はとても闇に溶け込む。
 実体を併せ持つゴーストポケモンも居るには居たが、命を奪われ残ったそれはムラクモの手に収まってひっそりと地面に、ただの物として置かれていく。
 またゴースト以外のポケモンや人間も少なからず。それらは数が少ないのもあって首を峰打ちしてへし折ったり、気絶させた上で己の水の力で静かに溺死させたりと、血の匂いを醸し出さないように処理されていった。
 墓地の中央にて薬までを使って馬鹿騒ぎをしているゲンガー達は、そのどれにすら微塵も気付かない。
 結局……そんな無味乾燥にも程がある虐殺に気付いたのは、共に騒いでいる仲間達以外の全てが屠られた後にのそりとムラクモ自身が闇から姿を現した時、ですらなかった。
「あぁ? 何だテメェ」
 未だ呆けているゲンガーへの返答は、後ろ足で立ち上がりながら、順々に引き抜いた脚刀で近くのゴーストポケモンを切り捨てる事で返された。
「……あ?」
 己を誇示するどころか、殺意すらないまま、短くない時間を共に過ごしてきた仲間が切り捨てられた事に、ゲンガーは理解が追いつかない。
 その間にもムラクモはまるで元から仲間であったかのような自然体のままに歩み寄り、さくさくと命を刈り取っていく。
 濃密な時間を過ごした仲間も、新入りながらも見込みがあると思っていた仲間も、進化前からの親友であった友も等しく霧散した。
「ああ? あ、ああ、敵、か」
 ゲンガーが敵襲を受けていると漸く自覚したのは、ムラクモがゲンガーの前まで辿り着いてからだった。
 そして等しく脚刀が目の前まで迫ってきたのにとうとう命の危険を覚えて、間一髪といったところで影に潜んで躱した。
 敵? 敵!? あいつは何なんだ!?
 だが、思考が目まぐるしく走り始めるより前に。
「ぎゃあっ!?」
 影に潜んで逃げようとしたゲンガーの、その影に脚刀が突き立てられ、引き摺り出された。
 ゲンガーは叫ぶ。
「敵だ! こいつを殺せえっ!!
 …………?」
 けれど、何も、どこからも返答がない。
「おいっ、敵だって言ってんだろ!! 誰か居るだろ!! おいっ!?!?
 …………。……なんで?」
 体を貫かれた痛みすら忘れて、ゲンガーはその疑問を口に出した。
 そして恐る恐る、脚刀を突き刺したままじっとしているムラクモの方を見た。
「…………」
 つまらないものを見ている目をしていた。
 自分に対して何の価値も認めていない目をしていた。
 許しを乞おうとも意味がないと分かった。
 そして……全てこいつがやったのだと理解した。
 音もなく、殺意もなく。この場に姿を現した時には、この場に居る以外の全てを切り捨てていた。
 途方もない恐ろしさが後から胸の奥から込み上げてきて、ゲンガーの口が大きく開く。
「ぁ」
 どすっ。
 けれど叫ぶ前に、もう一本の脚刀が口の中を貫き。
 そのまま三つに切り裂かれたゲンガーは、他と等しく霧散した。
「…………」
 ムラクモは、小さく溜息を吐いた。
 それは疲労から来るものではなかった。

 


 ……最悪、自分の行った事が明るみに出ても良いとは思っていたが、そうはならなかった。
 翌日に雨が降った事も幸いして、消しきれていなかったであろう足跡は消えたし、また切り刻んだ上で海に流した死体はこの島の周りを複雑に流れる海流と、そして海洋生物達の飯になってくれたのか、浜辺に打ち上がる事もほぼなく、打ち上がったとしても、そこから脚刀による切断の痕跡が確認出来るものはなかった。

 出来る事ならば、今回も同じように終えたい。
 その為の装備をさっと整えたムラクモは、ゾロアーク達が要塞と化しつつある根城に戻るより前に小屋を出た。
 勿論、ゾロアークには以前より気付いていた。ここにやってきた当初から、誰もが他のポケモンや人間の振りをしていた時から。
 それは勘の良さもあると言えばあったが、同じ悪の属性を持つ身だから。そして多分、似たような敵をこの体は覚えていたから。
 当初より化けて島民の仲間入りをしようとしていた時点で、碌な奴等ではないと断じていた。同時に、ゲンガーよりはよっぽど出来る奴等であるとも。
 そして、それでも自分と同等ではないとも。
 けれどもムラクモは、それに対して今となれば、落胆までは覚えていなかった。
 自分と似たような存在が居ない事による寂寥感も解決しようがなく、脚刀を以て命を絶つという行為は例え相手が何をしようとも求められる事がない。
 この狭い島から出てみれば見つかるのかもしれないが、その為に日々を当てもなく旅をするなど、自分には出来そうにもない。
 解決しようがない。まともに生きようとするのならば満たされる事はない。
 そして同時に。
 いつの間にか、この地でただ日々を過ごす事は、ムラクモ自身の想像よりも重きを置いてしまっていた。
 だから……ムラクモはそれらの欲望に対してもう既に折り合いを付けていた。
 日々をただ生きていく楽しみにより身を沈め、薄くとも消える事のない薄暗い欲望に関しては、仮初の機会でも訪れてくれたのならば、それで良いと。

 誰にも見つからないように道なき道を静かに、早く進む。
 ゾロアーク達に監視されている間は脚刀を抜く事すら余りしなかったが、ムラクモにとってそれは大した支障ではない。
 人は、何にでも成れるが故に、何かに成ったとしても継続しなければ、それを維持出来ないのだという。
 そしてまた、むらまさのように種族として以上のものを求めていなければ、ムラクモに限らずポケモンという存在の元来の強さは早々衰える事もないのだから。
 ……ワタシは、都合が良い道を選んでいるに過ぎない。
 折り合いを付けた、だなんて言っていたが、結局この欲望は誰からも求められているものではない。
 ワタシがこれからしようとしている事は、ただの自己満足だ。残念ながら。
 けれども、そうしなければワタシには我慢がならない。
 だからこれからワタシは、殺すのだ。……出来れば、他の誰にも分からないように。
 

3


 姿を現したゾロアーク達は、その日を終えて新居へと帰ろうとしていた。
 街より程良く遠くの、海から切り立つ崖沿いにぽつんと建てた、要塞である。化かす事を得意とするゾロアーク達だが、それを見破る手段も用意しようと思えば数多にある。そして個々もそれなりに鍛えているとは言え、打たれ強い種族でもない。
 それ故に、拠点は街中ではなく、離れたところに堅牢に構える事にしていた。
 その道中。林を切り開き、今となれば工事の為に踏み均された道を、ゾロアーク達は釈然としない赴きで歩いていた。

 一番の不安要素が払拭されないまま、今日という一日を終えてしまった。
 何かを、見落としている。
 長であるゾロアークは、周囲を仲間達に守られながら思考に耽る。
「……むらまさ、ムラクモ」
 側近が聞く。
「やはり、その二匹が怪しいと?」
「消去法で考えてしまえば、その二匹以外、やはり有り得ない。
 あのケッキング共では、ゲンガー共をあそこまで静かに潰す事は出来ない。
 それ以外のここの島民も同じく」
「爪を隠している、と」
「ムラクモに至っては、脚刀を抜いたところすら見た事がないからな」
「私も確認しましたが、アレが剣を振るえるかどうかも正直怪しいですからね……」
「本当に船を切断したのか? とも思っていたが、それはきちんと目撃者が居る。しかも複数。
 火事場の馬鹿力と俺達は一旦結論付けたが、並以上の剣技を振るえる事はほぼほぼ確実だ。
 だが、本当にムラクモが爪を隠していたのならば、それは……」
 そこから先を一度言い淀んだ時。
「うっ?」
 後ろから変な声が聞こえた。
 振り向けば、一番後ろを歩いていたゾロアークが、自身の脇腹を見ていた。
 細長いものが突き刺さっていた。
「矢だ」
 そう言った途端、全身から力が抜けたかのように膝を崩れ落ちさせる。その首に、二本目の矢が新しく貫いた。
「あえ?」
 その言葉を最期にゾロアークは倒れ、次の瞬間には見えない力によって引き摺られていった。
 矢に糸を括り付けていたのだと一瞬遅れて理解し、血の気の多いゾロアーク達が何を言うまでもなくそれを追って行った。
「俺達も追いますか?」
 突如の出来事にも側近達は周りを警戒しながら、落ち着いた声で聞く。
「いや……」
 呼び戻すかも迷っている間に。
 何かが丸いものが投げつけられてきた。ゾロアークの一匹がシャドーボールで迎撃したが、それはぼふん! と音を立てて煙を撒き散らす。
 そしてその煙に紛れて、今度は大量の玉が。
「っ……逃げるぞ!!」
 長は叫んだ。プライドも捨てて逃げた方が良いと体が訴え始めていた。
 だが、それは同胞達には通じなかった。投擲されていたのは、煙を撒き散らすものだけではなく、ばちばちと激しい音を立てるものも含まれていたからだ。
 視界と、そして聞こえる音も意味を為さなくなった。幻を見せる力も、こんな環境では意味を為さない。
 その最中。
 ガンッ、と硬質な音が聞こえた。ダイケンキの脚刀の腹で頭を叩かれた音だと、何故か理解していた。
 弓矢に、煙玉と、癇癪玉。そんな、古風な道具達。二匹のダイケンキの内、覇気のない目が自然と思い浮かんだ。
「ああ、やはり……」
 せめて身を潜めつつ、長は自分の想像が……余りにも荒唐無稽で、一度は棄却したそれが正しかったのだと理解した。
 ヒスイダイケンキという、自分の見た事のあるダイケンキとは全く異なるそれについては、ムラクモを見てから調べたのだ。
 シンオウがヒスイと呼ばれていた頃に、その過酷な環境に適応すべく異なる進化を遂げた種なのだと。
 あの覇気の無さは実力の無さや、ただ生きているだけをしているようなものではない。そんなとは全く真逆で、もっともっと闇の深い……。
 碌に周囲が感じ取れない。走って逃げるべきだと理性は訴えているが、確実に『居る』のに、殺しをした事のあるような存在の、気配も何もを感じ取れないのが足を竦ませていた。
 あのヒスイダイケンキは……ムラクモは、殺す事に対して何か意識する事も、感情を昂らせる事すらないのだ。罪悪も快楽も、殺意も敵意すらもない。日常の延長線上として、大量殺戮までを出来てしまう、俺達とも全く異なる、異端。
 戦争の為に粘り強く訓練された兵隊であれど、こうにまでは早々ならないだろうと思える程の。
 黒い衝撃波が一箇所から響いた。誰かがナイトバーストを使って煙を吹き飛ばそうとしている。
 だが濃い煙は一発では晴れるまではいかず、直後に等しく硬質な音が聞こえた。
 濃厚な煙の中、目の前に黒い影が見えた。それが仲間のものかそうでないのか分からず、しかし迷う余裕などなく爪を突き出す。
「長!?」
 だがそれはヒスイダイケンキではなく、同胞のゾロアークだった。突き刺す手前で必死に止めたその直後。
 更に後ろからヒスイダイケンキ……ムラクモの前足がそっと、ゾロアークのマズルを掴んできた。
「え?」
 抵抗するより前に、腕に力が籠る。
 ごりゅんっ!!
「貴様っ…………?」
 首が捻じ折られたその同胞。その背後のムラクモに爪を向けようとして、体が上手く動かない事に気付いた。
 いつの間にか、矢が体に刺さっていた。
「う、うおあ……」
 先程の光景が脳裏に浮かぶ。脇腹に刺さっただけで全身を崩れさせた同胞。
 毒…………。
 膝から力が抜けていく。ムラクモのいつもと全く変わらない顔が、そんな自分をじっと見つめていた。

 猛烈な勢いで引き摺られて行くゾロアークの行く先は、崖だった。糸は岩に結びつけられており、急斜面を転がり落ちるそれに乱雑に引っ張られる形で、ゾロアークは肉体を跳ねさせられた後に岩と共に海へと落ちて、そして見えなくなった。
 追いかけていったゾロアーク達はそれを呆然としながら見届けた。
 遺体にサメハダーやらが群がる前に引き上げたいという思いもあった。だがそれよりも、こんな事をしたのは、二手に別れさせる為、一度勢力を分断させる為だと遅れて一匹が気付いた。
 来た時以上の勢いで戻り始めた、その途中にて。
 一匹が唐突に転んだ。
 皆が振り向いた時。
「……俺の脚は?」
 すぱんと両断された両脚を必死に探すゾロアークと、どこかから現れて、その背中に無言で脚刀を突き立てるムラクモが居た。
 変わらない目つきで、ムラクモは残りのゾロアーク達に目を向け、脚刀を構える。
「殺せええええええええ!!!!」

 牽制にと放たれたシャドーボールの幾つかは、打ち返され、はたまた切り裂かれて当たる事がない。
 脚刀の間合いより外側で、ゾロアーク達がムラクモを囲もうとすれば、その中の一匹にぬるりと迫って脚刀を振るう。虚を吐いたような一撃に、狙われたゾロアークは咄嗟に庇った腕を切り裂かれる。
 そしてまた、その背後より爪を振るおうとしたゾロアークに対し、ムラクモはそれを見る事もなく、脚刀を胸へと突き刺した。
「え」
 背後からと言えど、幻覚も使って、距離感もタイミングを見誤らせたはずなのに、的確に。
 引き抜かれると、ぶしゅうと血が飛び出しムラクモを染め上げる。
 二匹目の死亡。脚刀の間合いに入る事をより躊躇したゾロアーク達に、ムラクモはその崩れ落ちていくゾロアークの首を撥ね、一匹に向けて打ち飛ばした。
「は、え!?」
 飛んでくる頭。それを思わず受け止めたゾロアークは思考が固まる。未だ死んでいる事を理解していないようなその生首の目と目が合った時にはもう、ムラクモは懐に潜り込んで脚刀を振るっており。
 体と共に、二つの頭が地面に落ちて、ごろりと転がった。
 ムラクモは振り返る。一向に襲い掛かってこないゾロアーク達に向けて、血で浴びた全身を見せながら。
 いつもと変わらない、殺気も何も感じられない目で。
「う、うわ、うわわ」
 尻餅を付いてしまったゾロアークが居た。
 股間からは生温かいものが湯気を出しながら飛び出してきている。
 ムラクモがそれに向かって歩いていく。
 周りのゾロアーク達は、苦し紛れにシャドーボールを放つも、背後からであってもどれもムラクモにまで届く事はない。
 様々な幻を見せようとも、どんな光景を見せようともムラクモはまるで幻そのものが見えてないようにただ歩く。
「ひぃっ、だっ、だれかっ!! 長! 長ぁ!!」
 背を向けてがくがくと震えるだけの脚を這いずらせていくのに、ムラクモは追いついた。
 誰もその脚刀の間合いに入ってまで邪魔する事も出来ず。
 また、体を起こさせようとすれば、その瞬間に肉薄して首を落とされる感覚が過って。
 誰もが棒立ち同然のまま。
 ムラクモは脚刀を股間へと突き立てた。
「ぃぎぃぃあ
 むぐっ」
 加えて頭を踏みつけられ、悲鳴を上げる事すら封じられる。
 その頭上にて、ムラクモは脚刀を構え直し、まずは一振り。
「〜〜〜〜!?!?」
 すぱんと、爪の一本が派手に切り飛ばされた。二本、三本。
 続いて爪を喪った手が切り飛ばされた。それも見せつけるかのように派手に宙を舞う。
 続いて二本の脚刀は、両方の足先に等しく突き立てられて、それはすぅ、と太腿までを嫌らしく、ゆっくりと切り開いていく。
 途中、太い血管を切ったのか、どば、と血が吹き出してムラクモの後ろ足を濡らした。
 ムラクモは、それを顔色一つ変えずにやっていた。言ってしまえば、単に挑発の為だけに。逃げられては困るから。
 だが、それは挑発というには残虐過ぎた。ゾロアークが見せる如何なる幻よりも、心を凍てつかせて動けなくさせていく。
 木の上に立っていたゾロアークは、自分が落ちた事に落ちてから気付いた。
 拷問を幾度とした事があるゾロアークですら、体に悪寒を覚えている。
 そして、気付けば叫んでいた。
「おっ、おまっ、お前、何なんだ!? 何でこんな……こんな場所にお前みたいな奴が居る!?」
 甚振られていたゾロアークが事切れたのを確認してから、ムラクモは振り返って、初めて口を開いた。
「ワタシも知らない」
 その答えに逆上して襲い掛かったゾロアークは、突き出した腕を真っ二つにされ、そのまま背中に回り込まれる。振り返ってそれでも振るったもう片方の腕はムラクモに当たらず、その代わりに脚刀が口の中から後頭部へと突き立てられた。
 蹴り飛ばして、脚刀を引き抜く。
「ひ、ひぃ」
「う、うあ、逃げなきゃ。長に伝えなきゃ。この島はダメだって、帰らないとって」
「やだ、やめて、殺さないで、何でもするから、だから」
 最早、戦意を保てているゾロアークは一匹足りともいなかった。体の動かし方すら忘れたようなゾロアークも多い。
 そしてそうでないゾロアークの二匹も這々の体で逃げようとするのに対し、ムラクモは脚刀を持ったまま体を捻った。
 ぐ、と全身に溜められた力。
 ぶん! と一投目は、回転する鋸のように飛びながら、ゾロアークを背中から袈裟斬りにした。
「……え?」
 隣を走っていたゾロアークは、唐突にもう一匹の背中から脚刀が生えたかのように切り裂かれ、そのまま崩れ落ちていくのを目の当たりにし。
 そして後ろを振り返ってしまった時。
 槍のように真っ直ぐと飛んできていた二投目は、ゾロアークの胸を貫き、そのまま後ろの木へと磔にした。
 
 そして残る、体をまともに動かす事も出来ないゾロアーク達に、素手で止めを刺していると。
 脚刀が引き抜かれる音がして、ムラクモは振り返れば、強烈な毒を塗って動けなくしたはずの長が脚刀を両手に持ってこちらに向かってきていた。
「貴様だけは……貴様だけは命に代えても殺す!!」
 口には、何かを食した跡。
 ……誰か、解毒出来るラムの実か何かそういう物を持っていたのか?
 ただ、辛うじて一匹分しか無かったようで、他に気配はなかった。
「おっ、おさっ、たすけっ」
 ごきゅ。
 疑問に思うところもあれど、ムラクモは最後の一匹のゾロアークの首を捻じ折り、のそりと前へと出た。
 長が、その長い髪の毛をも逆立てる程の怒りと共に走ってきた。

 


 それを首の骨が折られながら辛うじて生きていた同胞が、偶々持っていたラムの実を口に入れられていた事で、長は起き上がった。
 しかし、既にそこは死屍累々だった。今の今まで共に生きてきた同胞達の大半は、もう既に物言わぬ死体となっていた。生きているのも、このままだったら呼吸すら麻痺して死んでいく。
 この島に関しての様々な情報を取り込んできたが、そこには木の実の群生地という金にもならず、危険でもない情報などはなかった。
 そして、今この場で命に代えても復讐を果たせなければ、自分の矜持は跡形もなく消えて戻る事はないというのは、分かりきった事だった。

「うおおおおっ、おらあっ!!」
 ヒスイダイケンキの脚刀は、通常のダイケンキのそれより軽い。そこまで力の強くないゾロアークでも問題なく振るえる程に。
 けれど、遮二無二に振り回されるそれに対し、ムラクモは反撃までは出来ないものの、するり、ぬるりとそう体を派手に動かす事もなく躱していた。
 その最中。
 脚刀は木に叩きつけられた。長の振り回し方では、脚刀は木に食い込む事なく、切っ先をパラパラと砕けさせる。
 地面にも叩きつけられ、埋まっていた石か何かに当たってまた、脚刀はまた砕けた。
 ……こんな、脆い刀で?
 激情に駆られながらも、長はそれに意識全てを奪われていはいない。命に代えてでもムラクモを殺すにはどうしたら良いのか、その道筋を必死に辿り続けている。
 その意識が、この脆い脚刀にある種の感嘆を覚えさせてしまう。
 周りには、既に首を、四肢を断ち切られた同胞達の死体が転がっていた。このムラクモは、こんな繊細な刀でここまでの惨劇を、刃毀れの一つも起こさないまま成し遂げている。
 加えて、まともな剣術ではないにせよ、武器を奪われた相手にさえも微塵も怖気付かないのはやはり格の違いというものを思い知らされているようだった。
 だが、負ける訳にはいかない。脚刀さえ奪っていれば、勝機はあるはずだ。
 そして、ムラクモの挙動を深く探りながら、決死の一撃を捩じ込める隙を見つけようと脚刀を振り回し続け。
 だが……それは、一向に来る事がなかった。

 そんな最中、目と目が合った。
 長は、ムラクモに淡々と見られている事に気付いた。
 自分なんぞより、より深くまで。何の感情も持たず、何の偏見も持たず、どのようにしたら殺せるかの為だけに。
 それを自覚してしまえば、勝機など万に一つも無いと理解させられてしまったよう。
 ……生きてきた軌跡が、違い過ぎる。旨い汁を吸う為だとか、楽して稼ぎたいだとか、他者より上に立ちたいだとか、そんな世俗的な生き方をこいつは微塵たりともしてきていない。
 異端じゃない。別物だ。
 どうすれば分からなくなった、その止まった腕に水鉄砲が当たった。
「うっ」
 脚刀が手から離れた。
 的確で、これもまた淡々とした攻撃。
 腕に走る痛み。大したものではないにせよ、いつもなら避けられる程度のそれに当たった事に、先に隙を見つけられたのが自分であるという事実を突きつけられる。
 拾い直そうとする事すら憚られた。そもそも、脚刀を奪ったところで脅威として見られているのかすら怪しかった。
 どう足掻いても勝てないのならば、逃げろと理性が訴える。
 しかし、長としての矜持がそれを拒もうとした時。
 ざりっ。
 それは、先に前へと一歩踏み出したムラクモの足音、ただそれだけで粉々に砕けた。
「うっ、うああぁぁああああぁぁ」
 長は身を翻して、尻尾を巻いて、逃げ始めた。
 頭の中が真っ白だった。木々にぶつかりながら、転びながら、それでもムラクモから出来るだけ離れようと、ただそれだけで全身が駆動し始めている。
 そして、そうして逃げようとしたゾロアークの二匹がどうなったのか、その末路を見たはずなのにそれも消え失せていた。
 ムラクモは落とされた脚刀を拾うと、転びながらも逃げる長を見定めた。
 脚刀を持ち直し、と体を強く捻らせる。全身を撥条のように力を溜める。
 そして、解放した。
 ぐるんぐるんと脚刀が飛んでいく。海からの潮風を切り裂きながら、一糸乱れぬ軌道で、ひたすらに最短距離でその的へと飛んでいく。
 それは、的へと……長の背中を深く抉った。

 進化すると共に自ずとその身に備えられる翡翠のような髪留めは、幾多の破片に成り果てて地面にぼろぼろと零れ落ちた。
 その赤黒く長い髪の毛も、半分ほどがばっさりと地面に落ちて、いかにも見窄らしい見た目に成り果てる。
 故に、いつもは感じない風を背中に感じていた。それ以上に背中から生温かいものが流れていく感覚が。
 長の手によって幾多の刃毀れを起こしていたその脚刀では、長の背中を袈裟斬りにするまでは適わず、長の命は未だ繋がっていた。
 ただ、それでも背骨も深く切り裂かれたのか、下半身にも上手く力が入らない。致命傷ではあった。
「なんで……なんで、こんな……」
 ただ端的な言葉ばかりをうわ言のように繰り返していると。
 後ろからは、ゆったりと歩いてくるムラクモの足音が少しずつ近付いてきていた。

「いやだ、やめてくれ、うう、うあっ」
 そんな呻き声を無視して、ムラクモは一対の脚刀を回収した。
「……」
 酷い刃毀れを見て、ムラクモは溜息を吐いた。
 長は、そんなムラクモの様子なども見ないまま、せめてと言葉を捻り出す。
「助けて、くれ、金、女、薬、何だって用意する。だから」
「黙れ」
 ムラクモは不愉快そうにその言葉を閉じさせる。
 風と波の音ばかりの中。
 ムラクモは脚刀を暫く眺めると、片方を仕舞い、再び溜息を吐いた。
 長は、断罪の時が来たのをどうしようもなく自覚した。
「や、やめっ」
 変わらない目。
 一本の脚刀が、ムラクモの両手で持ち直され、高くに掲げられる。
 振り下ろされるのに、咄嗟に長はそれを両方の爪で防ごうとした。
 バギィッ。
「ぎゃあっ!?」
 爪が砕け、脚刀が更に刃毀れを起こした。
 もう一度高くに掲げられた脚刀。
「待て、待てぇっ!!」
 そんな懇願も虚しく、二度目が長の両腕をへし折った。
「ぎゃああああああ」
「自業自得だ」
 ムラクモは、小声で言った。叫んでいるゾロアークには聞こえていないにせよ。
 淡々と幾多のゾロアークを殺した事には何も抱いていない。脚刀を一時奪われたのも自分の失態だ。だが、脚刀をここまで刃毀れさせた事には苛立ちを隠せなかった。
 爪も砕け、肘から先があらぬ方向を向いたその両腕で、けれど長は必死に首だけは守ろうとしていた。
 それに対して、ムラクモは脚刀を振り下ろす。
 腕が千切れ、喉が引き裂け、そして首が叩き折れて、事切れた上で首と胴が分かたれるまで。何度も何度も。
 今の今まで無表情でゾロアーク達を殺していたムラクモの表情は、この時だけ昂っていた。

4


 程なくして夜が訪れる。
 好き好んでゾロアークの根城のみがある道へと来るような島民も居らず、ひとまず自分が直接的に殺したところを見た者は誰も居ない、で済みそうであった。
 ゾロアークの死体を幾つか引きずって海の方へと行けば、最初に岩と共に海に落としたゾロアークの、その血の匂いを嗅ぎつけたのか、数多のサメハダー達が群がっているのが見えた。
 今回は、細切れにする必要までは無さそうで、必要な労力が大幅に減った事にもほっとして、順々に死体を投げ込んでいく。
 中にはまだ辛うじて息のあったゾロアークも居たが、別に仕留める事もなく、投げ捨てて。
 突然の豊漁に、サメハダー達は更に集まってきて、ゾロアーク達は等しく食い散らかされていく。
 散らばった脚刀の破片や、血を帯びた土も掬っては海に投げ捨てて。
 そして最後に長の砕けた髪留めを投げ捨てると、ムラクモは少しだけ疲れたように座り、空を見上げた。
 多分、前の世界と変わらない月がそこにある。
「……平和だな」
 自然と、そんな言葉が口から出ていた。
 自分が排除して平和にしたから、ではなく。単純に、殺しなんて事が基本起きないこの世界が。
 誰もが生きる事そのものに必死にならず、殺し合いなどまず発生しないこの世界。
 それに寂寥感を覚えるのにはいつまで経っても変わらないが。
「…………それで良いのだろう」
 ムラクモは、そう独り言ちた。
 過去の記憶はない。ただ、体に染み付いている記憶ばかりが、この世界で相容れずにこのような行動を起こさせている。煙を出す玉の作り方も、爆音を出す玉の作り方も含めて。
 でも、記憶そのものに関しては別に取り戻そうと思えていない理由もきっと、そこにある。
 そうまでしなければ生きられなかった、その元の世界は、自分にとっても辛かったのだろう、と。
「…………」
 立ち上がる。
 痕跡を残していないか、もう一度確認し。
 完全とまではいかないが……ひとまず、精緻に調べようと思う者が居なければ、今回もまた、ばれる事もないだろう。
 そう結論付けて、帰路に着く。
 道中、小川で念入りに血を洗い流してから、家にまで着くと、弓矢を仕舞う。
 そこから後はいつも通りに日課をこなして、いつも通りに寝た。

 


 翌日。
 今日も恫喝に来るのではないかと戦々恐々としている商店街に、しかし意外にもゾロアーク達は来なかった。
 その翌日にも、更にその翌日にも。まるで唐突にどこかに消え去ってしまったように。
 程なくして、各所から噂が流れてきた。長とその側近達が纏めてどこかに消えてしまったらしいだとか、ケッキング達に復讐をしに行った残党達が返り討ちにされただとか、ゾロアークの髪留めの部分のようなものが海の底を漂っていただとか、魚の腹の中から赤黒い毛が大量に出てきただとか。
 明確な事は何も分からないままであるが、和を乱す邪魔者が消えた事に対しては、別に誰も深くまで追求しないまま、その内話題としても上がらなくなっていく。
 ムラクモはそんな日々も特に何も変わらず過ごしていた。海の藻屑にしたとはいえ、ばれる可能性は否定出来ず、ばれてしまったならば正直に言おうとも思っていたが、今のところはその必要は無さそうである。
 今日もカミナリのしっぽ亭にて、黙々と飯を食べていると。目の前にむらまさが座ってきた。
 ダイケンキの中でも巨体を持ち、それに相応以上の豪快な剣技を振るう剛の者である。
「……なあ、ムラクモ。やっぱりおめえとは戦えねえのか?」
 そのむらまさが、どこか伺うように聞いてきた。
「前も言っただろう。戦い方が違い過ぎると。
 正々堂々、何でもあり。どちらでも、勝負にならない」
「そりゃ、そうだけどさ。…………いや、聞かなかった事にしてくれ」
「……そうか」
 そう言って、むらまさは飯を注文しに一度席を離れる。
 その間に、飯を食べ終えたムラクモは席を立ち。
「ご馳走様」
 そう言って、盆と共に食器を返した。
「どういたしましてー」
 返事を聞きながら、ムラクモはいつも通りのゆったりとした足取りで、店を後にする。

 ……その去っていくムラクモを、盆を受け取った店主のビクティニ……ティニと、そしてむらまさは、じっと見ていた。
 その二匹だけは、いつもは骨を綺麗な形にして残すムラクモが、あの日以後、骨まで食べるようになった事に気付いていた。
 そしてダイケンキが刃毀れした脚刀を再生させる為には、骨を多量に摂取する必要がある事も知っていた。
 けれども……居なくなった翌日でさえも平然と過ごしているムラクモに。
 聞いたとしたら……脚刀を見せてみろと言ってしまえば、そのままどこか遠くに行ってしまいそうなムラクモに。
 それを聞く事は、どうしても出来なかった。


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