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夜明け前の空のような黒い四肢と紺の上体。そして、それは見事な角をはやしたそのポケモンを、人はゼルネアスと呼んでいた。
この世界に生まれ落ちて十数年、親よりも二回りほど小さいくらいまで成長したゼルネアスの少年(性別はないが、便宜上こう呼ぶ)は、同じゼルネアスの親から旅に出て、広い世界を見て、世界を好きになるように命じられた。
生まれ落ちてから数年、ゼルネアスはまず、生きるということを学んだ。食事をとらないとお腹がすく、お腹がすいたら食事をすれば落ち着く。起きていると眠くなる、眠ればすっきりする。寒い時は親に体を寄せたり、狭いところに閉じこもれば温かい……まっさらな脳みそに生きるために必要な知識を詰め込んでいく。
次は言葉を学んだ。お腹が空いたとき、痛いとき、かまってほしい時、そんな時にただ鳴き声を上げるだけじゃなく、言葉を学んだ。父親と自由に話せるようになってからはさらにいろんなことを学んだ。
生きる事、死ぬこと、生まれる事、戦う事。沢山学んだゼルネアスは、強い父に見守られながら育った甲斐もあり、年端もゆかぬ子供でありながら、そこら辺の大人にも負けない強さを手に入れた。
そんな少年が森の中で趣味にしていたのは、虫タイプのポケモンと草タイプのポケモンの関りであった。タイプ相性で言えば、虫タイプのポケモンは草タイプのポケモンを虐げるのに適している。実際、ケムッソやキャタピーといった幼虫のポケモンが弱い草タイプのポケモンを食い荒らすなどして困らせている光景はよく見るが、そういったポケモンも、成長するにしたがって草タイプのポケモンの役に立つこともあるのだ。
それらのポケモンは、花の蜜を吸うために、草タイプのポケモンにとっかえひっかえ口づけをして回ることで、花粉のやり取りを行い、生殖の手助けをするのだ。
ケムッソやキャタピーに恨みがあるポケモンたちも、蜜を吸われ、雄蕊やを撫でられること。花粉がついた足で雌蕊を撫でられることを至福の瞬間と感じるようで。
晴れた日は、光合成をしながらバタフリーやアゲハントといったポケモンたちに蜜を吸われるのを心待ちにするポケモンも少ないくない。そんなやり取りを見ながら、少年は草タイプのポケモンも虫タイプのポケモンに対して、嫌ったり好きになったり大変だな、と思う。
少年は命の躍動を見るのが好きだった。狩る、狩られる、食う、喰われる。まだ実体験はないが、交尾や求愛を眺めるのも好きだし、出産も子育ても、そしておいて死ぬことも観察するのが好きだった。
とりわけ大好きなのは、別種の生き物が仲良くしている光景だった。たとえば草タイプと虫タイプの関り方でも、草タイプのポケモンが虫タイプの幼虫に葉を食われて泣いている姿よりも、花の蜜を分け与え、幸せを分かち合っている笑顔の方が素敵だと感じる。命って素敵だな、と心が温かくなる。
だけれど、少年が命の素敵さを学んだのは限られた狭い森の中だけの話である。少年が成長してある程度立派になると、親は『もっと広い世界で、自由に色んな生き物を見てこい』と、少年に命じた。少年は目を輝かせて頷いた。これから悠久の時を生きるであろう少年も、まだ年相応の子供である。
まだ恐れも知らず、深く考えることもせず、彼は旅立ってしまった。親は、『昔は自分もあんなだったな』、と苦笑しながらその旅立ちを見送る。強大な力を持つ伝説のポケモンとはいえ、まだまだ子供だ。場合によってはどこかで死んでしまうこともあるかもしれないが、その時はその時だ。そんな、死ぬかもしれない危機を運良く乗り越えていけば、きっと逞しく成長し、生態系を支える役割をまっとうするだろう。
そうして子育てにひと段落ついた親は、ゆっくりと目を閉じると、下手すれば数百年にも及ぶうたたねを始めるのであった。
ゼルネアスの少年は、まず目立たずに歩ける体を手に入れるべく、メブキジカの死体に目を付けた。恐らくは雄同士の戦いで敗れた際に、角の当たり所が悪くて重傷を負ってしまったのだろう、まだ進化したての小さく若い個体だった。
メブキジカならば、元の姿とも体形が近く、体を操るのも容易だ、その皮をかぶったゼルネアスは、新しい姿にもすぐに慣れた。
新しい姿になった少年はゼルネアスとしてではなく、どこにでもいる普通のポケモンとして世界を歩いてみる。この姿だと誰も自分のことを注目したりもせず、得体の知れないポケモンだからと警戒することもなく、喧嘩を売られたり、威嚇されたり、狩られそうになったりと、新鮮な毎日だった。
無論、そんなことをする輩はことごとく返り討ちにするだけの力はあったのだが。
生まれ育った森のはずれの方へと歩く間、少年は花粉を体いっぱいに纏わせたまま、アマージョの甘い蜜を求めて飛び込むアブリボンを見つけた。しかし、どこの誰とも知れない雄と受粉するなどプライドが許さないアマージョの踵落としを食らい、そのまま踏みつぶされてアブリボンは半死半生。
「ふむ……アブリボンはフェアリータイプ。私の力でなら回復させることもできるが……」
ゼルネアスである少年の力を使えば回復させることはできるが、しかし。親からは、むやみに力を使ってポケモンを助けるようなことを慎めとは言われている。死にそうなポケモンをいちいち助けていたらきりがないし、いちいち情を持っていたらいつか心が壊れるからと。
なので、後ろ髪を引かれる思いでその場を去ろうとした少年だが、アブリボンは自前の花粉ダンゴを食べて体力を回復すると、危なっかしい飛び方で少年……が、変身したメブキジカの角に止まって、その花の蜜を吸い始めた。
「うまいかい?」
なるほど、確かに虫タイプのポケモンに優しく蜜を吸われるのは気持ちいかもしれない。それを理解しながら少年はアブリボンに問う。
「あ、はい……美味しいです。すごい、お兄さんの蜜……今まで生きてきた中で一番おいしいかも。すごく、体も元気になるし……不思議な感じ。こんなメブキジカ、初めて」
体が元気になるのは、半分以上はフェアリーオーラのおかげだろうが、蜜の味を褒められて悪い気はしなかった。
「もっと吸うといい」
メブキジカになることで、虫タイプに蜜を吸われる側の気持ちを、心と体で理解して少年は微笑んだ。
少年は生まれ故郷の森を抜けると、海を目指した。海辺には今まで見たことの無いようなポケモンがたくさんいるらしい。どんなポケモンがいるのだろうと心躍らせながらひたすら進路を南東方向に定め、大きな川を二つ隔てた森へとたどり着く。そこは鳥系のポケモンたちの楽園で、色とりどりの飛行グループのポケモンが、春を謳歌していた。鳥系のポケモンたちにはダンスが上手い種も多く、それ故にフェザーダンスなんて鳥系のポケモンばかりが覚えるようなダンスもある。しかし、ダンスを戦闘の手段にしていたり、日常的に戦闘している個体ならばともかく、多くの種にとってはダンスは雌に対する求愛の手段。雌よりも雄の方がダンスが上手いな、という印象だ。
雄たちが派手なダンスで雌の心を惹こうとする光景は、求愛されている当事者でもないのに心が躍ったし、特に素晴らしい踊りをしていた雄は、その美しさゆえに雄同士で惚れてしまったのだなんて説明するようなウェーニバルもいた。
肩を並べてオドリドリと語り合っていた途中のウェーニバルはとても饒舌だった。
「僕のダンスは、鍛えぬいたこの脚と、奇跡的なバランス感覚で、せせらぎのように美しい水の流れを表現するところさ。それをバトルに転用すれば、どんな攻撃も華麗にいなし、いかなる防御も許さない……そう思っていたんだけれどねぇ。
上には上がいるもんだ。このオドリドリを見ておくれ。僕よりも体が小さい分、力は弱いのだけれど、電気を纏った美しい翼から繰り出される美しい煌めきの数々。僕の踊りの性質を瞬時に見抜き、自身の舞いに組み込む素晴らしい特性!
大人になるまで血のにじむような努力を積み重ねてきた僕、その全てをぶつけても勝てないとわからされたよ。
本気で負けたと思ったのは初めての経験だったが、それだけにもう一つの初めての経験……雄を見て興奮するという経験を僕に与えてくれたことには、素直にお礼を言いたい気分さ」
「あぁ、どうも……こんなだけれど、彼のダンスは本当に素晴らしいよ。確かに、その……魅力的なんだ」
そばにいたオドリドリは、どうやらこの饒舌なウェーニバルにうんざりしているようで、苦笑が漏れている。ただ、面白いのは、うんざりしつつもきちんとウェーニバルに対する尊敬や親愛の念は感じられるところだった。
異種のポケモンとは仲良くしない生き物も多く、特に雄同士ともなるとメスをめぐる争奪戦のライバルいなることも多いはず。それでも、そんな利害関係を超えてこうして仲良くなっているとは、中々見ないことである。
虫タイプと草タイプのように、生態がそもそも助け合うように出来ているポケモンたちとは違う。普通に生きていれば助け合うこともないような種同士が、こんな風にひかれあう関係もあるのだと思うと、何だかほほえましい。
「僕はもっと、雌ももっとまじめにダンスを学べば、更なる華が出そうだと思うんだけれどね。でも、生きるために、子孫を残すために必要がないとなると、モチベーションが沸かないのかもしれないね……あぁ、このままでは僕は、雄にしか魅力を覚えなくなってしまうかもしれない……」
「勘弁してくれ……俺は雌の方が好きなんだ」
饒舌なウェーニバルのその横で、オドリドリはまたもやため息をつくのであった。少年がその踊りを見たいというと、ウェーニバルは喜んで。オドリドリは面倒そうにしつつも素敵な舞いを見せてくれた。
少年がお返しに木の実を渡すと、同じ雄同士でダンスの価値を分かってくれるものに出会えて嬉しいよ、とウェーニバルはご満悦になるのであった。オドリドリは、微笑んでお礼を言ってくれた。
その後、少年は鳥たちの楽園を抜けると、海を目指して火山活動が活発な山を行く。火山からはもうもうと煙が沸き上がっており、今でも活動中の火山であることが伺えた。時折大きな噴火もあるせいか、周囲には植物も少なく、生えていても背の低い草や苔がせいぜいであった。
こんなところなので、あまり多くのポケモンが住むことは出来ず、火山から出る毒ガスを好むポケモンや、遠くまで飛んで行ける飛行タイプのポケモン。そして炎そのものを好む炎タイプのポケモンや、地面・岩・鋼といった鉱物を好むポケモンくらいだ。
「食料になるものが少ない……」
自分から訪れた場所だというのに、思わずそんな独り言が漏れてしまう。確かに、火山活動の影響で金属や岩を食料とするポケモンには非常に恵まれた環境なのだが、草を食べて生きる者からすれば、生育環境にはまるで向いていないというのが率直な感想だった。
そんな場所を、メブキジカが歩いていると非常に珍しいらしい。こちらを見かけたポケモンはじっと観察してくるし、よく目が合うので気まずく目を逸らすこともしばしば。居心地が悪くて足早に通り過ぎようとすると、今まで出会った者たち以上にこちらを見つめてくる存在に遭遇する。
全身の体毛が真っ青なポケモンだった。軽くねじれた角は金色、四肢は太いものの全体的な骨格はメブキジカと似ているので恐らくは草食のポケモンだ。全身の質感が恐らくは鋼タイプなのだろう事を語っていた。
見られる。物凄い見られる。
「やばいなあいつ……父さんほどじゃないけれど、私よりも強いんじゃ……」
その睨みつけてくる眼力は、歩いているだけなのに心臓が高鳴るほどだった。目を合わさないように必死に正面だけ見続けていたが、どうにも相手はそのまま黙って通すつもりもなく、足早に通り過ぎようとしたら物凄い勢いで距離を詰めてきた。
焦って逃げた少年だが、相手のホームグラウンドでの追いかけっこでかなうはずもなく、行く手を遮られてしまう。
「珍しいな、こんな場所にメブキジカなんて」
「どうも……なんというか、相当強そうな雰囲気ですが、えっと、この辺のヌシでしょうか?」
「そうだ。私はコバルオン。この山のヌシをしている」
「そうですか……その、ここに迷惑をかける気とかは、ないので……縄張りを荒らしたなら謝ります」
「大丈夫だ。私の縄張りは広い。踏み込まれたくらいで怒り狂うほど心は狭くないな」
「なら、よかったです」
自分よりも強い相手が怖くて、少年は生まれて初めて委縮した。生まれてから、親の庇護下で暮らしていた時は、悪意のあるポケモンなんて、自分達に近づくことすらできなかった。そして、少年がある程度育ってからは、その辺のポケモンに負ける要素などなかった。だけれど、少し旅をするだけで、父親以外にも強そうなポケモンはいるものだ。
漂う金属臭。フェアリータイプの自分には相性の悪い相手。しかも、自分以上の強者であることは、少年を追いかけてきたのに息切れ一つしていないことからも察せられた。
「それで、こんな場所に何の用だ? 見ればわかる通り、ここはお前が住むのに適した場所じゃないように見えるが……」
「えっと、旅をしています」
「ほお、で、旅の目的は?」
「広い世界を見るためで……私、少し特殊な事情がありまして。父親に、広い世界を見て、世界を好きになってくるように言われたのです」
「好きになる、か。それはいいことだな。いい父親じゃないか」
「えぇ、自慢の父です」
コバルオンに父親を褒められ、メブキジカは思わずはにかんだ。
「それにしても、広い世界を見たいだなんて、人間のようなことを言う……。見たところ、メブキジカとして体は成熟しているのに、どこか少年のような雰囲気もあるし……不思議なメブキジカだな、お前は。ま、気をつけることだな。ここは、炎タイプのポケモンも多い。お前みたいな草タイプ、油断してたら燃やされてしまうからな?」
「……お気遣い、ありがとうございます」
「そうでなくとも、ここは過酷な環境だからなぁ。その環境に適応できる血気盛んなドラゴンも多い。お前は、何というか肉付きがよくてうまそうだから、そんな奴らの恰好の獲物だ」
「いやいや、あなたは草食でしょう?」
「ふふ、角に生えた青葉が美味しそうじゃあないか」
「食べます? お近づきのしるしに、二枚くらいならいいですよ」
「どれ……ふむ、いい香りだ。二枚となると、寂しいな」
「それはどうも」
少年は、季節が移り替わり、青葉となった角を、コバルオンに振舞う。コバルオンは言われたとおりに二枚程食むと、よほど美味しかったのだろうかおかわりを欲していた。
「良い味の葉を茂らせるのは、健康で光合成をきちんとしている証拠だ。旅を続けるなら、健康には最大限気をつけろよ」
「えぇ、それはもう。食べる者には注意していますし、睡眠はきちんととっています」
「その心がけは大事だな。ならば、ここでも良いものを食べないとな。よければあっちの方に草がたくさん生えている場所がある。お腹がすいていたら行ってみるといい」
「……行ってみます!」
どうやら、このコバルオンは明らかなよそ者を警戒していただけで、こちらに敵意は感じなかった。それどころか、餌場まで教えてくれる当たり、とても親切だ。
「そうそう、海を目指すのはいいけれど、人間には気をつけろよ。お前の様に珍しいポケモンを、人間は大好きだからな。特に、四角い巨大な巣が作られているところや、山に壁を作って湖にしているようなところは危険だ。悪い人間がたくさんいるから、近寄らないほうがいい」
も、少年に敵意がないことを感じ取ったのだろう。それどころか、少年が実は普通のポケモンでないことも気づいているらしい。彼自身、普通のポケモンではないからいろいろ苦労したのだろうか、別れ際に彼は非常にぞくっとすることを言ってきた。
そうして、コバルオンと別れた少年は、教えられた草場へと向かってみる。そこに行く間、見慣れない種である少年を見て、興味を持ったのだろう。ガブリアスが音よりも速く近づいてくる。
「おうおうおう、そこのお前!」
「……ん、なんでしょう?」
「お前、ヌシ様と話してたな。お前、ヌシの友達か? それとも恋人か?」
「いや、どちらでもないですが……」
「ならお前をどうしようと、ヌシ様は知らぬ存ぜぬってわけだなぁ。じゃあ、選べ。俺様に食われるか、それとも俺様の交尾相手になってもらうか」
「……え、交尾?」
そのガブリアス、ヒレには切れ込みが入っており、どう見ても、どう匂いを嗅いでも雄である。そんなガブリアスが、雄の自分に何故。
「いやいや、どっちもお断りします」
「へへ、じゃあ決まりだな! お前は今日の昼飯だ!」
と、ほざきながら向かってくるガブリアス。少年は微動だにせずにマジカルシャインで目を潰し、後ろ蹴りで崖から突き落とした。間抜けな声を上げて落ちていったが、ガブリアスといえば生態系の頂点に君臨することも多いポケモンだ、死にはしないだろう。
この世には雄に欲情する雄もいることは少年も知っていた。雄は交尾の際、雌に純度の高い生命エネルギーを与えるように出来ているのに、雄同士で交尾なんてしていたら、せっかくの生命エネルギーを新しい命のために使えない。そんなこと、やる意味はないというのに、自分にもその需要があるということを不本意ながら少年は知ってしまった。魅力があると思われるのは嬉しいのだが、同時に迷惑でもあり、複雑な気持ちになる少年であった。嫌な縁もあったものである。
ガブリアスの安否を確認することもなく、少年はコバルオンから紹介された場所へと行く。紹介された場所は、地形の関係で溶岩が流れ込みにくい場所のようで、その分大きな草がまとまって生えるようだ。竜のねぐらからもほど近く、少しだけ竜の糞の匂いも漂ってくる。
糞の匂いはあまり好ましくはないが、糞が肥料になるおかげか少しだけ草が生えやすい状況が整っているらしい。いい草が育っているので悪臭については目を瞑る。定期的に噴火を繰り返すせいか木々はほとんど育たず寂しい山だが、そんな場所にも多くのポケモンが適応し、逞しく生殺与奪を繰り広げている。
周りを見渡してみればアイアントは力を合わせてクイタランを撃退しているし、クイタランは返り討ちにされないよう、孤立した個体を虎視眈々と狙いすましている。草を抜けば土を耕すミミズズと目が合ったりもした。
遠くでは洞穴から出てきたブリジュラスとクリムガンが体を寄せ合っていた。二匹がいる場所は食べられない骨を巣の外へと捨てる場所なのだろう、捨てられた骨は骨格からしてドリュウズだろうか? 鋼部分が捨てられていないあたり、クリムガンが食べないところはブリジュラスが全て食べているのだろう。
狩るポケモンは一緒でも、食べる部位は違う。それに、持久力で追い詰める狩りが得意なブリジュラスと、待ち伏せが得意なクリムガン。なるほど、良い組み合わせだ。土地柄、ドラゴンタイプが苦手なフェアリータイプや氷タイプのポケモンも少ない。そんな二匹の性質が、共に生きるメリットを多くし、デメリットを少なくしている。なるほど、そんな協力の仕方もあるのだ。どちらも基本的にはあまり群れずに一匹で生きるポケモンのはずだが、それでもああして共に生きることを選ぶ当たり、本能よりも知能が上回っているような、ある種特別な個体なのかもしれない。
それにしても、あの二匹はずいぶんと仲が良い。体をこすりつけあうような距離感を見るに、もしかしたら夫婦なのだろうか。タマゴグループは同じはずだから、そうだとしたら種族を超えて恋愛が出来るという、なんともほほえましい光景だと思う。もしもあの二匹から子供が生まれれば、きっと種族を超えて友達を作れるような子供に成長してくれるだろう。
「素敵な二人組だなぁ」
遠くの二人を眺めながら少年は微笑んだ。草を食べた後に近寄ってみたら雄同士で、しかも交尾の真似事をしている。少年は思わず顔をゆがめてしまった。
「なんだよあれ……あれじゃ、生命エネルギーが無駄になっちゃうじゃないか……」
まったく、ここは生命エネルギーの無駄遣いをする奴が多いなと、少年はため息をついた。ドラゴンは生態系の頂点、それだけ生命エネルギーが有り余っているのである。
何度も寄り道したり、数日眠り続けたり、海にたどり着くころには、季節は夏も終わりごろとなっていた。角はあと少しで紅葉へと移り変わるだろう。
あの青いポケモンと出会った食料の少ない山を越えれば、そこから先は一気に草木も増えて、食べるものには困らなかったので、ついつい長居することが増えてしまった。その反面、見たことの無いポケモンに興味本位で手を出されることも多かったが、少年はそれをことごとく返り討ちにしたり、優れた脚力で突き放した。
時折、どうにもできないような強いポケモンともであったが、そういうポケモンは戦って手に入るものは大抵持っていることもあり、珍しいポケモンを見たところでどうということもなく、あの青いポケモンのように警戒はしても、追い回すようなことをしなかった。
「海……湖よりもずっと広い。匂いが独特……空気に潮の味がする……草の味も木の味も全然違う……そして、人間が多い!」
海は広くて大きくて、匂いも臭くて、色んな感情が沸き上がる。心は踊るのだけれど、ちょっと心配なのは、人間が近くにいるということだ。道中で出会ったポケモンの中には人間には気をつけろと警告するポケモンがたくさんいたのだ。
コバルオンを筆頭に、火山を背負った勇猛なポケモン、水蒸気を操る温泉地帯のポケモン、ジャングルに群れで住んでいる癒しの力を持つポケモンなど(それぞれ、エンテイ、ボルケニオン、ザルードというらしい)。どうにも人間に追い回された経験があるらしく、人間が鍛えた強いポケモンに散々苦しめられたのだとか。恐ろしい話である。
メブキジカの姿ならば、そう珍しいポケモンではないとはいえ……それでもこのあたりに住んでいないポケモンである以上、人間からすればどうしても目立ってしまう。何かを感づく人間がいないとも限らないので、少年は人里を避けつつ移動し、海を望める崖から水平線を見下ろした。
その時は昼だったが、太陽光が反射してキラキラと煌めくさまが美しく、波の音に交じって眠気を誘う歌が届くのもとても良い。見下ろしてみれば、イルカマンが、まだ未熟で統率の取れていないヨワシを岩場に追い詰めている。入り組んだ岩場でヨワシがはぐれ孤立したところをアシレーヌが歌で眠らせ、そのうえで捕食するという共同で狩りを行っているようだ。
水中からならば、岩場に座っているアシレーヌを見ることは難しい。岩場であればヨワシは群れの利点を生かすことが難しく、統率がとれていない烏合の衆であれば追い詰めるのは簡単。どれほどの試行錯誤を経たのかはわからないが、見事な連携、見事な狩りであった。
海はいい。少年が父親から海の話を聞いたときから、ずっと行ってみたかった場所だ。海は話に聞いた以上にいい場所だ。美しいうえに、生命の躍動は森に負けず劣らず活発だ。
地元では見たことの無い草や木の実を食べ、色んなポケモンと話をしてみたり。サニーゴとヒドイデの捕食を観察したり、サメハダーがヨワシに返り討ちにされるのも、観察していて心が躍った。
来てよかったな、と少年は海を満喫した。
少年は、しばらくは人里を避けつつも海沿いを歩いて、色んな場所を見て回っていたが、その過程で不穏な噂も聞いた。どうにも、人間たちの大規模な縄張りから北東の方へと行った山奥にある森で、森の広範囲が枯れてしまったという噂があったのだ。
それを教えてくれた鳥系のポケモンが言うには、人間が何かをしようとした形跡もなく、これは人間が余計なことをしたわけではないという事らしい。こんな大規模な縄張りや、巨大な湖を形成するのだから、森を枯らすことくらいもありそうなものだが、その前兆もなかったらしい。
ともかく、森が枯れるなどといった事件が起きたのならば、自然をつかさどるゼルネアスとしてそれに対処しないわけにはいかない。今の未熟な自分にどうにかできる問題かどうかはわからないが、そういった事態に対処するのが、自分達仕事だ。
これまでの旅路で何度も寄り道を繰り返してきた少年だが。この時ばかりは寄り道することなく、まっすぐに森へと向かう。
「なんだこれは……森が死んでる」
見るも無残な光景が広がっていた。川を隔てた向こう側は無事だが、一つの小高い丘を中心に、周囲数キロメートルの森が枯れ、幹が根こそぎ崩れて横たわっている。食料不足のせいか、それともこの枯れた森に生えるどす黒い植物が原因か、ポケモン。特に秋に活発に動く虫タイプのポケモンたちがバタバタと倒れている。
まだ時間帯は昼だというのに、夜が活動時間のはずのゴーストタイプのポケモンが集まっていた。ギルガルドが魂と血液を啜り、ヨノワールが子供を連れて宴を催している。だが、ここに来るまでに森で何度かすれ違ったボクレーやオーロットの姿は全く見ない。草タイプのポケモンだけに、こういう事態には敏感なのだろう。
動いているポケモンは、ほとんどがゴーストタイプのポケモンや、枯れ木や腐乱死体を餌にするポケモンばかりで、新鮮な草木、新鮮な肉を食べるポケモンは一匹も見えない。ただの砂漠よりも、毒ガスの湧き出る火山よりも、よっぽど空気が重くて、息をするのも躊躇われた。
更に異様なのは、死んだ森の中心部に、異様に生き生きと、青々とした森があるという事。見た目だけは緑豊かな森に見えるのに、行くことをためらうような。ここよりもさらに濃い邪気のようなものがそこには合った。
恐ろしくて逃げだしたい。まだ未熟な自分にどうすることが出来ようかという気持ちはあったが、使命感に突き動かされて少年はその怪しい森へと足を踏み入れる。
不思議な森だった。歓迎するように穏やかな雰囲気なのに、先ほどの邪気が更に色濃く漂っている。そのまま奥へ目を凝らしてみると、骨だけになった死体がそこかしこに転がっていた。骨だけになっているが、腐った肉がまだこびりつき、そこに蠅とウジ虫が湧いている。死体はほとんど食われてしまったらしく、骨にはわずかな肉がこびりついているのみだ。
ふと後ろを見てみたら、自分を取り囲むように太い蔓がぶら下がり、張り巡らされていた。
「まずい、逃げないと!」
少年はマジカルシャインで蔓を焼き尽くす。ほっと一息ついたその時、足に蔓が絡みついていて、前につんのめってしまった。
「嘘だろ……!?」
何とかならないかと、少年は力を貯める。この蔓、拘束はするが、直接命を奪うようなものではないようだ。例え命を奪うにしても、一撃で仕留められるようなものではない。ジオコントロールで肉体を強化し、その上体で一気に勝負を決めれば何とかなる、と少年は考える。だが、蔓は首にも絡みつき、呼吸を封じられる。
一瞬、巻き付いた蔓が緩んだかと思いきや、その直後に眼前に痺れ粉をばらまかれ、苦しさに任せて大量に吸い込んでしまう。
体は一気に痺れて、せっかくため込んだジオコントロールの力も流れ消えてしまった。
相手は悪タイプだろう。これだけの邪気がそれを物語っている。そして、恐らくは草タイプ。正体がゼルネアスの少年にとってはそれなりに有利な相手ではあるが、レベルが違い過ぎる。
「来るんじゃなかった……」
正義感に任せて突っ走った結果がこれだ。せめて、周りのポケモンからもっと話を聞くなりして、対策をしてから行くべきだった。
麻痺した体に、マイマイに落ち葉を纏わせ、らせん状に木の板を並べた、殻を形作ったような見た目の化け物が迫ってくる。恐らくはこれが奴の本体。その本体がまず最初に行ったのが、少年の体を値踏みするように蔓で撫でまわすことであった。
数日間寝ている間にツタに絡みつかれることはあったが、あれはあくまで体を支えにされているだけ。これは、撫でるを通り越して舐めると表現してもいいほどに、気色の悪い絡まれ方だ。
何とか抜け出したいが、きっちりと絡みついた太い蔓と、大量に吸い込んだ痺れ粉の影響で動けそうにない。まだ生きてやるべきことがあるのに、と後悔ばかり噛み締めていると、そこに颯爽と現れる青い影が現れた。
「連続切り! 相手の注意を引きなさい」
巨大な剣を二本携え現れたのは、ダイケンキだった。彼は人間に連れられたポケモンのようで、雌と思しき人間の指揮に応じて草の化け物に迫っていく。立ちふさがる蔓を一息突く間もなく切り裂いていく。切り裂くごとに威力を増す技、連続切りだ。
この旅路の中でストライクなどが使うところを何回か見てきた。斬撃が途切れさせれば威力が下がるので、むしろツタで足止めしようとして斬撃を続けさせる方が悪手なのだが、あの草の化け物は焦っているのかそれに気づいていない。
ダイケンキは千切れた蔓が体に当たり、そのたびに傷が増えている。水タイプでありながら草タイプの攻撃を不完全でも食らうのはかなり痛いはずだが、それを感じさせない気迫があった。
「シザークロス!」
そして、その気迫に隠れて、もう一匹のポケモンが草の化け物の死角に周り込んでいた。もう一匹は完全に見知らぬポケモンであった。木の葉のように薄い、真っ白な体を持つポケモン。形状としては足と手と顔と、角がある、人型に近い形状だが、その大きさは、芋虫系のポケモンとそう変わらない小ささだ。
だが、その大きさに反して、その白く小さなポケモンは、シザークロスで草の化け物に致命的な深手を与えた。無惨に切り裂かれた場所からは黒い煙が血飛沫のように漏れ出し、近く、息絶えるだろう……
と、思っていたが、草の化け物はその傷を瞬時に修復して見せた。正確には、自身の縄張りである森から木の葉を補給し、肉を穴埋めしたようだ。
そして、よくよく見れば、ダイケンキの刀にも、あの白いポケモンにも、何より自身の角にも、禍々しいお札が張り付いている。これのせいで何だか力が出ない……
その深手を負って、とうとう敵も本気を出した。周囲の木々が意思を持って葉っぱカッター、パワーウィップ、タネマシンガンとありとあらゆる草タイプの攻撃が、全方位から襲い掛かってくる。
ダイケンキは攻撃をあきらめ防御に集中。迫りくる攻撃を全て切り払っている。しかし、この森自体が敵となった今、ダイケンキの素晴らしいまでの抵抗ではいずれじり貧になることは確実。
この森自体を何とかしなければ……
「燃やせ燃やせ! 全部燃やしてしまいなさい! 砥石を奪われた苛立ち、全部ぶつけてやるんだから!」
その時、雌の人間の声がした。彼女は新たにバオッキーとヤドキングを繰り出すと、周囲に炎を振りまいて森を燃やしにかかっている。これで、草の化け物は森から体力を回復させることは出来なくなるはずだ……でかした、人間!
「火気!?」
草の化け物が驚き目を見開く。
「火!? 火は嫌でござる!」
白いポケモンが火を見て取り乱す。
「燃え移ったら俺が水かけてやるから、今は戦いに集中しろ!」
ダイケンキはそんな相方をなだめつつ、今だ全方位からの攻撃に大立ち回りを演じている。
どうやら草の化け物は、新しく現れた相手たちに注目しているようで、少年の方は見向きもしていない。おかげで、準備が間に合った。
少年は、二匹との戦いに集中するあまり、草の化け物の注意が逸れている間に、アロマセラピーで自身を回復していた。静かに力を貯めてジオコントロールを行い、大地から生命力を借りて何物にも負けないだけの力を蓄えた。
少年は自身を縛っていた蔓をマジカルシャインで焼き切ると、ありったけの力で駆け抜け、草の化け物に口づけを行う。
ドレインキッス、相手の生命力を吸い尽くす技。少年は密着すると、自分と草の化け物を草で結びあげて、絶対に離れられないようにきつく、きつく縛り上げた。ドレインキッスで吸い上げた体液は酷い味だ。吐き気を催すような味だったが、栄養だけは満点なのか、体力は面白いくらいに回復する。草の化け物が少年を『怨む』事で、ドレインキッスを使えなくしようと企むが、森が燃えている今なら、押し切れるはずだ。
草の化け物も対抗してギガドレインを使ってきたが、少年は特攻だけじゃなく特防も上がっているし、タイプ相性はこちらが有利だ。
ドレインキッスとギガドレイン、壮絶な吸収攻撃の攻防の最中、あの白いポケモンが横槍を入れる形で決着はついた。あの白いポケモンは、草の化け物の急所を狙いすまし、更には剣の舞を舞ったのだろうか、先ほどよりもさらに切れ味鋭く、草の化け物の体をほぼ両断する。
草の化け物の体はほぼ、皮だけで繋がっているような状態になっている。森が燃えているおかげか。回復も追いついていない。
このままとどめを刺してやると、スパートをかけた少年の後ろからボールが飛んでくる。緑と黒のボール、暗いところで本領を発揮するダークボールだ。
そのボールがどんなものかも知らない少年は、一瞬慌てたが、草の化け物はボールにしまわれたことで、森との接続も完全に切れたらしい。千切れかけた体では、ボールの中で暴れることもかなわずに捕獲されてしまう。
「はー、終わったかぁ……」
「炎、怖いでござるよ……」
「おう、俺が守ってやる」
ダイケンキはその場に座り込み、炎に怯えている白いポケモンは、ダイケンキの胸元に隠れてしまった。
「……お疲れ、みんな。ごめん、無茶させちゃったね」
このポケモンたちの指揮をしていた人間が、ダイケンキと、いまだ健在の白いポケモンをねぎらっている。どうやら今度はヤドキングが雨ごいをしたらしく、激しい雨が降り注いできた。この雨で森を焼いている炎は徐々に消化されるだろう。
それを見て、もう安心だろうとメブキジカもその場に倒れ込んだ。
「君、見てたよ」
倒れ込むメブキジカを見て、人間は笑みを浮かべていた。何だか成り行きで一緒に戦ってしまったが、この人間は何者で、そして信頼できる人間なのだろうか。わからないが、疲れで意識がもうろうとしている。
「勇敢だったって褒めてあげたいところだけれど、そんなことよりも……重傷だね。とりあえずこのボールに入ってて」
雌の人間は桃色のボールを少年に軽く放り投げた。一回きりだが、入ったポケモンを癒す力のあるボール。その中で心地よい浮遊感に包まれながら、少年は緊張の糸がほぐれたことも相まって眠りについてしまう。
目が覚めた頃には、日はとうに落ちて夜になっていた。テントの中で毛布にくるまれて目が覚めると、人間の食事の残り香がした。どうやら、食事の時間はもう終わったらしい。
「あ、起きた。君、勇敢だねぇ……あの強いポケモンに向かっていくなんてそうそうできるもんじゃあないよ」
雌の人間は起きあがった少年に話かける。少年は人間の言葉の意味はあまりよくわからなかったが、褒められていることは伝わっていた。
「なんか君って不思議な雰囲気なんだよね。ここには住んでいないはずのポケモンだし……なぜかあなたをスキャンしようとするとポケモン図鑑もエラーを起こしちゃうし……でも、そんなことはともかく、貴方みたいに頼りになる子なら私と一緒に旅についてきてほしいんだけれど……どうかな? 無理やり捕まえたみたいな感じだから、ちょっと引っかかっているんだよね」
ポケモン図鑑などと言われても少年には何のことかはわからない。ただ、雌の人間が旅についてきてほしいということはしっかり伝わったし、自分がただのメブキジカじゃないと感づかれていることもなんとなくわかった。
「私について来てくれるなら、このボールの中に入って。そうじゃなければ、このボールを壊して頂戴」
雌の人間はそう言ってボールをテントの床に置く。少年はそれを迷わずに踏み壊した。
「あちゃー……即決かぁ。そっか、貴方、やっぱり普通のメブキジカじゃないんだね。こんな人里離れたところに住むポケモン、普通はもっと人間を恐れるし、そうじゃないならもっと戸惑うよ?
戸惑いもしない、かといって恐れもしない……君は本当に不思議な子だね」
言いながら雌の人間は少年の頭を撫でた。優しい手つきだ、心地よい気分になる。人間は怖い生物だと散々教わってきたが個体差が激しくいい人間もいると聞いた。そのいい人間とやらが、この個体なのだろうか。
「これ、食べて行きなよ。経験アメXLっていうんだ。これねー、大会の景品で貰ったんだ。これで自分のポケモンを育てるのは邪道だと思って、使いどころに困ってたんだけれど、貴方にあげる。助けてあげたけれど、助けても貰ったしね」
雌の人間が差し出した青い結晶からは甘い匂いがする。触れてみると、膨大な生命エネルギーを貯め込んだ結晶に、蜜のような味付けが施されているようだ。
「ポケモンが卵を作るときって、雄が雌に生命エネルギーを分け与えるんだって。でも、卵が出来ない組み合わせ同士で遊んでいると、雄が分け与えた生命エネルギーが使われずに流れ出しちゃうとかで……そのエネルギーを回収して、吸収しやすいように結晶化したのがそれなんだ。
今の預かり屋の収入源は、預かり料じゃなくて飴を売る事なんだってさ……なんて言ってもわからないかな?」
雌の人間の言うことは、少年にはよくわからなかった。ただ、元々はゼルネアスである少年は、この飴が生命エネルギーそのものの結晶であることは分かる。食べてみると力が沸き上がり、体が強くなったのが自分でもわかるようだ。
「おぉ、いい感じじゃん。じゃ、不思議なメブキジカちゃん。じゃ、私の気が変わらないうちにさっさとどっか行きなさい。今でも結構、貴方のことを連れて帰りたくてうずうずしてるんだから」
少年はこの雌の人間が少しだけ気に入ってしまい、このまま別れるのが名残惜しかった。テントのジッパーが開枯れ、少年は外に解放されたが一度だけ人間の方を振り返る。雌の人間は手を振りもせずに、ジッパーを閉める。
少年には人間の文化や習性はわからなかったが、どんな生き物でも木の実を貰って悪い気がする者はいないだろう。少年はテントの前にオボンの実を生やそうとする。
「……ダメだ、木の実の一つ生やすだけでこんなに」
あの草の化け物のせいだろうか、完全に土が死んでいる。こんな状況では、オボンの実を一つ実らせるだけでも精一杯だった。
恩返しには頼りなさすぎるたった一個のオボンの実だが、周囲がこんな状況だ、きっと気持ちくらいは貰ってくれるだろう。少年は、闇の中へ歩いて、次の目的地も決めずにどこかへと消えていった。
あの草の化け物との戦いから、少年はずっと悩んでいた。広範囲を枯らされたあの森を再生させたい。それは、生命ポケモンとして、ゼルネアスとしてやるべき仕事だと本能が訴えている。ただし、今の自分にはそのための能力が圧倒的に足りていない。
あの時、病み上がりだたっとはいえ、木の実一つを再生させるので精いっぱいだったのだ。あの死んだ土地を復活させるには、一体どれだけの力が必要なのか。
父親ほどの強大な力があれば、こんなことには……とも思ったが、嘆いてもいても仕方がない。この旅路は、世界を知り、世界をスキンあるという目的はもちろんだが、そういった事態に対応する力を蓄えるための旅でもあるのだ。
少年はとにかく草を食べ、それを血肉にして走った。サイコキネシスを使って、冬でも青い針葉樹の葉をちぎり取って食べ、走って、ちぎって、食べて、走って、食べ、月の光を浴び、その力を空に放ち、疲れたら数日眠る。そうやってがむしゃらに体を鍛えて強くなろうとする。確かにそれでもそれなりに持久力や瞬発力は上がるし、体も少しずつ大きくなるが、そのペースはゆっくりなものだった。
そんなある日、少年は雄同士で交尾の真似事をしているテールナーとバシャーモを目撃する。旅をしている途中、雄同士でこんなことをしている輩は何度も見たし、自分も危うく被害にあい掛けたことはあるが、雄同士の交尾の真似事は相変わらず好きになれなかった。
あんなことをしても子供が生まれるわけもない。気持ちよいのは分かるが、生命エネルギーの無駄遣いだな……と、もっと有効活用すればいいのにと、いつも思っていた。
しかし、少年はとあることに気が付いた。交尾の際、雄のポケモンは雌のポケモンに生命エネルギーも分け与えるようになっている。しかし、卵が出来ない組み合わせであれば、その生命エネルギーが吸収されずに体外に排出されてしまうが、人間はそれを結晶にする技術があるようだ。そしておそらく、自分ならば全ての生命エネルギーを吸収し、体内に取り込むことが出来るはずだ。そうすれば、あの雨を食べたときと同じように、自分の力が増すのではないだろうか。
生憎、自分はゼルネアス、大抵の雄と交尾すれば、その際に身ごもってしまい、その子供のために生命エネルギーが使われてしまう可能性があるけれど、幸か不幸か今皮を被っているメブキジカは雄の個体だ。雄同士の交尾の真似事なら、生命エネルギーを出産のために使うこともないだろうから、丸ごと体に吸収できるかもしれない。
今のところは『かもしれない』、ばかりだが、どうせ時間はいくらでもあるのだ。やれることがあるなら試してみればいい。
果たして、目論見は成功した。少年は雄のポケモンを誘惑し、雄同士の交尾で生命エネルギーを受け取ると、そのエネルギーを余すことなく自身の血肉に変えることが出来た。
それからしばらくして、様々な男を各地で食い荒らす魔性のメブキジカがいるという噂が大陸中に轟いた。美しい毛並み、凛々しい目、そしていい香りで近づき、捕食しようとすれば返り討ち。しかし、魅了された者には躊躇うことなく体を差し出して、マウントを取られることをいとわない。行為となればドレインキッスで見も心も骨抜きにする。
少年の親が現在は永い眠りについており、その噂を聞かずに済んだのは幸運だったろうか。ともあれ、乱れているように見えて少年は誰よりも真面目にゼルネアスであった。自身を強くするため、強大な力を持っている、いわゆる伝説のポケモンを積極的に誘惑、懐柔し、そして生命エネルギーを蓄える。
旅を始めてから二年と九ヶ月。平均的なメブキジカよりも少し小さいくらいだった彼の体は、普通のメブキジカの角の先端あたりに顎が来るような巨躯へと成長していった。
少年はゼルネアスとしてはまだ小さい方だが、今の自分ならば一つの森を再生するには十分な力を蓄えているだろうと確信した。十分に育った少年は、あの日雌の人間とともに戦ったあの森へを目指し、道中でもその魔性を発揮しながら、自身の使命を果たすため、旅の終着点を目指す。
そうして青年は、死んだ森の付近までたどり着くと、メブキジカの皮を脱ぎ捨て、夜明け前の空のごとき黒と紺色の体と、青い角という、本らの自分の姿に戻る。段々と彼の周囲には霧が立ち込めるようになり、体もぼんやりと光はじめた。青年は、光を纏ったまま死んだ森へと消えてゆく。あとに残るのは、青年の足と同じ形を足跡だけで、その足跡もいずれ雪に埋もれて消えるだろう。その神秘的な光景を見ていたのは一頭のガチグマだけであった。
枯れた森の中心部にたどり着く。夜だというのに、周囲にはゴーストタイプのポケモンすらいない。森が死んでから時間が経った成果、この場所にはもはや、成仏せずにさまよっている魂すらも残っていないようだ。
すっかり冬化粧を整えている死んだ森には、意外なことに新しい草が生えていたようで、雪の下には埋もれた草の感触がした。この森を流れる川は定期的に氾濫を起こす。上流から生きた土が流れ込み、また周囲の森からの落ち葉や、僅かではあるが、森の木々が倒れ見通しがいいのを良いことに、ドラゴンや鳥が休憩地点に選び、糞を落としていったこともまた一つの原因だろう。枯れ木や餓死したポケモンの死体も微生物に分解され、少しずつ栄養となっているのもあるはずだ。
ただ、どれだけ栄養が豊富でも、生命エネルギーが枯渇したこの土地では、命は育ちにくい。育っていた草はどれも貧相だ。やはり、自然に再生するのを待っていては、森となるのは何百年も先になるだろう。
「さて、始めよう」
今日は満月。フェアリータイプの力が最も高まる日。大きな仕事をするにはうってつけだし、睡眠の力も高まるので、眠るにはちょうどいい日である。
これだけの大仕事だ、終わった後は何百年も眠りにつくことだろう。起きたときにはこの場所が緑豊かな森になっていてほしいと願いながら、青年は月の光を存分に浴びる。月から直接浴びられる分だけじゃなく、雪で反射した光も含めて、青年はありったけの月の光を堪能した。
青年の立派な角が黄金色に輝き、周囲を明るく照らす。青年から漏れ出た光はイルミーゼやバルビートのような光となって、死んだ森の方々へと散っていく。今はまだ点々と生命エネルギーが置かれているだけだが、春になるまでに生命エネルギーは地面に馴染み、雪解け水とともに隅々まで行き渡ることだろう。春になれば、きっと草木は芽吹くはずだ。
それを見届けた青年は、満足そうな笑みを浮かべると、まぶたの重さに任せて静かに目を閉じた。
雪はいまだにしんしんと降り注ぎ、いつしか青年の体は雪に埋もれて、見えなくなった。