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果てしない大自然が広がる
様々なポケモンたちが穏やかに暮らす、楽園ともいえるこの森で
終わることのない、永遠の今日を私は過ごしていた
――永遠の今日――
◆
この森へと初めて足を踏み入れたのは、丁度私が成人を迎えた頃くらいだろうか。
あの頃の私は若かった。何も知らず、深く考えることもしなかった私は、ただただ餌を求めて甲高い声で鳴くオニスズメの雛のようだったと思う。
同じように会社を行き来して、同じように上司から叱責され、同じように帰宅して眠りにつく単調な日々。今思えば、もう少し積極的に過ごしていれば、この状況は変わっていたかもしれない。
そんな毎日に嫌気がさした私は程なくして会社を辞めて、あてのない旅を始めた。当時の私は私の生き場所を、見つけたかったのだろう。歩み続けてようやく辿り着いたのが、楽園と呼べるこの森であった。
かなりの僻地で人目につかないこの森は当然未開拓であり、一歩足を踏み入れただけで美しい自然の息吹が私を歓迎してくれた。ありのままの風の音、木の音、水の音。そしてそこで暮らす沢山のポケモンたちの鳴き声に、私は忘れかけていた気持ちの昂りを思い出していた。
しばらく森の中を1人で探索していると、思わず目を疑う――これまで私が抱いていた常識をぶち壊すような光景が飛び込んできた。そこには大きな木の幹に寄りかかり、すやすやと寝息を立てているポケモンが2匹。それは恐ろしいほど鋭い爪を持つザングースに、刀のような切れ味抜群の尻尾を持つハブネークであった。ザングハブネの仲、ということわざがあるくらい、TVの野生ドキュメンタリーでもいがみ合っている姿しか見たことのない2匹が、身を寄せ合って幸せそうに眠っている事実は、にわかには信じがたいものであった。
さらに先へと進んでも、想像できない光景は続いていた。湖の畔にて、楽しそうに会話をしている様子の2匹は、ピジョットとコイキングであった。本来捕食被食関係であるはずの2匹が、時々笑みを浮かべながら声を発する姿は、私の中で凝り固まった概念をひっくり返してしまう。驚くべきことに、この森では野生でよく見かけるような、食料や縄張りを巡る争いといったものが、皆無だった。出会うポケモンたちは皆、穏やかな表情をして毎日を幸せに過ごしているようだ。何故なのだろう? 森を巡っていくことで徐々に、その理由が分かってきた。
この森はとても広大であり、緑も水も透き通ったように美しい。無理に縄張りを確保しなくても問題なく毎日を過ごせるし、木の実や飲み水に困ることもない。人の手が一切入っていない理想的な自然環境だからこそ、ポケモンたちは争うこともなく穏やかな生活が出来ているのだろう。ひょっとすると、ここには森の神様が暮らしていて、この楽園のような森を守っているのかもしれない。
幸せそうにポケモンたちが暮らすこの未知の森は、私の沈みきっていた心を癒し、活力を与えてくれた。すっかりこの森の虜となった私は、早速森から近い場所に居を構え、毎日のようにこの森を訪れるようになっていた。
最初の内は、森のポケモンたちからは警戒されていたように思う。見知らぬニンゲンが1人で、毎日のように森の中を歩き回っているのだ。ポケモンたちからしたら、平穏を奪う不審者のような存在だと認識されても、仕方がないだろう。私自身も、ニンゲンが易々と足を踏み入れていい場所なのか、自問自答することもあった。それでも、私はこの森から離れる選択を取ることは出来なかった。自分本位の考えであることは重々承知していたが、それでも私は――この夢のような森で過ごす一員に、どうしてもなりたかったのだ。
私はこの森に、そしてポケモンたちに受け入れてもらうために必死だった。まずは、森で暮らすポケモンたちの生態を知るところから始め、それぞれの木の実の好みや有効性、怪我や病気時の治療法など、ポケモンブリーダーとしての知識を深めていった。また知識だけではなく、それぞれの性格や行動なども注意深く観察し、種族で一括りにせず1匹のポケモンとして理解するように心掛けていた。ポケモンとニンゲンでは言葉は通じないし、理解し合うのは難しいことだ。それでも想いや行動は通じ合う――私はそう信じて、毎日森へと足を運んだ。木に頭をぶつけたコラッタを傷薬で治療したり、オボンの実が好物なオオタチのためにその実を探して渡したり――しばらくすると、ポケモンたちは私を見かけると挨拶をするように鳴き声を返してくるようになっていた。ポケモンたちが、この森が私を一員として受け入れてくれた瞬間だった。以後、ポケモンたちを助けたり、逆に助けられたり――この森で過ごす毎日はとてもとても充実していて。確実に私の活力となり、大きな生きがいとなっていた。
その大事な森が壊されそうになる危機が、幾度かあった。
いくら名もなき僻地にあるとはいえ、欲望に溢れたニンゲンたちにこの場所が見つかることは時間の問題だっただろう。これだけ巨大な大自然溢れる森を開拓すれば、有数の観光スポットとして大きな利益を生むことは間違いなかった。この森の中にそぐわない重機の音が初めて聞こえた瞬間――私は、一目散に動いてその重機の前に立ち塞がっていた。異変に気付いて、共に駆けつけてくれたムクホークやクリムガンの圧もあり、重機を追い返すことには成功したが、いずれ他にも沢山のニンゲンたちがこの森を侵そうとすることは明白であった。だから私は、このポケモンたちの楽園である森を守っていくために、そのニンゲンを味方につけることにした。
私はこの森の手つかずの美しい大自然、ポケモンたちの穏やかな暮らしを全世界に発信し、保護していくことを呼びかける活動を始めた。貴重な自然遺産として森の内部に手を加えられないように、外からニンゲンたちが守っていく仕組みを構築する。それが、今できる最良の道であると思ったのだ。成し遂げるには、あまりにも大きな労力と時間が掛かることは明白だった。それでも私は、一生を捧げる覚悟を持って取り組んだ。私自身がこの森を最初に侵したニンゲンであり、その償いをしなければならなかった。そして、この森の一員となり、ポケモンたちと充実した日々を過ごすことが出来ている、心からの感謝を。何としても形にしなければならなかった。
沢山の誹謗中傷もあった。隙を見て、この森の自然を壊そうとするニンゲンたちも、沢山生まれた。それでも、この森の素晴らしさに賛同し、協力してくれるニンゲンたちも沢山いた。そのお陰で何とかありのままの森を守り続けることが出来て、ついに世界公認の自然遺産となった。今ではこの森には、特別な許可を得た者以外は立ち入れない。森の外では不正に立ち入れないような、厳重な体制が敷かれるようになった。
ここまで成し遂げるのに私は息をつく間もなく、ずっとずっとせわしなく動き回っていた。
年月はあっという間に過ぎていき、いつの間にか私は初老と呼ばれる頃合いへと歳を重ねていた。
◆
ようやくこの森で、一息つける。
私は正式な許可を取って、この楽園の森へと足を踏み入れた。辺りを見渡すと、木の枝には朝を告げるように透き通った声を響かせるヤヤコマたちの群れが。横には、仲良くオレンの実を味わっている、グラエナとマッスグマのコンビがいた。
私が初めてこの森を訪れた時から変わることのない、ありのままの大自然の風景と穏やかに暮らすポケモンたちの姿に、私の頬は自然と緩んでいた。
空に映える夕焼けを眺めながら、身を寄せ合うニドランのカップル。その様子を微笑ましく思いながら、私は森の出口へと向かった。久しぶりに丸一日、この森でポケモンたちと共に充実した時間を過ごすことが出来て、心の中はたっぷりの幸福感で満たされていた。しかし、かつてと違い若干足腰が痛くなっているのは、確実に重ねた老いによるものなのだろう。それでも、この森の一員として過ごす時間は、私にとってのかけがえのない宝物だ。ようやく落ち着くことが出来たのだ、これからもずっとずっと、この森でポケモンたちと共に生きていきたい。
森の出口が見えてきた――その時、森全体が新緑のような光に包まれた。
初めて見る森の姿に、私は戸惑った。足を止めると、輝きを放つ大きな光の玉のようなものが、私の前方から近づいてくる。
神々しい。そして、暖かい。
あまりにも唐突に生まれたその大きな光に、多少の驚きはあった。
それでも、どこか心地よい。
私は特に抵抗することもなく、目を瞑ってその光を受け入れていた。
◆
朝を告げるようなヤヤコマたちの透き通った声で、私は意識を取り戻した。横には、仲良くオレンの実を味わっている、グラエナとマッスグマのコンビがいる。
そうか――夢を見ていたんだ。
そのように思った私は、特に疑問を抱くこともなく再びこの森での一日を楽しんでいた。空に映える夕焼けを眺めながら、身を寄せ合うニドランのカップルの様子を微笑ましく思いながら、再び森の出口へと向かった時。
先ほどの夢で見たような新緑の光が森を包み込み、大きな輝きを放つ光の玉に私は飲み込まれた。
朝を告げるようなヤヤコマたちの透き通った声で、私は再び意識を取り戻した。横には、仲良くオレンの実を味わっている、グラエナとマッスグマのコンビが――同じような光景に取り乱してしまった私は、すぐに森の出口へと走った。
そこでも先ほどの新緑の光が森を包み込んで、そして大きな輝きを放つ光の玉が私を飲み込み――再び、ヤヤコマたちの透き通った鳴き声で目を覚ましていた。
その後、この事態から抜け出すために私は様々な行動を取ってみたが、全く同じことの繰り返しだった。森から抜け出そうとすると必ずあの光が生まれて、私を飲み込んでしまう。そして、全く同じ場所で目覚め、全く同じ場所で同じ行動をしているポケモンたちと出会う。
森から抜け出さないように居座る行動を取ってみても夜を迎えるタイミングで、同様の光が生まれて、私を包み込む。
同じ”今日”が、永遠に繰り返されている――。
とても受け入れがたいものであったが、状況から見てそうとしか考えられない。
永遠の今日が続く恐ろしい事実だったが、不思議と私の心は徐々に落ち着いていた。
ここは森の神様が暮らしているかと思うくらいの、未知の楽園だ。
そういったにわかには信じられないような現象が起きても、不思議ではなかった。
あの光には、悪意のようなものは一切感じられなかった。
そこには幼い私が、母親に抱擁されるような――心の底からの安心感があった。
それに永遠の今日が続くということは、永遠にこの森で日々を過ごせることでもある。生きとし生けるもの、いつしか必ず終わりは訪れる。でもこの光が続く限り、終わることはない。それはとっても、幸せなことではないかと思った。その想いは、永遠の今日を重ねる度にドンドンと膨れ上がっていた。
でも、それじゃ駄目だと――どこか心の底で訴えかける私も、いた。
あの光に包み込まれずに抗えば、この永遠の今日から覚めることも出来るはずだ――。
◆
森の中は夜の闇に包まれ始め
いつものように、その優しい光はやってきた
溢れんばかりの幸福感が、私の思考を確実に奪っていく。
これが……最後の決断になるだろう。