#author("2023-05-27T12:00:56+00:00","","") #include(第十九回短編小説大会情報窓,notitle) ・グロ描写有り、ダークモード時閲覧注意 &color(white){・今この文章を見たな?これでお前とも縁ができた!}; #hr 公式サイトに苛立ちながらデッキで潮風を感じる。 なにが「フロイド選手(20)軽傷につき静養」だ、昇格戦は勝ったけど凶器の鏃で両手の肉球を裂かれて全治一ヶ月、俺をスカウトした社長が心配してくれたのは救いだがなんで俺ばかりこんな目に… 孤児院のみんなは音信不通で一年過ぎたし、運勢は下り坂なのかもな… 俺だってもっと認められたいし、そのためには強くならなきゃいけないのに… 社長が旅館に招待されたけど大事な会議で行けないから代わりにもらった一週間の静養旅行。目的地の平坂島は塩田と温泉が観光資源の小さな島で、あとは炎帝神社という縁結びの神社がある程度。 お忍び用サングラスと包帯を隠す手袋は着けたけど乗客数匹の連絡船じゃいらないな… 港が見えてきた。そろそろ上陸だ。 *エンゲージ・インシネレーター [#a8c71d2b] 「嘘だろ⁉」 旅館は潰れていた。 道行くエンペルトに聞いたら「先月責任者が行方不明になり先週潰れた」とのこと。行方不明で閉館って… 社長は電話出ないし帰りの船は次の火曜日で実質島流し。 「どうせなら神社で厄払いでもするか…」 港から一直線に続く神社への長い坂をダウンな気分で登った… 「悪いことが終わりますようにぃってぇ!」 50円に込めた願いは二拍手の痛みが嘲笑った。気を取り直してよくあるおみくじマシンを探す。 「?」 境内の奥に誰かの気配を感じて見回すが誰もいない。 「おみくじどこですか?」 返事はなかったのに、右手に何かが触れた感覚の後、視界に砂利の上で踊るゾロアークが現れた。 「反対側の社務所に、ってイリュージョン消えた⁉」 イリュージョンか、というか自分で現れて驚くか? 「反対側の社務所か、どうも」 背中を向けて手を振り社務所に向かった。100円を入れて吉が出るか凶が 「出ちまった…」 「ガオガエンさん、封筒落としましたよ!…なんかごめんなさい」 ゾロアークも色々察したらしい。 「待ちポケは『来る 驚く事あり』だしきっと良い出会いあります!」 「大丈夫、最近不運続きなのは自覚あるから…」 「肉球の怪我といい三途旅館も閉館しちゃって災難でしたね…」 「…何で分かった?」 「旅館は落とした封筒で、それにフロイド選手でしょ?テレビで見たから」 「そりゃどうも」 昇格戦中継来てたか? 「あの、サインください…」 深く頷いた… メモ帳にサインを書いて完了。 「有名ポケにサインもらうの夢だったから嬉しい!ほうじ茶と塩大福です」 誰でもいいタイプか… 「塩大福美味いな」 「平坂島の塩を使ったソウルフードなんです」 「そういえばさっき踊ってたのは固有の参拝?」 「あれは週末のお祭りで奉納する踊りの練習なんです。ミスが多いんでイリュージョンで隠れて練習してたんですが…」 「イリュージョン消えた理由は知らねぇけど、見ちまってごめんな」 「さっきは上手く踊れてたんで大丈夫です」 俺は普段の癖でタメ口だけど、敬語で返されると距離感感じるな… 「あっつ!」 湯飲みが熱すぎる。炎タイプに熱いと思わせるなんてよっぽどだが、なんで触ってない左手も熱さを感じるんだ? 「大丈夫ですか?」 「多分な、ちょっと両手が熱いけど…」 原因は分からないがこれは肉球の傷口からの熱で、まるで傷口から発火でもしたみたいだがなんで…⁉ こぼしたお茶を拭こうとして立ち上がった体にも熱が回って視界も回る… 天然木が綺麗な、知らない天井。 記憶がはっきりしない。確か肉球の傷口が熱くなって、それから… 布団の下の両手は包帯が巻き直されてるけど熱はない。 「気がついたんですね」 傍には覗き込むエンテイの顔があった。 「布団敷いてくれてどうも、俺は…?」 「傷口の熱で倒れてから50時間はうなされてましたね」 「ってことは2日以上…」 「往診に来た先生も匙投げましたね、まぁそれが普通ですから。熱は下がりましたが食欲はありますか?」 「言われるとちょっと腹減ったな…」 「治ってきた証拠ですね、卵雑炊作るんでお待ちを」 …エンテイって珍しいよな? 病み上がりに卵雑炊は嬉しい。一匹暮らしだと薬とゼリーしか食えないからな… 「話はロネアから聞いてます、宿にお困りなら遠慮なく泊まってください」 「お言葉に甘えます、質問続きで悪いけどロネアってのは神主さんか?」 「あのゾロアークの女の子ですよ。今は踊りの練習中ですがあなたの事が心配でお守りを置いてくれてますよ」 「お守り?」 枕元にリングネックレスが置いてある。指輪は夜店にありそうなおもちゃの指輪…? 「小さい頃家族を亡くしてこの神社に引き取られたあの子が笑顔を取り戻したきっかけなんです」 「思い出の品か、卵雑炊美味かったです」 「お粗末でした。戻る前に伝えることが二つあります」 「二つ?」 「カエンジシの石像から一番下の鳥居までの道、亥の刻の間は決して振り返らないでくださいね?」 「振り向いてはいけない小道だ…」 「それと、貴方は憑いてると思うかもしれませんが、悪いものではないのでご安心を」 「色々とご親切にどうも…」 「お節介焼きなんです、では私はこれで。お手洗は廊下を出て左、ロネアは外の石畳です」 「そういえば、貴方が神主さん?」 「ただのエンテイみたいなものです。神主よりはちょっと忙しいですね」 エンテイは俺に微笑んで部屋を出ていった。 「最後に一つだけ、あの子は貴方と同い年なんです。仲良くしてあげてくださいね…」 脳に響くような、優しい声だった… とりあえず指輪を返そう。手袋を着けて外に出ると石畳には誰もいないがイリュージョンか。 「ロネア、でいいのか?指輪返しに来たぞ」 イリュージョンが消えて眠そうなゾロアークが現れる。 「目、覚めたんだ」 「お陰様でな」 「私の名前教えてたかな…?」 「ちょっと教えてもらったんでな、タメだと聞いたけどタメ口はマズかったか?」 「同い年ならいいかな、私もタメにするけど」 「了解。でもこの指輪宝物なんだろ?置いといて良かったのか?」 「私のお守りだから御利益あるかなって」 「じゃあ効果あったかもな、ありがとう」 俺が言えば馬鹿にされそうな話だが、ロネアの輝かせた瞳を見ると真実に思えてくる。 「そういえばお祭りあるのか?」 「日曜日に、今年は観光客多いらしいから頑張らないと…!」 そういえば最初に来た時よりも色々と準備され始めている。 「泊めてもらう礼と言えばあれだけど、手伝うことあるか?」 「肉球怪我してるし休んでて?」 完全に忘れてたけど重い物持つのもきついんだった… 「簡単なのでいいから…」 「じゃあ境内の掃除手伝ってくれる?その間に私も色々できるから…」 「ありあわせだけど…」 「お茶の間で誰かと飯食うの憧れてたから構わないぜ」 解凍した白米と即席の味噌汁、小鉢と地物らしき干物。普通に美味そう。 「なら良いけど…」 「テレビの中だけと思ってたからすげー新鮮…」 磯野家みたいな暮らし、実在するとはな… 「鍵っ子?」 「ずっと孤児院。まぁ火事で焼けたし全員音信不通で凹むけどな…」 「無理に話さなくていいよ…」 「死者はいないしみんな散り散りになっただけだ。むしろ俺が辛い思いさせてたら悪い…」 「家族のことはよく覚えてないし、今日は留守だけど神主さん優しいから平気。それにこの指輪があるから…」 ロネアは指輪をそっと撫でて呟く。 「別の大陸の花火大会で迷子になった時に助けてくれた男の子がくれたんだけど、その時『本当に困った時、僕が助けに行く』って言ってくれて」 「いい話だな」 …この干物美味いな。 「名前は忘れたけど、本当に助けに来てくれたならこの指輪はエンゲージリングにしようかな、なんてね」 今咀嚼中なら多分気管に入ってた… 「…夢があっていいな、ちなみに種族は?」 「もちろん、あれはニャビーの男の子で…」 「おぅ、そうか…」 思わず箸を落とした、ポケ違いなのに妙にドキドキする… 「あっ…」 ロネアも気づいたらしい。 「ごめん!今の忘れて!」 「あぁ、俺は何も聞いてないぜ⁉」 暗黙の了解で聞かなかったことにして、お互いに早食いを開始する。 「ご馳走様、美味かったぞ…」 「うん、お風呂先入って…」 「ども、ありがとぅ…」 ロネアはともかく俺まで意識しちまう、関係ないはずなのに妙に考え込んでしまう。 傷口の消毒中に考えて消毒液をこぼした時は流石に俺自身を殴りたくなった。 「やべぇ完全に遅れた!」 現在金曜日21時数分、15時前に起きてロネアのおにぎりをかじって境内の掃除をしていると参拝客に例の塩大福の店を教えてもらい、閉店間際に買いに走った帰り道。 愛想いいエンニュートは塩飴の袋をくれて早速舐めてるけどそれどころじゃなかった…! 「M○テでB゜zが新曲披露するのに、間に合え…!」 息の荒いまま鳥居をくぐり一気に駆け上がる。 「でも番組構成を考えたら後半かもな?」 余裕と疲労が主張しているのでクールダウンを兼ねてゆっくり歩く。 雌雄のカエンジシ像が見えてきた所で足元に光るものを見つけた。 リングネックレス、正直心当たりしかない。 「ロネア…?」 周りにいる様子もないし落としたんだろう。俺が拾ったから良いけど… 「助けて!」 ロネアの声がする、でもどこから? 「お願い、助けに来て…!」 「指輪から、いや後ろか…?」 背後を振り返った時、吹き飛ばし級の向かい風が俺の体を煽り、背後に吹っ飛ばした。 重力を無視して水平に飛ばされる感覚は明らかにこの世の力じゃない。そういえばエンテイさんの言ってた場所だった… 「亥の刻が何時ごろか聞いとくんだったな…」 「痛ってぇ…」 高所から落ちた感覚。ここはどこだ…? 手袋だからよく分からないけど、手に軽くて固いものが… 「頭蓋骨?骨の残骸もいっぱい…」 ここが異常な空間だと知ってるからそこまで驚かない。それよりもあの声が本当にロネアのものならまだこの近くに… 異常な事態で普段は冴えない頭もフル稼働してるらしく、骨の山の反対側に倒れていた。 「ロネア、しっかりしろ!」 息はあるけど揺さぶっても反応がない… 「ブヒヒ…」 異質な声、というよりも鳴き声が聞こえた。 この空間で俺以外に動ける奴だ、嫌な予感しかしない。苦し紛れに骨の中に隠れて隙間から覗くことにした。 「今日モ一匹入ッタハズダガ、ドコ行ッタ?」 「エンブオー?やけに禍々しいな…?」 スーパーの肉売り場で満面の笑みで同族を調理する絵しか印象ない… 幸い俺には気づかずに戻って行った。それにしてもロネアはどうなってるんだ…? エンブオーの発言通りなら今日この空間に来たのは俺だけで、最後にロネアと会ったのは23時前。 「ロネアは昨日の亥の刻にこの空間に落ちてあのエンブオーに何かされたのか?」 そうとしか考えられない。もしそうなら動けるのは俺だけで… 塩飴のまろやかな甘さが口の中から消えた。それと同時に強い睡魔が襲ってくる。こんな時に寝たらヤバい…! 「なんか眠気覚まし…!」 とりあえず塩飴をもう一つ乱暴に口に入れた。その瞬間キリマンジャロの雪解け水レベルで眠気が吹っ飛んでいく。 「塩飴ってこんな効果あったか?」 少なくとも俺は知らない。でもこれをロネアに食べさせたら? 好奇心と助けたい思いが共存して塩飴をそっと口に入れた。 「フロ、イド…?」 「大丈夫か?」 「フロイドも引きずり込まれたんだ、早く脱出しないと!」 「そうだな、この指輪拾ったぜ」 ロネアの声に振り返ったことは黙っておく。今は指輪を返せばそれでいい。 「ありがとう、少し嬉しい展開かも」 「どうした?」 「何も、多分塩がこの空間の力を弱めてるのかも」 「かもな、でも20個もないしそれまでに出口を探すしかないな」 「よし、絶対にここから脱出するぞ!」 少し嬉しくなったらしいロネアは元気に叫ぶ。 「待て!この空間には…」 慌てて口を抑えたけど絶対に聞こえてる…! 「見ツケタ!何故動ケルカ知ランガ新鮮ナ肉体ダ!」 案の定耳ざとく聞きつけたか! 「何なのこの豚は⁉」 「俺も分からんがヤバいのは確かだ!」 塩飴の袋を落として固まってるけどロネアには初エンカウントだ。塩飴舐めてた俺がイレギュラーなだけで。 「マズ雌ノ肉体!」 濁った唾液を垂らしてエンブオーは片腕でロネアを掴もうとする。 「近寄らないで!」 ロネアは必死に蹴ろうとするけど足は体をすり抜けている。こいつ、実体がないのか⁉ 「ロネアを離せ!」 「邪魔ダ!」 俺が飛びかかると左腕のスイングが襲い、回避できずに右手で受け止める。 「なんてパワーだ…!」 「フロイド!」 肉球の傷口が開いたのは分かってる。でも防御を止めたら仲良くお陀仏だぜ…! 「これ!」 ロネアが足で落ちていた袋を蹴り飛ばして俺の左手にパスする。そういうことか! 袋の塩飴を一つ握り込んだ左手に構えベアリング弾のように親指で弾いて発射。 「ブギイッ⁉」 眉間狙いだが豚鼻に命中。 エンブオーが両手で抑えて転がり回ってるうちにロネアの手を掴んで走り出した。 迷宮みたいな空間のおかげで一時的に振り切れた。 「死ぬかと思った…」 「ロネアの機転に感謝だな、でも怪我で命中精度は低いし塩飴は活動にも必要だからあまり使えない。ダメージもしょぼいしな…」 「どうしよう…」 追加で一つずつ舐めて現在13個。10分1個じゃ1時間持つか…? 「とりあえず6個渡しとく、俺は弾にするから7個でいいか?」 「いいよ、でも出口も見つからないしどうしたら…」 「逃ガサナイ!」 励ます前に絶望が現れた。 「走れ!」 一方通行で完全に鬼ごっこ状態だが、逃げながら塩飴を撃つ。 「ムダダ!」 余裕で躱された、もっと近づかなきゃ当たらない…! 「きゃあっ!」 先を走るロネアが転んだ、時間稼がないと殺される…! 「目障リナオ前カラダ!」 「うああぁっ!」 子供に腕だけで持たれるおもちゃの気持ちが分かった。左腕が千切れそうだ…! 手袋から染み出す血が見えて、持ってた塩飴も血に溶け始める。 「離せよ!」 右手に唯一持っていた塩飴を発射、今度は命中だ! 「痛ェ!何シヤガル!」 痛みを堪えて奥に逃げ込んだ。 「イリュージョンは貼ってるけど最近強くないから…」 「悪い、俺の塩飴全部使っちまった…」 道の奥は行き止まりでかなりヤバい。 「それはいいけど、これからどうなっちゃうの…?」 4個渡して座り込むロネアの気持ちはわかる。 「このまま行けばアウト、イリュージョンで騙せば何とか…」 「こんな事なら色々やっとけば良かった…」 「諦めモードには早いだろ…」 そうは言っても実際打つ手はほぼない。塩飴を弾にする余裕もないし攻撃も透過したとなると… 待てよ?大事なことを見落としてるような気が… 「見ツケタゾ!美味ソウな肉体ノ匂イ!」 見つけたというより嗅ぎつけたに近いが予想より早かった…! 「そんな、匂いなんてイリュージョンじゃ変えられないのに…」 つまりロネアは悪くない、そう言ってやれる余裕はなかった。 塩飴弾も時間を稼げないし肉弾戦も不可能。この状況の最善手はたった一つ。 「ロネア、俺が時間を稼ぐ。その隙にお前は逃げろ」 「そんな、じゃあフロイドは…」 「ちょっとは格好いいトコ見せとかないとな!」 言い終わる前にロネアをエンブオーの背中側に投げ飛ばす。 「先ニ雄ノ肉体!ソノ後雌ノ肉体ダ!」 予想通り俺は首を締めあげられる。 俺の身を犠牲にしてロネアを逃がす、これが唯一の最善手だった。 「あばよ、ロネア…」 薔薇色には程遠い生涯だった。親も知らずに育ち孤児院のみんなは突然音信不通、ファイターになっても中々認められずに怪我はするし、まだ童貞だし、挙句に異空間に飛ばされてエンブオーに食い殺される結末… せめて結末だけでもマシになればな、この際一生のお願いでもしてみるか…? 大体なんで俺がこんな奴に殺されなきゃならないんだ… 一瞬の疑問が思考回路を塗り替えて、自己犠牲が失策になる程の最善手を見つけた。 「死ぬのはテメーだこの豚野郎!」 右拳が頬の窪みを確実に捉えて牙をへし折りながら殴り飛ばした。 こいつを倒してここから脱出する、囮なんて必要なかった。 「悪運続きとはいえ自分が情けないぜ、テメーは確かに俺に触ったし物理攻撃もしてきた。逆なんだよなぁ、テメーは俺に触られてる状態でもあるんだから俺はテメーを攻撃できるはずだ!」 「馬鹿ナ、ソンナハズガ…!」 「そもそもなんで俺たちがテメーみたいな出荷直前の醜い豚野郎の一挙手一投足にビビらされた挙句食い殺されなくっちゃあなんねぇんだよ⁉」 考えれば考える程頭に来た…! 「よく考えたらB゜zの新曲も見逃したじゃあねーか!どう責任取ってくれんだコラァ!」 倒れ込んだぶよぶよの腹を蹴り、頭を掴んで何度も地面に叩きつける。 挽き肉をこねるような音がして抵抗力が消えた。 「アノガオガエンハ危険スギル、魂ガ砕カレタラ本当ニ消エル所ダッタ…!」 白い浮遊体が飛んで行った。あれが本体か…? 「すごいよフロイド!あのエンブオーを倒すなんて」 「まだ倒せてない、それにまだ殴り足りねぇ…」 完全に見失った。厳重な部屋みたいな場所に入ったのにもぬけの殻だとロネアは悔しがっている。 「もぬけの殻?ポケモンの声が沢山するが…」 「何もいないけど?」 「ロネアの後ろにもカラカラがいるぞ?いゾロアークも2匹、ヒスイ種か?」 「いや普通に怖いから冗談やめてって!」 「助けて…助けて…」 「ここから出して…」 「許さない…許さない…」 「殺してやる…」 滅茶苦茶恨みありそうな感じが… 「本当に見えも聞こえもしないのか?」 「うん」 マジか、どうして俺だけ… 「お兄ちゃんが目覚めた力だよ、僕たちは肉体を食べられて残った魂だからね」 カラカラが俺に対して話しかけてきた⁉ 「なんで会話できるんだ…?」 「お兄ちゃんの心に眠る『もっと認められたい』思いの力だよ、僕もそんな感じだから」 「一体何がどう、なって…」 「ロネア!」 塩飴が切れて眠ったロネア慌てて起こそうすると、カラカラに止められる。 「お兄ちゃんたちは23時までにあいつを倒せば帰れるんだ」 「何故分かるんだ?」 「色々調べたんだ。この空間とあいつは塩に弱い事も知ってるよ」 「それで塩飴で眠気飛んだのか…」 「厳密にはエンブオーではなく姿の似た怪異で、津波で死んだ時に“もっと食べたい”という欲望が怨魂として坂に染みついたんだ。だから亥の刻に振り返ったポケモンをこの空間に引き込んで肉体を食べる…」 「怨魂って、怨みを持った魂?」 「そう、逆にあいつに食べられたポケモンもあいつを怨む怨魂になったんだ。あのヒスイゾロアーク達は誰かを守りたいという怨魂だ」 「要するに魂を砕く必要があるのか?」 「鋭いね、あいつの魂を破壊すればこの空間も消えて生きているポケモンは帰れるはず」 「乗ったぜ。でも一つ教えてくれ、どうして俺に協力するんだ?」 「天国のお母さんに会いたいんだ、でも魂はこの空間から出られなくて…」 「そうか…」 「ブヒヒ、見ツケタゾ!」 「探す手間が省けた…なッ⁉」 「あんな姿、初めて見るよ⁉」 何故かエンブオーは巨大化して復活していた。 「先手必勝、DDラリアット!」 魂には有効打のはず、しかし攻撃がぶよぶよの肉体に吸収された。 「コノ肉体ニ攻撃ハ効カン!」 「おわぁっ!」 飛んで来たスイングをガードしようとするも、体ごと弾かれる。 「なんて奴だ、肉体を食いまくったのか…」 塩飴を嚙み砕いて眠気を飛ばす、残り1個。 「オ前ハ祝福ナド永遠ニ得ラレナイ!」 「お兄ちゃん、一旦退こう!」 「大丈夫だカラカラ、まだ手はある。俺の力を使えばな!」 再度接近するために走り出した。 「後ろにいるお前ら、指咥えてていいのか⁉この空間を彷徨う怨魂のままでいいのか⁉」 巨体の周囲を走り回る。今は時間を稼げればいい。 「俺があいつを倒せばこの悪夢は終わる、だがその前にあいつをぶん殴りたくないか⁉やられっぱなしは悔しいだろう⁉」 「お兄ちゃん…⁉」 「あいつを殺してお前らの天国への扉は俺が開く、だから一緒に戦え!」 数瞬のうちに体に力を感じる。まるで肉球の傷口から生命のガソリンを注ぎ込まれるような感覚。 「ナンダコノ鬼火ハ⁉」 「どうだあっ!」 顔に意識が向いた瞬間に脛を蹴り飛ばして地面に倒した。破壊力で押し切れる…! 「すごいよ!怨魂をみんな味方にするなんて…!」 「ありがとな。さてと、テメーには言うべき事がある…」 「豚は屠殺場へ行け!''そして“立つな”とかほざく人間もろとも地獄に落ちろ!''」 段違いの破壊力とスピードで連撃を仕掛けるが肉体を破壊しても魂まで届かず再生する。鬼火は魂に効くだろうけど肉体に阻まれる。もう少しなのに…! 「お兄ちゃん、時間がない!」 声を合図に少し離れて最後の塩飴を舐める。 「肉体と魂を破壊する策、試してみるか?」 2匹のヒスイゾロアークが俺を見て頷き同時に鬼火を俺に放ちうまく手袋に引火した。俺の炎は肉体を破壊し鬼火は魂を破壊する、二つの炎を同時に使えば両方できるよな? 一撃ごとに体が吹っ飛び魂のダメージで肉体も再生しない、殺れる! 「どうだあっ!どおだあっ!どおらあっ!どらあっ!ドラアッ!ドララッ!ドララララララララララァッ!」 ついに自分でも視認できない速度に到達した。エンブオーは既に達磨にしたが魂を破壊するまで攻撃は止めない! 「魂は頭だよ!」 一瞬で頭部を掴んでむしり取る。ガオガエンには朝飯前だ。 「離セ!」 「さっき祝福がどうとか言ってたが、祝福が欲しいなら方法は3つ。ただしテメーは底なしのペインを迎えるだけだ!」 「待テ!マダ死ニタク」 「ヒートエンド!」 魂ごと頭部を握り潰した。 空間が一瞬で砕けて俺の体は浮かんでいく。 「ロネア、どこだ⁉」 ヒスイゾロアーク2匹がロネアを抱きしめている。 「返してくれ!ロネアは生きなきゃいけないんだ!」 何故か必死に叫んでいた。 「ロネアを幸せにしてくれ」 「よろしくね」 声を聞いた直後、俺は眠るロネアを抱きしめていた。 「お兄ちゃんありがとう!」 「元気でな!」 ゾロアークに戻った2匹もカラカラの魂も旅立った。 「俺たちも帰ろうぜ」 目を閉じると心地良い風が吹き抜ける。 #hr 「なんで泣いてるの?」 「はぐれちゃった…」 「僕が一緒に探すから泣かないで、名前は?」 「私はロネア、君は?」 「僕の名前は、フロイドだよ」 「これあげる。本当に困った時、僕が助けに行くよ…」 #hr 「ここ境内だよね?」 「間違いない…!」 言葉は不要、抱き合って生存を喜ぶだけでいい。 「ロネア、お客さんお目覚めに…」 キュウコンの声で互いに離れる。 (ロネア、どちら様?) (神主のオミキさん、もう帰って来た…) その後は事情を説明した後、一緒に坂のお祓いをしてもらった。オミキさんが理解あって助かった… 丸一日過ぎてたことや「炎帝さんを祭ってるけどエンテイはいない」と言われたりで驚くことは多いけど、一番は肉球の傷口が存在しないかのように治ったことだ。怨魂の力が傷を治したのか? そんな訳で今日はお祭りの運営を手伝いながら遠目にロネアの踊りを見て、日曜日の夜も更けようとしていた。 「思い出したことがあるんだ」 「俺も一つあるぜ」 本堂に塩大福をお供えした後、境内の廊下で月を見ながらようやく二匹きり。長い毛と紫の衣装が風にそよいでいる。 「男の子の名前、フロイドだよ」 「迷子のゾロアを助けた事あったな」 「フロイド、助けに来てくれてありがとう」 「ロネア、約束は守ったぜ」 まさかこんな形で出会うとは考えもしなかったけど、これも全て何かの縁なのか? 「今度は私が約束守る番かな」 「待てよ、約束って?」 「この指輪をエンゲージリングにする約束。あんな格好良く助けられたらもっと想いが大きくなっちゃった…」 両肩に置いて上目遣いで見つめられる。 不意打ちの一言に混乱してどうすればいいか分からない。でも、ちょっとぐらい自分の魂に正直になっていいよな…? 「マリッジリング、お揃いの買いに行こうぜ…」 声が震える、悪運続きの迷いが断ち切れない。それでもロネアの背に両腕を回して抱きしめる所まではできた。 「フロイド、一緒に幸せにしてね…」 震える声で泣きながらの答え、それでもロネアは半歩歩み寄ってくれた。あとは俺がどうするかだ。 抱きしめる力を強くして、力加減に悩みながらもそっと唇を重ねた。 唇に触れる舌の感触に少し開いて舌を出すと舌が絡みつく。 唾液が混ざり口の中を舐め合い快感に溺れそうな中で一つだけ分かった… 俺たちが幸せになることなら、迷いなんてなかった。