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メリープを模したスポンジに、たっぷり泡を立てる。
「ほうら、手を上げて……」
草タイプなのに水が大の苦手である私の相棒を洗うのに重要なことは、できる限り時間を短くすることだ。だから先に泡を立てておいて、一気呵成に済ませてしまうのが一番。
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&size(20){マスカーニャとシャワーを浴びる話};
[[さかなさかな]]
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この子はニャオハのときから、いじっぱりなくせして寂しがりな性格だった。孤独を好み、普段は一人でひなたぼっこなんてしているくせに、私がほかの手持ちポケモンの相手をし始めた途端に背中によじ登ってくるのだ。素直でない彼の姿に、私もほかのポケモンたちも苦笑い。しょうがないなあと手を伸ばし、彼を交えて一緒に遊ぶというのが恒例の流れだった。
最終進化を迎え、少しは大人になったかと思ったけど大間違い。むしろマイペースさに磨きがかかった。ピクニックをしたときも、自分の好きなスキンシップとかサンドイッチの時間だけボールから出てくるくせに、スポンジを取り出した途端にいつの間にかいなくなってしまう。
のらりくらりとシャワーを回避され続けることすでに三日目。くさタイプである彼の体臭は強い方ではないんだけれど、さすがにそれを言い訳にできるレベルではなくなってきた。特に、趣味が一人旅と山歩きである私の手持ちの彼は、今日も野生ポケモンたちの激しいバトルをこなしたから、どうしても土埃なんかが目立ってきている。彼のふわふわの体毛は、汚れをたいへんよくひっつける。
何が困るって、彼はそんな状態だろうがお構いなしで、じゃれつこう、添い寝しようとせがんでくるのだ。一応異性に当たるらしいが所詮はポケモンだ、一緒に寝ること自体はかまわない。バトルの時はしっかりと言うことを聞いて活躍してくれるから、その恩返しだってしてあげたい。だけど、活動着ならともかくパジャマを埃まみれにされるのはちょっといただけない。
今日も、寮の自室に戻った途端、ボールから飛び出して添い寝をねだってきた。ごろごろとかわいらしく喉を鳴らして温情をねだる彼だったが、そんな姿に流されるようではポケモントレーナー失格。そう思って、ひっつきたいなら大人しくシャワーを浴びなさいと厳しく言い渡したのが先ほどのこと。
それだけでは聞かなかったので、寮の自室に備え付けられたシャワールームに、半ば引っ張り込むようにして連れて行った。彼をシャワー室に押し込んで、脱衣所で服を手早く脱いでしまった。私もついでにさっぱりしてしまおうと思って。
私はあの子と違って、シャワーもお風呂も大好きだ。一日の疲れを落とすのが待ちきれなくて、脱いだ服をたたみもせずに洗濯機に放り込み、シャワー室のドアを開け放つと、マスカーニャはこちらに背中を向けて待っていた。両手も両足も組んで、姿見に映る唇はむすっと尖らせられていた。
「もう、すねないの。ほら、こっち向いて」
「ニャムム……」
ぽんぽん、と肩をたたくと、いやいやながら彼がこちらに体を向けてくれた。きつく閉じられていた目のうち片方をチラリと開けて、紅色の光彩が私を捉える。
植物系のオーガニック素材をうりにしているシャンプーの泡を、たっぷり両手に広げる。草タイプのポケモンは体毛が少ないものがほとんどなので、彼ら向けのシャンプーは泡がほとんど立たず、洗浄力が控えめのものも多い。
だが、このブランドはそうではない。リーフィアやジュナイパー、そして私のマスカーニャのような毛深いポケモンをしっかり洗えるよう、泡の量が人間用のそれと遜色ない商品を展開してくれていた。自分の体にもそのまま使えるし、トレーナーとしてはありがたい限りだ。
「ほらみて、マスカーニャと同じ匂いのあわあわだよ。ほうら、手を上げて……」
機嫌の良いときのこの子みたいな猫なで声で話しかける。手を替え品を替え、少しでもシャワーを好きになってくれるよう工夫はしているのだが、効果はあまり上がっていないらしい。彼は仮面を通しても分かる仏頂面で、私の目の前で両手を挙げている。少しかわいそうに思えてくるが、あまり裸のままでいてはこちらが風邪を引いてしまう。
意を決して、わしゃわしゃわしゃわしゃっ。
「フニ゙ャアッ!」
脇腹に手を回し、豊かな体毛でさらに石けんを泡立てる。両手が埋まって見えなくなるくらいの真っ白なふわふわを広げていく。そのまま上に手を動かし、脇の下、お腹を順にきれいにしていく。上半身を覆う柳色の柔らかな体毛の奥に入り込んだ汚れも浮かし出すように、広げた五指で&ruby(と){梳};かしていく。
「ニ、ニァアッ……」
「我慢してね。これが終わったら、一緒に寝たげるからね〜」
くすぐったそうにマスカーニャが鳴き声を上げ、目を細める。腰をくねらせるようにして逃げそうになっているけど、私の言葉を聞いてなんとか我慢しているみたいだった。
次は胸元。急所だから、無造作に触られるのはいやなはずだ。&ruby(がく){萼};のように広がる首巻きをペロリと持ち上げ、彼の目を見つめる。困惑したように揺れる瞳に見つめ返されたのを確認してから、ゆっくりと手を動かしていく。これから触るんだよ、ということがわかってもらえるように。
「ッハ、フ」
私の手を凝視していた彼が、耐えきれないといったようにぎゅっと瞳を閉じた。嫌がっているのはわかるけれど、野生のポケモンではない、町で暮らしている人間の手持ちなのだ。もう大人なのだからこれくらい慣れてもらわなくては、と、心を鬼にして胸を洗っていく。
「ハ、ニャッ……ニィ、アッ」
体温で暖かい毛の中をかき分けていくと、薄い筋肉に覆われた彼の胸元の感触がある。わし、わし、いつもグルーミングしてやっているときは、こうしてやるとぐんにゃりと脱力して心地よさそうに寝そべるのだ。だけど、草タイプのくせに&ruby(シャワー){水};が大嫌いな彼は、今はこうしてガチガチに身をこわばらせている。声を出すまいと精一杯こらえている彼の姿に何やら艶っぽいものを感じてしまうのは、うんまあ、私の妄想だろう。
「まったく、あんたも私も、はやくいい相手見つけないとねえ」
そろそろアカデミーを卒業しようという時分なのに、私には浮いた話の一つもない。仕方ないよ、うちの子がさみしがるから──なんて友達には強がっていた。
だけどそれは、友達に不信感を抱かせないための方便だった。
だって、私たちは普段はずっと一緒にいるわけではなく、むしろ離れて過ごす時間の方が長かったから。甘えてくるときは甘えてくるけれど、彼はプライベートな時間も大事にするタイプなのだ。よい天気の日には、寮の窓から飛び出して、背中から伸びる透明なワイヤーを使って浮遊マジックみたいにどこかへと飛んでいき、その行き先は私にも教えてくれない。
生物の授業で最初に学ぶことは、ポケモンと人間の生態の違いだ。ポケモンが人間の相棒やパートナーになり、人間同様に仕事をするものすら現れた現代でも、彼らは人間にはなり得ないということだ。
マスカーニャがひなたぼっこをしている間、私も常にそこに一緒にいてやることはできない。勉強や、社会人になったら仕事がままならないし、そもそもすぐに日射病になってしまうだろうから。彼の方だって、多分私の見ていないところで一生懸命マジックの練習をしているだろうから、私が四六時中見張っていては困ってしまうだろう。
でも、だからこそ。住む世界が違ってなお、こうして自分のことを大事にしてくれていると気づけるのは、すごくうれしい。
そう、ポケモンと人間は、住む世界が違う。私は、パルデアの誰よりもこの子のことを愛している自信がある。だけどそれは、どこまで近づいても最後には交わらない平行線で終わる。
上級生になるにつれて、学業は忙しくなる。勉強と交友関係と趣味とポケモンの丁寧な世話、すべてをこなし続けるのは不可能に近い。私は、登山の趣味もマスカーニャも切り捨てたくなかった。かといって、学生の本分である勉強をおろそかにしては、いつかそのすべてを失ってしまうから、最低限こなし続けなくてはならない。
そんな生真面目な私だったから、友達は少なくて、彼氏なんて一人もいやしなかったけど、それでも構わなかった。寂しいなんて恥ずかしくて口にできない私の代わりに、長めの散歩から帰ってくるたびに彼が思いっきり寂しさを態度で表現してくれるから。
会話すらできないマスカーニャは、彼氏はおろか友達と呼べるかも怪しい。だけど、この関係に名前がつけられなくとも、マスカーニャはマスカーニャなのだ。それで十分だ。十分ではないか。
そう、思いこもうとしていたから。私は彼の気持ちに気がつけなかったのかもしれない。
「そういえば、さ。この前紹介してあげたアマージョとはその後どうなの? キナちゃん、タマゴは喜んでくれてたけど」
彼の右手を白泡で包みながら、私は何の気なしに口にした。
卵を見つける一番簡単な方法は、仲のいいポケモン同士でピクニックをすることだ。だけど、ポケモンを持っている友達と一緒に過ごしていても、彼は私にかまってばかりで、一向に他の子と仲良くしようとしない。
大人になったポケモンを放し飼いにしておくと、どこかでつがいを見つけてタマゴを持って帰ってくることも珍しくないという。タイプとは裏腹に、私のマスカーニャは後々問題になるほどのいたずらをしたことはないので、平均以上に自由にさせてやっている。だのに、彼は一向にタマゴも仲のいい異性も見つけているそぶりがないのだ。
少し心配しはじめていたとき、ちょうど後輩のキナが声をかけてきた。キナの手持ちのアマージョは、どこかマスカーニャと似ていた。プライドがとても高くて、自分以上の実力者の草タイプでないと相手として認めようとしないから、タマゴがなかなかできないのだという。
アカデミーでは宝探しの旅立ちの時にニャオハをもらう子も多いが、きちんとマスカーニャまで鍛え上げられる生徒はあまりいない。そこでキナは私のことを思い出したのだという。
予定を合わせて、二匹に正々堂々のバトルをさせた。私とキナが見守る中、熾烈な勝負を制したのはマスカーニャだった。果たして、彼はアマージョにいたく気に入られ、しばらく二人きりにしておいてあげると、そのままタマゴも作ってしまっていた。
自分より強いポケモンとの子供を手に入れられたアマージョも、念願のタマゴを手に入れられたキナも、とってもうれしそうだった。
正直、私も彼をアマージョに紹介するかについて、少し悩んだ。もし彼がアマージョに入れ込んで、私の寮の部屋に戻ることがなくなったら。そこまで薄情なことはなかったとしても、もしつがいになって、彼女と新たな家庭を築いたら、私とのつながりは減るだろう。いくらポケモンが不思議な生き物だとはいえ、ディアルガの目の黒いうちは、誰にだって一日は二十四時間なのだから。
だけど、飼い主である私が彼から出会いを遠ざけつづけるのはどう考えても健全ではないし、それにただの先延ばしに過ぎない。彼がいつか私の手元を離れるのだとしたら、その日が一日でも早くやってくるように尽力してやるのが、ポケモントレーナーとしての責務だ。それが彼にとっても幸せなのだと、私は信じていた。
だから、アマージョに彼が気に入られて、タマゴまでこしらえてたのを見たとき。私は不思議でたまらなかったのだ。私のもとに駆け寄ってきた彼が、どこか寂しそうに半目で笑っていたことが。声をかけた私のことばを無視して、何も言わずにハグしてきたことが。
彼が何を伝えたいのか、わからない自分が情けなかった。
シャワールームを包む沈黙。自分が裸であることが、なんだか急に恥ずかしくなってくる。自分を包んで守ってくれているものがないことが、心細く感じてしまう。身勝手なものだ──ポケモンはいつも、その身一つで人間に奉仕してくれているというのに。
「まあ、初めてだとうまくいかないこともあるよね。あまり気に入らなかったなら、また別の子を見つけたげるからさ」
自分にも経験がないことなのに、何をえらそうなことを。薄っぺらな言葉だけが空回りする。
彼の両手も、片方ずつ洗っていく。ニャオハの頃はいろんなものを興味深く触るせいでいつも泥だらけだったその手は、進化してからはもっぱら自慢のトリック道具を触ることに使われるようになったから、あの頃ほどに頻繁に洗う必要はない。
だけど、私はこの時間が好きだ。ものをしっかりつかめるように三本の指が向かい合うように生えている彼の手を握って、ためつすがめつ見つめていると、彼との境界が薄まるような気がするから。
「……よし。背中向いて」
彼がいつも嫌がるから頻繁にシャワーはしないとはいえ、これだけ一緒に暮らしていると慣れたものだ。適宜ボディソープの泡を追加しながらてきぱきと洗い進め、前半分はあらかた終えた。今度は後ろ側。
おとなしく背中を向けたマスカーニャの背中は、近づいてみてみると小さな砂や葉っぱのかけらでいっぱいだった。そっと手を触れると感じるのは、毛並みに隠されている、しなやかに筋張った肉体。
「足も洗っちゃうから、椅子に座って」
上半身をすっかり泡まみれにされて観念したのか、マスカーニャはもう嫌がることもなくバスチェアに腰掛ける。
ボディソープの容器に手を伸ばし、何度かプッシュして足りなくなった泡を補充する。上半身とは対照的に真っ黒な足の毛並みは短いから、これだけで十分足りるだろう。
すうっと、塗り広げるように&ruby(もも){腿};から膝にかけて泡を伸ばしていく。毛ぶくれしてて華奢な上半身とはこちらも対照的に、彼の足は筋肉の塊だ。&ruby(マジック){魔法};のような華麗なヒットアンドアウェイ戦法を可能にするのは、強靱な筋肉と腱のバネが生み出す機動力だから。高いところから落ちてもくるりと体を巡らせて着地し、傷ひとつ負わなかったニャオハの体裁きはいまも健在だ。
全体の汚れを落としたら、こんどは指に力を込めてマッサージしていく。ハムストリングスを、膝小僧を、ふくらはぎを。私を守るためならすぐに無茶をしてしまう彼。そんな彼を篤実に支える脚が、少しでも元気になってくれたらいいと願って。
「ニ゙ャアッ……」
「あ、ごめん。くすぐったかった?」
頭の上から不満げな低い声が聞こえて、さっと足が引っ込められてしまう。むう、なかなか上達したと思っていたのだけれど、うまくいかないものだ。
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まあマッサージはお風呂から上がってからでもいいだろう。シャワーヘッドを手に取り、排水溝に向けておいてから蛇口をひねる。水流に手を当てて温度を確かめていると、程なくして水道管の中の冷たい水が出終わって、温かいお湯に変わったのがわかった。マスカーニャに声をかけ、彼を包む泡を流そうとしたところで、その手を彼に捕まれた。
「ん、どうしたの?」
彼は両手でシャワーを優しく取り上げると、おもむろに私の方に向け直した。
「お、私も洗ってくれるの? 優しいね」
温水が私の肩口に当てられて、体を流れ落ちていく。両手を広げてその場でぐるりと一回転し、体全体に湯を当ててもらう。
その様子を、マスカーニャはニコニコと楽しそうに見ている。そんなに面白いことはないと思うんだけどな。
もしかして、仕返しのつもりだろうか。私が自分と同じように水嫌いで、シャワーは本当はいやなのだと思っているのだろうか。マスカーニャに強制した手前、水をかけられても強がって笑っているんだと。そんな想像をして、そうだったら微笑ましいなと頬を緩ませる。
まあ、本当のところはわかりっこないのだけれど。ポケモンと人間という種族の違い、生きてきた時間の違い。相手の素顔を見通すことすらできない私たちの関係はいくつもの壁に阻まれていて、どこまで行っても想像と共感だけでできている。
彼の手に促されるままに後ろを向くと、背中も、足下までもしっかりと丁寧にシャワーを当ててくれる。きゅ、と音がして水が止まったので振り返ると、マスカーニャが蛇口を閉じているのが見えた。いつもの私を観察して操作方法を覚えていたのだろう。賢いのはいいんだけど、このシャワーは君を洗い流したくて暖めたんだけどなあ。
そう思って見ていると。彼が私の方に振り返り、一歩近づいて。
ぎゅっ、と。
手から足まで泡まみれの体で、そのまま抱きついてきた。彼の首を覆う柔らかい花弁が肩口に押しつけられる温かな感覚。
「お? どうしたの……」
そのまま、回した両手でわしわしと、私の背中をこすってくる。彼の手は結構毛深いし、爪も立てないようにしてくれているから、柔らかいタオルでこすり洗いされているみたいで気持ちいい。
──そうか、私のことも洗おうとしてくれているんだ。シャワーの後は、私が彼と同じボディソープを使って体を洗うのを、これも見ていて覚えたのだろう。
高い体温が、密着した胴体から伝わってくる。昼間のひなたぼっこの暖かさをお裾分けされているみたい。顔を覆う堅い&ruby(がく){萼};の仮面をぶつけないよう、少しだけ左に傾けられた彼の頭。その鼻先から、ぴすぴすと息が通るかすかな音が耳元に聞こえてくる。
(……なんだか、ドキドキしてきちゃったかも……)
相手はポケモンだ。それも、第一進化のほんの子供の頃から育ててきた、相棒にして我が子のような存在。そんな彼によこしまな思いを抱くなど許されることではない──そう考えながらも、胸のわずかな高鳴りを抑えられない。
こんなに密着していては、呼吸はおろか、心臓の動きすら伝わってしまうのではないだろうか。それはまずい、だけど、逃げだそうにも、彼の両手に包まれている今、怪しまれることなく体を離す方法は思いつかなかった。
私は身じろぎすることもできず、体を固くしたままその場に立ち尽くしていた。だけど、このまま我慢していれば、もうすぐ彼も満足してくれるはずだ。そう思って、できる限り頭の中を空っぽにして、時間が過ぎるのをじっと待っていると。
「ニ……」
ずりりっ……。
「んっ……?」
彼が足を伸ばして、胴体をこすりつけてきた。
「っ、マス、カーニャ? どうしたの……」
ぐっとお尻を突き出すようにして、おなかを張り出させ、私の体に密着させてくる。そのまま、ずり、ずりりっ、と、往復させながら何度もこすってくる。
「は、ふふっ……」
くすぐったい。彼の柔らかい毛並みは、ボディソープの効果でさらに&ruby(すべ){滑};らかになっていて、何の摩擦もなく私のおなかから一日分の汗や垢を拭い去るように落としていく。
「えへへ、気持ちいいよ。ありがとう……」
少々行き過ぎな気もするが、愛しい彼のスキンシップに私の心も温かくなる。お返しに私も抱きしめ返し、柔らかな体を包むようにしてその感触を存分に楽しむ。
ぐっ、ずっ、ずりっ……。
彼はおなかを動かし続けている。私の背中をこすっていた腕の動きはいつの間にか止まっていて、私たちはただ抱き合って密着したまま、身体を&ruby(す){擦};りつけあっていた。湿度の高いシャワールームに満ちるシャンプーの香りが、彼のかすかな動物のにおいに混じって揺れる。胸の敏感な先端もお構いなしに毛並みが撫でていくたび、じんじんと鈍い快楽が響いてくる。
(これはちょっと、まずいんじゃ……っ⁉)
そのとき、彼がお尻の向きを少し変えた。片足を私の足の間に差し込むようにして、腰をさらに密着させてくる。彼のふわふわの毛並みの中でもひときわ分量の多い、太もも周りの毛が、私の&ruby(そけい){鼠径};部に触れた。そのことに気がついているのかいないのか、彼は動きを緩めない。
「は、んんっ……マスカ、ニャ、それ、くすぐったいから……」
足の短い部分との境目になっているそこは、地面を疾走したときにはねてくる泥を少しでも防げるように張り出しているのだとか、昔どこかで読んだ。ほかの部分と同じように泡で包んだから、太ももの毛はいつもみたいにはぴんと立っていないけれど、それでも私の敏感な場所をもどかしく刺激する。
「マスカーニャ、だめ、だって……」
フウ、フウッ、と、耳元に聞こえる息づかいがいつの間にか激しくなっていた。まるで熱に浮かされてるみたいに、夢中になって私に抱きつき続けている。いつもの彼とは何かが違う。&ruby(ひょうひょう){飄々};としていていたずら好きだけど、私が本気でお願いしたら必ず従ってくれる彼とは。
どうしたの、そう声をかけてなんとか&ruby(なだ){宥};めようとするも、一向に言うことを聞いてくれない。むしろ、摩擦のせいもあるのか、体温がどんどん上がっているように感じられて、彼は草タイプのはずなのに、触れる毛並みも息も熱すぎてやけどしてしまいそうで。
そして、なによりも。
ぐに、と。
そんな彼の体よりなお熱い何かが、私の&ruby(うちもも){内腿};を押し上げた。一瞬何かわからなかったけど、堅い棒のような感触とそれのある場所を考えると、その正体は一つしか思いつかない。
まさか、まさか。&ruby(・・){私に};&ruby(・・・){対して};欲情している?
ポケモンとはいえ性成熟したオスの前で不用意に裸になったのが悪かったのか。発情した彼が、目の前にいた背格好の近いメスをそのはけ口に選んだのか。
一瞬そんな不安がよぎるが、そうではないことはすぐにわかった。
私の頭の中で、点と点がつながっていく。
いつも私を守ることばかり気にかけて、ほかのポケモンと過ごすことなんて興味がなかった。あんなに美しいアマージョをつがいにできたのに、ちっともうれしそうじゃなかった。彼が本当にうれしそうに笑うのは、私にじゃれつくときと、苦労して身につけたであろうマジックを披露するときだけだった。
そして今日。汚れたまま添い寝しようとすると私が怒ることはわかっているのに、寮に戻った途端に彼はボールから飛び出してきた。賢い彼なら、三日ぶりのシャワーを浴びさせられることはわかっていただろうに。
今思えばまるで、&ruby(・・){誘導};&ruby(・・・・){していた};みたいではないか。私が、寮のシャワールームという密室で、二人っきりで彼を洗うように。
たぶん、それは彼が口をきけないから。たしかに、携帯に入っているロトムを介すれば意思を伝えられなくはない。だけど、主人に対する劣情の告白をロトムに代弁させることは、彼にとって耐えがたかったのだろう。それに、観察眼に優れた彼は、とっくに見抜いていたのかもしれない──私の中にも、彼とおんなじ気持ちが芽吹いているということを。
だから、彼は行動で示すことにしたんだ。確かに少々ロマンチックさには欠けているけれど、いくら鈍感な私でも彼の意図を勘違いしえないような状況に、私を追い込んだんだ。
私は声を荒らげた。
「だ、めっ、マスカーニャ! こんなことしちゃだめっ……!」
「ニャ……ムムムウ」
流されてしまいそうになる心をなんとか理性で引き留めて、顔を背け、彼の胸を手で押し返す。彼の顔が離れる。仮面の奥から、真剣そのものの色に光る彼の瞳が私を見つめてくる。彼の手が背中に回されて、軽く力が込められる。彼が本気を出せば、か弱い人間の私を押し倒してしまうことなんてわけないはずなのに、私の言葉を待ってくれている。
「私たち、人間とポケモンなんだよ……? タマゴはできないし、マスカーニャ、きっと後悔する……」
マスカーニャが、ふるふると首を横に振る。私は彼に顔を向け直して、すがるように言葉を重ねる。
「おねがい、わかって。マスカーニャは強くてかっこいいんだから、アマージョちゃん以外にも探せば、きっと素敵なお嫁さんだって見つかるよ」
私の言葉は上滑りしていて、なんの説得力もなかった。他ならない私自身、心にもない台詞を吐くたび、胸が痛くて仕方なかったのだから。
観客を驚嘆させ自在に操ってしまうマジックの本質は、その心理を把握すること。マスカーニャが、相対するポケモンの顔をちらりと見ただけでその攻撃を予測してしまうのを、私は何度も見てきた。彼が仮面で顔を隠すのも、表情をさらすのがいかに危険なことかを本能的に知っているからだろう。
私をじっと凝視する彼の決意は、ぴくりとも揺らいでいなかった。私の薄っぺらな欺瞞など、すべて彼に筒抜けになっているに違いない。その熱い視線で見つめられて、軟弱な私の意思はいとも簡単にくじかれてしまっていた。彼が進化した日のことを、マントをひらめかせてこちらへと飛んでくる姿に一目惚れしてしまったあの日のことを、思い出してしまっていた。
彼は何も言わなかった。言葉の通じない私たちの間を、視線と、吐息と、言葉にならない気持ちだけが交差した。
肩を優しく抱きかかえられて、もう一方の手が私の顎に添えられる。少しずつ、距離が詰められる。彼の瞳が閉じられて、仮面がぶつからないように顔が少し傾けられる。ああ、うちの子はいったいどこでこんな人間的な仕草を覚えたんだろう、なんて、保護者気分の抜けきらない場違いな考えが頭をよぎる。彼の成長をこそばゆく感じながらも、その思いに応えるべく、私も目を閉じ、彼にすべてを委ねる。
塞がれていた唇が解放されたとき、私はやっと正直な気持ちを口にすることができた。
「私、こういうこと初めて、だから……優しくして、ね……?」
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再び蛇口をひねって、お互いの全身を覆う泡をシャワーできれいに洗い流す。私はタオルで拭えば体の水分は落ちるけど、上半身をこんもりとした体毛に覆われている彼はそうはいかない。彼が進化したのを機に買っておいた大風量のドライヤーで水分をあらかた飛ばし、その後で私の髪の毛も乾かすのがいつもの流れ。草タイプの彼の体毛は、完全に乾燥させると人間の髪の毛以上に痛んでしまうので、少し湿っているくらいでやめるのが大事だ。
ブオオン、とモーターのやかましい作動音が響く。マスカーニャのいつもはこの音に負けないくらいの大きさで私が声をかけたりするのだけど、今日はそんな気分ではなかった。マスカーニャはそれに気づいているのかいないのか、おとなしく目を閉じてドライヤーの放つ温風を浴びている。
(……うう、目についちゃうなあ)
肩口を乾かし終わって、おなかに風を向けると、ふわふわの体毛の間から、彼の興奮の証が伸びていた。体と同じく、毛に覆われた棒のような形をしている。先端に行くにつれて細くなっているけれど、結構なサイズがあるように、思える。実際にするときは、さらに毛皮が剥けて、人間と同じように赤く充血した刀身が露出するらしい。怪しいサイトで得た知識が正しければ、だけど。
彼のドライヤーが終わったら交代。マスカーニャにドライヤーを持ってもらっておいて、自分の髪の毛もきれいに乾かした。
「……よし、これで終わりかな。ありがとう」
そう告げると、彼がドライヤーの電源を切り、コンセントを抜いて、コードも巻き付けて棚にしまった。いよいよ私の身の周りのこと全部やってくれてるな。
そんな風に考えていたのは、現実から逃避しようとしていたからかもしれない。彼が下着姿の私をお姫様抱っこして、ベッドに連れて行っているという現実から。体毛で膨れてる分を除けば私とさして変わらない細腕のはずなのに、私を軽々と持ち上げてしまう膂力があるのはさすがポケモンと言うべきか。
部屋に戻ったとき我に返る。ちょっとまって、とスイッチの前で彼の足を止めさせて、部屋の明かりを落とした。消してしまうと何も見えなくて怖いから、常夜灯は残しておく。こうしても、夜目の利く彼には十分に見えてしまうのだろうけど、明るい中でするよりはましだ。主にこっちの恥ずかしさが。
そ、っと、ガラスでできた工芸品を扱うかのようにベッドに下ろされる。ベッドの縁に腰掛けると、それに続いて彼もベッドに上がってくる。私が座ったときよりスプリングのきしむ音はかなり小さい。その理由については&ruby(しゃく){癪};だから考えないでおく。
後ろに回り込んだ彼が、両手で包むように抱き込んでくる。つ、つつう、と、首の後ろからうなじにかけて、彼の湿った鼻先が触れるか触れないかくらいの強さで私の輪郭を確かめていく。いつもだったら、久々にかまってほしい気分なのかな、かわいらしいなあと和んでしまうのだけど、今日はとてもそんな風には思えない。口を真一文字に引き結び、両手を太ももに押しつけて、興奮と期待に身を固くしていた。
&ruby(すく){竦};ませていた肩に彼の手が優しく触れて、ゆっくりとなでさする。それと同時に懐かしい香りが漂ってきて、私の緊張を少しずつほどいていく。肩の力が抜けて、心地よく脱力した私は、麻酔にかかったように彼の胸にもたれかかった。
まだ彼がニャオハだったときに、ひなたぼっこしてご機嫌になると放っていた香りによく似ている。怒れるポケモンたちもたちまち沈静化させてしまう強力なアロマだけど、あくまで力の弱い子供が自分の身を守るためのものなのか、彼が進化してからは一度も嗅いだことがなかった。
だけど、この匂いを発する臭腺はあくまで残っていた、ということなのだろう。眠ってしまいそうなくらいの心地よさの中、首を横に向けると、彼の胸毛から漏れ出でる匂いが強くなる。そうして、私がすっかり骨抜きにされるのを、見計らっていたかのように。
「っ、あ……」
彼の手が、私の肩から前へと下った。下着の上から、私のささやかな膨らみに柔らかく触れて、滑っていく。初めて触れるそこの形を覚えるみたいに、外側からわずかな谷間まで、上から下まで。チルットの羽が触れているかのような優しさで、敏感な先端が少しずつ高められて。ひ、と小さく声を出すと、彼の刺激がそこに集中していく。
「っだ、め、マスカ……は、っ……」
消え入りそうな声で反論するけれど、それも口だけのこと。彼の淫らな手つきを止めようと動いた私の両手には全然力が入らなくて、彼の手に添えられているだけだった。
「ニャ、ニャニャム、ニャオン」
耳元で彼がぼそぼそと呟いたかと思うと、ほっぺたに小さな熱を感じた。
──キス、された。キス、したいんだ。
彼が私の顎を捉えて、後ろを振り向かせてくる。私は緊張で心臓がバクバク言ってるというのに、彼は端正な顔に余裕そうに微笑みを浮かべてる。少しだけとがったマズルの先を近づけてきて、鼻を擦り付けてくるみたいな気軽さで唇を重ねてきた。五分ぶりにして、私の人生二度目のキス。
ちゅ、ち、ちゅうっ。ついばむように繰り返される口づけは、彼の唇にもわずかに生えている柔毛のおかげでくすぐったい。上唇を&ruby(は){食};み、下唇を甘噛みして、すでに陥落した私を彼はじりじりと&ruby(じ){焦};らし続ける。ざらざらして湿ってる、なま&ruby(あった){温};かいベロで薄い皮膚と粘膜の狭間をじっくりとなぞられる感覚に、私の背筋がぞくぞくと粟立つ。
だけど、慣れていない私が息苦しくなってしまう直前のタイミングで、それをわかってたかのように彼が離れてくれた。軽い酸欠でぼうっとした意識、薄暗い電灯の視界の中、仮面の奥の彼の瞳が、とても嬉しそうに細められているのがわかった。暗いから私には見えていないだろうと油断しているのだろうか。そんな彼が無性に愛おしくなって、私のすべてを知って、受け入れてほしくなって、私は彼の手を握ると、さっきの続きをするよう、胸元へと導いていた。
自分でも自分の身勝手さに驚いていた。さっきはポケモンとトレーナーの関係の倫理観について悩んでいたというのに、今やそんなのお構いなしで、マスカーニャで、相棒で自分の&ruby(くら){昏};い欲求を満たそうとしている。
でも、私が一歩踏み込んだことで、マスカーニャも少し大胆になってくれて、それがひどく嬉しかった。だって、さっきまでは紳士的を通り越して潔癖ですらあった彼の手つきに、少しずつ欲望の匂いが混じっていくんだもの。おそるおそる力が込められて、おっぱいがやわりと変形する様子に、私は自分のことながらものすごい興奮していた。
しかも、それだけじゃなくて。
「んふ、む……んあっ⁉」
マスカーニャが下着越しに爪を立てて、膨らみの頂点をなぞった。唇を触れあわせたまま上げてしまった私の嬌声に気を良くしたのだろうか、彼の指が何度もそこを往復する。かり、かりっ……軽く刺激されるそのたびに、まるで対抗するように充血して、快感が鋭くなっていく。
「ん……あ、っだ、や、んんんっ……」
恥ずかしくて口を閉じていたけど、情熱的に、丹念に繰り返されるアプローチに、どうしても声が漏れてしまう。手を口に当てて塞ごうとしたら、さっと伸びてきた手に止められて、代わりに彼の口で蓋をされた。だけどその蓋は、すぐに隙間が空いてしまって、私の気持ちを宙ぶらりんにする。
「は、ん……む、ふは、マス、カ、にゃぁあっ……っあ、ぁああん、んむ……」
そのまま指を動かし続けてくる意地悪な彼に、文句の一つでも言おうとした。けれどその瞬間、そうはさせないと言わんばかりに指がぐりぐりっ……♡ と押しつぶしてきた。触れあわせたままの唇から、あられもない声を上げて私は&ruby(な){啼};いた。私の半開きになった口を彼の体温そのままに熱い舌が舐め、柔らかい唇が&ruby(は){食};んで、私の恥ずかしがる声すらも食べられてしまう。
そんな彼の独占欲にほだされた私は、さっきまで羞恥心からきつく閉じていた口を、情欲の導くままに柔らかく歪ませていた。触れあわせた唇から体温を送り合い、れる、くちゅっ、蜜のように甘い彼の唾液を絡ませた舌からなめとっていく。平べったい彼の舌はその分すごく器用にできているみたいで、はやる心のままにうかつに彼の中に飛び込んだ私の舌は、逆にあっさりと絡め取られてしまう。
「あ、はむっ、ちゅ、んむぅ……」
お返しと言わんばかりに、自在に動く彼の舌が、私の唾液を舐めとるように愛撫していく。ちゅう、れるれる……♡ いたずらみたいに吸い上げられたかと思いきや、今度は逆に、口蓋を内側から優しく舐められて、熱い愛情を刷り込まれていく。溢れてくる愛おしさを言葉にして伝えたかったのに、口を開いたまま閉じられないこの状態では、淫猥な鳴き声にしかならなかった。その声は、自分自身驚くくらいエッチな動画で耳にした声と似通っていて、顔がかあっと熱くなる。
肌の上を布が滑る感触。ブラジャーが裏返されて、私の胸が完全に露出させられたのを、空気のひやりとした感覚で理解する。その割に締め付けられる感触はない。私に気づかれずホックを外すことなんて彼にとっては朝飯前だろうから、そこはいい。問題は、私の裸なんて見慣れている彼が、なんでそんなことをしたかということ。その理由を直感して、私はおなかの奥を這い&ruby(のぼ){上};る興奮に身震いしながら、自分の浅ましさにあきれていた。
果たして、私の想像は当たっていたようで。彼の両手が、私の胸を下から支えるように掴む。そのまま、撫でるようにして軽く揺らしてみたり、もにもにと揉んでみたり。たぶん私の様子を観察しながら、どうすれば私を&ruby(よろこ){悦};ばせられるか試していっているのだろう。だけど、そんな心配なんていらなかった。
「っ、や……そこ、ん、ぁあ……は、ぁむう……ぷは、あっ、だ、はげし……」
普段こっそり一人でするときと同じような刺激のはずなのに、鋭敏になった肌がすさまじい解像度で彼の指の動きを伝えてくる。細やかな毛並みに包まれた器用な両手の三本指が、直接こんなに大胆に触っている──初めての経験に、私の頭は沸騰してしまいそうで。息継ぎしたい私にお構いなしにキスを執拗にねだりつづけてくる彼のほうに顔を向けさせられ、自分ではそちらを確認できないのが怖い。彼の指が乳首の端をかすめる感触で、先端がふっくらと&ruby(た){勃};ち上がってしまっていることだけはわかる。
だけど、ほかになにか、私の体に恥ずかしいところはないだろうか。人間である私の体に、興奮しきった私のあられもない姿に、ポケモンである彼を落胆させるような瑕疵があったりしないか。そんな気持ちから思わず手で隠そうとしてしまうと、彼は私の両手を掴んで後ろに回し、だめだよ、というように後ろ手に組ませた。そして、そんな私の不安をかき消すように、彼の指の動きはだんだん激しく、&ruby(ちょくせつ){直截};的になってきて。
そして、ついに敏感な先端をきゅうっ、と優しくつまみ上げた。
「……んゃあああああっ……⁉」
脊髄をほとばしる甘い電撃に、背筋をぎゅうっと反り返らせて悶絶する。
「ニャ。ナ〜ム……」
だがしかし、私の激しい痙攣に彼の手もぴたりとついてきた。先端をつまんだまま、こりっ♡ くにゅっ♡ と、ひねるような刺激を加えてくる。さらに目の前にあった私の耳をかぷりと咥えて、ぢろぢろと舌で舐め回してきた。冷えた耳を熱い舌がねっとりと舐め回す感触が、快感となって私の脳髄を這い回る。
「っだ、あっ♡、やぁああ゙ああっ…………♡」
かく、かくかくっ……♡ 頭が真っ白になる。よだれをこぼしそうなほどに大きく開けた口から断続的に声を漏らしながら、キャパオーバーな快楽におなかを震わせる。彼が指先に軽く力を込めるたびに、スイッチを押されたみたいに私は高みに連れて行かれる。
「っはあ……、っあひ、っひん……っだ、ごんなのお゙っ……」
──だめになる。まだあそこすら触られていないのに、こんなアブノーマルな絶頂しちゃって、頭がぐわんぐわんするほど気持ちよくなっちゃったら。愛しいマスカーニャに触られて&ruby(とろ){蕩};けた顔をさらす羞恥の魅力に気づいてしまった今、もうまともなオナニーじゃあイけなくなっちゃいそうで。
でも。彼の手がほっぺたに伸びてきて、がんばったね、とでも言いたそうに撫でてくるから、もうそんなことどうでも良くなってしまう。先ほどからお尻に押しつけられ続けている、再び怒張していのであろう彼の熱情を感じて、絶頂したばかりのお腹がきゅうんと疼く。彼の細くとも力強い腕に抱きしめられる安心感に浸りながら、柔らかな手のひらに、肉球に、自分から頬をこすりつける。少しでも彼の気を引きたいけれど、なんだか恥ずかしくって、んぅ、と、まるで子猫のように小さく喉を鳴らすだけ。彼がニャオハの頃、私が撫でてあげる側だった時はわからなかった──あらんばかりの愛情を注がれて甘やかされることが、こんなにも蠱惑的な快感に満ちているなんて。
肩で息をしながら、私は脳を埋め尽くす幸せの信号にいつまでも耽溺していた。
そこからしばらくは、マスカーニャの愛撫はうってかわって優しいものだった。涙を浮かべて意識を飛ばしかけていた私に配慮したのか、全身をいたわるように触れて、マッサージして、私が落ち着くのを待ってくれていた。
心地よく&ruby(もうろう){朦朧};としていた意識が、体を動かされるのを感じて現実に戻ってくる。彼の体が離れて、私の背中を支えていた腕が下ろされ、ゆっくりとベッドに横たえられた。視線を落としてみると、下着はすべて足下に放り投げられていて、私は産まれたままの姿にされていた。相変わらず手先が器用すぎる。脱がされたことにすら気づけなかった。
寝そべった頭の下にあるものが、枕にしては温かいことに気がつく。彼の片腕が私の頭を支えてくれていた。彼の表情は、やっぱり仮面に隠れて伺い知れないけれど、その所作の一つ一つから彼の思いやりが溢れんほどに伝わってきた。枕にしていた腕が曲げられ、ゆっくり引き寄せられたから、ためらうことなく唇を重ね、舌を絡め合う。今日だけですっかり慣れっこになった、私たちだけの最上級の愛情表現。
「……ん、っあ……」
彼は何も言わず、おへその辺りに手のひらを触れさせてきた。すり、すりと、薬をだんだんと塗り広げるかのように手が円を描く。その半径がだんだん大きくなっていって、脇腹を下って、お尻の膨らみをそうっと撫で回したかと思うと、また上に戻っていって。肝心なところはいつまでたってもお預けで、くすぐったいような気持ちいいようなもどかしさが下半身全体にじんじんと広がって、思わず腰をもじもじと揺らしてしまう。腰が引けてしまいそうになると、それを見越していたかのようにお尻に回された手がぐいっと引き寄せてくる。
ふと目を開けると、彼と目が合った。彼のいやらしい手つきに悶々とする私の表情を、楽しそうに目を細めてじっと見つめていたのだ。
「も、お……。意地悪しないでよ、ばか」
「マァ〜オ」
そういってごまかしたけど、彼の方は片頬をつり上げてニヒルに笑ったまま。油断した自分が一体どんな表情をしていたのか、自分ではわからないのがもどかしい。
くそう、まさか飼い猫にからかわれる日が来ようとは。私は彼の肩口に頭を埋めて、からにこもるみたいに顔を隠した。乾きたての彼の毛皮は雨上がりの草原のようにひんやりと涼しくて、ミントのようなさっぱりした香りがして、熱くなった私の顔を冷ましてくれて。
そしてついに、彼の手が肌の上をたどって、&ruby(・・){そこ};へと伸びていき。
「んうっ……!」
ぬるり、指が陰部を探る性感が、私を現実へと引き戻した。
「あ、っ、そ、こ……っ」
くち、っくちゅ、私の反応を確かめながら、少しずつ動きを激しくしていく。爪を立てず、指の腹を使って、慎重に刺激を繰り返していく。
彼の心配もわからないではない。ポケモンの力は人間よりずっと強いから、私を何かの拍子に傷つけてしまわないかと不安なのだろう。マジシャンである彼は、聴衆に完璧な一瞬を演出するためならどれほど入念な準備もいとわない。初めてである私から恐怖を一片たりとも残さず取り除いて、幸福で染め上げてやろうとしているのだろう。
……そんなことしなくていいのに。
「っひ♡ う、っく……っぁあ♡」
だって、私はもう、我慢の限界だったから。歯をかみしめて我慢しようとしても、彼が軽く表面をなぞるだけで裏返った声が漏れ、腰がひくひくと揺れる。新緑のような彼の匂いを一息かぐたびに、リラックスした身体からどうしようもなく力が抜けて、彼を受け入れる準備が勝手に整っていく。
もっと激しく、ひどくしてほしい。マスカーニャの獣欲で、私をめちゃくちゃにしてほしい。私をマスカーニャのものにしてほしい。
「……だ、もぉ……っ♡ ね、もっと、してえ……」
「ニャウ……」
「いいの、いいから……。好きにして、いいからぁ……♡」
そんな気持ちを込めて彼に精一杯ささやいてみるけれど、マスカーニャの表情は硬く、指の動きは相変わらず緩慢なまま。慎重を通り越して頑なな彼の態度で、なんとなくわかった。
怖がっているのはマスカーニャの方なのだ。自分が私を怖がらせやしないかと、彼は怖くてたまらないのだ。
シャワールームでの彼はとっても大胆だった。彼はきっと、頑迷な私に気持ちを伝えようと精一杯の勇気を出したのだろう。だけど、彼の豹変に驚いた私は、彼を何度も引き留めようとし、優しくしてくれと頼んだ。それがきっと、彼を縛る鎖になって、彼に仮面を被らせてしまった。
だから私は、彼と同じ手を取ることにした。関係が壊れることも覚悟で一歩踏み込んできてくれた彼に、私も自分の本性を晒さなければならない。
「マス、カーニャ……」
私の鼠径部に触れている彼の手の甲に、自分の手のひらを恐る恐る重ねる。怪訝そうな顔でこちらを見る彼を見つめ返しながら、私は彼の三本の指のひとつを包むように指を伸ばし、力を込めた。
「こ、こっ……、もっと……こんなふうに、してっ、……っあああっ……!」
くち、くちゅ、ぐちゅっ……♡ 彼の指を、まるでエッチな道具みたいにクリトリスに押しつけて、待ち望んでいた強烈な快感に嬌声を上げる。彼の手には小さな肉球がある。長い毛に隠れているけれど、手のひらだけでなく指先にも。日々のマジックの練習のせいか、固くなった皮膚に覆われているそこで、ぐちぐちと敏感な肉豆を潰す。
目を丸くしている彼に見つめられて、顔から火が出るほど恥ずかしい。だけど、羞恥心が膨らむたびに、腰にじんわりとたまる熱も高まっていって、これまでに感じたことがないほどに敏感になってしまう。
「マスカーニャ……わたし、ね、いつも、マスカーニャのこと考えながら、なかもこうやって……んんっ……♡」
「ナアッ……⁈」
添えた手で、さらに下に導く。彼の指は先端が丸く太くなっていて、入れられるのか不安だった。だけど、私の蜜で濡れそぼっていた指は、私の指と一緒にあっさりと中に&ruby(はい){挿入};ってしまった。よく考えれば、この後これよりもっと大きいモノを入れるのだ、これくらい入ってもらわないと困る。
とはいえ、それでも私にとっては未知の大きさで。そのまま指を折り曲げると、内側の粘膜が圧迫される感覚で、腰に変な力が入る。彼の指を私のそこが直接締め上げているという事実だけで、訳がわからないほど興奮して、頭が沸騰しそうだった。
彼の指を好き勝手に押し当てて、硬い肉球の感触に感じ入って。マスカーニャの方からしたら、私が急に大胆になったように感じているんだろう──口をぽかんと開いた彼は、彼の指をずっぽりと飲み込んでしまっている私のそこを、食い入るようにして見つめていた。
さすが私のマジシャンポケモン、動揺はすぐに仮面の奥に隠してみせた。だけど、こちらを見つめ返してくる瞳、真剣そうに閉じられた口、ごくりとつばを飲み込む喉が、隠しきれない昂奮をのぞかせる。にやり、本心を隠すみたいに再び片頬をつり上げると、意識しているのかいないのか、彼が身を寄せてきて。
「あ、っ……」
おちんちんが、私の内ももに押しつけられる。固くそそり立っているその力強い熱を直接押し当てられて、つい身をすくめてしまいそうになるも、いけない、と思い直す。ここで怖がってしまっては元の木阿弥だ。
恐怖を振り払い、そっと手を触れる。お風呂の時よりもさらに大きくなっていて、彼の鼓動に合わせて小さく脈打っている。半ばまでを覆っている毛皮をそっと剥いてやると、抜き身の剛直が姿を現した。表面に小さな肉の突起がつぶつぶと&ruby(た){勃};っているのが指の先に感じられる。
「ンナナアッ……」
できるだけ力を入れずに触ったつもりだったけど、それが逆に彼にとってはもどかしかったのかもしれない。かくん、と彼の腰が揺れて、それが手の中で震える。手にずっしりと大きなこれが、いつも体の中に隠れていたとは信じられない。
「……ね、マスカーニャ、私でドキドキ、してくれてる……?」
「ン、ムムウ……ニャアン」
「えへへ、うれしい……♡ ね、いいよ、マスカーニャの好きにして……。わたしを、マスカーニャのものにしてえっ……♡」
「ニァアッ……!」
彼が、私の両膝をゆっくりと開く。暴かれた鼠径部が流れ込んできた空気でひやりとするけど、すぐにそこにマスカーニャが体を割り込ませてきた。
ぐ、っち……。
「っ、あああ……♡ っあ、ひっ、それっ、だ、んああああ゙っ……♡」
あたってる。マスカーニャのおちんちんが、その先っぽが、私のおまんこに擦りつけられてる。
ぐ、っち、ぐちゅっ、彼が腰を前後に動かす。彼にしてみればこれからすることの準備運動くらいのつもりなのかもしれないけれど、私にとっては気持ちいいどころの騒ぎじゃなかった。おちんちんのとげとげが敏感なクリトリスをびんびんと弾くたび、甘い快感が私の腰をぐずぐずに溶かしていく。
快楽から逃げようと無意識に腰をひねっていたからだろうか、のしかかるように体を寄せてきた彼が、私を捕まえるように両肩を抱きしめてきた。鼠径部に彼の屹立をもっと強く押しつけられて、期待に&ruby(すく){竦};ませた肩をがっしりと固定される。私にできることは、彼を無意識に抱きしめ返しながら、あらわになった彼の支配欲に身を委ねることだけだった。
「ます、か、んんんうっ……⁉ は、っん゙、んむおお゙っ……♡」
そのまま唇を重ねられ、当然のように舌をねじ込まれる。反射的に声を上げそうにあったけど、唇を覆われたせいでそれすらも許されない。私は呼吸もままならずにその隙間から嬌声を漏らすだけ。さっきみたいに配慮と遠慮のオブラートに包まれてなんかいない、彼の気持ちを直接焼き付けられるような激しいキスだった。
そしてそのまま、彼の腰が少し離されて、狙いを定める。私の一番敏感なところに、その熱の先端が押しつけられて。
「っは、んんっ……♡ んんん゙ううう……⁉」
──一気に、貫いた。
彼が執拗なまでに&ruby(ほぐ){解};してくれていたからか、初めてだというのに痛みはほとんどなかった。むしろ、お腹を力強く&ruby(ひろ){拡};げられる圧迫感は、マスカーニャを、彼の気持ちを本当に受け入れたのだということを実感させてくれて、止めどなく幸福感が湧き出てくる。
「……っぷあ、はあ、はあ、はあっ……♡ マスカーニャの、はいってるう……♡ すき、すきだよおっ、マスカーニャぁ……♡」
彼がキスから解放してくれた途端、彼への愛情が睦言となって溢れてくる。そんな私をルビー色の瞳で至近距離から見つめながら、愛おしむように頭を撫でると、
「ニァ、ニャアッ♡」
にち、にっ、ち、腰を引いて、また押し込んで。ぐ、っち、ぐちゅ、ぐっちゅっ……♡ 何度か確かめるように動いたかと思うと、どんどんと動きが激しくなってくる。
「っあ、ああっ⁉ ……は、っ、あああっ……♡ お、くううっ……♡」
抜けてしまう直前まで引いて、先端の少し膨れたところで入り口を拡げたかと思うと、反転していきなり一番奥までぐりぐりっ♡ と押し込まれる。彼の腰を覆う膨らんだ毛が、敏感な陰核をぢりぢり刺激する。それに合わせて、彼の高い体温そのままの肉棒が私の奥を押し開くたび、腹の中を押し広げられる圧迫感で生まれた鈍い快楽が脳に響く。
「ニャオ、ニャアン♡ ンムムウ♡」
彼の気持ちが、今までよりもずっとはっきりとわかった。たとえ仮面に隠されていようとも、これだけ近くで顔を見ていれば、聞き慣れた彼の声で耳元でささやき続けられれば、言葉が通じてなくたって彼の言いたいことはありありと伝わってくる。
「あっ、ん゙うっ……♡ は、あ゙ッ──そご、だ、い、いい゙っ⁉」
ぱん、ぱんっ、ぱんっ、っぱん……♡ リズミカルな彼の腰の動きは止まらない。むしろどんどん激しくなって、初めての感覚に翻弄されて息も絶え絶えな私にかまうことなく、若い雄の肉欲を剥き出しにして存分に叩きつけてくる。私の愛液で濡れそぼったそこが、淫らな水音を奏でる。
私が、ギリギリのところで我慢していた彼のたがを外してしまったんだ。きっともう、ぐちゃぐちゃになった私の中を楽しむことしか頭にないんだ……♡
だけどそれが、私には嬉しかった。彼のエスコートの仕方とか愛撫とか腰使いは、どれも初めてとは思えないくらい手慣れたものだった。それはきっと、彼がテクニシャンだからだけじゃなくて、アマージョとしたときに身につけたものなんだろうと思うたび、私の心が少ししおれていた。だけど、彼女としたときはきっと、彼はこんなふうに自分をさらけ出してはいなかったはずだ、と思えたから。
激しい運動に彼も息が上がってて、ハッ、ハッ、と耳元で短い呼吸音がする。それに混じって、ゴロゴロと喉を鳴らす音も。
「マス、カーニャア……すき、すきだよおっ……♡ おねがいっ、もっと、マスカーニャの……んああっ♡」
彼ともっとくっつきたい、そんな一心で両足を彼の腰に回して、両手両足で彼を抱きしめる。こんな風に男の子に股を開いて、はしたない格好だとはわかっているけれど、彼を離したくない気持ちをとどめることはできなかった。彼の腰の律動の勢いに私の脚の重さも加わって、私の子宮が甘く杭打たれる。
「あっ……や、あ、これいく、いっちゃ、い゙……っくうう……♡」
「ニ、ニァ、フウ、ウウウゥゥ……♡」
頭の中が真っ白になった。訳もわからずマスカーニャの体をきつく抱きしめると、彼も合わせて腰を押しつけてきて。
──どく、どくんっ……♡
彼のおちんちんが脈動するたびに、灼けるような射精の熱が広がる。
「はっ、……っんああっ♡ マス、カーニャの、いっぱいい……♡」
そういうサイトで知識を身につけたつもりだったけど、私は何も知らなかった。愛する相手とのエッチがこんなに気持ちよくて、一人でする自慰行為なんかとは何もかもが比べものにならなくて、幸せでいっぱいにしてくれるものだなんて。子供はできないのにお腹の一番奥にマーキングされちゃって、私がマスカーニャのものになっちゃったんだってはっきりわかって。
「んっ、お゙っ……ぐぅう……♡ い、ん゙うううう……♡」
オスとしての本能なのだろうか、どくんどぐんと吐精するタイミングに合わせて、彼がすでに密着させた腰を奥へ奥へと押し込もうとしてくる。おちんちんで押し潰された子宮口から、止めどなく快感と幸福感が溢れてくる。
「はあ……っはむ、んんんうっ……♡ ぷぁ、ま、ぁふ、はむっ……んんんっ……♡」
彼の求めるままにキスに応じて、舌を欲望のままになぞり上げられ、性懲りもなく私はイった。
頭を、おっぱいを、肩口を、愛おしむように撫でられながら、私は心地よく意識を手放した。
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太陽が高く昇っている。今日は秋晴れの休日、絶好の登山日和だと思ったけれど、予報によると午後から雨が降ってくるらしい。渋々諦めて、シティ近くの草原でのピクニックをすることにした。遠出ができなかったときにプランBとしていつも来る、そこそこお気に入りの場所。街を見下ろす草原には、私たち以外にもシティから来たであろう、家族連れや友達同士、カップルなどの姿がぽつぽつとあった。
季節が変わり、少しずつ色が褪せていっている下草の上にマスカーニャがブルーシートを広げてくれた。その真ん中に腰を下ろす。
「ニャ……」
「……う、わかったよ……」
だけどすぐさま横から引っ張られて、シートの端っこまでひこずられる。草タイプの彼は、特に自然豊かなこういう場所では、地面の上にそのまま座るのがお好みなのだ。私を端に座らせて、彼はそのすぐ隣の地面に座りたいのだろう。
だけど、それを私がためらった理由が一つ。
「ゴロゴロゴロ……」
そうすると、彼は決まって、通りすがる人たちやポケモンに見せつけるように、腕を絡め、頭を肩に乗せてくるのだ。
主従の関係だったマスカーニャと、身体の関係を持つようになってから二週間。
あの日まで、彼が人前でじゃれついてくることは絶対になかった。甘えたい気分になった時も、寮に帰って一人っきりになった後とかに、するりと窓から入ってきて、ひっそりとすり寄ってくるのが常だった。
それは、彼がシャイでかっこつけたがりなせいだと思っていた。他の人の前で主人に鼻の下を伸ばすのが恥ずかしいからだと。
だけど、それは間違っていたらしい。楽しそうに喉を鳴らしながら、私の首筋に鼻先を擦りつけてくる姿からは、恥ずかしさなんてみじんも感じられない。
草原にやってきた私たちをなんとはなしに見ていた周囲の人々が私たちを見てクスクスと笑うから、私の方が恥ずかしくってたまらない。彼らは、ポケモンと仲が良いんだなあ、なんて微笑ましく思っているんだろう。
だけど&ruby(・・・・・){それだけだ};。私たち以外の誰も、私たちの間に禁断の関係があるなど露ほども思っていないし、これからも絶対に知られることはない。マスカーニャは賢いから、夜伽の痕跡をどこにも残したりなんかしない。私たちの関係が暴かれれば、私と離ればなれになることがわかっているから。
だから私だけが知っている。近寄ってこようとする輩がいないか、彼が周囲への警戒を怠っていないことを。
この強い独占欲こそが、彼の種族の本性らしい。きっとこれまでも、彼は一人で過ごしていたのではなくて、どこかで私を見守ってくれていたのだろう。あの日以降、彼はそれを隠すことをしなくなっただけなのだ。
「おねーさん、一人? よかったらお茶しない?」
そうやってしばらく二人で過ごしていると、後ろから声をかけられた。鷹揚に振り返ると、髪を茶色に染めた軽薄そうな男がしゃがみ込んでいた。赤の他人に話しかけるには、少し失礼が過ぎる距離。なんともテンプレートな、ナンパのお誘い。
彼が続けて口を開き、どこから来たの友達待ってるのなどなど、矢継ぎ早に質問を飛ばしてくる。
こちらが心の防御をできていない間に距離を詰める作戦だったのかもしれないが、お生憎様。あなたが話しかけてくるずっと前から、マスカーニャが不機嫌そうに顔をしかめて、流し目で視線を飛ばしていたんだよ。この大草原でマスカーニャの不意を突ける人間なんていないんだけど、彼の射殺さんばかりの視線にすら気づかないこいつには分かるわけもない。ポケモンも連れてないみたいだし、所詮トレーナーでない人間にはポケモンの力の恐ろしさは分かりっこないということか。
……ううむ、いけない。私は少し腹を立てているみたいだ。彼との甘酸っぱい時間を邪魔されたのだから、やむないことではあるんだけど。とにかく、マスカーニャをものの数に入れていないこの失礼な男を、一刻も早く追い払ってしまいたい。
「……ああ、ごめんなさい。わたし、もう帰るところなんです。これからこの子と用事があって」
「えー、いいじゃん、ちょっとだけ……⁉」
そう言って無遠慮に手を伸ばしてきた男の動きが固まる。よく見ると、地面からいつの間にか伸びてきた幾本もの蔓が、彼の腕を、脚を、全身を、がんじがらめに縛り上げてしまっていた。
その鮮やかな技の冴えに、私自身少し驚いた。マントから放たれる光を利用した透明マジックは彼の十八番だけど、まさかここまで上達していたとは。
あまりの状況に理解が追いついていない男。フーッ、と敵意を剥き出しにして彼を威嚇しているマスカーニャを横目に、立ち上がった私はブルーシートをたたみ始める。
なんとなく、私がこれまで男の人に縁がなかった理由がわかった気がした。何のことはない、彼の光学迷彩能力がこれほど卓越しているのなら、私本人に気づかれないまま悪い虫を追い払うなんて造作もないことだったんだろう。自分に魅力がないわけではなかったのだと分かって安心するとともに、胸がきゅうと熱くなる。
無性にマスカーニャに甘えたい気分になったけど、この男の隣でいちゃつくわけにもいかない。せっかくのムードもしらけちゃったし、もう帰ることにしよう。
「ストップね。それ以上は怪我させちゃう」
放っておくと奥の手まで使いかねないマスカーニャに、一応声をかけておく。彼の制御を離れた蔓だけでも、人間なら何十分もかけないと解けないというのに。少々やり過ぎな気もするけど、こういうときは言っても聞いてくれない。まあ、追いかけられても面倒だし、時間稼ぎになるから良いか。
午後は雨。特に用事もないし、自室で過ごすことになるだろう。シャワーで身体をきれいにして、今度こそ、マスカーニャと二人っきりで。
「さ、いこう。マスカーニャ」
「ウニャン!」
リュックを背負って歩き始める。名前を呼ばれたからか、打って変わって機嫌を良くした彼が、腕を絡めて寄り添ってきた。この二週間ですっかり慣れっこになった、彼とだけの距離。
だけどそのまま、彼が腰に手を回して引き寄せてくる。てっきりこのまま一緒に歩きたいんだろうと考えていたから、不思議に思っていると、彼が首元に顔を寄せてきて。
……ちゅ、うううっ……。
「っひぁ……♡」
私のうなじに、強く強く吸い付いた。ぺろり、とどめに舌で舐めて、ひらりと彼が離れていく。慌てて手で覆ったけれど、彼の唾液でひんやりとするそこは、きっと真っ赤に充血しているのだろう。
二、三歩ほど先に進んで、立ち止まった彼が振り返る。いたずらが成功して嬉しいのか、にんまり笑って、片手をこちらに差し出してきた。
「……ああ、もう。ほんっと、どこでこんなこと覚えてきたんだか……」
はあ、と聞こえよがしにため息をつく。まったくしてやられた、ふいうちなんて覚えさせてないはずなのに。顔が燃えるように熱い。
それにしても、見ず知らずとはいえ、他人の前でこんな大胆なことをしてくるとは予想外だった。相変わらず、感情を隠すのが上手だこと。
まあ考えてみれば、嫉妬深い彼があんなにあっさり機嫌を直すわけがなかったのだ。別にこの男のことなんて私はなんとも思っていないんだけど、例え口で言ってもマスカーニャは納得してくれないだろう。だったら、行動で示してあげよう。
彼の手を取り、私は帰路につく。もう、男のことなんてこれっぽっちも頭になかった。それよりも──
──仮面の下に私への独占欲を&ruby(たぎ){滾};らせたマスカーニャが、この後どれほど情熱的に求めてくれるのか。ただそれだけが楽しみだった。