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#author("2023-05-28T01:56:28+00:00","","")
#include(第十九回短編小説大会情報窓,notitle)
&size(20){燕雀の志};
この島の鳥類事情は年中みられる留鳥が有名だが、暖かくなると渡り鳥の数団が羽休めを求めて渡ってくる。
決して便利に開発された島ではないものの、大海原と移り変わる気候の中継地、そしてそんな鳥の島の伝説に惹きつけられた変わり者の別の生物が多少息づいている。
今年も渡り鳥の季節がやってきた。
人間とポケモンは共生しているが、決してどちらかがどちらかの領分を犯すようなことはしないし、依存もしない。
「元気かいオニスズメ君」
「そちらこそ壮健かいスバメ君」
「そっちの子は」
「数えるのも億劫なほど遠い親戚の子供さ。君こそ去年は弟がいたと思うが」
「独り立ちして別の群れに行ったよ。風の便りもない」
1年ぶりだとしても、鳥の小さい脳でも友達の顔やいい思い出のある景色は覚えているもので。毎年この時期になると新しい顔見知りができる。別れもある。
燕の方はここで群れ全体で子育てをし、寒くなる前に旅立っていく。雀の方はここで出迎え、半年の共生ののち燕を見送る。
豊かな自然にあふれる夏場限りのことだ。でなければポケモン同士、餌の食い合いになってしまう。
まだ自分が責任とか志とか、そういうおよそ似つかわしくない熟語とは無縁な小鳥だったころには、無邪気に島の夏をすごせたものだった。
もちろん、身の丈にあった生き方とは、なんて、考えることもなかったし、単語自体を知らなかった。
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人間はポケモンよりも頭が良い。ただし、優秀だとか、聡明だとかということを同時に意味しない。
「顔色が悪いなオニスズメ君」
「やあスバメ君。ちょっとな……」
一年弱、たったそれだけ見ない間に、人間は島を変えてしまう。
人間が明らか増えた。これまでは島にいなかったようなポケモンも。活気が漲り、重機が入り、資材が積み込まれている。
何かが起ころうとしているのは間違いなかったが、人間の生活圏の近くで生きる燕には見慣れた光景だった。
「人間か? 案ずることはないぞ。愚かな個人はままいるが、愚かな種族ではない」
「君が言うなら信じるが……」
その夏の去り際、オニスズメの顔はこれまでになく沈んでいた。
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ポケモンは概して人間よりも頭は悪い。ただし、愚鈍だとか、蒙昧だとか、そういうことを同時に意味しない。
「憔悴しているな、オニドリル君」
「よくわかったなスバメ君」
「この島に黄土色のオニドリルなんて君しかいないさ」
「黄金色と呼んでほしかったがね」
「憔悴の証さ」
と、皮肉が皮肉にならないやり取りから今年の夏が始まった。
燕は雀より人間と過ごす期間は長いが、同じ人間と一緒に過ごす時間は短い。
オニスズメの憔悴はここに現れていた。
「どうしたんだ? 力になれるか?」
燕は今年も毎年のようにこの島に渡ってきたが、上位の幹部は異変に気付いたらしい。
群れを歓迎する家屋がほとんどない。
開発がかなり進んだ。ポケモンの弱小種に配慮するなどもよりも、より大きく、世のためになる開発が。巡り巡って世界の財産になるものが、計画されていた。
「人間が波止場を作り滑走路を作り要塞を作り、それ自体は、まあいい」
スバメよりも一回りも二回りも大きくなったオニドリルは、当然もう子供ではなかった。立派な、群れを指導する側の、大人だ。
「自分たちが食べるために餌場が潰れた。人間と競合したら取れない。加えて、奴らが持ち込んだポケモンを食べさせるために土着のポケモンを食われた」
我が群れの幼子たちもだ、と付け加えた。
「人間たちは鳥を駆逐しようとしている」
オニスズメの、率直な感想だった。
しかしスバメの方は、人間と持ちつ持たれつ、良好な関係を築いてきたので、簡単に賛同することはできなかった。
「考えすぎだよオニスズメ君」
例え気休めでも。
「人間はそこまで愚かではない」
「そう信じている」
実際のところはどうであれ、今年も夏が始まるのだ。
「ただ、今年は早めに次の島に渡った方が良い」
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死期を悟ったフェイヤーは、この島の山でその身を焼き、灰から転生する。
そんな話を聞いたのは幼鳥のころ、記憶にある中で初めてこの島に来た時に現地の雀から教えてもらった話で、大きな大人になってからまた聞かされるとは思ってみなかった。
「つまり人間を怖がらせようというわけだな」
「怖がらせるというか、存在感を示すわけだ」
「残念だが効果があるとは思えない」
燕の一族は野生でも人間と深い関りを持って生活しているから、その性質もよくわかっている。
「しかしこのままでは島の野生ポケモンが殺しつくされてしまう」
「そんなことにはならない。人間はそこまで愚かではない」
「君は去年もそう言った。忘れたとは言わせない」
確かにそれはそうだし、燕の一族として人間に甘い評価を下している偏見もある。ないはずがない。
今年になってついにオオスバメに成長した彼は順調に各地で色々な経験を積んだ。当然人間についての嫌な経験も多々あった。
「そうでなくとも、もうかなりの仲間が喰われたのだ。お前たちもじきに取って食われる。人間がそこまで愚かではないとか、その段階の話ではないのだよ」
オニドリルはリーダーだから。これはただ一匹の一存ではない。渡らせてもらって、世話になっている燕の群れが口をはさむ問題でもないのだ。
「もうこの島は使わない方が良い。別の渡り方はあるんだろう」
「……ある」
「さようならオオスバメ君。二度と会うことはないだろう」
なるべく他の生物に迷惑が掛からないように、新しくやってくるいのちの少なくなる秋から冬を待っているらしかったのだ。
翼を引かれる思いで南方の地へと飛び立った。
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オオスバメは衰えた。年に何万キロと飛行する鳥の経年劣化がついに表面に出てきたというわけだ。
だから群れは若いものに託した。老鳥の面倒を見るのも群れの仕事だったが、彼は謝絶して群れを去った。
南下する方向が微妙に違う。群れで仲間同士助け合いながら渡っていくのならば今年も彼は生き残れただろうが、老鳥一匹が海を渡るとなると自殺行為に等しい。
新しいリーダーがしばらく見守っているのを感じたが、すぐにリーダーの責任に戻っていった。
それでも飛びなれた昔の空路を執念で渡り切ると、何年かぶりに、懐かしのあの島のあの場所に羽を降ろした。運よく嵐も風も雨も無かった。
空港ができ、漁港が広がり、コンクリートで補強された懐かしの島は、最後に訪れたあの夏からさらに様変わりしていた。人間と人間の眷属のポケモンとそれ以外の領分ははっきり分けられ、羽を休めたかつての集落では奇異の目で見られることになった。
しかし変わらないところは変わらない。
アスファルトで覆われた人里の中に、ぽっかり浮かぶ人気のすっかり失せた土色が剥きだす公園の、まだ明るいが人間が消えた時間帯には離島であろうとも人間よりもオニスズメが集まる。
と言っても前季節を過ごした拾いそことは大違いで、数羽の見知らぬ若造がチュンチュン言っているだけの集まりだが、構わない。
「オニドリルを知らないか」
「あんた珍しい鳥だね。どんなオニドリルだい」
「そうだな、色が違うんだ。黄金色」
知らない。
知らない。
チュンチュンチュン。
知らない、見たこと無い、こいつは誘拐犯かもしれないという謂れなき謗りを喰らったが、そんな程度で引き下がるにはもう寿命が無い。
「帰るよ! 坊やども! いつまで人間のとこにいるんだい!!!」
それなりの群れなら力の強い母親役もいるものだ。
今までの相手が悪かった。稚鳥なら守って当然、大人鳥と話が通じなくて当然。
「あの、知り合いを探しているんです」
「こんな時間に? 子育て中の母親相手に? 非常識だね」
「お時間取らせませんから」
とはいえ自身も衰えて自分勝手を許されたとはいえ元は群れの長。しかも人間に広く知識が植わっているスバメの長だから。
食い下がった。何かしら情報が得られたら、と。幸い有名になる要素はあるやつだったから、数年前に死んでいても噂くらいは残っているはずだ。
「黄金色のオニドリルをご存じですか?」
務めて知らないふりをしているが、その挙動は正真正銘無知の鳥と知っていて誤魔化す鳥とでは大きすぎる差がある。
「子供の前では話せない」
少なくとも、オオスバメが望んでいた結末にはならなかったことは確定した。
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規模がかなり小さくなったとはいえ群れは群れとしてまだ機能しているらしい。
鳥同士落ちあって目の利かない夜を凌いで羽を休める。先ほどの子育て中の母親、という発言は自分の子ではなく群れ全体での子育てのことを指していた。
「有名なおかしなやつだった」
最初に出会ったのが罰ゲーム。他の母親に子供を託すと、老燕相手に話をしないといけないのは彼女の役目だからだ。
「人間やそれについてるポケモンを襲いだした」
とてもつまらなさそうに、呆れた顔で、淡々と。子供の前では話せない、というのは、分別が付かないと同じようなことをしでかすからなのだろう。
「それでオニスズメ自体が駆除されるようになって、群れを追放された。当たり前だよね。しばらくは一匹で人間を襲ったりしていたみたいだったけど……」
同族の汚点の歴史を他人に語るほど呆れることはない。情けないとかそういう意味合いではなく、ただひたすらに虚無で、感想している。
聞いているだけの方にもそれは伝わってきた。
「最後は火山に落ちて焼けて死んだ。俺はファイヤーになるんだといっていたが」
あたいがまだオニスズメだったころの話だ、と彼女に言われたからには――わずかばかりの憐憫と、後悔、そして魂の安らかなることを祈り――自分の生きた終着点に彼を見届けたことで辿り着いた。
本当にあんなのを探していたのか、とも。
「そうですか。いえ、本望でしょう、きっと、彼は」
それ以上の言葉をオオスバメは持ち合わせていなかった。